俺の名は四条芯也、3度目だし覚えてくれていると嬉しい。
とかなんとか、どこに言っているんだよという話だが、二週間ほど前に冒険者の資格を得た俺なんだけど、
モンスター狩りに行けという、魔王ラドヴェイド(妖怪手の目)を無視して冒険者協会へと向かっている。
理由は簡単だ、俺は弱すぎるから。
今の強さだとゴブリン相手に苦戦すること間違いなしである。
一対一でも勝てるかどうか怪しい限りだ。
幸いスタミナだけはラドヴェイドが魔力で補ってくれているらしいので普通よりはましだが、戦闘力は屁みたいなもの。
ドラ●エ風に言えば、レベル1でHPだけは100近くあるけどパラメーターは軒並み1〜3くらいという所。
HPは並みの2〜3倍ある代わりに能力値は半分以下(高いキャラだとレベル1でも18くらいあることもある)なので、
よくチートなのにチートでないような語りをするお話を見かけたが、俺のはまさにチートなんて言えるレベルじゃない。
冒険者ランクDの剣士である色黒でガタイのいいボーディックのおっさんと比べるまでもなく、
同期のFランクでなよっとした年下男のウエイン・トリューナーにさえ模擬戦で20本やって1本とれるかどうか。
勘違いするなよ、この2週間は本気で頑張ったんだ。
だけど付け焼刃の俺の剣が今まできちんと訓練してきた人間にかなう訳もなかったんだよ。
ウエインなんかは最初の頃よりかなり上手くなったとほめてくれるが、戦績が戦績だけに凹む。
「はぁ、俺ってつくづく冒険者の才能ないな……」
『だから言っているだろう。早く下級の魔族、この際ゴブリンでいいから倒せと。
そうすればもう少しサポートが出来るようになるはずだ』
「とはいっても、スタミナ以外のサポートが出来るようになるまでにはどれくらいかかるんだ?」
『うーむ、並のゴブリンなら50匹くらいかの』
「50匹!?」
呆然とした、1匹倒すのも難しそうであるのに50匹。
それに、殺しは未知の体験であるし、出来れば一生体験したくはない。
それを50回……頭が痛くなってきた……。
『帰りたくないのなら構わんが?』
「うっ、ぐっ……足元見やがって……」
だが実際、魔王やら魔物が闊歩する危ない世界にいつまでもいるのは出来ればごめんこうむりたい。
それも、この調子だと魔物の軍団がいつ人間の国に攻め込んできてもおかしくないのだ。
その時、あの勇者一行がまた来てくれるなんて言う考えは都合がよすぎる。
「兎に角、もうちょっとまともに戦えるようになるまで待ってくれ」
『我は構わぬがな。急ぐものでもない。ただし、あまり時間をかけすぎると元の世界に帰っても浦島太郎と化すぞ』
「そんなこと分かってるよ……」
その通り、数年くらいならまだ何とかなる可能性もあるがもし十年以上たっていれば元の世界に戻ったところで俺のい場所はないかもしれない。
だからと言って、この場で命の危険を冒してまで魔物の巣に行く勇気もない。
元々一般人の俺にそんな御大層な事無理があるのだ、だが今困っているのは俺だけだし、解決できるのも俺だけ。
そうである以上止まる事も出来ない。
「だけど、浦島太郎なんてよく知ってるな」
『我はお前の体内に寄生しているんだぞ? お前の記憶もある程度見えている』
「ッ!? プレイバシー侵害じゃねぇか!!」
『気にするな。別に触れられて困る過去などさほどあるまいに』
「!!!!! それでもだ!!」
『ああ、6歳までおねしょをしていた事か、別に少し膀胱の機能が弱いだけではないか』
「今はもう問題ねぇよ!!」
『なら、タンスの服を全部どけないと出せないようにしてある本の事か?』
「だから見るんじゃねぇ!!!」
こいつ……いつか泣かす!!!
俺は泣きながら怒るという器用な事をやりながら、そう言えば傍目からは一人で騒いでいるように見えるんだと思いなおし、走ってこの場を立ち去る。
いやもう、冷たい視線だけで凍死しそうでしたよ?
