フィリナが呼び出されたのは北の関所の向こう側であった。
カントールを中心とした区画、アーデベル伯爵領の南端、ミルリドルという関所に交わるようにある町。
理由はわかっていた、首都で派手な事件を起こしたくない事、フィリナに罪を着せるにも周りに人がいれば邪魔になる。
彼女とて人質がいなければわざわざ出向くような事はしない。
アッディラーンの大聖堂から出さえしなければ嫌がらせ以上の事は出来はしないのだから。
ただ、警備をしてくれているはずの騎士達すら敵である可能性がある、そうでなければ大聖堂の奥にある控えの間まで来る事は出来ない。
基本的に彼女らも大聖堂の中で生活していたのだから、それ以外の方法でさらう事等出来ない。
とはいえ、侍女をさらうのとフィリナをさらうのでは難易度がまるで違う、フィリナだけならば今後も何とかやって行く事も出来ただろう。
だが、フィリナもここ最近起こった事が積み重なり少し自棄になっていたのかもしれない。
せめて侍女を務めてくれた助祭の子達は助けなければと大聖堂をこっそり抜け出し、2日ほどで関所に到達する。
「関所の向こうという事はつまり……私を本気で始末するつもりなんでしょうね」
フィリナはため息をつく、彼らの利益を奪おうとしているのだから確かに恨まれるのは仕方ない。
しかし、それは今まで弱者を痛めつけてもしぼりとり続けたものだ。
民衆が豊かになれば買い手が増えるのだから、採算は合うのではないかと考えてもいた。
だが残念ながらまだ商業倫理というものはあまり発達していない世界、殺してでも奪い取るというのは権力者にとって普通の事でもある。
あくまで聖人君子を気取るのは外面を気にしてに過ぎない、口実を作れば他の権力者達から袋叩きにあうからまともな振りをしているだけ。
大部分の権力者の考え方等はそんなものだった。
そんな中で生き抜いた商人たちの国が、綺麗な商売だけで成り立つはずもなかった。
フィリナは関所を堂々と抜ける、通行手形は当然持っているし、司教の身分ともなればおおよそフリーパスでもある。
しかし、これもまた権力者ゆえの特権である事も知っている、フィリナはそう言った矛盾があまり好きではなかった。
レイオス・リド・カルラーン王子の事は好きであったが、そう言った理由からも自分からそれをいいはしなかった。
彼女が特権的に彼を奪うのは何か違うと思っていたからだ、彼が自分を好きになった理由が聖女の噂からではないかという疑いもあった。
もちろん、レイオスが関係なく求めてくれるならば応じたいという心根もあるにはあったが。
ソール教団を脱退した後の自分というものがその時は想像できなかったということもあるかもしれない。
ミルリドルの町についた彼女は指定された宿屋に到着する、そこには部屋の予約がとってありフィリナはその部屋に案内されて絶句する。
部屋の中、ベッドの上に置かれていたのは手紙と魔導器、そう、確かに回収したはずの魔族の石造だった。
「私に異端の汚名を着せるつもりなのね……」
心の底からゾッとする、つまり彼らは権力維持の邪魔にならないように排除すると同時に、自分達の異端の罪を帳消しにする。
更にフィリナを異端にすることで聖女である事を否定し、フィリナの死を当然のものとする気なのだ。
一石二鳥どころか三鳥を狙った狡猾な罠であった。
もっとも、それもフィリアが単なる侍女に過ぎない助祭の子達を助けるほどお人よしである事を前提としているのだが。
「それを否定する事は、私である事をやめる事と同じですものね……」
フィリナは決意を決める、異端として狩られることになろうと、自分のために死ぬ者は出さない。
正義とか悪とかそういう事ではない、彼女にとってはそれこそが宗教というよりも生きるという事なのだ。
誰かを殺したり、殺されたりというのは彼女にとって最も望むところではなかった。
自分を犠牲にというのは格好つけすぎであるし、出来れば生き残りたいとは考えていたがもうソール教団にはいられないだろうとも考えていた。
手紙に指定されていた場所は町の路地裏で、それも東側の町はずれ、もう町の外といってもいい場所だった。
そこに深夜になってから来るようにと書かれている、人質の命が惜しければそこに魔導器を持って来いと書いてある。
