んっ……あれ?
ここはどこだろう?
フワフワとしてて……ええっと……蒼い?
ああ、そっか空の上だ……飛行機なんかから見る景色と同じ……。
ってえ!?
「ええええええええええッっ!!!!????」
そう、気がついたらあたしは空の上にいた……。
気がふれたと思うかもしれないけど、地面がはるか遠くに見えるのがその証拠でなくてなんなのか!?
動転して考えが空滑りしていく……というか、この状況で何を考えても意味はないし。
「でもっ、ちょ、なんで……あたしが落っこちなきゃなんないのよー!!!??」
ドップラー効果的に声を木霊させながら落下していく、ちょっとだけ面白いとか考えたのは恐怖がマヒしたからだろうか。
ともあれ、このまま落下すると飛行機に乗ったわけでもないのに墜落死なんていうありえない事態が起こってしまう。
私は必死に周囲を見回す。
もちろん、こんな空のど真ん中に落下を防げるようなものはない。
分かってはいるんだけど……。
その時の混乱した思考ではそんな事頭からすっとんでいた。
「だぁれかぁぁぁぁ!!!! なんでこうなってんのか説明しなさいよぉぉぉぉぉ!!!!
もちろん意味なんて考えてない。
だけど不思議と夢だとは感じなかった、その理由はまあ簡単で、混乱するほどの恐怖と命の危機を前に夢だなんて思える人間はいないからだけど。
いや、夢の時もそうでしょ?
落ちてる夢の時、これは夢だと思えばとたんに現実感がなくなるし、でもそんな甘いものじゃない、確かに落ちている実感があったから。
だけど、こんな混乱した思考で放った言葉にもこたえる声はあった。
半透明で白髪の爺さん……髭が地面までつくんじゃないかってほど伸びていて白いローブみたいなのをを着ている。
『お困りのようじゃな』
「困ってるに決まってるでしょーーーー!!!」
半透明の爺さんはあたしの落下に速度を合わせ、しかめつらしく話しかけてくる。
私はピンときた、絶対これやってるのはこのじいさんだって。
「あんたがやったんでしょ!!」
『こんなところに出るとは予想外だったが、確かに』
爺さんは悪びれるでもなく、あたしを見ながら言う。
この爺さん、明らかに人の事なんて何とも思ってないわね?
「あんたの仕業なら、何とかしなさいよ!!」
『助けてもかまわんが、代わりに我の願いを聞いてくれんかな?』
「交換条件以前に、あんたのせいでしょうが!!!」
『ならば、私は放置するだけだ。この高さから落ちれば一瞬でばらばらに飛び散る事請け合いだが構わんか?』
「構うに決まってるでしょーが!!!」
この爺さん、そこ底意地悪いわね……。
絶対何か企んでるんでしょうけど、殺されるのもまっぴらだし。
話だけは聞いてみるか……。
「わかった、わかったわよ!! とりあえず話は聞いてあげる!!」
『ふむ、あまり時間がないが……、まあ簡単な話だ』
「簡単?」
『まず、この世界はお前の知る世界ではない』
「異世界とかそういうのだっていうの?」
『そういう事だ、そしてここでのお前の身分はソール神の使いとなる』
「あんたがそのソールってわけ?」
『いいや、ソール神の使途と呼ばれるものだ』
「じゃああんたがやればいいじゃない!」
『民衆の心を捉えられる存在が必要なのだよ』
あたしはソール神とかいうのが凄まじく嫌いになった。
だけど殺されてもたまらない、とりあえず受けたふりをしておく事にするしかないようだった。
だって、地面が見えてきちゃったもの……。
「わかった、了解っ! とりあえずやってみるから助けて!!」
『本気か?』
「本気も本気よ! 死にたくなんてないもの!」
『そうか、では契約を』
「契約でも、規約でも、膏薬軟膏でもいーから、助けてー!!」
地面はもう、後数秒もすれば私とランデブーするだろう。
もう駄目っ!!!
そう思った瞬間、私の周りが淡い光に包まれ、背中から光の翼? らしきものが出現し羽ばたきながら減速していく。
それでも普通に考えれば間に合わないんだけども、減速によるGも何も感じないまま速度がゆったりとしていった。
良く見ればあたしの額が輝いている、額の光は女性のマークに似ていた……。
そして、どうにか着地……でも、この人だかりはなんだろう?
