「手順を教えてくれ」
(うむ……、まずは……)
俺はラドヴェイドに頼みこみ、フィリナさんの復活を行おうとしている。
それがどれくらい道を外れたものかはわかっているつもりだ。
ただ、少し冷静になったのだろう、俺は先にいくつかラドヴェイドに質問していた。
まず、儀式に何が必要かという事。
これは魔力さえ潤沢ならば問題ないらしい。
次に、維持するために何か必要になる可能性。
こちらは常に俺の魔力を一定量供給し続けなければならないという事。
人では上級の魔法使いでなければとても維持し続けられない、俺が魔族化しなければ維持は無理だそうだ。
ただまあ、安心はした。
生贄を必要とするとか言われなかっただけかなりマシだ。
もし、必要とするなら諦めていたかもしれない。
何故なら、フィリナさんがそれを許すはずもないからだ。
まあ、生贄がなければ問題ないというものでもないが、俺の良心の問題なのかもしれない。
俺はラドヴェイドの指示で集めた細々としたものを配置していく。
深夜の事なので今のところ人けはないが、日が明けるまでに終わらせておかないといろいろ問題がありそうだ。
フィリナさんを殺した相手が探していないとも限らないし、出来るだけ急ぎたいところでもある。
「これでいいのか?」
(うむ、ほぼ準備はできた。儀式にはいるぞ)
「ああ……」
そういえば俺はラドヴェイドの事を信用しきっている。
これは危険な事のようにも思えたが、今は他にとる手がないのも事実だ。
だから大前提として信じるしかないという部分もある。
ともあれ、描き上げられた魔法陣の上にはフィリナさんが横たえられ、魔法陣の周囲にはろうそくにより炎が揺れている。
照らし出されているのは、その手前の石像、これは何代か前の魔王らしいんだが……。
老人の顔とライオンの体というマンティコアのような石像なのでとてもラドヴェイドと同じには思えない。
配置と炎によって効果を高めるらしいのだが、実のところラドヴェイドから聞いてもその効果のほどは微妙らしい。
気分の問題だと言われた。
「……まあいい、それで次は?」
(我が取り込んだはいいが吸収できなかった魔力を魔導器に返す)
掌の目から淡い紫の光が出現し、石像に吸収される。
元々あの石像にはいっていたものだから返したというのが正しいだろうか。
以前聞いた限りではゴブリン1000匹分の魔力ということになる。
いい加減この単位も格好悪いしGBとでもするか。
ラドヴェイドの持つ魔力は現時点において200GBに届くかどうかなのだからそれだけ凄まじい魔力だという事だ。
(よし、我に続いて唱和せよ)
「わかった」
(世界の始まりにして万物の根源たるマナ)
「世界の始まりにして万物の根源たるマナ」
(我が意思を持ってその法則に新たなる箇条を書き加えん)
「我が意思を持ってその法則に新たなる箇条を書き加えん」
その唱和は10分ほど続いた、こんなに長い呪文があるとは思っていなかったというか、呪文ではないよな。
しかし、そうやって言葉を紡ぐごとに場の冷気が増していく事は感じられた。
実際、よくわからない魔力の光が周囲には飛び交っている。
そして、ようやく復唱作業が終わったその時、魔法陣そのものが強烈に輝きだす。
(よし……後は使い魔の契約のみだ)
「あっ……ああ……」
(シンヤよ、今ならばまだ人でいられるぞ? 契約をすればお前も魔族となる。そうなれば……)
「わかっているさ、だが、それでも俺は見捨てる事は出来ないんだ……」
傍目から見ればばかばかしい事かも知れない。
俺がやろうとしている事は、せっかく手に入れた周囲の人の自分に対する関心を切り捨てかねない事だという事は。