つまりはそこが彼女の死に場所であるという事らしかった。
もちろん、異端審問等やりはしないだろう、司教の異端審問となれば本国から枢機卿を呼ばねばならない。
しかし、その場合呼ばれるのは、いわゆる叩き上げの枢機卿となる。
世襲の枢機卿はそういう面倒な事を嫌うからだ、本国から出る仕事を受けるのは殆ど叩き上げの枢機卿となる。
そして、叩き上げの枢機卿のほとんどはフィリナに対し悪い感情は持っておらず、素直に聖女として認めている。
結果不正を暴きたてられる事になるのはラリア公国に巣食う権力者達という事になりかねない。
彼らがそれを望むわけもない以上当然、死人に口なしの言葉通り殺してから異端であった事を発表する事になるだろう。
流石に死者の異端審問のために枢機卿が出向いてくる事もない。
そこでチェックメイトというわけだ。
そうなれば侍女達も生かしておくわけにはいかないだろう、言葉だけ助けると言われても駄目だ。
何とかしなければいけない、そのために昼の内に呼び出される場所とその周辺を探っておくことにした。
「人質をこの辺りまで呼んでいるならいいんだけど……」
冒険者協会に依頼を出すのも悪くないとも思えたが、もしも、冒険者協会にそれを頼んだ場合、ソール教団の不正が外から暴かれることになる。
そうなると、噂は世界中に広まり他の国の教会すら同じような目で見られるようになる。
冒険者協会そのものもソール教団と敵対こそしていないが、色々と軋轢は存在しておりソール教団の弱体化を望んでいる。
おあつらえ向きの的になってしまうのも困るのは事実だった。
個人的に信頼できる人と考えて、ふとシンヤの事を思い出す。
彼は迷いはあるようだったし、冒険者としては初心者に過ぎないが確かに信頼は出来るとフィリアには思えた。
しかし、カントールまで行ってお願いしてくるには時間が足りない。
日が暮れるまで後2時間ほど、カントールまで行ってくるとなれば往復一日半はみなければいけない。
つまり、今フィリナは孤立無援であるという事だった。
「もう、残された手はそう多くないのですね……」
フィリナは自分が助かる見込みは最初から低いとみていた、彼女をピンポイントで狙った罠なのだから当然だが。
しかし、このままでは何もかも相手側の思い通り、それは正直面白くない。
助かりたいと思わなくもないが、それはほぼ無理である事は先ほどの検証でわかってしまった。
ならば……。
町はずれ、深夜に来いと言われた場所の周辺を探る。
特に仕込みと言えるようなものは見当たらない。
既に身分を隠して隠密行動等という事に意味はないので、名前を出して聞き込みをしたりもした。
フィリナも元冒険者なのだ、聞き込みの重要性も、探り方のノウハウもある程度持っていた。
そして、彼女らが捕まっているのが裏通りにある小さな小屋だと当たりをつけた。
枢機会に嫌われたのが、こういうただの神輿として収まってくれないところである事。
冒険者としての資質そのものである辺りが皮肉であった。
「出来れば今取り返したい所だけど……」
その小屋には見張りがいる、それも常時2人、中にも交代要員が何人かいるようだ。
フィリナにとって彼らを制圧する事は難しくないだろう、しかし、その間に人質にとりつかれてしまっては意味がない。
人質を盾にされれば、こちらは何もできないし、脱出される可能性が高い。
その場でフィリナに対し死ねという可能性も否定は出来なかった、もっともワザワザ魔導器を持ちだした意味はなくせるかもしれないが。
「でも、同じ信徒同士でこんな醜い争いをする事になるなんて……」
考えてみればばかばかしい話ではある、枢機卿達も、彼らも、自己の保身ばかりだ。
フィリナの考える宗教というのは、助けあいの精神の場であり、それが許されないのだとすれば、フィリナにとって宗教の価値などない。
彼女は協会に拾われ、助けあう事の素晴らしさを知り、冒険者として沢山の人を助けてきた。
人殺しに間接的にかかわった事もある、しかし、そうだとしてもそれは皆のためになると信じていたし、実際そうだった。
それでも己の手が血で汚れていない等とフィリナは考えていない、だからこそ、周りの人々には幸せになってほしかった。
