どうにかこうにか暗殺者ギルドの刺客を退け誤魔化す手立ても用意したわけだが、
俺は”金色の稲穂亭”へと戻る帰り道考え事をしていた。
付き合わせているフィリナには悪いが、
相変わらず水路は使えないのでアッディラーンの外周をぐるりと回って帰る事になる、俺には丁度いい時間でもあった。
おかしな点、そう、あの時の行動はどう考えてもおかしかった。
まるで、俺は昔からそう言う方法を知っていたかのように……。
「なあラドヴェイド、俺は何故あんな事が出来た?」
(あんな事とは?)
「決まっているだろう、死体の首をフィリナのように見せかける方法を俺は何故知っていた?」
(なるほど、その件か……お前が思いついたという訳ではないのだな?)
「ああ、俺の世界にはあんな技術はない、特殊メイクという良く似た技術はあるが俺は知らない」
(そうか……、ならば我の力を使っている影響で我の記憶が一部流入したと考えるべきだな)
「記憶の流入? それはまずいんじゃないのか!?」
(なに、人格そのものには影響がある訳ではない、知識が増えて損はないだろう?)
「それは……そうかもしれないが」
それでも、得体のしれない恐怖がある、常識だと思って訳のわからない行動に出てしまう可能性があった。
死体いじりなんてその最たるものではあるが、あの場合は確かにあれが一番良かった事は否定できない。
毒を食らった死体等元からひどいものだったし、いじったものはそれと比べればマシとも思える。
だがやはり、死体をいじくるのはもう二度とゴメンだ。
「マスター、宿の前でティアミス・アルディミアが待ちかまえています」
「……そうか」
ここの所の挙動不審を思えば仕方のない話でもあった。
彼女は多少の事なら許容してくれていたが、そろそろ限界に来ているという事だろう。
それに、フィリナの変装そのものは問題ないものの、翼の影響で服が破れていて、マントをつけてごまかしている。
アルアとしては妙な恰好だがそれはまあごまかせる範囲内だろうか。
俺はフィリナを後ろにやってから、ティアミスの前に進み出た。
「こんな深夜に何をしているの? もう日の出前なんだけど」
「あー、ここの所厄介事に巻き込まれててな、今日どうにか解決してきたところだ」
「厄介事? パーティにも話せないような?」
「出来ればだけどな」
「彼女には話しているのに?」
「う”っ……、それを言われると弱いな」
ティアミスのきつい言葉はまるで嫉妬でもしたかのように見せていたが、その実悲しいと感じているようだった。
昔馴染みと言うほどではないが、パーティ結成前からの知り合いだ、裏切られたと思ってもおかしくない。
だが、異世界の事、魔王の事、フィリナの死、復活の代償等いろいろと問題は残る。
「私としてもパーティの事があるから、あまり強い事は言えないけど、私はそんなに頼りにならない?」
「そうじゃない……だけど、これを話してしまうと折角盛り上がってきたパーティにヒビを入れてしまうかもしれない」
「それは、彼女がフィリナ・アースティア司教だから?」
「ッ!?」
「!!」
俺とフィリナは息をのむ、彼女がフィリナだと分かる要素はあまり多くない筈だ。
外見は割とみ慣れた俺でも判別がつかないし、正確はもはや別人の領域だ、当然ながら癖等も同じとはいえない。
よほど微細な差を知っていなければ分からない筈だった。
「あまり甘く見ないでよね。私はこれでもハーフエルフ、魔力反応には敏感なのよ」
「あ……」
「なるほど、わかりました」
一瞬フィリナの目が殺気をはらむのを俺は視線で止める、
バレ無いほうがいいのは事実だがティアミスを殺したりすれば本末転倒だ。
俺は諦めてティアミスに話そうと口を開きかけた……。
その時、フィリナはおもむろにカツラを脱ぎ、淡いブルーの髪が露になる。
俺もこの世界に来ていろんな髪の色を持つ人と会ったが、
この髪の色をしているのはフィリナと、少し濃い色だがエリィ・ロンドという後輩冒険者のリーダーだけだ。
それに意味があるのかは分からないが、この場では当然言い訳等出来ない。
