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コードギアス 共犯のアキト 第二十一話「籠の中の奇術師(前編)」
作者:ハマシオン   2011/01/22(土) 23:03公開   ID:OCozLcSOeMU
コードギアス 共犯のアキト
第二十一話「籠の中の奇術師」――前編





 辺りが調度品や壁の欠片で散乱するクラブハウスの中で、ルルーシュは椅子に座り幾分憔悴した様子でラピスに話しかけた。

「……ラピス、まずは何が起こったのか教えてくれ」

 ナナリーを浚われ混乱状態に陥ったルルーシュだが、アキトの尽力のおかげでなんとか平静さを取り戻した。
 ラピスはルルーシュ達がいない間に何が起こったのかを説明しはじめた。

「ルル達の作戦行動中、私は自分の部屋でみんなのオペレートをしていたから詳しくは分からない」

「……おい!」

 その言葉に激昂するルルーシュだが、ラピスに黙って聞けといった視線を向けられ口を噤む。

「始めに気付いたのは咲世子だった。オペレート中やけに家の中が騒がしいと思ってたら、既に家の中にブリタニアの軍人が忍び込んでいた」

「軍が直接乗り込んできたのか!?」

 ラピスはこくんと頷くと、言葉を続ける。

「咲世子は私とナナリーを連れてシェルターに籠もろうとしたんだけど、軍はナナリーだけを狙って私達には目もくれなかった」

 ラピスが言うにはクラブハウスにはかなりの数の軍人が乗り込んできたらしい。
 咲世子はメイドでありながら対人戦闘にかけてはかなりの腕前を誇るものの、数の力には勝つことができず、ましてやナナリーやラピスといった護衛対象を抱えていたため、対処しきれなかったようだ。

「アラームや警備システムは作動しなかったのか?」

「作動したけど警備システムは全部潰された。システム的じゃなくて物理的にね」

「文字通り、力づくで事を済ませたというわけか」

 もしもの時に備えてクラブハウス内には警報装置や対暴徒用の警備システムを備えていたがものの、本職の軍人相手には相手が悪かったらしい。

(しかしアッシュフォード学園に秘密裏に軍を送り込んでくるとは……)

 アッシュフォードは一般市民だけでなく貴族の子息女も通う学園だ。本国の貴族学校に比べると幾分ランクは下がるものの、それでもエリア11の貴族のほとんどの学生はこのアッシュフォードに通っている。
 そんな場所に夜更けとはいえ躊躇なく軍人を送り込む事を考えると、相手の本気の入れようが分かる。
 後でアッシュフォードから軍の方へ抗議はいくだろうが恐らく何も取り合ってくれないだろう。クラブハウスのあちこちに銃痕を直すためにも数日は立入禁止にして、ミレイ会長に謝罪しなければなと考えるルルーシュ。

「俺が何を聞きたいか分かっているな、C.C.」

「分かっている……マオの事だろ?」

 だが目下の最優先事項はあの男――マオの正体について知ることだ。
 マオの言っていた泥棒猫と言う言葉に引っかかりを覚え、もしやと思って聞いてみればやはりあの男は過去にC.C.と接触していたようだ。

「では聞こう、あいつはギアス能力者か?」

「YESだ。アイツとは11年前に分かれたきり知る由も無かったがな」

 そう言うC.C.の目の奥が僅かながらに揺れていることに気づき、ルルーシュは語気を強めながら質問を続ける。

「聞くことはまだあるぞ。マオの能力についてだ」

「……奴の能力はお前の読み通り心を読むこと。集中すれば最大500m先の人間の心を読むことができ、その気になれば深層意識すら読みとることができる」

「500mか……」

 思った以上に広い範囲にルルーシュは舌打ちをついた。
 マオに気づかずにナナリーを奪い返そうとしても、500m以内に近づけば即座に気づかれてこちらの手の内を読まれてしまう。そうさせないためには遠距離から狙撃を行い一瞬の内に殺すことがベストだが、相手もそれを警戒して以前のように無闇に姿は晒さないだろう。

