相撲取り風の巨漢戦士ウアガ・ドルトネンの勧誘方法はいたって簡単だった。
ティアミスが彼の妹達や弟達と知り合いだったのである。
ティアミスが、仲間にならないならお前の妹弟達にある事ない事言いふらすと言うとしょんぼりした顔でうなずいていた。
とはいえ、恨みをかっても仕方ない、条件をいくつかつけた。
一つ、ウアガが既に一人でする仕事を受けている場合はそれを優先して良い。
二つ、こちらの仕事でもモンスターの出る危険のある仕事以外は出なくてもいい。
三つ、仕事に出れば最低賃金を保障する。
1と2はともかく、3はオケラだった場合俺達が身銭を切って彼に報酬を渡すという事だ。
結構きついとは思うが壁役としての彼の優秀さを考えるに仕方ない事だろう。
「さて、最低人数ではあるけどパーティが出来上がったわ」
「そうだな」
とりあえず俺達はパーティ結成記念も兼ねて桜待ち亭で食事をとることにしている。
そして、皆の前でライトグリーンのポニーテールを揺らしながらティアミスが力説する。
「まず最初に決めるのはパーティ名ね、これがないと協会にパーティとして見てもらえないもの」
「ちょっと聞きたいんだが、パーティを組むと冒険者協会の中で何か特典があるのか?」
「うん、まずパーティでしか受けられない仕事の受注が出来るの。それから、ダンジョンへの侵入許可も出るわ」
「ダンジョンへの侵入許可?」
「そう、この辺は一応人類圏になってるけど、昔は魔王領だったからね。
ダンジョンや洞窟、特殊な地下道などいろいろな所にまだ魔物がすみついてるの。
それだけじゃないわ、昔の魔王軍が隠した財宝や魔軍の武器、それに過去戦線を率いて戦った勇者の武具なんかも出てくる事があるの」
「確かにそれはすごいな、しかし、危険も高いんじゃないか?」
「だからパーティを組んでいる事が必須条件なのよ」
なるほど、危険度は高いが一般人の入り込まない場所へ行き財宝を取ってくるということだな。
トレジャーハンターみたいなものか、まあRPGなんかではそれが普通だが。
「パーティの人数は3名から12名、13名以上はパーティではなく部隊と称されるわ。
理由はそれくらいの人数になるとダンジョン踏破なんかが目的というよりは軍事的な目的になってしまうから」
「わしも昔部隊と名のつく所にいた事があるがありゃよくないの。強さがバラバラになっておったし、何より連携が取れておらんかった」
見た目はヨボヨボの爺さんにしか見えないが、ニオラドの爺さんはわりと真剣に答えている。
俺以外の3人にはわりと常識なのだろうが、俺にはまだわからない事も多い。
だがまあ、確かに12人以上を率いるというのは並大抵ではないだろう、軍隊と違ってそういう訓練を積んだ兵士ではないのだから。
冒険者の連携は基本仲間内での役割分担にすぎない、軍隊のようにみっちりと連携のために訓練し続けるような事はしない。
理由は単純で連携を訓練し完璧にするためには早くて半年、場合によっては一年以上かかる。
軍隊ならばその間給与も出るし、食うに困る事はない、しかし、冒険者は所詮根なし草である。
訓練している間は依頼を受ける事が出来ない、出来ても日帰りに簡単なものくらいだ。
一人で訓練するなら余った時間でという事も出来る、しかし、10人以上の人間が時間を合わせるとなるとそれだけで大変だ。
余った時間がぴったり合う事などまれだろう。
つまりは、訓練をする事は仕事が出来ないという事になってしまう。
それに、ダンジョン等によっては人数が多すぎると身動きが取れなくなってしまう事もままある。
そのため、12人以上の部隊を組む冒険者は少なく、あまり皆やりたがらないのだという。
「ダンジョン踏破を主眼に置いた場合、一番効率がいいとされているのは前衛3人、後衛3人、の6人パーティよ」
「ダンジョンの幅等の問題か?」
「それがやはり大きいわね、不思議と3人が横になって進めるくらいの幅のダンジョンが多いのよ」
「案外巨人族が通るための規格かもしれんと言われているがの」