フィリナはティアミスに視線を合わせながら答える。
「私が隠れていたのは暗殺者をやり過ごすためです、
公式の場では既に死んだ事になっている私ですが、シンヤさんに助けられてここにいます」
「何故隠れないといけない貴方が冒険者をしているの?」
「木を隠すには森の中と言います。実際私がフィリナ・アースティアである事は相手のほうも分からないようでした。
しかし、暗殺者達はシンヤさんを見ていたらしく」
「……なるほどね」
「今日は私の死体を偽装して、今後追いかけてこないようにしました」
「でも、それで完全にどうにかなるの?」
「まだ何とも、しかし、偽装がばれる可能性は低いと考えます」
「……まあいいわ、確かにそれはパーティにも危険が及びかねない事態ね。
でも……まだ黙っている事があるでしょう?」
俺は息をのむ、ティアミスの追及が激しい事は仕方ない。
しかし、今の説明に穴はなかったはずである、それでもと言う事は、感か、それとも以前に既にばれていたのか。
ティアミスが言っているのがハッタリと言う可能性もあるが……。
「黙っているという事は、ある、と認めたと解釈するわ。
シンヤ、貴方の行動は決してパーティにとってマイナスな動きをしていない。
それは否定するつもりはないわ、でも、不審な行動も多いのは事実。
例えば、貴方は時々、ありえない強さを発揮したりしているわよね?」
「ありえない……か?」
「ええ、一度目は私達が出会った時、オークに囲まれてもう死ぬしかないっていう時、
都合良く魔法のアイテムがあるのか疑問に思っていた」
「……ピンチの時に取っておいたんだ、たまたまあれが最初のピンチだったというだけの事だけど」
「そうね、一度だけならそう言う事もあるかもで済ませていた。
二度目、盗賊団の襲撃の時、貴方が屠った盗賊の数は10人を越えていた。
それ以前も以後もそんな戦闘力を発揮したところを見た事はないわ」
「たまたま、火事場の馬鹿力が出たというだけの事だ」
「個々ならばそれですます事も出来たかもしれない、でも……。
三度目、魔力が優れていて勘の鋭い私やフィリナならともかく、貴方がイカの襲撃でいち早く気づけた事。
四度目、どう見ても冒険者としてフィリナに劣る貴方がフィリナを助けた事。
五度目、暗殺者の襲撃を退けフィリナの死体の偽物をでっちあげた事。
言い訳はあるかしら?」
「……」
確かに、俺は何度も怪しい行動をしていたらしい。
とはいえどれも小さな違和感に過ぎないはず、2度目の盗賊団の時の事以外は。
しかし、それらすべてをつなぎ合わせれば確かに俺は不審な人物であると映るだろう。
「そろそろ話してくれてもいいと思うんだけど?」
「……俺の話を信じる事が出来るか、そしてその後もこのパーティでいられるか自信がない。
それに、ティアミスだって全て話している訳じゃないだろう?」
「確かにそうね、後、呼び捨てになってるわよ」
「あっ、ごめん」
「なら、私もこの場で話すわ、幸い人もいないしね……。
私の目的は、姉さんを探す事、私を裏切り、故郷の村を焼き、自分は闇に落ちて魔族を気取っている姉さんを……。
この手で殺す事が私の目的……冒険者は楽しいけどね……」
あっけらかんと、と言う訳ではないが躊躇うことなく重い過去を語るティアミス。
それは確かに凄まじい経験だろう、しかし……余計に話しにくくなったのも事実だった。
何故なら、俺はティアミスが憎む魔族となってしまったからだ……。
フィリナは俺に視線を投げかける、俺はそれに対し誠実に答えるしかない。
フィリナはそっと周囲に対する消音の結界を張った。
「ティアミスさん、
一つ言っておくと、この話を聞いたなら君は俺をパーティから追い出すか、狩るか、指名手配にするしかないだろう。
だから最初に言っておく、今までありがとう」
「え?」
「俺はこの世界の人間じゃない、異世界から魔王によって召喚された人間だ」
「魔王に……召喚?」
「そう、俺が元の世界に帰るためには自力で帰還方法を探すか、もしくは魔王を復活させるしかない」
「……」
「そして、俺は今までもピンチになると魔王の力を借りていた」
