俺達は一度丘地となっている森から出て、トロルの動きを注視する。
正直言って5m級のトロルは正面から倒せる相手ではない。
なぜなら、トロルの腕の長さだけでも4m近く、持っている棍棒を足せば6m先まで攻撃可能となる。
しかも、当たればかなりの確率で一撃死となる。
攻撃範囲は棍棒の大きさ、つまり長さ3mくらい幅1mくらい。
これをもし、横に振ればどうなるか、半径6mは全て即死圏内となる。
つまり、複数人巻き込む範囲魔法を大したリスクもなしに連発出来ると言う事だ。
幸いなのはトロル自身の動きが遅いので、近づかないよう警戒していれば逃げるのは難しくないと言う事か。
ただし、こちらが攻撃が出来る範囲まで接近すると言う事は棍棒の振り抜きを抜けていく必要が出てくる。
いくら遅かろうと、そんなのは今の俺達には無理というものだった。
「さて、分かっていると思うが。俺達に正面からトロルを倒す術はない」
一緒に降りてきていた”先駆者”達に向き直りおもむろに言葉を紡いだ。
小柄で赤毛の少年盗賊カーツ、やはり小柄だが重装備な髭面のドワーフドロゴン、
恰幅がいいが、どこか愛敬のあるつぶらな瞳と黒髪が特徴の僧侶ソテーナ、
青い髪をストレートに伸ばした俺の初恋の人似の少女エリィ。
後輩パーティである先駆者は俺にどうにか追いついて息をついていたが、その言葉を聞くと俺に注視した。
「ちょっと待てよ! 倒す術がないってなどういう事だ?」
「アレを倒すには、遠距離からひたすら弓や魔法を叩き込み続けるか、あの剛腕をかいくぐって攻撃を加えるしかないわけだが」
「私とソテーナは攻撃可能ですが……」
「魔法攻撃をする場合、一応相手が見える場所でないといけないわけだが一発で倒せるならそれもいい。
倒せなかった場合再度詠唱する時間あの攻撃を防ぐ盾がいる」
と、俺が丘の上のほうを指差す。
そこでは、ハーピィや少年達、もしくは俺達を探しているのか無駄に振りかぶって棍棒を叩きつけているトロルがいる。
棍棒の一振りで大木がバキバキと折れ、大量の土砂が巻き上がる、巨大であるという事、そのパワーを存分に発揮しているようだ。
こんな奴とムーミンが同族ってのが信じられない……。
いや、この世界にムーミンはいないと思うが。
「あれをか……」
「あれをだ……」
「ワシは頑丈なつもりだがアレは一撃で吹っ飛ぶな……」
「という訳で、正面から対決するのはやめよう」
「賛成します……」
「そうね、命あってのものだねだし」
「ここは同意するしかないな」
「うっわかったよ……だがどうするつもりだ? このままじゃ、クエスト失敗の上状況を悪化させた事になっちまう」
カーツの意見はもっともだが、原因の大半がお前だという事は自覚しているのだろうか……。
他の職業についてはともかく、盗賊としちゃ確実に失格だと思うのだが……。
まあ今さらそんな事を考えても仕方ない。
「ともあれ、この先はお前の技術が頼りだ。森の罠を仕掛ける事が出来ないとは言わないよな?」
「えっ、俺かよ!?」
「このパーティにはレンジャーはいないんだから、罠を仕掛けるのはお前の仕事だろう?」
「う”っ、まあそうだが……あんなの、虎狩り用の罠でも倒すのは無理だろ……」
「規模を大きくすればいい、それに倒せなくてもいい、追い返すか、動けなくすれば対処のしようもある」
カーツは戸惑っていたが、それでもピンチを招いた原因が自分にある事は何となく感じていたのだろう。
一つうなずくと仕掛けを説明しはじめた。
それは、とっさに思いついた類の罠としては悪くない方法ではあった。
「とまあ、こんな感じなんだが何か問題はあるか?」
「問題は、トロルのパワーがどれほどあるか……だな」
「大木をへし折るほどなのは間違いないと思います」
「うへ、考えたくもないどす」
「まあ、そうだろうな……」
あれだけの巨体、倒すのに一番いい方法は落とし穴に落とす事だ。
落ちればそう簡単に戻ってこれないし、これてもかなり時間がかかる。
落として倒せるならよし、倒せなくても這い上がってくるまでに色々と攻撃する隙はできる。
しかし、残念ながらそんな大きな穴を掘るには5人がかりでも一週間くらいはかかるだろう。
それでは意味がない、それまでにトロルによる被害が出てしまうだろう事は想像に難くないからだ。
そして、トロルを出したのは俺達の責任、となれば俺は降格処分ですむかもしれないが、”先駆者”のメンバーは除籍だろう。
となると、一番いいのは丘の向こう側の山に帰ってもらうか、間にある谷に突き落として戦闘不能にしてやるかのどちらかとなる。
そのために、囮とトラップは欠かせない。
トラップはカーツに頑張ってもらうとして、他の三人は逃げ足が早いようには思えない。
当然俺がやるしかないわけだ。
「作戦はわかるな?