「話が脱線してるようだよ。そろそろ、元に戻さないかい?」
「ええっと、パーティの名前だっけ?」
「そうよ、”明けの明星”とか”銀狼”とか”箱庭の支配者”とかいろいろ今までも耳にしたでしょ?」
「確かに……」
不思議なのはそれらが皆日本語だという事だが、もともとこの世界の言語は地球の言葉と同じではなく自動翻訳のような魔法のおかげに過ぎない。
つまりニュアンス的に日本語に聞こえるだけということだろう。
「そうじゃのう、わしとしては”高みたる賢者とその手下”を押すぞい」
「賢者ッて自分の事かい!!」
「他におらんじゃろう?」
「あたしは”妖精同盟”がいいと思うわ」
「妖精はあんたしかいないだろう……」
「俺は”お兄ちゃん大好き”がいいと思う」
「それ単にお前が妹萌えなだけだろう!!」
「いや、弟達も好きだぞ!?」
「「「……」」」
一瞬背筋が寒くなるような感覚をウアガから受けたが、あえて無視することにした。
ともあれ、皆自分メインの名前にしたいようだ。
俺は何がいいのかふと思う、そういえば俺は何のために冒険者をやるのか。
目的は2つある。
一つは世界を自由に闊歩できるようになって皆を探すこと。
一つは魔王を復活なりさせて、元の世界に帰る事。
ならば、パーティの名前が鳴り響くだけでそれが示せるようにしたいと思った。
「なら”日ノ本”はどうかな?」
「ヒノモト?」
「俺の地元は太陽が昇る場所というのが重要視されててね」
「ヒノモトか、ちょっとおもしろい響きだね」
「フム情緒がるの、ただ少し派手さにかけるが」
「うーん”お兄ちゃん大好き”のほうが……」
「「「……」」」
わりと欲望に正直なんだなウアガは……。
ともあれ、メンバーの承認を得ることに成功した俺達は、リーダーをティアミスに決めて冒険者協会で登録することにした。
今後俺の知り合いに出合った時の事を考えて、リーダーとしてパーティの実権を握っておきたいという思いはなくもなかったが、
そもそも俺自身この中で一番使えない奴である可能性が高かったので、あまり強硬な主張はしないでおくことにした。
受付けは本当に交代要員がいるのかと不思議に思うが、今日もまたティス・レミットさんだ。
いつもながら快活で、三つ編みそばかすの人のイメージからはちょっと外れるが、受付嬢としては優秀な人だ。
「おっ、パーティ組んだみたいね」
「おかげさまで何とかなったわ」
「でも、ニオラドさんを口説き落としたのは少し驚きね」
「ほっほっほ、わしもまさか言い負かされるとは思わんかったよ」
「でもほとんど初心者のパーティですし、サポートしてあげてくださいね」
「それなりにの」
そんな雑談をしながらも、ティスさんはさらさらと必要事項の記入とティアミスに書せた部分のチェックを済ませる。
パーティ登録用の資料は5枚ほど、俺も今はどうにか文面の解読が出来るところもある。
15%の仲介料、失敗時のリスクはないが失敗の回数がかさむと依頼を受けられるランクが下がるとのこと。
また、犯罪などは冒険者協会で独自調査し、白であれば庇ってもらえるが、黒であれば協会除名処分の後現地の司法に委ねられるなどなど。
基本的な事項が書かれているようだ、そしてティアミスはリーダーとしてその事を了解し、サインをする。
これは個人の場合も同じなのだが、パーティの場合のほうが比較的大事になる可能性が高いからだそうだ。
「さて、登録のほうは終わりました。早速依頼を受けていきますか?」
「そうね、何かいいのある?」
「うーん、最近のパーティ用の依頼で初心者用と判定されたものは4つほどあります」
そう言ってティスさんは4枚の依頼書を取り出す。
もちろん、横には掲示板があり依頼は張り出されているがこうして受付けに聞けばある程度受ける依頼を絞り込んでくれる。
100枚以上ある依頼書の数々をいちいち見聞していく手間が省けるのでいいのだが、欠点として割のいい依頼を見落とす可能性がある。