心のダメージのコンボヒットは大概にしてほしいところだが、今のところ出来る事は剣術をせめて最低限のレベルまで持っていくこと。
マジで俺、最低限を更に大きく下回っております。
そういう訳で、冒険者協会にやってきてはボーディックのおっさんから剣術指南を受けているわけだけど。
毎日のように、”そんなんじゃ魔物と出会ったら5秒で死ぬぞ!”と脅されている始末です。
いやまーゴブリンやコポルド、オークにハーピーといった人型に近くて知能が低いタイプなら5秒ってこともないんだろうけど、
獣型の奇襲や知能の高い人型、単純に攻撃力の高いモンスター等に当たれば確かにそういう事もありえる。
何よりモンスターは一体だけとは限らないわけだし。
「まったく、こんな調子じゃ基礎だけで一年はいるな」
「ぐっ……」
「毎日基礎訓練はしてきてるか?」
「はい、おかげさまで最近は筋肉だけは少しついてきたと思いますよ」
「そうか? まぁ最初よりは少ししまってきたかも知れんが……まだまだ剣に振り回されている程度の筋力ではな」
「うぐ……」
妖怪手の目のサポートを受けて、普通じゃ考えられないレベルで筋トレしてるのに……。
いや、スタミナの限界がかなり高いから筋肉の限界までトレーニングできる。
おかげでほとんど夜は筋肉痛になって寝るのがつらいんだけどね……。
それでも、元の能力値が低すぎるらしく、追いつくのは随分先になりそうな気がする……。
というか問題点として、そもそも科学文明が発達してないこの世界、何事も体が資本であるため、皆筋力とかは現代人の比じゃない。
はっきり言って、60kgの樽を担ぐ程度のことなら待ち桜亭の金髪巨乳店員アコリス・ニールセンさんにもできる。
彼女の体格が特別ごついという訳じゃない、彼女の出来る事は並みの男なら出来て当然というレベルらしいのだ。
もちろん、虚弱な男もいる、だけどその比率は現在日本とは比べ物にならないくらい少ない。
兎に角、皆体を動かさないと仕事にならないから体力も筋力も強いのだ。
そんな中ではまだ俺は平均レベルの筋力すらあやしい辺りにいるようだ。
体力だけは並み以上なおかげでそれなりに重宝されていたけどね。
それはともかく、剣士としては役立たずなまま。
しかも、ここ2週間は筋トレと剣術の基礎だけで日が暮れる毎日。
何もできないまま時間だけが過ぎていくもどかしさがある。
「せめてパーティでも組めれば実戦も積めるんだが……」
「お前がか? 無理無理、今のお前じゃ誰も入れてくれんよ」
「ぐっ……否定できない……」
そんなこんなでもう二週間が経ち、冒険者をはじめて一か月になった。
とはいえ、冒険に出るわけじゃなく、筋トレばかりの毎日だ、金もすぐになくなったので、また桜待ち亭でバイトさせてもらいながら食いつないでいる。
実力はほとんどついていない気がするが、それでもショートソードを振り回す分には何とか腰が泳がないようになった。
俺みたいな根性無しがよく続いたものだと思う、スタミナを補ってもらっているとはいえ、筋肉痛はかなりつらかった……。
ただ、この筋肉痛というのは筋肉を強化するためには必須のものなので痛みを取り払ってもらうと成長もなくなるらしい。
そして、その日もまた冒険者協会に顔を出す俺、いい加減常連になってきたので、顔を覚えてもらっている。
ただし、目的のほうも知られているので俺とパーティを組みたいなんて人はいない。
「おう、また来たか坊主」
「チャンドラーさん。今度パーティに参加させてもらえません?」
「んー、前よりはちょっとましになったようだが。まずは個人で何件か仕事をこなしてからにしてくれ」
「あっはっは、そう甘くないですか」
「あら、私なら別に来てもらってもいいわよ?」
「ロッティさん、例の地下水道の話ですか? 罠のオトリにされるのは勘弁です」
「あーら、残念。やさしく治療してあげるのに」
「坊主じゃ治療できる怪我じゃすむまいよ」
「リードニのパーティにでも入れてもらえばいいんじゃねぇか?」
「リードニって冒険者集めて傭兵まがいの事をやってる方でしたっけ」
「こらバラズ! あんなところ俺達でもやばいってのに。下手な事言ってんじゃねえ!」
「すまんすまん」
とまあこんな感じだ。
