「……起きて…起きて…」
また、今日も声がする。
もう日常と化した声が聞こえ、自分の体を揺すって覚醒を促している。
俺を起こしている人が誰かかはもうわかっている。
またいつも通りの、幼なじみの聡美だ。
それにしても、もう朝なのか…
まだ眠いな…
9月だって言うのに春みたいに暖かくて頭がぼーっとしている。
それに昨日はあまり眠れなかったっけ。
「ん〜…もう少し寝かせてくれ聡美…」
そういう訳で、俺は布団を頭まで被る。
いつも通り、二度寝のパターンだ。
「あっ、ダメです。
早く起きないとダメになりますよ、自分が。」
あれ…何かがおかしい…
段々明確になってきた声は普段と違う喋り方をしている。
それに…何だか俺を揺する手つきがいつもより優しいような…
「あれ…聡美、今頃なんで丁寧語なんだよ…」
「何言ってるんですか、私は美郷ですよ。」
「え…」
俺は目を擦ってもう一度聡美と思っていた人を見る。
すると確かにその人は聡美ではなくて美郷…いや、藤林 美郷さんだった。
「うわぁあ!え…何で?!」
「何でって、ここは私が住む家ですよ。
私がいて当然です。」
「え……」
そうか…夢じゃなかったのか…
俺が今いる場所は俺の家じゃなくて、全く知らない場所にある藤林の家なんだ。
海に落ちた後、何故か公園にいてそれから…
「朝ご飯はもうできているので食べてください。
私は学校に行ってきます。」
「あぁ、うん…」
藤林がドアを閉めて出ていき、部屋は静かになる。
いつもならまた布団を被り、二度寝するのだろうが、いつもと違う朝の状態に目が覚めてしまい、しばらくぼーっと惚けていた。
これからどうしようか…
昨日は夢と思って現実逃避してたから
今日の予定なんて考えてなかったな…
隣の布団を見てみると馬場が寝ている。
猫が寝ているように、子供が寝ているように
ニヤけながらぐーすか寝ている。
仕様がない、起こすか。
面倒臭いけど今はこいつが必要だ。
この"世界"で一人は嫌だし。
「おーい。起きろ馬場。」
「う〜ん…もう食べれない〜」
古典的な寝言ほざきやがって…
「ほら起きろよ馬場。
すっげー可愛い子が図書館でお前のこと探してたぞ。」
「マジかっYO!今すぐ行くYO〜!」
バビューン!
「…早い。ちゃんと身だしなみ整えて出ていった…」
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「ねぇねぇ、そのすっごい可愛い子はどこにいんの?」
「あぁ、あれ嘘。」
「はいぃ〜( ̄□ ̄;)?!」
いいな、この起こし方。
馬場を起こす時は次からこう言って起こそう。
「それより今は現実を見ろよ。
俺たちは今、情報が必要なんだよ。
まずここがどこなのかを調べなきゃいけないよね?
それに図書館では静かにね。」
「う…」
これだけ圧力をかけるとさすがに馬場は文句を言わずに黙りこんだ。
それから俺たちは図書館の本をかき集め、
それをひたすら読んで調べたりもしたし、
インターネットの環境もあってそれを使って調べたりもした。
そうやって俺たちは、一日かけてこの場所がどこなのか、どういう世界なのかを知ろうとした。
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…図書館で一日かけて調べた結果。
この世界は例えて言うと、童話では竜宮城、映画では千と千○の神隠しのあの温泉屋、つまり俺たちは今、「異界」にいるという事らしい。
そう、俺たちは神隠しにあったのだ。
浦島太郎、千、となってしまったのだ。
夢のような話だけれど、これは夢ではない、現実だ。
今はこのファンタジーを受け入れるしかない。
受け入れるしかないんだー!」
俺は今、馬場を図書館に連れてきて後悔している。
一人になってもいいから放っておくべきだった。
こんな静かな環境に、躊躇なく叫ぶようなやつを連れてくるべきではなかった。
だから席を少し離れよう。
俺はこいつの何でもない、赤の他人ってことにしよう。
「おいっ!曳くな澤村!」
「お前…もっと静かにしろ。
ここは図書館なんだぞ。」
「この衝撃を静める事ができるかよ。
どうやって家に帰ればいいんだよ!」
「それを調べる為にここに来てるんだろ。
とりあえず落ち着け。」
とりあえず…俺が集中すればこいつも静かになるだろう。
馬場はまた騒いでいてうるさいが、放置だ。
でも思い出してみると、浦島太郎の話では、亀に乗られて元の海岸に戻ってきた。
千は例の温泉屋からトンネルを通って元の場所に戻ってきた。
そう、元の場所に戻れれば現実世界に帰れるという事は、童話でも映画でも共通している。
俺たちもあの公園に戻れば、現実世界に戻れるという訳なのだ。
「馬場、やっぱりあの公園に行ってみようか。
そうすれば戻れるかもしれない。」
「あの日の出公園が出口、ってことか?
