「ふみゅー……おなか減ったのだ……」
ティスカ・フィモレニールは魔法使いではない。
見た目は癖っ毛の栗毛を無理やり三つ編みにした小学生という感じであり、
服装は三角帽子に、ローブにマント、どれも真っ黒という徹底ぶり。
誰が見ても、魔法使いの子供か何かが親の格好をまねているようにしかみえない。
しかし、実は違う。
彼女は魔法使いではない、しかし、確かに特殊な能力を持つものなのだ。
彼女は両親の事を知らない、それどころか血縁すらわからない。
いわゆる捨て子という奴である。
捨て子がこの年まで生きられたのだから、社会福祉が整っていないこの世界では行幸なほうであると言えるだろう。
ただ、問題だったのは、一般的に捨て子を預かる事の多いソール教団の教会に捨てられたのではなく、
山奥の誰も来なさそうな谷あいに捨てられていたのが彼女の不幸だったかもしれない。
もっとも、本人はそんな事は覚えていない。
気がついたころには既に拾われていたからだ。
もっとも拾ったのは気のいい猟師等ではなく、特殊な力を継承してきた隠者とも言うべき存在だった。
彼はもう老齢に達しており、自らはもう子を残す事も出来ないと諦めていたようだった。
しかし、子供を拾った事により考えが変わったのだろう。
案外天啓か何かに思えたのかもしれない。
ともあれ、彼は赤子を拾い、名前をつけ、自分の名字を与えた。
そしてひたすら自分の技術を教え込んだのである。
だが、ティスカに修行をつける事以外はあまり考えていなかったせいもあるだろう。
10歳をこえて彼女にはまだ常識が全く存在していなかった。
そして、老境の一人暮らしの男は自らの死期を悟った時、11歳の彼女にこう言った。
「すまんの……ワシはもう死ぬ……」
「いやだ……じっちゃ……。いやなのだ……」
「よう聞け、お主とてこの先ワシがいなくても生きて行かねばならん。
しかし、お主一人ではここで生きて行くのは難しかろう」
「そんな……うちは……」
「何せ、ここで食べ物を調達する事はお前に教えた技術を使えばなんとかなるかもしれん。
しかし、お主は調理の方法なんぞ知らんじゃろう?
それにまだ、食べられる野草とそうでないものの見分け方も教えておらん。
じゃから、ワシが死んだら谷を出よ、幸いここはアッディラーンも近い。
山を下って街道を歩けばすぐじゃ、そこで……」
「じっちゃ、じっちゃ……!? 何が言いたいのだ!? 何と言おうとしたのだ!?
答えてくれ、じっちゃ!!」
そう、老人はそのまま亡くなっていた。
幼いながらも老人の死をどうにか理解した彼女はひとしきり泣き、そして土に埋めて墓を作った後。
谷あいのとても人がやってくる事が出来ないようなその場所を出る事にした。
もちろん、歩いて出る事など出来ない、彼女が使ったのはある技術だった。
しかし、もとより身寄りのない彼女、どこに行こうとも一人には違いない。
だが老人が11歳の彼女を何もなしに送りだしたというわけではない。
老人は彼女に魔物を操る術だけは残していった。
それ故、彼女は魔物を操り特に苦労する事もなく街道に出る。
「おお、これが街道かぁ、人がいっぱい歩いてるのだー!!」
「ギャギャ!」
「グギェー!」
「ゴゴ!」
「そうか、お前たちも楽しみなのだなー♪ では行くのだ!」
「ギギョー!」
「ゴゴ!」
「キシャー!」
だが、ティスカの幸運はここまでだった。
彼女の操っていた魔物たちは冒険者に簡単に狩り殺された。
それは当然だ、彼女は魔物に戦えと言う命令を下したりしていない。
何が何だか分からないうちに全てが終わっていた。
そしてティスカの事を魔物にさらわれた少女と勘違いして救出、そのままアッディラーンに向かおうとした。
しかし、ティスカにとって魔物は使役するものであり、護衛でもあった。
それをあっさり殺した人たちを信用できるはずもなく、逃げ出すこととなる。
冒険者たちは彼女が何故逃げ出したのか分からず呆然とするしかなかった。
