俺が危機を前に呆然とした時、目の前の山賊は討ち果たされドォと音をたてて崩れ落ちる。
その瞬間、山賊の背後に神官帽をかぶり、ワンピースの上から青い垂れ幕のような神官服を着た女性の姿が映し出された。
俺はそのまま固まったように動けなかった、その姿は知った顔だったからだ。
青く透き通るストレートのロングヘアと、吸い込まれるほど深く蒼い瞳、そして女神としか思えないほどに均整のとれた体。
勇者パーティにいた回復役、他にはありえなかった。
「お久しぶりですね。シンヤさん」
まだ煙の漂う中、俺のようにタオルを口にまいたわけでもない彼女だが、煙の効果を受けたようには見えない。
良く見れば背後に少女をかばっている、ハーフエルフの耳も確認したのでほぼ間違いなく依頼対象だろう。
「ええっと、ありがとうございます。助けてもらったのは2度目ですね」
「いえいえ、今回は私達も助けてもらったんですし」
「ええっと、他のパーティメンバーの方々は?」
「ああ、そうですね。実は魔王の復活が確認されなかったのでパーティが解散になっちゃったんです」
「なるほど……ですが」
「ちょっと待って、シンヤ。旧交を温めるのはいいけど。こいつ早い事縛りあげなさい。
他の奴らだって武装解除こそしてあるけど、ほっとくと何しでかすかわからないわ」
「ああ、それもそうだな。フィリナさんご同行願えますか?」
「ええ、構いませんよ」
フィリナさんは俺を見てからティアミスに微笑みかけた。
年齢ではほとんど差がないはずだが、そういった落ち着いた微笑みは俺にはとてもまねできない。
というか、俺は未だに震えが収まっていない。
フィリナさんはその事に気付いたのだろう、少しの間そっと俺の手を握っていてくれた……。
ウアガをさっと回復魔法で回復し、気付けの魔法まで使ってすぐさま動けるようにしてくれた。
途中、フィリナさんの連れがリールーであることを確認し、ほっと一息、一応クエストは達成と考えていいようだった。
話しながらもアジトからかなり離れ、もう一つ目の山は通り越した。
山間部の山道は相変わらず歩きづらいが、目的地の村までは同行願う事になっていた。
「私、最初は貴方達も山賊の仲間なんじゃないかって少し疑ってたんですよ。
でも、山賊の生き残りと戦ってましたし、シンヤさんの顔も見えましたから」
「そういえば、よくあの煙の中で平気じゃったのう」
「神聖魔法は浄化、禊、結界といった守るための術に特化していますから。
私とリールーちゃんには浄化魔法のコーティングを施しました」
「こりゃ一本取られたわい。おぬしが敵じゃったらワシらの完敗になるところじゃったの」
「ニオラド、そんなことより、リールーって。この子……」
「はい、山賊のアジトの近くまで来ていたらしくって、捕まっちゃったみたいです」
のほほんと話すフィリナさんに、しかし、俺は違和感を覚える。
考えてみればおかしな話だ、彼女がここにいる理由も、なぜ捕まったのかも。
「あの……なぜフィリナさんまで捕まってたんです?」
「さん付けなんて必要ないですよ。フィリナとだけ呼んでください」
「はっ、はあ……ではフィリナ、なぜ貴方が捕まっていたんです?