教団がその邪魔をしている状況から目をそらす事は出来なかった。
枢機会に嫌われた理由がそこにある事は重々承知している。
それでも、自分の考え方を否定する事は出来ないから……。
「せめて悪あがきくらいはしないとね……」
フィリナはまず、探索の魔法を使い小屋の構造を把握、内部のどの位置に彼女らが囚われているのか、何人の見張りがいるのか確認。
囚われているのは4人、全員のようだ。
縛られて転がされているらしい、地面に尻をついたり寝転んでいる、皆ロープかなにかで後ろ手に縛られているようだった。
見張りは内部に10人くらいいる、予想よりかなり多い、突っ込んでいたら人質を取られていただろう。
近くの家にも各々10人くらいが隠れている、ざっと30人以上が見張っている格好だ。
「それなりの対応なのかしら……悔しいけど、正面突破はまず無理ね……。
そうなると、出来る事は……」
先ずはありったけの魔力を使い、人質の尻の後ろにお守りを飛ばす。
転送系の魔法や操作系の魔法は魔法使いのものだが、フィリナはある程度使いこなす事が出来た。
それゆえの勇者パーティだったとも言えるが。
お守りといっても単なるアンクに過ぎない、彼女らが持っているものと変わらない、しかし、フィリナが全力で込めた魔力が彼女らを守るだろう。
それでも、直接の刃を防ぐ程度の効果しかない、時間稼ぎくらいにしかならないかもしれないが。
その上で、フィリナは突入する事も考えたが、魔力を消費した状態の彼女では10人を相手にするのは厳しい。
いや、騒ぎを聞きつけて隣から援軍が来るのは確実なので30人の相手をする必要がある。
正直せっかくの加護を使いきっても全滅という憂き目にあいかねない。
唇をかむ思いで、フィリナは小屋の近くを後にする。
そして、フィリナは宿に戻り2通の手紙をしたためる。
監視されている可能性は否定できなかったので、ダミーをいくつも用意した。
彼女らの安全に一役買ってくれる事を祈って……フィリナにとってはこれ以上どうしようもない事でもあった。
そして、夜がやってくる。
深夜ともなると、この町は町明かりすら殆どない、シン……と静まり返った町をフィリナは一人歩く。
不気味さはひとしおではあるが、フィリナはそう言った類のほうは冒険者をしている時に散々味わっていたため表情を変える事もない。
目的の場所まで来て思った事は相手は数で押すつもりだなという事だった。
「ひいふうみい、なんて数えるのも久しぶりですけど、20人ほどですか? 今ここにいるのは」
「流石に鋭いな、その通りだと答えておこう」
「それで、私をどうするつもりですか?」
「その前に、例の物は持ってきてくれたかね?」
「これ……ですね」
フィリナは魔導器を差し出す。
この器物、恐らくは彼らにももう必要ないのだろう、洗脳の効果は接収したとき既に失われていた。
だからこそ、フィリナもでっち上げの証拠品として使おうというのだと予測はしている。
「ふむ、これでフィリナ・アースティア元司教の異端は確定だ」
「彼女らを放してあげてくれますか?」
「何の事かね? 神に仕える神官がそんな事をするわけはないだろう?」
「そう言う事ですか……」
すっとボケてきた、交渉する気もないという事のようだ。
もちろん、抵抗すれば人質を使ってくるだろう、しかし、表向きは知らないという事にしている。
つまり彼らは異端を確認するためだけにいるということ……。
「では、私はもう行っていいという事ですね?」
「異端審問にかけたいところだが、君の戦闘能力は危険だからな。我々は確認が取れただけで満足するよ」
「嘘ばっかり」
「何とでも言うがいい」
20人いた気配が遠のいていく、元々さほど戦闘能力が高いわけではない彼らが正面に立つ事はに度とないだろう。
後、襲いかかってくるのは傭兵か暗殺者……。
フィリナは覚悟を決めた……。
「はぁ、はぁッ、はぁ……次から次へと……」
半時間ほどの時間が経ち……、フィリナは既に肩で息をしていた。
暗殺ギルドにでも依頼したのか、襲ってくるのは殆どが暗殺者、しかし、皆特殊な攻撃を仕掛けてくるため警戒を緩められない。