『ここはソール教の聖地アウルテスラ、お前は神の啓示を受けて降臨したという事になる』
「ッ!?」
周囲の騒がしさの原因は私がここに着地したかららしい。
使途とやらは、既に姿も形もなく、私を放り出していったのは間違いない。
つまり……この中で私に神の御使いとやらをやらせるにあたって方針すら教えていかないつもりなのだ!
あたしにいったいどうしろってのよー!!!
「御使い様!」
「おお! 見た事もない装束だ!」
「美しいお姿だ!」
「神よ感謝します!」
「御使い様こっち向いてー!!」
いや、なんつーか、行き成りなじまれても困るんですけど……。
私はどうしていいのか困りつつ愛想笑いを浮かべて見せるしかなかった。
そうして暫く、拝みたいのか、話しかけたいのか、よくわからない集団にもみくちゃにされていると、突然人の波が割れた……。
「あれは……」
「法王様!!」
「猊下!」
信者と思しき人々は一瞬でかしこまると、皆道を開け皆平伏する。
法王と呼ばれた小太りの爺さんは柔和な表情で手を振り、私のほうへと歩みよってきた。
さすが法王というか、後ろには護衛なんだろう、鎧を着て槍を持った人が何十人も並んでいる。
「御使い様、ご降臨下さり我ら信者一同嬉しく思っております」
「ええっと……」
「下界に戸惑われる事もありましょうが、どうか我らをお導き下さりますよう」
「えっ、はぁ……」
小太りの爺さんは何やら難しい言い回しであたしにいろいろ言ってきたけど、ようはあれね。
神輿になれって言ってるって事でしょう。
「つきましては我らのような矮小なるものは、貴方様の事が心配でありまして、下界に来た事で不具合がないのかと」
「不具合?」
「つまりは……今まで出来た事が出来なくなっている等という事はないですか?」
「……」
ああ、なるほど、神の御使いならそれを示して見せろってこと。
そんなこと言ったって、私には特殊な力なんてない、そもそもがあの使途、何にも私に言わなかったし。
行き当たりばったりにもほどがある! 責任者出てこい!!
ええい、こうなりゃやけっぱちだっ!! どうなっても知らないからねッ!!
「そういう事はないです。あたしに出来る事は一つだけですから」
「一つだけ?」
「はい」
そう言ってから、あたしは唐突に歌い始めた、アカペラで、自分の知るバラードの一つを。
綾島梨乃(あやじま・りの)がリノとして歌ってきた歌手としてのプライドをかけて。
ただ、全力で歌った……。
すると、歌に乗せてなにやら光の粒子のようなものが漂ってくる。
ううん、よく見れば一つ一つが小さな人型をしている。
でも皆、半透明で、消えたり現れたりを繰り返している。
イルミネーションみたいなものかと思っていると、あたしの歌に合わせて音を出し始めた。
輪唱に近いけど、ボイスパーカッションのようなものだろうか、追走する歌には意味は感じられない。
でも皆楽しんでいるなと感じられた。
あたしもノってきたので、歌のテンポを上げてみたり、どんどん連続して歌ったりした。
多分半時間ほど、ちょっと変わったコンサートが続き、一呼吸して頭を下げる。
ここで通用するのか分からなかったけど、コンサートが終わった印。
気がつくと、信者も、法王の爺さんも、鎧の男たちも呆然と立ち尽くしていた。
「なっ、なんと……精霊を従えるとは……。
それも100や200ではない……恐らく数千に届くほどの数を一度に……」
「えっ?」
「いえ、申し訳ありませんでした……試すような事を言ってしまい」
「ああ、まあ普通胡散臭いと思うんじゃない? 私もそうだし」
「そう申していただければ、こちらも救われます」
法王のじいさんはひたすらへーこらしていた。
まああれよね、あたしの力っていうよりその精霊ってのが沢山来たからそう思っただけなんだろうけど。
私は運はいいほうの……はずなんだけどなぁ……。
こんな世界に来た時点で運がいいとは言えないか……。
とはいっても、気になる事はあるけど……。
あの時穴に落っこちたのがあたしだけなのか、とかね。
法王のじいさんはあたしにへいこらしつつ城のような場所に案内した。
因みに、大聖堂なのだそうだけど、言われないとピンとこない。
そういうシンボルとか飾り付けは確かにあるけど、同時に聖堂騎士とかいう騎士が結構な数常駐しているし、
周囲には高い壁、堀なんかもある、明らかに戦争を想定して作られたものよね……。
日本でも昔は本願寺の僧兵のように軍隊を持った宗教というのはあったけど、大抵ろくなものじゃない。
