それは、突然の事だった。
「おい! 早くその子を救急車に乗せるんだ!」
「出血が酷い! 早くしろ!」
「そっちの子は!?」
「この子は大丈夫だ! 掠り傷で済んでる!」
「事故を起こした乗用車は!?」
「通報者によると、ナンバーは見えなかったらしい!」
とある横断歩道で、ひき逃げ事故が起こった。
轢かれた少女は、救急車で病院へと運び込まれる。
霞んでいく意識の中、少女はずっと考えた。
「(さっきの男の子、だいじょうぶだったかな?)」
信号無視をした乗用車から、子供を護ろうとした少女。
その際に、車に轢かれてしまったのだ。
自身の命より、子供の安否を心配しながらも、彼女の意識は途切れたのだ。
7月下旬、学校なら夏休みの序盤に当たる時期。
身を挺して幼き命を救った少女だが、彼女は知らなかった。
この事故の一年後、運命の歯車が動き始めた瞬間を――。
―とある血統の
黄金精神―
学園都市――日本の東京西部の3分の1を占める巨大都市。
この街では、科学技術による超能力開発が盛んである。
その為、人口の約8割が学生であるのだ。
「ここが学園都市か……」
一人の男が、スケッチブックとカメラを見つけている。
彼の名は岸辺露伴。
M県S市にある、杜王町という街から来た漫画家。
いわゆる、学園都市外部の人間である。
彼は漫画の取材で、この街を訪れて来たのだ。
「さて、承太郎さんから頼まれた“仕事”を済ませて、取材をしないとな!」
そう言うと彼は、好奇心に身を任せるのだった。
今から少し前――8月25日の杜王町、杜王駅東口駅前広場にある喫茶店『カフェ・ドゥ・マゴ』。
露伴はある人物と顔を合わせていた。
白いコートと帽子姿、約190cm以上の長身の男。
名は空条承太郎。
かの有名な企業『スピードワゴン財団』とコンタクトを取れる人物だ。
「露伴、キミに頼みたい事がある」
承太郎が差し出した写真を受け取ると、露伴はそれに目を通す。
写っているのは、短めの黒髪で黒い瞳の少女だ。
「彼女の名は
女上聖歌。 ある日本人夫婦の養子だ。 小学校を卒業後は、学園都市に移住している。 実はキミに、彼女の皮膚の一部か髪の毛を回収して欲しいんだ」
「構いませんが、何故そんな事を?」
「今は言えない。 正直に言うと、康一くんに依頼したかったんだが、彼にはイタリアに行って貰った事があったから、流石に何度も頼るワケにはいかないからな」
「そういえば、そんな事があったような」
「その点、キミなら仕事の取材を理由にすれば、容易く潜り込めるはずだ」
「成程、それで僕に依頼をしたという事ですか。 良いですよ。 この仕事、引き受けます。 正直に言うと、学園都市には興味がありましたし」
「決まりだな。 そうそう、旅行費はスピードワゴン財団が、全額で負担してくれるから、安心して向かうといい」
「ぜ、全額ですか!?」
一つの依頼だけで、岸辺露伴は内心で歓喜の叫びを上げてしまう。
「(まさか…一人の少女の捜索だけで、スピードワゴン財団がそこまでしてくれるとは!? 学園都市で取材が出来るだけじゃあなく、事実上は無料で旅行が出来るようなもんだ! まさに、一石二鳥じゃあないか!!)」
承太郎と別れた露伴は、すぐさま学園都市へ向かう為の準備を開始したのだった。
現在の8月31日、学園都市にある第7学区。
この区域に、神園聖歌の通う学校がある。
「しっかし、噂には聞いていたが、凄い街だな」
そう言って露伴は、街の光景を目にした。
近未来に来たような感覚に陥ったが、同時に彼の好奇心が刺激されたのだ。
「こんなリアリティは、他にないかもしれない。 早く仕事を済ませて、すぐに取材にするぞ!」
街の中を歩く中、露伴は承太郎から渡された資料を取りだし、
「一応、承太郎さんから貰った資料を確認するか」
資料に書かれていた情報を確認した。
女上聖歌は、幼くして母親を亡くしている。
正確には、物心つく前から母親の顔を知らないのだ。
勿論、父親の顔も知らない。
暫くは施設育ちであったが、子供に恵まれなかった夫婦の養子へと迎えられた。
大切に育てられ、心優しい少女へと成長する。
そして小学校の卒業後、学園都市へと移住した。
現在は第7学区にある『柵川中学校』に入学、今も学園生活を送っている。
「しかし何故、承太郎さんはこの子を調べたがるんだ?」
疑問を抱きながらも、ゆっくりと街を歩いていく。
路地裏の近くを歩いた時だった。
「や、止めてください!」
「ん?」
何人もの男達が、一人の少女を取り囲んでいたのだ。
「良いじゃねぇか。 俺達と遊ぼうぜ?」
男の一人が、少女の腕を掴む。
「離して下さい。 人を呼びますよ!」
「行ったところで、誰も助けてくれないぜ?」
この会話を聞いたいた露伴は、周囲を見渡す。
少女が困っているのに、誰も助ける素振りがない。
いわゆる、見て見ぬふりだ。
「(ハァ、僕の性分じゃあないが、流石に目覚めが悪い)」
呆れながら少女を助けようとした露伴であったが、まさにその時だった。
「分かりました。 離さないなら―――抵抗しますね」
少女はそう言うと、掴まれていない方の手で、男の腕を掴んだのだ。
その瞬間、ジュゥ〜という音が聞こえ、
「ギャァァァァァァ!」
