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魔王日記 第二十話 優しさだけでは世間を渡れない。
作者:黒い鳩   2011/01/07(金) 21:13公開   ID:LcKM2WWMThg
注意:魔王日記はこれより本編のシナリオを動かす事になります。
   それにあたって視点が一人称と三人称の切り替え式に変更なりました。
   多少見づらいかもしれませんが、私にできる技法ではこれが限界なので、申し訳ありません。




ラリア公国首都アッディラーン。

元々商人達がアルテリア王国から領土を買い取ったという事情のあるこの国では、大商人こそ貴族と言っても差し支えない。

ラリアを牛耳る3人の大商人の一人であるアルバン・ヴェン・サンダーソン。

彼は見た目にも威厳のある大男ではあるが、その才覚は抜きんでていると噂されていた。

そしてその目的はサンダーソン家の維持であり、国の事もその立場上視野にいれている。

現公王の親類でもあるサンダーソン家にとって、このアッディラーンを中心とした一大交易圏を維持していく事こそが命題である。

だが、そんな彼にも悩みはあった。

それは、半年ほど前新しく赴任してきた司教の事や、後継者問題の事、どちらも彼の話術が通じにくい問題だけに頭を痛めていた。

そんな所に、訪問者を告げる報告を受ける。

アルバンは人払いをしてからその人物を部屋に通した。



「これはこれは、ガルネイフ司教よくぞお越しくださいました」

「うっ、うむ……サンダーソン殿にはお招きありがたく……」

「いえ、そのような事はお気になさらずに。どうぞお座りになってください」

「ふ、ふむ……それでは失礼して……」



目の前のソファーに付いた男こそ、新らしい司教の赴任にあたって追い落とされた前司教だ。

ソール教団においては、神聖騎士団を除くなら階級はさほど多くはない。

一般信徒、助祭見習い、助祭、司祭、大司祭、司教、枢機卿、法王の8つ。

もっとも、助祭見習いは正式な階級というわけではなく。

助祭として洗礼を受けていないが、教会の手伝い等をし、日々の糧を得る小間使い的なポジションの事だ。

それを含めなければ7つ、しかし、信徒は1000万人に届こうという数だ、つまり一つ一つの階級の差が大きい事になる。

中でも司教以上となれば世界中を合わせても100人といない。

枢機卿も司教の中から選ばれるし、法王も枢機卿から選ばれる。

司教は国に一人というような規律があるのもそのためである。

当然新たな司教が任命されれば元の司教は本国に戻るか階級を大司祭に落としてい座るしかない。

そして、ガルネイフ元司教は残る事を選んだ。

理由は簡単だ、今さら元の汲々した生活になど戻りたくないのだ。

実際、この国でのソール教団は寄付も裏から入る金にも事欠かないため、かなり潤っている。

そのための見返りとして法の目をくぐる手伝いをしていると言うのは暗黙の了解でもあった。

だが、赴任した新しい司教は年若い女性である事もあり、頑なに裏金等を断り、また手伝いも拒んだ。

そのため、サンダーソン家に限らず少なくない商人に被害が出ていた。



「司教は何とおっしゃられているので?」

「とてもではないですが……、まともに話すら聞いてもらえない状況です……」