「お前のギアスのように回数制限や目を見るといった条件も一切無い……強いてあげるとすれば、奴は能力をオフにすることができない」

「能力をオフできない?」

「ああ、奴が望もうと望むまいと奴の頭の中には常に他人の思考が流れ込んでいる」

 そのリスクを想像してルルーシュはマオに極僅かながら同情を覚えた。
 他人の暗い感情が常時頭の中に流れるというのは、気が狂いそうになるほどの苦痛だろう。

「狙うとしたらそこしかないか……」

 これでマオの能力と発動条件は分かった。後はこちらとあちらの戦力と能力を吟味してなんとか作戦を立てるだけだ。
 だがその前にルルーシュにはやらなければならないことがある。

「ギアス……それがルルーシュが決起を早めた自信の源だったか」

 そう、最も信頼できる共犯者であるアキト達に、秘密にしていたギアスについて話さなければならないことだ。
 今までも何度かルルーシュが手に入れた力について聞かれることはあったが、その度に先延ばしにしていた。
 だが、今回の大敗で相手にもギアスユーザーがいることが分かり、流石に隠し通せることができなくなってしまった。
 黒いバイザーに遮られて分からないが、恐らくアキトの視線はこれまでにないほど鋭くなっているだろうと思い、ルルーシュは身震いする。

「ルルのギアスは、人の意志を奪って自由にできる事?」

「……あぁ、そうだ」

 便乗するようにラピスからも質問が飛んでくる。
 七年もの間家族を騙し続けてきたルルーシュとしても、後ろめたさから姉?の問いに答えずにはいられなかった。

「なるほど、ルルーシュが簡単に口にできないわけだ」

 意のままに人を操る能力。
 それだけ聞けば、並の人間は近づくことさえないだろう。誰も好き好んで操り人形になりたくないし、本人の知らない内に犯罪に巻き込まれてしまうかもしれないのだ。
 ルルーシュの願いを承知済みで協力してきたアキトであったが、得体の知れない能力を使い他人の意志を意のままに操る所業は見過ごすことができなかった。

「ルルーシュ、君はその力を使って今までどれだけの人間の意志を奪った?」

「今日の時点で193人。直接力を使って殺したのは67人だ」

 責めるような口調で問いかけたアキトの言葉にルルーシュは淀みなく答えた。
 間髪入れずに返ってきた答えにアキトも驚き、バイザーの奥の目が僅かに見開かれる。

「俺が目指すのは優しい世界を作り上げるため。そのためにはどんな犠牲も厭わない」

 ルルーシュはアキトだけでなく、部屋にいる人間全員――そして自分自身に言い聞かせるように言葉を続ける。

「俺がこうしてギアスを行使した人間を覚えているのは下らない自己満足だ。だが今の俺にはこれくらいしかできることがない」

 しかも答えたのは殺した人間の数だけであって、ギアスをかけた人間の数になるとかなりの数に上る。ほとんどは日常生活に影響のない程度の命令しか与えていないが、一度指示したキーワードに反応すればその人間は一瞬で忠実な工作員へと変貌するだろう。そしてそれによって多くの人の命が失われるのは自明の理。
 己の目標のために犠牲にした人間は直接的、間接的に関わらずこれからもどんどん増えていく。
 今のルルーシュの行いをみれば万人が希代の犯罪者と指摘するだろう。

「アキト、ラピス。もし俺が信用できないなら、今ここで俺を殺すなりここを去るなり好きにするといい」

 ルルーシュは自嘲の笑みを浮かべてそう言い捨てた。
 そんな人間のためにわざわざ仕える必要はない。いつまでも傍にいれば、いつかとんでもない命令を受けて捨て駒にでもされるかもしれないのだから。

「だが俺を殺そうとするなら遠慮なく抵抗させてもらう。俺の理想を実現するためにはまだここで死ぬわけにはいかんからな」

 それは自分自身に立てた誓約だ。
 自分が死ぬということはこれまで己が殺した人間、そして数多くの人間の遠くない未来を奪った罪が全くの無意味になるということだ。
 自信の身勝手な願いのために犠牲になった多くの命や未来のためにも途中で放り投げることは絶対に許されない。ルルーシュはそう考えていた。

