ここは全年齢対応の小説投稿掲示板です。小説以外の書き込みはご遠慮ください。

『姉と弟のパルティータ』 短編
作者:グリフォン  [Home]  2008年08月10日(日) 20時44分24秒公開   ID:gNcpYGVlvRk







「……えっと、確かこのシステムは中間にこれをはさむと……ああ、ダメなんだ。
じゃあ、左舷第四スラスターと第六スラスターの出力を上げれば……」


地球においての朝と夜と同じように艦内でも朝と夜はもちろんある。
それは、人間のメカニズムが睡眠と朝と夜を必要をしているためであり、不規則な生活になる、ということは
宇宙空間であっても問題であるという理由から成り立っている。
それはここ、連合軍艦ナデシコCでも同じ事。
ましてや、今この船はヨコスカベイ旧連合宇宙軍ドックに停泊しており、外はヨコスカの街の光を除けば
ずいぶん静かで夜空も見えている。
そもそも、ナデシコCの乗員は全員離艦しているので、今、この船には彼しかない。

その夜空を示すかのようにウインドウの一つに大きく写るデジタル時計の時刻は午後9時を超えていて
まだ、成長期であろう少年が起きてしかもいくつものウインドウに囲まれて何かしているような時間ではない。



「でも、これだとネリネの一体型構造には負担が強すぎるかもしれない……
いや、一体化している分、強度はナデシコCの1.4倍なんだから……」


ウインドウに囲まれて2時間前からずっとここに入り浸っている少年の名前はマキビ・ハリ、通称ハーリー。
本来、彼は一年前にこのナデシコCの配属から外れているのだが、それでも機会があっては
こうやってセキュリティを親友、と呼べるであろうナデシコCの中枢コンピュータ、オモイカネに解いて
もらってはいつもウインドウに囲まれて何かをやっているのだ。

ちなみに今日やっているのはハーリーが今配属されて、オペレーターをしている新造艦の
シュミレーション。艦の限界まで戦術を「親友」と考えるのはとても楽しい時間でついつい過ぎてしまう。
ちょっぴり変わった趣味のような気がしないでも無いが、彼の役職を考えれば納得も行く。

――地球連合統合平和維持軍第七艦隊サポート戦艦ユーチャリス級二番艦ネリネ艦長。

ルリの記録の16歳を更新した、という意味ではルリ以上の才能があるように一部では噂もされている
彼こと、ハーリーではあったが、それは買い被りすぎだとずっと思っている。
自分はいつもこうやって真剣に毎日毎日じっくり考えてから、それでやるタイプ。

対するルリさんは……とハーリーが想像するのはルリの天性を感じさせる操艦。
IFS強化体質者……一部ではマシンチャイルド、と呼ぶ人もいるその技能では、ルリさんは……

きっと、天才なんだろうなぁ……とハーリーは未だに思う。

このナデシコCを操縦し「ナデシコ艦隊の妖精」と呼ばれるルリに比べたら、自分は平凡な人間だから。



「……だから、こうやってちゃんとシュミレーションしないとやっていけないんだけどさ」

『うん?どうしたの、ハーリー?』


声はしない。ただ、ハーリーの目の前にその言葉を映したウインドウが表示されるだけ。
でも、その言葉の意味を理解できるハーリーはオモイカネのちょっとした気遣いに感謝する。
同時に、そんな簡単に自分の心って他人にわかるものなのかなー、と彼らしい笑みを浮かべた。


「ううん。なんでもないよ。そうそう、オモイカネ、ネリネのシステム反応速度がさ」





――――――――――


機動戦艦ナデシコ 短編二次創作
『姉と弟のパルティータ』




――――――――――





『艦長ー、今日見たんデスよー。総員退艦した後で誰かがナデシコにはいるのー!』


そんな通信のせいでわざわざ呼び出されたナデシコC艦長。
名前はホシノ・ルリ。電子の妖精やら、ナデシコ艦隊の妖精やら呼ばれる彼女だったが
その報告を受けて嫌々……アキトやユリカたちと久しぶりに会える時間をつぶして艦に戻ってくることになった
彼女の表情は年相応に少女だった。

つまり……思いっきり不満顔だった。


「なんで私が……オモイカネがアラートを出していないならきっと誤認でしょうに」


不機嫌なのはそれだけにとどまらない。
ナデシコ艦隊、と呼ばれる第七艦隊だが実質艦隊行動なんてしていないのが現状。
そもそも、新造艦などは完熟航海に時間を掛けているし、ナデシコCも次から次へと仕事・仕事・仕事で、おまけに訓練。
なんで、仕事が三つ連続で続くんですか、という不満だけでも十分だと言うのに
旧B艦クルーが年に2度集まる同窓会……A艦でも同様のことをしているので、A艦とB艦の両方の同窓会に出るのは
ルリだけなのだが……に出ることすらままなら無い。


今日はやっと余裕があって午前中に開かれた同窓会に出て見れば……


「ハーリー君がネリネのテスト航海で遅れて、会えないし……」


1年前にナデシコCを巣立った彼は今はユーチャリス級サポート戦艦の艦長。
自分より2歳ほどさらに最年少艦長を更新したせいで、自分のところにも「愛弟子に抜かれた心境は?」
とか、意味も無くゴシップネタを欲していそうな新聞社やら通信社やらが集まってきたのも
今となっては懐かしい記憶である。

実際にネリネが1年と言う試験運用とテスト、そして何より実戦で出した結果が連合軍でも優秀、と呼ぶに
ふさわしい結果だったためにゴシップ記事辺りは「電子の妖精、愛弟子に抜かれる!?」なんていう記事を出したほどだ。
実際にその時のネリネの運用はルリにしてみれば「ハーリー君、まだまだです」と呼べるものだったのだが。


問題なのは、そのテスト航海の延長をハーリー自身が決定したことだ、ということ。
それを今も副長を務めてもらって、公私共に顔が上がらないタカスギ・サブロウタ少佐から聞いたときだった。