「ひっ、酷い目にあったのだ……子分達可愛そうな事をしたのだ……」
落ち込みながら、街道を外れて海の方へと向かうティスカ。
それは、本能的に人のいない方向へと向かった結果だった。
海といっても、別に海岸線なわけではない、岩礁ばかりのその場所は、魚があまり釣れない事もあり人が来ない。
しかし、それは同時に老人の言葉から外れる事である事をあまり深くは理解していなかった。
彼女は常識を知らない、本来魔物は人に危害を加えるものが殆どであり、人に従う例がごくまれであると言う事を。
そして、そんな害獣と同義の存在が街道に現れれば狩られるのが当然であると言う事を。
人というものが異物を嫌い団結する傾向がある事を、色々な理屈を。
それを理解させるには老人には時間が足りなかった。
老人はまだ言い残した事が多かった。
もっとも今まで言った事は既に何度か教えているのだが未だにティスカには理解できない。
1つは、人前でモンスターを使役してはならないという事。
2つは、お金等の生活に必要なものの事。
3つは、人と敵対してはいけないと言う事。
これらの常識は、元々人とあまり出会う事もなく話す事もない彼女にとって全く実感がない事である。
守るつもりはあるもののつい忘れたり、咄嗟に暴発する事もある。
モンスターを引き連れたまま街道に出ようとしたのも人がたくさんいるのが珍しくて我を忘れた結果だ。
彼女にとってはモンスターも半ば友達のような感覚であるため仕方ないと言えなくもない。
もっとも、その死については老人の時ほどではなかったのを彼女は気付いていない。
それは関係性の問題なのか、彼女もどこかでは分かっているのか。
ともあれ、それでも冒険者たちよりもモンスターのほうが信用できると思うのは事実だった。
その時ぐーという音がおなかから鳴る、ティスカはその事で初めて気付く。
「ふみゅー……おなか減ったのだ……」
そんなとき、たまたまだろう、岩の上のほうを歩いている人が何か食べようとしていた。
ティスカは駆けあがり、いい匂いのほうへと向かう。
放浪の釣り人のようだった、大き目のつり竿をバッグに入れて背負っている。
彼はソースのかかった鶏肉を挟んだサンドイッチを食べていた。
手元の物以外にもいくつか、懐に持っているようである。
ティスカはおなかを鳴らしながら釣人についていく。
「ん? 何か用かい?」
「……うむ、おなか減ったのだ」
「え……このサンドイッチが欲しいってことかい?」
「そうなのだ!」
「うーん、一つだけだよ」
「ありがとうなのだ!!」
釣人にもらったサンドイッチをほうばってうれしそうな顔をしているティスカ。
小さい子にそういう顔をされると、釣人も悪い気はしなかった。
そこで少し釣人は話を聞いてみる事にした。
「こんな所に一人でどうしたんだい?」
「んむ、じっちゃが死んでしまって……あっでぃらーんとか言う所に行くようにいわれたのだ!」
「ここは街道からかなり外れてるけど、どうしてこっちに?」
「街道とか言う所には暴漢がいるのだ! 怖いから逃げてきたのだ!」
「うーん、それはあんまり考えられないけど……」
釣人にとっては街道にそんな暴漢が出るとは考えにくかった、何と言っても首都近郊なのだ。
そんなのが出れば冒険者協会に依頼が出て数日中に解決される事になる。
可能性は全くないとは言えないが、彼女も特に何かされた様子はない、その代わり格好が変だが。
小さな女の子が魔女のような服装をするのは釣人にとっても変ではあった。
「ところで、これからどうするんだい?」
「ん、寝るところを探すのだ! 風雨をしのげるところがいいのだ!」
「うーん、アッディラーンまでいけばいくらでもあると思うけど、お金あるかい?」
「ふむ、お金? どういうものなのだ?」
ティスカは普通に疑問を述べただけなのだが、釣り人は変な顔をした。
それは当然だろう、見た目が子供とはいえ、10歳は越えているように見える。
