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魔王日記 第六話 今時落とし穴は古いです。
作者:黒い鳩   2010/07/02(金) 22:14公開   ID:LcKM2WWMThg
今日はいつもと少し違う事を話そうと思う。

俺がこの世界に来てから既に二か月が経過している。

その間いろいろあったが、同時にまだ何もできたわけじゃない。

だが、ようやく俺は一つだけ思いだした事がある。

それはどういう状況で俺が召喚されたのかという事だ……。


過去の事なんてどうでもいいかもしれないが、少し付き合ってもらえるとうれしい。

俺は両親の三回忌の事もあり、一度大阪から和歌山へ戻る事なった。

中古のカローラ、それが俺が乗っている車だ、旧式なので多少燃費は悪いが座り心地がいいし、長時間運転しても疲れない。

もちろん、一通り片づけたらまた大阪に帰るつもりでだ。

何故なら、俺の実家はもう存在しないからだ……。

両親が死んだあと、親族一同が寄ってたかって相続という名目で持って行ってしまった。

俺に残されたのは両親が俺のために貯めてくれていたらしい貯金のみ。

200万円あったが、手をつけるのが怖くてまだそのままにしている。

もっとも、両親が持っていたのは家以外ではこの貯金くらいのものだから親族もさほど金をむしり取れたわけではないだろう。

そんな事は半ばどうでもいいと思ってはいた、俺はアパート暮らしながら生活は出来ているし、安物とはいえ自動車だって持っている。

不満は特になかった。

ただ、個人的には夢がほしいと思っていたのかもしれない。



「ははは……この年になって夢……笑うしかないよな」



別に20歳になって夢を見るのを否定しているわけじゃない。

ただ、夢を見始める、夢を探すには少々遅い。

例えば子供の頃の夢を追って40になろうと50になろうと諦めず頑張るというのは格好いいと思う。

だが、20歳になってから夢を探すという事は、仕事をしながら探すという事になる。

趣味なら別だが、仕事をしながら夢を追うのは難しい。

夢というものはそこに到達するまでの期間の生活を保証しないものが多い。

仕事をしながら目指せるほど甘い物も少ない。

なぜ俺に夢がないのか、ある意味簡単だった、俺は小さいころの夢を小さいうちにあきらめたからだ。

幼稚園の頃の夢は宇宙飛行士、しかし、俺は学力の低さからそれをあきらめた。

小学校の頃の夢はサッカー選手、それも、どんどん上手くなる回りの奴らの前に打ちのめされた。

中学校の頃の夢は漫画家だった、だけど、才能を開花させられる前にイジメの対象になった事でやはりあきらめた。

俺は何一つまともに貫く事の出来ない下の下だとその時確信した。

それ以来、俺は夢を見ていない。



「未だに思いだすような事じゃないよな……」



そう、今では運動不足がたたって中学生の頃の運動能力すら危うい状態だ。

それどころか、高校に入ってからは運動不足のせいか息切れしやすくなり、

別に手を抜いてるつもりはないはずなのに体育は赤点すれすれだった。

大阪に出てからはバイトで稼いでゲームをする以外の事はほとんどしていない。