どちらがいいとは一概に言えなかった。
「ほう、これはキノコ狩りか? モンスターが出るので自分で取りに行けないとあるが」
「ええ、そのモンスターの退治が出来れば追加報酬がはいります」
「ふむふむ、悪くないと思うがの?」
ニオラドはキノコ狩りの依頼を楽しそうに見ている。
薬師としてはこういうもののほうがいいのだろう。
しかし、ティアミスは別に気になる依頼があるようだ。
「この依頼だけど、ストミナの村でハーフエルフが行方不明って。これ本当?」
「本当というと?」
「同じ種族だからあえて言うけど、村での扱いに耐えかねて失踪する事はよくあるわ」
「それはそうだけど、村人の証言や、家族の証言からもそういった感じは受けなかったわ。
一応、両親が健在ですから口ぐらを合わせているとも考えにくいと思うの」
「……」
両親が健在、人間とエルフの両親が健在だという事になるな。
確かに俺の知るファンタジー物の小説やRPGゲーム等でもそういう事例は少なかった。
もっともこの世界にそれが当てはまるのかはわからないが、ティアミスの反応から恐らく当てはまるのだろう。
「ねえみんな、この依頼受けてみてもいい?」
「わしは別にかまわんよ」
「依頼の全容がまだ見えてないのが気になるが」
「そうだな、でも冒険者協会で初心者用だと認定される何かがあるですよね、ティスさん?」
「はい、この依頼では周辺にモンスターの目撃例もないですし、村及びその周辺等を調べた際も魔力反応はありませんでした。
大物が関わっている事はまずないと思います」
「なら、問題ないんじゃないか」
もちろん本当はもう少し気になる点はある、報酬額の問題とか、誘拐だった場合相手次第では追加報酬や危険手当もほしいところだ。
それに、明確に敵が見えていない怖さもある。いるかいないかすら判然としないのだ。
だがティアミスの表情を見ているとそれを言い出す事は出来なかった……。
そして、ストミナの村へと向かう事になった。
そういえば、俺は初めての旅となる。
今まではあくまで町から遠く離れない範囲でしか依頼を受けた事はない。
しかし今回は歩いて2日のところにある村となっている。
「シンヤ……もうばてたの?」
「いや、ははは……」
「わしより体力がないとは本当に剣士か?」
「慣れとかないと後がつらいぞ」
そう、俺はバテバテだった。
完全防備を固めた状態で一日約60kmの行程を歩く。
時速4kmで15時間、荷物も背負っているし、道もけして平坦じゃない。
なにより主要な街道から外れればほとんど山道だ。
田舎の村に行くとなれば当然そういった事を考えておくべきだった……。
もちろん馬車を使えばかなりましになったんだろうが……依頼料の3倍くらい払わないと買えない……。
装備の改修や食費などを差し引けば10回は依頼をこなさないと貯まらない計算だった。
貧乏人は歩けという事だろう。
やっぱりなにかとスタミナ不足が響く。
早めに何とかしないとな、魔力の回収は……。
「ほら、村が見えてきたわよ。昨日もぐっすり寝たんだからもうひと踏ん張りがんばりなさい」
「うっ、ういっす……」
「これは先が思いやられるね」
「そういうな、この若造まだ体を鍛え初めて数カ月というではないか。もう少し時間があれば成長するだろうよ」
「申し訳ない……」
バテつつもどうにか村にやってきた俺達は、とりあえず依頼者である行方不明の少女の父親に会う事にした。
俺としては早い事一休みしたいところだが、流石に依頼者に会うまでに休むのも格好悪いと思いついていくことにする。
そしてつくづく思った、パーティのリーダーに立候補しなくてよかったと。
そして、村の一角にあるその家についてみると、そこにはすでに人だかりが出来ていた。
俺達はよくわからなかったので、パーティを代表してティアミスが集まっている内の一人に話しかける。
念のためティアミスは耳を覆うような帽子をつけていた。
「あの、どうかしたんですか?」