その上、どう見ても一人旅のようなものだ。
お金もなしに今までの生活が成り立っていたとは普通は思えない。
だがしかし、いいところのお嬢様が家の没落と共に屋敷を追い出されたという可能性もあった。
釣り人はそれ以外に答えを持たないし、ティスカの境遇はかなり特殊だったので分からなくても仕方ない。
「これを見てくれるかな?」
「うん? おお! きらきら光って綺麗なのだ!」
「これがお金だよ、今は銅貨はないけど、これが銀貨、そしてこれは金貨。
金貨は結構頑張らないと稼げないけど、銀貨があれば取りあえず生活には困らないと思うよ」
「ふむふむ、なるほど、これがあればご飯が食べられるのかー」
「きちんと買わないとだめだからね」
「わかったのだ!」
こうして、ティスカはお金の価値を知った、しかし、手に入れる手段はわからなかった。
仕方なく先ほどの岩礁をうろうろしていると洞窟を見つける。
鍾乳洞等の美しさにひかれ、中に入っていくティスカ、寝床にするのも悪くないと考えていた。
足を滑らせないようにゆっくり歩いて行くと、奥のほうに大きな空間があり、より幻想的な風景を作り出していた。
濡れていない鍾乳石の床に腰をおろし、ぼぅっと風景を眺めていたティスカだが、飽きてきたのか視線を下ろす。
すると、そこには何か白いものが揺れていた。
「なんなのだ?」
ティスカは興味ををそそられ、そちらに視線を向ける。
そしてその揺れている何かが錯覚ではないと分かると、近づいて行った。
揺れていたのはどうやら触手のようだった、海に近いなら何か生物がいてもおかしくない。
ティスカは嬉しくなって、その触手をつかまえにいく。
そこにいたのはイカだった、ただし普通のイカではない、陸上で触手を使って歩行するイカなどいない。
しかし、それは触手を器用に使って歩行していた。
「おお! これは面白いのだ!」
ティスカは簡単にそれに夢中になった。
ティスカがはしゃいでいると、直立歩行のイカ達はどんどん集まってくる。
大きいもの、小さいもの、色々いたが皆そうしてみると面白い。
いつの間にか、ティスカはイカ達と仲良くなっていた。
「ん? 君もここに来ていたのかい?」
「おお! さっきご飯をくれた人! 友達が出来たのだ!」
「えっ……そのイカ達かい?」
「その通りなのだ!!」
「へぇ……」
嬉しそうに語るティスカ、釣り人がこの洞窟に入ってきた不自然さも、
イカとはしゃぐティスカに対しての視線も、明らかに釣り人としてはおかしなものだったがそれを指摘するものはいない。
釣り人は、はしゃぐティスカを見ながら一瞬だけニヤリと笑った。
「君の名前はなんて言うんだい?」
「ティスカなのだ!」
「じゃあティスカちゃん、そのイカ達、君の言う事を聞いてくれるのかい?」
「うーん、まだ会ったばかりだからどの程度までかはわからないのだ」
「イカにお使いとかは頼めるのかい?」
「出来るのだ!」
「じゃあ、良く聞いてほしいんだ」
「何なのだ?」
「イカ達にさっき見せた金貨や銀貨を持ってきてくれるように頼んでみてくれないかな。
そうしたら好きなだけご飯をあげるからさ」
「え、そうなのか!? それは凄いのだ!!」
「うん、頼めるかな?」
「でもどこなのだ? 知らない所には行かせられないのだ」
「さっきの暴漢達がいたっていう……」
ティスカにとって、犯罪とかそうでないものとかの区別は全くつかない。
何故なら、今までまともにそういった価値観を教えてくれるものはいなかったからだ。
せいぜい殺すのはよくないという事くらいしかわからない。
そして、食事に関しては今ならイカ達に頼めば食べられる海の物くらいならとって来てくれる。
しかし、さっき釣り人にもらったような調理した食べ物は無理だ。
火の起こし方すら満足に知らない彼女にとって、不安の多い状況であったのも事実。
だからだろう、ティスカは簡単にOKを出してしまったのだった……。