今まで逆に倒したのは3人、逃げ出したのが3人、6人の暗殺者を逃れただけでも凄まじい戦闘力と言えるかもしれない。
フィリナは元々戦闘は専門ではないにもかかわらずここまでやれたという点を考えるなら勇者のパーティが規格外という事だろう。
しかし、それも限界に来ていた。
「ふぅ……、貴方が次のお相手ですか……」
次の相手は剣士、それもフィリナと互角以上の凄腕だという事が分かった。
普通に一対一で戦っていてもフィリナには分が悪いというのに、
体中傷だらけ、魔力ももう残っていない、息も上がって体のだるさが無視できないレベルになっている今では相手にならない。
本当にチェックメイトのようだった。
それでも、フィリナは気力を振り絞って構えを取る。
だが、まるで無視するがごとく剣士はすぅっとフィリナの横を通り抜けた。
何が起こったのか分からず思わず振り向こうとしたその時、肩から胸にかけてぱっくりと大きくえぐり取られる。
袈裟がけに切られていた。
いつの間に起こったのかわからなかった。
もしかしたら体調が完璧なら分かったのかもしれないが、今はただ何が起こったのかもわからず倒れ伏すのみ……。
致命傷だった……、フィリナはもうどうしようもない事がわかる。
ソール教団の教えにある回復魔法は死者を復活させる事は出来ない、他の魔法でも同じだ、人の行使する魔法では不可能なのだ。
もう二度と目覚める事はないのだ、そうフィリナは悟っていた……。
置き捨てたはずの魔導器が近くに置いてある、フィリナはいつのまにか一周して元の位置に戻っていたらしい。
悔しさに唇がわななく、だがそれ以上の事が出来るわけもなく……。
そのままフィリナは声もあげずに意識を失った……。
エイワスの家はなんというか、確かにそこそこ旧家という感じのする風情があった。
このカントールという街はアーデベル伯爵領の中では一番大きな街であるため、騎士団も詰めており騎士の家もある。
そして、この家は昔騎士の家系であったというのもうなずける構造にはなっていた。
もっとも、現在は手入れもされておらずとてもではないが騎士の屋敷には見えないが。
どちらかといえば幽霊屋敷と言われたほうが信じるような、そういう家だった。
ただ、問題なのはその点ではない。
ティアミスにとっては10年近くいた街であるというのに、ここを知らなかったというのが驚きだ。
ただ、周辺住民から聞いた噂を総合すると評判は悪くないようだ。
「なんというか……かなり癖のある人物みたいね……」
そう、このエイワスという人物、周りからは面白い人というか可哀そうな人というか頭が……、そんな人に思われているようだった。
噂を聞くほどそれが分かる。
ティアミスは会う前から気力が尽きかけていた……。
しかし、流石に合わないで済ますわけにもいかない。
ニオラドは国内であれば関所の向こうまで付き合ってくれるとはいえ、ウアガはそうもいかないのだから。
3人ではパーティとしてもう認められない。
最低4人というのが条件なのだから。
「まあ、どのみち3人じゃ応用力も落ちちゃうしね……」
シンヤ一人で壁とアタッカーを両立しなくては3人パーティが成立しない。
ティアミス自身は前衛には小柄すぎるし、ニオラドは問題外だから前に出られるのが一人だけという事になるのだ。
そして、精霊魔法と弓で援護はできても、前衛の盾が防いでくれなくては使えないし、止めも前衛がささないといけない。
つまり、最低前衛は2人いるのだ。
「となると、彼が使える騎士である事を祈るしかないわね」
独り言が続くのは不安の表れという、ティアミスは確かに不安だった。
元々人数ギリギリで始めたパーティだ。
いつまでも同じメンバーでいられない事はわかっていた、しかしこんなに早いお別れになるとも考えていなかった。
少し鬱になりつつも、草が生い茂った門をくぐり声をかけつつ中に入る。
屋敷は確かに大きかった、ただ何十年も改装などしていないのだろう、掃除はそこそこされているらしく、埃はさほど飛ばなかったが。
ただ、ボロボロなのは事実だ。
「すいません、エイワス・トリニトルさんは御在宅ですか?」
それなりに大きな声で玄関から呼ぶ。
返事はない、留守なんだろうか?