「なんで、私は思わずコップを割ってしまったんでしょう?」


そのときのサブロウタの言葉は「……統合軍の白い悪魔か何かですか、あなたは」だったらしい。
せめて妖精と入って欲しいところですね、と何か論点の違うことを考えたルリだったが
それをなだめる為になぜか口から出るのは不満ばかり。


「だいたい、ラピスとも互角に戦える時点で十分なんですから別に延長までしなくてもいいでしょうに」


二番艦がネリネなら、一番艦のネームシップ「ユーチャリス」もある。
数年前の火星の後継者騒動の時にテロリストに「強奪された」らしいネルガル建造のユーチャリスを
「もう一度作った」とネルガルが強引に説明して、当時の連合宇宙軍がそのオペレーターと共に譲り受けたのが
サポート戦艦ユーチャリス級一番艦「ユーチャリスA」であり、専属オペレーターの
ラピス・ラズリだった。

最初、ラピスはやたらとルリに対抗意識を持っており、その度にルリはシュミレーションの相手をして
すべて勝利した。当たり前だ。ユーチャリスはナデシコCを支援する目的をもってナデシコフリート構想の中で
設計された戦艦だが、フリート構想が一時破棄された時点でナデシコCにも火力強化が施されており
今、ルリが乗っているナデシコCは宇宙軍では破棄されたものの、統合軍移管に伴って搭載が決定したYユニット搭載型。

機動力と前方火力以外ではすべてナデシコCが有利であり、しかもラピスは正直単純なのだ。
戦術はできても戦略は出来ない。戦闘のエキスパートも、その戦闘が始まる前に不利なら、勝てようが無い。

ルリが事前に用意した宙域に疑いもせず入って、そのまま罠に嵌ったことを
理解せず戦闘に突入。そしてルリの予定通りの展開になってチェックメイト、というわけだ。


そんなラピスではあるが、純戦術ではルリ並みであるために、最初のころハーリーはラピスにも連敗していた。
まあ、ルリがもともとユーチャリスに対して有利なナデシコCなのに、ハーリーはまだ搭載AIとの同期もできていなかった
ユーチャリス級のネリネで戦っていたのだから分かりきっていたことでもある。

ラピスとユーチャリスの「オモイカネ」は、心を通わせていたし、どうみてもハーリーが勝てるはずが無い。
それにラピス自身、ルリにも似た天性の素質があるためにハーリー君じゃ無理かな、と最初ルリも思っていた。

なお、ルリとラピスに同じ素質があるのにラピスが勝てないのは艦の能力差とルリが腹黒なだけである。
後は経験の差、という奴ですね、というのがルリの思うところだった。


で、1年後、ラピスとハーリーの力の差は明らかに縮まっており、未だにハーリーは勝てない様子ではあるものの
ラピスの天性を活かした操艦ゆえであり、ルリから見てもハーリーとラピスの能力差はほとんどなくなっていた。


もちろん、ハーリーも成長したのだろう。だが、それはラピスも同じだ。
となるとそれでも同じほどになったのは……


「ハーリー君も腹黒になってしましたか……冗談ですけど」


……冗談を冗談と感じさせない少女、ホシノ・ルリだった。
ともわれ、機嫌が悪いのはこのところ会っていない少年にあるところ大だったりするわけで。


シスコンやブラコンってこういう人を言うんでしょうか……
い、いえ!私は断じてそんなこと認めるわけには行きません。そりゃハーリー君は私の弟みたいな子ですし
このところ連絡が途絶えがちになって心配していたり、彼もちゃんと食事しているのだろうか、とか色々と気になる事はありますが……
そんな人間じゃ、断じてユリカさんみたいな爆発暴走人間じゃないんです!


そういう事を地で考えて心配性になっているから、シスコンやらブラコンということになるのだが
生憎、ルリはまったく気づいていなかった。幸せな女性である。というか、ユリカに対してルリはそんな見方をしていたらしい。


そんな彼女。今年20歳で、保護者であるユリカや一度死んだと言った割には元の鞘に納まっている感のあるアキトは娘の今後が気になっているらしく
会うたびに『誰か男の人はいないよね!?(byユリカ)』と聞いて来るぐらい。

ルリが正直、ミスマル総司令もユリカさんも親子ですね、と内心でツッコミを入れたのは内緒の話だ。


「……とにかく、こんな夜中に誰がナデシコCにいるっていうんですか、まったく」


しかも、自分ひとりで見に行かないといけないのがもっと気に入らない。
サブロウタさんでも呼ぼうと思ったのだが、彼は彼で今日は別用でいないらしい。
すっかり噂好きのおばさんになった感のあるユリカ疑惑『サブロウタ君はリョーコちゃんとデートなんだって!』とのことで……


「……なんだか、自分が凄く惨めに感じてきました」


美少女やら、電子の妖精やら、ファンクラブまであるのに、未だに恋沙汰は表向きにはまったくなく
内心でも独り善がりの片思い以外全くない……未だに一人なルリはとにかく進む。ナデシコCブリッジへと。




――――――――――



火星の後継者の乱で一番得をしたのは誰か、と言えばネルガルグループと旧地球連合宇宙軍上層部と言えるかもしれない。

クリムゾン・グループと火星の後継者の関係が草壁中将の口から出たのを始めに数々の証拠
さらには第二の反乱であった、南雲の乱ではクリムゾングループのシャロン・ウィードリンが直接関与していたこと
最悪な事に統合軍内部もそのクリムゾン・火星の後継者との関わりがある人物が多数含まれていた。

新地球連合としては、彼らを処断しないということにはできない。世論というのもある。
地球連合は腐っている、とは言われるものの、世の中の民主主義国家というのはだいたいそういうもので、有能な政治家、なんていうものが
存在するとすれば、それは少なからず独裁的な行動をしていると言うべきだろう。
民主主義によって選ばれたアドルフ・ヒトラーもそう、非常時ということでルーズヴェルトもチャーチルもその権限は平時以上だった。
用は名高い政治家っていうのは独裁で自分の考えを直接実行できるからこそ名高いのだ。もっとも、それはその人にすべてを委ねる危険な行動なのは
彼らの行動や、現代にあっては旧木連中将草壁春樹を見るだけでも分かる。
そもそも民主主義に自浄作用があるというのは、裏返して見れば少なからず腐るからこその自浄作用なわけで。