「たとえお前達が俺の敵になろうとも、俺は絶対にあきらめない!」

 そう最後に言葉を吐き出すと、ルルーシュは口を噤みアキト達の答えを待った。
 返ってくるのは怒りかそれとも誹謗か。どちらにしても、これでアキト達が自分の傍から離れるのは間違いないだろう。
 騎士団の団員達を説得するのは大変だなと、心の中で苦笑するルルーシュ。だが返ってきた答えにルルーシュは目を丸くした。

「……それだけの決意があるのなら、俺からは何も言うことはない」

「な……」

 何故と問おうとするルルーシュを手で制し、アキトは口元を僅かに吊り上げると皮肉下に言った。

「もしもルルーシュが人を駒のように扱って、それに何の感慨も持っていなかったら黙っていないさ。だが君はギアスの有効性と危険性を十分に理解し、更に俺達にも打ち明けてくれた……俺にギアスが通用しないのを承知済みでな」

 ギアスはメガネ程度の透過率なら問題なく通用するが、アキトのバイザー程になると流石に効かなくなる。
 だがルルーシュはそれを知りながら、彼の持つ力の有り用を提示した。アキトはその真っ直ぐな心根を間近で見て、彼がこの先力に溺れることはないだろうと確信した。

「君が往くのは修羅ではなく覇王の道。そして俺はその道を切り開く剣となる……君が進む道を違えない限り、俺は君の騎士であり続けよう」

「私がいる場所はアキトと一緒。アキトが協力するのなら私もルルーシュに協力する」

 正に忠臣の鑑ともいうべき言葉にルルーシュは胸を熱くし、思わず涙が滴れそうになるのを堪える。

「……ありがとう、アキト、ラピス」

「別に構わない――だけど私に隠し事をした罰として、この件が終わったらザッハトルテを一ホール作ること」

「ぐっ、また難しいものを……そんなものでよければいくらでも作ってやる」

 ラピスの命令に一瞬眉を寄せるも、そんなことでギアスの事をチャラにしてくれる彼女の器量に快く答えるルルーシュ。
 一方、そんな光景を見ていたC.C.はアキト達に対して驚きの視線を向けていた。

(王の力は人を孤独にする。何故なら人は必ず未知のものに恐怖を抱き、それを排除しようとする習性をもつからだ……なのにこの男はそれをあっさり受け入れた)

 今までのギアス保持者の中にも、その力を他者に知ってもらおうとした者もいたが、それに対する反応のほとんどは恐怖や嫌悪といったものだった。アキトのように受け入れた者など皆無だったのだ。

(ギアスの条件から自分はかからないからと踏んだからか……いや、それもあるだろうが、コイツの反応はそれとも少し違う)

 忠義のためや元から持つ心の強さでもなく、それ以外に未知の力を受け入れる動機――

(まさかギアス以外の異能の力を持つとでも言うのか?)

 それならばギアスという未知の力を受け入れたのも納得がいく。元々アキト達はこことは異なる世界から来たとマリアンヌから聞いていた。異世界の技術だけでなく、そういった力を持っていたとしても不思議ではない。
 それを聞いてみたい衝動に駆られるC.C.だったが、まずは片づけなければならないことがあると考え直し、声をかけた。

「家族会議は終わったか? いい加減私の事を放ってほしくないのだが」

「そうだな、話を元に戻そう……奴の目的は何だ?」

「マオの目的は間違いなく私だろうな」

「……奴にも俺と同じような契約を持ちかけたのか?」

「……そうだ」

「そしてマオでは契約を果たせないと悟ると捨てたわけか……酷い女だな」

 ルルーシュの言うようにマオについては確かに己の責任であるため、C.C.は反論できずにふい、と視線を逸らしてしまう。そんなC.C.の様子に溜息を一つつくルルーシュ。

