ラルア公国⇔メセドナ共和国国境からやってきた、2頭立ての馬車が10台という異例の一団がいた。
馬車は上等な馬車であるらしく、きちんと屋根をしつらえ、ランプも常備している。
白く塗ったその屋根にはアンク中心とした模様が刺繍されており、ソール教団の重鎮が乗る事を思わせた。
しかし、それでも10台というのは明らかに多い、しかも聖堂騎士団の護衛が100名近くついていた。
枢機卿ですらこんな物々しい護衛はしないだろう。
法王の訪問ならばそれもありうるが、そんな事は国境付近の誰も聞いていない。
当然国境では揉めると思われた、しかし、国境警備の軍は伺いを立てた結果、国から通って良しと言い渡され驚くはめになる。
国境を越えた後、10台の馬車は近くの町にやってきていた。
町の名前はカントールという、街道の要所として知られる場所で。
メセドナ東街道やアルテリア山陸街道等の国境から来る人はここに一度立ち寄る事になる。
両街道から首都であるアッディラーンに行くにはこのルートが一番早く安全だからだ。
そんな町の宿屋の一角、一流のスイートルームといっていいだろう。
その部屋には数人の人間がいた。
「聖女リノ様……お心遣いありがとうございます」
「そんな事は気にしないで、あたしも用があったっていうだけの事よ」
いかめしい顔をした老人と言って差し支えない白髪の男、厳格を形にしたような男であった。
その服装は僧衣であり、また刺繍や生地から上等なものだと分かる。
このような服装を取れるのはソール教団において枢機卿と呼ばれる者達だけである。
つまり、この男はソール教団の重鎮なのである。
その男が頭(こうべ)を垂れ、畏まる存在、聖女リノ。
彼女はこの世界の住人ではない、とはいっても正真正銘聖女という訳ではなかった。
彼女の本名は綾島梨乃(あやじま・りの)、見た目はまだ高校に入りたてか中学生でも通る。
しかし、彼女は元の世界においてトップアイドルまで上り詰めた歌い手でもある。
本来自由奔放な性格の彼女が異世界の、それも厳格な宗教であるソール教団に身を置いているのは、
一重に、この世界に呼び込み、彼女の行動の自由を奪っている使途と呼ばれる男のせいであった。
そう、彼女の呪いは行動に奇跡が勝手に伴う事、そして、教団から離れられない事。
特に教団から離れられないという点は彼女にとっては苦痛だった。
もう一つのほうは、歌を皆に聞かせるのは嫌いではない。
しかし、伴う無駄な奇跡は遠慮してほしかった。
そう、今の彼女はまさにかごの鳥であるのだ。
だが、例外も存在していた、枢機卿や法王について行く限りはある程度の行動が可能だという事に気付いたのだ。
だから、早速彼女は目的のために行動を起こす事にした。
幸いというか、どういうべきか。
元聖女、今は異端者とされているフィリナ・アースティアという女性の養父がラリアに行くというのを聞き同道を願い出た。
梨乃の願いは簡単に聞き届けられ、他の枢機卿や法王達に止められたものの、強引に押し切って出てきた。
ただ、誤算は彼女の身の回りの世話を担当しているメロアとアトレアもついてきてしまった事。
また、護衛が型物騎士のリグルド・カフマーンだけではなく、100名もの騎士が投入された事が問題ではあったが。
「面を上げて椅子に座ってくださいアラバルト枢機卿、返って緊張してしまいます。ほらメロア、アトレア」
「「はい!」」
「アラバルト枢機卿にお茶を出してあげて」
「「畏まりました!」」
綺麗にハモる2人、メロアは銀というよりは青いストレートの髪を真っすぐのばした小さめの少女。
アトレアは対照的に体も大きく褐色で髪の毛が赤い、ショートヘアの少女。
