ソレガン・ヴェン・サンダーソンと名乗った男はキョロキョロと店内を見回しながらアコリスさんを探している。
このままでは厨房まで入って来かねないので俺は一歩前に出るようにして道をふさごうと前に……。
しかし、その一瞬前、フランコさんが男の行く手に立ちふさがる。
筋骨隆々で190cm近いフランコさんが通せんぼをすると壁が出現したようになる。
40代とはいえ、今まで表通りで夜も営業する食堂をやっていたのだ、荒くれの相手も手慣れたものだろう。
しかし、ソレガンはフランコさんの前に立っても見劣りしない男だった。
流石にフランコさんほど筋肉は付いていないものの190cm近い身長、
黒髪をカールさせ背中に垂らしている様はあまり男らしいとは言えないが、その表情は獰猛といっていいものだ。
それに、筋肉だってフランコさんと比べれば細いとはいえかなり付いている。
そんな体つきなのに、服装は金色のマントに銀鎖を無数にあしらった貴族などが使っているYシャツ、金色のベスト、紫色のピッチリパンツ(ズボン)。
両手の指には指輪が幾つもはめられ、目の周りはアイシャドウだろう、真っ黒だ。
元はおそらくイタリア系の二枚目だろうに、服装が痛すぎて皆引いている……。
「フランコ、君と会うのも久しぶりだねぇ」
「はい、ご壮健で何よりです。ソレガンぼっちゃま」
「ぼくももうぼっちゃまとか言われる年でもないんだけどね?」
「私にとってはいつまでもぼっちゃまですよ」
「クッ、まあいい。それよりもアコリスはいるんだろう?」
「生憎アコリスは今買い出しに出ておりまして……」
「ふうん、じゃあ待たせてもらうよ。まさか帰ってこないってわけじゃないだろう?」
「それは……」
「それまでは、貸切りにしておいてくれたまえ。もちろん十分な報酬は出す」
「しかし、お客さんが……」
「なあに、簡単だよ」
そう言うとソレガンは、金貨をぎっしり入れた袋から、お客に1枚づつわたし、今日は貸し切りにしたいと伝えた。
もちろん一人でやったわけではなく、お付き数人にも手伝わせていたが。割合い律儀なのだなとは思う。
客たちは思わぬ収入にホクホク顔で出て行く。
プライドでは腹は膨れないのだ。
つーか十万もくれりゃそりゃね……。
そして、フランコにも10枚ほど渡す、100万円分という事だから、一日の収入よりかなり多い。
待ち桜亭の客は朝食、昼食、夕食と通算しても多くて一日200人程度、
一人平均銀貨1枚(1000円)としても金貨2枚(20万円)だから、5日分くらいにはなってしまう。微妙にリアルな数字だ。
「これで何も問題はないだろう?」
「えっ、あ……はあ……」
フランコさんは困っていた、そもそも関係性はよくわからないが、見た目と二人の交わした言葉から予想するなら、
公国の設立の問題から見ても大商人か元商人の貴族というのが妥当か?
ぼっちゃんと言われているなら家督はまだ父親辺りが持っていると思える。
まあ例外もあるが……どちらにしろ金持ちの子息という事で間違いないだろう。
ソレガンは真ん中のほうの席にどっかと腰を下ろすとお付きと思しき女達に指示を出す。
聞こえた限りではアコリスさんを探すように言っているようだ。
それから、給仕をしているおばちゃんに注文を出している。
「一体どういう事なんです?」
俺は隠れているアコリスさんに小声で聞く。
アコリスさんはいつもの快活そうな顔ではなく、困った顔のまま厨房の下に潜り込んでいた。
確かに厨房に入り込んでこない限りは問題はない、しかし、いつまでも隠れる事は出来ないだろう。
状況によっては訴える必要も出てくるかもしれない。
ただ、どちらにしろ俺は部外者に過ぎないうえに、事情もよくわかっていない。
勝手な想像で相手を決めつけるわけにもいかなかった。
「うーん、ちょっと昔ね……いろいろあったのよ。
ったく、肝心な時に限っていないんだから、ロロイの鼻たれッ!!」
とっさに声を荒げてしまい、口をふさぐアコリスさん。
幸い金をもらって出て行く客の喧騒にまぎれて向こうまでは届かなかったようだが……。
ロロイって確か、勇者パーティの盗賊だったよな。
そう言えばこの店を紹介してくれたのもロロイさんだったな。
ひと癖ありそうな顔してたけど、アコリスさんとは割と深い仲なのかもしれない。
「ごめん、じゃあとりあえず。フランコに地下に行っとくッて言っておいて」