「ふむ……、だがそれでは公国に被害が出てしまうでしょうな」

「それは……」

「ガルネイフ司教、よろしければご復帰願う事は出来ないですかな?」

「ですが、しかし……」

「以前は穏便に下りてもらう方法も考えたのですが、息子が失策をやらかしましてな」

「では……」

「相応に処分を下し、今は謹慎中ですが」

「ぐ……」



ガルネイフとしても表沙汰になりかねない事は遠慮したかった。

実際、以前は一度新司教の周りの者を抱き込み、遭難の名目で闇に葬ろうとした事もある。

しかし、それは上手く行かず、更に冒険者協会に借りを作る事態になったりもした。

そのため、以前と比べサンダーソンからの扱いが軽くなっているのを感じもしている。

息子が失敗したと聞いて喜んだのにはそう言う訳もあるのだが、既に罰しているとなれば自分だけ何もないと言う訳にもいかない。

ガルネイフはサンダーソンに何を言われるのかだいたい分かっていた。



「実は枢機会のほうには打診しておりまして」

「……それはつまり」

「ええ、準備は整っているのです。後は貴方の気持ち次第」



サンダーソンは人当たりの良さそうな笑みを浮かべている。

しかし、ガルネイフには分かっていた、実質的な最後通告である事を。

サンダーソンは枢機卿ばかりで構成される枢機会にも顔が効くと言う事なのだ。

法王を選出するのも枢機会の仕事であるし、司教の任命もまたその仕事の一つだ。

その気になれば直接手を下すようなマネもできると言っているのだサンダーソンは。

そしてその時はまた新たな司教が来るだろう、恐らくサンダーソンの息のかかった。

そうなれば、ガルネイフは完全にお払い箱である、公国内に立場など残るわけもなかった。

つまり……。



「わかった。私の方で何とかして見よう」

「よろしくお願いしますよ司教殿」



慇懃に礼をするサンダーソンに対し心の中で悪態をつきながら、しかし、失敗は許されない事も承知していた。

元司教である彼がそうであるように、これこそがラリア公国内におけるソール教団のあり方である。

全てがそうであったわけではない、しかし、首都アッディラーンにおいて商人に逆らう事の意味は誰もが知っていた。

それほどまでに金が全てを牛耳るのがラリアという国の特徴でもあったからだ。





















”先駆者”達の依頼を報告した後の事。

俺は、結局のところ冒険者としては並以下でしかないと言う事を痛感した。

ラドヴェイドのサポートを3つ受けている今なのに、トロル相手に逃げるだけでもギリギリだった。

罠を仕込むことでどうにか倒せたものの、正面から当たれば確実にやられていただろう。

”日ノ本”のパーティですら、前衛のパワーで勝てるとは思えない。

見た事はないが、ティアミスの精霊魔法か、もしくはニオラドの薬か、どちらかの力でやっとどうにかできると言うところだろう。

ティアミスが魔法を使うならウアガは壁が役目であり、恐らくその意味では十分な防御力を持っているだろう。

俺だけがきちんと役目を果たせない、現状でも皆は不足とは言わないかもしれない、しかし、足を引っ張りたくはない。



「このままって訳にはいかないよな……」

(ほう、向上心か……悪くはないのではないか、我としても魔力収拾が安定するのは願ったりだ)