名高い政治家というのは、戦争をする非常にやっかいな局面で名前がだいたい出るものなのだ。
とにかく、新地球連合は彼らの処断を決定し
それが示すように次々とクリムゾン・統合軍関係者は連合公安委員会によって逮捕されたのだが……


問題はその後だ。御用達企業は崩壊寸前。国防の要であり、反主流派を縛っていた巨大な統合軍も上層部が消失しては機能などするはずがない。
地球連合は連合各国による合致制だ。もし、その連合に不協和音が響けば連合崩壊という可能性も多分に含まれる。
せっかく、2100年初頭に地球人類宣言を発し、地球国家の統合を目的として設立した地球連合がここで崩壊することは世界を
再び大戦へと導くことになる。それはクリムゾンを含め、トカゲ戦争後の国家経済の再建が出来ていない連合先進国にとっては無理な話なのだ。


結果はクリムゾンがいた地位は再び地球最大の複合コングロマリットであったネルガル・グループが座り
統合軍に吸収合併される予定だった連合宇宙軍との統合は早まり、宇宙軍上層部が統合軍上層部にそのまま靴替え。
統合軍の名前を冠して入るものの、地球連合統合平和維持軍は、実質的に地球連合宇宙軍を主流として成り立つ事になった。
ネルガルの返り咲きは、ネルガル・グループを統括するアカツキ・ナガレが非凡でない経営者であったことの証明だけではなく
彼自身、ネルガルの再興のためにいくつか根を張り巡らしていたことは明らかであり、落ち目と言われても
さすがはネルガル、ということを新地球連合やその構成国上層部に認識させた。


長く連合宇宙軍のナンバーワンとして君臨していたナデシコ級も統合軍に移行され、そのすべては第七艦隊として再編されたのも
旧地球連合宇宙軍・現統合平和維持軍総司令ミスマル・コウイチロウの思惑が多分に含まれているのであろう。

宇宙軍の少ない予算では実現そのものが無理だと思われていたナデシコ・フリート構想も、膨大な予算を持つ統合軍に管轄が変わると
再度の構想と予算が割り振られた。
といっても、せいぜいユーチャリス級2隻と現存するナデシコ級の改修予算ぐらいしかないのは
軍そのものに不信感を強め始めた国民の軍縮ゆえ。

まあ、平時に統合軍のような巨大な軍隊は必要ない。つまりはそういうことだ。

もっとも、戦争も終わり、火星の後継者も集団としての統制が殆ど消失。
実質的にテロ組織にまで堕ちた結果、統合軍が直接事態に当たることがなくなったからと言って予算をあんまりケチるのはどうかと思うが。



――――――――――



予算をケチるとまずは削れるところから削っていく。
軍運営のカフェやらは早々にしまったり、食堂も採算が取れないと廃止になったり。
一発1000万近くする精密誘導ミサイルを大量に消費している割にはそんなちょっとしたところにはうるさいのだ。
時々、数発足りなかったりしても多めに使っちゃったかー、なんていっている用ではケチっているとは思えないぐらい。
軍隊って言うのは案外管理体制が甘い。
特に統合軍は、その設立から今まで安定した状態も、また優秀な武官はともかく、
統合軍ほどの巨大組織ならなおの事甘いからこそハーリーも勝手にナデシコCに入ったり出来たわけだが……

もっとも、今、ハーリーは間違いなく思った。
「なんで、前は24時間やってた喫茶店が閉まっていたんですか」と。



「で、なんでハーリー君があんなところにいたんですか?」

「あはは……それはいろいろとありましてー」


ヨコスカベイ旧連合宇宙軍ドッグ。今では統合平和維持軍ヨコスカベイ多目的ドッグとも呼ばれる……にある喫茶店ではなく
ここは、地球連合統合平和維持軍第七艦隊旗艦ナデシコCの艦長室。
ルリとハーリーはそこで片方は自分用のイスに座って。もう片方は正座で対峙していた。
その構図が二人の力関係を表しているのは言うまでもない。

不満なのかそれとも嬉しいのか、イスに座っているルリの表情はそのすべてを混ぜて割ったような困惑と若干の笑みが交じり合いながらも
言葉は断定できるほどにハーリーを問い詰めていた。

これが、きっと喫茶店ならもうちょっと人の目を気にして遠まわしな発言になっていただろうが
ルリとハーリー、後はオモイカネしかないような艦長室ではそうも行かない。


「で、理由は?」


公のルリは怒らない印象があるが、親しい知人からすれば以外と怒ることもある。
もっとも、今のように怒ってさらには表面にも出る事は滅多にない。ブラコン・シスコンゆえかそれ以外の理由か。
きっとルリならすべて否定するところだろう。実際はともかくとして。


「で、ですからそのですね」

「適当に誤魔化されるの、私、嫌いです」


ルリもハーリーが誤魔化すときには「そのですね」ということは知っていた。
彼の癖みたいなものはほとんど熟知している。伊達に弟のような存在で、しかも艦長として数年間見てはいない。もっとも……

――ユリカさんって、艦のクルーの癖とか、性格とかすぐに見付けて覚えているところまで天才なんですよね

そんなルリでもユリカのその手の観察力は、天性というかまさに神業のように見えるわけで。
実際にハーリーが嘘をつくときに右手も微妙に動くことを言ったのはユリカの方。天然に見えて意外と見ているのだ、テンカワ・ユリカという人物は。


「……はい」


ルリの執拗な質問に打つ手無しと見たのか、それともやっぱり言わないとダメだよね、と後ろめたさを感じていたのか
ハーリーはルリの不機嫌な表情の前で正座していながらポツポツと話し始めた。
C艦から離れても定期的にオモイカネと話していたこと。こうやって暇があれば時々オモイカネのあるナデシコCに入っては
戦術や何てことない話をオモイカネとしていた事などなど……