政治機構とは別の軍事力なんてどうやって維持するのかとか考えだしたら頭が痛くなる。
そもそもあんまりそういう事は詳しくないのよあたしは。
殆どが石神とまろの受け売り、まあまろのはゲーム知識だろうけどね。
「さあ、こちらへ」
「えっ……ええ」
しかし、あたし流されてるなー、こういうのはあたしの領分じゃないはずなんだけど……。
もっとこう……、あっ……そうか、あたしは……。
少し鬱になる、考えてみればあたしが今の性格になったのは中学生になってからだ。
あの二人への態度が段々表に出てきて、最終的に今の性格で落ち着いた。
生意気で、わがままで、自信家。
最近じゃあたしはこの性格が普通なんだって思ってたけど……。
ううん、だからこそ、今も同じでなくちゃいけない。
流されないようにしないと……。
でも見極めないといけない事が多すぎる……。
「さあ、ここが聖堂です。我らが神ソール様の」
そう言って教皇の爺さんが見せたのは、1000人は入れそうな巨大なホール。
その一番奥に、一体の女神像が鎮座している、女神像は右手に天秤を、左手に稲穂を持っている。
法王の爺さんが言うには、天秤は善悪を図り、冥界での裁きを行うためのものであり、稲穂はこの世に豊穣をもたらすためのものらしい。
つまりは、2つの側面を持った神様という事のよう。
「それで、あたしに何をさせたいの?」
「いえ、本日のようにこれからここで歌っていただければと思いまして」
「うーん、そうね。暫く厄介になるわけだし、その間くらいなら構わないわよ」
「本当ですか!?」
「驚くような事じゃないと思うけど……」
「いえいえ、本日聞かせていただいた歌はとても素晴らしいものでした。精霊達まで引かれて寄ってくるとは。
神の賜物としか思えませぬ」
「……その代わり、衣食住の保障と、この世界の事について教えてくれない?」
「構いませんが……私もあまり時間がある身ではありませんので、この者をつけます。質問等は彼にして頂ければ幸いです」
「リグルド・カフマーンと申します」
「はじめまして、あたしは綾島梨乃(あやじま・りの)、よろしくね」
法王の爺さんが去り、騎士らしきその人とあたしの2人きりになった。
私はちょっとラッキーとか思った。
リグルド・カフマーンとかいうこの人、多分まだ二十代だとは思うけど、渋い感じだし、金髪碧眼堀が深い顔。
更に180を少し超えたくらいの身長に、鎧の着こなしを見れば筋肉質なのがよくわかる。
そのくせ、引き締まった体をしているみたいだし、ブ○ピを真面目っぽい性格にしたらこんなかなッて言う感じ。
でも、その分話を引き出すのに苦労した……。
「はい、ここは神聖ヴァルテシス法国、西にアルテリア王国、東にメセドナ共和国という大国に挟まれた国家としては小さな国です。
しかし、ソール教は世界中で信奉されているため、実情は世界に号令出来る国ともいえますが」
「ふーん」
少し誇らしげにリグルドが話す。
まあ自分の国だもんね、当然そうなんだけど……。
さっぱりわからない、大陸そのものがよくわからないのに、国の配置なんて更にさっぱりだ。
それに正直、宗教とかはあたしにはわからない、だって、自分の力でのし上がってきたっていう自信と実績が今までを支えていたから。
ともあれ、問題は帰る手段だ、早く帰らないとスケジュールが詰まっている。
ファンタジーな世界に送り込まれた事はわかるけど、こっちの事情も考えてっていうの!
「それで、御使いって今まではどうしてたの?」
「今まで……でしょうか……私どもの知る限り御使い様が降臨されたのはこれが初めてなので……」
「初めて……」
やる事やってさっさと帰るという方法が駄目になった……。
出来れば今日中にも帰りたかったのに……、いいえ、駄目よ今あきらめちゃ。
ファンタジーの世界なんだから、元の世界に帰る魔法とかそういう理不尽なものもあるはず。
そうやって、片っ端からリグルドに聞き続けたけど、結果分かったのは都合のいいものはないという事実だけ。
思わず絶望して座り込んでしまった。
「御使い様、お疲れですか? それならばお部屋に案内いたしますが」
「あーよろしくね」
大聖堂を抜けて場内の裏手に回ると、居住区と思しき場所に出た。
そこの中でも一番奥にある、広い部屋、ホテルのスイートルームを思わせる調度を施した部屋に通される。
ロイヤルスイートじゃない辺り微妙にお国事情なのかな? それとも信頼されてない?