「……まあな」



手からにゅっと目を開いたラドヴェイドの無責任な煽りを半ば無視するように聞きながら、協会の受付けに戻っていく。

”先駆者”と分かれてすぐなのでまだ半時間ほどしかたっていないはずだ。

受付のレミットさんも不思議そうに俺を見ている。



「あら、どうしたの? すぐに依頼を受ける? 個人用の依頼もいくつかあると思うけど」

「いや、今回は別件です」

「別件? ああ、もしかしてお姉さんの豊富な恋愛経験について? 駄目よ今は仕事中なんだから♪」

「いやいや、誰もそんなこと言ってませんよ」

「ちぇー」



レミットさんはそばかすの浮いたいたずらっ子のような表情で俺をからかう。

年齢的にはアコリスさんと同年代のはずだから22か23くらいのはずなんだが、そうしてみると幼くも見えるから不思議だ。

腰まで届く黒髪を三つ編みにしているせいで余計にそうみえるのかもしれない。

だが、今回はだべりに来ているのでも依頼を見に来たのでもないので、その旨話す事にする。



「実は、今回の依頼で実力不足を痛感しまして……」

「そんなのみんな同じよ、実力は時間をかけて磨いていくものだもの」

「確かにそうなんですがね、剣術の基礎を俺は協会にはいってからボーディック師匠に教わりました」

「そのようね、そんな状況でよく生き残ってこれたものだと思うわ……」

「はい、おかげでそれでも以前よりはかなりマシになったと思うんですが」

「そうなると欲も出てくるっていう事?」

「ありていに言えばそう言う事です」



俺の言いたい事をおおよそ察したのだろう、ふうむという感じで唇に指を当てて考え込んだ。

ボーディックのおっさんは確かに強い、師匠としていろいろ教えてもくれた。

しかし、Dランクの剣士に過ぎないのも事実、ウエインのようにBランクの剣士から直接教われれば少しは成長もはやいかもしれない。

それにどのみちいろんな剣術を見て訓練し自分なりに取り込んでいくというのは必要な事だろうとも感じられた。

パーティのリーダーとは言わない、せめてお荷物にならないだけの実力をつけたいというのが本音だ。

それに、弱いままでは幼馴染達を探しに行く事も出来ない。

魔王にもらったいろいろなサポートは強力ではあるが、使いこなすためには俺自身が努力しなければいけないという点では共通している。

飛び抜けた能力で一足飛びにという訳にもいかないのが現状だ。

だが、スタミナのサポートのおかげで努力をする分には疲れる事はない。

パーティが動けない今、それを生かさない手はなかった。



「剣術を教えてくれそうな人物ね……いないわけじゃないけど……」

「できれば近くにいる中で一番強い人でお願いします」

「んー、いる事はいるけど……あまりいい噂のない人物よ?」

「というと?」

「実力は申し分ないんだけど、裏の依頼も受けているらしいのよ。この意味わかる?」

「……それは、殺し……ですか?」

「断言はできないけどね」



この世界においても、依頼されて人殺しをするのはやはり普通じゃないらしい。

その事を再確認し、少しほっとする。

しかし、その人殺しを既に俺はしているのだ……ゾッとする話であった。

だが、それを否定する事は出来ない。

ならば……。



「他の人はいませんか?」

「いる事はいるけどね……ボーディックさんより上となると関所の向こう側っていうことになるけど……」

「うっ……」



淡い希望を込めて聞いてみたが、難易度はかなり高いようだ。

関所を越えるための手形を発行してもらうためには金と身分証明が必須だ。

しかし、冒険者協会である程度は保証してくれるとはいえ、戸籍があるわけじゃない。

Dランクにもなっていない俺が関所を通る事は事実上不可能だといっていいかもしれない。



「じゃあ、その人を紹介してもらってもいいですか?」

「行くつもり?」

「ええ……今は少しでも強くなりたいんで」

「わかったわ。でも気をつけなさいよ」

「はい」



紹介された場所は正に、関所の直前にある山間部。

とはいっても、南方の関所は直進すれば一日で到達可能な場所にある。

首都圏とカントールはそこそこ近い場所にあると言えるのかもしれない。

最も、往復を含めればティアミスの回復まで一週間と少しあるかどうか。

それだけの間に強くなってしまおう等とうぬぼれた事を考えているわけではない。

それに、そいつの事情に巻き込まれるのもごめんだ。

型や呼吸法、間合いの取り方など、コツとなりそうなものを目に焼き付けるのが目的というのが正しい。

鍛えるのはいつでも出来るのだ、スタミナが切れない以上。

もっとも、こだわりのある流派だとそれはなかなか見せてもらえないかもしれないが。



「そう言う考え自体甘いのかもしれないが……」

(多くを知る事は悪くはないと思うぞ。しかし、随分と山奥の村なのだな)

「村じゃないらしい、邑とでもいうかな、税金を払わない人間なんかが住んでいるそうだ」

(犯罪にならないのか?)