だが、それでもやめるつもりはない。
命の恩人であると同時に、心の支えである人々の一人だったのだ。
出来ればレイオス王子と結ばれてほしい……それが可能かどうかはわからないが……。
ラドヴェイドは一拍間をおいて、続きを口に出す。
(ならば唱えよ、我の糧、我の共、我の贄、その生命を結ぶものなり)
「我の糧、我の共、我の贄、その生命を結ぶものなり」
(我絶大なる魔の力を持ち、そのものを我が同胞(はらから)とし迎え入れん)
「我絶大なる魔の力を持ち、そのものを我が同胞として迎え入れん」
その言葉を唱え終わった時、一瞬凄い勢いで俺の中を何かが駆け巡った。
そして、駆け巡った何かはすぐさま空だから出て行き、体力を奪っていった。
けだるく膝をつきながら見ていると、石像が怪しい光を放ち魔法陣に魔力らしきものを供給している。
そして、魔法陣の中ではフィリナさんが宙に浮きあがっていた。
フィリナさんは立ったような形で宙に浮いている。
そして、唐突に背後に光が収斂したと思うと、行き成り背中から真っ白い翼が出現する。
出現した翼は開ききらずまるでフィリナさんを守るようにその体を覆う。
(ほほう、この娘、使途の血筋か)
「使途?」
(天使だな、こ奴には天使の血が流れている)
「なっ……、大丈夫なのか?」
(生きていれば無理であっただろうな、だがまあ見てみろ)
「ッ!?」
ラドヴェイドが示した先、フィリナさんの翼が黒く染まって行く。
まるで、侵略でもされているかのように翼は先端部分から徐々に黒く染まって行った。
あえて言葉で表すなら堕天……そう、天使が堕天使になる瞬間を見ているかのように。
白かった翼は真っ黒に染まり、もうそこには天使の翼等は存在していなかった。
そこにあるのはまるで濡れたように輝く黒い翼、カラスのようなその翼は明らかに魔族のそれだった。
「あれ?」
(なんだ?)
「いや、あの翼まだ何枚か白いままで残っている」
(何……、それは私も初耳だ。こう言った事は前例がないな)
そう、わずか5枚ほど、黒くなった翼の羽根の数からすればほんの些細な数でしかないが、白いままに残っている。
それがいい事なのか悪い事かわからないまま、段々と光は小さくなって行き術が完成した事を示す。
これで彼女は生き返ったのだろうか?
生き返っただけの屍という事はないだろうか?
色々な事を心配していたが、問題は別のところにあった事をその時は気付いていなかった。
『おいッ! 今あの小屋が光ったぞ!』
『ああっ、禍々しい紫色の光が立ちのぼっていた!!』
『なんだんだ!?』
『分からないが、あの小屋になにかあるらしいぜ』
『ふぁあぁぁ、朝早くからなにを……』
まずい、さっきの光が誰かに見られていたらしい。
フィリナさんが生き返ったのかどうかも確認していないっていうのに。
俺は逃げ出すべくフィリナさんを背負うために近づく。
しかし、間に合わなかった。
俺がフィリナさんに触れたときには既に戸は開きかけており、背負う暇などなかった。
それでも背負うためにフィリナさんの腕を引っ張り上げていると一般人と思しき数人がなだれ込んでくる。
俺は反対側の出口に向かってフィリナさんを背負いながら逃げる。
「何者だ!?」
「勝手に小屋を使いやがって!」
追いかけてくる相手を巻くほどではなかったものの、どうにか小屋の外に出た俺は目の前を見て呆然とする。
正面にいるのは神官達、俺は一瞬助かったと考えてしまった。
しかし、それは違っていた。
「異端の女を見つけたぞ!!」
「貴様、その女を庇うと為にならんぞ!!」