ゲームは昔から好きだったが、大阪に出てからは更にやることが多くなった。

ネットゲームをするほど器用でもなく、やり込み要素をやるほど根性もない、ただシナリオに沿ってクリアする程度だったが、

それでもゲームは空虚感を埋めてくれた。

そのために余計に人づきあいが悪くなったのも事実だが……。


そんな事を考えていると、携帯電話が鳴る。

俺の携帯に登録されている番号は少ない、一部の親族以外では幼馴染の5人くらいのものだ。

俺は駐車場のある店を見つけてその駐車場で携帯を取る。

誰がかけてきたのか等見なくても分かっていた。



「もしもし」

『まろ、迎えに来なさい』

「いや、どこにいるのかわからなきゃ迎えにも行けないだろ」

『えー、それくらいわかりなさいよ。弟ならわかるわよ』

「ならてらちんに迎えに来てもらえ」

『ほー、そんな事を言うつもり? 弟が免許持ってないのを知ってて』

「なら電車で……」

『トップアイドルのあたしを電車に放り込んだらどうなるか、分かってていってんの?』

「わかんね」

『きっと明日の朝刊はあんたの記事でいっぱいね……あのアイドルにストーカが!?』

「無茶苦茶だな!!」

『迎えに来ないほうが悪いんでしょ!』

「はぁ、じゃあとりあえず場所を言え」

『らじゃー♪』



今受け答えしていたのは綾島梨乃(あやじま・りの)、嘘に思えるだろうが本当にアイドルだ。

俺の友人は4人いる、その中で一番のわがまま娘。

俺と、弟と呼んでいるてらちんをアッシーやパシリとしてよく使う。

因みに弟といっても本当の弟じゃない、彼女とてらちんは隣同士なため姉弟のように育ったという事のようだった。

俺達をパシリ等に使う理由は分からなくもない、俺とてらちんはそれほど気が強くないからだ。

まー当然だが後の2人は割合い気が強い。

ともあれそういう訳でお鉢が回ってきやすいのだ。

特にアッシーに関しては先ほどの会話の通り俺がするしかない。

自分で帰ってくればいいだろうと思うが、馬耳東風という奴だった。



「ほい到着」

「うむ、苦しゅうない♪」



車を回し、彼女が待っていた場所に止める、まあ、俺としてもりのっちのような美少女を車に乗せられるのは悪くない。

前髪の端を茶系に染めた髪は、残った黒髪がしっとりと後ろに垂れているだけに目立っている。

アイドルらしい衣装というわけではないのに、華があるといえばいいのだろうか、どこかオーラめいたものを感じさせた。

車の助手席に誰も乗せられない奴からすればうらやましい限りだろう。

彼女の見た目は、めがぱっちりした童顔の美少女だ、因みに胸はない。

その点でマイナス幅を大きく開けていると考えるのは俺だけじゃないはずだ。

とはいえ、彼女の歌唱力やダンスのセンスは一流でデビューから数年でトップアイドルになったのも不思議ではない。

これでわがままいっぱいじゃなければきっとパーフェクトに近いだろう、スタイル以外は。



「なんか不穏な事考えてない?」

「イエ、ベツニ」

「まろが巨乳フェチだってことは知ってるけどさ。アイドル様が乗ってあげてんだから、失礼なこと考えてんじゃないの!」

「ぐぇ、チョーク! チョーク!!」



横合いから首を絞められた。

いや、俺は何も口に出していませんよ?

