「なっ……取り逃がした?」
「はい、ただ異端者フィリナ・アースティアが死亡した事は暗殺ギルドのほうから報告にあがっています。
いかがいたしましょうか?」
「うっ、うむ……」
ガルネイフ元司教は大それたことをしてしまったのではないかと今さらながらに動揺していた。
フィリナ司教が死んだ事はとりあえず安心ではあるのだが、死体を持ち去ったものというのが気になる。
錯乱した信徒がフィリナが生き返った等と言っているのは流石に幻覚か何かだと思うが……。
小心者であるガルネイフは安心できずにいた。
「その男を知っている者を含む少人数で追撃を試みよ」
「はっ、しかし、人相描きの配布はしないのですか?」
「近くにアラバルト枢機卿がこちらにやってくるという話を聞いた。
なぜこんなに早く動いたのか気になるが、彼は異端者フィリナ・アースティアの養父でもあった男だ。
迂闊に動いて妙な勘繰りをされたくない」
「はっ、では秘密裏に動くように指示します」
「任せる」
「はは」
ここ数日、忙しく立ち回っていたガルネイフだが、予想以上に周りの動きが激しい事を気にかけていた。
それに、サンダーソン家の動きもおかしくなっていた。
ひっきりなしにアルテリアに向けて使者を出しているようなのだ。
なんとなくではあるが、フィリナは実は唯で幕引きをしてくれた訳ではないのではないかと感じるには十分だった。
こうなると、フィリナが生き返ったという信徒の妄想すら気になってくる。
しかし、今動くのが得策ではない事はガフネイフにも身にしみていた。
派手に動いてアラバルト枢機卿の耳目に触れれば今までの事が全て無駄になる。
それに、アラバルト枢機卿は小規模ながら独自の諜報組織を持つと聞く、既に何かをつかんでいる可能性もあった。
状況が状況だけに仕方なかったとはいえ、フィリナを殺したのは早計だったかもしれないとガルネイフは頭を痛めていた。
俺とフィリナがカントールの町に戻って来てから数日は大忙しだった。
最初にフィリナの宿だが、結局桜待ち亭の2階の一室に落ち着いた。
特に寝床は必要ないというフィリナを説得し、部屋をとらせたのは悪目立ちしたくなかったからだが。
色々と問題はあった、とりあえずは生前の考え方や生き方をトレースするように言っておいたが、
こう言うのは本人にとっては結構つらいかもしれない。
何故なら、本人の意識の目の前でよく似た動きをする別人格ということになるからだ。
フィリナにはその辺よく謝っておいたが本人に伝わったのかどうかはわからなかった。
そして、宿を取るなら名前がいるという事で、偽名を用意することになった。
「マスターはこれからも冒険者をつづけるのですか?」
「一応俺も目指しているものがあるからね」
「でしたら、アルア・フェリトンにしてください」
「アルア・フェリトン?」
「アルアというのは生前の愛称の一つだったのですが、
依頼の関係である都市の冒険者協会を調査してほしいと頼まれ、試験会場に潜入した事があるんです」
「えーっと、偽名で資格を取ってあるっていう事か?」
「はい、職業は水の精霊使いとなっていますが」
「使えるの?」
「一応初級程度ですが」
「ふむ……」
俺が元の世界に帰るために冒険者をしている事はまだ言っていなかったが思考を読まれる以上時間の問題だ。
今はラドヴェイドから教わった思考のブロック法を使っているので今は漏れてないはず……ではあるが。
「きっと目的のお役にも立てると思います」
「ははは……」
とまあ、完璧にブロック出来ているのか非常に怪しい次第だ。
ともあれそれから数日、フィリナはアルアという偽名で冒険者として移転してきた事を冒険者協会に報告し、
パーティのほうに水系の精霊使いという事で参加を表明してもらうことになった。