そうかもしれないけど、公園がこの世界との出入り口だとしたら神隠しに遭う人が多くなるはずだろ。
この町で人がよく失踪するなんて話は聞いたか?」
「確かに…話は藤林に聞かないとわからないけど、ないかも。」
一応、馬場は真面目に考えてはいるようで、何だかいつもよりもずっと真剣だ。
いつもふざけておちゃらけている馬場とは思えないくらいだ。
当たり前か、こんな状況だもんな。
ふざけて遊んでられる状況じゃないもんな。
よし、俺も真剣に調査に取り組もう。
閉館時間まで続けるか。
そう思って、俺は机に向かって作業に取り組んでいた。
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「頂きま〜す。」
「どんどん食べてください。」
藤林の家に帰って今日一日の調査結果を整理すると、俺たちは今、「異界」の上総園上総町という場所にいる。
異界からの脱出方法はまだはっきりしていない。
俺たちのいた現実世界とほとんど変わらない平和な場所だ。
現在では車が道路を走り、航空機が飛ぶ。
昔には戦争をして敗れている。
国の名前は「本丸」という国だけど、変な妖怪とかいないし、日本となんら変わりもない。
でも、この世界と前に居た世界は似ているので、俺達は区別するために、前の世界を「アース」、この世界を「イアルス」と言うことにした。
この世界ではこの星の事を、英語でイアルスと言うからだ。
それから思った事だけど、ジャパンとジパングと同じように、ローマ字読みのような何かしらの関係があるのかもしれない。
本丸の通貨の「輪」だって「円」を文字ったものだし、アースとイアルスには色々な関係があるみたいだ。
この関係は、アースに帰る手掛かりになるかもしれないし、これからはその点も注意深く見ていこう。
それと…あとは俊太郎の件だな。
図書館に来た頃からまさかと、気になっていたのだけど、この世界が現実って事は、当然俊太郎も行方不明のままって事だ。
隣で夕食を食べている藤林の表情は曇っていて、大体予想はつくけど…一応、訊いてみようか…
「藤林…俊太郎から連絡あったりした…?」
「…いや、ありませんでした。
私が電話して俊太郎のお母さんに訊いてみたら、どこかに泊まるという事も聞いてないみたいですし、学校で俊太郎の友達に訊いてみても、家に泊まっているとは聞いてません…」
って事は、昨日から誰も俊太郎を見ていないという事になる…
藤林を日ノ出公園に呼び出した後、すっかり消えてしまった…そう、まるで神隠しのように…
もしかして俺達と入れ違いになったのか…?
イアルスとアースとの間を、一緒に通ったというのか…?
どっちにしろ俊太郎が何か普通ではない事に巻き込まれているのは間違いなさそうだ。
藤林を公園に呼んでおいていなくなるなんておかしいし、何より親にも連絡が入っていないなんて不自然過ぎる…
「あの…藤林…」
「…なんですか?澤村さん。」
「あの……いや、何でもない…」
家出してるだけだよと言おうとしたけど、それはただの気休めだ。
俊太郎が家出しているという線は薄いし、俺だってただの家出だとは思っていないのに。
でも、心配して夕食もあまり食べられていない藤林に手を差しのべてやりたくて、なんとか元気付けてあげたかったんだ。
家に泊めて俺達を助けてくれた恩だからという事もあるけど、純粋にそう思う。
でも、今の俺達は他人の面倒を見ている立場ではない。
今も助けられている立場で、自分の事で精一杯なんだ。
そう考えると、不甲斐なくて嫌になる…
自分に力がなくて、守られてるだけなんて…
俺は情けなくて悔しくて、藤林と一緒に箸を止めてしまっていた。
どうにかしたい考えながら、自然と夕食を眺めてしまっていた。
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次の日は自分から起きた。
藤林に起こされる前に、目覚まし時計を止めて布団から起きたのだ。
聡美や藤林に起こされてばかりだから、自分で起きたのは久しぶりだ。
馬場を叩き起こして居間に下りると、制服姿の藤林が机について朝食を食べていた。
でも表情は昨日の夕食の時と同じで、食事もあまり食べていなかった。
俺がおはようと言うと、挨拶を返してくれたけど、やっぱり元気がない…
