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コードギアス 共犯のアキト 第五話 「急転」
作者:ハマシオン   2009/04/29(水) 02:00公開   ID:uk4AsIEYhoo
コードギアス 共犯のアキト
第五話「急転」





「機体の調子はどうだ?」

「外周伝達率85%……完璧とはいえないけど十分な数値ね」


 主力ナイトメアのトライアルを三日後に控え、マリアンヌとアキトは新生ガニメデの完成につきっきりの状態だった。
 数日前にハンガーで起こった口論も、お互いがそんなことはあったのかと云わんばかりにいつも通りに接していたため、周りの人間はアキトとマリアンヌが反目し合っている事に気付いていなかった。


「ランドスピナーの稼働状態OK、スラッシュハーケンの操縦性も以前に比べて格段に向上しているわ」

「そいつはよかった。これだけの性能があれば、余程の事がない限り今度のトライアルは大丈夫だろう」

「まぁ、私が負けるなんて有り得ないことだけどね」


 確かにここまでしなくても彼女なら大丈夫だろう。という確信に似た思いがアキトにはあった。
 仮に性能の劣悪な機体に搭乗していたとしても、マリアンヌが敵にやられる所が想像できない。寧ろ性能差をものともせずに敵を打ち砕くイメージが容易に想像できたりするのだから、笑えなかったりする。


「そういえばエステバリスの解析は終わったのか? すっかり元に戻っているが」

「ええ、ただルーベンは動力系統がどうしても分からなかったって悔しがってたけど」


 横に目をやると、ガニメデから少し離れたハンガーには、以前訪れた時にはバラバラになっていたエステバリスが、ピカピカに磨き上げられた桃色のカラーリングそのままに鎮座していた。


「トライアルが終わったら、リベンジしてみようかしら?」

「勘弁してくれ」


 昔のガニメデならともかく、今のガニメデはスペック的には元の世界のエステバリスと互角かそれ以上だ。それにマリアンヌの技量が合わさるとなると、いかにカスタムエステバリスといえども、容易に倒すことはできないだろう。尤も、自分の技量とスペック差を考えれば苦戦はすれど負けはしないだろうとアキトは考えていた。


「トライアルが終わって、ガニメデが量産される頃には、いよいよ日本に攻め入ることになるでしょうね」

「日本……か」


 現在ブリタニアと日本は一種の緊張状態の只中にあった。ブリタニアの矛先は今の所日本に向けられていないものの、周辺国家の取り込みや植民地化は着実に進み、いずれはそれが日本を飲み込む大きなうねりとなることは明白だった。
 三日後に行われるナイトメアのトライアルも、日本侵攻に向けての下準備の一つに他ならない。島国であり起伏の多い日本は、戦車等のこれまでの陸戦兵器では早期制圧が難しいと考えられている。圧倒的な軍事力を持つブリタニアの力を持ってすれば占領はたやすいが、それでもこれまで以上に苦戦させられるのは間違いない。
 そこで目をつけたのがナイトメアフレームだ。あらゆる地形を踏破できる二脚に、平地を高速で走破するランドスピナー。これらの装備は、海岸から上陸し都市部を制圧するという一連の軍事行動を非常に迅速に行えることができると考えられていた。
 云わば日本は、ナイトメアフレームの持つ可能性を試される実験場として選ばれたのだ。当然そのことに、アキトが面白くなるはずもない。


「やっぱり賛成はしてくれないのね」

「当たり前だ。俺は日本人じゃないが、異世界とはいえ思い入れのある場所なんだ。そこが侵略されると知って平気でいられるか」

「そうね……だけど私達の目的のためには手段は選ばないわ」

「――――そう言っている割には、以前より顔がこわばってるように見えるが」


 いつもなら、自らの目標のためには敵を倒す事になんの躊躇いもみせなかったマリアンヌが、この時は僅かに顔を曇らせていた。
 以前までの彼女からは考えられなかった様子に、困惑を覚えたアキトだが、マリアンヌは視線をガニメデに固定させたままポツリポツリと話し始めた。


「私はね、いつも自分が大事だった」


 それは今までほとんど話したことが無い彼女の生い立ちだった。


「まだ私が庶子の頃、両親が詐欺師に騙されて借金抱えて蒸発してね。それから逃げるようにして軍に入ったけど、やっぱり女だからって甘く見られてしまって……随分と目の敵にされたものだわ」