それでなんでやられなきゃならん……。



「そんでさ、あんた三回忌で帰るんでしょ?」

「ああ……」

「あたしもちょうど法事の関係で帰んなきゃなんないのよ、仕事が休みじゃなければほっとくんだけどね」

「つまり、実家のほうに送っていけばいいわけか?」

「そゆこと、行きがかりだからちょうどいいでしょ?」

「まあな」



りのっちが幼馴染みと言う事は当然故郷も近くになる、それを利用されたと言う事か。

まあ、久しぶりでもあるし、一緒に帰るのも悪くないな。



「そういえばまろ、あんたは他の皆とは会ってる?」

「んー、あんまり会ってないかもな」

「そんなこったろーと思ったわよ、弟は会いたがってるみたいだったわよ」

「……痛い話をしてくれんな……」

「あっ、そうだったわね。アンタが告白するはずだった娘も今や弟の取り巻きだっけ?」

「その通りだよコンチクショーーーー!!!」

「アッハハハハハハ!! まあ諦めなさい、弟はああいう奴だから自覚はないわ」

「それが余計に悔しいんじゃいッ!!」



そう、坂下みのり。俺が高校に入ってすぐの頃告白しようとした娘だ。

見た目もよかったが、優しい子だった、見ず知らずの俺の怪我を保健室で治療してくれた事もある。

そんな子に告白しようと決意して、学校の屋上に呼び出した時。

運悪く立てつけの悪かった屋上の手すりが外れた、彼女はちょうど持たれるような格好になっていたため落ちそうになっていた。

俺は急いで彼女を支えるべく手を突き出しながら走って行った。

しかし、それより早く彼女を助けた奴がいたんだ……。

俺の告白を見守るとか言ってこっそりついてきていたてらちんこと寺島英雄(てらしま・ひでお)が。

今だから言うが、ヒーローというあだ名だったのだが泣いて嫌がるのでてらちんになったのだ。

まあその辺はどうでもいい、奴は本当にヒーローのごとく彼女を助け、彼女は奴に惚れた。

だが、てらちんの奴は彼女をフった。

そして、俺のいいところを話し始めたのだ……流石にいたたまれなくなって俺は逃げたさ。

その後も奴は俺のいいところを彼女に吹き込もうとしていたらしいのだが、

みのりちゃんは当然、俺のせいでてらちんと付き合えないのだと思い始める、そして俺の事を必死に吹き込もうとするてらちんをみて。

俺の事を最低だと思ったんだろう、てらちんに隠れて呼び出され散々罵倒されたあげく、ビンタまでもらってしまった。

俺は兎に角、もうやめるようにてらちんに言うしかなかった。

てらちんは俺ならもっといい彼女が見つかるよとか何とか言っていたが、

それ以後もてらちんの周りに彼女がいるのを見て俺はてらちんに自分から会いに行くのをやめた。

てらちんに自覚がないのは知っていたが、俺はとてもじゃないがあの空間に入れないと思ったからだ。

実際てらちんは意識せず美女、美少女を引き寄せる天才で、更にその美女や美少女のためなら限界を超える事も出来る男だ。

見た目は女顔で女装すれば美人になりそうにすら見えるが、結局恋愛しようって気は殆どない。

俺ら一般人からすれば憎しみの炎を目からほとばしらせるしかない男である。

ギャルゲー主人公といって差し支えない、そんな奴が近くにいても碌なことがないと俺はその頃ようやく知った。

だから俺は出来るだけてらちんとは距離をとる事にしている。



「まあ、弟はあれでどうしようもない奴だからねー」

「天然ジゴロは手に負えんよ。というかりのっちがそのハーレムの第一号だろ?」

「んー、そう見える?」

「お前のせいで奴は美女や美少女見てもガッつかない草食なキャラになったんだし、

 同時に女の子を大事にしろってのもお前の教えじゃなかったか?」

「それはそうだねー、まあ、正直あたしはどうでもいいけどね、歌のほうが大事だし」

「ふーん、てらちんの周りの女性にしちゃ珍しいよな」

「あたしは弟とは長いからねー」



でも実際、遠い目をしている彼女はどこか嬉しそうにも見えた。

やっぱりあれか、口には出さないけどって奴か?