巨大なイカがかなりの数に上る中、俺達は構えをとる。
しかし、イカのほうから攻撃を仕掛けてくるような事はなかった。
逃げていたイカはどれだかわからないが、既に合流してしまった後だとすれば何者かに金貨や銀貨は渡されているのが普通だろう。
俺は、フラクタル魔法はどうなっているのかティアミスを見る。
「探索の魔法に引っかかる銀貨は全てこの奥にあるわ」
「とするとあのイカ達を突破するしかないっていう事か」
「さほど難しい事ではないでしょう」
「じゃあ、こっちから行かせてもらおうかな」
アイパッチ(眼帯)をした男、そう、”栄光の煌(きらめき)”のレンジャー、フラッド・ノヴァレンス。
若白髪らしく、髪は真っ白、武器は弓を持ち、緑色の服装と皮鎧で武装している。
ティアミスも小柄ながら前衛に出るつもりのようだが、いかんせんここは洞窟の中だ。
フラッドのパーティが動き出せば、俺達はうごけなくなってしまう。
なにせ11人の大所帯だ。
合同パーティによる屋内戦闘なんてした事がない、連携なんてまだまだ無理だった。
「反応はこの部屋の奥だったね? じゃあ、俺達があのイカを狩る事にする。
他にいないか洞窟内を捜索しておいてくれないかい?」
「なっ、ちょっと待って。それは……」
「頼んだよー! んじゃ、行くか!」
”栄光の煌”のメンバーはイカ達のただなかに突っ込んでいった。
しかし、イカ達は特に迎撃をしようとはしない。
それは全員が違和感を持って感じられた事だ。
そうは言っても彼らは止まれない。
目的はすぐそこにあるんだから。
「じゃあ、俺達はその横穴のほうに行ってみよう」
「えっ、どうするつもり? 銀貨はあそこにあるのよ?」
「そうですね、ここにいても時間の無駄かと」
「だが、レイディ達、大丈夫なのかい? あいつらあまり信用できるように見えないが」
「ほっほっほ。違うぞエイワス、お主これだけで事件が解決するなんておもっとらんじゃろ?」
「……主犯は別の場所にいるっていう事なのかい?」
「そうだな、イカ達の奥に人がいる気配がないし、お金があったとしても解決とはいかないだろう」
実際、イカ達から上手く回収できたとしてもそれは今回の分だけだ。
絶対とは言えないが、イカが光物を集めているにしても宝石や他の鉱石、鏡等といったガラス類がないのはおかしい。
もっとも、イカにそれを見分けるだけの目があるのかどうかは不安なところではあるが。
だからこそ、隠された奥がある可能性は否定できない。
俺達は横穴の奥に向けて滑り込むように走っていくこととなった。
奥にも何匹かイカはいたが、どうにも警戒心が薄いというか、攻撃をしてくるイカはいなかった。
ティアミスが目線で俺に振る、俺は首を横に振った。
魔力供給の元に出来るんじゃないかという事なんだろう。
しかし、こんな所で敵対しないイカを殺すより討伐依頼もあるのだからそっちでやればいい。
「でもなかなか広いわねこの洞窟」
「ああ、水のたまっているところも意外と少ないようだしな」
「水につからねば進めない所があった場合、準備をしていないのは辛いですね」
「ほっほっほ、水に透ける2人の肌がみれんかったのは残念じゃわい」
「御老人! あまりそういう表現はやめていただきたい!」
「エイワス……意外と紳士だな」
「意外とは余計だ!」
そんな会話をしながらも、先に進んでいく俺達。
しかし、その先はもう洞窟内ではなかった、外の岸壁が広がっている。
出口の近く、ただし、上に向けての穴なので出るのはかなり難しい。
そんな広間になっている場所。
そして、そこには10歳前後の少女が一人……倒れていた。
俺は思わず駆け寄って確認を行う。
どうやら息はあるらしい、多少擦過傷の後は見られるものの、大きなけがは負っていない。
「おい! どうした!?」
抱え上げ、声を聞かせつつ少し揺さぶってみる。
だめだ、どうやら気絶させられているようではあるが、脳が揺さぶられたのか?