「そう……それであんな力を……」
「結果として、俺も魔族化してしまったがね……」
「え?」
「普段は抑えている、しかし、魔族化して戦えば数段強くなる事が出来る」
「そう……なるほどね、色々分かったわ……。
確かに、魔族で魔王復活を目的とした存在がパーティにいたなんて……最悪ね」
ティアミスの目には確かに嫌悪があった、それは俺に対してのものではないかもしれない。
自分の姉の事、それを含めた魔族、魔族の一人としての俺という事。
結局俺は彼女にとって敵でしかない存在だったのだろう。
「ああ……すまなかった」
俺は、踵を返す事にする。
元々、憎まれたい等と思ったわけでもない、しかし、恩を返すためには他に思いつかなかった。
それはひどく独善的で、元々許されるものではないと俺自身が知って選んだ道だ。
フィリナだって、服従する必要がなくなれば俺の事を憎むかもしれない。
それだけの事、事実は酷くシンプルで、やはり異常に対しては容赦ない。
俺はその中で異常である事を選んでしまったのだ、それを今さら否定する事は出来ない。
それでもティアミスの視線の前にいるのが辛くて、俺は走りだそうとする。
しかし……。
「待ちなさい魔族」
ティアミスは俺を呼びとめてしまった。
俺は、彼女に向かう事が出来ない、その目が俺を冷たく見つめる事に対する恐怖で動けなくなる。
そんな俺の事を知ってか知らずか、ティアミスは声色を変えることなく話続ける。
「貴方が魔族になったのはいつ?」
「5日前」
「それから人は殺した?」
「さっき暗殺者を2人殺した」
「貴方の目的は?」
「優先順位をつけるなら、フィリナを元に戻すが今は最優先だな。
二番目が幼馴染達を探す。三番目は元の世界に帰る」
「……嘘はないわね?」
「俺は嘘をついていないつもりだ」
最も、魔族としてのフィルターを通した時、それで済むのかと言われればどうとも言えない。
ティアミスはその言葉を吟味するかのように数秒間を開けてから、迷うように声を返す。
「魔族としての貴方の事は分からない。
今までは確かにパーティに対して悪意ある行動を取っていないけれど、
まだ魔族になって5日だっていうなら、この先どうなるかわからないものね」
「ああ……そうかもしれないな」
「でも、私にもチャンスではある」
「チャンス?」
俺は疑問に思い、ティアミスを振り向く、するとそこにある表情は先ほどの憎しみのこもったものではなく、
冷静に分析して何かを探り出そうとしているいつものティアミスのものだった。
「そう、チャンス。私の目的はさっき話したはずよね?」
「姉を見つけ出して殺す……だったな」
「ええ、残念だけど魔族化した彼女は強かった。
いえ、元々彼女は天才で何をやってもすぐに才能を開花させていった。
そして、独自の価値観で誰にもわからないような事をやってのけていた。
そんな彼女にとって周りの人間なんて元々どうでも良かったのかもね、魔族化した後村ごと焼き払って出て行った。
その中には両親もいたわ、私と姉の……ね。
魔族化で強化された能力は魔族の中で貴族と呼ばれている者たちに匹敵するし、その精神は先ほど言った通り狂っている。
私はパーティを作り冒険者としても成長を始めている、でも彼女と戦う事になれば全滅は免れない。
何が言いたいか、分かるわよね?」
「俺に彼女を止めるための力を期待すると言う事か?」
「そう、魔王の力を使うためには何か条件がいる?」
「魔力が大量に必要だ」
「どうやって集める?」
「主にモンスターを倒すことで吸収する事が出来る」
「わかったわ、貴方がもしまだ冒険者を続けたいなら、私の姉を倒す事に協力しなさい。
もしそうしてくれるなら、私は貴方が魔族である事を他言しない、秘密を守るために協力するわ」
「……出来うる限りなら」
「魔力を多くためれば、その分強い力が使えるのよね?」
「まあ、ただゴブリン1万体分の魔力を集めてしまうと復活するけどな」
「そんなには無理だけどね……」
ティアミスははーっとため息をつく、魔族を相手に交渉していたのだから仕方ないだろう。