もちろん、フィリナは黒髪のカツラ(潜入時に使ったものらしく、早々見破れるようにはできていない)をかぶり、
野暮ったい感じの化粧をして、服装は水の精霊使いという事で皮鎧と水色の服という感じにしている。
アンクや修道服は見つからないように目印をつけた山に埋めてある。
彼女がレイオス王子の下へ行けるようになるまでは手伝ってもらうしかないのも現状であるため、
申し訳ない話だが冒険を全面協力してもらうしかあるまい。
「へぇ、水系の精霊使いね。回復魔法を覚えるっていうのは心強いわね」
「一応、現状でも少しなら傷を回復する事が出来ます。それから体力の回復とか。
水系は攻撃魔法を行うには大量の水が必要になりますが、回復系はそれほど必要としませんから」
「確かに、水の精霊使いの回復は体内の水を直接使うものが多いらしいわね」
「はい」
「とりあえず合格よ。
後、この間ウアガの代わりに前衛をやってくれる貴族かぶれ……じゃなかった騎士をスカウトしたから。
これで、関所の向こう側に行くような依頼でも受ける事が出来るわ」
「そうか……第一段階クリアってところだな」
「ええ」
面接をやってくれたティアミスは自信ありげに微笑む。
まあ、実際のところ結構危ない橋を渡っているので、フィリナの事は早めに解決したいところだ。
それに、そろそろ俺も幼馴染達を探す事を始めたい。
うーん……。
そのためには何とかして金を稼ぎたいところだよな。
実際魔法の武器とかを買うには桁違いの金が必要になる。
現状、全財産をあわせても金貨15枚(約150万円)くらいだから。
150万円だと多いと思うかもしれないが、小遣いや生活費だけじゃないからそうもいかない。
武器防具はまともなものを買えば、それだけで金貨数十枚も必要になったりする。
ましてや魔法の武器ともなれば、その数倍から数百倍の価値が出てくる。
装備品以外にも、消耗品もまた結構金を食う。
薬草もそうだが、携帯食、火打石、火種、動物や魔物よけの結界、水を清潔に保つための魔法(水筒にかけてもらう)
後お尻をきれいにするための……すまんともあれその他もろもろ。
水周りは生水で腹を下す者が多かったので取り入れられた手法らしい。
一回銀貨5枚(約5千円)と少々高くつくが、一週間はそれで安心して水を飲めるのだ。
冒険者には必須といっていい。
結界はキャンプ用と個人用があるんだが両方必要になる。
キャンプ用は寝たり全員で休憩する時に、個人用はパーティから離れて活動する場合と、トイレ……。
流石にトイレ中に動物や魔物に出くわしたらどうしようもないし、また考えたくない死に方である。
もっともこの結界、安いだけあって消耗品だし、
動物や魔物の嫌いな雰囲気を作るだけなので既に認識されていると意味をなさない。
とはいえ、やはり効果は十分に使えるものだから毎回買わないといけない。
そう言う事もあり、一度外に出るだけで結構消費するのである。
だから依頼を失敗すると違約金等は普通発生しないが、それでも結構金が減って大変だったりする。
ともあれ、そうもいっていられないのでフィリナに必要なものを購入しつつ、
その日が暮れる、本当に俺は手配されていないようだ。
冒険者協会や”桜待ち亭”の張り紙を確認していたが、帰って来てから数日、特に張り出される事はなかった。
それから、”桜待ち亭”のバイトは今後輩冒険者パーティ”先駆者”のメンバーがやっているようで、
俺はお呼びじゃないようだった。
いつの間に……と思う俺だったが、まあバイトをしたい冒険者の卵は多いので仕方ない話でもあった。
翌日、パーティ”日ノ本”全員が集う事になった。
中学生にしか見えないハーフエルフ、
実は三十代という緑髪ポニテとんがり耳のリーダー。
ティアミス・アルディミア。