男は少女の手を振り払うと、自身の腕を抑えている。
「いでぇ! しかも熱ィ!」
さっきまで少女の腕を掴んでいた方の腕が、火傷を負ったのだ。
「あ、兄貴!?」
「このアマ!」
仲間の一人が金属バットで、少女を殴ろうとした。
だが同時に、少女は小さく呟く。
「
灼熱の地獄」
すると彼女の背後から、人の姿をした『
虚像』が出現する。
少女がバットを掴むと、虚像も連動して掴む。
すると、バットがドロドロに溶けたのだ。
「なっ、なにィ!?」
「あの女が掴んだ瞬間、バットが溶けた!? まるで、熱でドロドロになったチョコレートみたいに!?」
溶けたバットに驚くが、男達は虚像の姿が見えていない。
そんな彼等に、少女は鋭い眼光で睨む。
「これ以上近付くなら、今度はその顔、全面火傷にしてあげましょうか?」
「「「ひ、ヒィィィィ!」」」
流石にビビったのか、男達はすぐさま逃げ出したのだった。
学園都市に住む少年少女達は、何らかの超能力が使える。
しかし、少女の能力を目にした露伴は、驚きを隠せない。
彼女の傍に立つ虚像は、自分と同じ能力だからだ。
「アレは……まさかスタンド!? しかもあの少女は!?」
手にしていた写真と、少女の顔を見比べた。
写真では黒であった瞳は、実物は赤である。
交互に見比べた露伴は、ここでようやく確信した。
「(間違いない! あの少女が……あの子が承太郎さんが言っていた―――女上聖歌!!)」
スタンド能力を持つ者は、同じスタンド使いと引かれ合う。
岸辺露伴は、遂に女上聖歌と出会う事が出来たのだ。
足を進める聖歌であったが、露伴は少し迷った。
彼女に接近するべきか、承太郎に一度連絡するべきか…と。
「(さて、どうするか……)」
すると、近くにいた少女達の会話が聞こえた。
「あれって、女上聖歌よね?」
「ホントに中学生なのかしら? 凄く美しいわよね」
「でもさ、あの子って、瞳の色が赤くなかった? 私、前に会った時は黒だと思ったんだけど? カラコン?」
「そうそう、アタシも最近知ったんだけどね。 なんでも、体質らしいよ?」
「っ!?」
その会話に反応した露伴は、思わず彼女達に声をかけた。
「キミ達、ちょっといいかい!?」
暫く経った後、露伴はある人物に電話をする。
『もしもし、こちら空条承太郎』
電話の相手は勿論、空条承太郎だ。
「承太郎さんですか!? 僕です! 露伴です!」
『露伴? 何かあったのか?』
「そ、そうですね…まずは、結果から伝えます! 女上聖歌は『スタンド使い』です!」
『!?』
この報告を受けた承太郎は、目を大きく開いた。
『写真とは外見が大きく変わっていて、髪は長くなり、瞳の色が黒から赤になるんです! 偶然でした。 自分に絡んで来た不良達を、スタンドで追い払ってたんです』
「そうか…。 ところで、さっき瞳の色がどうとか言っていたが?」
『あ、はい。 彼女を知っている人に聞いたんですが、瞳の色は体質だそうです。 なんでも彼女、去年の夏に交通事故に遭ったらしくて……その事故から生還した代償――みたいなものだそうです。 本人曰く「死んだ実の父親の遺伝」だそうで、普段は黒ですけど、感情が高ぶると、瞳の色が赤くなるそうです』
「……彼女のスタンドだが、能力は分かるか?」
『遠目で見ていたので、未知な部分がありますが、分かった事が一つだけ。 “触れたモノを全て、超高温の熱で溶かす能力”です』
「……そうだったのか。 すまなかった。 正直、スタンド使いだった事は知らなかったんだ。 それだけの報告だけで十分だ。 協力、感謝するよ」
報告を終えた露伴であったが、ある疑問を口に出す。
「教えてください、承太郎さん。 彼女は一体、何者ですか?」
この問いに対し、承太郎は答えたのだった。
『……私は嘗て、ある少年を調べるため、康一くんをイタリアに向かわせた』
「イタリア?」
『少年の名は、
汐華初流乃。 イタリアでは、『ジョルノ・ジョバァーナ』と呼ばれている。 彼と女上聖歌には、ある共通点が存在する』
「共通点?」
『実の父親の名は………ディオ・ブランドー』
「!?」
コレを聞いた瞬間、露伴は背筋を凍らせてしまう。
「ディオ!? もしかして、あの『弓と矢』のDIOですか!!?」
『ジョルノの存在を知った時、再びスピードワゴン財団に調べて貰ったんだ。 彼の他にも、DIOの子供が存在しているではないかと。 知る価値があったんだ。 女上聖歌がジョルノと同じDIOの子供で、DIOの体質をどこまで受け継いでいるのかを……。 彼女のDNAから調べる必要があったんだ』
「そして僕の報告で、その可能性が濃くなったと…」
『いいか露伴、よく聞くんだ。 『スタンド能力を受け継いだ』と分かった以上、これ以上は女上聖歌に関わるな。 それ以上の深追いは、帰って危険を生みかねない』
「……最後に一つ、教えてください。 彼女は……『敵』でしょうか? それとも、『味方』でしょうか?」
『………私も、それが知りたい。 だが今は、キミ自身の安全が優先だ。 では、また何かあったら、連絡を頼む』
承太郎が電話を切り、露伴も電話を切った。
「………」
この時、岸辺露伴は何を思ったのだろうか?
それはまだ、誰にも分からない。
TO BE CONTINUED?