「マスターどうしますか?」
暗殺者と思しき黒装束が前方と後方に2人づつ、狭い路地なので逃げる場所はない。
原因としては、フィリナを殺した奴らが雇った暗殺者というところか……。
フィリナは変装をして黒髪、野暮ったい服装等で別人に成り済ましているし、そもそも人格すら変わっている。
それでもバレたのだとすれば、俺が原因になっている可能性が高い。
俺もあの時見られていたし、変装もしていない。
俺みたいなやつに注目すると考えていなかった俺が甘かったという事だろう。
フィリナは俺を庇うように前方に出る。
もちろん、この状況ではあまり意味はない。
やるとすれば一点突破、しかし、その事は相手も十分承知しているだろう。
「このままでは、ジリ貧だな……」
「私はマスターさえ生きていれば即死レベルの傷でも元に戻ります。
無茶を気にする必要はありません、ご命令を」
「そうだな、一点突破しかないなら……突き進むだけだ」
どの道暗殺者たちは表通りで襲う事は出来ない。
表通りまで駆け込めば勝ちなのだ。
夜ならばともかく、日の高い今襲ってくるというのがむしろおかしい。
まあ、現状団体行動を取っていないから襲ったという事もあるかもしれないが……。
ともあれ、迷っている暇もない、俺達は正面の黒装束共に向かって走る。
「はぁぁぁ!!」
先を走るフィリナが正面の黒装束に光る拳を打ちつける。
光は白と黒が渦巻くようにスパークしながら黒装束に接触し、吹き飛ばした。
もっとも、相手も並ではないのだろう、自ら飛んでダメージを抑えたように見えた。
俺も、魔族化したことで感覚が鋭敏になっているからわかったのだろう。
俺はもう一人が持つ短刀を回避しながら背負い投げの要領で後ろへ投げ飛ばす。
当然のようにバク転で綺麗に着地し、追いかけてこようとするが、今のお陰で敵はあらかた後方に回った。
俺とフィリナは全力で表通りに出る。
いつの間にか気配は消えており、撤収したことが分かった。
「とはいえ、まだつけているんだろうな……」
「はい、恐らく今のはいつでも襲う事が出来るというデモンストレーションも兼ねているかと」
「あいつらは暗殺者か?」
「恐らくは暗殺ギルドのトリプルナンバーではないかと」
「トリプルナンバー?」
「はい、暗殺ギルドは世界規模で暗殺を請け負う巨大組織です。所属している人間は数千人と言われています」
「数千人……」
「とはいっても、ギルドにいる全員が暗殺をする訳でもありません、仲介をする者、相手の情報を調べる者、いろいろです」
「なるほど」
「ただ、0から999のナンバーを振ってある人間は暗殺専門、というか一人前の暗殺者と認められたものという事です」
「一人前の暗殺者ね……」
「はい、彼らの武器を見ましたか?」
「黒塗りの短刀だったな」
「それがトリプルナンバーの証です。もちろん、暗殺者は武器を選びませんが、暗殺ギルドの目印として……」
「脅しになるってことか」
「はい、恐らく今回の目的は暗殺ではないのではないかと」
「暗殺ではない?」
「詳しいところはわかりませんが、暗殺なら昼に襲撃をしたり、それもヒントを残すような真似はしないでしょう」
「なるほどな……」
フィリナの言う事はいちいちもっともだが、問題はその場合相手の目的がよくわからないという事だった。
相手はフィリナを消したいはずだ、バレているなら殺しにかかるはず。
俺の事も生かしておく必要はないだろう。
逆に俺の事だけしか知らないのだとすれば、こんな目立つ襲撃をかけてくる意味がわからない。
おれから情報を聞き出すなら宿で一服盛って寝ている間にでも運び出せばいい。
不可解な行動に首をかしげるしかない俺だが、一つだけ安心できた事がある。
魔族化により反射神経や運動能力は確実に上昇しているようだ。
正規の暗殺者より素早く動けたというのが何よりの証拠だろう。
つまり、俺もどうにか並くらいの剣士にはなっているはずであるという事だった。
「まあ、ここで考えても仕方ないか……」
「そうですね、とりあえず観光の続きをするのがいいかと」
「いや、しかし……」
「路地裏に行かなければもう襲われる事はないはずです」
「わかった」
フィリナに説得されてしまった、マスターの事を考えるなら宿に戻らせるというのが普通という気もするが……。
ともあれ、水路の阻まれてしまいそれ以上進めないのでゴンドラに乗り込む事にした。