因みにチャンドラーというのは、40歳くらい、褐色の肌とターバン、長いひげが特徴だ、インド系にしか見えないが魔法使いらしい。
ロッティはギリギリ20代らしい、少しお水っぽい感じのするお赤毛の姉さんなんだが一応僧侶というから驚き。
そしてバラズというのは30代後半くらいのくたびれた感じの盗賊、イタリア系の鷲鼻が特徴だ。
皆ひとくせもふたくせもあるが、これでも俺に声をかけてくれる冒険者という少数のカテゴリに属する。
彼ら以外は皆忙しく働いているか俺の事など気にしてもいない。
口に上っただけだが、リードニというのも冒険者らしい、けれどやってる事は半ば傭兵稼業らしい。
それもあまり評判のよくない、20人近い徒党を組んでいるため手を出せないが、犯罪らしき事をしている節もあるとか。
俺の知る情報はこんなところだ。
そんな風に一通り話をしてからまたいつもの訓練施設に向かう。
ボーディックのおっさんは毎日いるとは限らないが、トレーニングメニューだけは残してくれている。
今の俺は基本回避行動の反復練習をしている最中だ。
相手の攻撃を剣で受けたり、跳び下がったり、半身体をずらして避けたり。
それぞれ利点と問題点があり、剣で受ければ相手の攻撃をかなりの確率で止められるが、こちらも動けなくなる。
跳び下がれば回避しやすいが、当然間合いが開いてしまい、反撃に移るのは難しい。
半身で避ければ相手が攻撃終了時の体制が泳いでいる間に次の行動を起こす事が出来るが、回避のための見切りがシビアだ。
もちろん、熟練者なら、剣で受けて相手の攻撃を滑らせそのまま反撃したり、跳び下がる時に牽制として何かを飛ばしたり、
見切られるのを見越して、攻撃を二段構えにしたりとさらに複雑になって行くが、俺にはそんな行動は無理だ。
だからとにかく、基本となる行動を反復して練習するように言われている。
『なかなか上達しないな』
「当たり前だろ、達人だって10年、20年と修練した結果なんだ。スタミナが多少あったとしても一か月やそこらでなんとかなるか」
『本当に基礎だけで1年かかるかもしれんな』
「ぐっ……」
分かってはいても厳しい……一年というのは長いようで短い、上達しなければあっという間に過ぎてしまうだろう。
かといってゴブリンを50匹も狩るには並みの剣士くらいの実力は必要だ。
同期の年下男、ウエイン・トリューナーにすらめったに勝てない現状ではどうしようもない。
まあ、あいつの場合武装の良さに助けられている部分もあるのだろうが、それでも練習の時に着るわけでもない。
つまり実力差は本物という事だ。
そして、ウエインが特に強いというわけでもない、単に俺が弱いだけだ……。
泣けてくる現実である。
「せめて、ウエインとは互角にやりあえるようにならないとな……」
『志が低いな……まあいいが、どっちにしろあの男はもうどこぞのパーティに参加しているのだろう?』
「そう言えばそんなこと言ってたな」
『なら、あの男は実戦を積むはずだ。つまり、実力差は縮まり様がない気がするが』
「う”っ……」
魔王ラドヴェイドは見た目妖怪手の目のくせに、核心をついた事をいいやがる。
だが、俺だって焦っていた、本当に基礎訓練だけで一年過ぎてしまうとすれば、技を覚えたころには数年過ぎている計算だ。
それから冒険となれば、もう10年くらいあっさり過ぎてしまうだろう。
そうなると帰還がおぼつかないばかりか、30歳を越えることになるから冒険を続けられるのかどうかすらあやしい。
やはりどこかのパーティに参加させてもらうか、個人でゴブリンを一匹づつうまく引き出して戦い続けるしかないという事か。
だが前者は正直ここの冒険者協会では俺の事を参加させてくれる人はほとんどいないし
(ロッティさんも本気で俺に盾になれと言っているわけじゃない)
後者はそもそも一匹づつなんて本当に可能なのか怪しい限りだ。
多少やばいアンダーグラウンドなパーティでも参加させてもらうしかないのかもしれない。
だからといってリードニの傭兵部隊に参加したいとは思わないが。
あちらは人相手の事も多いと聞く、人殺しは勘弁してほしかった。
そうなると必然的に桜待ち亭で情報を集めた結果が生きてくる。
どんな初心者でも参加させてくれるパーティには心当たりがあった、ただし、命の危険に関しては保証してくれないが。