メロアが大人しいタイプなら、アトレアは活発なタイプ、しかしその対象性のわりに良く息があっている。
「聖女リノ様、そろそろお時間です」
「あら、アラバルト枢機卿、申し訳ありません少しだけお待ちください」
「はっ、周辺住民の慰撫よろしくお願いします」
「そんな大層なものじゃないんだけどね……」
迎えに来た騎士は、護衛担当のリグルド・カフマーン。180cmを少し超えるかなり筋肉質の男。
しかしその割にはスマートで、ハリウッド映画等で出演していてもおかしくない容貌だった。
法王が彼女にこの男をつけた理由はなんとなく透けて見えたが、アラバルトは何も言わない事にする。
「あの……」
「んっ、ああ……メロア君だったね。どうしましたか?」
アラバルト枢機卿は待つように言われたその部屋で、メルトという少女に振り返る。
本人は大人しそうだが銀髪に青みがかかって煌めいているような髪が印象的だ。
そして、アラバルトは思い出す。青い髪はある血筋を示していると言う事を。
それゆえにフィリナは聖女と呼ばれるほどの癒しの力を持っていたのではあるが、
同時にその血筋であるという事は普通に生きるのが辛いという事でもある。
2人とも侍女のようではあるが、助祭であろう事は間違いなさそうだった。
それゆえに、むしろなぜアラバルトに聞こうとする事があるのか、疑問ではあったが。
助祭ならば教理は一通り知っているはずであるし、逆に根幹に係る質問なら聖女にしたほうがいい。
まあ、気後れして話せないのかもしれないが……。
「そのっ、じっ、実は……」
「うむ」
「聖女リノ様は、ソール教団の事を……あまりその……」
アラバルト枢機卿は、言われた内容、かなり口ごもっていた彼女の表現も含め簡単に理解できた。
つまり、聖女リノ様に聞く事がためらわれる内容、つまり教理との矛盾の事だろう。
「ああ……なるほど、彼女にとってはそうであっても不思議ではないよ」
「えっ!?」
「君が言いたい事は、つまり聖女様がソール教団そのものをあまり理解されない。
もしくは興味がないという事じゃないですか?」
「はい!」
「しかし、聖女様は君達を無碍に扱ったりしましたか?」
「いいえ、決してそのような。むしろ恐れ多い事に……その、同じ立場の存在として扱って頂いております」
「それは……。ですが、それが本当は正しいのですよ」
「え?」
「教理にもあるでしょう? 人は神の前に平等であると」
「そっそれは……」
「聖女様にとってみれば、私達の作り出した階級はさぞ滑稽な事でしょう」
「そういう……ものなのでしょうか?」
「ええ、彼女が神の御使いである以上、私達は皆同じなのです」
「そうなのですか……」
メロアはおとなしそうな顔を俯け、それでも理解の色を示す。
アラバルトはそれを見て、少しだけ目を細めてほほ笑む。
彼女は理解が早い、つまり頭のいい人間なのだろうと思われた。
「ですがその……教理に対する……その……」
「それはもっと簡単です」
「え?」
「教理を作ったのは、神々言葉や行動を見た我々人なのですから。神にとっては関係のない事なんですよ」
「そうなのですか……わかりました! あの……ありがとうございます枢機卿様」
「いいえ、先ほども言ったように神の前にはみな平等なのですから」
もっとも、これは歴史を知る機会を持つ事が出来た者しか知る事のない事実である。
アラバルトは色々な資料をあさり、ソール教団の成り立ちやどういう経緯で今の形態になったのか知っている。
しかし、歴史を知らない者にとってみれば、教理や階級というのは神の言葉そのもの。
実際枢機卿の大半はそう考えている節がある。