”明けの明星”にいた貴方だ、恐らくAランク以上の冒険者でもあるんでしょう?」
「ええ、皆のおかげで私もAランクにまで上げてもらいましたけど。そんなに凄いものじゃないんですよ。
だって、司教に任命されてこちらの国の司祭をまとめる仕事に就くことになったのですが……。
旅の途中の宿で寝ていて起きたら山賊のアジトに監禁されていました」
「お付きの人とかいなかったんですか?」
「いました、6人ほど付いてきてくれてたんですけど起きた時はもういませんでしたし、大丈夫なのかしら?」
「……」
それは、多分その6人も盗賊とグルだったと見るべきだろうな。
彼女がAランクである以上寝ている間に襲撃してもうまくいくとは限らない。
だから、眠り薬を料理に仕込んで、眠ったところを山賊にさらわせたというところか。
そして、理由もおおよそ分かった。
新参の司教ともなれば元々公国内にいた司祭連中は面白くないだろう。
袖の下やら、癒着、勝手な税の徴収、等など理由になりそうなものは容易に想像がつく。
とはいえ、俺が全て知っているという訳ではないのであくまで予測でしかないが。
それと、あの魔道器……構造が少しづつ読めてきた気がした。
日が暮れる頃、どうにか村へと戻ってきた俺達は早速ファーニスさんの家によって事情を報告数する。
ファーニスさんとリールーは抱き合い、俺達に感謝の言葉を言っていた気がするが、俺はどこか遠くに聞いていた。
解決できたのは嬉しいが、俺はまだあの恐怖が収まってはいない。
人と殺しあう恐怖、それは、他の種族に対してもあるものかもしれない、しかし、同族であるだけに嫌悪が強い。
そして、相手の生き足掻くその姿が向けられた殺意と重なり俺は……。
そう、俺は怖くなってしまった、冒険に関するあらゆることが。
まだこうして考えを巡らせているうちはいい、何も考えないでいるとあの姿がちらつき、足が震える……。
「ティアミス、済まないがちょっと席をはずしてもいいか?」
「ティアミスさん!」
「ティアミスさん」
「全く……、今日も村長さんの家で泊めてもらうから、そっちに戻ってなさい」
「了解」
恐らく気を使ってくれたのだとわかるティアミスの言葉。
俺はその後ふらふらとその辺を歩く、正直言ってもうこんな事はしたくないという思いでいっぱいだ。
元の世界に帰る事も仲間との再会も、もう俺にはどうでもいいようにすら思えてきた。
俺はこの先どうすればいいのだろう……どうすれば……。
『もうやめるのか?』
「ああ……こんな怖い思いをしたのは初めてだよ……」
『ふむ、お前の記憶には平和というよりは全てが他人事で済んでしまう、そういう記憶ばかりだな』
「そうさ……俺は誰かに頼られた事もない。向こうでは何をしたいかすらわかってなかった。
だから、この世界なら変われるかもしれないと思った、だけど……」
『ふむ、少なくともお前は冒険者になる事を目指しパーティに参加した。
体も鍛え、この世界の標準に近い体力も身に付けた
一応ではあるが結果は出ていると思うが?』
「ああ、ちょっとは変われたと思ったさ。
マーナちゃんや、ティアミスの事を曲がりなりにも助けられたと。
だけど、今回思ったんだ……あの山賊は必死だった、いや死に物狂いだったといっていい。
恐怖もした、けれど俺は同じだけ何かに必死になった事があったのかとも思った……。
そうなんだ……俺は……俺は何も出来てなんてなかったんだ……本当はちょっと格好がつけたかっただけの弱虫さ!」
俺はラドヴェイドに心の底をさらけ出して叫んだ、所詮手の目だから何もできないだろうという思いもあったのかもしれない。
そう、今俺は逃げ出したかった、今回の事は自分の命もそうだが、ティアミスやニオラドのじいさんまで巻き込んでいた可能性が高かった。
だから恐怖と、責任の重さという二重の苦しみを負っている。
それに、ビビってなかったとしても俺はあの山賊を殺せただろうか、死に物狂いで向かってくる相手だ。
例えば剣で打倒したとしても、最後まで抵抗してきただろう。
そう考えると身震いしてしまう……リアルという事の怖さに。
そう、フィリナさんがいなければ恐らくパーティは全滅していただろう。
『失うのが怖いか』
「怖いさ!」
『何を失うのが一番怖い?』
「決まってるだろ、自分の命に」
『ふむ……ならば諦めればいい。前にも云ったが我は1000年もすれば復活する』
「……ああ……好きにさせてもらうさ」
そう言って俺はとぼとぼと村を歩いて回っていた。
夜の村は家の明かりも少なく、星がよく見える。
そうして思う事はある、英雄になりたいとかそう考える自分のばかばかしさ。
この世界ならなれるかもしれないなんて思ったのは。