俺が引きつける間にお前達でトラップを用意。
上手く山向こうに戻せればよし、出来なければ行動不能にして谷に落とす」
「わかってら! てめえこそしくじんなよ!」
「がんばってな〜」
「気をつけてください」
「頼んだぞい」
兎に角、俺の役目は重要だ、スタミナ切れでも起こるればかなりやばい。
なにせ、罠を作っている間トロルの目を引き付けて、罠のほうへいかないようにし、その後罠に向かって逃げる必要がある。
常に見えている必要はないにしても、飽きさせないようにしなければならないだろう。
そんな事を考えながら、トロルのほうへ向かう俺、だが突然頭の中でラドヴェイドの声が響いた。
珍しいな、戦闘に口出ししてくるとは。
(全く、自分から危険な仕事を引き受けるとはな。自覚はあるのか?)
「ビビってるさ、そりゃ……」
(たかだか格好つけのために命を張るのか?
ティアミスの時もだが、いざという時危険に飛び込んで行くのはお前の悪い癖だぞ)
「ぶっ!」
(?)
「はっ、はははははは!!」
(何がおかしい?)
「いやいや、ラドヴェイドが心配してくれるとは思わなかったからな」
(今は我の宿主なのだ、お前が死ねば次の宿り先を探さねばならん。召喚もできんというのにな)
「それもそうか……、まあだけど、俺も本当に命の危機なら一目散に逃げるだろうよ」
(ならば、何故今はそうしない?
はっきり言うが今の魔力はもう一度前のような乗っ取り系の強化するほどにたまってはいないぞ?)
「それはちょっと怖いな……だが、勝算は十分にあるさ。
スタミナサポートのお陰で逃げてるうちにスタミナ切れと言う事もない。
それに、殺気は読める以上、ある程度以上近づかなければ危険度もそれほどには高くない」
(だとしてもだ、筋肉の限界を超えて動けるわけではないんだぞ?)
「まあ確かにそうだな」
(なのになぜそんな事をする?)
「何、難しい事じゃないさ。俺はこの世界で初めて他人に認められた。
彼らにはまだ認められてはいないが、認められるっていう事は俺の人生で初めての経験といっていい」
(ほう……)
「だからな、せめて、この世界での俺は認められる俺でありたいんだよ」
(我にはよくわからぬ、しかし、お前がそうまでして手に入れたいものだと言うのは理解した)
「だからさ」
(好きにすればいい、だが我は手を貸さぬぞ)
「ああ、分かっている」
ラドヴェイドにああいう風に言ってもらったのは初めでなのでびっくりしているが、
この世界へ来てから俺は、人とかかわるのが楽しくなった。
元いた世界ではあれだけ避けてきたことだというのに。
向こうの世界とこちらの世界で変わったのは何だったのか、よくはわからない。
しかし、ただ言える事は俺はこちらの世界ならば、失敗を恐れず自分のやりたい事をやれる。
もちろん死にたくない、出来れば殺したくない、その範囲内でだが。
最も今や俺は立派な人殺し……、今さら気どってみた所で何が変わるものでもないんだが……。
「少し危険な兆候なのかもしれないな、だが……日本に帰りたくなくなったわけじゃないんだ。
俺は、元の世界に帰っても胸を張って生きていきたいから、だから頑張る事に決めたんだ」
格好つけているのは百も承知、しかし、未だに俺はこの世界でなら変わる事が出来るんじゃないかと思っている。
その思いは、巨大なトロルの前に出ても揺らぐ事はなかった。
「さあて、いっちょやってやるか」
俺の仕事は、トロルが丘地の山側にいかないよう、そして丘から出ないよう、誘導しつつ逃げ回る事だ。
トロルは巨体の例にもれず、動きそのものは遅い、しかし、歩幅が広いため、俺の全速力に近い速度で動く事が出来る。
しかし、この森の中、大きいトロルは動きを制限される。
その事と、逃げれば森の中にまぎれられる事がこちらの有利な条件、休み休みでもいいのだ。
のろしが上がるまで逃げ続ければいい。
恐らくは一時間前後……。
「不可能じゃないって信じたいがな……」
俺は小石を拾ってトロルに投げつける、トロルはゆっくりと俺に振り向く。