ともあれ、ニオラドがおっつけやってくるのを待つ。
ニオラドは薬師であるだけに、この手の症状にもそれなりに詳しいはずだ。
「ううむ……どうやら、栄養失調かの……」
「栄養失調? って、食べてないってことか?」
「うむ、この場合はそうじゃの、他にも鉄分不足等も栄養失調ではあるが」
言われてみれば、少女は黒いローブに黒マント、
黒いとんがり帽子という魔女っぽい格好のせいで分かりづらいが、軽い上に、やせた印象があった。
栗色の髪もどこか生彩にかけ、顔色もあまりよくない。
「目を覚ますわ」
「うっ……うーん……、あれ……誰なのだ?」
「私はティアミス、パーティ”日ノ本”のリーダーをしているわ」
「ぱーてぃ? ひのもと? それはなんなのだ?」
「それは……」
ティアミスが話をつづけようとした時、少女のお腹が盛大に鳴り響く。
少女は顔をしかめてお腹をさすり、俺達は何とも言えない空気になった。
とりあえず、食料を分けるしかないだろう。
「ここで食べられるのは、乾パンに干し果物と水くらいだが食べてくれ」
「おおっ、気が効くのだ! ありがたく頂くのだ!」
そう言って、乾パンにかじりつく少女、その小さな体からは想像もつかないスピードで平らげて行った。
乾パンや干し果物はあまり食べやすい食べ物ではない筈なんだが……。
水筒の水もあっという間になくなり、取りあえず人心地ついたようだった。
「ふー、食べたのだ。まだお腹いっぱいとはいかないけどとりあえず落ち着いたのだ」
「それはよかったわ、それで質問をしたいのだけどいいかしら?」
「食べ物をくれたいい人みたいだから、答えてやるのだ! 何を聞きたいのだ?」
「貴方の名前と、なぜここにいるのかを教えて頂戴」
「名前、名前はティスカ・フィモレニールというのだ、ここにいるのは、ここがうちの家だからなのだ!」
「家?」
彼女から聞いた事実は何というか、本気なのかと疑いたくなる話ではあった。
彼女はこの洞窟に住んでいるという。
元々山の上のほうにいたが、一緒に住んでいたおじいさんが死に、数日彷徨った後ここにたどり着いたらしい。
ここにまともな生活物資がある訳もなく、生ものを食べれば腹を壊すし、海の水は塩辛くてまともに食べられない。
ここに住んで一週間ほどになるらしいが、まともに食事が出来るのはたまに来る釣り人に食料をもらうときだけらしい。
「釣り人?」
「うん、金やら銀やらぴかぴかしたボタンを上げるとご飯と交換してくれるのだ!」
「……」
「なあ、それって……こんなのじゃないのか?」
「おおー、それなのだ!」
俺が懐から出したのは銀貨、そう、彼女の話を本当だとすると。
彼女が誰かにお金を渡して食べ物をもらっているという事になる。
但し聞いている限りでは貨幣そのものの価値が分かっているようには思えない。
つまり、まともな取引とも思えないのだ。
「前に会った時は多めに食べ物をくれたから暫くは集める必要もなかったのだ」
「集める?」
「イカさんに頼んでるのだ!」
「……それって」
「ああ、間違いなさそうだな」
つまり、彼女が犯人という事のようだった。
しかし、説明のつかない事がまだ沢山ある、それに彼女をそそのかした相手も気になる。
そして、だとすればあのイカ達には罪がないことになってしまう……。
”栄光の煌(きらめき)”の奴ら、イカ達を殺したりしていなければいいんだが……。
ともあれ、今のうちに疑問を潰しておくべきだろう。
ティアミスと俺はうなづいて、話を続ける事にする。
「これを取るために街道にイカを放っていたっていう事でいいんだね?」
「そうなのだ!」
「霧を作り出す結界を張ったりできるかい?」
「ん? 何の事だかわからんのだ」
「……おかしいな」
「じゃあ、私が聞くわ。イカ達は貴方の言う事をどの程度理解できるの?」