この都市の水路は縦横無尽にいきわたっており、中には島になっていてゴンドラでしか行けないところもある。
ゴンドラも50人乗りの大型から、4.5人しか乗れない小型までいろいろ。
運賃はどこまで行っても基本的に一人頭銅貨10枚(約100円)となっている。
近場に行く時は割高にも思えるが、どうしてもというならゴンドラを使わなくても生活必需品は揃うようになっている。
そういう重要な店はどこからでもいけるように、何件も配置されているし、道も優先してつけられている。
「こっちにあるのは食べ物屋か……まさか、ゴンドラに乗ったまま買い物をするとはな」
「こういうものは、他の街でいう露店と同じです。店舗を構えなくていいだけ安上がりなんですよ。
でも、当然取り締まりがあれば引っかかります」
「取り調べがあれば?」
「その辺りも、この国ならではではありますが……袖の下を使って見逃してもらうのが慣例になっているようです」
世知辛いというか、まあ良くある事なんだろうけど……。
日本ですら未だに袖の下はそこそこ有効な交渉手段と言えるのだ、この国の内情を思えば当然なのだろうと思う。
ただ、公共の場の場所取りに袖の下が必要というのはかなりめんどくさい話だ。
それはつまり、殆どの場で袖の下が横行しているという事でもあるのだろうから。
「同じラリアでもカントールとはずいぶん違うんだな……」
「ラリアは商人の国、治める貴族や大公よりも大商人の影響を色濃く受ける傾向があります。
そして、アッディラーンこそはラリアの3大商人の根拠地でもあります」
「それだけ皆抜け目ないという事か」
「そうですね……」
ほんの一瞬フィリナは遠い目をしたように思えた。
しかし、また元の無表情に戻り周辺で買うべきものを物色している。
ゴンドラに乗ったまま、日常品や食べ物の類は簡単にそろえられろうだ。
この辺り、流石水の都というべきだろうか。
「これで、日常品はおおよそ揃いました」
「俺はもう少し、武器なんかも物色してみたいが……」
「お金が足りないのではないですか?」
「まあ、その通りなんだけどね……」
実際、フィリナが住めるようにするためにカントールで部屋を用意したり、色々と必要なものを買ったり。
そう言う事をしていたら金貨15枚(約150万円)あった貯蓄が、今や金貨3枚(約30万円)まで落ち込んでいる。
普通に食べるだけなら2人で2カ月持たなくもないが……。
部屋代を入れると一か月が限度か。
ともあれ、金が切れる寸前である事は事実だった。
「こりゃ、早い事依頼こなさないとな」
「そうですね、金がないのは首がないのと同じという格言もあります」
「……」
それ日本の格言でしょ……。
そんな事を言いあいながら、ざっとアッディラーン北部を一回りし、宿屋に戻る事にした。
因みに、北部は旅行者に解放している地区であり、色々な人でにぎわっている。
中には妖精というか、亜人種も結構な数存在しており、ファンタジー世界なのだなと思い出させる。
空を浮く島や城は一日を通して少しづつしか移動せず、影になる区画ができるが、その辺りを気にしている大商人もいないのだろう。
夕方には”金色の稲穂亭”に戻ったが、丁度島の下になるらしく、真っ暗になっていた。
最も、数分で通り抜けたため、さほど問題はなかったが。
一般宅にとってはあの島かなり邪魔だな……。
夕食時メンバーが再度集合し、明日からの盗賊退治について話し合った。
俺もこの世界の海は初めてなので、よくわからない事が多い。
アッディラーンから東に行ったところに盗賊が出没するというのが依頼内容だ。
本来こういうものは軍なり、警備隊の仕事なのだが、
出没する場所が人けのない場所であり、人数が少ないためポイントが絞れないらしい。
数人だとも、たった一人ではないかとも言われている、今まで戦闘した事のあるものが言うには強くはないが逃げ足が速いらしい。
戦闘で後れを取る可能性はさほど高くないが、捕まえるのは困難だろうと言われている。
それに対し、俺達が考えたのは罠にはめる事。
とはいえ、どうすれば上手く罠にはめられるかを考えるのに皆頭をひねる事になった。
そうした事があり、本来眠る時間。
暗殺者が来るのは夜と相場が決まっている。
誰かに変装したり、事故に見せかけるため罠を仕掛けたりする場合以外は普通夜に来る。
当然俺は警戒を解く事は出来なかった、ありていに言えばびくびくしていた。
(シンヤよ……何を怖がっている?)
