「申し訳ございませんでした」
涙目で見上げてくる少女からの避難めいた視線。
突き刺さる罪悪感のナイフに切り刻まれ、
俺のチキンハートがズタボロにされた結果。
俺は石畳の歩道の上に直で正座をして座り、
両手を地に着いて更に頭をすりつける様に頭を下げていた。
ま、まあ、アレだよね。
自分が悪いと思ったら、やるべき事は一つだよね。
そこはかとなくデジャビュを感じる気もするが、そこはあえて気にしない。
とにかく、俺は目の前の少女に土下座をする事にした。
そう、此処が屋外だとか、窓から感じていた他人の視線だとかは関係ないね。
流石にジャンピングだとかスライディングやトルネードなんかはマスターして無いけど、
俺は誠心誠意を込めて普通に土下座したね。
その相手は見た目小学生程度の少女だけどね。
情け無いとか思うかもしれないが、ちょっと考えれば俺がこうする理由も解ると思う。
目の前の少女は俺を見てこう言ったんだ。
レイジってね。
それはつまり、彼女が俺の外見が吾妻玲二なのを知ってるって事で。
そこから導き出される彼女の正体に関する推論は一つな訳で。
つまり、彼女が狂犬と呼ばれたファントム・ドライ、
その名前をキャル=ディヴァンスという少女だって事。
いくらアインに死ぬほど鍛えられているって言っても、
才能が皆無な俺からすれば、彼女は恐怖の対象でしかない。
たとえ見た目がちんまい女の子だとしても、その中身はめがっさこえーお姉さんなのだから。
とはいえ、今の彼女は俺の突然の土下座に戸惑いを隠せない模様。
ここは一気に謝り倒して、イニシアチブを確保して見せる。
そんな決意と供に俺は額を地面に擦り付ける。
その土下座っぷりに明らかに引いていた少女から、
俺はあっさりと許しを得て取りあえず顔を上げる。
困惑顔の少女に俺はもう一つあやまり倒す事にした。
「ディヴァンスさん、俺は君の知ってる吾妻玲二じゃないんだ。本当にゴメンなさい」
「え?」
もちろん、俺の言葉の意味なんて直には理解できない少女は困惑顔のまま。
そして俺は再び土下座スタイル☆へ。
「何をしているの?」
とそこで俺に声をかけてきたのは目の前の少女とは違う人物だった。
言うまでもなく、車を定位置に置きに行っていたアインだ。
「あえて答えは聞かないけれど、貴方達の奇行はかなり目に付くわ。
私としては、正直目立つような行動はしたくないの。
取りあえず、中にはいりましょう?」
声は平坦かつその顔に表れているのは殆ど無表情。
けれど、静かな怒りを込められたアインの言葉に、
俺と少女が取れた行動は狼狽てて頷くという行為でしかなかった。
今、俺の目の前ではアインとディヴァンスさん…言い難いのでキャルが睨みあってる。
事の発端は些細な事。
「このちんくしゃ、誰ヨ?」
「ちんくしゃだぁ?ダマレ、ナイチチ」
「っ鏡」
「うっせ、将来性ゼロ」
大まかに言えばそんな会話で対立が始まった訳で。
で、先に睨み合いの無意味さに気付いたのか、俺に話を振ってきたのはアインだった。
「ツヴァイ、この小娘は誰なの?