 昔を懐かしむように、そして自嘲すように話を続けるマリアンヌ。


「戦果を挙げて注目されるようになると、ほんの数ヶ月前には、侮蔑の言葉を吐きかけた馬鹿な皇族・貴族が、随分と甘ったるい言葉をかけてくるようになった。そしてそれはラウンズから皇妃になった今も同じ……唯一私を私と見てくれたのはシャルルとたった二人の友人だけだったわ」


 人の心を狂わせかねない戦場でも、煌びやかな皇族の宮殿でもマリアンヌの心は常に孤独だった。虚構だらけの世界で彼女を支えたのは、自身の強靭な肉体と身体能力、そして誰よりも他人を寄せ付けない閃光のような強い意志だった。
 だからだろうか、マリアンヌを、彼女自身を見てくれたシャルルに対して、マリアンヌは初めて人を愛するという事を知った。それは盲目的な恋だったのかもしれない。


「世界の嘘を消し去れば悲劇は無くなる。それだけじゃないわ、心の壁は全て取り払われ、人は容易く心を繋ぐことができる。そうなれば人は人に怯え、恐れ、怒ることもなくなり、世界は安定へと向かう」


 シャルルの語る理想は、魅力的だった。何故ならそれは自分が今まで晒されてきたあの醜い世界そのものを消し去ってくれるから。


「私は常に人の嘘に晒されて生きてきた。だからそんな世界は嫌だ、嘘は嫌いだ、あるがままに生きたいと思っていた……シャルルの望みは私の望みでもあったのよ」


 そう言い放つマリアンヌだが、彼女の表情はやはり苦々しいままだった。
 そして、ふっと何か胸のつかえが落ちたような顔をすると、再度言葉を紡ぎ始める。


「でもあなたの言葉で最近ちょっと考えるようになったの……それは逃げてるだけなんじゃないかってね」

「逃げ、とは?」

「人と溶け込もうともせず、自分独りで生きているというのは聞こえはいいけど、他人の感情や視線から逃避しているとも言うわ。私自身そんなつもりはなかったけど、今考えてみると小さい頃から暗い感情ばっかり見てきたものだから、自然とそうなったのかもしれないわね」


 だから、今あの人の願いを叶えさせる事については保留中なの、とマリアンヌは苦笑してそう答えた。


「いいのか、そんなこと言って……だとすると、これからどうするつもりなんだ?」

「まだそこまで細かいことは考えていないわよ。ただ、今までのように一方的に他者を省みない事は自重するだけ。その他の事についてはこれからシャルルとゆっくり話し合うわ」


 嘘の無い世界を作るという計画に対して同意はできなくなったが、それでも皇帝陛下に対する愛情は変わらない。まがりなりにも自分しか興味の無かったマリアンヌが初めて愛した人間なのだ。
 彼の孤独・寂しさは自身が埋めてあげるという手もあるのだ。そうすれば無闇に国外に手を伸ばす必要も無くなるかもしれない。


「それに、この『閃光のマリアンヌ』がいつまでも他人から逃げてるということは性に合わないからね♪」

「その方がアンタらしいよ」


 常に前を向いて歩く……いや、走るのがマリアンヌだ。途中で立ち止まり、迷ってうろうろする彼女の姿なんか見ていると、逆に不安を覚えてしまうものだ。
 この様子なら、近いうちにマリアンヌはシャルルに対してもっといい答えを示してくれるだろう。そうすれば、ブリタニアの世界征服も無用となる可能性だってある。そうなれば、日本に向けたその矛先も向けられることはないだろう。
 世界を血で洗うよりも、言葉と心で解決できるのならそれに越したことは無い。この先いくつもの困難が待ち受けるだろうが、誓いを新たに示したマリアンヌならば大丈夫だ。その果てに出した答えを見届ける為にも、アキトはこれからもマリアンヌについていこうと心に誓った。