「ああ、フォーニスさんが倒れたっていうんでね……どうしたものかと」
「フォーニスってエルフの方ですか?」
「ん、ああそうだけど君らは?」
「はい、そのフォーニスさんからの依頼の件で来ました”日ノ本”という冒険者パーティのものです」
「へぇ、そういやそんなことしてたんだっけね……」
ティアミスは眉根を寄せる、フォー二スというエルフが倒れたのなら娘の事も無関係ではないはず。
それにしては、その村人の反応はえらく冷淡だった。
少なくともフォー二スの事はこれだけ心配して人が集まっていると言うのにおかしな話だ。
ティアミスもその事を不審に思ったのだろう、兎に角面会をしなければならないと言う事もあり続けて問う。
「はい、私たちの目的でもありますので、会えないでしょうか?」
「さっき言ったと思うけどフォー二スさんが倒れたから今は会う事が出来ないと思うよ」
「フォー二スさんが無理ならその奥さんに会う事は出来ますか?」
「うーん、それなら多分、教会にでも行ってるんじゃないか?」
「ありがとうございました」
ティアミスは既に不機嫌になっているのがわかる。
ある意味当然ではある、ただまあ、俺達はまだ事情が全く分かっていない。
「ティアミス、まだ情報が足りない。落ちつけ」
「そんな事わかってるわよ! それとティアミスさんでしょ!」
「はいはい」
全然冷静になっていないがこの際仕方ないか……。
やはりハーフエルフである彼女はこのあたりの事情は気になるだろう。
「なんなら落ちつくハーブもあるぞい?」
「余計なお世話、行くわよ」
「了解」
「ふう、熱いのう」
やはりかなり熱くなっているようだ。
暴走しないか見張っておく必要はありそうだ、だけど、彼女がそういう心理になるのは仕方ないのかもしれない。
だから、いざという時意外はそっとしておくしかないのかも。
そんな事を考えているうちに、教会のほうへたどり着く、こんな小さな村にあるにしてはえらく立派な教会のようだ。
町にある教会と比べても遜色無い、というか出来たばかりである事を考えればここの教会のほうが綺麗なくらいだ。
教会の中へはすんなり入ることができた、しかし、門の前に見張りをするように人が立っていたのは気になる。
入った教会の中では数人が祈りをささげている、その中には神父らしき姿もあった。
ティアミスはその中をずんずんと進んでいく、そして、そのまま声を上げた。
「フォーニスさんの奥様はいらっしゃいますか?」
正直これ以上ないストレートなものいいだ。
頭に血が上ったままなのだろう、とはいえ、一番手っ取り早いのは事実だった。
「君! 今は皆祈りをささげているのだ、中断させる気かね!?」
案の定、神父が祈りを中断された事に抗議を上げている。
神父はまだ30代といったところか、力が有り余っている感じのする、
あまり神父というよりはどこかで格闘技の大会にでも出たほうがいいんじゃないかというタイプである。
俺は思わずこいつには勝てないと思った。
ティアミスはしかし、神父など眼中にないと母親を探す。
俺は仕方なくフォローに回ることにした。
「申し訳ないですが、火急の用件がありまして」
「火急の用件? そもそも君達はこの村の住人ではないね?」
「はい、実はフォーニスさんから依頼を受けてやってきた者です」
「ならば本人に直接会えばいいだろう?」
「彼は今面会が出来ない状態のようで、だから奥さんに会って話を聞こうと……」
「ふん、あいつとうとう倒れおったか……ならば帰れ、依頼は取り消しになる」
「それをなぜ、他人の貴方が決めるんです?」
「母親は、エリーズはそこで祈っている、しかしそれはエルフのため等ではないわ!」
「なっ!?」
俺は指差された先を見て思う、これはまずいと。
ティアミスがとりつき、無理やりにでも連れて行こうとしているが、母親はがんとして動こうとしない。
つまり、彼女は夫を見捨ててもここで祈るつもりでいるという事だ。
それは娘が大事だからか? それとも夫との間に何かあったからか?