公園で初めて藤林を見た時に比べると、何かが抜けてしまったような雰囲気だ。
俺は昨日と同じ、情けなさと悔しさを感じてくる。
どうにかして元気付けてやりたいと…
…よし。やっぱり、今日は図書館に行った後に俊太郎の家に行ってみよう。
イアルスの事を知らないといけないし、アースに帰る為にも調査をしないといけないけど、こんな藤林を見ているだけなんてできない。
「藤林。今日、学校が終わったら俊太郎の家に行かないか?」
「えっ…」
「俺も俊太郎を探す。一人で探すより二人の方がいいだろう?」
藤林は少し驚いたような表情をしていたけど、先ほどと比べて少し光が戻ってきたように感じた。
色が戻ってきたように感じたんだ。
「はい…ありがとうございます…」
「…うん。」
きっと藤林は、俊太郎の安否の心配だけじゃなくて、一人で探すという心細さも感じていたんだ。
一人で俊太郎を探すのは大変だし、段々心細くなってくるもんな。
だから俺が一緒に探すというのは、励ましとしては正解だったのかもしれない。
こういう時、一人になりたい時もあると思うけど、できるだけ一人にしてはいけないと思うから。
藤林の表情はまだ暗いままだったけど、それでも少し柔らかくなっていて、俺は藤林の力になれた気がした。
まだ俊太郎は行方不明のままだけど、少し嬉しくなっていた。
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夕方になって、馬場を一人残して俊太郎の家に来ると、俺は先に来ていた藤林に会った。
やっぱり表情が暗いけど、俺が来たことに気付くと、少し笑って軽く手を振ってくれた。
その事に不意を突かれ、思わずドキンとしてしまう。
はっ!な、なんて不謹慎な事を…藤林はまだ落ち込んでいるのに…
俺は心を落ち着け、俊太郎の事だけを真剣に考えて、真っ直ぐに言った。
「じゃあ…行こうか藤林。」
「はい。」
俊太郎の家のチャイムを押して、お母さんを呼び出すと、俺達はリビングに案内された。
広くもなく狭くもない、ごく普通の一軒家で、リビングも一般的な部屋である。
でも大きな窓から光を一杯取り込んでいて、居心地のいい部屋だ。
俺達はソファに座り、俊太郎のお母さんとテーブル越しに向かい合った。
少しの緊張が流れる。
「あの…美郷ちゃん、この人は…?」
「えっと…私の遠い親戚で、今は家に同居している澤村さんです。」
「ど、どうも…澤村 俊助です。」
「はぁ…私は、中村 のり子です。俊太郎の母です。」
「よ、よろしくお願いします…」
自己紹介している場合じゃないのに、何故か勢いで握手までしてしまっている。
俊太郎を心配する心の中で、少し緊張してしまった。
「それで中村さん、俊太郎さんは…?」
「まだ帰っていません。
それどころか連絡もきてませんし、部屋もいつも通りで何も持っていかれた跡がないんです…」
やっぱり俊太郎はいない、か…
ここまで来ると、家出して誰かの家に泊まっているという線は、さすがにもう薄い。
家出していても、少なくとも連絡だけはすると思う。
「以前にも、こういった事があったんですか…?」
「いえ…気が強くて反抗する時もありましたが、今のように居なくなったり、家出する事はありませんでした…」
「そうですか…」
俺は残念な気持ちで一杯になり、目線を落として中村さんが出してくれたお茶を眺めた。
訊く事がなくなり、悲しみの感情を孕む沈黙が広がる。
少しの間の沈黙だったが、外のすずめが鳴く声がやけに大きく聞こえるくらい静かだった。
「私…明日、捜索願いを出そうと思ってるんです。」
「…」
「このまま心配しているだけでは何も変わりませんから…」
「…そうですか。」
俺は本当は、俊太郎がどこにいるか憶測がついていた。
俺達の居た場所、アースだ。
あの日、俺達がイアルスに来た日、藤林が日ノ出公園で待っていたのは、きっと俊太郎だろう。
だから俊太郎は、俺達と入れ違いに、アースに落ちて消えてしまったと思うんだ。
俊太郎が最後にいた事になる、あの日ノ出公園のどこかに、アースに通じる扉があると思うんだ。
でもまだ確証が持てない。
俺の推測に過ぎず、確かなものではないんだ。
少しでも可能性がある手掛かりは、話した方がいいのかもしれないけど、でも事をややこしくさせるだけじゃないか?