魔王の言葉に踊らされた部分もあるんだろうが、やはり自分でもそういう願望を持っていたんだろう。
恥ずかしくて口にこそ出さなかったが、俺だって特別でありたいという思いは持っていたのだ。
だが、所詮……。
「単なる妄想とおなじか……」
「そう思われますか?」
「ッ!?」
いつの間にか、目の前にフィリナさんが立っていた。
薄青い髪は不思議と夜の星空でも光をはらんで見える。
「えっと、いつからここに?」
「たまたま歩いている姿を見かけたので、付いてきちゃいました」
「はぁ……」
美人にストーカーされるのは嬉しいが、理由がわからない。
彼女には好きな人がいるはずだし何よりも俺のようなのと話すことなどないだろう。
「実はちょっとお願いがありまして」
「お願い?」
「はい」
「命の恩人の頼みですし、出来る範囲でよければ」
「ありがとうございます♪ じゃあ、この村の教会の場所教えてくれませんか?」
「分かりました」
彼女なら何も俺に聞く必要はないだろうと、少し不思議に思ったが大人しく案内をする。
恩人の頼みであるし、至極簡単なことでもあったからだ。
しかし、教会までやって来て俺は渋い顔になるのをやめられなかった。
何故なら、教会の明かりは赤々とともり、中には人がたくさんいるようだったからだ。
警備をしているだろう2人、中の騒ぎ声が少なくとも10人、とても教会とは思えない状況だった。
「あの……」
「一応ここがそうなんだけどね」
「そうなんですか……」
フィリナさんはその端正な顔を曇らせる。
理由は言うまでもない、一応なりと教会というものは質素倹約を基本としている。
この世界でも教会は孤児院等を作り、寄付をもらえば上納するか、孤児院等の福祉費用に充てるのが基本だ。
もっとも、ラリア公国は商売人達が集まり、爵位を買い取って自分達の領土だけ独立したという経緯をとる国だ。
元々のアルテリア王国は激怒して何度か軍を派遣した事もあるらしいが、傭兵部隊を数多く雇い入れその度にしのいでいるということのようだ。
何が言いたいのかと言えば、ラリア公国内においては他の場所の宗教観が当てはまらないという事。
今までは癒着とかそういう部分は地元の司教の下なぁなぁで済ませてきた経緯がある。
だからこそ、フィリナさんが司教として就任するのが邪魔だったのだろう。
「……だから私が派遣されたんですね。きっと」
「え?」
「私、レイオスの幼馴染だから、いろいろ優遇を受けてたんです。
でも、今度レイオスは婚約することになって、ソール教団にとって私はもう必要ないって事でこちらに飛ばされたって聞きました。
地位は上がっているのでそんなことないと思っていたんですけど。
これはやっぱり考え直さないといけませんね……」
辛いだろう事実を、朗らかに笑ったまま言うフィリナさん。
達観しているのか、それとも悪意に鈍いのか……。
それでも傷ついていないわけはなかった。
同情すべきはずなのだが、やはり俺なんかとは違うのだと、寂しさのほうが先に立った。
「さあ、落ち込んでいても始まりません。行ってみましょう!」
「えっ……いや、俺は……」
「花も恥じらう乙女をまさか一人で行かせたりしませんよね?」
「う”」
自分で言うか普通。
とか思っている間にも、フィリナさんは俺を引っ張って教会に向かって走る。
この先に待っているのが危険なものだという事はわかっていた。
何にせよ後ろめたい現場を彼女に押さえられる格好になるのだ、戦いは起こるだろう。
だがどこかで、俺はフィリナさんなら一人でも何とかしてしまうのではないかと考えていた。
その証拠にというか、フィリナさんは俺がついてきている事を確認すると堂々と正面から歩いて教会の門へと向かった。
だが当然ながら、その門にいる門番の2名がそれを見逃すはずもない。
フィリナさんは頬笑みを浮かべているが、槍を突き付けられた状況でどうして平気な顔でいられるのか……。
「どうしました?」
「ここは通さん」
「何人もこの中へ入る事は許さぬ」
「私は司教ですから権限としては入れないなんていう事はないはずですけど?」
「何度も言わせるな」
「何人も入れてはならんと言われている」
「そうですか、少しお仕置きが必要なようですね」
その言葉が終るか終らないかの内に、フィリナさんは素早くしゃがみ込むと一言発する。
「大地の禊(みそぎ)!」
すると彼女を中心に光が立ちのぼり周辺に向けて広がって行く。
光に触れた門番達はとたんに苦しみだし、口元から黒い霧を吐きだし始める。
そして、数秒痙攣していたかと思うとぱたりと倒れた。
「ふう……」
「凄い……」
「うふふ、これでも司教なんですよ?