「一つだけ確認しておくぞ、お前は俺達の味方か?」

「何を今更……」

「元から疑われる要素を持っていたんだ。ルルーシュが疑心暗鬼になるのも仕方ない」

 アキトからの援護口撃も加わりC.C.は仕方ないと思い、ルルーシュ達との関係を改めて確認するように言った。

「お前は私と契約した大事な共犯者だ。私の願いを叶えてもらうためにもお前に死んでもらっては困る」

「――そうか、ならば此処はお前を信じよう」

「……いやにあっさり引き下がるな」

「なんだ、もっと聞いてほしかったのか?」

「そういう事ではないが……」

「少なくともお前が契約を持ちかけなければ、俺はシンジュク・ゲットーで命を失っていた。内容を確認しないで契約を結んだ俺にも責はあるし、お前のこれまでの態度からもマオが不確定要素であるのは間違いないだろうからな」

 C.C.としても無闇に探られずに済むのはありがたいが、ルルーシュがあっさり引き下がったことに逆に戸惑いを覚えていた。
 この男のことだからてっきり徹底的に追及してくるものと思っていたが、最低限の事を聞き終えただけで終わったので拍子抜けしていた。

(アイツの息子のことだからもっと取り乱すとも思ったが……この男の教育の賜かな?)

 数十年来の友人の小さな頃を思い出すC.C.だったがルルーシュの側に控えるアキトを盗み見して、どこか納得したような気がした。
 そして味方の説得と相手の情報を手に入れたことでようやく本題に入るルルーシュ達。

「マオの能力についてだが、奴の能力が心を読むことができるというだけならあの戦いは説明できない」

「リーディング可能な範囲が500mに絞られるとはいえ、話を聞く限りその指揮ぶりは異常」

「確かに……俺の心を読むだけならまだしも、藤堂やカレンの動きをあそこまで予測されるのは妙だ」

 アキトの疑問にラピスが同調するように答え、ルルーシュが先日行われた収容所での戦闘を思い返す。こちらの策を悉く見破るだけでなく、別の区域での戦闘でも黒の騎士団の機体は劣勢だった。
 ルルーシュにとっても複数の部隊の指揮など造作もないことだがマオの指揮はどこか妙だ。

「あの機体――サザーランド・ミーミルといったか」

「ミーミル……確か、北欧神話に出てくる知識を司る神の名前だったかな?」

 神話の中では巨人の名前であったり知恵や知識を隠した泉であったりと色々な側面があるものの、今はそれは問題ではない。
 ルルーシュは戦闘の最中に見たあのサザーランドのコックピットの模様を思い出す。

「あの機体のコックピットにはギアスの紋章が描かれていた……恐らくあの機体はギアスの能力を増幅するのではないか?」

「……十分に考えられるな」

 人の心を読めれば相手の意図が分かり、万人の心が読めれば最早神の視点を手に入れたも同然となる。

「という事はルルーシュの作戦が悉く読まれたのも……」

「ミーミルで能力を増幅させて、より詳細に心を読んだ。もしくは広範囲に広げてより多くの人間の心を読んで正確な動きを掴んだという事だろう」

 あのサザーランド・ミーミルは簡単に言えば、単機で空母や戦艦に備えてある戦闘指揮所(CIC)と同等の能力を持っていると考えるといいかもしれない。

「ちょっと待って、だとしたら私達の今いるクラブハウスにも……」

「なるほど、ラピスの心を読み、このクラブハウスのセキュリティに対抗したわけか。500mならギリギリ学園外から読みとることも可能だ」

「――防犯設備を見直さないとね」

 心を読みとり、あらかじめクラブハウスの施設の位置や防犯機能の情報を軍に知らせたからこそ、手早くナナリーを連れ去ることが出来たのだろう。

「あの……ルルーシュ様」

 そうやって対策を話し合う中でメイドの咲世子がおずおずと部屋に訪ねてきた。

「咲世子さん、どうしましたか?」

「ポストにこのような手紙が……」

 咲世子が差し出した手紙をアキトが受け取り、危険がないかを確認してからルルーシュに差し出す。
 封を開けて手紙を広げると、途端にルルーシュは表情を堅くした。

「……マオからだ」

「なんて書いてあるの?」

「ナナリーを返してほしくばクロヴィスとC.C.の身柄を寄越せと書いてある」

 ラピスはルルーシュの持つ手紙をひったくると食い入るように文面を見つめ、元の無表情からは考えられないほど大きな瞳を鋭くする。

「ルルーシュ、マオの狙いは私だ。私を利用すればなんとかなるはずだ」

「詳しい契約の内容も話さず、秘密ばかり抱えるお前を使えと? 乗れない相談だな」

「ではどうするつもりだ? マオのギアスとお前のギアスとの相性は最悪だぞ」

 前回の戦闘では大敗し、何よりも大事な妹を奪われ、恐らく軍にも自分の情報は出回っている。

 ――いや、本当にそうか?