これからは、ティアミスも俺の事を警戒するようになるだろう、自分のパーティに異物がいるわけだから。
俺はできうる限りティアミスの要望にこたえないといけない。
「さて、そろそろ日が明けてきたみたいね、戻りましょ。
少しでも寝ておかないと今日もイカを追いかけるんだからね」
「了解」
「まっ、あんたが得体のしれない誰かに変わっていたってわけじゃないみたいだし、安心したわ♪」
「え?」
俺がびっくりしていると、ティアミスはかけ込むように宿に入って行った。
心なしか、目が潤んでいた気がする……普段から冷静な彼女しか知らない俺としてはびっくりするばかりだ。
呆然としている俺に向けてフィリナが一言。
「鈍感ですね」
えっ、えっ? 今の話そんなのだったっけ?
フィリナは半眼になって俺を見ている、そして、暫くするとはぁと一息ため息をつき、さっさと宿に戻って行ってしまった。
一人残された俺は呆然と立ち尽くしているしかなかった。
翌日朝の内から、魔石を買いに走った俺達はその値段に顔をひきつらせる事になった。
一番安いものでも金貨(1枚約10万円)3枚、高いものになると金貨200枚なんて法外な値段もあった。
俺達がほしいのはあくまで魔力のストックなので金貨4枚で買える物だったが、3つで金貨12枚。
約120万円の出費だ……確か依頼料は金貨30枚、足が出る事はないが、旅費や準備費用を除いた利益はかなり目減りする。
その上、パーティの資金としていくらか計上した後五等分する以上、大きな報酬は期待できない。
新たな装備の買い付け等はかなり難しいだろう。
「まあ、仕方ないわ。値切れるだけ値切って買いましょ」
「しかし、交渉事の出来る人間がこの中にいるとは……」
「それは私の仕事、これでも冒険者歴は長いんだからね」
「はいはい、お任せします」
昨日の事がまるでなかったかのようなティアミスの台詞に俺も安心する。
フィリナ(アルア)の視線が妙にねっとりしているのが気になるが……。
考えてみれば、自分は彼と一緒にいられないのに妙なツーカーっぷりを発揮する俺達を見ればそうもなるか。
……ってあれ?
なんで彼女はそんな行動を……?
使い魔としての思考が優先されるのだから、彼女自身の感情は殆ど表面に現れないはずじゃ……。
まあ悪いことではないし、深く考えるのはよそう。
結局交渉そのものは、そこそこの成果を上げたようだった。
金貨12枚の所を10枚、確かに減った、高いことには違いないが。
ティアミスはよくやった方だろう、それよりもさっさと依頼を片づけて投資を回収しないとな。
依頼料が入らなければ丸損になってしまう。
日本円で100万円の投資ってことになるんだから、博打もいいところだ。
まあ、冒険者なんていうのは元々博打のような職業ではあるのだが。
そして、街道から少し離れた場所に陣取り、ティアミスとフィリナ(アルア)がフラクタル魔法を仕込む事にする。
仕込むのは銀貨(約1000円)が10枚ほど、
相手は金貨と銀貨の見分けはついていないようなので、あえて危険を冒す事はない。
魔石の出費も大きい事であるし。
そして現場のほうに向かうと、やはりというかなんというか、
銀髪アイパッチの軽そうな男、しかし体格は190cmくらいのそこそこしっかりした体躯をしている。
確か、”栄光の煌(きらめき)”に所属するレンジャーでフラッド・ノヴァレンスだったか。
「やあやあ、昨日はどうも。今日は普通にやってきましたよ」
「こちらは貴方に会いにきているわけではないのだけど」
「あらあら冷たいね、情報交換した仲じゃないか。今日も仲良くしようぜ」
相変わらず気安い、”栄光の煌(きらめき)”は少し離れた所にいるが他のメンバーは5人。
見た感じ戦士、騎士、盗賊、精霊使い、魔法使い、後はこいつがレンジャーだからバランスは取れているようだ。
ただ、フラッド以外の面々は遠目ではあるが、強面と言うほどでもないし、彼の様に目立つ格好もしていない。
前回舐められないためにアイパッチ(眼帯)をしている、といったが実際の所どうなのだろう?