ティアミスがそう思った時、2階から金髪碧眼、線の細い二枚目の男がバラを手に持って階段を下ってくる。
「これはこれはレィディ、このような場所へ何用ですか?」
ティアミスは絶句した、これは騎士とかではない、いわゆる貴族かぶれだ……。
レースの効いた白い服、白い手袋、そして……明らかに10cmほどありそうなシークレットシューズ。
確かに貴族然としているだけに、そこが異様に目立ってもいた。
ひきつけを起こしそうになりながらも、ティアミスは何とか気を取り直す。
「いえ、エイワスさんは冒険者なんですよね?」
「はい、社会勉強の意味でこのたび冒険者として登録してみる事にしました」
「えっと……」
「まずはお茶でもいかがですか? お客人にお茶も出さないなどトリニトルの名折れ。どうぞ助けると思って」
「はあ……」
ティアミスは応接室に通され、年代物らしい椅子につく、どれもこれも古いが手入れはされていた。
テーブルの上には紅茶を置かれる、入れたのはエイワス本人。
香りも申し分がない、ジャムを垂らして飲むロシアンティタイプのようだ。
最も、この世界にロシアはないので、名前も当然異なるが。
「質問させてもらっても?」
「ええ、構いません」
「では。クラスは?」
「騎士のFランクとして登録しましたよ」
「今まで依頼を引き受けた経験ってありますか?」
「いえ、まだです。どうにも私に合う依頼がなくて……」
「合う依頼ですか?」
「竜退治とか、姫の護衛とか、国を巻き込む陰謀とかですね」
「……はあ」
ティアミスは更に引いた、Fランクの駆け出しにそんな依頼が来るわけはない。
そんな依頼を受けられるのは最低でもBランクのパーティ、
普通はリーダーがAランク以上、平均Bランク以上のベテランにしか来ない依頼だ。
もちろん、そんなパーティでも、一生のうちに数度歩かないかという依頼だ。
はっきり言えば、貴重な依頼なので奪い合いになるようなタイプなのだ。
竜退治のように、退治した人にだけ報酬などという場合は、同時に何十というパーティが引き受ける事もザラである。
逆に姫の護衛などは引き受けられるパーティ数に限界があったりもする。
それらを踏まえ、ティアミスはエイワスの事をかなり冷たい瞳で見ることになった。
「どうかしましたか、レィディ?」
「いいえ……。その、突然の訪問にもかかわらずぶしつけな質問ばかりで申し訳ありませんでした」
「いえいえ、楽しいひと時でしたよ。パーティ参加の件は了解しましょう」
「え?」
ティアミスは固まる、今までの流れの中にそういう会話はなかった。
もちろん、ある程度予想する事は出来た可能性もある、しかし、確信を持ってそこまで言えるというのは只者ではない。
エイワスを驚いた顔で見返す羽目になったのは当然の事だろう。
「何を驚いているのです?」
「ええっと、どうしてそうお思いに?」
「今までの貴方の行動を見ていればわかりますよ。それに、私の行動に引いている事も」
「クッ!」
ティアミスはエイワスが自己陶酔型に違いないと思っていた。
実際今までエイワスはそういう行動を取っていたし、そううかがわせる隙のようなものもあった。
しかし、同時にそれが芝居であったという事なのだろう。
ティアミスは相手を見定めるつもりで、逆に見定められていたという事に驚愕を感じていた。
「もちろん、私がやりたい依頼は本当ですよ?」
「……」
掴めない人物のようだとティアミスは判断を下した……。
「ああぁッ……アアアアアアアッ!!!???」
あまりの出来事に俺は叫び声を上げることしかできなかった……。
フィリナ・アースティア……彼女こそ俺の命の恩人の一人。
そんな彼女が、今血を流している、この血の量はどう見ても致命傷だった。
素人に過ぎない俺だが、肩から胸にかけて袈裟切りにされているのが分かる。
血が流れ過ぎてもうフィリナさんは冷たくなっていた。
「どうしたら……、どうしたらいいんだ!? そうだ、教会へ!!」
(落ち着け!)
「何を落ち着けって言うんだ、このままじゃ! 彼女が。俺の命の恩人が死んでしまうッ!!」
(落ち着けと言っている!)
「急いでいるんだ!!」
(彼女はもう死んでいると言っているのだ!!)