右手の掌に亀裂が入ったと思うと、にゅっと言う感じで目が開き俺に語りかけてくる。
魔王ラドヴェイド、妖怪手の目とでも言うべきか、現在俺の手に取り付いている存在だ。
「もちろん、暗殺者に狙われている事だ」
(ほう)
「俺自身も勝てるかどうかわからないし、事情を知らない仲間が巻き込まれる可能性もある。
気を抜くことなんてできない……」
(だが睡眠不足になれば集中力が低下する、備える事も出来ないぞ)
「情けない話だけど、俺が寝たらフィリナに頼む事にするさ」
(ばかばかしいな……なんなら、一時的に魔力を開放すればいい、魔族は魔力をまとう事で身体能力の強化も行える)
「そんな事をしてばれないのか?」
(近くに魔法を使う者や、神官等がいればばれるだろうな)
「……うかつに使えないじゃないか」
(まあ、切り札とでも思っておけ、これから広い世界に出ていけばあの時のように力が必要になる事もある)
「……」
あの時のように……俺が初めて人を殺した時のようにか……。
俺は……この事実を常に見つめて生きていけないといけないんだったな……。
「ああ、分かっているさ、いざという時は使わせてもらう」
(あまり臆病になるなよ)
「そうだな……」
この世界で生き残るために、戸惑ってばかりはいられない事はもう承知している。
例え反吐が出そうな事だとしても、やるべき時が来ればやる。
その決意だけはすれ二俺の中にあるのだから。
翌日、どうやら何事もなかったと一安心して起きてきた俺だが、ふとベッドの横に人の気配があるのに気付いた。
フィリナ・アースティアだ、既に変装のほうも終えている、しかし、どう見ても微動だにしていない。
……もしや?
「大丈夫か!?」
「はい……腹部に損傷を受けましたがかすり傷です。現状の魔力供給でも昼ごろには完全に回復するものと思われます」
「えっ……!?」
そう言われてフィリナの腹部を見ると、服が大きく裂けており、腹部から血を流している。
確かにそれほど深い傷ではないが、毒などが塗られていないか気になりラドヴェイドを呼ぶ事にした。
「どうだ?」
(問題ないだろう、彼女は使い魔なのだから見栄を張ったりはしない、自分が使い物にならなくなるときはそう言うだろう)
「……だが」
「自己判断に間違いはありません、回復魔法も併用すればさらに短時間で治ると推測できます」
「なら、そうしてくれ……」
フィリアは言われて水系の回復魔法を使用しにかかるが、それと同時に俺に紙を一枚差し出した。
そこには、ただ一言”今日の夜東の灯台まで来い”と書かれている。
これは、暗殺ギルドからの挑戦状のようなものだった。
「ちっ、ややこしいな……今日は依頼があるってのに……」
「無理に行かなくてもよいのでは?」
「そうもいかない、ここに手紙を置いて行ったという事は、この宿は知られているという事だ」
そう、仕事が今夜までに片付き、更に今夜ここまで戻ってこれればという条件付きという事になる。
行かないでいれば、他のパーティメンバーに迷惑をかける可能性がある。
相手が暗殺ギルドという事は、性質次第ではターゲットの俺だけに攻撃をかけてくるかもしれないが、昼の行動が不可解すぎる。
(何とかする方法はなくもないぞ)
「何?」
(別段難しい話ではない、盗賊の出現場所は灯台からお前達の世界の単位で言う20km〜30kmという所だ。
こっそり抜け出し、魔族としての力を使ってみればいい。いくつかの魔法なら使用可能なはずだ)
「魔法……魔法ね……」
(どうかしたか?)