そう言うと、アコリスさんは厨房の床の一部を立ち上げてそこから階段を下って行った。
床を閉じて行く事も忘れない。
しかも閉じると不思議と割れ目の線が目立たない構造になていた。
まあ、料理台の影になっているから分かりにくいのだろう。
だが、当然ながらソレガンは店内で待ち続けている。
明らかに売上妨害なのだが、フランコさんに聞くと例えそうでも迂闊に追い出すわけにもいかないそうだ。
なんでも、ソレガンの家であるサンダーソン(どっかの軍曹みたいな……)家という所はラリア公国内でも有数の豪商であり、
商人の国であるラリアにおいては貴族でもある(公国内での爵位は買い取り制)。
国外においては蔑まれたりする事もあるが、ことこの国においては本物の貴族なのだ。
当然下手に逆らえば無礼討ちもありえるほどで、権力構造の溝を感じざるを得ない。
「だがまぁ、ソレガン坊ちゃまはそれほど悪い貴族ではないんだ。ただなぁ……」
「アコリスさんに事になると見境がなくなると?」
「そう言う事だ」
これはまたたちが悪い、悪人なら裁けばいいという面もあるが、
そうなると支持する者もいるだろうし、力技で解決というわけにもいかない。
とはいえ、力技に関しては元々甚だ自信などないが(爆)
「それじゃあ……、アコリスさんとロロイさんの関係はどうなんです?」
「……そうか、お前はロロイの紹介だったな」
「ええ」
「幼馴染みという奴だな、ロロイは悪ガキで、アコリスはその世話を良く焼いていた」
「じゃあ、アコリスさんもロロイさんの事まんざらでもないという事ですか?」
「恐らくは……」
ふむ……、それはなんというか。
ごちそうさまな関係だな。
「じゃあソレガンはアコリスさんとどういう出会いを?」
「なんというかな……坊ちゃまは周りに金を介した存在しかいなかったんだ」
「あー、それで金でなびかないアコリスさんに好意を?」
「そう言う事だ、信用できる人間だと思えたんだろうが……」
「そう言う事なんですか」
こりゃまたありがちな……。
しかし、そうなると結局……、
今やっている事が金でなびかないアコリスさんを無理やり金でなびかせようとしているという結果にしかならないのでは。
「やってる事が矛盾してませんか?」
「さっきも言っただろう、金を介した関係以外を知らなかったと」
「なるほど……」
つまりは、自覚していないと。
元々明朗快活なアコリスさんが直接抗議するんじゃなく逃げ出すくらいって事だから勘違いっぷりもかなりのものなんだろう。
分かってもらうにはかなり骨が折れそうな話だな……。
「おい、そこのお前」
「えっ?」
どうやら、考え込んでいたらしい。
いつの間にやらカウンター前まで来ていたソレガンが俺を睨みつけていた。
「えっと、何かご注文でしょうか?」
「そんな事はどうでもいい。お前は従業員なのか?」
「はい、そうですが」
「確か”待ち桜亭”では特に従業員の募集をしてはいなかったはずだ」
不審そうな眼で俺を見てくるソレガン。
化粧で隈どりされた目が歪められている。
どう見ても不審者を見る目である。
いやまー、むしろ今の状況、不審者はアンタだと思うぞ。
と、心の中だけで思いつつ、とりあえずなぜ雇ってもらえたのかを話す事にする」
「実はロロイさんのご紹介で……」
「なにぃ!!? ロロイだと!!」
「ッ!?」
突然ソレガンは目をむいて俺を睨みつける。
身長190cmの体格のいい男から怒鳴りながら睨みつけられれば身がすくむのも仕方ないと思う。
実際、俺は170に微妙に届いていない、頭半分以上の差があるのだ、手足の長さや筋力も当然……。
「貴様ロロイの手下なのかッ!!?」
「いや……、助けられた事があるだけだが……」
思わず店員としての敬語をやめて普通に話し始める俺。
最もソレガンのほうはそう言う事は全く気にしていない、
というかロロイの手下だったらどうしてくれようと言う感じで殺気すら漂っている。
「貴様がロロイの手下なら、私からアコリスさんを奪いに来たクズ野郎というわけだな」
「いや、そんな事一言も言ってないんだが……」
「ならば決闘だ!」
「決闘ッ!?」
どこをどうすれば決闘なんて話に……。
いやまあ、向う側の理屈としてはロロイやその手下はアコリスさんを奪いに来た敵つーことなんだろうが……。
ハタ迷惑もいいところだ。
「明日の日暮れ時、町はずれの競技場にて待つ。来なければ貴様をこの町にいられなくしてやるからそう思え」