「ラピス、軍や政庁の動きはどうなってる」

「ちょっと待って……あれ、動いてる軍は純血派だけ。政庁も特に目立った動きは無い」

「……やはりな」

「どういうことだ、ルルーシュ?」

 アキトが皆を代表して問いかけた。

「恐らくマオはまだ俺の正体をばらしていない」

「何故そう言える?」

「先の戦闘で見かけたナイトメアは全て純血派の機体だった。ゼロを捕獲しようという作戦に妙だとは思わないか」

 確かに今思い返せば、戦ったナイトメアは白騎士やドロテアの機体以外は全て肩に赤いペイントが施してあった。

「だが白騎士やラウンズのドロテアもいるのだぞ? ブリタニア本国に情報が行っているのは間違いないんじゃないか?」

「マオが情報を与えているのならそうだろう。だが現に動いている軍は純血派と白騎士、ドロテアのみ。つまりはマオはゼロの正体を話していないため、ブリタニア陣営もまだゼロの正体には気づいていない」

 そう、情報が伝わっていれば神速の電撃戦を得意とするブリタニア軍のことだ。すぐにこのクラブハウスを包囲して逮捕に踏み切っているはずだ。

「でもナナリーが敵の手中にいるんじゃ、時間の問題だよ!」

「分かっている、既に手は考えてある。後は手元にカードが来るのを待つだけだ」

 ルルーシュ直ぐにナナリーの元へと向かいたい衝動を必死に抑えながら、来るべき援軍を待つために仮面を被り、黒の騎士団のアジトへと向かうのだった。





「マオ」

「あぁ、おかえり〜……どう? お姫様の様子は」

 政庁の側にある純血派一派が使用している格納庫の一角で、ヴィレッタはポチポチと慣れた手つきで端末を叩いているマオに声をかけた。

「……まだ目は覚めていない。まぁあれだけの麻酔をかけてはな」

「手荒な真似はしていないだろうねぇ?」

「馬鹿にするな……私とて軍人の端くれだ」

 軍の中には捕虜にとった人間に対して自らの欲望を満たすために蛮行を行うものもいる。純血派の人間にそのような者はいないと信じたいヴィレッッタだが、念には念を入れて、人質の少女は要人を収容するために使われる強化ガラス張りの牢に入れてある。
 昨日の作戦が終了した後、帰還したヴィレッタ達を待っていたのは厳つい軍人に連れられた盲目の少女だった。
 トウキョウ租界では有名な学園であるアッシュフォード中等部の制服を着た、あまりにも似つかわしくない少女に疑問を覚えたヴィレッタだったが、尋ねたマオが次に放った言葉に凍り付いたものだ。

『あぁ、彼女? ゼロが大切にしているお姫様だよ』

 それはどういうことだと問いつめるも、のらりくらりとはぐらかすばかりで、ならば人質の少女に尋ねればいいと向かおうとしたが、彼女はゼロへの大事な人質だから乱暴なことは厳禁と、徹底した命令を部隊に通達していたためそれも叶わなかった。
 ヴィレッタはその苛立ちをぶつけるようにマオに尋ねた。