もう少し根拠を見つけてから話すべきだと思い、俺は中村さんに話すのを止めた。
その日はさよならを言って、俊太郎の家を跡にしたのだった。
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俺は藤林にもその事を話さなかった。
帰り道の時に話そうかと考えたのだけど、藤林はかなり落ち込んでいて、言い出せなくなってしまったのだ。
そして今は、藤林の家で夕食を食べている。
藤林はもちろん、部屋にこもっていて居間に下りてこない。
やっぱり…少なくとも藤林には話した方が良かったのかもしれない。
俺がアースから来た人間だと知っているし、中村さんと同じくらい心配しているんだから…
俺はその事を考えていて、箸をまた止めてしまっていた。
馬場も美奈子さん達も、藤林がいない事を気にしているのか、心配している表情をしている。
「澤村、藤林はどうしたんだ?」
「…落ち込んでるんだよ。」
「えっ…?!」
「大丈夫だよ馬場。お前は気にしなくていい。」
今頃?という感じだが、馬場はやっと気付いたようだ。
しかしやっぱり今頃?という話なので、馬場は調査に集中させておこう。
そして俺は、やはり席を立って言う。
「美奈子さん。俺、美郷さんを慰めてきます。」
「…お願いします、澤村さん。」
俺は少し緊張しながら居間を出ていく。
まずは、俺の推測を言おう。
俊太郎はもしかしたら、神隠しに遭ったのかもしれないという事、このままでは帰ってこれないかもしれないという事。
だから、次に俺が俊太郎をこの世界に帰してやるという事、藤林を俊太郎と会わせてやるという事を伝えようと考えながら、俺は藤林の部屋へと階段を昇っていった。
そして俺は、ドアをノックし、藤林の部屋のドアをゆっくりと開ける。
「俊太郎?」
「…残念だけど、俺だよ。」
藤林は、部屋の窓の前に立っていた。
目は既に涙目になっていて、今にも泣き出しそうな表情をしている。
「藤林。俺、俊太郎がどこにいるか、推測が付いてるんだ…」
「え…?」
藤林は、涙が滲んでいる目を丸くして驚いた。
俺は一応、確かめる為に質問する。
「昨日、公園で待ってた人は俊太郎さんだよね?」
「…はい。」
やっぱりそうか…
それなら俺の推測はより確かになって、俊太郎が帰ってくるのは難しいという事になる…
「俊太郎は…俺たちと同じように、不思議な出来事に会ってるかもしれない…」
藤林は、やっぱりもうその事を予期していたようで、そう言ってもあまり動揺はしなかった。
それどころか、冷静に訊いてくる。
「…澤村さん逹は、図書館でその事を調べてきたんですよね。
詳しく、その事を教えてくれませんか…?」
そう言いながら、藤林は目から涙を溢した。
一粒の涙が、藤林の頬を伝っていく。
「図書館で調べてきた事を言うと、俺達は今、"異界"にいるらしいんだ。
この世界は俺達の居た世界とあまり変わらないけど、同じ世界ではなく、異なる世界なんだと。
だからもし、本当に俊太郎さんが神隠しに会ったなら、逆に俺たちの住む世界に落ちたという事になるんだ。」
「どうすれば戻ってこられるの…?」
「…わからないけど、俺たちが偶然通って来てしまった扉を通れれば、俊太郎は帰ってこれると思う。
でも、俊太郎がその扉を見つけられるかはわからない。
俺たちも、この世界での扉を見つけられないんだから…」
そう言い終えると、藤林はポロポロと大粒の涙を溢して、床に泣き崩れてしまった。
鼻をすすり、顔を手で覆って静かに泣いている。
俺はその様子を見て、やっぱり本当の事を言わない方がよかったのかもしれない…
この話に触れないで、時間に任せてしまえば良かったかもしれないと、少し後悔したが、やはり言うべきだった。
なぜなら、その方がこれからの為だからだ。
時間に任せたままにしてしまうと、何も変わらないのだから。
俺は、泣いている藤林に歩み寄ってしゃがみ、肩を持って、優しく言う。
「大丈夫、まだ二度と会えなくなった訳じゃないし、まだ手は残ってるじゃないか。
俺が自分の世界に帰る方法を見つけて、俊太郎をこの世界に戻せばいいんだから。
だから、藤林は心配しなくていいんだよ。」
そう言うと藤林は顔を上げ、俺の顔をジッと見つめた。
震える声で、涙を流しながら言う。
「…澤村さん。本当ですか…?