ソレガンはそう一方的に告げると店から退散していった。
恐らくは、アコリスさんがもう帰ってこないのを察したのだろう、侍女たちが何やら報告していたしな。
しかしまあ、偉い事になってしまった……。
「決闘ですってッ!?」
翌日アコリスさんに報告した結果、第一声がこれだった。
いやまー、実際そうなりますわな。
俺自身なぜこんな事になったのかわからないです。
「ソレガンはね……、他人が信用できないと考えてから、自分の身を守るのは自分だけという考えで自分を鍛えていたわ。
武器なんかは使わないけど、あの体格でしょ。今やそのへんの冒険者より強いわよ……」
「武道家ってことですか?」
「そうね……、自覚してはいないようだけど、傍目から見ればそうとしか思えないわね」
「それは……」
色々とマズイ、相手が武器を持って挑んでくるなら、こちらも武器を使って戦えばいい。
しかし、相手が無手なら、こちらが武器を使って勝っても相手の心を折る事は難しい。
決闘というのは一応ではあるが、五分の条件を提示する事が多い。
となれば、俺も無手で戦わねばならない可能性がたかい。
当然剣の練習しかまだしていない俺は、勝ち目がない。
剣ならば有利になるとは限らないわけではあるが……。
「兎に角、決闘に行くのはやめておきなさい。ソレガンは町にいられなくすると言っただけなのだし、
実行するにしてもそれ以上の事はしないはずよ。
多少辛いかもしれないけど、幾つか知り合いのいる町もあるから、そちらに移ればソレガンも何も言わないはずよ」
「それは……」
ふと、色々な事が頭をよぎる、冒険者協会の人々、ティアミス、ウアガ、ニオラドのじいさん、アコリスさん、フランコさん。
ウエイン、マーナ、マーナの母親、お客さんや、近所の奥さん方等、わずか3ヶ月ほどの間に知り合いが爆発的に増えていた。
もしかしたら、今までの人生で知り合いになった人数に匹敵するかもしれない。
そんな出会いを全てなかった事に……。
出来るはずがない……。
「俺行きます」
「えっ……本気、なの?」
「ええ、アコリスさんには申し訳ないですが。アコリスさんのためにというわけじゃないです。
俺はこの町にきてからたくさんの知り合いが出来ました、友達と言っていい人達も。
この出会いをなかった事には出来ない、だから……挑みもしないうちから諦める事は出来ません」
「……そうなの、そう言ってもらえるとなんだか嬉しいわね。だったら、勝たなくちゃね」
アコリスさんは俺の目を見つめ、炎がきらめくように瞳を輝かせていた。
それは、多分この決闘でどうにかソレガンさんを排除しようという意思の表れなのだろう。
というか、半ば面白い事になって来たという感じに口元が笑いに歪んでいるようにも見える。
自分の事がかかっていると言うのに、何とも豪胆な人だと思った。
それから、ソレガンに関する色々な事を教えてもらっていたのだが……。
なるほど、アコリスさんもソレガンの事が特別嫌いと言う訳ではないらしい。
格好やら強引すぎる性格、勘違いなど問題点は多々あるようだが……。
ともあれ、それをつく作戦を幾つか用意する事になった。
夕刻、どうやら先にきていたらしいソレガンを見つけた。
競技場といっても、昔の競技場のようで今はさびれている、その中心に堂々と腕を組んで立っている。
そこに、俺と……俺の腕に腕をからみつけ、大きな胸を押しつけるようにもたれかかったアコリスさんが歩いてくる。
ソレガンはそれを視界に止めた瞬間頭が沸騰したようだった。
「ちょっ!? 貴様!! なぅ、アコリスさんを離せ!!!」
「えっ、そんなこと言われてもね」
「ええ、私の恋人が戦うんだもの。応援に来るのは当然でしょ?」
「こっ、コココォォォォォ!? 恋人だとぉ!?」
「あら、そういえばまだ紹介してなかったかしら?」
「ぐっ、それはつまり。脅されているのだな!? そうなのだろう!?」
「まさか。私の性格はよく知っているはずでしょ?」
「そんなはずは……そんなはずはああああああ!!!!?」
ソレガンは既に暴走状態だった、最初からかなりひどかった気がするが、今はもう頭の中がぐちゃぐちゃのはずだ。
もちろん、俺とアコリスさんが恋人だった事はない、と言うかこれからもあるかどうか怪しい。
そう、これが作戦その1、いちゃいちゃして、ソレガンを混乱させよう作戦。