「いや、俺はこの世界に来て間もないが魔法にも何度か触れてきた、だけど自分でというのは初めてだからな」
(ふむ、まあさほど問題はないはずだ)
「魔族の魔法は覚えるタイプの物とは別に固有のものがありますからね」
「良く知ってるな……」
「これでも、冒険者経験は長いですし」
「それもそうか」
彼女が俺の部屋に来ている事が問題にならないように早めに抜け出し、朝食を取る事にする。
実際のところ、既に来ていたニオラドを除けば皆俺達が食べ始めてから降りてきた。
「おはよう」
「おはよう」
「おはようございます」
「ふむ、おはよう」
「おはようございますレィディ」
5人揃う頃には日も高くなっていたが、
俺は食後のコーヒーにミルクをたっぷり入れて砂糖もいれてという温い飲み方でゆったりしていた。
ティアミスがそんな俺に話しかけてくる。
「そう言えば深夜になってから、そっちで少し物音がしたけど何もなかった?」
「ああ、俺はぐっすり寝ていたしな……もうちょっと警戒するよ」
「ええ、何事もないならいいんだけど」
ティアミスも昨日の事は少し気になっているようだ、もっとも俺が気付かなかったのは本当の事なんだが。
幸い他の二人には聞かれていなかったようで、その話はそこまでとなった。
そして、盗賊の目撃現場へと向かう俺達、元々盗賊の出現場所はアッディラーンから東側なのである意味助かる。
しかし、足の速い盗賊か……捕まえるのは難しそうだな。
「やはり何がしかの罠を仕掛けるしかないと思うんだが」
「それはそうね、でも相手が分からないんじゃどうしようもないわ」
「まあ、先ずは聞き込みじゃな」
「ふふふ、お任せくださいレィディ♪」
「こいつは留守番な」
「ええ……私が見てるわ……」
街道周辺での聞き込みは俺とニオラド、そしてフィリナ(アルア)が行う事になった。
ティアミスはハーフエルフであるため、一部の人には少し不利になるし、エイワスは問題外っぽかった。
残る俺達三人は別行動をしつつ、それぞれ休憩所にいる人や道行く人に話しかけ盗賊について聞き込みをする。
結果的に分かったのは、出現場所がどうも、休憩所の近辺に限定されているという事だった。
そのため、護衛を引き受けた冒険者等が一緒に泊まり込んだりした事もあるらしいが、被害にさほど変化はなかった。
だから、根本的解決を俺達に依頼してきたのだろう。
「しかし、犯人の特徴が今一判然としないな」
「ふむ、ワシの聞き込みでも特徴を言っている者は少なかったの、白装束というくらいのものじゃ」
「ぶっ、そりゃ目立つな」
「その筈なんじゃがな……」
「それでも、目撃者はないというの?」
「何人かは見て覚えているようでもあったが、一人だけじゃ口を開いてくれたのは」
そう言えば、俺が聞き込みしている中にも何人かは何かを隠しているかのような動揺があるものもいた。
後で揺さぶりをかけてみようかと思っていたところなので、議論しておくのは悪くないと思えた。
「しかし、目撃証言の曖昧さを考えると幻術でも使っているのかの?」
「どうでしょうねぇ、いえ、もしや、レィディを人質にとって口をつぐませているとか!?」
「人質って全員に対しての? ナンセンスよ、しかし、幻術ね……一考の価値ありかしら」
「だとしても、今まで全てが術にかかっていたのだとすると相当てだれだな」
「……まだまとまらないわね、もう少し聞き込みを続けてみて」
「了解」
「わかったゾイ」
「少し待ってください」
丁度俺達が再度聞き込みをしようと動きかけたところでフィリナ(アルア)が戻ってくる。
その顔には何の表情も浮かんでいないが、何がしかの情報をつかんできたのだろうか?
「ん?」
「あら、アルアどうしたの?」
「何人かから証言が得られましたので報告を」
「ありがたいわ、どういう証言?」
「盗まれたものに関する共通項です。
盗まれたのは手持ちの物ばかりで、馬車や馬上のものは盗まれていないそうです」
「へえ、それは面白いわね……でも、どういう事かしら?」
それは確かに特徴的な事実ではある、しかし、そこから相手を絞り込むのは難しそうだった。
理由が判然としない事は同じである……まあ一応馬上や馬車を襲わないというなら何がしかの理由はあるんだろうが……。
しかしそうなると、気になってくる事もある。それはここが海岸沿いの道である事だ。
こんな開けた場所で盗みをすれば、盗られた本人以外にも目撃者がいてもおかしくない。
だが、現状まだそういった目撃者も見つかっていない。
「証言内容を合わせると、目撃者は盗られた本人だけである事、開けた場所であるにも関わらずだ。
また盗られた本人ですら姿を見ていない人もいる事、姿を見た人は一様に白装束だったと言っているという事。
馬上や馬車の中のものは盗られないという事、だな」
「それだけじゃまだ何とも言えないけど……」
「何らかの法則性があるのではないかという気はしますね」
ひっきりなしに人が通っているためか盗られた人はかなり多い。
今まで聞き込みした中でも10人以上が盗られているらしい。
だが、先ほどのような理由もあり致命的な物を盗られる事は少ないため、