どちらにしろ、この状況は俺達にとってかなりまずいのは事実だ。
「ウアガ、ティアミスを連れ戻してくれ」
「ああ、分かった」
「じいさんは何でもいいから鎮静効果のあるものを用意しておいてくれ」
「フム、仕方ないのう」
「失礼しました、また会いましょう」
「もう会う事もないだろうがな」
『!』
なんにしてもあの神父、エルフ全体なのかフォーニスさん個人になのかは知らないが、恨みがあるようだった。
そして、その教会で一心不乱に祈るエリーズさん、夫との仲が破局しているのか、それだけ娘が大事なのか。
情報が圧倒的に不足したまま放り出された格好だ。
だが、あのままティアミスがエリーズさんを引きずって行った場合いろいろと問題がある。
暴力行為等を行われたと領主や冒険者協会に訴え出られるからだ。
そうなった場合、少なくとも冒険者資格ははく奪、場合によっては牢屋行きだ。
もちろん、法の抜け道はいくらでもあるだろうが、そんなダーティなパーティとして名を売るつもりもなかった。
そういう訳で、一度村はずれまでやってきた俺達は一息つきながらその辺の草むらに腰を下ろす。
考えてみれば歩きっぱなしの疲れもたまっている、出来れば今日はもう動きたくなかった。
「落ち着いたかティアミス?」
「……ええ」
「わしの鎮静ハーブの効き目はなかなかじゃろ?」
「……まあね」
どうやら、ティアミスが突っ込みを入れてこない所を見るにかなり精神的に来ているようだ。
そうして、皆で数分ぼーっと座って話をしていた。
出来るだけ当たり障りのない会話をしていたが、やはり話題は元に戻ってくる。
「一体何なのよ……依頼人はいきなり倒れるし、その奥さんは見向きもしない!」
「そうだな、流石にこのまま帰るわけにはいかない」
「俺としても、依頼は必ず達成したいと思う」
「しかし、どうするつもりじゃ? 依頼人には会えぬ、その妻は話も聞かぬではまともに依頼を受ける事も出来ぬぞ?」
「……」
「なら、今日はどこかに宿をとって休もう」
「あのね……」
「ふむ、そういう考え方もあるの」
「どういう理屈だい?」
「明日になれば、依頼人の意識が戻るかもしれないだろ? 今は面倒かもしれないけど、他の手よりは確実性が高いと思うがね」
「……分かったわよ」
ティアミスは不満げな顔をしていたが、実際この状態では動きようがない。
だから可能な限り依頼人の回復を待つというのは間違いじゃないだろう。
ただ、田舎の村なのでまともな宿屋がない事は流石に計算外だった。
「宿がないようだな……」
「田舎だけはあると言うべきか、まさかまた野宿か?」
「私は嫌よ、いい加減そろそろ体を洗いたいし……」
「そうじゃのう、この年で外で寝るのは堪えるわい」
これは困ったと、せめて屋根になるものがないか探そうとしていた時、
この村に来てすぐティアミスが声をかけた村人が近づいてきた。
「おや、あんたらどうしたんだい?」
「この村宿はないんですか?」
「ああ、ストミナには農業以外に産業がないからね、宿なんてものが必要なほど人が来ないんでね」
「そうなんですか……」
「うん? 困ってるのかい?」
「はい」
「そっか、でもうちじゃそんな大人数が泊まれる部屋もないし、村長の家に泊めてもらえないか聞いてみるよ」
「いいんですか?」
「気にしない、気にしない。それにそこの兄ちゃんは時々世話になってるからね」
「その節はどうも」