どっちでもいいけどね、長居する気はないし。
「所要がありましたら、侍女にお申し付けください。私は部屋の前で待機しております」
「ありがと」
そう言って、あたしは部屋の中に入る、手前には2人門番と思しき見張りがいたし、かなり警戒されているのかしらね。
はじめてなら当然か、それにしてもあの使途とかいう妙な奴……どうにかして仕返ししないと気が済まないわね。
そんな事を思いながら部屋に入ると、メイドさんが2人深々と頭を下げて挨拶してくれた。
「お疲れ様です。御使い様、私は本日より貴方様にお仕えする事になりましたメロアと申します」
「同じくアトレアと申します」
「「身の回りのお世話を全て承っておりますので、どうぞよろしくお願いします」」
綺麗にハモる2人、メロアは青いストレートの髪を真っすぐのばした(どうも天然に青いみたい)小さめの少女。
アトレアは対照的に体も大きく褐色で髪の毛が赤い、ショートヘアの少女。
メロアが大人しいタイプなら、アトレアは元気良さそうな感じね。
でも、二人ともかしこまって、ううん、緊張でこわばっている感じ。
やっぱりあたしが神の御使いって事になってるからよね。
「そんなに緊張しないでもいいわよ。別にとって食うわけじゃないんだから。
こちらこそよろしくね、私は綾島梨乃(あやじま・りの)、リノって呼んで」
「ええええ……そんな恐れ多い……」
「御使い様でお許しを……」
「だーめ、あんまり他人行儀だと身辺を任せづらいでしょ」
「うう……分かりました、リノ様」
「よろしい」
とりあえず、関係性を構築しない事には、身の回りを任せられない。
っていうか、御使い様なんて呼ばれても、私が自覚できないし。
ともあれ、私は侍女たちに幾つかお願いをする、まずお茶、そして色々な情報を知るため図書館があるならその使用許可。
そして、今日は疲れたので風呂の用意をしてもらおうと思ったのだけど、シャワーが限度みたい。
というか、シャワーにしたところで、魔法でどうにかシャワーになっているらしい。
一般は手桶で体を洗うのだとか。
何とも困った世界ね……正直、これだとどれくらい衛生観念があるのか心配だわ。
そうなると、生水を飲んで腹を下す可能性もたかいわね。
出来るだけ加工した物だけを口にするようにしないと。
順番を入れ替えてシャワーを浴びた後お茶をする事にした、お茶は紅茶で、基本的なアールグレイに近い。
もっともこの世界のお茶がどんなものかなんて私にはよくわからないんだけども。
そして、図書館を直接使う事が許されない(多分教会の秘密になる様な本もあるってことね)ため、本を持ってきてもらう事にした。
頼んだのは歴史書、世界地図、最近の出来事をまとめたもの。
この3つ。
全部持ってきてくれたのはいいけど、頭が痛い事に、言葉は通じるのに文字は全然違うものだった。
あたしは半ば絶望して、仕方なく侍女たちに読んでもらう事にした。
それで色々なことが分かった、まず大陸の歴史は開拓の歴史らしい。
魔物が跋扈するこの大陸で少しづつ魔物を押しこみながら領土を広げ、今は大陸の半分を人類側が持つまでになったとか。
どういう世界なのかは分からなかったけど、つまりは、この世界、ずっと魔物と戦争をしている状態みたいね。
2つめ、人類側なんていったけど、亜人と呼ばれる人に近いけどそうではない種族が何種類かいて、友好を結んだり敵対したりしているみたい。
3つめ、人類の領土は大きく見て3つの大国とそれ以外の幾つかの小国で成り立っているみたい。
4つめ、この世界には魔王がいて、人類を滅ぼそうと考えているとか。(ステレオタイプねぇと思ったけど)
5つめ、つい先日勇者一行がその魔王を倒したらしい、そして、その中にはソール教の司祭もいたと言う話。
最もどの情報も、私にとって必要なものではなかったけどあくまでここで生活するための知識として必要だろうと考え聞いておいた。
「ふぅん、でも正直国家同士とか、そう言うレベルの事はわからないし、魔王と勇者にしてもねぇ……」
「いえ、勇者はいいですよ! 特に同行なさっている、フィリナ・アースティア様は聖女と噂されるほどの方ですし」
「へぇ、どういう子なの?」
「優しくて包容力があって御美しくて……あ、もちろん御使い様には敵いませんが……」
「いいのよ、あたしは今日来ただけの新参者よ? それよりなぜその子が聖女って呼ばれてるの?」
「その身に宿す巨大な回復のお力故です。
普段はあまりお使いになられませんが、一度ある村が疫病で苦しんでいた時にお一人でその村を救った事があるといいます」
「へぇ、凄いのね」
「それはもう、あのお方こそ次代の法王ではないかと考える人も少なくないと聞いております」
「そうなの……」
凄い子もいるものねと思う、あたしだって歌なら負けないと思うけど、そういうのとは方向性が違うし。
でも、この世界では魔法が普通にあるんだしね……。
あたしも練習すれば何か使えるようになるんだろうか?