「……というわけで、オモイカネと暇があったら話すようにしていたんですよか……その……ルリさん」


言い終えたハーリーが最後に気まずそうにルリさん、と付け加える。


さすがに今では自分も艦長。
階級ではハーリーが少佐で、ルリが大佐なので差は大きいが、同じ艦長であることは間違いなく、ルリの事を艦長〜、と呼ぶわけにも行かない。
ルリは艦隊旗艦艦長で提督代行でもあるので「司令」という呼び方でもいいのだが、いいのか悪いのか、ハーリーは気づいていなかった。
少佐で艦長になれるところに、未だに統合軍がトカゲ戦争時の臨時階級を引き摺っていることも分かるのだが、まあそれはさておいて。


「まあ、ナデシコCの演算能力は世界最高の座を未だに維持してますからね。戦術シュミレーションにはちょうどいいでしょうけど」


同意に近い言葉ではあるものの、最後は「けど」。
一瞬だけルリが嬉しそうな表情をしたので、ハーリーも助かったかと思ったら、すぐに怒っている表情に戻って。


――なんで、なんで……


ルリの心の中で響く言葉。
いよいよ、ブラコンかシスコンか、あるいはそれ以外の「何か」か。腹黒い感情が湧き始めてきて。
まあ、別にそうでなくても怒るであろうに、ハーリーはまったく気づいていなかった。変なところでどこかの黒の王子様の昔が見える子である。


「なんで、なんで……私には会いにこないのに、オモイカネには会いに来ているんですか!」

「……は、はい!?」


大声で一発言い放つルリ。
余りに突然だったためか、慌てる以前に何がどうしたのか理解ができないハーリーを尻目にルリは言うだけ言い始めた。


「まあ、そりゃ仕事が忙しいとか時間の関係とか、色々あるでしょう。
そりゃ私だって分かりますよ? 未だに労働基準法、何それ?な統合軍ですし、そもそも木連の方々の雇用先の意味があった統合軍だけに
こういうサービス残業とか、普通に疑問なくやっていた人が意外と多い、根は無駄にまじめな人が揃っている軍隊だってこともこの際良いです。
でもですね、オモイカネとわざわざ話す時間をとるぐらいなら、たまには私に顔を出したらどうです?
あなたって人はいつもそうです。やれ、私に迷惑をかけられませんから、とか言って会えるように私が時間調整することも拒否するとか
そういう他人本意なところは姉として嬉しいところですけど、程度っていうものがあります。まったく、あなたは
まじめすぎて甘えるってことがないんです。ですから、ちゃんと私にもたまには会いに来るとかですね、聞いてますかハーリー君!」


「あの……あ、はい聞いてますよ、ル、ルリさん」



想定外のルリの早口と言い包めるかのような言葉の雨。
ハーリーがそういう無理に完璧を目指していることはルリも知っている。無茶ばかりしているようにも見えるだけに
ルリとしては、姉としてそういう危なっかしい行為を見過ごしたくないのだ。


「じゃあ、なんで今日会いにこなかったんですか?午後には到着したらしいですし、時間は空いていたでしょう?」


以外と弟と見ているハーリーの日程は細かく覚えているらしいルリが、ちょっと熱く言いすぎました、と反省しながら
いつものポーカーフェイスで言いなおして聞く。アキトさんの変な癖でもうつっちゃったんでしょうか、と感情の爆発を抑えられなかった自分に
引っ掛かりを感じつつもとにかく。


「えっと、確か午後からアキトさんのところだって、その日合同演習していたユーチャリスのラピスさんから聞いたんですけど」

「……まあ、確かにそうでしたけど……まさか、気を使わせましたか?」


ルリの言葉にこくん、とうなずくハーリー。

テンカワ・アキト。
かつて、ルリが血眼になって探した人。今ではすっかりユリカの尻に敷かれている感が漂い、たまにハーリーが会うときも
大抵はユリカかルリか、ラピスかに手を掴まれて「女性って強いです」というのをいかにも印象つける彼。
ルリにとっておそらく「1番大切な人」であろう彼。

だからだろうか。

逆に。
自分にとって、そこまで大事な人がいたら、その人と一緒にいたいって思うだろうなぁ……、そうハーリーも思えたから。
だから、邪魔しちゃいけない、と思った。



そうであるからこそ、ルリが休暇で彼らのところにいるときにハーリーはあえて会いに行くことはしなかった。
少しはハーリーも成長したのだ。きっと、昔ならそれでもお構いなく行っていただろう。そういうぐらいに昔の彼は子供だったのだから。


「だって、ルリさんの大切な人なんでしょう?なら、やっぱり、そういう大切なときに邪魔しちゃいけないかなって思いまして」


すっきりとした表情ではっきりというハーリー。
ルリにとって、確かにユリカとアキトは大切な家族なのだ。だからこそ、一緒にいたい、とルリが思っている、とハーリーも察していた。

のだが。

そう、のだが。反語が最後に来てしまうのはなぜだろう。理由は以外と簡単で。
ルリの口からぽろって出た。















「あの万年新婚夫婦の甘さを一人で絶えているほうが私には苦痛だったりするんですが。むしろ、来て欲しいぐらいですよ、あれは」

「……なんだか、分かるような気がして怖いんですけど、ルリさん」



今までのシリアス展開台無しな一言である。
ルリにとって、確かにアキトもユリカも大切なのだが、さすがにあの新婚が未だに続いているような甘々しい空気はやめてほしかったりする。
自分はまだそういう相手すらいないので、あれでは自分に対する仕打ちかとも思ってしまうほど。
いや、二人はむしろそういうことに関しては反対な意見なわけだが。



「まあ、それを引いても別にハーリー君なら私はいいわけですが」

「え、ええ!?」

「だって、弟みたいなものじゃないですか」

「……ですよね」



何やら凄く気を落としたハーリーにどうしたんでしょう、と疑問詞が次々と浮かびだすルリ。
何気にこの人も人の好意というものに鈍感な人間である……アキトに似ている意味では、ルリもハーリーも同じようなものなのかもしれない。