ウアガはここの農業も手伝っていたらしい。
元々人のよさそうな顔の巨漢である、警戒心は持たれていないのだろう。
ともあれ俺達は村長宅へと向かう事になった、村長が気難しい人だと嫌だなと思っていたがそういう事はなく気軽に宿泊をOKしてくれた。
それもこれもウアガのおかげのようで、今回は本当に助かっている。
村長は50がらみの禿げあがったおっさんで、かなり痩せている。
村長の奥さんが逆にかなり太めである事をみると凄く対照的な夫婦である。
俺達は特にそういう期待はしていなかったが、夕食を作って持ってきてくれた。
流石に田舎の村だけあって、あまり動物性蛋白の補充は出来なかったが、野菜や果物は豊富らしくパイ等はなかなかうまかった。
ウアガは村長とも顔見知りのようで、おかげでいろいろと手間が省けてこちらは願ったりかなったりである。
ついでにという感じで、依頼人とその家族について質問してみた。
「うむ、フォーニス殿とエリーズは仲のいい夫婦だったのだがのう。
あの教会ができるまでは……」
「そういえば、あの教会随分新しいですね」
「うむ、ソール教の神殿を新たに立てるという話でな。村からは金を出さなくてもいいと言われて場所を提供したのだがな」
ソール教はこの大陸で一番大きく古い教団で、一般人が教会を指す時は大抵この教団の教会を指す。
また、以前ティアミスに聞いたところによると、
大陸中央のメセドナ共和国と大陸西部のアルテリア王国という2つの大国の間に神聖ヴァルテシス法国という国を作っており、
世界中の信者の事もあいまって、大陸全土でも無視できない大勢力なのだとか。
なんとなく、十字軍結成時期の強大な権力持ったローマに似ているかもしれないと思った。
なにせ、他国に多数のスパイや兵士を送り込んでいるようなものだ。
もし、彼らに敵と見なされれば国と言えど国民に見放される可能性が出てくる。
そうなれば兵士も集まらず、兵糧も税も徴収がままならなくなる。
そういう宗教だけに、普通はそんなに無茶はしないはずなのだが、権力を振りかざす輩はどこにでもいる。
今回はそういう輩が絡んでいるのか?
しかし、そうなると宗教との直接的な敵対を余儀なくされる、それはできれば避けたい話だった。
国家ですらそんな感じなのだ、俺達のような一市民レベルの存在では、すぐに指名手配されて火刑台へと送られるのが落ちだ。
その辺注意して当たらないといけないだろう。
「不思議なのは、彼らに帰依するようになった村民の一部が神父の私兵のようになってしまったと言う事なのだ」
「それは操られているとかそういう事なんですか?」
「……難しい話だのう。普段は別におかしな事はないのだが。
神父の言う事は必ず守るし、神父に言われれば食事の準備中でも飛びだしていく」
「それは……」
操られているとみてほぼ間違いない。
しかし、一体何のために……だいたい、教会も金をかけて作ったのだろうし、こんな小さな村で数人操ったところで大きな事は出来ない。
釣り合いが取れているとは思えなかった。
だいたい、もし本当なら俺達がどうこう出来るレベルの仕事ではないはずだ。
依頼料云々よりソール教と敵対する可能性があると言う事は冒険者教会にとっても致命的なはず。
それに、冒険者協会とて依頼のレベル判定は重要な要素のはず。
それでも100%はないだろうが……。
どうにかして、確認をとれないものだろうか?