「あぁそうそう、あなた今夜は用事あるかしら?」

「ん? ラピスとユーチャリスの調子を見る予定だが……」


 帰りの道すがら、突然そう尋ねるマリアンヌに対してアキトは特に意識せずにそう答える。


「悪いけどそれは翌日に回してもらえるかしら。今夜ちょっと付き合ってもらいたいの」

「今日じゃないと駄目なのか?」

「私は別の日でもいいと思ったんだけど、先方がどうしても今日じゃないとダメって言っててね……」

「分かった、予定を空けておこう」

「悪いわね」


 それじゃあ、また後でとアキトとマリアンヌはアリエスの離宮で別れた。

 一体彼女は俺を誰に会わせるというのだろうか。
 先程の言葉から察するに、マリアンヌが頼みを断れないほどの立場の人間という事だが、そんな人間は極少数だ。
 考えられるのは、皇帝陛下かナイトオブラウンズのビスマルク、そして数ある皇妃の誰かだろうか。
 いずれにしても、今夜は夜遅くに出かけることになるため、ラピスには連絡を入れておかないといけない。

 アキトは思案に耽りながら離宮を歩いていると、ホールの中央で同じく思案にふける騎士服のような出で立ちをしたコーネリアに出会った。
 コーネリアもアキトに気づくと、言葉を交わす。


「久しぶりだな、テンカワ・アキト」

「あぁ、コーネリア殿下。ご無沙汰してます」


 コーネリアは訓練だけでなく、アリエス離宮の警備担当としても度々訪れる為、こうして宮殿内で会うのもそう珍しいことではない。


「先日の模擬戦は非常に有意義なものだったぞ。できればまた手合わせを頼みたいのだが」

「私のような無頼者にはもったいない言葉ですが、ギルフォード殿とダールトン将軍がまた臍を曲げますよ?」

「フッ、私自身がお前と剣を交えたいのだ。他人にとやかく言われる筋合いはないな。それに、奴らはああ見えてお前の事は買っているんだぞ?」


 コーネリア御付きの騎士であるギルフォードとダールトンに、初めてアキトに会った時にはその風貌と得体のしれない素性から、随分と警戒されていた。
 今でこそその力を認められ、ほぼ対等に接してはいるが、当初は宮殿内で剣を向けられたほどである。その度にナナリーやユーフェミアからお叱りの言葉を頂いていたようだが。
 尤もアキトも自身の身の不明瞭さは十分自覚していたので、ギルフォードやダールトンの態度は当然のものとして考えていたが。


「それでは、また近い日にお相手致しましょう」

「ああ、頼むぞ」


 話を締めくくってその場を立ち去ろうとするコーネリアだが、ふと何か思い出したのか、その場で立ち止まるとアキトの方に向きなおし、今度は剣呑な表情でアキトに尋ねた。


「……そういえばテンカワ、貴様今夜はマリアンヌ様と逢引きでもするのか?」

「…………はっ?」


 一瞬何を言ってるのか理解できずに、暫し呆然となるアキト。その間にもコーネリアの表情はどんどん険しくなっていく。


「それは一体……どのような意味でしょうか?」

「先程、マリアンヌ様直々に今夜のアリエス離宮の警備は必要無いと言われてな。聞けば今夜はお前と会う約束をしているそうだが?」

「マリアンヌ様からは、私を誰かに会わせるような旨を言っておられましたが……」

「ならばいいが……一つ忠告しておくぞ?」


 カツカツとアキトの前に詰め寄り、ぐいっと襟を握りしめて顔を近づけると、鋭い瞳を真っ直ぐにアキトに向けて言い放つ。


「く れ ぐ れ もあの方に手を出そうなんて考えるんじゃないぞ」

「……重々、承知しております」


 あまりの迫力に一瞬気を呑まれそうになるが、今まで培われた経験(?)から、すぐさま気を取り直して返事をする。
 その返事にコーネリアは満足したのか、うむと一言残して掴んでいた襟を放すと、そのまま踵を返してその場を去って行った。
 そんなコーネリアの様子に、何か懐かしいものを感じつつも、アキトは尋ねられた話の内容が気にかかっていた。

(しかし警備を出払わせるだと? 唯でさえ敵の多いマリアンヌがそんな指示を出すと思えないが)

 何か嫌な予感がしたのか、アキトはラピスにリンクを繋ぐと、いくつかの指示を出して自身の部屋へと向かっていく。
 そしてその行動が、後に起こる事件に対して有効に働くこととなる。