本来青髪ロングヘアの司教様だったはずだが、何の因果か今は俺の使い魔。
黒髪ショートのカツラをして別人に成り済ましているがたわわな胸が隠れていない。
フィリナ・アースティア。(偽名アルア)
老人に近い年齢でありながら冒険者を続けている薬師。
普段のボケといざという時の智恵が実はパーティで一番役に立っている気がする。
ニオラド・マルディーン。
10人兄弟というか兄妹というか、家族を食べさせるために割のいい仕事として冒険者をしている猛者。
生活が苦しい割には体格が太目な不思議、ある意味パートタイマー冒険者。
ウアガ・ドルトネン。
新たに入った未確認冒険者、金髪碧眼貴族かぶれ、シークレットシューズがかなり痛々しい。
口元にバラを咥えたりして怪我しないのか?と気になって仕方ない。
エイワス・トリニトル。
そして、本来はとくに特徴はないはずだが、
いつの間にやら魔王に取り付かれて、魔族になったらしい。
俺こと四条芯也。
これがパーティ”日ノ本”フルメンバーだ。
格好つけてみたが、実際のところ今回の集いは色々と面倒事の処理をするための会合なのだ。
パーティ”日ノ本”はリーダーティアミスの意見として関所を自由に通過できる事を利用したい。
しかし、問題点があった。
ウアガ・ドルトネンは弟妹達を食べさせていくために冒険者になったのだ。
仕送りという手もあるが、弟妹達が心配いらなくなるまでカントールを大きく離れたくはないという事だった。
そのため、今後パーティ”日ノ本”はどう活動するのかという点での意見交換会が開かれたという訳である。
「結成から半年たった事だし、皆の実力も付いてきたと思う。出来れば広く活動したいのだけれど」
「それには賛成だな、俺は広い世界に出なくちゃいけないわけもある」
俺は、ティアミスの意見に最初に賛同した。
実際、俺の目的を考えると出来るだけ広範囲に網を張りたいところだ。
幼馴染達は俺と違って目立つはずだから、網を張っていれば噂が聞こえてくる可能性もある。
「では、私も賛成します」
「アルアさんだっけ? 賛成は嬉しいけど、理由は?」
「私も探し物があるんです」
「へぇ、なるほどね……」
ティアミスはフィリナ(偽名アルア)の言葉を受けて少しだけ疑わしげな目を向けたもののあえて聞こうとはしなかった。
まあ、実際のところフィリナは俺の意に合わせてくれただけだろうから、疑われても仕方ないが。
やはりティアミスは鋭いな……。
「私は冒険のロマンスがあるならばどこへでもいくよ♪」
「はぁ……、では賛成4ね……」
「ワシは国外まではちと辛いのう、しかし、国内ならばついて行くことにするよ」
「条件付きで賛成と」
これでウアガ以外の意見は出揃った、つまりは関所を越えて活動するのはほぼ決まりという事だ。
しかし、そうなるとウアガは色々と辛い事になる。
「ウアガ……やっぱり無理そう?」
「ああ……あまり長い間家を開けておく事は出来ない」
「……そう」
ティアミスも決断するにはやはり迷いがあるようだった。
背は低いし、やせ形であるとはいえエイワスという前衛を用意したのはこのためだろう、
だがしかし、心理的にはやはりつらいのだろう。
「うん、今まで結構楽しかったよ。危険も多かったけど、だけど家を開けるわけにはいかない」
「分かったわ……、パーティ”日ノ本”はウアガ・ドルトネンを除名する事にします……」
「うん、ごめんな皆。これからという時に水を差しちまって」
「いや……、こっちこそ無理を言って済まない」
「……まあ、気にする事はない。これからも共に仕事をする事はあるだろうて」
「ええ……ウアガ、パーティは外れてしまったけどいつでも言ってくれれば共同で依頼をこなすわよ」
「ああ、俺もカントール周辺でやる依頼なら手伝うよ」