まあ、今のところ使いたい魔法なんて元の世界に戻る魔法くらいだけど。
そういえば、まろはああいうの好きだったわね、ゲームとかもそっち系が多かった気がするし。
まろといえば……私たち全員あの穴に放り込まれたような気が……。
その日、結局色々な事を聞いたけど半分も頭に入らなかった。
だって、もし幼馴染の5人全員がこちらにきているなら……それはスケジュールなんかよりももっと重大な事態だから。
深夜になり、侍女の2人が退室した後、私は部屋の隅に言って呼びかける。
きっとあの使途のクソ爺は聞き耳を立てていると思ったから。
「使途の爺さんいる?」
『……もっと敬意を払え』
とたんに半透明の爺さんが出現する、爺さんが本当にここにいるのか、それとも映像だけ送ってきているのかはわからない。
でも触れられない所を見ると、映像なんだろうなと思う、魔法の事もあるし。
まぁ兎も角、監視されている事はわかったし、あたしがやっている事はこの爺さんの眼鏡にかなっていると言う事か。
それも腹立たしいけど、今はもっと重要な事があった。
「もしかして、あたしの幼馴染み達も同じようにどこかに飛ばされたの?」
『ああ、魔法が競合を起こしてしまったらしい。幾つか同時に召喚魔法が唱えられた』
「それで、他の子たちはどこへ?」
『それを聞いてどうするつもりだ?』
「もちろん探すにきまってるでしょ」
『それは困るな、お前には神の御使いでいてもらわねばならん』
「それは期待外れでごめんなさい。あたしにとっての優先順位は親友が一位なの」
『だが、見つけた所でお前には何も出来んよ。呼び出したものたちがいる以上』
なるほど、皆それぞれに誰かに呼ばれて飛ばされた、なら当然近くにいる可能性は少ない。
でも、そうなら余計にあたしから探しに行かないと……。
そう思った時、あたしは体が動かなくなっている事に気付いた。
『所で、お前は契約をした事を忘れてないかね?』
「契約……もしかして……」
『お前が御使いから余りに離れた行動を取ろうとした時は、行動を縛る事になっている。
代わりにお前に危険が迫れば、結界が作動して敵の侵入を阻み、落下の衝撃も吸収し、毒も浄化される』
「至れり尽くせりってわけ……」
『それから、ソール教団で教えている魔法は全て使えるようにしてある。お前は御使いとして、ソール教団を庇護し、導け』
「なんで……、信仰心のないあたしなんかを……」
『だからこそだ、下手に信仰心のある人間では、力をつければ戦争を起こす。それでは困るのだよ』
「一体何のためにそんなに必要なの」
『魔族を滅ぼすためだ』
「……」
その時の爺さんの口元こそ、悪魔の微笑みに見えた……。
おぞけが走り、あたしはあとじさる。
『もう質問はないのかね?』
「……ええ」
『ならば失礼するとしよう』
「さっさと行って……」
あたしは一瞬でも早く、この爺さんから離れたいと思った。
魔族……一体どういう存在なのかわからないけど、あたしには関係ない事だ、だけど操り人形のように動きが制限されてしまった。
あたしは自分がとらわれの身である事を自覚した。
このままでは取り返しのつかない事になってしまう、その事だけははっきりしている。
幼馴染達に会う前にあたしは爺さんのかけた魔法を何としても解かなければならない……。
そうでないと、巻き込んでしまうかもしれない。
あたしの支えがなくなってしまうかもしれない……。
それだけは何としても止めなくては……あたしは、密かに決意した。
だけど、あたしの心はとてもではないけど平静を保てている自信はなかった。
「こんなのでやっていけるのかな……」
不安だけがあたしを包んだ……。
心の中で思い人の名をつぶやく、今のあたしにはそれしか許されていないのだから……。