まあいいが、どっちみち俺はリアルにはあまり期待していない。

そうするしかない情けない事情はさっき言った通りだ。

期待すれば大抵美味しいところを持って行かれてしまうのだ、俺は。



「っと、噂をすれば影ってホントだねー」

「あー、すげぇ。大名行列か……」



まだ故郷の町に入った所なのだが一発でてらちんがいる事がわかる。

それがてらちん名物大名行列。

まず、てらちんが歩くと、ハーレムの美少女や美女がついてくる。

彼女らは半ばてらちんのストーカーである。

もちろんてらちんは彼女らの事を悪く思ってはいないが、

ともあれメイドさんやら大会社の社長令嬢、美少女剣士といった個性的な面々を筆頭に、美女、美少女のオンパレードだ。

その中にはやはりみのりちゃんの姿もある。

俺は思わず苦い顔になった……。

ともあれ凄いメンバーではあるが、それだけでは大名行列とは言えない。

てらちんが大名で、美少女や美女が重臣であるなら、その後に続く荷物を持ったり道を空けたりする一般兵に属する者もいる。

それは、美女や美少女のファンクラブ。

彼らは血の涙を流しながらてらちんを睨みつけ、しかし、美女や美少女に嫌われたくないので近づけない。

彼らの視線に気づいててらちんは時々ちらちら後ろを見ているが、

流石にこいつらうざいので何とかしてとハーレムの面子に言う気にもなれないのだろう。

冷や汗をかきながらハーレムメンバーを引き連れて歩いていた。

とどのつまり、てらちんが移動を開始すると十人以上いるハーレムメンバーも移動し、

その後ろを千人くらいいるんじゃないかという嫉妬の炎を燃やした男たちが移動する。

結果大名行列が発生するわけである。



「しかしまーいちだんと凄いわね、またハーレムのメンバー増えてるんじゃない?」

「さあ、俺は高校卒業以来会ってないから、でもまーその時よりは規模がケタ違いだな」

「そりゃ当然でしょ、一応あの頃はまだ高校生だったから高校内だけだったでしょあの行列」

「ああなるほど……」



やがて、ハーレムメンバーの一人が俺達に気付いたようだった。

その事をてらちんに報告しているのだろう、てらちんもすぐに気付いた。

そもそも自動車はこんな大名行列の中では動けないので、逃げる事は出来ない。

すぐさまてらちんがやってくる、行列をひきつれて……。



「お久しぶりです姉さん、まろ」

「ああ久しぶり」

「そうね、でも電話とかしてるしあんまり久々って気はしないわね」

「そうですか? 僕は直接会えてうれしいです! だって最近歌の方で忙しいみたいですし」

「まーねー、あたしは歌う事が楽しいからね」

「はい、それでこそ姉さんです! それで、まろはもしかして……」

「ああ三回忌にね」

「僕も参加させてくれる? おじさんとおばさんにはずいぶんお世話になったし」

「頼む」

「ありがと……それと御免。あの件があってから気まずいみたいだったのに……」

「気にすんなお前が悪いわけじゃないよ。強いて言えばタイミングが悪かったんだろ」

「あっ、あははは……そう言ってくれると助かるよ……、でも、分かってると思うけど」



てらちんは視線を一度後ろの美少女達へと向ける、正確にはみのりちゃんのほうへ。

みのりちゃんは俺の事を認識したのだろう、目が険しくなる。

わかってるよ、俺の事は嫌いなんだろ……。

きちんとフォローさせて頂きます。

そう目でなんとなく流す。

彼女の気持ち、俺にはわからないが結局俺には縁のない事だったと最近は諦めている。

もちろん、今でも睨まれれば心が痛い。

てらちんの主人公補正みたいなものが俺にもあればと思った事も何度もあった。

しかし、無い物ねだりをしても仕方ない、そもそもてらちんのような人間は逆の意味で不幸だ。

好意を好意として鋭敏に感じられないのでいつまでたってもこういう状況になる。

それでもいつかは一線を越えて普通の人間になるんだとは思う、誰かの物になった男性なら彼女らの大半は諦めるだろう。

女性というのはシビアでリアルだ、いつまでも失敗した恋に拘泥しない。

その時が来ればてらちんの彼女は一人か……まあ数人いるかもしれないが。

何にしろ、今のような状況は終わりを告げるだろう。