「どうやって知ったというのだ、ゼロの身内など……」

「身内なんて言った覚えはないけどねぇ。でもまぁ、ミーミルにかかればどんな相手の心も丸裸だからねぇ」

「……それは私達の心もか?」

 言葉に込めた意味に気づいたのかどうか分からないが、マオは向かい合っていた端末から手を離すと、イスをくるりと回してこちらに向き直った。

「んー……何が言いたいのかな?」

「とぼけるな! 貴様は読んだんだろう、私達の……私の心を!!」

 初めて会った時から不気味な男だった。バイザーに隠された瞳がずっとこちらの心の中を見透かしているようで、目の前に立つだけで鳥肌が立ってしまうほどだ……。
 ブリタニア人でもないのに好きに軍を動かす権限を持つという不可解さも加わり、この男は相手の心を読んでいるのではないか? それで相手の弱みを握って軍を掌握したのではないか? そのような馬鹿なことすら考えてしまっていた。
 だがそのような愚かしい疑念が、日を経つ毎に確信に近づいていた。
 そして敵の手の内を見透かしているような正確無比な指揮ぶりに、味方の疑念の声すらも無くなった頃、唯一人疑いの心を持ち、奴は相手の心を読むのではと考えた自分に対してマオは僅かな間こちらに向いてニヤリと口を歪めて笑い、声を出すことなくこう言ったのだ。

『おおあたり』と……

 あの時のマオの笑顔は未だに脳裏にこびりついている。

「貴様は危険だ。その力は周りの人間に害しか与えない」

「それはどうかなぁ? 僕は君達にたぁくさんの成果を与えたんだよ。それどころか今度はゼロへの人質を捕まえたんだ。誉められる事はあっても怒られる筋合いはないんだけどなぁ」

「……っ!!」

 確かにコイツが純血派に与えた恩恵は計り知れない。もしコイツの言う通りにしなければ、純血派はリーダーを欠いた状態のまま空中分解していただろう。

「あぁそれともアレかい? 僕みたいな男に自分の醜い醜い心を読まれるのがイヤだったとか?」

「貴様……っ!」

 半ば図星を突かれて激昂し思わず掴みかかろうとしたその時――

「マオ殿!」

 若い男性の男が辺りに響き、格納庫にいる人間の視線が一斉に集まった。周りの目がある中でこれ以上の問答は無用と感じると、ヴィレッタは小さく舌打ちをつくとその場から立ち去った。
 ヴィレッタが格納庫の奥に消えていくのを尻目にマオは声の方に視線を向けると、そこには軍の意匠とは異なる白いパイロットスーツを着たスザクの姿があった。
 マオは何故か舌打ちをつくと、スザクに向き直り気だるそうに尋ねた。

「スザクだっけ? 何か用かい?」

「率直にお聞きします。軍を動員してまで何故無関係な民間人を誘拐したのですか!?」

 それを聞いてマオは盛大な溜息をつき、明らかに煩わしそうに手を振っている。

「何故って? そんなのあの女の子がゼロの仲間だからに決まってるじゃないか」

「なんの確証があるというのですか!?」

「……お前さぁ、上の命令に対していちいち理由を聞かなきゃ分からないほど馬鹿なわけ?」

「……っ!!」

 Need to know.の言葉が示す通り、一般兵士にとって上官の言うことは絶対だ。
 さらに言うならば名誉ブリタニア人の彼がブリタニア軍の上官に意見するなど以ての外である。
 尤も、マオはブリタニア人ではないのでその限りではないが。

「まぁなんでお前がそう言うことを聞きたがるのかは分かるけどねぇ」

「――どういう意味でしょうか」

「分かんない? あの子がゼロの仲間と言うことは必然的にゼロの正体は絞られるじゃないか」

「そんな!! まさか――」

 何かを言おうとしたスザクだったが、ハッとして慌てて口を噤む様子を見せる。
 だがマオはそんな様子にニヤリと底意地の悪そうな笑みを浮かべた。

「疑惑・困惑・猜疑……君の心の中は今そういった感情がぐるぐると回っているね。――うーん、そして今度は怒りかな? そうだよねぇ……唯一無二の親友に騙されて心穏やかにいられないよねぇ」