「国の庇護を受けない代わりに干渉もしないというのが彼らのあり方なんだそうだ。

 ややこしい奴が多いので領主は黙認しているらしいが」

(事実上の敗北宣言だなそれは)

「多分な」



やばい匂いがぷんぷんする場所でもある。

とはいえ、実数的にはほんの数件家がある程度だそうなので、囲まれてぼこられる心配はさほど高くないとは思うが。

だからって安心できるわけでもない、山登りは最近ほとんど問題なくなったが、未だに森を行くのは経験不足かもしれない。

少しばかり山を登った頃、ようやく目的の邑が見えてきた。

家の数は遠目に見ても4件程度。

やはり村としても小さすぎる規模だ、経済というか協力体制が成立しないだろう。

まあ、今回は邑そのものの事はこの際どうでもいい、日持ちのする食糧は十分に持ち込んでいるし、手土産も持っている。

元々金を積めば何でもしてくれる徒の事なので、後は気にいるだけの金を出せるのかどうかという点にかかっている。



「もっともここまで来て何もなしに帰るのも癪だけどな」



そう独り言を漏らしながら俺は目的の相手の家へと急ぐのだった……。























「ガルネイフ様、このお布施はどうなったのですか?」

「……といいますと?」

「帳簿上ではお布施を頂いた事になっているのですが、その後用途不明の出金を受けて消えているんです」

「はあ……と言われましてもな、私は帳簿の管理をしているわけではないですしな」



ここは、司教の執務室。

本来神に仕える彼らは執務等必要ないという考えも出来るのだが、信徒の数が増えてくるとそうもいかなくなる。

教会への寄進、国や地方のイベント、悩みの相談に、喧嘩の仲裁、軍隊や政府との折衝に至るまで色々な問題があがってくる。

それらを適宜処理していくわけだが、個人的な事はそれぞれの教会で何とかなるにしても規模が大きくなると大教会に回ってくる。

司教は毎日そういった雑務を片づけつつ、営業マンのごとく色々な人と話し合いを持つ必要があるのだ。

究極的に宗教の信用も人と人とのつながりであると言う事が出来る。

もちろん、ある種の法悦を使った洗脳等を行う場合もあるが、正直大規模宗教の理には適っていない。

洗脳が通用するのは一部の限られた場所で、特殊な環境に置かれた場合に有効になるものだからだ。

世界中に信徒がいる宗教においてはその必要性は全くない、親が子に、隣人が隣人に教理を噂話として広めてくれるからだ。

それ故、階級が上がっていくほどに、政治家や企業家としての側面が強くなるのは仕方ない事であった。


当然、そんな状況下であれば金銭問題は重要になってくる、人間何をするにも先立つ物が必要なのだ。

そして、今司教となった水色の髪の女性、フィリナ・アースティアは帳簿管理の杜撰さに頭を痛めている最中であった。

最もそれは問われているガルネイフ大司祭においても同じ事、元々その辺の帳簿はあえてぼかしているのである。

裏金や、企業との癒着に関連した金は表にはあまり出ないようにはなっている。