そして始まる沈黙。
話すことがない、というよりも単に両方とも話すことを躊躇うような感じで。
こういう空気は苦手なんですけどね、とルリは心に呟くと、この空気から逃げ出すために一つ名案を思いついた。

個人的には名案のつもりですけど……と控えめに思うのは、色々と理由付き。


「そういえば、仕事ばかりでハーリー君、疲れてませんか?」

「えっと。別に大丈夫と言えば大丈夫だと思うんですけど、ちゃんと睡眠時間は最低限とってますし、食事も必要量は」

「……まあ、ユーチャリス級の設計思想を考えるに、あんまり良い料理を食べているとは思えないんですが」

「あはは……一応、自炊はいますけど、まあ……ルリさんの言う通りです」


ユーチャリス級はハイパー・オペレーション・システムを採用し、5人だけで艦すべてのコントロールを可能にしたワンマン・オペレーション・システムの亜種。
ただ、ナデシコよりも先進的なのは、実際に5人分+数人分の部屋しかなく、必要量も最小限にしたことだ。
それは、艦の環境スペースに割く広さが圧倒的に小さいために、戦闘システム関係を大量に艦内に入れることが出来ることを意味する。
よって、ユーチャリスは重火力・高機動の割にはサイズを現存するナデシコ級クラスにまで押し留めることに成功している。まあ、逆に言えば
生活環境は普通の軍艦より良い程度。
「空飛ぶホテル」と呼ばれたナデシコ級と比べれば環境はとっても悪いが、戦闘できれば良いだけの軍艦でナデシコ級のような環境の良さが
逆におかしいだけで、ユーチャリス級はごく普通な生活環境空間をそれでも用意していることを考えれば、十分なのだ。

まあ、ナデシコ級に良くも悪くも慣れているルリとしては、それでも心配らしい。


もっとも、これでハーリーは、以外と料理好き。
好物のオムライスを作ったのが6歳ごろだと言うぐらいで、簡単なものなら大半は作れるぐらいの技能はあるので
自分の部屋に材料を置いておけば、それだけである程度はちゃんと食事できる。単に時間がないときは別としても。

なので、別に問題はない。がハーリーもナデシコに慣れていただけあって、さすがに時々は時間がなくて食べるのがついつい……となることもある。
それを指してハーリーは言ったのだが……

世の中には、想定できる範囲外の事態というのは起こりえるモノで。
なにやら、どうしようか最終確認のように小声で「……恥ずかしいですけど、でも……」と言っているルリにどうしたんだろう、と思うのもつかの間。
電子の妖精は、妖精の癖に爆弾を落とした。もちろん、問題ある発言と言う意味で。


「なら、私が今から夜食でも作るので、一緒にどうです?」


ちょっぴり、恥ずかしいですけど、と赤く顔を染めたルリの笑みを見たハーリーが一気に顔を真っ赤にして驚いたのは言うまでもない。




――――――――――



瑠璃(ルリ)も玻璃(ハリ)も照らせば光る、という言葉がある。
玻璃は「ガラス」という意味であるのだが本来の意味ではない。

瑠璃は知っての通り、中国で古来に言われた七宝の一つ。ラピス・ラズリとも言われる宝石だ。
一方の玻璃はこっちも七宝の一つ。現在ではクリスタルや水晶と呼ぶのが適切であろう宝石の意味。

この意味は別にルリとハリに意味の差異はなく、同価値としてルリやハリのような高価な宝石も光がなければ意味がない
ということだ。光がなければルリの綺麗な蒼も、ハリの完璧な光加減も意味がない。


そんなルリとハリの優越を決めることができるのか。
まあ、一つ確実に言えることは……ルリとハーリーを照らすようなものがここにあるのか、ってことぐらいか。


「ううう……難しいですね、オムライス」

「あのぉ……僕がやりm「ハーリー君は黙ってなさい」……はい」


ちなみにここのルリとハリは、どうやらルリの方が優越らしい。男の子なのに、ハーリー君は完全にだんまり。
とりあえず、完璧・冷静沈着・神秘的を石言葉に持つ彼の名前らしさはあんまり見えない。

ただ、そんなものなくても、彼は彼なりにがんばっているのだが。

もっとも、艦長室の奥のキッチンでさっきからごたごたしているルリの方がむしろハーリーは気になって仕方ない。
ルリの料理の腕は正直、ハーリーも知らない。知っていたら、さっきの一言にあそこまで驚くことはないだろう。


――ル、ルリさんの手料理!?


あれからすでに4年。それでも未だにその中身こそ変わっても変わらないルリへの思い。
あの人の思いはきっと届かないと知っていても、抱くだけぐらいは許して欲しいその思い。

自分の思いが変わったのは、それと後は……憧れから、本当にあの人が、と思えるようになったことぐらい。
本当にホシノ・ルリという人間はハーリーにとって憧れだった。憧れで、だから恋してるよう思えた。

それが変わったのも皮肉なことにテンカワ・アキトのせいなのだから、ハーリーにとってはアキトは不思議な人間だ。
犯罪者なのに、どことなく親近感も湧いて、時には兄みたいに自分を押すこともある。

サブロウタさんとは違う意味で、あの人は……と本当に不自然な感じで。


「って、今はそれよりも……」


とハーリーはさっき追い出されたキッチンの方を再び見る。
なにやら慌しいが……た、多分大丈夫、とハーリーは自分に言い聞かせるように納得させた。
そうする以外なんです、とは口が裂けても言えないが。






さて、高貴・永遠の誓いを石言葉に持つ、告白なんてするものなら、一生付きまといそうな名前を冠する
ホシノ・ルリの方は、キッチンで格闘していた。そう、料理なのに「格闘」である。

別にルリは、テンカワ・ユリカのように壊滅的な料理を作るタイプではない。
かといって、テンカワ・アキトのように料理人が作る味で唸るような本当に美味しい料理を作れるわけでもない。