「昨日はあれから一度も出なかったよ、一日一度というのは本当らしいね」
「貴重な情報をどうも」
「いやいや、こちらも対価を払ってもらうからね」
「対価といっても、もうこちらの情報はないですが」
「ああ、違うよ、作戦さ。共同でやらないかってね?」
「共同……ですか?」
ティアミスは今までの胡乱な顔から警戒した顔に変わった。
まあ、実の所ティアミスは表情の大きな方ではないので、付き合い長くなければ分からないが。
フラッドはどうやらクワセモノと言う事で間違いないようだった。
協力関係と言っても、こちらにとって有利にするのは骨だろうな……。
しかし、断るというのも難しいと言える、俺達はまだアッディラーンで活動を始めたばかり。
今あまり不名誉な噂を立てられるわけにはいかない。
つまり、乗らないというのはそれはそれでこちらにとって不利であると言う事だ。
「条件があるわ」
「条件、いいよ。言ってみてちょーだい」
「報酬は折半、そして、必要経費を差し引く事」
「必要経費? 何か使うってわけ……うーん、それはどうかな……こちらにもないわけじゃないしね」
「それが認められないなら組む訳にはいかないわ」
「いいっていうのかい?」
「そう、条件が飲めないのなら私たちはアッディラーンでの活動を諦めるだけよ」
「……流石だねぇ」
ティアミスは真剣な目でフラッドに返すが、フラッドは相変わらずどこかふざけた調子。
正直、信用ならないと考えるのは皆同じだった。
エイワス等は拳を震わせている、ティアミスが制止していなければ飛びかかっていてもおかしくない。
実際俺も今の話は不快だった。
今回の報酬は経費の事もありそれほどは出ない。
きちんとした冒険のための準備はそれだけで金貨一枚もっていかれてしまう。
前にも言ったが、水は清浄化の魔法をかけてもらった水筒に入れておかなければ危なくて飲めないし、
モンスターよけの結界は一回ごとの使い捨て、
傷薬や、体調不良に対する薬らは一応常備薬があるが、今の薬と違い一カ月も保存できる代物ではない。
保存食だって、南方にあるこの辺りではすぐカビが生えるからやはり買い足す必要がある。
どれも、一般の生活物資と違い、そこそこ値が張る。
冒険者というのは案外元手がかかるのだ。
最初の頃はそれをせずに冒険に出ていたので、酷い目にあったことも多い。
(30枚−10枚の経費−11人分の諸経費11枚)÷2で5.5枚、0.5枚をパーティに入れて、一人金貨1枚。
一人一枚諸経費の分の金貨が戻るとしても、次回の冒険準備で使うので、実質報酬は金貨一枚だ。
10万円あれば何でもできそうだが、宿代が4人部屋にしても1日銀貨(1枚約1000円)3枚として三食付きで銀貨6枚。
食べていければいいと言うのでないなら別途経費がかかる、当然、一カ月も生活できない。
元々、金貨2枚というのは生活費1枚、その他に1枚くらいのつもりだっただけに厳しい。
「わかった、OK、ただし君たちのほうだけの経費を認めるわけにはいかないよ?」
「分かっていますが、必需品以外では、冒険の役に立ったものにしか経費をつけないようにします」
「オフコース、君たちに任せるよ」
「では”栄光の煌”の皆さんもこちらに呼んでもらえますか? 作戦を説明しますので」
「りょーかい、おーい、皆!」
明らかに不機嫌な俺達を完璧に無視して気楽に自分のパーティを呼ぶフラッド。
神経を逆なでするのが意図なのか、それとも別の何かがあるのか。
実の所よく分からない部分もあったが、わざわざそこまでしている辺り何か別の目的があるのかもしれないと感じられた。