それに、彼らはまだ洗脳から日が浅い上に術者のほうも強力とはいえないようですしね」
「術者の力は分かるけど日数も関係が?」
「ええ、洗脳されてから数週間程度なら夢で済ませる事も出来ますが、
もし何カ月、何年となるともうそれは人格の一部として根付いていますから……」
「洗脳を解いても元に戻らないと?」
「正確にはそれまでの自分とそれからの自分が融合してしまいます。
結果として洗脳前と洗脳後どちらかに近い存在になるか、新しい人格になるか、または整合性を欠いて精神が砕けます」
「結構賭けなんだな……」
「今回は幸い洗脳から間がない事が分かってますからね。
恐らく強力な魔道器を使ったんでしょうけど、手順を守っていないのか術に粗が目立ちます」
その辺りはまさにビンゴだ、ラドヴェイドが言っていた魔道器がその役目を果たしているのだろう。
だとすれば使ったのは神父しかいないわけだが……。
俺はフィリナさんに続いて教会に入り、中を見て唖然とした。
いや、神父も人の子だってことはわかってるけどさ。
教会の中でポールダンスやってるとは思わんかった……。
そりゃもう、エロ水着にしか見えない肌の露出というか、
局部しか隠れてね〜んじゃねえのっていうような裸同然の女性が数人くんずほぐれつポールの周りで踊っている。
そして、接待客そ思しき金持ちの服装をした男らと神父がホステスのねーちゃんみたいなのを連れて飲んでいる。
酒はワインばかりじゃなく、いろいろな種類のものが見られるし、そして何よりそこにはファーニスさんの妻であるエリーズさんがいる。
彼女もまたホステスのような露出の多い格好で神父にしなだれかかり酒を注いでいた。
「接待用の奴隷というわけか……」
「流石に私では一度に全員の洗脳は解けないでしょう。一度無力化する必要がありますね」
「無力化というと……」
「突撃! です!」
その言葉と同時にフィリナさんは蒼い髪をなびかせて本来祈りの場であるはずの聖堂に突入する。
俺もいつの間にやら中に入り込んでいたので仕方なく突入する羽目になった。
さっきこういうのはやめると決意したばかりだというのに……。
「何者っ!?」
「はぁ! てや!」
「ぐぼぉ!?」
あっという間に一人目撃沈、この場にいる護衛件給仕と思しき数人が寄ってくる。
しかし、フィリナさんは勢いを止めず2人目の懐に飛び込む。
ああ、考えてみれば勇者のパーティでも一番の俊足は彼女だったっけ……。
勇者に一番に追いついてきたのは単に愛の力かと思っていたけど、彼女は文句なく体術もトップクラスのようだ。
そんな事を考えているうちにも2人目が崩れ落ちる。
俺は流石に何もしないわけにもいかないと思い、倒れた相手をロープで縛りつけ、踊り子たちのほうへ向かう。
踊り子たちも当然洗脳は受けているので攻撃してくる。
俺は背中に背負っていた木の盾(大きめのナベブタ)を前面に押し立て、蹴り等をいなしつつ、転ばせて腕や足をロープで縛る。
まだ暴れようとするが、手足を縛られれば動きは取れない。
そうやって数人縛っている間に、向うもほぼ決着がついたらしい。
一通り色々な布(着ていた服等も)使って縛りあげながら、フィリナさんは俺に近づいてくる。
まず洗脳されている人達を一か所に集め、全員一気に治療仕様と言う事だろう。
だが、俺達はまだ甘かった、魔道器がその場にない理由を考えていなかった……。
突然、フィリナさんに向け、神父が石像をかざす。
どうやら、柱の中に隠してあったらしく、俺達は見つけるのが遅れていた。
まずい、と思った時にはもう俺は駆け出していた。
「フィリナさんあぶない!!」
「えっ!?」
フィリナさんを突き飛ばし、神父の石像からのビームをまともに受ける。
衝撃などはなく、しかし、次の瞬間、俺の視界は真っ黒になった。
そしてそのまま自分が沈んでいくのを感じた……。
沈んでいく…………沈んでいく…………。
どこまでも…………どこまでも…………。
ただただひたすらに…………。
暗闇の中を落ちていく…………。
俺は……そう、俺だ……。
私でも僕でもない、俺……。
しかし、昔は僕だった気もする……。
そう、思ったとたん、周囲の風景が一変する。
回りにあるのは、皆俺……。
僕だった頃の俺もいる、ただそれぞれはそれぞれのほうを向き何かをしている。
小学校の時の俺、あの頃はまだ僕と言っていた、そういえば石神と会ったのは低学年の頃だったな……。
俺は奈良から和歌山の学校に転校してきたばかりで友達もいなかった、だからか、色々な事にちょっかい出していた気がする。