現状は馬車や馬を持つ者はそれなりに安心しているようだ。
「もう少し聞き込みを続けてみて、新発見があるかもしれない」
「それに、そろそろそいつらが出てくる時間帯のようだな」
「そうね……一応仕込みはしておきますか」
「了解」
俺たちだって馬鹿じゃない、自分達も盗られる可能性を見越して仕掛けは施してある。
だが当面は聞き込み中心で行くしかないな。
そうしてもう一時間ほど聞き込みを続けたが新しい事実はわからなかった。
俺達は休憩所のほうへと向かう、そろそろ出現する時間帯になってきたからだ。
休憩所には冒険者も多数見受けられる、つまり、同じ依頼を受けて来ているパーティが数組あるという事のようだ。
「どうする? あの分だと休憩所には入れそうにないけど」
「まあいいんじゃないか、中で起こるとは限らないわけだしな」
「それもそうじゃが、彼らがどういう対策を取っているのか気になるのう」
確かにそれは気にならなくもない、しかし、冒険者にもそれなりに仁義がある、相手の手の内を知ろうとするのは良くない気もした。
もっとも、現在地から動く気もないので、冒険者たちの仕掛けが何かは恐らく相手次第で見る事が出来るはずだった。
ともあれ、日が傾き始めたので俺達はその場でキャンプをし始める。
もちろん、街道から少しだけ外れて通る人の邪魔にならないようにはしている。
とはいえ、ここは街道の外も砂地なので、キャンプは割と張りやすかった。
「いつ来てもおかしくない筈だけど……」
「流石にこれだけ警戒してたら来れないか?」
「ミー達に恐れをなしたのではなーいでしょうか?」
「ミーって、前までは私だったくせに」
「ぐは!?」
「ほっほっほ、果報は寝て待てじゃよ、あまり緊張しても仕方あるまいて」
「そうですね」
そうして、この際だからと夕食を作り始めた頃、突然周囲がほんのりと明るくなったのを感じた。
その後、霧のように視界にもやがかかる。
皆が戸惑っている、これはいったい……。
(まずいな……)
「!?」
(返事はせずに聞け。現在何者かの結界の中に取り込まれた)
「?」
(理由はわからんが攻撃的なものではない、認識を誤魔化す類のものだな)
「……」
(この物取り、案外強敵やもしれん)
なるほどな……。
つまりは、相手は魔法を使って俺達に認識させず物を奪っているという事なのか。
白装束についてはまだわからないが、皆幻惑されているのは間違いないだろう。
俺自身、ラドヴェイドが言わなければ気付かなかっただろうから。
しかし、そんな中ティアミスとフィリナは認識しているようだった。
「ティアミス! アルア! 見えているか!?」
「えっ、ええ……でも、視界が悪いわ……」
「これは恐らく、認識を阻害する結界です。それもかなりの広域をカバーしている……」
「確かにこれなら盗みたい放題だろうけど……これだけ大きな魔法なのに発動するまで気付けなかった?」
「恐らく、この辺一帯に仕掛けが用意されているのではないかと」
俺は他の2人も探すがどうやら、何も認識できなくなっているようだ。
まさか、こんなレベルの魔法を使って来る相手なのか?
それにしては、冒険者協会の依頼料も安かった気がする。
確かに、今までだって冒険者協会が予想を外した事はあったが、それは予定外の要素がからんでいる場合だ。
この盗賊に関しては調査も行われたのだろうから、俺達のようなランクでも不可能ではないと計算されているのだ。
そうでなければ報酬が合わない。
もちろん完璧な調査が出来るわけでもないだろうから、単に調査不足という事もあるかもしれないが、
ここはラリア公国冒険者協会の本部のお膝元だ、こんな失敗をしているとは考えにくい。
ならば……。
「こういう魔法を使っている可能性もあるが、何らかの方法で魔導器がここに敷設されていたと考えられないか?」
「えっ? つまり……」
「ああ、あの小屋やその周辺の物は魔導器である可能性がある」
「でも魔導器は……」
「魔導器は魔法と違って発動するまで魔力を漏らしません。十分考えられる話です」
「なら、犯人を捜しつつ魔導器を回収、もしくは破壊しよう」
「そうね……シンヤの言うとおりだわ。でもこの霧は私達でも無効化出来ないみたいね」
「だからまとまっていくしかないな。しかし犯人は人のいる方に行くだろうから、休憩所の前か中にいるだろう」
「行くわよ!」
「了解」
「わかりました」
休憩所のほうへと警戒しながら進んで行くと、周囲にいた冒険者たちは皆倒れていた。
中にはエルフもいたようなので、気付いていなかったとは考えづらい。
その上で倒されたのだとすれば何かあると言う事だろう。
しかし、まだ霧は晴れていない、結界が長時間なされていれば流石にアッディラーンの軍も気がつく。
つまり、今までさほど時間がかかった事がないと言う事になる。
と言う事は、まだ盗賊が活動中と考えてもいいだろう。
休憩所周辺を見渡してから、俺は意を決して休憩所の扉を開いた。
「なっ!?」
そこにいたのは、確かに白づくめ……。
ただし、人というよりは、イカだった……。