しかし、てらちんが決めない限りこの状況は続く、それも恐らくてらちんの優しさを受けて雪だるま式に人数を増やしながら。

そして問題なのは現時点、みのりちゃんの好意を知っていながら俺の事があるからと拒み続けている現状だ。

その不満は全て俺に来る……。

ただでさえ好きな子だったのに、俺の事を嫌いどころかどんどん怨念のレベルが上がってきていると言う事なのだ。

出来れば勘弁してほしかった……。



「みのりちゃんとは付き合ってないってか? むしろそういう気遣いはやめてくれよ。彼女がかわいそうだろ」

「……ごめん」

「所で……、すまんのだがてらちん。その行列なんとかできないか?」

「えっ……ああ、そうですよね……はぁ……後で電話します。とりあえず僕が移動すれば何とかなると思うので」

「頼む」



そう言ってすごすご移動していくてらちん、団体がその後を追う。

みのりちゃんの目が一瞬だけ俺を射殺すほどの冷気をはなつ。

俺は背筋がすくみあがった……。

こりゃ、ちょっとくらいフォローしたくらいじゃ許してもらえそうにないな……。



「あんたも災難ね、好きな子にあれだけ嫌われてちゃ」

「もういいさ、高校に入ってすぐ諦めた」

「あんな子だけど出来れば弟の事、嫌わないであげて」

「ああ……苦手ではあるがね」



やっぱりりのっちもてらちんが好きなんだろうなと思うとなんだか悲しくなった。

分かっていた事なのに……。

少し気分は沈んだが、目的地の事もあるさっさと向かうに越したことはない。

暫く走るとりのっちの家が見えてきた。



「ほい、到着」

「あんがと、まろ愛してるよー♪」

「妙な事言うんじゃねぇ!」

「っとそうだった、まろ、あんたもう家ないんでしょ? 泊るところどうするつもり?」

「んー、適当にその辺のホテルにでも泊ろうかと思ってるけど」

「そっか……、うちの母さんとかも会いたがってたしなんなら泊ってく?」

「なっ!?」

「何赤くなってんの。ああ、そうねあんた女の子の家に泊るのはじめてだっけ?」



りのっちはニヤニヤと笑いながら言う。

その通りである、所詮は彼女いない歴=年齢、女の子の家に泊まるどころか、部屋に招いてもらったことすらない。



「あっはっは、そんな構えなくてもいいよ。うちは両親もいるし、夜になれば多分弟も来るしね」

「てらちんが夜に来る?」

「お隣同士だし、あいつの家両親なかなか帰ってこないでしょ、いつも食事はうちでとってんの」

「な!?」

「あっ、今あたしと弟の関係疑ったでしょ?」

「うっ……」

「大丈夫、お邪魔なんてことないから。きっと弟も喜ぶよ」

「はぁ……そんじゃお願いしてもいいか?」

「土下座するなら考えてあげよう!」

「アホかい!」



とまあ、そんなわけで俺はりのっちの家に泊めてもらう事になった。

まありのっちの両親も当然いるし、りのっちの家は昔ながらの田舎の家なので、

じいさんばあさんどころか、嫁に行きそびれた50代のおばはんとか、近くの親類もよく来る。

結果家は大家族になっており、りのっちはわりとしっかり者にそだったようだった。

奔放な性格としっかり者というのが今一合わない気がするが、そうなのだから仕方ない。



「あら、芯也君いらっしゃい」

「どうもお世話になります」

「気にしないでいいのよ、3年前は大変だったわね。騒がしいところだけど我が家と思ってくつろいでちょうだい」

「ありがとうございます」

「そうそう、丁度あの子たちも帰ってきてるみたいよ」

「もしかして、みーちゃんと石神?」

「へぇ、全員そろうなんて珍しい」

「そりゃむしろあんたのせいじゃない?」

「あーそうかも」



俺以外は毎年決まった時期には必ず帰ってきているはずだ。

俺はと言えばこんな重大事でもなければまず帰ってこない。

理由はいくつかある、家がないから、両親の事を思い出してしまうから、あとはみのりちゃんの事。

もうトラウマレベルなのだ、出来れば近づきたくなかった。

高校卒業から2年、直接会ったことがあるのは俺をアッシー代わりにするりのっちのみという有様だ。

だが、せっかく戻ってきた以上、出来れば残る2人の幼馴染にも会っておきたいと言う思いはあった。



「久々に携帯にでも電話入れてみるか」