「じ、自分の事はともかくとして! こんな事はやはり間違っています!!」

 こちらの心の奥底をまるで覗いたような物言いを不気味に思い、思わず声を荒げるスザクだが――

「間違ったやり方? お前がそんなことを言う資格なんてあんの?」

 口を挟んだマオの言葉に冷たく、まるで背中に氷でも放り込まれたような悪寒を感じ、思わず聞き返してしまう。

「それは……どういう」


「言わなきゃわかんないか、この『父親殺し』が」


 それが自分の持つ大きな矛盾を突きつけられる結果になることを知らずに。





「敵の要求に従うだって!?」

 翌日、黒の騎士団のアジトへと舞い戻ったルルーシュ達は騎士団の幹部達が集まる中で、アキト達と話し合った内容を団員達に説明した。
 だがその内容は、敵の要求に従いC.C.とクロヴィスの身柄をゼロが直々に引き渡すという、到底許容できないものだった。

「どういうつもりだゼロ! 君はみすみす敵に降伏するというのか!!」

 当然の事ながら団員達はこれに猛反対。いつもは皆の意見を集約するばかりの扇も、もの凄い剣幕で詰め寄った。
 だがゼロもその反応は予想通りのものである。

「勘違いするな扇、藤堂。これは目標を達成するための布石だ」

「布石?」

「そう、今回の首謀者が求める人間はC.C.だけだが、奴は軍にとって部外者。俺に恨みはあるようだが、あくまで作戦の主導は軍によって進められている」

「……つまりは君の命の保証は最低限守られるということか?」

 そう、マオが求めているのはC.C.の身柄のみ。クロヴィスの身柄も要求してきた事については、軍の協力への見返りという可能性が高いと考えられる。
 もしマオがゼロの正体について話していれば、純血派のメンバーやドロテア辺りから情報が流れて、コーネリアの軍が動いてもおかしくはないが、その様子もない。
 恐らくゼロの正体については、マオも黒の騎士団とブリタニアに対するカードとして伏せているのだろう。
 だとすれば、ブリタニアはこちらの命を奪うような真似はせず、なんとしても身柄を拘束しようとするはずだ。

「だがマオという男は、その保証となるクロヴィスを要求しているんだろう? 引き渡した途端に殺される可能性もないとは限らないじゃないか。いや、寧ろその可能性の方がはるかに高い!」

「そうですよゼロ! 前みたいにクロヴィスは立体映像で誤魔化して――」

「同じ策が通用するほどブリタニアは甘くない。その事は君もよく分かってるはずだ、カレン」

 そう言われて悔しそうな表情をするカレン。
 彼女はゼロの正体がルルーシュであることを知ってはいるが、ゼロの時は相変わらず忠誠の高い戦士でいてくれている。

「……遠距離からの狙撃はどうだ? レールガンを使えばそのマオという男だけを狙い撃つのも不可能ではないだろう?」

「確かに可能だがレールガンは一挺しかない。それに相手もそれは警戒しているだろうから何かあればゼロに危険が及ぶ。不確定な要素がある以上、狙撃はできない」

 狙撃の策を提案する辺り、藤堂もマオという男が危険であることをなんとなく理解しているようだ。
 同様に他のメンバーからもいくつかの意見が出たりするも、これといった意見が出ない中、それを見守っていた玉城が不満そうに……それでいてよく通る声で呟いた。

「……さっきから黙って聞いてりゃゼロ主体で話が進んでるけどよ、本当にテメエは当てになるのか?」

「玉城! アンタゼロに向かって何言ってるのよ!!」

 団員の目がある前でゼロを非難する玉城にカレンが噛みつくが、ゼロはそれを制して玉城の言葉を続けさせた。

「今まで奇跡を起こすだの何だのフカシこいてたけどよ、前回の作戦はありゃなんだ? 悉く敵に情報が筒抜けだったじゃねえか!!」

 今まで数々の奇跡を起こしたゼロであったが、前回の戦闘は黒の騎士団始まって以来の大敗北であった。
 これまでにも戦闘で負けた事はあれども、いずれも大局的に見れば価値のあるものであったはずだ。だが前回の戦いはどうだった?