除名せずに外に出たときだけパーティから外せばいいという考えもあるだろうけどあえてティアミスは除名した。
理由は分かっている、除名せずに置いておくことで未練を残す事を嫌ったのだ。
パーティ”日ノ本”は元々色々な国を渡り歩きたいと考えている俺とティアミスが作ったパーティだ。
つまりは、行く事の出来ない人を頼っているという事はいずれ外に行く気力を失ってしまう可能性がある。
それはニオラドについてもいえる事だ、いずれは国を出ていくつもりでいる俺達は彼もまた置いていかねばならないのだから。
去っていくウアガを俺とティアミスは何とも言えない思いで見守った。
しかし、俺達は今日既に依頼を受ける事にしていた。
だから、いつまでも感傷に浸っている事は出来ない。
「さあ、気を取り直すわよ」
「ああ」
「了解じゃ」
「はい」
「任せてくれたまえ」
5人の意見が一致したところで、掲示板から取ってきたいくつかの依頼をティアミスが指し示す。
依頼料はだいたいどれもこれも、今までの依頼の2〜3倍くらいの料金になっている。
とはいえ、依頼にかかる時間も2〜3倍つまりさほど稼げる依頼という訳ではない。
強力なモンスターが出てくるとは書いていないし、なるほど関所を抜けるのがメインの目的なのだなとわかる。
ティアミスの目的はわからないが、俺は情報がほしいという点があるので、丁度いいと言えた。
「現在あたし達が受けても問題ない範囲の中で依頼は3つある、だけど」
「どれも首都アッディラーンのある大公直轄領を通らないと行けないように見えるな」
「その通り、まあ、魔王領やアルテリア王国、険しい山岳地帯なんかを抜ければ行けなくもないけど。
わざわざリスクを冒してまでやる必要はないでしょ?」
ティアミスの言う事はもっともだ、ただし、フィリナの事を考えるとちょっと辛い。
彼女は今までアッディラーンの大聖堂で暮らしていたのだ。
そして、暗殺されるという最悪の事態に陥った。
彼女の事を考えると、すぐに行くのはと考えてしまう。
フィリナのほうを見たが、表情はうかがえない、当然であるともいえる。
俺のせいで彼女は今本当に言いたい事を言う事は出来ないからだ。
使い魔である事の強制力が働いているせいで表情にすら出す事が出来ない。
俺は一瞬下くちびるを咬みそうになるが、自重した。
「それに、依頼の量もその質も当然首都のほうが上よ。
装備品や魔法具もほぼ手に入らないものはないわ、値段は張るけどね」
「ははは……」
「麗しの貴婦人達も首都にはいるからね、私も今から楽しみだよ」
「ほうほう、よい尻がありそうじゃのう」
「おじいさん、この手はなんですか?」
「イテテッ!?、おじいさんとは他人行儀な、ニオラドと呼んでくれいアリアちゃん」
「御免こうむりますお・じ・い・さん」
「ギャァーー!?」
ニオラドがフィリナの尻を触ろうとして撃沈していた。
まあ自業自得ではあるが、フィリナ……なんだか使い魔になってから生き生きしている気がするのは気のせいか?(汗
「コホン、ともあれ、首都経由になる依頼ばかりだけど、どれがいい?」
「何々、首都周辺の麦やその加工品の市場調査に、海岸線に出没する盗賊の捕縛、それから新技術の実験依頼?」
「ええ、どれも難易度はさほど高くはないはずなんだけど」
確かに一見さほど難しくはないように見える、最も今までだって難易度が変わらなかった事の方が珍しいのも事実。
手堅いのは加工品の市場調査だろう、時間はかかるかもしれないが危険度はほぼゼロに等しいはず。
盗賊の捕縛は、今まで見た盗賊の人数が1人だけというのが逆に怪しい。
首都近郊であるのに捕縛できていないのは、何らかの理由があるはずだ。
そして、最後はもうあやしさが爆発しているといっていい、どういう実験なのかが分からないのが致命的だった。