「テンカワ、出かけるのか?」


 夜も更けてマリアンヌから指定された時間になり、アキトは身支度を整えてアリエス離宮のホールへと向かおうとしたが、起きていたルルーシュに見つかった。


「ルルーシュ殿下……ええ、マリアンヌ様に御呼ばれしておりまして」

「お前がそんな言葉を使っても気味が悪いだけだ。普通に話せ」

「……分かったよルルーシュ、それで何か用かい?」


 会った時にはそれこそプライドの高い猫のように警戒されていたアキトだが、今ではこうやって気軽に話せるほど気を許されていた。
 そこには年は離れても(ラピスが聞いたら機嫌を悪くするだろうが)幼い妹を持つ身の者同士ということもあったのだろう。最近ではラピス・ナナリーを交えて遊んだり、一緒に日本の特撮やアニメを鑑賞するだけでなく、世情に疎いアキトと席を共にして勉学に励んだり、戦略・戦術についても意見を交わすなどしている。
 そんな様子にマリアンヌからは、まるで年の離れた兄弟みたいね、等とからかわれたが、アキトもルルーシュもそれで気を悪くするようなことは無かった。


「はじめはお前をどこかの貴族の回し者かと思っていた……だけどお前やラピスが来てから母さんもナナリーもよく笑うようになった」


 いつからかアキトとラピスの二人は、ルルーシュの中でも特別な感情を示す程親愛にあふれたものとなっていた――――それこそ今の父親以上に。


「父上はこのアリエス離宮にほとんど顔を出すことが無い。それを寂しいとは言わないけどけど、お前がいると今までよりもずっと充実しているんだ」


 碌に顔を見せず、たまに会ったとしてもほとんど一緒にいた記憶が無かった。その視線にも親愛を示す感情などほとんど見出す事が出来なかった。
 母親のマリアンヌは、あれでも自分達を愛してくれているのと言うが、ルルーシュは到底そんなこと思えなかった。
 だけどこの男は違う。自分を皇族だからと愛想良くするわけでもなく、子供だからと見下すわけでもない。ただ純粋にルルーシュ・ウィ・ブリタニアという人間を見て対等に接しているのだ。そんな人間は同じ皇族の幾人かの兄妹くらいしかいなかった。
 だからアキトと離れることは、家族と引き離されるのと同様に寂しいものだという思いがルルーシュにはあった。


「できるなら……ずっと此処にいてくれないか?」


 その言葉に息をのむアキト。
 あのプライド高いルルーシュがここまで自分に気を許してくれている事に、驚愕と同時に感動すら覚えていた。


「いや、変な事を言ったな。スマン、忘れてくれ」


 ルルーシュは顔を伏せると、自分が何を口走ったのか今更ながらに自覚して、顔を恥ずかしさで真っ赤に染めていた。
 しかしアキトはそのような感情を自分に示してくれたルルーシュに対し、ニコリと微笑むとルルーシュの頭に手を乗せ、柔らかい髪を優しく撫でる。


「いや、覚えておくさ……そして約束しよう。君が俺を信じてくれたように、俺もいつか君の信頼に応えてみせると」


 膝をつき、目線をルルーシュに合わせてバイザーをとると、霞む瞳でルルーシュの紫の瞳を覗き込んだ。
 ルルーシュは初めて見たアキトの素顔と、光の無いその瞳を見て驚きに息をのんだ。今まで一度も見せたことの無かった仮面の表情を脱ぎ棄て、自分に曝け出している。己の答えに対し、アキトもその行動で持って答えを返してくれた。その事がたまらなく嬉しかった。


「ああ、その時は俺のために張り切って働いてくれ」


 その憎まれ口も今のアキトにとっては心地よかった。
 そして同時アキトの心に浮かぶ親愛の情。その感情は父性と呼ぶのものかもしれなかった。





「悪いわね、こんな夜遅くに」

「別に構わない。それで俺に会わせたい人とは一体……?」

「私達の同士の一人よ」


 アリエス離宮の中央ホール。最早深夜と呼んでも差し支えない時間帯に、アキトとマリアンヌの姿は其処にあった。
 人と待ち合わせるにしては時間も場所もあまりに非常識すぎるのか、アキトの顔は若干強張っている。自身を呼び出したのは一体誰なのか、マリアンヌに問い質そうと口を開きかけた時、その声がホールに響いた。