しかし、形として寄付となっている裏金も割合多いのだ。

それらは出来うる限り早く彼の懐に収めていたが、帳簿に残る事もある。

今回のそれは、フィリナが来るまでに消しきれなかった裏の金が乗った帳簿であった。



「帳簿がこの執務室にあると言う事はガルネイフ様の帳簿という事ではないのですか?」

「帳簿など、いつも終了の印を押すためにいくつも並べてありましたからな……とんと記憶にありませぬ」

「……わかりました。ではもう一つお聞きしたいのですが」

「なんですかな?」

「交遊費として毎月金貨300枚(約3000万円)を計上してらっしゃいますが、一体誰との交遊なのですか?」

「色々なパーティに呼ばれるのでね、貴族たちに付き合うにはそれでも少ない位だよ」

「なるほど……」



フィリナもおおよそ予想していた事ではあったが、ラドナ公国内のソール教団は酷いものだった。

教理には、余計な金を持たず清貧を良しとせよとある。

これだけ巨大な宗教になると形骸と化してしまう教理に過ぎないが、流石におおっぴらにハメを外そうとする人はいない。

特に教会内では皆神聖な雰囲気を持つ場として心を引き締めるし、金銭に汚い事を教会内でするのは気が引けるものだ。

だが、ラドナ公国にはそういったタブーはない。

フィリナにとっては、それはどう対処すべきか頭の痛い問題であるし、またそれを享受してきた人々と相対するのは辛い事だ。

同時に、ガルネイフにとっても今までなぁなぁで通っていた事が一々追及されるのは痛し痒しであった。



「それでは、私は午後の視察がありますので、ガルネイフ様は留守をお願いしてよろしいですか?」

「ああ、頑張ってくれたまえ」



フィリナもいつまでもガルネイフに付き合う気になれなくなっていたし、ガルネイフもフィリナの追求が終わってほっとしていた。

フィリナは勤勉であったので、今までの問題点がどんどん浮き彫りになってきていた。

ガルネイフは思う、今までそれでうまく行っていた事の問題点を追及するのは意味の無い事だろうと。



「やはり……このままという訳にはいかんか……」



フィリナは護衛数名を伴い、首都の視察に出ていく。

彼女はまだこの町の事はよく知らない、

しかし、活気に満ちている面と、表に出ない犯罪が多く発生していると言う面がある事は感じていた。

確かにここで幸福を享受している人も多いだろう、しかし、当然ながらお金がないものには厳しい場所でもあった。

本来教会というのは、そういう、あぶれた人を社会に還元する役目も負っているものだ。

住めなくなったり、生活できなくなった人は教会にやってきて、暫く厄介になって職を探したり、教会で働いたりする。

孤児を引き取ったり、犯罪者の更生を引き受けたり、生活弱者が駆け込む場所という意味合いも強い。

少なくともフィリナの知る教会とはそういうものだ。

だが、ここの教会は積極的に強者に取り入りそのおこぼれにすがっている。

それは本末転倒というものではないだろうか?

