火星の後継者を倒して早半年。
半年ということは6ヶ月であり、そしてつまりは365日割る事の2である。
何というか長いような短いような、そんな年月が経過していた。
「アキトさん、もうユリカさんのところに(中略)」
「ルリちゃん俺の手はもう血に染まりきって(中略)」
今日も今日とて星野ルリは愛しのアキトを取り戻す為に回線越しに説得説得説得。
「あ…結構髪の毛伸びてる……これはコレで素敵♪」とか「でも髪が伸びる程お手入れしてないのが目立つけど、大丈夫かな……」とか、「もしかしてあのラピスだかアビスだか仲間由○恵だかにお手入れさせてたりするんでしょうか……あの小娘マジ殺りたくなってきました」といった頭が少し可哀想な事になりつつも、表面上はクールビューティーを装って説得説得説得説得説得説得説得説得。
きっとコレが某ロボットクロスオーバーゲームであれば、こんだけ説得してるんだからもういい加減そろそろお前仲間になれよ!とコントローラーを画面に投げ付けて、中断セーブしてから不貞寝モードに入るだろうよっていうくらいに説得説得説得説得説得説得説得説得説得。
かれこれこの『復讐終わったんだから良いじゃん、帰ってくれば良いじゃんアキトさん』も第89回目を迎え、そろそろ三桁が見え始めた。
ブリッジも、最初こそ「ヒィッ!?ブラックサレナだわ!!」「げえぇッ、ユーチャリスかよ!!」「ラピスたん、ギザ萌えス」といったリアクションとなっていたのが、最近の反応は「うはw闇の王子様キターー」「何よ、髪伸びて結構イイ感じじゃない?」「ええ〜でもあのバイザー似合ってないわよ」「あの黒マントで生活してるのかな」「嘘ッ、イケメンでもそれはちょっと……一緒に街も歩けないじゃん」「ラピスたん、ギザ萌えス」といったお軽いムードになっている。
ちなみに副官の高杉サブロウタ大尉は最近付き合い始めた、普段の頼りになる姐さん的魅力と実は純粋なところにナナコさん的魅力とのギャップを持ったリョーコさんにかなり本気になっており、彼としては驚異的な真摯さを向けているものの、このルリのライフワーク、『闇の王子様捕縛作戦』のせいで会えない日が多く、現在ルリとアキトの会話そっちのけで必死の弁解のメールを打つのに苦心している。
本当はウィンドウを開いて直に弁明したいところであるが、恋する男性奪還に執念を燃やしている艦長の隣で、彼氏彼女の関係になった上での会話などしようものなら、いつぞやの如く垂直落下式フェアリー・バスターで二週間通院するはめになるのがわかっているので自重していた。
何だか昔のナデシコ的な空気だ。
◇
最近は特に忙しくも無く、痛い腹を探られ、ネルガルに思いっきりやばいネタを握られた統合軍は内部粛清やら首のすげ替えやら、責任の押し付け合いにてんやわんや。連合軍にも飛び火はあり、ぶっちゃけナデシコCはハイスペックながら宝の持ち腐れである。
平和ってのはいい事であるのだろう。
戦争においては大活躍のファンネルとかバスターライフルとかキラ・ヤマトとかイデオンとかは、平和な世界ではあんまり役に立たない。
寧ろ大人しくしててくれといった感じになる。
ナデシコも……というか電子の妖精とオモイカネも丁度そんな感じ。
だからこそ、ぶっちゃけ暇である。
ここぞとばかりに宇宙の宝、星野ルリ中佐 ――― 火星の後継者をとっちめたので中佐に昇進したのである ――― は、
「火星の後継者の残党から保護する為にも、天河アキトの確保は最重要任務であり、ユーチャリスに対抗出来るのはナデシコしかありません」という、
冷静に聞けば「ちゃっちゃと下らねぇ軍務なんかに手を煩わせないで、アキトさんのところに会いに行かせろロートル共」と言っているとしか聞こえない公私混同極まりない意見を押し通し、アキトを取り戻す為に邁進し続けているのである。
渋っていた上官達も、ルリが戯れに見せた『とある個人データ』の一部に、顔を真っ青にしながら満場一致で賛成してくれた。
情報戦を制すものが世界を制すというのはいつの時代も一緒だ。
コレぐらいはお茶目という言葉で許されるだろうと、我らが星野中佐は一欠けらの後悔さえ見せずに納得した。
話は戻るが、説得交渉は徐々に感情論のぶつけ合いと化してきている。
説得に入って10分。