「俺は市場調査を押したい……」
「何を言っているんだい! ここは華麗に盗賊捕縛だろう!」
「実験というのも興味あるのう」
「華麗にっていうのもなんだけど、盗賊野捕縛かしらね」
「私は市場調査をした方がいいと思います」
「ふむ……アルアさん……まあいいわ。
今回は盗賊野捕縛にします。
私が選んだからというのもないとは言えないけど、
市場調査は時間がかかりすぎるし、この盗賊について少し調べたい事もあるの」
「わかった」
「了解しました」
「ふむ、まあワシもどっちでもいいぞい」
ティアミスのリーダー権行使によって、一応盗賊の捕縛依頼を行う事に決まった。
首都に関しては色々気になる事はあるんだが、それでも行かないわけにもいかないか。
幼馴染達の捜索や、帰る手段について調べるにもやはり大都市のほうがいいのは事実ではあるしな。
そうして、その日は日程などを決めてから解散した。
ラリア公国有数の富豪でありラリア公国とメセドナ共和国の通商ルートを取り仕切る大商人アルバン・サンダーソンの邸宅。
それは、ラリアでも特殊な場所に存在している。
水で囲まれていて普通の人では出入りする事も出来ない。
こういう防御的な事を考えるのは、心にやましい事がある証拠でもあるのだが、備えあれば憂いなしというのも事実ではある。
その邸宅の一角、離れになっている塔に幽閉されている男がいた。
紫色の髪に筋骨隆々な姿、その体にはきらびやかな服装をまとっている。
全ての指に宝石のついた高価そうな指輪をつけ、アイシャドウが更に彼の顔を濃く見せている。
一種異様な迫力を持つその男は、気だるげに空を見上げていた。
ぼうっとしているようでもあったが、意思の光は失われていない、何事か考えているのだろう。
そんな男の部屋の扉がギィと音を立てて開く。
扉を開けて入ってきたのは、男と同じくらいに派手派手しい服装の男。
しかし、男とは対照的にひょろひょろとした印象しか受けない。
「クククッ兄さぁん、今日も元気に引きこもってるかぁい?」
「プラークか……用がないなら帰りなさい」
「冷たいじゃないかソレガン兄さん、僕はぁ、心配してきてあげているんだよぉ?」
「ここに来ればお前も父の目に止まってしまうよ?」
プラークと言われたひょろひょろの男は、服に着られているとしか思えないような格好で、
しかし、厭味ったらしくソレガンの前にまとわりつく。
ソレガンはそれに対し嫌そうな顔で応じる、ごつくはあるが基本的に紳士である彼も、プラークの事を良くは思っていない。
しかし、プラークはまるでバッハやシューベルトのカツラのような髪型をふぁさりと手でかき上げながらソレガンに顔を近づける。
「うふっ、うふふっ♪ 別にかまわないさぁ! 僕は元々お父様には嫌われているものねぇ♪」
「……そうだったな」
昔からプラークはアルバンに嫌われていた。
あまり商才を持っておらず、体格にも優れず、やる事といえば他人の足を引っ張る事ばかり。
基本的に商人の家系であるサンダーソン家は他人の足を引っ張る事そのものは否定しない。
しかし、それは成り上がるための手段としてだ。
生産性もなくただただ他人のもがく様が好きという歪んだ思考は父のアルバンをも閉口させるものだった。
「だってぇ、ボクにはなにもないんだよぉ? だからさ、皆も同じところに来てほしいじゃない?」
「お前は自分が上がろうという考えはないのか?」
「ええぇ、めんどくさいよ」
ソレガンとプラークの会話はこういう話で終わる事が多かった。
しかし、今は違う。
ソレガンが失態を犯し、アルバンから謹慎申しつけられてからは、プラークは毎日のように幽閉部屋にやって来ていた。
プラークにとってみれば、ソレガンを引きずり下ろす千載一遇のチャンスのように思えていたからだろう。