「俺だって馬鹿じゃねぇ。常勝不敗なんて夢みてえな事を信じてるわけじゃねえが、救出作戦じゃ成果なんて一つも無かったじゃねえか!」

 黒の騎士団はゼロのカリスマで成り立つ組織であり、団員達は皆ゼロの戦略指揮を信じ、ゼロならばきっと奇跡を起こしてくれると確信してつき従っている。
 そのゼロへの信頼が前回の戦闘で無惨にも崩れさり、少なくない団員が不信感を抱いていたのだ。

「俺はゴメンだぜ! 前みたいにゼロを信じてわざわざ蜂の巣になりに行くなんてのはよ!!」

「玉城、お前……」

 扇がそれは言い過ぎだと窘めようと声を出そうとするが、それより先にゼロが答えた。

「玉城、お前の言うことも尤もだ」

「ゼ、ゼロ!?」

「前回の作戦では不確定要素を抱えたまま実行に移したのはまぎれもない事実。そしてそのせいで多くの死傷者を出したのも事実であり、これらの責任は全てリーダーの私にある」

 そうキッパリと言い放ったことにこれには玉城の方が唖然とする。

「わ、わかってんじゃねえか……」

「それで、お前は私の責をどのように扱いたいのだ?」

「そりゃあ俺が代わりにリーダーになって――」

「玉城、本気で言ってるんならぶん殴るよ」

「じょ、冗談に決まってんだろ」

 調子に乗った玉城に対してカレンが強く握った拳を振りかぶろうとするのを見て、玉城は慌ててそれを撤回する。
 ならばどうするんだと団員の中から声が挙がり、それに対する答えとして玉城があげたのは、ある意味妥当な名前だった。

「……まぁ奇跡の藤堂が代わりに指揮してくれるんなら文句は言わねぇよ」

 これには旧日本軍は勿論、他の団員達からも納得の声が出る。
 『奇跡の藤堂』のネームバリューは伊達ではなく、指揮能力においては元より信頼がある上、戦闘能力においてはゼロをも上回るのだ。
 黒騎士はどちらかといえば戦闘能力に比重を置いているため、藤堂の名前が出るのはある意味当然の事だった。

「だそうだが……藤堂、お前は騎士団の総指揮を受け持つつもりはあるのか?」

「……いや、ない」

「えぇ、なんでですか藤堂さん!」

 だが、ゼロからの問いに藤堂はきっぱりと否定し、四聖剣の朝比奈がそれに対して本気で残念がった。

「俺の命は主君の片瀬少将に預けたもの。その主君の命を救ってもらった恩を返せないまま終わるつもりは毛頭無い……第一、俺があの男に対抗できるとは到底思えない」

 藤堂の答えに団員達の間でどよめきの声があがり、奇跡の藤堂にそこまで言わせるほどの相手だったのかと今更ながらに驚きと恐怖が沸き上がったようだ。
 藤堂本人もゼロ――ルルーシュに義理をたてるために言ったのではなく、部隊の指揮を受け持ちマオと対処しても勝ち目は薄いと判断したからこそ口にしたのだ。

「そういうことだ玉城。代わりに組織を率いる人間がいない以上、作戦は私が指揮を執る」

「ちっ……勝算はあるんだろうな」

 舌打ちをつきつつもこちらに従ってくれる様子を見せる玉城にゼロは満足した。
 先程の玉城の反抗的な態度は、ゼロにしてみれば逆にありがたいことだった。
 類を見ない大敗によって不信感を抱いた団員はそれなりの数がいたが、彼らは表だってゼロを非難することはなかった。しかし不信を持つ人間を数多く抱えたまま作戦を実行するのは当然よろしくない。
 だが玉城という正面切ってリーダーに口を出す人間がいれば、彼らの鬱憤はその人間を通じて放出される。そしてその人間が少しでも納得して引き下がってくれれば、自然と他の団員達も同じような気持ちを抱くのだ。
 玉城は良くも悪くも団の風通しを良くする重要な要素の一人なのである。

「当然だ。相手のプロファイリングは既に終了した。そして……」

「ゼロ、インドからの客人が到着したんだけど」

 外に控えていた井上が会議室に入ってきてそう報告する。その報告こそ、ゼロが今一番心待ちにしていた知らせだった。

「そして作戦の要となる物資も到着し、これで必要な目標は全てクリアした。次の作戦で前回の借りを数倍にして返して見せようじゃないか」

 ゼロは自信あり気にそう宣言するのだった。






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