「やぁ、来たねマリアンヌ……そしてテンカワ・アキト」


 中央ホールの階段下の柱から姿を現したのは12歳くらいの少年の姿だった。
 床までつきそうな長い白髪に黒と裏地が紫の豪勢なマント。見た目だけなら年端もいかない少年だというのに、身に纏った落ち着いたオーラは皇帝陛下に勝るとも劣らない。
 自然とアキトはその少年に対し、バイザー越しに警戒の視線を向けていた。


「人払いはしておいたわ。コーネリアも同じようにね…………で? 私にここまでさせて、一体何の用かしらV.V.?」

「うん、ちょっと話したいことがあったんだ。二人にね……」


 変わった名前だ、と思うと同時にやはり彼もマリアンヌと同じく、シャルルの同士の一人だと思い至った。


「私達も暇じゃないの。三日後にはナイトメアのトライアルがあるのよ。手早く頼むわ」

「……君は変わったよね、マリアンヌ」


 ポツリと小さく呟くように、しかしホール中に響き渡るような不気味な声でV.V.が言葉を紡ぐ。


「シャルルは君と出会ってから変わってしまった。互いに理解し合っていくのが楽しいみたいだ……それこそ僕の二人だけだった時に比べて、ずっと嬉しそうにしている」


 淡々と抑揚のない声で、そして誰に聞かせるわけでもなく、唯確認のために喋っているようにアキトは感じた。


「それに……君もその男と付き合うようになって、随分と迷っているようだしね」

「……っ」


 その瞬間、ほんの僅かな一瞬ではあるがV.V.から発せられた黒い感情を確かにアキトは知覚した……そしてそれだけでなく、その感情がマリアンヌにも向けられている事を。


「このままじゃ僕達の計画に狂いが生じてしまう、だからその前に……」

「マリアンヌ様!」


 突如階段の段上から、男性の声が発せられる。
 人払いしたはずのホールにいた二人の男性。それを認めたマリアンヌはその二人を咎めようと後ろを振り向いた。
 自身に、信頼した同士から発せられた憎悪の感情に気づくことが出来なかったから――――マリアンヌは無防備な背中をV.V.曝け出した。


「貴方達、今夜はここに入るなと――――」


 その瞬間、V.V.が背中に隠し持っていた自動小銃を取り出し、その銃口を四人に向けると、躊躇いもなく引き金を引く。
 銃弾は容赦なく四人に降り注ぎ、マリアンヌを心配した二人の忠実な執事はその銃弾に倒れた。

 そしてアキトは自身に襲い掛かる銃弾を――――弾き飛ばした。
 V.V.が引き金を引く寸前、腰の個人携帯型ディストーションフィールド発生装置を起動させ、湾曲場を展開したため、間一髪敵の銃口から身を守ることができた。
 だが、無防備な背中を曝け出していたマリアンヌは違った。


「マリアンヌ!!」


 美しいその肢体に背中から銃弾を受け、血を吹き出して倒れ込むマリアンヌ。
 アキトは咄嗟にマリアンヌの背後へと回り込むと、血だらけの体を片手で受け止め、フィールドを張ったままV.V.の火線から身を守る。
 そして銃弾が途切れた瞬間、アキトはマリアンヌを抱え直すと、脱兎の如く走り出してアリエス離宮のホールを後にした。
 ホールから去る瞬間、小柄な人影が柱の陰にいたことに気づいたアキトだったが、今はそれよりマリアンヌを安全な場所へ運ぶことが先決とし、それを記憶の片隅へと追いやった。
 後に残ったのは、二つの骸と信じられないといった表情を張りつかせたV.V.だけだった。


「銃弾を弾いた?」

(まさかギアス? いや、僕達の監視外でそんなことは……)


 嚮団の管理下にあるギアス保持者については、自身がよく把握しているはずだ。
 考えられるのは、もう一人の同士が昔授けたものか、もしくは自分達が知らない保持者がいるのか――――
 しかし今はそれを考えるよりも先にやることがある。
 V.V.は携帯端末を取り出すと、いつもの平坦な口調で端末先の相手に指令を下した。