クルー達は、徐々に時間が早くなってきたなぁ……と呑気に思っていた。
「もう!!じゃあユリカさんのところはスルーして良いですから、私のところに帰ってきて下さい!!」
何が「もう」なのか、何が「じゃあ」なのかはともかく、感情論になってようやく本音が出たようである。
「ユリカスルーッ!?」
闇の王子様からツッコミ一つ入りました〜と誰かが呟いた。
「いい加減、私も若い乙女の身体を色々と持て余すんです!!察してください!!っていうか責任取ってください!!」
「ル、ルリちゃん……女の子が持て余すとかそういう事を言うもんじゃ……」
「女の子にだって性欲はあるんです」
「性欲って言うな!!」
「もう私、少女から脱皮しつつあるんです……この意味わかりますか?」
「いや……君は娘みたいなものだし……」
「何処の世界に7つしか離れてない親子がいますか!!」
闇の王子様からツッコミ二つ目頂きました〜とまた誰かが呟いた。
責任取らなきゃいけないような事したのかなあの王子様、と誰かが呟いた。
そして、7つ違い、23歳と16歳で親子というのは無理があり過ぎだとは誰もが思った。
「さぁ、そんなセンスの欠片も無いマントを脱ぎ捨てて、私のパクリみたいな小娘もついでに捨てて、私の胸に帰って来て下さい!!!」
「もともと、いなかったよ!!」
ドサクサにラピスと手を切れと言う辺り、中々やるようになった星野ルリと誰もが思いつつも、ルリはノンストップである。
感情を露わにするようになってくれたのは嬉しいけれどと、嘗ての人形のような姿からは思いも寄らない成長ぶりに、吐き出される発言の際どさにカラータイマーの如く顔を明滅させながらもアキトはちょっぴり感慨深いものを感じる。
ちなみに恋する少年ことマキビ・ハリ君がここまで愛しの艦長に何も言わないのはおかしいと、懸命な読者様ならばお思いであろう。
彼はというと、ルリに「もう、あんな真っ黒黒助のロリコン野郎は放っておきましよう」という至極最もな正論を吐いたのであるが、「ロリコン野郎」という単語に、即座にルリの脳内にアキトとラピスかいう小娘との間に全年齢対象では書けない、同人誌に描かれていそうなふしだら、みだらなシーンが浮かび、発作的に人中(人体急所の一つ)に的確な手刀を繰り出され早々に床に口付けたまま眠りの世界へと誘われる事となった。
「クッ……ラピス、ジャンプの準備は良いか?」
「うん、アキトいつでも」
埒が明かないと思ったのか、アキトは視線を横の、ウィンドウには映っていないがそこにいるのが間違い無い相棒のラピスに指示を出す。
あらかじめジャンプの準備をしていたのだろう、ユーチャリスがボソンの光に包まれ始める。
最初からさっさと逃げておけば良いのにと誰もが思ったが、ルリが元気にしているのかをその目で確認したいという不器用な優しさの現れなのだろうと、この半年の間に密かに生産され続けていた『PODファンクラブ』の会員達は好意的に解釈した。
PODの正式名称はすぐにわかるので、書かない。
面倒だから書かない。
「アキトさん!!」
ルリの叫びを無視するように、ユーチャリスは粒子の残滓のみ残し宙域から消えた。
ユーチャリスの反応消失というオペレーターの報告に、胡乱な返事をしつつ、白熱していた反動のようにぐったりとルリはその身をシートに預けた。
「無理やりにでも食いつきゃよかったんじゃないですか?」
サブロウタが流石に89回目ともなって、気の毒そうにルリに声をかける。
ルリは少し疲れた笑みを浮かべながら首を振る。
「いえ、無理に干渉して逆行したり、何故か性別が変わったり、変な世界に飛んでいかれてフラグ立てられたりするのは勘弁ですから」
「は?」
「いえ、こちらの話です」
大幅に際どいアレコレをのたまった後、ルリはニッコリと天使、基、妖精の笑みを浮かべる。
「それよりもサブロウタさん。エステバリス直ったみたいですから……次回は頼みますよ?期待してますから」
その言葉にサブロウタの顔が引き攣る。
81回目の時にブラックサレナとタイマン張らされて、見事にスクラップにされたのは記憶に新しい。
それなのに、折角退院してきた自分のエステバリスが、次の90回目には再びあの黒いのとやらされるんだぁ…と泣きたい気持ちになっていた。
「うふふふふ……絶対逃がしませんから、アキトさん」