悪く言えば、それなりの味で、まあこれぐらいかな、と言う程度の期待はできる程度の。
良く言えば家庭的と言えば家庭的な料理が「できた」人間だ。

できた、といわざるえないのは、それがかれこれもう5年以上前の話だから。
艦長になって以来、仕事の量やナデシコの食堂もあってほとんど料理を作っていなかった。感覚が鈍っているのは
結論として当たり前といえば当たり前である。



――こ、これくらいは出来たと思うんですけど……ああ、鈍ってます。間違いなく。


フライパンを持って、いざ作ろうとした時にやっと気づく辺り、自分って皆さんに言われる以上に実はダメダメな気がするんですよね
と自分に自分でツッコミをいれてしまうほど。

それでも、ぎこちないものの、ちゃんと料理はできるのだから、さすが電子の妖精。レシピはちゃんと頭に入っているらしい。


「……でも、なんであんなこと言ってしまったんでしょう?」


さすがに沈黙に耐えられなくて、というわけではない。
自分が料理を上手くは出来ないであろうことは考えれば分かるのに、なぜか自分が言った言葉はハーリー君にその料理を食べさせることであって。
うぅ、やっぱりブラコンなんでしょうか、と否定したいものの、それを否定するようなこともなく
以外と真剣に悩んでしまうルリ。

実際に、きっとハーリー君なら、なぜかどんな料理でも嬉しそうに食べてくれそうですけど、とその表情を想像してみて。


「……な、なに私は想像しているんでしょう。弟みたいな子なのに……恥ずかしいなんて」


い、いえ。弟に食べさせる料理の最初が失敗していたら、それは恥ずかしいですよね、ええ……となにやら
自分で自分に言い包めるように言うルリ。

実際に、ルリがそこで何を思っていたのか、ルリ自身、はっきりとそれを理解することも出来ず。
後々になっても、それが何か想像はできても、なんだったのか、結局分からずじまいになるのは後の話。


ゆっくりとオムライスの作り方を思い出しながら手を不器用な感じに動かす。
なんというか、自分がハーリー君と二人でいることって滅多に無いですよね、不思議な感じです……と思うのは
姉と弟という関係だと自分では思っていたが、予想以上にその関係の薄さを見せ付けるような感じだった。


姉だ、という思いはだいぶ前からあったし、心配にもなる(一部でブラコンと思われることもあるのはそのため)が
だからといって、無理をしてまで会おうとはしない。
どこか、抜けた姉と弟の関係な気がしないでもないのは、自分の性格ゆえでしょうか、と作りながら考えこんでしまう。


自分とハーリー君との関係。
姉と弟というには軽すぎて、単なる仕事の戦友というには重すぎる。

そんな歪な姉弟の関係を。考えながら。






―――――――――





「できたんですけど、その……」


15分後。料理を終え、オムライスを運んだルリの表情はさっきとは別に赤い頬が印象的で、妖精という呼び名を含めれば見とれてしまうような表情だった。
ハーリーですら、その表情にええっ、と理由なきその表情に困惑気味だったほど。

ルリ自身が意識していないことがその理由の一端だろうが。

料理はできたには出来た、味もルリがちゃんと味見して、久しぶりにしては上出来、というほどのものだった。
まあ、ルリの好きなチキンライスなのだから、それに関しては実は若干の自信もあった。

ただ、一つ上に乗せる卵に失敗しなければ。



「その、ただ卵を最後にどうしても上手く包めなくて……ごめんね、ハーリー君」

「い、いえ!とんでもない!こういうのもきっと美味しいですよ!それに……」

「それに?」

「そ、その……ルリさんがせっかく作ってくれたものですし」


恥ずかしそうで、あははと苦笑いをしながら。だけど、とっても弾みのある声で言うハーリーの顔はとっても嬉しそうで。
それにつられて思わず笑みを浮かべるルリ。


――そういえば……昔、アキトさんが言ってたっけ。料理は人を笑顔に出来れば成功だって。

ただ、唯一ルリにとって不満なのは。
さっきも考えていたこと。姉と弟の微妙な関係。
だからだろうか、意識したわけでもないのにその言葉がポロって出たのは。



「……でも、姉としてあんまりハーリー君にやってあげられることないですし」

「そんなことないですよ。今だってルリさんに料理まで作ってもらって……」

「でも、それは『姉』でなくてもきっと私なら作ってました。姉として何か、私はあなたにしたこと……ないです」



料理していて、そしてルリがここ1年思っていたこと。
弟みたいな子が、とミナトに手紙で送ったのはもう数年前。なのに、自分は姉のようなことをしたか自信が無い。
せいぜい、ナデシコCで遺跡奪還の任務で一緒に寝たことぐらいかな、というのは姉と弟というのはあまりにも関係性が少ない。

艦長と部下、という関係があまりにも便利だったから、というのは言い訳にも近いし
同時に自分が姉として何かできるのか、何をするべきなのかが分からなかったこともある。
それを教えてくれたであろうユリカはそのときはいなかったし。自分自身のことでルリは頭が一杯だったから。

皮肉なことに、ルリがそれを理解し、自分自身でも余裕ができたころにハーリーは自分の元から離れた。
結局、姉と勝手に言って何もしないまま終わってしまったのではないか、とルリはずっと思っていて。


『姉』と言う言葉を安易に使っていたのかもしれない。
そう思うからこそ、何かしないと、と思うのが1年前からずっとルリの心の内にはあったから。


そういって、ごめんなさいするルリにハーリーは……スプーンでオムライスを一口食べて笑みを浮かべた。



「……姉って僕、よく分からないんです。でも、きっと優しくて綺麗でそれでいて凛としていて……そんな感じかなって昔思ってたんです。
きっと、小さいころの幻想なんですよね、実際姉だからって人間。こんな生まれですから
現実を強く何時でも感じてました。そりゃ、僕の保護者のマキビ博士はとっても優しくしてくれましたけど……」