そのパーティは箱庭の支配者という御大層なのかこじんまりしているのかわからない名前のパーティだった。
彼らの当面の目的はこの近くにある境界線の森で特殊なお宝を見つけることらしい。
どういう情報ソースなのかわからないが、そのための人手を必要としているようだ。
ただし、パーティは組んで戦うが、回復は自前でやる事、また、一部の宝物は手に入れてもパーティに差し出す事となっている。
ようは使い捨てにする気満々だという事だ。
出来ればそんなパーティには参加したくないのだが……背に腹は代えられないのも事実だ。
俺は桜待ち亭に来たそのパーティに声をかけてみることにした。
「あの……」
「ん、どうした?」
箱庭の支配者は3人で構成されたパーティだ。
今俺の呼びかけに答えたのはリーダーのバズ・ドースン、Eランクの戦士で筋骨隆々の2m近い巨漢だった。
見た目から山賊やったほうがいいんじゃないかという感じである。
実際、無精ひげをして、半ば赤ら顔、褐色の肌とぼさぼさの黒髪という取り合わせはお世辞にもきっちりしているとは言えなかった。
武器も大きなバトルアックスを席に立てかけており、その筋力のほどがうかがえる。
桜待ち亭での彼は豪快に笑い、豪快に飲む、いわゆる上客の部類に入る。
ただ、時々アコリスさんにちょっかい出そうとしては返り討ちにあっているが……。
隣で飲んでいるのは仏教徒にしか見えない僧侶アンリンボウ・ホウネン。頭を丸めており、服装も神官服ではなく袈裟だった。
身長は160くらいと低く、日系を思わせる顔立ちを見るとなんとなく安心してしまいがちだ、同じくランクEで尺杖を持っている。
どうやらこの世界の宗教は一つという訳ではないらしいな。
桜待ち亭での彼はいつも朗らかそうに笑っているが、時々鋭い突っ込みをする油断のならない人という感じだ。
だが、この人も酒好きで酔うと演歌風なのか敦盛風なのかよくわからない歌を歌いだす癖がある。
最後は魔法使いの女性でヴェスペリーヌ・アンドエア。
彼女はランクDということらしい、国内どこでも仕事が出来るライセンスを持っているという事だ。
赤毛で俺とほぼ同じ170cmくらい、全体的にスレンダーなモデル体型の女性だ。
年齢は恐らく20代前半、この3人の中では一番若いだろう。
だが服装はやぼったく、真黒のローブには装飾もなにもないためマントと違いが分からず、グルグルメガネばかりが印象的だ。
モデル体型のグルグルメガネというのは正直違和感バリバリなのだが、
3人の中では一番無口なため今まで接客した中でもどんな人物かはわからなかった。
せいぜい分かるのは他の二人と比べて遜色ない食べっぷりと酒を全く口にしないという点くらいか。
パーティは本来5〜7人くらいの構成が多いため、箱庭の支配者は人数が不足している。
そのため、かなり無理してでも人がほしいようではあった、しかし逆にレベル上げのために利用してやろうという人間に来られても困るのだろう。
そういう意味で、募集はああしたのだろうと予想していたのだが……。
「そうか、俺達のパーティに入りたいというんだな?」
「はい」
「別にかまわんぞ、ただし、ルールは知ってるな?」
「はい、回復は自前のアイテム等で行う、拾ったアイテムの一部は無条件でパーティに引き渡すでしたね」
「そうだ、それが守れるならついてくるといい」
割とあっさりしたものだった、まあ理由もわかる。
感情移入するような人を雇う気はないということだろう。
せいぜいが雑魚掃除か盾くらいのつもりなのだろうし、噂ではダンジョンの奥にメンバーを放置して帰る等という事も平気でするらしいからな。
だから、来るもの拒まず、去る者追わずがモットーらしい。
こうしてみると、ならず者まがいのようだが、別段犯罪そのものは犯していないらしい。
ただ、パーティの新人を育てる気がないというだけの事のようだった。
「じゃあ、明日の朝境界線の森前まで来ていてくれ。この町からあの森への街道は一本だからわかるだろ?」
「はい、よろしくお願いします」
「はっはっは、かたくなる必要はありませんよ。スタンス的にはあくまで分担をするだけですから」
緊張している俺を見てホウネンさんが笑って肩を叩く。