可憐な乙女の笑みは愛らしいのであるが、付き合わされるクルーの背筋は一様に氷柱を突き立てられたようにうすら寒くなった。
ハリ君は人中を打ち抜かれて気絶したままだ。
◇
ボソンジャンプを終え、アキトは深い溜息と共にシートにもたれかかると、いつの間にか傍に来ていたラピスの差し出した手にバイザーとマントを脱ぎ、手渡す。マントに嬉しそうに頬ずりしながら、ちらりとラピスはアキトを見ると、アキトは困ったなぁといった表情を浮かべている。
けれども、困ったなぁの中に「でも、正直嬉しいなぁ」という表情が見え隠れして、ラピスは頬を膨らませる。
「アキト、もうこれ必要無いのに、何でルリと会う時は着けるの?」
「まぁ……そっちの方が帰らない理由的に納得してもらえるかなぁと」
「全然。全然納得してない。ルリ、寧ろ何からナニまでお世話する気満々。バッチコーイって思ってる……」
ラピスの若干不機嫌な声に、アキトは力無く笑う。
イネスさんの弛まぬ努力 ―――― 主に山崎博士への、ここではちょっと書けない筆舌に尽くしがたい『丁寧』な尋問によってアキトの感覚は大分治ってきている。ハッキリ言って今のアキトはピッチリ黒タイツもマントもバイザーもノーセンキューである。
普段着といえば、黒いスラックスに、モスグリーンのジャケットのようなシックな私服に身を包み、最早電車にラピスと乗って駅で職質されることもない。
けれどどうしてアキトが帰らないかといえば。
「静かに、まったり暫らくは過ごしたいんだけどなぁ」
こんな理由だったりする。
激動の、本当に密度の濃い人生を送ってきたアキトは、ちょっくら自分を見つめなおしたいなぁ〜的な、要はやる事もなくなったからホゲーッと過したいなぁと思ってたりしていた。ネルガルからも「十分に働いてくれたし温泉にでも言ってきなよ」というアカツキの軽い一言でOKが出ていたりする。
「アキト、そろそろルリとのやり取りにボキャブラリーがなくなってきてる」
「そうか……?」
「ぶっちゃけマンネリ。アキト、元々頭良くないからボキャブラリーも貧困。女の涙にも弱いからルリにいつもやり込められてジャンプして逃げてる」
「………フッ…俺の最終学歴は中卒だからな…」
「それカッコ付けて言う事じゃない」
闇の王子様。
ブラックサレナのパイロット。
されど中卒。
「次からはルリの相手は私がする」
「…………」
アキトの脳裏に第74回目の悪夢が甦る。
聞く者の心が凍えそうな絶対零度の舌戦からスタートし、誰もが耳を塞ぎたくなる罵詈雑言の感情論のぶつけ合いに展開し、最終的にグラビティーブラストの撃ち合いに落ち着いた。
あれがこれから行われる事にアキトはゾッとした。
「そ、それは止めてくれ頼むから」
「でもドラマでやってた。夫の昔の恋人を諦めさせる為に今の妻が自ら出向いて自分の入り込む余地など無い事を思い知らせて身を引かせてた」
「つ、妻ッ!?」
「うん。私がアキトのお嫁さん」
「い、いや、待てラピス……お嫁さんって……」
「昔、一緒にお風呂に入ってた時にアキト戦いが終わったらお嫁さんにしてくれるって私が聞いたら良いよって言った。だからお嫁さん」
「そんなこと……」
言ったかなと思い巡らすものの、すぐには思いつかない。
しかし、シチュエーションは想像が付く。
おそらく、無邪気なラピスの言葉に微笑ましく思い、戯れに頷いたのだろう。
「戸籍の書き換えもバッチリすんでる」
「戸籍ッ!?」
さらりとはかれた爆弾発言に、もたれかかっていたシートからアキトが跳ね起きる。
ラピスは何故か自慢気に、そして自信満々に胸を張る。
まだまだ14歳の薄い胸を張る。
「私…戸籍無い。だから登録する時に16歳で登録した」
「二歳もサバ読んだのか!?」
「許容範囲内」
つまり、知らない間にアキトは既婚者になっていたのだ。
ユリカとは婚約までしかしてないので、紛う事無き初婚だ。
おめでとうアキト。
合法的にロリコン、おめでとうアキト。
「ブイ…」
誰から聞いたのか、教わったのかわからない可憐な白魚のような指の作るブイサインを前にして、アキトは力無くシートに沈み込んだ。
アキトの戸籍に気付いたルリとラピスの間で血で血を洗うが如き戦いが始まるのはそれから二ヶ月ほどしてからである。