「ええい、お前も同罪だ!!」
そんな事を口々に叫びながら、俺達に向けて攻撃をしかけてくる。
最も俺は一つだけ安心していた、フィリナさんは顔色が戻り、体温も正常になっていた。
だから油断していたのかもしれない……。
「貴様、邪魔をするか!?」
「そんな危ないもので攻撃してくれば誰でも避けるだろう!」
モーニングスターを振り上げる神官風の男に俺は悪態をつく。
背負ったまま回避というのは殺気が読めていてスタミナ補正があると言っても偶然に助けられた事が大きい。
その証拠に、2度目はかすってしまった。
「はぁっはっはっは!! そのまま地獄へ行けい!!」
「だから、宗教ってのは……」
俺は回避するうち何度も掠り血を出す。
他の神官達も段々近づいてくる。
このままじゃじり貧か……、そう思った時。
突然血風が舞った……。
「ギャァァァ!?!?」
「なっ!?」
いつの間にか、目の前の神官のモーニングスターは自分の頭に叩き込まれていた。
そして、次の瞬間俺は背中が軽くなっている事に気づく。
そして、俺の前にはフィリナさんが立っていた。
「……」
「えっ……」
フィリナさんは無表情に男を見降ろし、神官達は呆然と立ちすくむ。
その瞳の冷たさに俺は寒気を覚えた。
やはり、復活できなかったのだろうか……、魔王のやり方なんてしても上手くいくはずもないのか。
そんな事を考えている間にも、フィリナさんは風のように動き神官達を無力化していく。
腕が飛んだり、心臓を手刀で貫かれた神官達もいたが、彼女の表情には全く変化はなかった。
「マスターご無事ですか?」
「あっ……ああ……」
フィリナさんはその無表情な瞳と返り血を受けた神官服をそのままに俺に向かって言う。
その無表情さには生前の面影は全くなかった……。
俺は既に後悔しはじめていたが、それでも今がそういう状況じゃない事はわかりきっていた。
俺はフィリアさんを伴い逃げ出す。
既に群衆がこちらに気づいて向かってきている。
俺の顔はもうばれたかもしれない、指名手配になれば俺は……。
それから数時間、スタミナ切れを気にすることなく、山間部を通りながらひたすら走り続けた。
流石に誰も追ってはこれなかったようだ、逆にフィリアさんは息も切らしていないが。
「ふう……とりあえずは一息つける……か……」
フィリナさんは息も切らせていない、先ほどは体温を感じて生きていると思ったがこうしてみると不気味ではあった。
早速後悔しはじめている自分を感じる。
しかし、俺は首を振って疑念を押し流し言葉をかける事にする。
「フィリナさん……」
「はいマスター」
フィリナさんは少し淀んだ瞳で素直に答える、考えてみれば彼女には呼び捨てにしてくれと言われていた。
しかし、今は訂正する様子もない。
やはり彼女の意思は……。
(魂がなければ復活は出来ない、復活したという事は魂はその中にある)
「そう……なのか……」
(ただし、表出される人格は現世そうだったものと同じとは限らないがな)
「……」
つまり、今俺の前にいるフィリナさんは俺の知る彼女ではなく今生まれたばかりの人格かもしれないという事か……。
やはり、命をもてあそんで望んだ結果が得られる事はないのか……。
「だ……、大丈夫……だよ……」
「ッ!?」
(なっ!?)
「助けてくれて……ありがとう」
「フィリナ……さん!?」
「ふぃりあってよん……でっ……」
「はいッ!」
俺は思わず抱きしめそうになり、しかし、拳を握りしめこらえる。
ラドヴェイドは驚いたような声を出すと同時に沈黙するが、やはり彼女の精神力が強いのだろう。
術そのものに抵抗しているのか?