アラバルトにとっては嘆かわしい事に知る努力を放棄して特権のみ享受する輩が多くなりすぎていた。
そのため、メロアのようなものの疑問はもっともなのだ。
だが同時に、聖女様が彼の養女に対し特に悪感情を持って何かをした訳ではないとわかりほっとした。
元々九割がた彼女は関係ないだろうとは思っていたものの、
フィリナ達が魔王を倒した直後というタイミングの良すぎる登場に正直少し疑ってもいたのだ。
彼女がフィリナを聖女から追い落とすために枢機会が用意したでっち上げの聖女である可能性を。
「そう……」
アラバルト枢機卿の目的は、今回ラリアで起こった一連の事件について調べる事である。
ラリアに行く途中、フィリナは一度失踪している、そしてそのまま邪教の像を現地の教会から接収した。
その後、どうやらかなり陰湿ないじめを受けていたらしい事が現地に送った人員から報告されている。
そして、邪教の像を持ちだし、邪教に入信しようとして殺されたという顛末。
あまりにもお粗末すぎるシナリオだった。
フィリナの正確を考えた場合、100%あり得ないと断言できる。
つまり、これもハメられた可能性がかなり高い。
しかし、門外は証拠のほうがもう隠滅されている可能性がある事だった。
そして同時に、アラバルトはフィリナの死が本当かどうか自分の目で確認する事をしなければいけないとも感じていた。
そんな事を考えているアラバルトの耳に、歌が聞こえてきた……。
「聖女様の歌……」
「はい、聞いた事もないような歌を沢山知ってらっしゃるんですよ!」
「ああ……」
メロアの言うとおり、その曲はアラバルトにとって全くなじみのないものだった。
正確には、音楽というのはある種似た音階の羅列に過ぎない、それゆえ完全に全く違う曲を作るのは難しいものだ。
アップテンポ、スローテンポ、声を高く張り上げたり、ゆっくり落ち着いた雰囲気を作り出したり。
必ずどこか似る事になる、アラバルトはそれでも違和感を覚えた。
彼は気付かなかったが、最大の違いはそのリズムだった、
ポップミュージシャンと言っていい梨乃は16ビートが癖になっており、この世界にはそういったリズムは存在しない。
4ビートや8ビートらしきものは存在するが、基本吟遊詩人ごとに違っているのでばらばらではある。
しかし、それにした所で大きく逸脱している訳でもない。
つまり、彼らの知る範囲の音の倍の速度で音階が動いていくという事に慣れていないという事だった。
聞いていると分かるかと思うがバラードですら8ビートと16ビートでは違う。
バラードの歌は基本小刻みに歌いはしないが、それでも音階が変わるため声が上がったり下がったりする。
つまり、梨乃の歌う曲は全てこの世界の住人には聞き慣れないものとなる。
「しかし、お美しい声だな……」
「それだけじゃないんですよ、ほら」
「なっ!?」
アラバルト枢機卿はメロアの示したほうを向き、驚きを示す。
赤に、青に、緑やピンク、光り輝く球体もいれば、人型や、動物型、妖精のようなものもいる。
どれも実体が存在しない事が分かる、それはつまり精霊だった。
人が普段目にする事はまずない、目にする機会がある者といえば精霊魔法の使い手か、もしくは高位の妖精くらいのものだ。
それも、部屋の外を覘くと、彼女の歌に引かれてそこかしこから集まって来ている。
これはもう、聖女としての梨乃の力である事は明白だった。
「凄まじいまでのお力ですな……」
「はい、ですけど、この力を使って何かをする気はないみたいです」
「なんと……、その気になれば従えた精霊を使ってどんな事でもできそうだが」