こんなぎくしゃくした状態で依頼をこなす羽目になるとは……。
まさか魔族化の影響……なんてことあるはずないよな……(汗
アッディラーン貧民窟の一角にある、地下水道の中、2人の男が向かい合っている。
一人は真っ黒な服装のせいでまるで影のように見える男、もっとも男というのも声から察せられるだけだ。
体格や物腰からは男性とも女性ともつかい中性的なラインを引いている。
サーティーン、もう一人の男からはそう呼ばれていた。
もう一人の男、彼は見るからに貧相で体格的にもげっそりとやせている半ば病人にすら見える姿でああったが、
目だけは異様に鋭く、ひょろりとした外見の中で際立っている、服装のハデハデしさすら目の異様さに劣って見えた。
もっとも、そうでもなければこんな服装で貧民窟まで来れるはずもないが。
サーティーンはそんな事を思いつつも、目の前の男、大商人の家系の次男坊であるプラーク・サンダーソンにあるものを見せる。
それは、首、明らかに女性の首であった。
よく見れば少しおかしく思える場所もないではなかったが、死体なのだから当然だろうとプラークは考える。
「ふぅん、なるほどぉ。そいつがフィリナ・アースティア。
ソール教団を追放された異端の聖女ですかぁ。面白いねぇ、確かに綺麗な顔をしている、どうせ売女なんだろうけどさぁ」
「……分かりかねますが、これはどこに持ち込めばよろしいので?」
「決まっているじゃないかぁ、それが欲しい人のとことだよぉ」
「といいますと、元司……」
「口に出さなくてもわかるでしょぉ?」
「了解しました、それとなくプラーク様の事を匂わせておけばいいのですね」
「そのとぉり! まあ、このままでも出来なくはないけど、やっぱり後ろ盾はひつようでしょぉ?
表で地位をえるにはさ」
「はい、正に」
「なら頼むよ、報酬はこれでいいでしょ?」
「ありがとうございます。今後もご利用をお待ちしています」
「機会があったらねぇ」
プラークは片手を振って地下水道から出た。
貧民窟に住んでいる人々の目は皆淀んでいる、それだけにプラークのような人間が来れば普通は襲い掛かるものだ。
しかし、貧民窟の人間達はプラークに襲いかかる事はしない、その理由は彼らよりずっと飢えたその目。
そして暗殺者ギルドとつるんでいる事実、実際手を出そうとして殺された人間はかなりの数に上っている。
プラークはそんな事は百も承知でここに顔を出しているのだ、他にも暗殺ギルドの依頼所はいくつかある。
実際前回と今回は違う場所だった、それくらいに自由気ままに依頼をしている彼を見て大抵の人間は近付いて行かなくなった。
実際、病弱だったプラークは死に関しては鈍感なところがあった。
そうでなければ暗殺者ギルドなどと付き合えないだろうが……。
「しかし、ようやく手に入れたチャンスだからぁきっちりともぎ取ってやらないとねぇ。
クククッ、父さんも兄さんも公国の奴らみぃんな叩き落としてあげるよぉ♪」
それはそれは楽しそうに、プラークは破滅を歌う。
彼は上に行きたいのではない、皆を引きずり降ろしたいのだ。
だから、輝いている人間は許せない、地に落ちた人間に同情し、優越感に浸ることこそ彼の望みなのだ。
御用商人の印状も元司教の後援もそのために必要だとしか考えていない。
しかし、今は雌伏の時である事は理解していた、ある程度の信用を得なければそれは成し遂げることが出来ないからだ。
「あー、これで暫くは退屈だなぁ。何かないかな……」
無邪気にすら思える口調でそういいながらも、物色しているのは彼が引きずりおろす予定の名士達だった。