特に喧嘩になってボロボロに負けたのはよく覚えている。
女の子の前でいい格好をしようとして失敗した最初のミスだった。
そして、笑える事にその女の子がみーちゃんだった。
後から見れば、2人は元から2人にしかわからない関係を持っていたのだ。
俺は後からちょっかいを出したお邪魔虫に過ぎなかった。
……。
いたたまれなくなった俺は、首を回して別の場所を向く。
そこにいたのは中学に入ったばかりの俺、石神とは不思議と波長が合ったのだろう、よくつるむようになっていた。
優等生の石神と何をやっても駄目な俺がつるむ様になった理由はわからないが、どちらかと言うと石神の方から話しかけてきた気がする。
みーちゃんは石神とよく話していたので自動的に話すようになり友人と言って差し支えない程度には仲良くなっていた。
だが、中学生になった俺達の前に強烈な個性を持つ2人が現れた。
てらちんとりのっちだ。
りのっちは最初大人しい少女かと思っていた、しかし、歌と踊りは見入ってしまうほどだった。
ただ、てらちんの前では傍若無人で、いつの間にか俺も巻き込まれることが増えた。
理由はわからない、しかし、巻き込まれて本当に困ったと言う事はない。
彼女の我儘がエスカレートしていくにはまだ数年を要する。
そういう関係でパシリ仲間としててらちんとも仲良くなった。
しかし、同じパシリとはいってもてらちんは当時から彼女候補が数人いた。
俺は心のどこかで羨ましいと感じつつも、態度の上では偉そうにしていた。
俺が僕から俺になったのもちょうどこの頃だ。
……。
虚勢とはいえ、その頃はさほど問題なく過ごせていたのだが、中学二年の頃事件が起こる。
俺と石神が仲良くしているのを見て、俺に対し女性のグループが脅しをかけてきたのだ。
曰く、お前は石神君の友達にふさわしくない。
もっといろいろ言われた気がするが、正直俺の記憶には残っていない。
その後の事件が強烈過ぎたからだ。
石神がそいつらに対し徹底的に論破し、彼女らを追い詰める言葉を言って、その後は無視すると言う行動に出た。
リーダの女の子は高慢な感じのする子だったが、その回りにいた子ら全員に対し同じ事をやった。
その中の一人がてらちんのクラスメイトだったことから石神とてらちんが喧嘩をする事になる。
石神は文武両道、喧嘩でも負け知らずという恐ろしいほどのキレ者だが、てらちんは古流剣術の継承者だった。
しかし、剣を持たない、素手での喧嘩においては石神に分がある、
学業の合間にボクシングジムに通い始めたころで地元では石神に喧嘩を売ってはいけないという不良たちの噂すら飛び交っていた。
最初は予想通りの展開で、圧倒的に石神が押していた。
しかし、話を聞いて駆けつけてきたその女の子が中止を呼びかけ、
同様に駆けつけてきた仲間と全員で謝り始めたころからてらちんの動きが変わっていた。
女性の涙をみるとキレるという、殆ど体質と化しているてらちんの性質が爆発し、
石神のフィニッシュブローにクロスカウンターを叩きこんだ。
ボクシングを習ったわけでもないてらちんがだ。
石神は、まだ動けるようだったが、足に来たらしくこれ以上は戦えない、俺の負けだとてらちんに勝ちを譲る。
だが、石神は目的を既に達成していたのだ、彼女らに俺の評価について謝らせるという。
どちらも凄まじかった、俺ではとても敵わない……。
そう感じさせるに十分な出来事。
……。
高校に入ってすぐ、俺は恋をした。
とはいっても少し計画的だったかもしれない。
坂下みのり……彼女は優しくて、可愛い子だった。
俺はこの子ならきっと俺が特別じゃない事に絶望しないでいてくれると思った。
もちろん、面食い的な意味でも良かったんだが、ときめきがあったのかと言われるとよく分からない。
ただ、この時すでに幼馴染みとなった4人に対し劣等感を持っていた事だけは間違いない。
だからこそ、早く恋人を作って落ちつきたいと言う思いもあった。
だが結果は……。
俺は現実に絶望した……。
……。
それ以後の俺は、家に帰ってはゲームに逃げ込むという生活を送り続けた。
高校にいる間、両親の死にすら泣く事も出来ず。
卒業後はすぐさま大阪に出てフリーターとして暮らした。
たまにりのっちがわがままを言って俺にパシリをさせる事はあったが、それ以外まともに人付き合いをした記憶がない。
そう、俺の人生は既に終わっていた。
単なる惰性で生きているにすぎない最低の……。
……。
そんな俺でも……この世界なら許されるのだろうか?