「なっ……!?」
何を……、俺は急いで彼女の脈を取ってみる。
確か、手首を圧迫して……ない、脈がない……いや、心臓を直接……そういえばもう血が出ていない……。
顔色ももう白を通り越して青白い、呼吸音も聞こえない。
俺は思わず心臓マッサージをしそうになったが、じゅるじゅると血が噴出するばかりだった……。
「そっ……そんな……。だけど、ほら。あれだろ? 死者を復活する魔法ってのもあるんだろ!?」
(ないな、少なくとも人間の使う魔法には)
「ッて言う事は、魔族にはあるのか!?」
(お前の望む形とは違うが、ない事もない)
「それを!! それを試してくれないかッ!!」
(駄目だ)
「なぜだ!!」
(少なくとも今はな。せめて、この死体を運んでどこか屋根のある場所に行け)
「……わかった」
(ちょっと待て)
「?」
(そこの、魔導器も持っていけ)
「……わかった」
俺はラドヴェイドに言われるまま、フィリナさんを抱きかかえ街の外にある農作業用小屋に入り込んだ。
内部は乱雑に積まれたクワやスキ等が置かれていてあまり落ちつける場所ではない。
しかし、町の中にはまだフィリナさんを殺すための刺客が潜んでいる可能性がある。
藁が積まれているのでとりあえずフィリナさんをそこに横たえる。
「もう一度聞きたい。ラドヴェイド、フィリナさんは死んだのか?」
(ああ、もう心臓も停止しているし、呼吸もしていない。血流も完全に止まっている。
細胞が壊死して魂が抜けだすのも時間の問題だろうな)
「……何とかならないのか?」
先ほど言っていた事、魔王であるラドヴェイドにすがらなければ何もできない。
それはフィリナさんからすれば最もやってほしくない事かもしれない。
しかし、今の俺は彼女に助かってほしいという一念のみしかない。
後で恨まれることになってもかまわないと思っていた。
(復活させる方法は2つ存在する)
「2つ?」
(一つは神の奇跡、これは完全に復活する事が出来るし悪影響は何もない。
使途が使うまがいものもあるがあれは蘇生とは言えないのでこの際置いておく)
「……それで?」
(もう一つが高位魔族の使う転生だ)
「転生?」
(といっても、お前の知る仏教におけるそれではない。高位魔族は使い魔を作るのは知っているな?)
「まあ、お話ではよく聞くな」
(使い魔は基本マスターが死なない限り死なない、元が死者であってもな)
「……それは一体? つまり、彼女を魔族の奴隷として復活させるってのか!?」
(それ以外に彼女を生き返らせる方法はない)
「それは……」
(しかも、この復活の方法にはリスクが存在する)
「リスク?」
(第一に、魂がもう抜け落ちていた場合彼女の肉体は灰になる)
「ッ!?」
(第二に、あくまでマスターの奴隷だから自我が表に出ているのか確認する術はない)
「……」
(第三に、お前がこの呪法を使えば魔族化する)
「え……俺が?」
俺は思わず手を開いてラドヴェイドに視線をやる。
ラドヴェイドは瞳を開いてはいるが、感情を読み取る事は出来なかった。
しかし、俺が使う? 魔族でもない俺が使う事が出来るわけが……。
(お前は我を宿した存在だ、魔族としての魔力は備わっている。
だが肉体は人間であるし、魔力もまだまだ低いためよほど勘の鋭い者でも我を探し当てる事は出来なかった。
こんな状況では無理であろうな)
「不可能なのかよ……」
(いや、あの魔導器があればできる)
「あの石像がか?」
(あれは過去の魔王の遺物、我の中に同化せず残った魔力の話は覚えているか?)
「ああ、あの石像から魔力を奪った時に取り込めなかったとか言っていたな」
(それをあの像を介してあの娘に注入すればお主の使い魔とする事は可能であろうよ)
「……」
そんな事が……しかし、もしできるとして、復活した彼女が喜ぶとはとても思えない。
時間が経ったからだろう、少しだけ冷静に考える事が出来始めていた。
彼女が死んだ事は悲しい事だ、なんとしてでも復活させてやりたいとも思う。
しかし、同時に彼女にとって辛い生ならば復活の意味等なくなってしまう。
(結局どうするのだ?)
「……俺は……」
それはとても重い決断だった、どちらを選んでも後悔する事は決まっている。
それはもう、どうしようもない事だった。
だがこれだけは言える、俺はこの世界に来るまで死んでいるのと同じだった。
そして、この世界に来てからの俺は変わった、この世界が変えてくれた。
だからこそ、この世界でいる限り俺は後悔する選択をしたくない。
いや、後悔したとしてもやりたい事をやりたい。
だから……。
「俺は、フィリナさんを蘇らせる」
それは、この世界で初めて、俺が決めた選択であったのかもしれない。
この選択がひどくいびつで、独善にまみれていて、フィリナさんの意思を無視しているか知っていて……。
それでも俺はそうする事を決めた……。