ただ欠点として、相手のやる気に火を注いでしまう事にもなる。
正直あれと正面からやりあうのはご免こうむりたかった。
「もういいか? 決闘のルールを確認したいんだが」
「ルールぅ!? 何でもいい。武器を使いたければ使え!」
「いいや、そちらは素手どうしで構わない。それよりも、俺が勝った時のメリットがない」
「フンッ、そう言う事か。私が負けるわけはないが、負けたなら何でも一つ貴様の言う事を聞いてやろう」
「了解した」
アコリスさんの言った通りになった、冷静さを失ったソレガンは自分のリスクを度外視してきた。
これで、こちらの問題はクリアーとなった。
次はどうやって戦いに勝つか……正直勝算は心もとない限りではあるのだが……。
「勝負の決着は、負けを認めるか、気絶、もしくは死んだ場合となる」
「ああ」
「ではいくぞ!」
「っ!!」
言葉が終わると同時に、ソレガンは拳を叩きこんできた。
どうにかブロックするものの、体が大きく後退する。
やはり、体格の差が大きい。
「ったく、これで貴族のぼっちゃんだって言うんだから信じられないな」
「ふんっ、命の危機に何度もさらされていればこうもなろう!」
連続して拳を放ってくるソレガン、形はボクシングに近いようにも見える。
俺は、幾つかの拳をはじき、回避できるものは回避し、受けるしかないものは受けた。
殺気というか、この場合闘気とでも言えばいいのか、そのお陰で一瞬前に相手の動きを予想しているおかげだ。
以前のままなら既に沈んでいただろう。
ただ、フェイント等において本気でない一撃を先に放つ場合、それには反応しづらい事も気付いていた。
だから、捌きを入れるまでにかなり時間を食った。
「今だッ!」
相手の拳を下からはじきあげ、体制が泳いだところで体当たりをぶちかます。
拳が勢いに乗る寸前ではね上げれば力で劣っていてもなんとかなる。
このタイミングを作るためにかなり時間を食ってしまったが、
体当たりでバランスを崩したソレガンに足を引っ掛けたたき落とすと事までうまくいった。
下は石畳なのだ、頭からではないとはいえ、恐らくかなりの打撲になるだろうと思われた。
しかし、ソレガンは思わぬ俊敏さを発揮し、倒れそうな体勢から、両手を後ろについてそのまま一回転。
距離を離しつつバク転を決めるなど普通じゃとても無理だ。
それをやってのけるソレガンがどれくらい鍛えていたのかは想像に難くない。
きっと、今の(スタミナ補正のある)俺と同じような事をずっとしていたに違いない。
やはり、正面から挑むのは難しいようだと改めて悟る。
「驚くべき感のよさだ……。君が素人のような動きをするから少々舐めていたよ」
「お褒めに与かり恐悦至極ってなッ!!」
俺は間を開けないように間合いを詰めながら突進していく。
実際、感のよさはラドヴェイドのお陰だから実力でもなんでもない。
だが、この時点で分かった事もある。
俺は動きが遅い。
いや、正確には動きに無駄が多い。
石神やてらちんによれば攻撃と防御は一つの動きの中に嵌めこんでおかないといけないらしい。
パンチをして拳を引いて防御、ではなく、相手の攻撃を左腕で捌きながら右腕で突くとか器用なまねをしないと行けないのだ。
そして、目の前の男はそれが完全ではないにしろ出来ているらしい。
攻撃をしながら、こちらの攻撃を捌く。
確かにこちらが2テンポかかって動くのに対し1テンポで返してくるのだからどうしようもない。
殺気等を感じる事によって、どうにか半テンポほど俺も早く動いているが、結果的に出遅れる事になる。
「感のよさだけじゃない、スタミナもかなりあるようだ」
「まあな、スタミナだけは自信がある」
これも俺の能力じゃないんだが。
こうして考えると情けなくなってくる。
とはいえ、その2つの能力を駆使しても、どうにか五分、いやパワーの差の分押されている。
相手のスタイルはボクシングに近い。
テンポよくステップを踏みながら、こちらの動きに合わせて拳を突きいれてくる。
俺はそれに対し、攻撃すると見せかけ、相手の攻撃を捌いて投げると言う事を第一に考えていた。
投げは一撃必殺となりやすい、なにせ地面は石畳なのだから。
もちろん、頭から落とさないようには気を使うつもりだったが……。
さっきも言ったように、動きの無駄の差で俺はどうにか攻撃を捌けてもいざソレガンを掴む段階でするりと逃げられる。