貴方の知り合いがココに居るとは聞いてないのだけれど?」
やや目を細め、視線を強くしたアインの言葉。
訓練の時から思ってたけど、アインも結構怖いんだよね。
激怒してるって訳じゃ無いのは解るんだけど、冷静に責められる感じが胃に来るんだよね。
半分くらいもう慣れたけど。
「俺の、というよりも彼の知り合いだよ。
アインも知ってる筈だよ、3年後の彼女の姿ならね。
彼女はキャル=ディヴァンス。
ここでない何処かでは、ファントム・ドライって呼ばれてたと思うよ?」
返された俺の言葉に、珍しく驚きに目を見開くアイン。
その驚愕も解らなくは無い。
だって今はどう見ても小学生なのが、3年後にはリズィ程じゃないが結構大柄な感じになってたし。
時の流れは残酷だって思うかどうかは、人それぞれだろうけどね。
そんな、アインの驚きで多少は溜飲を下げたのか、キャルの表情からも険が取れて行く。
取りあえず修羅場的雰囲気が和んだ事に、安堵する俺。
だが、一見治まりかけた場に、再度アインが一石を投じて波紋をおこす。
「それで、貴方も幾つかの記憶を持っていて、何度も繰り返していると思って良いのかしら?」
「……!!」
投げかけられたアインの問に、あからさまに表情を変えるキャル。
今のキャルが俺の事を知っている事からすれば、アインが言う事も尤もな事だろう。
アインがそうであるように、キャルもまたそうである可能性は結構高いと思えるし。
つまるところ、俺が土下座すべき理由が一つ増えたって事なんだよな。
さて、let's土下座☆と思った処でアインから制止が入る。
「……少し彼女と話をするわ。
ツヴァイ、貴方は暫く周囲の散策をして来なさい。
地理的な事はもちろん、その他の事もしっかり頭に叩き込んで来るように。
いいわね?」
「了解」
アインの命令に二言を挟む事無く返事を返す俺。
いやね、もう、地獄のしごきの成果だとしか言いようが無いよね。
パブロフの犬のように反射的だとは、自分でも思うんだけどね。
それでも、アインがこういう言い方をした時は、その指示に従った方が無難だしな。
何を話すつもりなのかは正直に言えば気になるが、
俺が居ては話し難い事を話すつもりなのは、察しの良く無い俺にも理解できている。
だから俺はあっさりと踵を返して、先ほどまで険悪な雰囲気で対峙していた二人を残し、
御世辞にも綺麗とは言えない部屋のドアをくぐって出口へと向かった。
その行き先は特に決めずに。
一通り回りを歩きつつ状況を頭に叩き込んだ後、
アパートに帰ってきた俺をアインとキャルが出迎えた。
正直、待っているのがアインだけだと考えていた俺は素直に首を傾げるのだが、
二人から話を聞けばそれなりに納得がいった。
先の懸念の通りに、キャルもまたループに囚れており、
ループの解消の為にアインや俺と行動を共にするというのだ。
ともすれば命の危険すら伴う事は容易に想像できるはずなのだが、
それでもキャルは俺達と動く方を選ぶのだそうだ。
今更ながら昔の生活には戻れない、と言う訳でも無く、
昔と同じ対応をして、お姉さんを騒動に巻き込むのを避けたいのだそうだ。
コレまでも何度か揉め事を起こしそうになった事があり、
取りあえずお姉さんとは距離を置きたいらしい。
キャルの側はそういった理由で此処に居る事にしたそうだ。
お姉さんには男の処に転がり込む事にした、と告げて出てきたとの事。
それって、俺がキャルのお姉さんと顔を合わす機会があったら、
本気でぶん殴られるの確定だよね?
まあ、そんな機会無いだろうから良いけど。
他方のアインが何故それを受け入れたかなんだけど、
コレは単に俺の力量不足が原因だったりする。
アインの目から見て、俺が仕事のパートナーとしては頼りないのだそうだ。
戦力の穴を埋める為に、キャルの手を借りるという事らしい。
正確にはアインとキャルがツートップで組んで、俺はフォローに回される事に。
まあ、俺がヘタレなのは解ってたけれど、それをこうまで肯定されると少し悲しくなってくる。
俺だってきちんと努力はしてるんだけど……。
結局、才能の有無ってのはどうしようもないって事だろう、凹むよね。
まあでも、そのアインの懸念を実証するような機会が、訪れてしまったり。
アレは確か住居を移してから3回目の任務の事。
ツートップの二人が次々と敵を征圧し、俺はその後に付いて進むだけ。
前の2回と同じく随分と楽な後方支援だ。
そう油断していた俺は……。
「目が覚めたかね、少年、気分はいかがかな?」
気が付いた時には、またこの台詞を聞かされていた。
勿論、前回の打ち合わせどおりにアインとの殺陣をこなし、
彼を、サイス=マスターを、もう一度殺した。
前回と違い、俺は微塵も動じる事がなかった。