フィリナはどうしてもその点を認める事が出来なかった、文化の違いで済ませるには理念を外れすぎているように思えたからだ。



「でも……このままでは……」



かつて、勇者となったレイオス・リド・カルラーン王子と一緒にいた頃とは違う。

自分の周りには気心の知れた仲間は誰もいない。

こと戦闘に関しても、パーティの中ではさほど強いほうではなかった。

今一人となった彼女は人脈もなければ大した武力も持たない、担ぎあげられているだけのお飾りだ。

今は正直教会を改革するよりも、彼女は仲間を作るべきであった。

孤立無援では、多少の武力を行使しようといずれは倒れる運命となってしまうのだから。



「レイオスの馬鹿……ピンチになったら助けてくれるって言ったじゃない……」



ぼそりと、誰にも聞こえないように言うフィリア。

言っても仕方のない事ではあった、しかし、幼い頃レイオス王子はフィリアにそういう約束をしていたのも事実だった。

周りにいる人間と価値観を共有できないというのは針の筵に座っているようなもの。

何かをするにつけ反対され抵抗される上に、上手くいっても睨みつけられるばかり。

元来聖女と呼ばれた事もあるフィリアは、どこか無垢で真摯なところがあった。

他人の事を考えず突っ走るという意味ではない、他人に尽くし過ぎて理解されないというほうの意味だ。

元々拝金主義に染まったアッディラーンの人々にとっては理解のし辛い事であったし、逆に疑心暗鬼を呼んでもいた。

最もそれも、10年もいれば相手のほうも理解してくれるようになるものだが、着任後まだ半年程度では尚更警戒されている。

ちょっとでも、彼女が妙な行動を取ればたちまち人々に敵対者として認識されることとなるだろう。

彼女もその事はわかっているだけに迂闊な行動も取れず心休まる事はなかった。

兆しは既に現れていたという事なのかもしれない……。




























幸いにして俺は邑についてすぐにその男と会う事が出来た。

40にはまだなっていないだろう、少し影のある栗毛をボサボサに伸ばした男。

剣士である事は間違いなく、体格も190cmに届くか届かないかという所だ。

山間部とはいえ、南の国であるからか、それとも単に地黒なのか浅黒いその肌を見ても筋肉のつき方が違った。



「貴方がルドラン・エッケルヘント殿ですか?」

「いかにも……何用ですかな?」

「剣を教えていただきたい」

「……」



唐突過ぎただろうか、ルドランは俺を見て黙り込む。

特に睨みつけるでもなく、殺気を向けるでもない、無機質な表情を唯向けられているだけだというのに温度が下がったように感じられる。

単純に気押されているのかもしれないが……背筋に冷たいものが走る。



「私は教えない、私の剣を盗むのは勝手だが、見たければ金を払ってもらいましょう」

「それは授業料という事ですか?」

「そう受け取ってもらって結構」

「……わかりました、お願いします」



こうして俺は一週間ほど住み込み、彼の訓練風景を見せてもらう事になった。

授業料として取られたのは金貨5枚(約50万円)やたらと高いが命を守る術を買うためだと思えばそれほど高いものではないのかもしれない。

初日、俺は訓練風景を見ることに集中していたが、彼の訓練は夕刻に二時間程度のみで後は基本生活の準備をしているだけのようだった。

もっともその2時間とて俺には貴重だったので、見せてもらったものは夕食後一通り試してみることにした。

ものになったものは一つもなかったが……。



「懲りないなお前も」

「ルドランさんの技を盗めるなら何度でもまた来るつもりですよ」

「その度に金貨5枚を払ってもか?」

「ええ」

「それはいい定期収入だな」



ルドランは皮肉げに笑う。

まあ、俺は才能があるわけじゃないし、むしろこうして技を見せてもらえるほうが奇跡的ではあるが。

つまりは俺が技をものにできるとは考えていないという事だろう。

むしろ、だからこそ技を見せているのかもしれない。

確かに俺が普通ならば諦めているだろう、普通の何倍も練習しなければ身につかないだろうからだ。

才能があるものとない者の違いとは何かといえばコツを覚えるスピードの違いだと俺は思う。

コツといっても体の動かし方やそのタイミング、いろいろシビアなものがあるため、普通はそうそうものにはできない。

しかし、才能があるものはそのコツを才能がないものの数倍から数十倍の速さでものにする。

結果的に努力も数分の一から数十分の一になるわけだ。

もちろん努力をしていないわけじゃない、ただ努力に対する対価が違っているだけの事だ。

天才と呼ばれる人種に奇行が多いのも、普通とは見方や感じ方が違う部分があるからかもしれない。

ともあれ、つまりはコツをつかむまで努力すればいいという点では天才も凡才も同じなのだ。

ただ、凡才は天才の何倍、何十倍、時には何百倍もの努力を要しなければ同じ場所に立つ事は出来ない。

そして、俺はスタミナ切れの心配なく常人の数倍の努力をする事が出来る。

天才に追いつくほどではないかもしれないが、それでもかなりのアドバンテージになるはずだ。