夢を持つことが、諦めない事が……許されるのだろうか?
そう考えながら日々を送っていた……。
しかし、それももう……。
『本当に全て終わりにしてしまうつもりか?』
ラドエイド……。
『お前が諦めなければ、この世界はお前を見捨てはしない』
だが、現に……。
『現にお前は生きているだろう?
それに30分程度なら洗脳の効果を無効にできるとも』
……ああ、そういえば……。
『少し洗脳装置のシステムを把握するのに時間を食ったがもう大丈夫だ。後は……』
後は……目を……。
「開ける!」
その言葉は俺自身の口から発せられていた、そして目も暫くくらんだものの意識がはっきりしてくるにつれて見えるようになる。
俺はいつの間にかショートソードを持っていたらしかった、恐らくは神父の命令で彼女を攻撃していたと言う所か。
そして、時間が殆どたっていない事に気付く、時間がたっていれば俺が彼女に倒されていないはずがないからだ。
大きく振りかぶっている最中だったので、わざと体勢を崩す、そして、ショートソードを神父に向けて投げつける。
「なっ!?」
起こり得ない事が起こった事実に神父は体勢を崩しショートソードを石像で受けた。
だが、俺は崩れた体制のまま転がりつつ神父の元に向かう。
そして、まだ体制が整っていない神父の横から石像をかっさらう。
次の瞬間、フィリナさんの掌底が神父の腹にめり込んでいた。
倒れて気絶する神父はカエルのようだったと言っておこう。
それから俺とフィリナさんは協力して全員を一か所に集めた。
フィリナさんはまとめて全員の洗脳を解く。
教会が出来たのが最近だけあって、洗脳は浅いらしい。
「ふぅ……ありがとうございます。私一人だったら今頃どうなっていたか……」
「いや……俺も危なかったし……」
「でも凄いですよ。洗脳をはね返すなんて並の精神力では無理です」
「あーいやー……」
単にラドヴェイドが洗脳を解析して解除してくれただけなのだが。
俺は実際洗脳されかけてたし。
とはいえ、正直に言う事も出来ない。
「これで助けられたのは二度目ですね。何かお礼をしないと♪」
「いや、俺は最初に助けられているし、それに山賊にしろ今回の事にしろフィリナさんが殆ど……」
「フィリナでいいですよ♪」
「はぁ……」
「うーん、今は手持ちがありませんね……なので一つだけ、多分シンヤさんが悩んでいる事に関して言わせてください」
「えっ……ああ」
「シンヤさんは結果を出しています。途中経過がどうあれ結果に結び付けている。
その過程で何があったとしても、皆は信頼していると思いますよ」
「信頼……俺が……ですか?」
「ええ、きっと」
フィリナさんは俺に対して微笑みながらそう返す。
俺はその頬笑みに対してどう返せばいいのかわからない。
ただ……この世界にきてから俺は女性に対しては運が向いてきているのかもしれないなと少し思った。
俺は魔道器をフィリナさんに引き渡し、村長の家へと戻る。
すると、家の前にティアミスが立っていた。
「待っていてくれたのか?」
「まさか、そんなわけないでしょ。ちょっと星を見ていただけよ」
「そうか……」
「そうよ……」
ティアミスのツンデレのような不器用な心の使い方に俺も思わず微笑む。
そいえばいつの間にか俺はまた戦えていた、あの神父と。
色々と悩んだ割には行動するときは迷いもしなかった。
それは不思議な思いだ……。
だが、だからこそ、山賊に対する恐怖は失われていないかもしれない。
しかし、フィリナさんに言われた事、ティアミスが待ってくれていた事。
それらが俺を後押ししてくれる。
だから、もう少しだけやってみようと思えた。
『そうそう、さっきの魔道器から魔力は根こそぎ奪っておいたぞ』
「え!?」
「どうかした?」
「いや、いやいやいや……なんでもない」
「怪しいわね何かあったの?」
「あー。フィリナさんが教会のおかしな雰囲気を元に戻してくれた」
「え? それって……」
「まあ、そういうこと」
「はぁ……あれだけ怖気づいてたのに。すぐさまこれ……アンタも物好きよね」
「いや……まあ成り行きで……」
俺は言いわけでしどろもどろになりながら、それでも受け入れてくれるティアミスに感謝していた。
俺はまだ終わってはいないのだと、そう感じる事が出来ていた。