それでも、分かるものは分かるから。
感情豊かな少年なのに10歳程度で戦艦に乗る、なんて普通はありえない。

そこに働いたのは、きっと自分の存在を強く理解していたから。甘えてはいても、感情は理解していても、自分の意味も同時に理解していた。

自分の存在意義、それはきっとコンピュータをIFSを使って人より上手く動かすこと。

きっと、今だけの優しさなんだ、と思って。だけど、それを疑うのはとても寂しくて。
ハーリーだって、その程度は違えどルリと同じ。人によってその価値を決められし存在。

ただ、それでルリとハーリーが違う性格で違う道を選んだのは……
ルリはそれをどうでもいい、と無視することで自分の存在を無価値だと思い、ハーリーはそれを理解してもなお自分らしくいたいと思っただけの差。
自分らしく……ナデシコクルーとしては十分合格だったわけだ。


「そんな時に、ルリさんが来て……僕、どう思ったか知ってます?」

「……」


分からない。あのときの自分は強く悩み詰めていて、そんなことを考える余裕も無かった。少しはあったかもしれないけど。
あのときのハーリー君は……と思い出す。

――今から、軍隊に行かないといけないのにとっても笑顔だったこと、ぐらいでしょうか。

今思えばおかしい話で。ハーリー君ほどの少年なら、きっと不安もあるはずなのに……。
そんなことすら気づいていなかった昔の自分に、本当にダメですね、という感想もつく。できているようでダメだった、それがあのときの……自分(ルリ)……


「……お姉さんってこういう人のことを言うのかなって……僕って幼稚でしたよね、あはは……」


苦笑いをしながらも……お姉さん、というのがハーリーが最初にルリを見て思った感想だった。
それをハーリーが自分の感情含めて膨らませれば、あの時からきっとルリさんが……好きだった、と言えるぐらいの。一目惚れと言うべき。それ。
さすがに、ここでそれを言うのは引けた。未だにその思いはあるし、ここで言うべきことでもない。

言っている自分も、姉としてのルリさんをなんで語っているんだろう、と思ってはいた。
自分にとっては姉であると同時に恋している相手でもあるのに。
でも、それもまた二人を繋ぐ姉弟の関係の歪さゆえか。


「でも、だから。僕にとってルリさんは姉でもあるんです。最初から。
もちろん、艦長でもあって、電子戦でもきっと僕より数倍凄くて、それでとっても……綺麗ですし……
そ、その!つまり、僕はルリさんが姉として何もしてないなんて思いませんよ!」


そういうと、ハーリーはもう一口オムライスを口に運ぶ。


「それに……ルリさんがどう思っているか、僕は知りませんけど……料理作ってもらって、本当に嬉しいです」


姉としてか、それとも別としてはともかく。
ハーリーにとって、それは偽り無い事実だった。


「……ありがとう、ハーリー君」


そうして、それに返したルリの言葉にも、偽りなどは一つとして無かった。
姉としてしっかりできていたか。
それはひとまず置いても。自分はハーリー君にとっては姉としてできていた、ということは分かったから。

でも……

――自分としては、それでも不満なんですよ?ハーリー君?







――――――――――






「それで、サクラさんがオモイカネの自動防衛プログラムを起動してしまったんです」

「それじゃあ、サブロウタさんは……?」

「もちろん、ナデシコCの自動防衛システムの的になりました」


ルリが数日前の訓練で起きた事故、というにはあまりにもなんというか、笑いが止まらないような話をする。実際、そのときルリは唖然半分笑い半分だったり。
話を聞いて……ナデシコに戻ろうとしたら、C艦の各艦防空ミサイルの雨霰が降り注いで、唖然としているサブロウタを思い浮かべてハーリーも笑みをこぼす。
このところの面白い話題ネタをルリが話してそれにあわせてハーリーも話しだす。もちろん、オムライスを食べながら。

そんな時間はすぐに過ぎるわけで。
オモイカネがウインドウをボーン、と鐘の音と共に出したのは午後11時30分を過ぎたころ。


「もうこんな時間ですか……ハーリー君、明日は?」

「えっと……明日はネリネの武器全般の消耗品系交換です。なので、その……そろそろ」


明日の仕事時間を考えれば、そろそろ戻って寝ておかないといけない時間。
時間というのは立つのが早い。それを二人とも等しく感じる。

時が経つのは、とルリは思う。
いつだって、時は早く去ろうとするかのように走っていくのだ。

そんなことを思いながらルリはゆっくりと立ち上がる。それにあわせてハーリーも。


「久しぶりに話せて僕、とっても嬉しかったです!」

「なら、暇があったら来てくれればいいんですけどね。統合軍になってから人使い荒いですから、安月給なのに」


軍人はさぞ金持ち……そんな幻想は軍事優先国家の軍隊上層部ぐらいのものであり、やたらと予算にうるさい連合政府の軍隊で
しかも将官ではなくあくまでも佐官。そんな大金が貰えているわけでは二人ともない。
当時の宇宙軍は完全に政府と統合軍から除け者にされていたものの、それゆえに言ってしまえば暇だった。
多くの事件をそれでも解決していたのは、単に統合軍がミスした事件を解決していただけであって、事件数そのものはたいして多くなかったのだ。

もっとも尊敬しているルリがさらっと人使い荒いやら、安月給と言ったことにハーリーは否定できないけど、そうもあっさり言っていいのか困った様子。
それも、軍にはあまり未練がないルリと、あくまでも軍に少しでも何かを感じているハーリーの差の一つなのかもしれないが。



「あはは……有給なんて原則ないですからね、あるにはありますけど、そんな余裕ないですよね」

「時々事務から、有給使ってください、と言われますけど、なら仕事を減らしてくださいと」

「ですよねー。で、でもルリさんはちゃんと使ってくださいよ?体調崩したら大変ですから!」

「それはハーリー君もお互い様と言う奴です」


ちゃんと休んでくださいよ?、と心配そうに言うルリに困惑と苦笑いが交差するハーリー。
ハーリーが知っている中のルリはどちらかというとそういう表情はあんまりしない方だっただけに余計に戸惑いを隠せない、というべきか。

そして休め、というからには二人とも足を止めて何か話そうとはせず、ただ別れる場所まで坦々と歩いて。
ナデシコCの艦外出入り口。上を見れば、綺麗な星と月が見えて。とっても、神秘的な雰囲気。