「あぁ、僕だよ。ちょっと予定が崩れちゃったから、今から言う事を実行してほしいんだ」





「くそっ、出血が激しい! 急いで病院に連れて行かないと」


 アキトは人影の無い廊下を走り抜け、記憶の片隅にある医務室へと向かっていた。
 止め処なく流れる鮮血はアキトの服を真っ赤に染め、廊下の床にもいくつもの血痕を残している。フィールドのおかげである程度銃弾を弾いたとはいえ、身体に残るダメージは如何ともしがたい。
 せめて安全な場所で応急処置だけでもと急ぐアキトだったが、突如鳴り響くサイレンと宮内のスピーカから発せられた内容を聞いて愕然とする。


『緊急事態発生! 緊急事態発生! 騎士、テンカワ・アキトがマリアンヌ皇妃に対し暗殺を企てた!』

「なっ……!」


 絶句する暇もなく、宮殿は眩い明りに包まれ辺りからどやどやと人の足音が鳴り響く。

(あのV.V.とか言う奴はどうしても俺とマリアンヌを逃がさないつもりか!)

 こうなったら腹を括るしかない。
 アキトは決意を新たにすると、柱の陰に潜んでラピスにリンクを繋ぐ。


『ラピス、ラピス聞こえるか?』

『何が起こったのアキト? 今アリエス離宮は大騒ぎになってるよ』

『手短に済ますぞ。俺とマリアンヌは嵌められた。こうなった以上、このブリタニアにはいられない。ユーチャリスの調子はどうだ?』

『――――宇宙に上がるのは無理だけど、通常航行には問題無い。フィールドも70%程度までなら展開できる』


 アキトの云わんとしてる事を理解したのか。ラピスは求められた事を短く簡潔に報告する。


『ユーチャリス内にある医療ポッドは使えるな?』

『マリアンヌも連れて行くの?』

『このまま放っておけば、彼女は殺されてしまう可能性が高い』


 なにせ、同じ目標を目指す同士が、個人的な感情のもつれでいきなり殺そうとしたのだ。例えこのままマリアンヌをブリタニアの医療施設に預けてもそのまま謀殺される可能性が高い。
 それ以前に、アキトは目の前の危機を察知できながら守れなかった。
 マリアンヌはこれから愛する人と話し合い、よりよい世界を作るために新たに歩み進むはずだったのだ。
 なにより、彼の母親をこんな形で失わせることはアキトにとって許せることではない。 


『すまない、ラピス。ルルーシュ達と別れるのは俺とて本意じゃないんだが……』

『いい、私はアキトとずっといるから』


 短い間だが、ルルーシュとナナリーと触れ合い、ラピスはほんの少しずつではあるが、年頃の女の子らしい感情を持つようになっていた。
 それに、生まれた初めて持った同年代の友人と突然別れることは、ラピスにとって身を切るほど辛いことだろう。
 リンク越しにもう一度すまないとアキトは伝えると、ラピスの居る部屋をイメージする。


「ジャンプ」


 虹色の残光を残し、廊下から姿を消すアキトとマリアンヌ。
 後に残ったのは、夥しいまでの血痕だけだった。

 そしてラピスの部屋にジャンプアウトすると、そこには今正に部屋になだれ込み、突っ立っていたラピスを取り押さえようとしていたブリタニア兵士達が驚きの表情を張り付けて銃を構えていた。


「貴様はテンカワ・アキト!?」

「っ……すまない!」


 即座にリボルバーを抜いて、兵士達に向けて発砲する。
 兵士の手を打ち抜き相手が怯んだ瞬間、アキトはラピスをかっさらって隣の部屋へと逃げ込んだ。
 立ち直った兵士達が逃がすものかと即座に追いかけるが、踏み込んだ部屋に残っていたものは虹色の残照だけだった。




 アキトはユーチャリスのメディカル・ルームへとジャンプアウトすると、即座にマリアンヌの身体を医療ポッドへと横たわせ、緊急治療を開始する。
 この医療ポッドは、イネスがその科学力を存分に発揮し、愛する『お兄ちゃん』のために改良に改良を重ねて制作して一品ものだ。
 難病の手術こそできないものの、医療用ナノマシンを使った治療により、怪我等の身体的損傷に対してはかなり有効なのである。