「ほほー、久々に皆で集まろうっていう訳ね? じゃあみーちゃんにはあたしから声をかけてあげる」

「うっ、俺が石神か……」



石神龍言(いしがみ・りゅうげん)、5人の中で唯一あだ名で呼ばれていない。

理由はあまりにも真面目すぎるのであだ名で親近感を得られないからだ。

見た目は切れすぎる二枚目という感じだ、身長180cm強、学生服や背広をいつもパリっときこなしており、

鋭すぎる目を眼鏡で隠している、もっとも目が悪いのも事実らしいが。

とはいえ、スペックが凄まじ過ぎてそんなマイナス目に入らない、中学高校と6年間生徒会長を務めるという恐ろしい記録を持っていたり、

成績は全て学年トップ、スポーツ万能、喧嘩も一度だけの例外を除いては負け知らずだ。

因みに例外とは、中学二年の頃一度女の子を手厳しく怒った事があり、その事でてらちんが切れて喧嘩になった時だ。

てらちんは美少女や美女を救う時理不尽な能力を発揮する、そして、無茶苦茶なバトルをした後、石神が負けを認めたのだ。

その時は流石に驚いたし、てらちんにはじめて薄ら寒さを覚えたのもその時だった。

しかし、その例外を除けば全てにおいて完璧、今は東大法学部にいて、将来は国会議員に立候補するつもりらしい。

もちろん、そのためのコネも見つけているし、学力だって東大でもトップクラスらしい。

彼は本当に真面目で、今の政治腐敗を憂いており、いつの日か政治改革を己の力で断行する事が夢だ。

そして、そのための手段を常に日々用意し続けているとうリアリストでもある。

凄まじいまでの行動力を持っており、正直俺はパーフェクト過ぎてついていけない。

そんな彼ではあるが幼馴染の俺達には一応心を開いており、誠意をもって対してくれる事が多い。

だがまあ何にしろ、カタブツなのは確かなので話しかけるのがめんどくさい人間でもある。



『……もしもし、まろか?』

「ああ、久しぶりだな石神」

『そうだな、1年と4カ月ぶりくらいか、お前から電話をくれるとは珍しいな』

「ちょうど三回忌の事があって戻ってきてるんでな、それにお前も戻ってきてると聞いたからな」

『なるほど……』

「だから久々に会ってみたいと思ったんだが、時間あるか?」

『そうだな、幸い今日やるべき事はほぼ終わった、後は明日に回しても問題ないだろう』

「そうか、今りのっちがみーちゃんの方にも電話を回してる、てらちんはどっちみちりのっちの一言があれば来るだろうし」

『久々に全員そろうと言う訳か』

「そう言う事、後はまーどこで集まるかだな」

『例の場所でいいんじゃないか?』

「あー、やっちゃんか」

『あの店名はどうかとは思うが、あそこのお好み焼きは今でも好きだ』

「それいいな、久々に食ってみたい。じゃあそう伝えておく。とりあえず6時に集合って事で」

『わかった』



そうして俺達幼馴染の同窓会が始まった……。

6時から集まったのは、皆20歳になっているから酒も飲めるだろうと言うような意味合いもあった。

実際、俺はあまり飲めないほうだが全くと言う訳でもない。

お好み焼きや”やっちゃん”では俺達5人が輪のように座って焼きながら色々な話をしていた。

最も、俺は主に聞き役で自分から話を振ったりはしない、理由は情けない限りだがこいつらのように話題がないからだ。

まあバイトのバカ話程度ならあるので時々は参加していたが、殆どは聞き役になるしかないのが現状だった。


だいたい俺と他の4人には違いが多すぎた、友人としてはいいんだが客観的にみるとフリーターの自分が恥ずかしすぎるほどだ。

何が違うかと言えば、社会的地位、意思の強さ、努力、センス、もろもろすべてだ。


例えば、俺の次に一般人のみーちゃんこと尼塚御白(あまづか・みしろ)ですら、

高校時代はテニス部部長、今は教育実習生として教師になるため奮闘している。

それに見た目的にもかなりの美人で高校の時は月一でラブレターをもらっていたらしいし、実際付き合った人間も片手じゃ足りないらしい。

とまー、今だ彼女いない歴=年齢の俺とは段違いだ。


もちろん、他の三人は更に凄い。

石神やりおっちは言うに及ばず、てらちんですら実家の古流剣術道場を継いで今や100人ほどの弟子をとる身らしい。

(その大部分が美少女や美女達のファンクラブである事はお約束ではあるが)