5mの巨体が俺に意識を向けると言うのは既にホラーと言ってもよかった。
まあ、魔王と邂逅した時と比べればまだましではあったが。
あれは比較にならないほど巨大で、常識はずれなほど早く動き、山を吹き飛ばすほど巨大な力を持っていた。
未だに俺の手に住み着いているラドヴェイドと同一だとは思えないほどだ。
最も目の前のトロルもその経験がなければちびっていてもおかしくないレベルではあったが。
俺の事を認識したトロルがゆっくりと俺に向かって歩きだす。
それは、強者が弱者に向ける余裕であるのかもしれない、もしくは種族的に早く動けないだけか。
どちらにしろ、俺は逃げ出す。
ここからは持久戦、ドシンッ!、ドシンッ! という、足音のお陰で相手との距離はよく分かるがあまり引き離すわけにもいかない。
トロルの棍棒が届かない距離から挑発を時々交えつつ、逃げ続ける。
ただ、計算外だったのは、トロルが棍棒を振った時、それで打ち倒された木もまた、俺に向かって落ちてくる。
狙ってやったとすればかなりトロルは狡猾だ、注意しなければ……。
「どれくらいたったんだ……」
逃げ回る緊張感のせいだろう、ひどく時間がたつのが遅く感じられる。
もう、あの棍棒の襲撃から10回はのがれた、今は俺を見失って探している最中だ。
トロルが妙な方向にいきそうになったら、その時はまた奴を挑発する必要が出てくる。
緊張しながらトロルの様子をうかがう。
奴は何か考えているようだった……。
まさか……。
「ちっ、ばれたか!?」
俺がトロルを誘導しようとしている事に気がついたのか?
だとすればかなりまずい、俺はトロルに向けてまた石を投げる、しかし、トロルは俺にかまわず丘から出ていこうとする。
不味い、こいつを村におろしたら被害が出る可能性がある。
だからと言って、正面からどうにかできるわけもない。
となれば、トロルが無視できないほどの被害を与えるしかないわけだが……。
いや、待てよ。
「ラドヴェイド、聞いているか?」
(なんだ?)
「遠い所の音を拾う能力だが、逆に声を届ける事は出来るか?」
(出来なくはないが……今の魔力で出来る範囲では酷く限定的でな、正直使う意味はないぞ)
「どれくらいだ?」
(今の魔力では10mが限度と言う所ではないかな)
「10m……」
それは、トロルの棍棒が届くギリギリの範囲まで近づかないと奴の耳に届けられないと言う事か。
奴の身長が5m、つまりその分10mよりも近づかねばならないと言う事になるわけだ。
もちろん、角度的な事もあるので、実質は6mと少しの距離をあける事は出来る。
しかし……本当にギリギリだな……。
やり方を聞いた俺は、トロルの背後からそっと近付く。
しかし、それなりに警戒しているのか、時々後ろに振り返り誰かいないか確認している。
そのたびに俺は木の陰に隠れてやり過ごす。
「思ったより頭がいいな……」
(トロルとてサル並みには知能が高い、何度も徴発されれば警戒するだろうな)
「今日は元気いいなラドヴェイド……」
(トロルを倒せばゴブリン20体分くらいは魔力が回復する故な)
「……いや、無理だから……」
3つのサポートを駆使して、今までの努力を加え、甘めに自己評価しても、攻撃を当て回避するくらいなら何とかなるが、
倒すまでには一発もらってアウトというのが相場だろう、一番厄介なのは、一発もらえば終わりだという点だ。
だからどうしても、警戒して大きく距離を取りたくなるし、回避動作も大きくならざるを得ない。
掠りでもすれば吹っ飛ばされるのは明白だからだ。
そう言う訳で、俺としてはギリギリの選択はしたくなかったが、丘の外に出られてもかなわないので数度のアタックの後、
ベストポイントに付けた時トロルの耳元に向けて声を飛ばすそれもあらん限りの大声を。
人間の大声はいくら大きくても100ホーン程度、そういう訓練をしていない俺なら60行くかどうかだろう。