「でも、ここまでダメージが大きいと後遺症の心配もある」

「そこは彼女の精神力にかけるしかない……」


 どちらにせよ、現状ではこれ以上の打つ手がない。
 詳細な検査を行うにも、ブリタニア国内に留まっている以上危険が付きまとうため、国外に脱出する必要がある。
 しかし、その前にまだやるべき事がもう一つあった。


「ガニメデはともかく、エステバリスを置いたままにはできない……ラピス、ユーチャリスを頼むぞ」

「分かった」


 既にユーチャリスのエンジンには火が入っており、いつでも飛び立てるよう準備も完了している。
 ユーチャリスのドッグとエステバリスが保管されているハンガーは距離も近いため、重力波ビームによる充電もそのままで可能だ。
 アキトはハンガーの位置とエステバリスのアサルトピットを正確にイメージングし――。


「ジャンプ」


 三度虹色の残照を残し、空間を跳躍するのだった。





 エステバリスが安置してあるハンガーには、内外に多数の兵士が配置されていた。
 それはユーチャリスに対しても同様で、そちらには兵士だけでなく戦車や対空砲・対空ミサイルが向けられており、例え奪取されようとも破壊を辞さない覚悟でいる。
 正に猫の子一匹通さぬ厳重な守りに対して、外からの侵入はほとんど不可能であろう。
 ――――そう、『外』からの侵入は。

 ヒュイイィン……

 何かが駆動する音を警備兵の一人が耳にし、何事かと辺りを見回す。そして、それが自分の真後ろにある人型兵器から発せられると知ると、その警備兵は愕然とした。

(いつの間に中にっ!?)

 他の警備兵も只ならぬ様子に気づき、一斉に銃口をその人型兵器に向けるが、その巨体に対して自動小銃はあまりにもちっぽけに見えた。
 しかし部隊を取り纏める長は、事前にそれの状態を聞いていたこともあり隊員達に対して冷静に指示を下す。


「落ち着け! あのナイトメアには動力が存在しない! このまま包囲してマリアンヌ様に刃を向けた反逆人を――――」


 だが、そこから先は言葉が続かなかった。
 左右のカメラアイに光が宿り、動力の無いはずの人型兵器エステバリスはその四肢に力を充実させると拘束具を解き放ち、薄っぺらいハンガーの屋根をぶち破って、虚空へとその姿を消したからだ。


「ば、馬鹿な……」


 それは動力の無い機動兵器が動き出したことについてか、それとも未だ試験段階のナイトメアが空を飛んだ事に対することか。
 いずれにせよ、残された警備部隊の長は呆然とそう呟くことしかできなかった。





 ――――コーネリアの私室。
 そこでは緊急連絡を受けたコーネリアが、信じられないといった表情で部下からの報告を聞いていた。


「なんだと……テンカワがマリアンヌ様を!?」


 冗談だと思いたかった。
 奴の剣は、あいつの心の在り様は蛮勇なれど、それは間違いなく騎士のものだった。
 そしてマリアンヌ様に対する思慕も、そして信頼も傍から見てて信じるに値すると自身が判断したのだ。
 そんな男が、己の忠誠を誓う主君――マリアンヌに対して刃を向けた?


「何かの間違いではないのかっ!!」





 飛び交う銃弾、鳴り響く砲声、飛翔するミサイル。
 ありとあらゆる兵器が空を飛ぶ巨大な質量に対して降りかかるが、その美しき白亜の巨体を曝け出すユーチャリスには僅かな揺れしか与えることが出来なかった。
 ――――ディストーションフィールド。
 アキトの世界において、絶対的な盾でもあり矛でもあるその湾曲場に対し、この世界の火力は未だ未熟のうちにあった。
 しかしそれでも絶えず攻撃を受ければ、いつかは破れる。アキトはエステバリスを空へ駆けると、ラピッドライフル片手に対空兵器や攻撃ヘリを落としていく。


『成層圏には出られないが、施設が海岸沿いにあるのが幸いした。領海外まで出ればやつらも追ってこれないはずだ。それまではとにかく逃げの一手だ』

『OK!』


 ユーチャリスのオモイカネは今まで暇でしょうがなかったと愚痴をこぼしており、グラビティブラストで敵を一掃してはどうかと提案するが、消耗状態でそれは得策ではないとアキトが却下する。
 ぶちぶちと文句を言いながらも、ユーチャリスは海岸へと向かっていく。追撃してきた敵航空戦力もあらかた片づけ、ユーチャリスの甲板で一息つこうとしたその時、それはやってきた。