両親は昔からその剣術を世界に広めようと奔走しているらしく、家にはほとんどいない。

だから、てらちんのハーレムを掣肘するものは誰もいないともいえる。


ともあれ、てらちんもこの場にはハーレムのメンバーを連れてきてはおらず。

また石神も本来はいろいろと部下として使っている人間がいるのだがそれもいない。

正に5人だけの集いではあった。

だがそれでもやはり格差は存在する……。


この友人関係、実は友人関係に見えて2カップル+1である。

もちろん+1は俺。

みーちゃんは石神の事を好きで、それは態度であからさまにわかっていた、昔はよく3人で後押しプランとか考えていたが。

考えてみれば自分の彼女も出来ないのに人の事をするというのもバカな話だった。

石神もなんだかんだで悪くは思っていない、仲間と言う事もあるだろうが、元々気が合うのも事実だった。

ただ、中高生の頃はお互いに別の人と付き合っていたので手が出なかっただけだろう。

だからか、大人の関係的な落ち着いた恋愛をしているようにも見える。

もっとも実際に付き合っていると言う話は聞いていないため、絶対とは言えないが。


りのっちとてらちんは生まれた時からの幼馴染で俺達と会ったのは中学に入ってからだ、だからか2人にしかわからない事も多い。

これまた付き合っているのかどうかは実際にはわからないが、

てらちんは取り巻きの事をあまり恋愛対象としては見ていないようなので、ありそうな話ではある。

はっきり言えばこの2カップルが絶対領域を作っていたので、飲み会においては俺は一人で飲み食いしているしかなかった。

時々みーちゃんが酒をのめーと赤ら顔で俺に進めてきたり、石神が俺の就職の世話をしようとしたりしてきたが、

その後はまた2人の空間を作っていた。

正直俺はすぐさま大阪のアパートに帰りたかった。

皆に比べて自分が余りにもみじめに思えたからだ。



「さぁ〜! 次は”あまいぬ”でスキヤキよ〜♪」

「みーちゃん、かなり酔っぱらってないか?」

「大丈夫だ私は」

「石神お前には言ってねーって、もしかして、無表情だけどよっぱらってんのか?」

「おおー、石神のよっぱらったところははじめて見るな!」

「つーか、りのっちお前横んなったまま話してんじゃねぇ!」

「ごめん、ごめんよ姉さん……僕は……僕は……」

「てらちんは泣き上戸かよ!」



既に酔っぱらってないのは俺だけと言う状況になっていたようだ。

俺は仕方なく石神に肩を貸し、てらちんのケツをたたき、ふらふらするりのっちを誘導しつつ、

ノリがよくなってしまっているみーちゃんに付いて行く。

正直先に酔っぱらえなかった俺の負けだった。


しかし、そうやって歩いていると石神やりのっちは少し正気付いてきたようで俺の補助なしでも普通に付いていけるようになっていた。

ただ、てらちんは鬱状態にはいったらしく、背負ってやるしかなくなっていたが。


そうして、俺は何をやっているんだろうと自問自答していると、前方から何かがやってくるのが見えた。

あれは……影……あんな大きい影が出来るもの上にあったか? と俺は上を向く。

しかし、そこには何もない普通の星空、蛍光灯などで明るくなってはいたが特に影が差すようなものはない。

だが影は俺達の真下まで来ていた。



「なんだこりゃ?」



俺がそう言った瞬間、地面にパカッと言う感じで大きな穴が開く、そして俺達はその穴に吸いこまれてしまった。

俺がこの世界に来た理由は多分これだろうと思う。

だが、問題点が一つある、それは……この世界に来たのは俺一人なのか? と言う事だ。


そして今、自分の手に問いかける。



「ラドヴェイド……お前は、なんで俺にしたんだ……」

『思い出したのか……』

「ああ、この世界にどうやってきたかはっきりとな」



いつものごとく桜待ち亭の屋根裏部屋で俺はラドヴェイドを相手に話す。

今の状況でも一日数時間話をする程度ならできるのだ。



『ならば聞くまでもあるまい、言ったはずだぞ波長が合ったと』

「なぜだ? おかしいじゃないか。俺より他の4人のほうが確実に復活が早いはずだろ?」

『他の者には私は受け入れられなかったと言うだけの事』

「……そんなはずは……石神やてらちんなら……」

『石神とやらは思想が固すぎて我には合わぬ、寺島とやらは人のために我を滅ぼす者だろう?』

「そう……かもしれないな」


だが今の会話で分かった事もある、それはラドヴェイドが知っていると言う事だ。

それはつまり……。



「他の奴らもこの世界に来ていると言う事か!?」

『その通りだ』

「なぜだ? 俺がいればお前は復活できるんだろう?」