リーダーのバズは半ば酔っ払っているが彼はそれなりに信用できそうに見える。
俺の事など視界にすら入れていないヴェスペリーヌが薄ら寒かったが、気にしない事にした。
兎に角、雑魚掃除だけさせてもらえればいいのだから。
あまり奥地に行くようなら俺だけ抜けさせてもらえばいい。
俺の考えは割とそんな感じで甘いものだった。
翌日、言われた通り早朝から俺は境界の森の前にやってきていた。
合流前に、街道で襲われないかビクビクしていたが、どうやらそこまでモンスターは頻繁に出ないらしい。
森の中には流石にいるのだろうが……。
森はかなりの広がりを持って存在していた。
俺の知るものとは比べ物にならない、山脈が存在していて、その周全てが森なのだ。
以前協会のほうでみた地図を頭に入れて考えると山脈伸びている方向には百キロを超えるほどの距離がある計算になる。
公園の中の森など数キロもあるかないかだったから、呆然とせざるを得ない状況だった。
『ようやく魔力を集める気になってくれたか』
「そうしないといつまでたっても帰れないからな……殺すなんてあんまり想像したくないが……」
『殺さないならお前が殺されることになるぞ?』
「う”……確かにここまで来て言うこっちゃないな……。お前の言う事が本当ならゴブリンとかは動物のようなものなんだろ?」
『そうだな、恐怖を植え付けて操ってはいるが知能は低い、まともな交渉は成立しないだろう』
「なら、俺らも前から牛や鶏、豚なんかを殺して食っているんだ。出来るはず……」
『頑張る事だ、なに、ゴブリンやコポルドは非力だ、集団に襲われない限り一人でも切り抜けられよう』
「そうである事を祈るよ」
実際、この世界に来て初日、ゴブリンに切りつけられたのは半ばトラウマとなっている。
ビビって動けなくならないか、そちらのほうが心配でもあった。
そうは言っても時間は過ぎる。
箱庭の支配者のパーティがやってくるのが遠目にわかった。
ただ、それまでの間に、更に2人俺と同じような立場と思われる初心者風の冒険者が来ていた。
どうやら志願したのは俺だけではないらしい。
一人は、180ぐらい、横幅が大きい、だが顔つきは優しそうな男。
黄人系だとは思うが、なんというか、相撲取りのようなごつさだ。
まだ20歳にはなっていないだろう、この間の試験の時にいたな確か。
槌を使うようで、纏っているブレストプレートと合わせその筋力のほどはなかなか高そうだ。
豆知識と言うほどではないが、冒険者はプレートメイルを着ている事は少ない。
理由は長距離を旅したり、いろんな場所に行く事も多い。
プレートメイルは総重量が軽いものでも20kg、普通に30kgを超える事が多い。
(フルプレートなら40kgを超えることも)
そんな重量を常時纏っているわけにはいかない、せいぜい重いものでもチェインメイルの上にブレストプレートまでだ。
とはいえ、チェインメイルも15kgはあるし、ブレストプレート、ハーフアーマー等も5kgくらいはある。
合計20kgくらいにはなるし、あの戦鎚は鉄ごしらえである所を見れば10kg以上になるだろう。
荷物もそこそこ大きいものを持っているところを見れば合計40kgくらいの装備と言う事になる。
俺なんて皮鎧と木の楯、ショートソードなどで合計8kg程度。
食料、毛布、回復用具、火打石など細かな用品と毛布等を合わせても15kgくらいのものだ。
俺はスタミナだけは普通より多いのでまだ余裕はあると思うが、その男があの装備で普通に冒険できるとすれば……。
戦闘ではもちろんだが、スタミナにおいても敵わないだろう。
対してこちらは何から何まで真逆といっていい少女。
美人と言う訳ではないが、可愛いと言っていい容姿をしており、ライトグリーンというちょっと普通じゃない色の髪をポニーテール状に縛っている。
身長は140cm程度、中学生で通る、いや、実際それくらいの年齢にしか見えない。
目がくりっとしているが、肌は白く、耳が少しだけ尖っている。
ファンタジーにおいてはホビットかハーフエルフという感じだな。
装備も俺と変わらないというか、武器はダガーだけのようだし、皮鎧も胸の部分を覆っているだけ。
荷袋はそこそこ重そうだが、総重量は俺よりも軽いだろう。
盗賊かなにかだろうか?