「ボクはさぁ、兄さんみたいにはなれないけど、何かやってほしい事が会ったら行ってよぉ♪」
「なら、帰ってくれないか」
「冷たいなぁ、兄さんは。でもねぇ、確かアコリスって言ったフゴッ!?」
「まさかアコリスさんに何かしたりしていないだろうな?」
瞬間だった、今までは冷たくあしらいながらも半ば無視を決め込んでいたソレガンは、
アコリスという言葉を聞いた瞬間プラークを片手でつかみ上げた。
形相も一変している、もしも、アコリスに何かあれば絶対許しはしないというその決意がアリアリとうかがえた。
”桜待ち亭”の看板娘兼オーナー、アコリス・二ールセン。
目も覚めるような金髪と明るい笑顔、ちょっと蓮っ葉ではあるが、親しみやすく皆の人気者である。
ソレガンは彼女に何度もプロポーズをしては玉砕している。
それでも諦める事なく今でも愛し、守りたいと考えていた。
「ちょっ……フゴッ……まっ……待ってよ、兄さぁん」
「言い訳はいい、プラーク、もしもアコリスさんに何かあったら……」
「わか……っているよ兄さん……」
その言葉を聞いてとりあえずソレガンはプラークをどさりと投げ落とす。
しかし、それはプラークを許したわけではない、話が進まない事を感じたと言うだけだった。
「だからさぁ、そのアコリスをぉ兄さんの嫁にしたいんだろぉ?」
「……」
「だったらぁ、いい話がぁ、あるんだよぉ、兄さぁん」
「不要な話だ」
「そうかぁい? でも、この話をぉ、断るならぁ、父さんに話すよぉ」
「ッ!?」
ソレガンは目をむく、確かに父のアルバンは何人も愛人を囲っている。
表沙汰にはなっていないが、隠し子も何人かいるらしいと聞いている。
そんな人間に、プラークはアコリスの事を話すと言っているのだ。
ソレガンは本気で、目の前の弟を今すぐ殺すかどうか頭の中で考え始めていた。
そして、決意を固めたその時。
「でもぉ、これをぉ、聞いてくれたらぁ、言わないでおくよぉ」
ソレガンはその言葉を聞いてなるほど、と思った。
つまりプラークはソレガンの事を脅迫しに来たのだ、殺される可能性もあるのにだ。
もちろん、ソレガンは安心はしていない。
アコリスがアルバンに無理やり愛人にさせられる可能性はまだ否定されたわけではない。
それに、別のリスクも存在している。
だから、プラークの言う事を聞く事にはあまり意味がないともいえる。
しかし、時間稼ぎくらいは出来るはずだった。
「いいよ、言ってみるといい」
「ありがとぉ、ソレガン兄さぁん」
「……」
「実はねぇ、ボク欲しいものがあるんだぁ……。それはねぇ、御用商人の印状さぁ♪」
「印状だと……」
印状とは、公爵家に出入りができる事を示すための割符のようなものだった。
印状を持っていないと、どんな大商人でも公爵家に出入りは許されない。
その代わり、入手そのものはそれほど難易度は高くない。
今までの経歴を示すものと、公爵家への税の支払いが一定以上出ある事。
そして、それぞれの役人に袖の下を握らせれば割と簡単に入手できる。
実際、ソレガンもプラークも貯金の量が量だけに、かなりの税を支払っている。
袖の下のほうも、ソレガンにとってはたやすい事でもある。
しかも、申請してから印状が発行されるまでは早くても一週間かかる。
アコリスに護衛を送り込むまでの時間稼ぎにはちょうどいいとソレガンは考えた。
「いいだろう、その願い聞き届けることにするよ」
「うぁあ、ありがとうソレガン兄さぁん♪」
もちろん、ただ印状を渡して何事も旨く行く等とソレガンも甘く感じているわけではないのだ。
時間稼ぎの意味でしかないと考えてはいる。
しかし、印状を渡した事をこの先ソレガンが後悔する事になるなど、今は誰も知ってはいなかった……。