『何も我だけがお前たちをこの世界に呼んだわけではない』

「それは……一体どういう意味だ?」

『他にもいくつかの勢力がお前たちの世界への干渉方法を知った、そしてまずい事にほぼ同時に同じ魔法を発動させたのだ』

「それはつまり……」

『他のものたちも他の者に呼ばれただろう、ただし混線が激しかったからその場についたかどうかはわからんが』

「そんな大事な事は先に言え!!」



確かに魔王にとってはどうでもいいんだろうが、そうなるといろいろと困った事になる。

理由は3つだ。

一つ目、俺以外の奴らはこの世界におおいに干渉するだろうと言う事。

特にてらちんなんぞは早速ハーレムでも形成し始めている事だろう。

それも多分自覚なしに……。

二つ目、帰る時に全員いないと寝覚めが悪い。

一人だけ帰ったりしたら気になりすぎる、だがまあ帰るなら他の奴のほうが方法を見つけるのは早そうだ。

特に石神には期待したいところ。

三つ目、勢力が違う可能性がある。

つまりは国家や権力関係、または新しく出来た人間関係の軋轢で俺達が敵同士になる可能性だ。

正直この三つ目だけは起こってほしくない。

しかし、同時に一番起こりやすい非常事態でもあった。

どうしてこう次から次へと問題が起こるのか……誰かに会ったら全てそいつに投げてやろうと画策しつつも今はどうしようもない。

今はまず強くなって依頼を多くこなして国内を自由に動けるようになるのが先だな。



「結局問題が増えただけじゃねぇか……」



俺は大きくため息をついた……。

■作家さんに感想を送る
■作者からのメッセージ
今回は、昔語りというかこの世界に来た原因を出しました。
実は5人トリップしていましたというオチですw
他の4人は時々外伝で出していく予定です。
とはいっても4人との再会はまだまだ先のことですがw

ともあれ他の4人によってもう少しだけ別の勢力や別の場所を紹介する事が出来るようになると思います。
まあその代わり無駄に風呂敷広げまくってしまいましたから、何年かかるか想像もつかないのですが(汗)
出来れば今後もお付き合いくだされば幸いです。


今の週一を超えるペースを維持できているのは正に感想を書いてくれている皆さんのおかげです。
これからももっと楽しめる作品になるように頑張りますね♪


>Februaryさん
シンヤのハードルを今回無駄に上げてみましたw
かなりのマゾゲーのような気が自分でもしてきた今日この頃(汗)

ですよねーw
ほうっておくと可愛い子ばっかり増やしてしまいそうで、
でも可愛い子ばっかりだと可愛い子が目立たないというオチが付くのでメリハリのためにもそうでないものは必要かと思いましてw


>STC7000さん
そですねぇ、私どうもその辺は主人公に甘くしてしまう癖があるようで(汗)
根性はともかく、交渉能力はちょっとやりすぎでしたかね……。
でもまー、多少は優遇してあげないと、これからは他の人達もいますからね。
石神やてらちんは凄い勢いになるでしょうしねぇ。
ともあれ少しづつでも成長していく話に出来ればいいかと思います。


>空乃涼さん
はい乗ってきましたよ!
なんといっても、感想もらうとテンションあがりますからね♪
それにやはり好きに作っていいのがいいですね。
とは言え今回のはかなりやりすぎかもですがw

まるっきり中世ってわけでもないですが日常はたいへんですーw
トイレなんて手でケツ拭く所もありますから(汗)

ティアミスのデレ……いつのことやらw

薬師のじいさんは確かになにかあるかもしれませんねw
今後のためにも多少は色々必要なのでw


>プライドさん
体力は確かになかなか付かないですよねw
まーそうですね、通常の運動で3ヶ月分くらいは頑張ってるかもです。
ただまぁ、運動能力をきちんと底上げして戦士とかと渡り合うには一年以上は確実に必要でしょう。
つまりは3年分以上ということですかね、一流に到達するには更に必要になるでしょうし、
まあぶっちゃけ一流とはそのまま互角とはいかないでしょうね。
そのための仕込みもしてはありますがw
そこまでいくまではマゾゲーですw(爆)

今回も女の子は2人一応増えてますが、さてはてw

年齢層はトリップの場合と転生の場合で違いますねわりと。
転生だとおおむね10歳前後から始める場合が多いようで。
私個人としては背が伸びきってない主人公はあまり好きじゃないのでw

誤字……正直今回は誤字確認もお願いしたんですが……やっぱ難しいものですねorz


ではでは、今後ともよろしくお願いします!!
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