箱庭の支配者のパーティが来るまでに軽く挨拶をしておく事にした。
「えっと、俺は箱庭の支配者のパーティに参加させてもらう事になった四条芯也(シジョウ・シンヤ)っていうんだけど。
2人もそうなのか?」
「そうか、君もか。多分そうだとは思っていたけどね」
「へぇ、そんなへっぴり腰でよくこの森に来る気になったね」
にこやかに応じてくれたのは相撲取りな体躯の男のほう、もう一人の亜人種の少女は俺を値踏みしているようだ。
やはり、仲良くと言うのも難しいのだろうか?
「ああ、そうだ。名乗ってもらった以上俺も名乗らせてもらうよ。
ウアガ・ドルトネンだ、この体躯だし、職業はわかるよな?」
「戦士だろ? 俺は剣士だけどまだまだだから、それだけはっきりと強そうだとうらやましいよ」
「まあ、壁にはなってやるから、あんまり無茶すんなよ」
「ありがとう」
同期とはいえ、積み上げた年数は全然違う、当然戦闘力の差も大きいだろう。
彼が言った事はまあ社交辞令の部分もあるんだろうが、せいぜい利用させてもらう事にしよう。
死にたく、というか怪我もしたくないからね。
まあ、訓練でも打ち身や擦過傷はよくあった事ではあるし、無傷で帰ってこれる等と甘い事は考えていないが、
やはり大けがだと置いて行かれそうだから、そういう事態は避けたい。
「根性なさそうな顔してるけど、大丈夫なの?」
「大丈夫……だと思う」
「分かってると思うけど、怪我しても助けないわよ」
「ああ」
「それと、私はあんた達に名乗る気ないから」
緑の髪をポニーテールにした少女は、俺だけではなくウアガにもきつい目を向ける。
亜人であるから人と仲が悪いのか、それとも初対面だからか、何にしろ余りいい印象は抱くことができなかった。
だが、それが即悪人だとか言うのではない、単に警戒されていると感じただけだ。
そもそも、俺は殺気とか、闘気とか、普通に空気だって読めませんよ悪いけど……。
「まあいいさ、とりあえず気をつけよう。実際捨てて行かれたんじゃたまらない」
「だね……」
「来たみたいよ、箱庭のメンバー」
俺は箱庭の支配者のメンバーが来たのを見て気を引き締める。
あの3人も桜待ち亭で見た時とは違い俺たちに対して打ち解けたような表情などしていない。
そう、やはりというか箱庭の支配者のメンバーは俺達の事など余り頓着していなかった。
探索の方針と目的地を言うとさっさと歩を進め始める。
ただ一言だけ、はぐれても助けないとだけ俺達に言っていた。
何でも遭難などはよく起こる現象らしい。
実際、森は鬱蒼としており俺の知る森とはまるで違う、
俺の知る森は公園の森だけじゃない、山の周囲にある森だって行った事はある。
それでもやはり全然違う、そもそも草を刈ったり等という事は全くしていないのだ、
木が緑色に覆われて木なのかどうか判別できなかったり、根っこが唐突に突き出していたり。
地面を歩いているつもりが、高い草に覆われていて分からなくなっている段差だったりと、歩くだけでも神経を使う。
こけると鎧や荷物の重量分怪我をする可能性が上がる。
俺などはまだいいほうだ、ウアガや箱庭リーダーのバズは体格もさることながら重量級の装備のため下手に躓けばそれだけで怪我になるだろう。
もっとも、彼らは俺のようにおっかなびっくりという感じではなく、慣れた動きで森の中に分け入って行く。
この辺りもやはり時代の違いなんだろう。
しかしふと見ると、緑色の髪の亜人種の少女は小さな体をしているためか、草むらから顔を出すだけでも大変そうだった。
実際森の中とはいえ、この辺りは木の密集具合はさほどでもないため、高い草が多い。