そう言う意味で俺はいつかルドランの鼻をあかしてやろうと考えてもいた。

ただ、この暗い目の男にとってはそれすらどうでもいいと思えていた可能性もあったが……。



「おい」

「なんです?」



ルドランの練習を見た後、反復練習に勤めていた俺を当のルドランが呼びとめた。

そこには表情こそ宿っていないものの、どこか不思議そうな面持ちがあった。



「何のためにそんなに努力する?」

「究極的には自分のため、ですかね、役立たずになりたくないとか、

 皆を守りたいなんて言う事も出来るけど根本は自分が強くなりたいだけかも」

「ほう……、だがそんな理由で一日の大部分をそうやって素振りに費やしているのは辛いのではないか?」

「そうでもないですよ。これでも俺はスタミナには自信がるんです」

「そうか……」



ルドランは基本的に無愛想だが、全くもってというわけでもない。

それなりに、気を使ってはくれているようだ。

とはいえ、あくまで場所を貸してくれているだけであり、食事は俺の持ってきたものを食べているのが現状でもある。

食材を持っていないわけじゃないだろうが、ケチくさい部分もあるらしい。

だが、剣術のほうは特にこだわりもなく見せてくれた。

お陰でいろいろと体捌きについて分かった事がある。

身につけるまでにはかなりの時間がかかるだろうが、知るのと知らないのでは全然違う。

そんなこんなで4日ほど過ぎた。



「ふう、今日はこんな所か……」



俺がその日の修練を終える頃、珍しく深夜にもかかわらず灯りがともっていた。

不思議に思っていると、中から人が出てきた。

外套を羽織っているのではっきりとした事は分からないが、下から見えた青い衣装はソール教団のもののようだった。

一体何をしに来たのかと考え、ふと思いいたる……依頼をしにきたのではないかと。



「護衛依頼ななのか?」

(そんなわけはないだろう、人を忍んでこんな所まで来る依頼なぞそうあるとは思えんな)

「ラドヴェイド……、いや、この場合お前が正しいか……」



そう、出てきた人が去った後、家の中からは明らかな殺気が放たれていた。

俺に気付いて覗き見をとがめるためにかと思ったが、家から俺は50mは離れている。

それに、俺に気がついたなら俺に向けて放たれるはずの殺気は八方へと散っていた。

しかし、その殺気の密度を前に俺は動くことすらままならなかった……。

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■作者からのメッセージ
明けましておめでとうございます!
またも結構遅れましたが、とりあえず魔王日記本編を始めたいと思います。
今までの話は準備段階という事もありキャラ紹介に終始している部分もありましたが、
これからは話の主軸となる魔王や世界観を少しづつ出していきたいと思います。

この世界も派閥や勢力が幾つも存在しており、その一つであるラリアの国政事情から始めて行こうかと考えております。
なんというか、国家間の争いとかいろいろ書いてみたいと言うのが本音でしてw
ちょっとづつ5つの国と魔王領の様子を出していけたらいいなと思います。


感想いつもありがとうございます♪
お陰で今もテンションを維持する事が出来ております!


>STC7000さん
いえいえ、仕方ない事ですよw
ただ、テンションが下がっていたのは本当でして、最も他の事も色々重なってましたしね(汗
ともあれ、復活しましたので今後もよろしくです♪

トロルに関してはただパワーとしぶとさが強いだけで頭もよくないし動きも遅いキャラとして作っています。
イメージはあれかな、白騎士物語のアレw
ゴブリン20匹はちょっと交換レート悪いですかねww
ただ、今の時点であまり魔力集めすぎると怖いかなと。
ともあれ、今回の話がひと段落する頃にはネタバレも起こっているかもですが。

心根が少し成長しているのは、実はこの話に間に合わせたかったと言う事もあります。
派手な話というわけではないですが、今後の展開を支える話の予定ですのでw


>Februaryさん
確かに、割と普通なんですが、実際モンスターの出現場所が分かってないとハメる事は難しい気もします。
命がけですしね、そうそういい儲け話という訳にはいかないかも。
ただ、確かにハイリスクハイリターンな職業ではありますねw

シンヤはこれからもがんばってもらいますよw
平穏になるのは全てが終わってからで十分という考えですw


>T城さん
あはは〜、確かに多少そのケがなかったとは言えないですね。
でも、これから本編に入りますので出来れば出していきたいと考えています。
この先の話は最初の頃から考えていたネタでして。
今までの話はフラグセットの意味合いも強かったですからね。

トロルとの直接戦闘シーンがなかったですからね。
申し訳ない話です、戦闘シーンが必須という訳でもないかなとちょっと緩めに書いてしまいました(汗
まあ、トロルはボスとはいっても序盤のものですし、今後はもう少し緊張感のあるバトルが書けるよう頑張りますね。



それではみなさん、今後もがんばりますのでよろしくお願いします♪
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