大型モンスターは耳を近くに寄せていないと動き回る時に出る轟音や、自らの声の大きさによって殆ど聞こえなくなる事もある。
特殊な伝達方法を持つものは別として、トロルのように愚鈍なタイプは自分の出す音にまぎれて大声すら届かない事はよくある。
しかし、もしも耳元で叫ばれればどうだろう。
声は拡散することなく、トロル自信の出す音にまぎれることなく、大きいままで耳元まで届いたなら……。
結果その相手を意識せざるを得ないという訳だ。
当然トロルは俺のほうに振り向く、心なしか怒っているように見える。
ちっぽけな人間に驚かされたからかもしれないな。
俺は既に反転して逃げ出していたが、棍棒は意外に早く振り下ろされた。
片手で、しかも上にあげきる前に軽く振り下ろすという方法でたたきつけに来たのだ。
全力でなくても確かに体格差もある、一発で行動不能だろう。
それをどうにかかいくぐる事が出来たのは、殺気の動きが読めたのと、たまたま段差が大きく、振り抜いても下に空間があったからに他ならない。
俺はゾゾッと背筋に悪寒を覚えた。
「これは全力で逃げないとな……」
独り言をいいつつ、トロルとの追っかけっこを再開する。
流石にかなり挑発しただけあって、俺の事を一目散匂ってくる。
問題は、木を多くなぎ倒したので、隠れるところが減って来ている事だった。
しかし、この丘、どうやらもう俺達とトロルくらいしかいないらしい。
魔物どころか鳥の鳴き声すらしない。
「やっぱりトロルは大物ってことだよな……」
人里の近くに来る事がめったにないそういう大物は、大物がいるから人が近づくのを避けるのか、人がいないからすみつくのか。
唯言える事はテリトリーに入るとろくな事がないという事だけだろう。
そんなのと追っかけっこをしなければならない自分の不運を呪いたくはなるが、どうやら見捨てられたわけでもないらしい。
のろしが上がっていた。
俺は距離を保ちつつのろしの方向にトロルを向かわせるように誘導した。
のろしで俺が何か仕掛けているのがばれるかと少し気にはなったがついてきているようだ。
俺は慎重に距離を図りつつ指定のポイントへと向かう。
轟音とともにトロルが俺を追いかける、既にかなりの木が倒されているため、そのスピードはかなりのものだ。
そして、俺がポイントを通過した直後、トロルの足場から何かネットのようなものが跳ね上がる。
もちろん、それだけではトロルは止まらない。
しかし、からまったネットのせいで動きが少し鈍くなる。
そこに、更に四方からネットが飛ぶ。
木陰に隠れていた”先駆者”のメンバー達が投げたのだ。
本格的に動きが鈍ったトロル、しかし、ぶちぶちと嫌な音を立てながらネットを破り始める。
「やっぱこれくらいじゃ無理か……、兎も角チャンスだ、皆に渡してあるトリモチ団子を奴の顔に叩きつけるぞ!」
「結構鬼畜どすなー」
「そう言いながら嬉々としてやってやがるくせに」
「当然ですやろ、依頼を台無しにされたんやさかい」
「無駄口叩いてる暇があったら投げて! また動きだしたら手がつけられないわよ!」
「それもそうだの! せめて目は潰しておかねば!」
そうして、顔中にトリモチをくらったトロルは身動きが取れなくなった。
しかし、放置すればいずれ動き出す。そうすれば村に被害が出る可能性がある。
かといってこんな大きなもの持ち運べもしない。
こんな状況では申し訳なくすらあるが、倒すしか術はない。
トロルが行動不能になってから俺達は袋叩きにしてトロルを倒した。
「ちっ、後味わりぃな……」
「被害が出るのが分かっていて放置するわけにもいかない、後になって誰かの死に責任なんて持てないさ」
「相変わらずスカしやがって!」
「カーツ! やめなさい」
「……エフィ?」
「シンヤさんに八つ当たりするのはいい加減やめて、格好悪いとかじゃない。
その度にパーティが被害を受けているの、分からない?」
「うっ……」
「私はカーツの突っ走って行く情熱は嫌いじゃないけど、今回の事で色々と分かった。
パーティを組む時にスタンドプレーばかり意識しているとひどい結果になるって」