 ピピピ――

「ん、また戦闘機か……一機だけだと?」


 集団ではなく、たった一機による追撃に訝しむアキトだが、敵から離れた小さな光点、おそらくミサイルを確認すると、迎撃に向かう。
 向かった先で4つの対空ミサイルをライフルで撃ち落とし、敵戦闘機を確認するとそれも撃ち落とそうとライフルを向けるが――――


「テンカワ・アキトーーーーーっ!! マリアンヌ様に召し上げていただいた恩も忘れて貴様はーーーーっ!!!!」

「くっ……ジャレミアか!」


 機関砲をぶっ放しながら、突撃してくるジェレミアの駆る戦闘機
 一瞬あっけにとられるアキトだが、機体を宙返りさせて機関砲を回避し、すり抜けた戦闘機の背中に対しすれ違いざまにライフルを叩きこむ。
 装甲の薄い戦闘機はあっという間に火を吹き、その身を海面へと叩きつけた。


「すまない……」


 皇族に対して忠義を貫き、マリアンヌにも畏敬の念を持っていたジェレミアにとって、自身は到底許せない身なのだろう。慣れない戦闘機を駆ってたった単機で勝負を挑んだジェレミアに対し、アキトは敬意と申し訳なさが入り混じった表情を向けるが、すぐにエステバリスの踵を返すとユーチャリスへと戻ったのだった。
 そして一方、海面に叩きつけらなんとかコックピットから脱出したジェレミアは、砕けた金属片に掴まって、情けなく海面に浮かんでいた。だがジェレミアの表情は去りゆくエステバリスに対し、全てを打ち砕かないほどの憎しみの視線を放っていた。


「許さん、絶対に許さんぞ。貴様は……貴様は必ずこのジェレミア・ゴッドバルトが殺してやるぞ、テンカワ・アキト!」


 この後、ジェレミアは皇族を守れなかったという自身の負い目とアキトに対する圧倒的なまでの敵意から、血の吐くような努力を積み重ね、後に新設されるナイトメアの一司令官となるまでに出世し、皇族を至上とした純血派を設立するのだが、それはまた別のお話。





 そしてもう一人、コーネリアと同じく、今回の事件に対してそれを信じることができないできない人間がもう一人。


「嘘だ嘘だ嘘だっ! あいつが……テンカワが母さんを殺したなんて何かの間違いだっ!」


 テーブルをひっくり返し、本を投げつけ、花瓶を叩きつける。普段から大人しいあのルルーシュが、事件のあらましを聞くと、それこそまるで嵐が起こったようにに部屋で暴れまわり、報告にきた侍女を怯えさせた。
 いや、怯えているのはただ主が暴れているからだけではない。その侍女は見た。ルルーシュの瞳が、その紫の瞳が全てを見透かすように爛々と眩く輝く様を。それは正に王――――いや神の怒りだった。

 信じたかったという心と裏切られたという想い、そしてあの時己に告げた言葉が偽りであったのかという虚脱感に絶望。
 様々な感情がブレンドされ、大きなうねりとなってルルーシュを包みこむ。


「うあああああああああーーーーー!!!!」


 そしてそれは咆哮という巨大な波となり、ルルーシュの口からこぼれるのだった。

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■作者からのメッセージ
マリアンヌのプロフィールで彼女の両親に関しての情報が全く無かったので、無理やり作っちゃいました。
正直、いくら愛する人の願いだからって、「嘘の無い世界を作る!」なんて言っても「頭大丈夫?」な答えに普通はなると思うで、マリアンヌの願いの原動力みたいなものが必要だと考えてこのような形に。
まぁ結局はジョイくんの嫉妬に怒り殺されてしまったわけですが(ぉ

ルルーシュ幼少編は多分次で終わるかと思います。
展開はちと遅いですがこれからもよろしくですー


PS.某理想郷で神と崇めるギアス小説の連載が再開され、しょんべんちびるほど喜んだ
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