「それじゃあ、ネリネの方に一度戻るんで、ここでルリさん」

「あ、はい。そうですね。久しぶりに話せて楽しかったですよ、ハーリー君。念のために言いますけど……」

「体調はしっかりと、で休暇もとって、暇があったら連絡、ですよね?」



忘れませんよー!ルリさんが心配してくれたんですから!と恥ずかしみもなくはっきりと言うハーリー。
むしろ、言われたこっちの方が恥ずかしいですね、とルリが思うほど。



「……姉としての何かを奪われたような感じがするんですが……まあ、いいです。
分かっているなら来月の7日はちゃんと空けておいてくださいね」


「わかりまし……えと、はい?!
えっと、どういうことか説明でも……」



思わず真顔でルリに問いただすように言ってしまったハーリー。それぐらい、突然過ぎて……意味が分からなかった。

――来月の7日に時間を空ける?な、なんで?

突然過ぎて、ハーリーの脳内も考えることができず。なぜ、なんで?と疑問詞ばかりが飛び交う。
せめてもの救いは、説明、と言って「あの人」が出てこなかったことぐらいだ。
あの人は、嫌いでもないしきっといい人なんだろうけど、イマイチ馴染めない。説明おばさんは。






―――






「へっくしゅん!!!もう、風邪なんてこのところ引かなかったのに、美人はやっぱり噂されるものなのかしら」

「イネスの場合、まずそういう相手がいないと思うんだけど」

「……ユリカさんのところに時々行くようになってから、やけに言うようになったわね、ラピス」

「ユリカ姉はそういうことはっきり言うもんね。この頃はルリ姉もはっきり言うけど。
……でも、イネスって説明好きだから、それが苦手な人って近寄ってすらこないような」

「……ラピス。これでも私も乙女だから、それ以上は言わないで」

「ああ、これ前にハーリー君が言ってたこと」

「……さてと、後でネリネの方に行かないと。えっときょうはk……説明してもらうための器具を……」

「……お愁傷さまだね、ハーリー君」






―――



「……な、なんなんだろ、今の不吉な予感……」


悪感に襲われたような変な感覚が一瞬体中に広がったハーリー。
いや、今はそれじゃない、と意識を戻す。問題なのは悪感ではなく、今さっきルリが言ったことのほうだろう。


『来月の7日はちゃんと空けておいてくださいね』


来月の7日って、もう今月は末だから2週間切ってますよね、何かありましたっけ?と記憶をたどって見て……


「ああ!ルリさんの誕生日ですよね!」

「まあ、正解です。で、その日は家族で祝ってくれるそうなんですが……そのですね?」

分かったと思ったのも束の間。まだまだ、意味は深いらしく……続ける言葉にハーリーはルリの表情に少し余裕と笑みが見えた。

――すっごく、ルリさんに遊ばれているような気がするのはなんでだろ……

久しぶりにあったルリの変化が本当に予想外だったのか、呆気にとられるハーリーを尻目にルリはポツリポツリと言い始めた。



「……さっき、私、姉として何もしてないって言いましたよね?」

「……は、はい。でも、それは」

「ハーリー君にとって、私が姉かどうかはとっても嬉しかったですけど、私は私が姉らしいことをしたとは思ってません」

「は、はあぁ……」


そう断言されてもハーリーにとっては完全に困惑だ。
それにそれと休みを取ることと何の関係が、と思うところで。


「姉ってことは、つまり家族ってことです。ですから……ハーリー君、一緒に来てくれる?」



それは、姉と弟のパルティータの始まり。
そして、そこから始まる新しい話の。



■作家さんに感想を送る
■作者からのメッセージ
掲示板できた記念に眠っていた設定を引っ張ってきてSS書いて見ました。
……なんだか、話が支離滅裂ですね。

とりあえず劇場版から4年後の話、のつもりです。だいたいそんな感じで書きました。話的にはアキトもユリカの元に戻っていたりとハッピーエンド。逆行モノではまずありえない結末です(ぁ

題名の『姉と弟のパルティータ』ですけど、姉はルリルリで弟はハーリーのつもりです。カップリングよりも、そういう関係を強く出したいと思って書いたんですけどねー。最後は結局怪しげな終わりになっているような気がしないでも無いがきっと勘違いなんだぜ!(ソードマスターヤマト的な意味で……あ、分からない?w

パルティータは、ウィキペディアさんの話ですと『共通の主題やモチーフないしは情緒によって、統一性をもって構成された組曲という意味』とのこと。
ルリって、弟ができました、と手紙で書いているのに、二次創作だとハーリーの扱いがぞんざいなんですよねー
本当に弟と思っているなら、もうちょっと思ってあげてくれと。
ただ、本当に弟みたいな子という意味で手紙を送ったのか、それとも同じマシンチャイルドとして弟のような、という意味だったのか判断に迷うところ。
でも、同じ身の上、という内容を後で書いているので、このSSでは本当に弟みたいな子を中心として、マシンチャイルドとしての意味も付加してみたつもりです。

なお、この頃、リリカルなのは系統の短編を多く書いていたこともあって、どうにもユーノ×なのはの流れで書いてしまう癖がありまして。
書いていると『なんで、ハーリーがユーノ君っぽくなるんだ』と何度も訂正したのがいけなかったのかなー?(そもそも書いたのが間違いかもしれないけど

なお、ラピスはハーリーより2歳年上設定です。身長ハーリーよりちっちゃいけど。なので「ハーリー君」とラピスは呼んでます。いや、ハーリー、と呼び捨てにするよりこっちの方が新鮮です(謎

本当にすみませーん! きっと、全国のアキト×ルリファン5000万ぐらいを敵にしたと思いますが
私はハーリー君が大好きです(出て行け
目次  

テキストサイズ:35k

■作品一覧に戻る ■感想を見る ■削除・編集
Anthologys v2.5e Script by YASUU!!− −Ver.Mini Arrange by ZERO− −Designed by SILUFENIA
Copyright(c)2012 SILUFENIA別館 All rights reserved.