精霊は触れる事が出来ない上に、一方的にこちらに干渉する事が出来る。
もっと言えば、精霊魔法を精神力関係なく、そして呪文を唱える事もなく、集ってきた数同時に発動する事も出来る。
1000人規模の軍隊を相手に圧勝する事も簡単だろう。
「なんとも、無欲な方だな」
「ええ、でも……だからこそ聖女なんじゃないでしょうか?」
「なるほど、うむ、その通りですな」
アラバルトはこの聖女の事を認めつつあった。
養女の事のわだかまりはまだあるものの、彼女には関係のない事と割り切る事にした。
それでも、原因は究明する必要はある、場合によっては枢機会を敵に回す事になるかもしれないが……。
そして、できればフィリナが無事であるようにと祈っていた。
釣り人が幻影とはいえ、ここに現れた原因。
それは間違いなく、ティスカのおじいさんに関係がある事。
そして、ティスカが何かその事について知っている可能性は否定できない。
そうでなければ、知り合いではないか、という疑いだけでワザワザ戻ってくるというのも不自然な気がする。
ティスカは黒い三角帽子と黒いローブと黒いマント、その中に収まった栗毛の三つ編み小学生という感じの子なんだが。
コスプレ臭がきつい上に常識はほとんど知らないのであまり考えなかったが頭は悪くないはずだ。
今、俺とフィリナは釣り人の幻影とティスカから見て、小屋を挟んで反対側にいる格好になる。
一応見えてはいるものの、釣り人の位置からは俺達を視認するのが難しいはずである事を考えれば、
俺達の事を知ったのは当然小屋よりもこちら側に釣り人の本体がいるか、もしくは何らかの感覚器が仕掛けてあるという事。
釣り人の興味を引く事に俺は成功している。
釣り人の目的、それは金や宝石の類ではないのだろう。
ここに現れた以上、ティスカを引き離す事も目的であったのかもしれない。
いや、それはそれでおかしい……海岸で会った時のティスカに対する対応を考えると……。
となると、何かまだ出ていない情報があるという事になるな。
そう考えて、俺はとりあえず釣り人に話しを振ってみる事にした。
「なぁ、アンタの事は何と呼べばいい?」
「釣り人でいいよ、皆もそう呼んでるし」
「ふぅん、所で聞きたいんだが……」
「答える義務はないよね」
「まあ、そう言わずに。一つだけだから」
「んーそうだね、時間もある事だし。答えられる質問ならね」
俺は内心ニヤリと笑った、今の会話、かなりの情報が込められていた。
意識しているのだとすればかなりの上達者だが、割と警戒しているようでもあるし恐らく違うだろう。
キーワードは”皆もそう呼んでる””時間もある””答えられる”の3つ。
皆もという事は、こいつは個人で動いているのではないという事になる。
時間があるという事は、何かを待っているという事、つまり俺達はその時間が来た時点で負けとなる。
答えられるという事は答えられない事もある、つまり秘密が複数存在している証。
これらの情報はきっかけに過ぎないが、質問の方向性を絞り込む事は出来る。
俺が聞きたい事は2つある、一つは釣り人の居場所、一つは釣り人の目的。
そして、先ほどまでの情報とそれを加えると、一つ情報が浮き上がってくる。
奴には時間がある、しかし、俺達と会話する必要があるとすれば、それは見つかってはいけない事。
わざわざ俺達の居場所をティスカにさらして見せた理由、今までの情報を総合すれば、
俺達やティスカが釣り人の本体を探すように仕組んだようにも見える。
つまり、最悪釣り人は俺達に捕まってもいいと考えているという事ではないだろうか?
そうやってでも隠したい、時間が来るまで秘密にしておきたい何かがあるとすれば……?