それは嬉しいのだが……。
「すいません、俺はフィリナさ……フィリナに殺しを……」
「ううん……あ……あれは、私が……やったこと……」
必死に笑顔になろうとしてくれているが、フィリナさんは苦しそうに声を震わせる。
やはり、術に抵抗するのは辛いのかもしれない。
俺はなんとか、強制力を緩める方法はないのか、ラドヴェイドに聞こうと……。
「だ……だめだよ……この……術は……」
(そう、この術は強制力とセットになって初めて効果を発揮する。
術に抵抗するという事はお前との生命のリンクを切ってしまいかねない危険な事だ、下手をすると死体に戻るぞ)
「なっ!?」
「だっ……だから……私……の事は……気に……しない……で……」
「でもレイオス王子と……」
「その事は……忘れて……今の……わた……しは……貴方の……しもべ……なの……」
その言葉を言い終わると同時にフィリナさんは無表情に戻ってしまう。
俺はどうすればいいかわからず呆然として見ているしかなかった。
フィリアさんに殺しをさせてしまった、本人の意思で今俺に心配するなと言ってくれたのかどうか……。
結局強制力に言わされた可能性すらある。
だが、まさか強制力と生命活動がリンクしているなんて……強制力だけを外す事はできないのか?
(そんな事よりも、お前はこれから注意しなければならないのだぞ)
「え?」
(お前は魔族となった。肉体的にも今までより強靭になっただろう、魔法も我の魔力を共有して使う事が出来る。
しかし、カンの鋭い者や、魔力による感知で魔族だとばれればお前はよくて放逐、悪ければ狩られる立場となる。
今回の事で、お前は教会に睨まれることになった事も忘れてはならない)
「ああ……確かにそうだな」
軽率だったとは思わない、同じ事が起これば俺は何度でもこの選択をするだろう。
しかし、ソール教団には俺の面が割れている可能性がある。
ましてやフィリナは異端認定を受けた身、二度とソール教団の敷居はまたげないだろう。
それに、もし俺が魔族である事がバレれば人類全体を敵に回しかねない。
最低限、魔族である事がバレないようにしなければいけない。
「じゃあ、当面の問題は2つ、いや3つか」
(3つ?)
「俺が魔族だとばれないためのカモフラージュ法と、フィリナの変装、そしてフィリアの住む場所の3つ」
(ふむ)
「私は問題ありません。マスターが死なない限り死ぬ事はありませんので、住む場所は特に必要としません」
「いや、それだと余計目立つから」
「変装に関しても……」
言うとフィリナは長く蒼い髪をくるくるっとまとめ、黒髪のカツラを取り出してつける。
そして、突然神官服を脱ぎ始めた。
俺はあわあわいいつつ、視線をそらそうとするが、神官服の下にはワンピースを着ているためあまり問題はないようだ。
そして、少しだけ化粧をする。
すると、どこにでもいそうな地味な女の子が一人出来上がった。
「元々お忍びでいろいろ行っていましたし、本日もし生き残れたら逃げ出す算段をしていましたので」
「ああ、なるほど……」
元々別人のふりをして逃げる用意はできていたという事か。
となると後は2つか。
「俺の魔族化がばれないようにする方法はないのかラドヴェイド?」
(ない事もないが……)
「あるのか!」
(ただし、その場合今までお前が頼ってきた我が力によるサポートは受けられなくなるぞ)
「……仕方ないな、バレた場合のリスクが大きすぎる」
(ならば、あらゆる魔力は普段封印し、使い魔とのリンク回線を残してサポートしない事とする)
「ああ……」
かなり辛いのも事実だが、それくらいで魔族になってしまった事がばれずに済むなら安いものだ。
バレれば人間の世界にはいられなくなってしまうのだから。
後は、フィリナの住まいだけだが、この際それよりも先に聞いておきたい事があったのを思い出した。
「フィリナ、もう一つ確認したい事があるんだが」
「はい」
「フィリナを殺した人物は凄腕の剣士か?」
「はい」
「そうか……」
これでほぼ間違いない、フィリナを殺したのは……。
唯でさえ勝ち目が薄かったというのに、サポートなしでは面倒な事になりそうだ。
奴が探しに来る前にカントールに戻ってしまったほうが吉だな。
俺はそう考えるとフィリナにも言い、急いでカントールに戻ろうとする。
しかし、山を下り切り次の山を登り始めた頃、体力が切れ始めたのを感じる。
(カントールまでだけでもサポートをするか?)