「それは……」
「もちろん、私も、ソテーナも、ドロゴンもいろいろ問題があったと思う。
でもカーツ、貴方の行動は目に余ります。
もしも次にそういう行動に出るならパーティから出て行ってもらいますからそのつもりでいて」
「そっ……嘘だろ……」
それは確かに、かなりきつい言葉だった。
だが確かに、彼らは3度カーツによって危機に陥っている。
一度目は俺を伴わず飛び出した事。
これによって、協会からにらまれる可能性があった上に、アドバイザーである俺を伴わない事による危険が増した。
次にやーさんの事、一応パーティの信任を得たとはいえ、本来カーツが一番警戒しなければいけない人物に気を許した事。
第三が今回の件、下調べをしっかりせずにやってきたため戦闘となりトロルを呼び寄せた事。
どれもパーティに対し悪気があったわけではない。
しかし、俺に対する反発が多分にあった事は否定できないだろう、そして本来の盗賊の役目である警戒という意味では最低である。
それが、パーティの危機を呼んでいるのだからエフィの指摘は的を得たものだ。
だが同時にカーツにとっては最も聞きたくない言葉だったに違いない。
「おっ、俺はただ……」
「そこまで言わんでも……」
「むぅ……」
「いいえ、リーダーに選んでもらったのに、私は今までリーダーらしい事を何もしてこなかった。
それによって起こった問題でもあるもの……一番やめるべきは私かもしれない……。
でも、少なくともこの依頼の解決までは私がリーダー、その間は責任を持ちたいってそう思ったの」
「エリィ……そうやね……、なあなあでやっていけると思ってたのはアッチも甘かったかも」
「ふむ、指揮系統の確立は悪い事ではないな」
「う”……わかったよ……」
周りの皆が賛成したのではカーツも強く出られない。
まあ、突っかかってこられないのは俺にとっても歓迎だが、今の状況カーツにとってまずいかも知れない。
変に暴走しなければいいが……。
「さて、こうなってしまったものは仕方ない。まず全員で丘の中を回って捜索するぞ」
「そうですね……」
「でも、もうここにおらへんのと違う?」
「彼らはハーピィを拾って育てていたようだな。だがそのせいで村から追い出されここに来ていたという事のようだ」
「え?」
「ちょっと伝手があってな、そんな理由だからソテーナの言っている事は多分正しいだろう。
もう別の村にむかっているだろうな、もしくは実り豊かなところなら人がいなくてもいいだろう」
「へぇ、流石に指名されるだけの事はあるってことやねんね」
面白そうにソテーナが俺の話を受ける、だが遠目でもカーツがぶすっとしているのが分かる。
俺も経験があるんだが、落ち目で何をやっても駄目な時、不機嫌になるなというほうが無理だが不機嫌でいると更に心象を悪くする。
かといって、奴の不機嫌の原因である俺から話しかける事も出来ないが。
そんな事を思っていると、エフィが話しかけてきた。
「それは今回の依頼は失敗という事でしょうか?」
「いや、成功になるな。原因を取り除いたのは事実だから」
「それでいいんですか?」
「根本の原因を毎回解決できるほど俺達も凄腕ってわけでもないからな……、結構こう言う事もあったよ。
もやもやするのも仕方ないだろうが、今後ハーピィさえ出なければ依頼完了ってことになるだろうね」
「なるほど……」
あの少年たちの事は心配でもある、ハーピィの親代わりとして、守ってももらっているだろうし食料も多少ならハーピィが調達するだろう。
しかし、野宿が続いているのだ、いずれ体調を壊したときどうしようもないのではないだろうか。
できれば見つけて保護したいところだが……、結局丘の森の中にはもう人の気配はなかった。
村長に報告をし、一応原因は去った事を伝える。
その後、縛り付けていたヤーさんを引き連れ村を後にする。
ヤーさんは馬の近くで半日過ごしたことでかなり憔悴していた。
大人しくて助かるが、一体何があったんだろう……?