「そういえば、もう日が暮れだな。
昼食を済ませてから戦闘、移動なんていろいろしているうちに結構時間がたったようだ。
なあ、お前は夜が来るのを待っているという事か?」
「面白い事を思いつくね、なぜそう思うんだい?」
「さあな、しかし、否定しないなら恐らくそう言う事なんだろ?」
「夜……まずいのだ……、じっちゃの……」
「おおっと、気付いたのか……。まいったなぁ」
それほど困ってもいない様子で釣り人は言う。
本体がどこにいるのかわからないが、目的についてはティスカは分かったようだ。
後は俺も教えてもらいたいものだが……。
「うちのじっちゃを利用するつもりだったのだ?」
「まあね、孫がいたなんて聞いてなかったからちょっとびっくりしたけどさ。
十分な金と銀を確保してくれてうれしいよ」
「……その金と銀で金色の魔物を呼びだすつもりなのだ?」
「その通り、魔物を召喚する陣も従えるための秘宝もここにしかないからねー」
「かっ……怪人め……なのだ」
「ほめことばと受け取っとこうかな、もう始まったよ」
「なっ!?」
夜になるとともに周囲が光り始めた。
良く見ればそれは、あちこちに配置されていた何かを取り払い、設置されていた金貨や銀貨が見えるようになっただけ。
しかし、その配置は円陣になっており、コインの配置が文字のように見える個所もある。
これはつまり……。
「これぞ黄金の魔法陣ってね。
あそうそう、君のおじいさんには何度か金色の魔物をくれるように頼んだ事があるんだ。
けんもほろろに追い返されたけどね。
いやー、死んでくれたおかげで助かったよ」
「……なんで、……なんで金色の魔物が必要なのだ、あれはじっちゃにとって……」
「さあ、そんな事は依頼主に聞いてほしいな。
僕はただ金色の魔物がほしいって言うから取ってくる、そう言う仕事をしているだけさ」
「……仕事?」
「ああ、仕事。それも全体の一部、だから何も知らないのさ」
「……」
釣り人は妙にペラペラと内情を話し始めている。
これはかなり危険な兆候と言える、釣り人は元々自慢したがりなのかもしれない。
しかし、仕事には守秘義務があるというか、表に出せない仕事ならなおさらだろう。
となれば、ペラペラしゃべり始めるのは当然、俺達がそれを漏らさない事が前提。
つまりは、始末するつもりでいるという事に……。
俺はフィリナ(アルア)を伴いティスカの下へ急ぐ。
「アルア、一つ聞きたいんだが」
「はい」
「体温を探る方法はないか?」
「体温ですか?」
「周りの動植物も一緒に割り出してしまうかもしれないが、
人に近いものだけに絞り込めばそれほどの数にはならないと思うが」
「無理です。それは魔法使いの中級レベルの魔法です」
「……そうか」
やっぱり、と心のどこかで思う。
ティスカは呆然として、俺達が近づいてきた事について全く関知していない。
さて、俺の出来る選択肢としては。
1番:逃げる。
2番:なんとなく闘う。
3番:釣り人の本体を探す。
4番:ぼけっとしている。
の4つか、4番が非常に魅力的だが……。
「マスターがボケた顔をしています」
「おお、それがマヌケ顔という奴か! 面白いのだ!」
「って、そんなので復活するんかい!」
まっ、まあ取りあえずティスカが復帰したのは行幸……か?
なら、1番を選択すべきだな。
敵の戦力が分からない上に、何をしてくるかもわからない。
釣り人は今の所幻を見せる結界以外は使っていないようだが、それ以外は……ん?
幻を見せる……?
待てよ……。
俺は、フィリナとのリンクを頭の中でつなぎ直す。
今まではラドヴェイドの手助けもあり遮断出来ていたが、それを取っ払う。
(フィリナ、聞こえているか?)
(……了解しましたマスター)
(え?)