「やれと言えば、大抵なんでもやってくれるのだ」
「だったら、これを取るためにあのイカ達になんて言っていたの?」
「街道にいってこれを沢山とってくるのだー! って言ってたのだ」
「なるほど」
イカに関してはおおよそ把握した、まあ、まだ彼女があのイカ達を操れるという確証はないが、
命令を出す側が泥棒をする意思がないのだから、彼らも泥棒のつもりはないのだろう。
単に、街道にある同じものを集めているだけの感覚。
しかし、それだといくつかおかしな点が浮上する、何より強力だったあの霧の結界。
そして、結界の外からここまでの時間でイカ達が見つからずに済むとは思えない。
こちらに人がいない事が多いとはいえ、何か違和感があるのは間違いなかった。
「あのイカ達の足跡、そういえば残ってなかった気がしない?」
「魔法によるものかはわかりませんが、残らないようですね」
「分からない事が多いな……」
とりあえず、一応犯人を拘束したようなものではあるし、
周辺の探索をもう少ししてから帰る事にしようという事で全員が納得したところで、
”栄光の煌(きらめき)”のメンバーが追いついてきた。
「拍子抜けだったね、あのイカ抵抗しないから簡単に片がついたよ」
「金貨や銀貨の回収をしてきたのか」
「ああ、おかげさまで、とはいえそれほどの量はなかったな、やっぱり今回の分だけじゃないかね」
「ちょっと待つのだ! あ奴らに何をしたのだ!?」
「えっと、その娘は?」
「まあその、イカを操っていたらしい……」
「へぇ、犯人じゃないか、これで大手を振って帰れるな」
「話を聞くのだ! あの者達はどうしたのだ!?」
「あのイカか、そりゃ邪魔する奴は倒していくのが冒険者だからね」
「……なん、……だと」
まずい……、先ほどまではそれなりに和やかにやっていたというのに。
アイパッチ(眼帯)の胡散臭さが爆発気味のフラッドのおかげで、パーになってしまった。
恐らくはもう、大人しくついていってはくれないだろう。
「おいおい、どうしたんだ? たかが魔物数匹、だろ?」
「ならばお前達を数人倒したところで問題はないのだ……。あ”ぁぁぁぁっぁ!!!」
「なんだ、このキーンと来る声は!?」
「うあ!?」
「うぉ!?」
俺達は急いで耳をふさぐ、彼女が発する声というよりは音波といったほうがいいようなものは頭に響くのだ。
もっとも、塞いだ耳にも聞こえているのでさほど効果は高くないようだったが。
しかし、彼女の目的は別に俺達の耳をどうにかする事じゃなかった。
洞窟の下が割れて、そこから巨大な触手が現れる。
触手は白く、太さは1mを越える、長さは10m近いのではないだろうか。
だんだんと触手の数が増えていき、ついに本体が現れる……。
その姿は、やはりイカだった。
彼女の好みなのだろうか? と不思議に思いつつも、そのサイズに愕然とする俺。
頭部の大きさもまた10m、つまりは全長20mクラスのイカ、恐らくはクラーケンという奴だろう。
今までの物と違い、明らかに俺達に敵対するつもりでいる、それはまるでティスカに呼応しているようだ。
「彼女……やっぱり魔物使いらしいわね」
「魔物使い……」
「確か、その一族はもういないと聞いていましたが」
「現にいるんだから仕方ないじゃろう!」
「それよりもレィディ達を庇いながらどう戦うかのほうが問題だね」
「というより闘って勝てるものなのかい!?」
ティスカを怒らせた本人であるのに、全く自覚のないフラッド。
まあ、会話に参加していなかったのだから仕方ないが。
それにしても、この洞窟を崩しかねない巨大な魔物、
対してこちらは駆け出しから卒業したばかりのひよっこ冒険者ばかり。
正面から倒すのは不可能に近い。
状況は正直悪化の一途をたどっているようだった。