俺は、相手の体勢が崩れる大技以外は基本ブロックしている。
そのせいで、腕がかなりやられてきた。
そろそろ打って出たいと思わなくもないが、そんな事をすれば打ち合いになってしまう。
パワー負けするのが確実な俺ではそのリスクを冒せなかった。
「どうした、もう終わりか?」
「クッ」
挑発してきたという事は、そろそろ終わりにしたいと言う事だろう。
作戦その2、スタミナ切れ待ち作戦、シティボーイなソレガンは格闘家としてはさほどスタミナは多くない。
それに、ボクシングのようにステップを踏みながら相手を撹乱する戦術は体力を秒単位で奪っていくから、長期戦には向かない。
俺の腕が半ばしびれて感覚がなくなって来たように、相手も拳を振りまわしステップを踏み続ければスタミナも切れてくる。
かれこれ10分近く動き回っているからな……。
スタミナ勝負では勝てそうな感じではある。
「そろそろ息が切れてきたんじゃないか?」
「ハッ、それを狙って、いたと言う訳か……」
「技量ではアンタのほうが上だからな」
「ちっ、ならば……」
ソレガンが大ぶりな攻撃を仕掛けてきたのは、短期決戦に持ち込むためだった。
当然、スタミナ切れになってしまえば俺の独壇場だからだ。
そして、そうである以上俺はソレガンの拳に合わせればいい。
しかし、一発目の大ぶりパンチを跳ね上げた俺のボディに逆側の拳がめり込んでいた。
そう、左右同時に拳を突き出していたのだ、現在のボクシングではありえないため見落としていた……。
俺はよろめきながら数歩下がる。
もちろん、ソレガンがチャンスを見逃すはずもない。
一気にたたみかけるため、すぐさま追いかけてきた。
そして、連続で拳を繰り出す。
粗方ブロックしたとはいえ、体勢が崩れていたし、パワーが違った。
結果的にダウンさせられることとなる。
しかし、それでは収まらなかった。
倒れた俺に対し馬乗りになって攻撃を加えてくる。
「さあ、負けを認めたまえ! そしてこの町に二度と来ないと誓え!!」
「ごめんだね……」
「貴様!!」
拳を顔に何度も叩きつけられながら、しかし、俺はまだ諦めたわけではない。
俺の挑発に乗ったソレガンは顔面に向けてストレートを叩きこんできた。
しかし、このタイミングこそ、相手の拳を捌くには向いている。
俺は勢いに乗る直前の拳を少し前に潜り込む(寝転がった状態から少し腰を曲げる)ようにして捌き、その腕をそのまま折り曲げる。
そして、肘打ちによるカウンターが……傷つきながらもほほを切らせて回避するソレガン。
「切り札を隠していたとはやるじゃないか。だがそれもこれで終わりだ!!」
「どうかな?」
「食らえー!!」
俺はせいぜい余裕の笑みになるように努めてみた。
確かに、格闘勝負なら俺に勝ち目はない、結構いい線まで行った気もするがパワーもスピードもテクニックでも負けている。
作戦と感とスタミナがあっても、負けそうになっているのも事実。
だが、既にこういう状況にあって俺の作戦は既に成功していた。
言葉遊びの動揺とスタミナの限界から来るロックの甘さを突き、殴りかかってくるソレガンを横倒しにしつつ転がり出る。
このピンチを脱した事により、スタミナの差は如実に影響を及ぼし始めていた。
「アンタは確かによく鍛えてた。しかし、肉体労働の職についているわけでもない」
「ハァッ、ハァッ……何がいいたい」
「そろそろ限界だろ?」
「まだだ……まだいける!!」
スタミナの切れたソレガンの動きはまだかなり素早かった。
実際、前に戦った山賊レベルなら今でも倒せるくらいに強い。
しかし、先読みの出来る俺にとってはもう敵じゃなかった。
疲れでフェイントも切れがなくなり、大ぶりのストレートが多くなっている。
俺はそのたびに懐に入り込んで転ばせてやる。
それでも、何度も、何度も立ちあがってきた。
それだけアコリスさんの事が好きと言う事なのか。
だとすれば、方法さえ間違えなければ通じていたかもしれないのに……。
そう言う思いも少しはあった、しかし、俺は自分が町に残るために、アッパーで容赦せずソレガンの意識を刈り取った……。
「お疲れ様」
「アコリスさん……すんません……もう限界です……」
ソレガンの意識が途切れたのを確認して、俺も倒れる。
体中打撲で痛い……、しかも、普段の剣術の練習よりも疲れていた。
反則気味ではあるが、勝ちは勝ちってことでいいよな……。
そうして、俺の意識も途切れた……。