「いや、これからの為にもどの程度動けるのか知っておかないとな」
(ふふ……随分と強がりになったものよ)
「うるさい」
強がりである事は認めるが、事実として今の内にどれくらい動けるのか知っておかないといけないのも事実だ。
今後はラリア国内を回る事になる可能性が高い。
そうなれば、前のようにサポートがないから負けましたでは済まなくなる。
だから俺は、できうる限り今の全力を知り、配分を知り、戦力を常に計算しなければならない。
「しかし、このままじゃ当面フィリナをアルテリアに送るのは無理だな……」
「必要ありません。それに使い魔は主から遠く離れて活動できません」
「え?」
(使い魔は主からの魔力供給が断たれれば死ぬことになる。
今でも数日程度なら遠く離れて活動する事も出来るだろうが、ずっととなれば貴族クラスの魔力が必要だ)
「因みに、ゴブリン何匹分?」
(貴族クラスになればGBで表すと1万以上だな)
「いっ……1万すか……そういえばラドヴェイドはいくら必要なんだっけ? 人なら1万人なんだよな」
(GBで表すなら10万ほどだな、人はゴブリンの10倍は魔力を持っている)
「う……遠いな……」
(早く大物を狩れるようになってくれないとな)
つまり、正攻法でやればゴブリンを1万匹狩らないとフィリナさんを彼の下まで送り届けられないという事だ。
あのトロルばかりを狩ったとしても500匹……俺の実力じゃ無理だな……。
そんな事を考えながら2つ目の山を下り3つ目の山を登る。
「あれ? おかしいな……まだ体力が尽きてない?」
(当然だろう、お前は魔族化したといったはずだ。
自覚はないだろうし見た目ではわからんだろうが、身体能力は軒並み上昇しているはずだぞ)
「でも魔力は封印状態になっているんだろ?」
(簡単に言えば強大な魔力に耐えるため、細胞単位で強化されたという事だ)
「へぇ、でもそれはありがたいな」
(だが、過信はするなよ。スタミナサポートと違っていずれは体力も尽きる。
それに元の筋力から大きく外れるほど強くなったわけでもない)
「なるほどな……」
ともあれ、現状少しだけでも能力が上がっている事は嬉しい限りだ。
なにせ、今まではラドヴェイドのサポートにおんぶ抱っこだったわけで……。
スタミナサポート、殺気を読む能力、遠くの声を聞いたり届けたりする能力。
これらが失われる事による戦力低下は頭が痛くなるレベルなのも事実なのだ。
「遠くの声を聞く事なら、私を介して可能です」
「え?」
「使い魔と主はリンクしていますので、私の感覚をマスターに伝える事ができます」
「えっ、あ……ああ!?」
一瞬視覚が二重になって、音も二重に聞こえた。
混乱して感覚をすぐに遮断したが、なるほど、そう言う事も出来るのか。
考えてみれば、使い魔って確かそういうものだったな……。
「あはは……しかしまあ、使いやすい能力とはいえないかな……」
「どうしてでしょう?」
「俺とフィリナじゃ視点がさほど違わないし、遠くに離れる訳にもいかないからね」
「上空に飛び上がったり、股の下から見ればよいのでしょうか?」
「いや、困るから! というか、フィリナさんの人格にダメージを与えるような事はしないで!」
「はあ」
思わずフィリナさんに戻ってしまった……。
というか、使い魔ってこんなだっけ?(汗
4つ目の山を登る頃流石に体力が尽きてきたのを感じる。
この辺で休憩したほうがいいな、
フィリナのほうは魔力さえ供給されていれば体力が不足する事はないようでまだピンピンしているが……。
さて、焚き火を起こして飯にするかね。
荷物をおろして、焚き火の準備を始めたんだが……。
フィリナの手際のよさには驚かされるばかりだった。
その辺の食べられる実や芋類をほんの数分で探してきて、
少ない調理器具で元々あった干し肉や調味料を使って料理にしてしまった。