(作戦の事を考えていたようでしたので、既に全て頭に入ってまいりました)
(あーうん、便利だね……)
繋がりすぎるというのは困りものだ……。
頭の中で決めていた段取りが見事に崩れる。
(気にしない事です。マスターと使い魔のコミュニケートにタイムラグがあるのは問題ですから)
(って待てよ……)
(はい、マスターの童貞人生は確かに私の記憶野にも焼き付いております)
(……)
(なんでしたら、筆おろしを……ああ、最初には幻想をお持ちでしたね)
俺は全力で落ち込んだ……。
素早くリンクを切る、もう既ににいろいろ遅い気もするが……。
ともあれ、フィリナは無言のまま集中状態になる。
俺は、ティスカと共にフィリナの近くに寄る。
「フォースフィールド!!」
無詠唱という集中の難しい呪文が周囲に向かって飛び散る。
威力は本来の半分もないかもしれない、無詠唱なので簡略化されている部分もあるからだ。
しかも、半径1mの外へ向けて全周囲攻撃という威力度返しの範囲攻撃。
そして、手ごたえはあった。
「ギャッ!!?」
周囲の風景が微妙に変わる。
地形や金色の魔法陣については変わらないものの、周辺にあった岩や崖といった自然の地形が幾つか消えた。
そして、その代わりに傭兵と思しき武装集団がところどころに配置されている。
釣り人は傭兵達からも少し離れた崖の上に陣取っていた。
つまりは、中にいるのは俺達と傭兵達だけ、奴は谷の上にいてずっと覘いていたという事だ。
「本当に良く仕掛けを破ったねぇ」
「フンッ……。人の幻ではなく、この場全てを幻像で包んでいたわけか、全く参ったよ」
「分かっていても、早々破れる物でもないんだけどね」
「違和感は最初からあった……。ティスカの行動がどこか動かされている感じがしたからな。
ずっと近くで潜んでいたんだろう?」
「ずっとッて言う訳でもないんだけど。まあ、おおむね正解」
つまり、この場全てを覆う幻だけではなくずっと俺達の目をくらませて潜んでいたという事。
俺達が霧の中で相手を見る事が出来るという事もあいつにとってはいいカモフラージュになったに違いない。
もっと高度な幻を使ってきていたのだろうが、俺には分からない。
「でもせっかく、何が起こったのか分からない間に終わらせてあげようと思ったけど。
気付いちゃったなら仕方ないね、傭兵のみなさん。よろしくお願いします」
「クッ!!」
傭兵達は潜んでいた全員を合わせると20人近い。
かなりの大枚をはたかねば雇えない……いや、そういえば金は沢山あるんだったな。
全く……、泥棒に雇われる傭兵とは世も末だな。
等と、嘆いているひまもない。
金色の魔物の事は気になるが、今はこの場からの脱出が最優先だ。
俺が魔族の力を解放した程度では20人も相手にする事は出来ない。
以前のようにラドヴェイドの魔力を使えれば別だが、今は殆ど残っていない。
だからラドヴェイドもあまり起きていない。
それに、フィリナはともかく、ティスカは自衛が可能かと言われるとかなり怪しい。
魔物を呼んで護衛させる事は出来るだろうが、隙をつかれれば一発だろうし、そうなれば魔物も暴走しかねない。
結論、逃げるが勝ち。
「2人とも! 逃げるぞ!!」
「はい」
「えっ……」
「死にたいのか!!」
「わっ、分かったのだ」
俺達は、くるっと踵を返し、来る時に通った崖に向けて走り出す。
流石にまだ剣の間合いではないし、魔法も詠唱には時間がかかるはずだ。
しかし、一つだけこの間にも攻撃が出来る武器があった。
「ぎゃぁ!! マントが縫い付けられたのだ!」
「マントを脱げ! 今は生き残る事が最優先だ」
「う……じっちゃの形見なのに……」
「一番の形見はお前だろティスカ、お前がいなくなるのがお爺さんも一番悲しむ」
「……わかったのだ」
ティスカはかなり迷っていたが、無理やり納得させると再び走り出す。
まずいな、今ので少し間合いがつまった、それに魔法使いの詠唱がそろそろ終わる。
俺はフィリナ(アルア)に視線を送る。
フィリナは準備が出来た事を知らせるようにうなずく。
「頼む!」
「イエス・マスター。フォースブレイク!!」
先ほどの魔法と同系統の派生呪文。
フィリナはこの系統に関してはほぼマスタークラスであるらしく、無詠唱はお手の物だ。
前回のは全周囲だったが、今回は下に向けて衝撃を叩きつける。
普通ならフォースの上位魔法であるこれはかなりの威力のものらしいのだが、無詠唱なので多少減殺しているようだ。
とはいっても比較した事がないので分からないが……。
俺はティスカをひっつかみながら、フィリナの腰につかまった。
いや、一番安定するからで他意はないですよ。
もっともフィリナは顔を”おうおうやってくれたのう”という感じににんまりゆがめているが。
というか、もうそれは女性の心理じゃないよね……。
そんな事を考えながら、俺達は天高く打ち上げられていった……。