また、帰りの道すがら野宿する。
あまり長い時間いたい気分でもなかったのだろう、村で泊まって行くように言われた時エフィは固辞していた。
理由はなんとなく予想はつくが、俺としても特に否定する事もないのでそっとしておいた。
「あの……」
火の番をしていた俺にエフィが話しかけてきた。
もう夜も更けて皆が寝静まった後だ。理由は表情から察しが付く。
「どうした?」
「……賭けの事なんですが」
「ああ、そういえばそんな事もしたな」
「賭けはシンヤさんの勝ちですよね?」
「ん?」
「今回、私達は失敗ばかりしてしまいました。シンヤさんのフォローがなければ死んでいたかも。
そんな私達がこのまま続けていくのは無理なんじゃないかって思うんです……」
「そうか? 確かに、今回はカーツの暴走があったが、きちんと実力を発揮すればいけると思うが」
「でも……実力を発揮するためには場数が必要なんだって思いました。まだまだ今回みたいな事は起こると思うんです」
「そりゃあな、しかし俺だってまだ新米なんだよ。冒険者をはじめて半年しかたっていない。毎回フォローが出来るほど偉くもない」
「私……冒険者を続けていく自信がないんです。いつ誰が殺されるかわからない、そんな中でパーティを率いるなんて……」
エフィは震えていた、濃いブルーの髪が小刻みに波打っている。
自分の死、仲間の死、俺はその危険なら何度も味わった。
しかし、実際に誰かが死んだ事はない、だから言える事はあくまで想像の範囲を出ない。
重みがない言葉を吐くよりは、沈黙を貫くしかない、そう考えている俺。
「何も言ってくれないんですね……」
「俺だって人に言えるほど経験があるわけじゃないし、リーダーだった事もない。
ただ、辞めても問題ないならこんな仕事辞めておくにこしたことはない」
「え!?」
「冒険者っていうのはヤクザな仕事だ、命をかけてもらう報酬は傭兵ほどもない。
ランクが上のほうになればその辺も変わるが、どっちにしろ危険度が高いことに変わりない。
一攫千金を夢見てくる奴もいれば事情があるやつもいる、夢を見ている奴もいれば食い詰めもいる。
雑多な集団なんだよ、冒険者っていうのは、だからまとめるのは難しいし、依頼も多岐にわたる」
「それは……はい、そうですね」
その言葉は俺自身が自分に向けて言った言葉でもあった。
今までの冒険、皆命がけだった、それだけの思いをして帰る意味があるのか、もう諦めてもいいんじゃないか、そう思いがないとは言えない。
だが同時に、一緒に来ている幼馴染達、彼らが苦境にあるかどうかはわからないが、苦境にあるなら手を貸したいとも思う。
そして、今の生活、人間関係はいいのだが、食料事情や風呂、トイレ等、未だになれるのが厳しいものもある。
今にして思えば、日本の生活は凄まじく恵まれていたのだなとか。
話が脱線気味だが、ようは日本に帰りたい、だが命をかける価値があるのかはまだ答えが出ない。
そんなところだ。
「命をかけられない人間は壁にぶつかって辞めていくし、かけられる人間だって死ぬ事も多い。
冒険者って言うのはそういう商売なんだって事覚えておかないとな……」
「そう……ですね」
「まあ、個人依頼を小さくこなしていくなら命の危険はあまりないがね」
「……私だって……私だって命をかけて叶えたい願いがあって冒険者になったんです」
「……」
「でも、皆の命まで私のためにかけさせられない……」
「なら、その事を直接皆に言ってみてはどうだ?」
「そんな事……」
「だが、皆聞き耳立ててるぞ?」
「え?」
俺が火をかいていた枝を近くの木に投げつけてやると燃え移るのが怖いのか飛び出してきた。
最も木の枝は投げる時燃え尽きていたが……。
まあともあれ、そこには”先駆者”のメンバー全員がばつの悪そうな顔で揃っていた。
「みんな……!?」
「あはは……ごめんね、あちきは止めたんだけど……」
「嘘を言うでないわ、一番乗り気であったくせに」
「……ふん」
俺はエリィに向かって手を広げて見せる。
お手上げのポーズだ。
しかしまあ、そこからは俺の出番などない、皆で話し合うべき事だからだ。
俺は焚き火から離れて、寝やすそうなところを探して横になった。
まあ、多分このままほっとけば解決しているだろうと安心して……。
翌日、昼ごろにはカントールにたどり着く、門にいる警備員に事情を話しヤーさん風の男を引き渡した後、そのまま冒険者協会に。
依頼の報酬を受け取り、分配については結果的に両方の力で解決したという事で五等分にする事にした。
最初エリィは”先駆者”と俺で半々にしたほうがいいと主張していたが、俺自身さほど切羽詰まっていたわけでもないので遠慮しておいた。
そして、もう一度ついて行ってほしいとエリィ達に言われた時は迷ったが、
昨日の話し合いでムードも回復していたようなのでやめておくことにした。
俺が行くことでカーツがまた暴走してもかなわないからだ。
今回の事で俺もいくつか痛感する事があった、トロルを相手に手も足も出なかったのは辛い。
今後関所を越えて冒険に出るには今の状況では不安が残る。
俺は、この冒険である決意を固めることとなった。