俺が持ってきた物しかそういう器具がないのだから、使い勝手は悪かったはずなのに。
「流石一流の冒険者……年季が違う……」
「そうでしょうか? 孤児院にいたころから料理はしていましたので」
フィリナは無表情のまま過去を語る。
新しい人格なのか、本来の人格なのか、それとも本来の人格にかぶさるように強制力が働いているのか。
それは俺からはうかがい知る事は出来ない、ただ、過去の記憶は持っているらしかった。
「さて、今夜はこの辺で休むことにしよう。走りっぱなしで疲れたし、明日にはカントールにつくはずだ」
「はい」
現状、フィリナは変装しているので、声にさえ気をつければほとんど気付かれる事はないだろう。
その声も、強制力のせいで感情が感じられない今の話し方ではよほど親しい人物でも聞きわける事が出来るかあやしい。
つまり、突発的な事故が起きない限りフィリナは心配いらない事になる。
むしろ問題は俺だ、あの神官達は全滅したわけじゃない。
つまり、俺は顔を覚えられているという事になる。
手配書でも回ってくれば俺は立派なお尋ね者となってしまう。
冒険者としての立場もなくなるし、パーティのみんなにも迷惑がかかる。
一体どうすればいいのか……。
「今回の件ですぐに指名手配が回る事はないはずです」
「え?」
「私は死ぬ前に2通の手紙を送りました、一通は神聖ヴァルテシス法国へ、もう一通はアルテリア王国へ。
これが届けばヴァルテシス法国からは枢機卿による審問が、アルテリアからは外交圧力がかかるはずです。
対応のためにラリアのソール教団やその関係者は数年動けなくなるでしょう」
「凄いな……そこまで考えていたのか」
「幸い、生前の私は知り合いが多かったようですので」
それを聞いて、一安心したのだが、あれ?
ちょっと待てよ……なんでさっきから彼女は俺が口にしていない事にこたえているんだ?
「意図して思考を漏らさないようにしない限り私には主の心の声が聞こえるようになっています」
「えっ、あっそうなのか……」
何それ!?
心の声ダダ漏れってことか!?
それじゃ迂闊にエロい事とか考えられないじゃん!?
唯でさえエロゲとかで妄想力たくましい俺が、いつまでもそう紳士的な思考でいられるわけもないのに!?
「マスターはそういうものが好きなのですか?」
「いやッ! 好きというか!? そのッ! あのッ!?」
「裸エプロンですか? 水着? この世界の物ではないのですね。なかなか興味深いです」
「いや! いいから! 興味持たなくてもいいから!」
思考がダダ漏れというのは痛すぎる、プライベートな事は保護機能とかないのか!?
考えてみれば普通使い魔って動物だから、そんなことまで気にする必要もなかったのかもしれない。
となると、なんとかセーフティを設けないと、フィリナの中で俺の株が急降下に!?
「大丈夫です。マスターがどんな志向の持ち主であろうと私のマスターはマスターだけですから」
「なんか嬉しい発現っぽいけど、こんなところで言われたくない気がする!?」
「では蔑めばいいのでしょうか? この変態」
「うぐぁ!? 刺さる、刺さるよ!?」
「収拾がつかなくなってしまいました。このさい魔王、貴方がなんとかしてください」
(ふむ、我の存在を感知しているか……。流石は聖女。
しかし、こ奴はほっとけばいい。恥ずかしさが落ち着けば大人しくなるだろうて)
「そうなのでしょうか?」
「ああ、知らないうちにラドヴェイドとフィリナが知り合いに!?」
混乱している俺はもう何を行っていいのか、何を考えていいのか訳がわからなくなっていた。
気のせいかフィリナとラドヴェイドが共同して俺をからかっているように思えてならない。
というか、なんでこの2人は仲よく話してるんだ!?
殺し合った仲じゃないのか!?
頭の混乱は更に加速していくのだった……。