いや、待て。
俺達がうけている依頼はあくまでハーフエルフの少女の救出。
それに教会が関わっているかどうかは今のところ分からない。
あくまでおかしいのは母親を含む数人であって、その娘ではない。
だとすれば、そちらに手出ししなければ初心者レベルで済ませられると言う事だろうか?
「さて、お部屋に案内しますわい、明日になればフォーニス殿とも話ができるはずじゃ」
「そういえば、フォー二スさんはどうしてこの村に?」
「旅の途中、立ち寄ったここでエリーズを見染めましてのう、それに幸い彼の目的でもあった陶磁器の制作にも適していたようで」
「陶磁器? エルフは炎を嫌うはずでは?」
「だからでしょうな、彼はエルフの中でははぐれ者だったと聞きます。その分ここに打ち解けるのも早かったですが」
「なるほど」
そう言っている間にも、部屋に案内された。
俺達が夕食をとっている間に用意したのだろう、4つの簡易ベッドがある。
簡易ベッドと言うのはこの場合、牧草にシーツをかぶせ、その上に毛布を引いたものだ。
きちんとしたものは期待していなかったので仕方ないと言える。
「後、風呂は裏手にありますので、使ってくだされ」
「ありがとうございます」
風呂とはいっても日本式のそれを想像してはいけない、手桶に沸かしたお湯と瓶の水を混ぜたものを入れかぶるのが基本スタイルだ。
簡易シャワーと言うのに近い、湯船でゆったりしたければ金持ちになるしかないのである。
それでも、昨日の野宿を考えれば格段にいいのだから仕方ない。
とりあえず風呂はレディファーストと言う事でティアミス、ウアガ、ニオラドのじいさん、俺の順になっている。
俺が最後になったのは一番下っ端だからと言う訳じゃない、最後にしてくれと頼んだからだ。
俺は風呂に行く時も、入ってからも数度視線がないか確認する。
そして、風呂場でラドヴェイドを呼んだ。
「ラドヴェイド……一体どうしたんだ?」
『ふむ、お前も違和感くらいは感じただろう?』
「違和感、あの教会か?」
『そうだ』
妖怪手の目こと魔王ラドヴェイド、奴は教会にいた時、一瞬驚きの感情が流れてきた。
それと俺の違和感が同じものだという確証はない、そもそも俺の感じた違和感は整合性の無さからくるもののはずだ。
「それがいったいどうしたんだ?」
『あれは魔道器によるものだ』
「魔道器?」
『魔族が作り出した己の力を封じ込めた器物、その中でもかなり強力なものが使われている』
「……それは、つまり人を操っているのがその器物のせいだというのか?」
『恐らくは間違いなかろう』
「ちっ、厄介なものを……」
『そうとも言えんぞ、込められた魔力が強いと言う事は……』
「取り込む事も出来るってのか?」
『そうだ、全てを吸収できるかはその魔道器の質にもよるが……』
「ゴブリン20匹に十分届くと?」
『全部上手く回収できれば100匹分より効率がいい』
これは……おれはパーティの目的とは別の目的が出来てしまったようだ。
多少強引にでもそういう方向に持っていく必要がある、ただ、今後に響くような結果を出すわけにはいかない。
しかも、俺に出来る範囲内で、パーティに真意を知られず、教団を敵に回さず、それでいて魔道器を自分の物に出来る方法。
そんな無茶苦茶な方法を探さねばならないという事に気付いた。
「本当に……俺にできるのか……」
『出来なくてもかまわんが、恐らく今回を逃せばゴブリン退治だけで半年以上かかるだろうな』
「ぐっ……」
振り出しに戻るのに半年もかけていてはいつ前進できるのか想像もつかない。
仲間に再開する前に他の仲間は元の世界に帰ってしまっていましたと言う事になっても俺にはわからないのだから。
偶然の幸運と見るべきか、破滅への誘いなのか、どちらにしろ俺にはイチかバチか賭けに出るしかないと言う事らしい……。