信じても、いいんですか…?」
俺は優しく、笑いながら答えてやった。
「難しいけど、頑張ってみる。
自分の為でもあるけど、藤林の為に頑張るよ。
だから藤林は俊太郎の帰りを待ってやってほしい。」
「…うっ…澤村さん…」
そうして藤林は俺に抱きつき、しばらく俺の胸を借りて泣いていた。
俺も藤林を抱き締め、優しく慰める。
藤林はずっと泣くのを我慢していたのか、よく泣いて、力強く俺を抱き締めていた。
背中は涙で濡れ、泣き終わった時には、泣き疲れて眠ってしまっていた。
でもそれほど俊太郎が心配で、不安だったのだろう。
しかし、眠ってしまった藤林をベッドに寝かし、自分の部屋に戻った俺は、藤林を抱いた時の匂いを、疑問に感じてふと思い出した。
涙の匂いと混じっているけど、少し甘くて落ち着くような匂い…
そんな匂いを、何故か懐かしいと感じたんだ。
前に嗅いだ事があると感じたんだ。
俺はこの匂いを少し不思議に思ったが、その時の俺はあまりよく考えなかった。
今日は体だけでなく、心も疲れていて、早く寝てしまおうと思ったからだ。
俺はその後すぐに風呂に入って、すぐに床についた。
そうしている内にその事も忘れ、俺はそのまま朝が来るまで眠ってしまうのだった。
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次の日の朝。
目を覚ますと、俺の顔を覗きこんでいる藤林がいきなり目に入ってきた。
藤林の顔は結構近くにあって、本当なら、じっくり見られている事がすぐにわかってしまう距離にあった。
そして藤林と俺は数秒間見つめ合う。
藤林はまだ目が覚めてると気付いていなかったのか、じっくり見つめ合っていた。
「きゃ…きゃぁー!」
やがて目が覚めてると気付いたのか、藤林は照れながら慌てて離れた。
俺は寝惚けまなこを擦りながら、ゆっくり上体を起こす。
しかし少し頭が覚醒してくると、藤林のドアップの顔を思い出しきて、みるみる内に顔が赤くなっていった。
なんで藤林が…あんなに近くに…?
いや、なんで藤林はあんなに近づいていたんだ…?
「あ…ご、ごめんね…いや、ごめんなさい…
少し、言っておきたい事があってですね…その…」
顔を真っ赤にする藤林は慌てながら言う。
俺も顔を赤くしながらゆっくり頷いた。
「き、昨日はありがとうございました。
落ち込んでた私を、慰めてくれて…」
あ、あぁ、その事か…
藤林が俊太郎が帰ってこれないかもしれないという事を話して、俺の胸に泣きついた事だ。
「お礼なんていらないよ。
俺が藤林の力になりたいって思ってやった事だし。」
「でも、私は感謝しているんです。
澤村さんが慰めてくれなかったら、私は今日も落ち込んで寝ていました。
本当にありがとうございます。」
そう言って、藤林はぺこりとお辞儀した。
「うん…どういたしまして。」
「はい。」
笑って答えると藤林は笑顔を浮かべた。
普段見せているような屈託のない笑顔よりもっと優しい笑顔。
「私は…俊太郎が帰ってくると信じて、笑って待ってます。」
「うん…その方がいいよ。
藤林は笑ってた方がかわい……あっ…」
つい勢いで、口説くような台詞を言ってしまう。
藤林は俺が言おうとした事がわかったようで、二人して顔を赤くしてしまった。
俺はまだ寝呆けているのだろうか…
あんな事を言ってしまって…
「ふ、藤林は今日も学校だろ…?
遅れるとマズいから早く行ってきなよ。」
「は、はい。あっ、でも澤村さん。」
何か言い残した事があるのか、立ち上がっていた藤林がドアの前で立ち止まった。
「私も、澤村さんが落ち込んだり悩んだりした時は、頭を撫でて慰めてあげますから、私を頼ってくださいね。」
へぇ…それは楽しみだな…
藤林に頭を撫でて慰めてもらえたら、落ち込んだ気持ちなんてどこかに行ってしまうに違いない。
「うん、わかったよ。」
「はい。じゃあ、行ってきますね。」
「いってらっしゃい。」
そうして藤林は部屋を出ていった。
一人になって気付いてみると、何だか変に心が温かくなっている事に気づいた。
多分だけど、藤林のあの笑顔のお陰だろう。
藤林のあの優しい笑顔を向けられて心が温かくなったんだろう。
さて、これから俺は、中村さんの家に言ってこないと。
やっぱり、"神隠し"の事は伝えておいた方がいい。
信じるかどうかわからないけど、伝えないといけないんだ。
そう思い、俺は朝ごはんを食べて出掛ける支度をしようと部屋を出た。
今日は調査じゃなく、"神隠し"を伝える為に一日を使うのだった。
to be continued-