俺の胸のあたりまで草がある事も珍しくない、となれば当然、俺の胸のあたりまでしか身長のない亜人種の少女は視界が完全に塞がれる事となる。
とはいえ、森に慣れたホウネンのようなタイプだと体躯の大きい人物の後ろを縫うように上手く立ち回っているから一概に身長のせいだけでもない。
彼女も森に慣れていないのだろう。
「大丈夫?」
「うるさいわね。アンタが下手な動きしてるから私が動きにくいんでしょ」
「……ははは、気をつける」
取り付くしまもない、まあ、彼女は元々皆を警戒していたようだし仕方ないが。
そんな事を考えていると、突然前を行くバズが動きを止める。
「モンスターの奇襲だ! 雑魚だが気を抜くなよ!!」
「応!」
「(コクリ)」
「了解」
「がんばるさ」
「フンッ」
どうやら確かに小型のモンスターが前方にいるようだ、とはいえ、今縦に並んでいる状態なので前衛はリーダーのバズとホウネン、
俺と亜人少女が中ほどに位置し、そのさらに後ろにメガネの無口な女魔法使いヴェスペリーヌ、後詰めに体格のいいウアガという順番だ。
俺達の事を考えていないと言う割には俺達の事を考えた配置にしてくれている。
単純に前衛をまかせても無駄死にするだけだという事かも知れないが。
「お前達は俺達前衛が取りこぼしたのを叩け、絶対ヴェスペリーヌのところまで行かせるな!」
「はい!」
「言われなくても!」
確かに魔法使いというのは、防具も付けられない体力も低い、代わりに魔法によるサポートや攻撃が強力というのが相場だ。
俺達は魔法使いの護衛のために呼ばれたという事なんだな、要は。
もちろん、そのことに異議はない。
横から回り込んでくるゴブリンを見つけた俺はそいつに切りかかろうとした。
しかし、嫌な目つきで俺をにらんでくる奴を見ると一瞬動きが止まる。
『馬鹿者! 止まればやられるぞ!』
俺の頭の中に魔王ラドヴェイドの声が響く、俺はとっさに剣を避けるため横に回り込みながらショートソードを振り抜いた。
ゴブリンは元々体躯が小さい事もあり、首に当たった剣はそのまま相手の頭をふっとばす。
泣き別れになった体と地に落ちた頭がそいつが死んだ事を告げている、しかし、それでもゴブリンはもう一歩だけ進んだ。
そしてそのまま崩れ落ちる。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……」
息が荒くなる、吐き気がする、肉を断つ、いや骨を断った感触がいつまでも離れてくれない。
ゴブリンは人ではないのに、動物のようなものだとわかっているのに……。
それでも俺にとっては胸糞悪くなる光景だった。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……」
『よくやった、これで少しだが魔力が回収できたぞ』
「そりゃぁ……よかっ……ったな……」
俺のほうは既に限界だ、立った一瞬の攻防なのに凄まじい疲れと、精神的なダメージを受けてしまった。
幸いにして、他のモンスターは全て前衛が処理してくれたものの、俺は本当にこの先やっていけるのかと心が折れそうになっているのを感じた。
「どうした? まさかこんな所で音を上げるなんて言わないよな?」
「いえ、大丈夫です……まだやれます」
「なら、もっと精進する事だ、敵は一体とは限らないのだからな」
自分でも不思議だった、これだけ嫌な思いをしているのだ、逃げ出したって構わないだろうに。
俺はまだやる気がお残っていた、それは本当に元の世界に帰りたいからなのだろうか?
ふと少しだけ疑問に思ったがその時は疑問に思うよりもこの疲れを何とかするほうが先だと思い、黙々と前衛につき従う事にした……。