「まさかな……、あのお嬢ちゃんがなつくとはねぇ」
「面白い事になっているようだな、ソードよ」
「ええ、正直こうなるとは思っていませんでしたよ」
それは、劇場だろうか、舞台の上に上っている仮面の男。
そして、客席にいる何人かの男女、それだけ見れば劇を見に来ていると取れるが、
舞台公演にしては、おかしな点がいくつかあった、まずはこの劇場、スポットライトが一つだけしかともっていない。
この世界においてもそこそこの劇場は魔法によるスポットライトを使用しているが、
一つだけというのは効果的に意味が薄いのであまりない。
そして、客は暗くてよくわからないが、10人もいないだろう。
舞台上の俳優は仮面の男ただ一人、劇にも何もなっていなかった。
そう、この集まりは舞台劇ではない、ある種の秘密結社の経過報告であった。
舞台上の役者はそのリーダー、仮面で部下にも正体を隠す不気味極まりない存在だ。
見た目からは男だと思われるが、声も何かを使って変えているらしく、大柄な女の可能性も否定できなかった。
リーダーと会話しているのは、こんな所にまで釣り竿を持ちこんでいる男。
服装や釣り道具の数々から釣り人としか言いようがなかった。
「しかし、ソードですか、コードネームってのはあまり好きになれないですねぇ」
「ふむ、では名前で呼んでいいのかね?」
「それも勘弁ですな、本名はまともな神経の人は先ず呼ばないような名前ですしね」
「ではどうすればいいのだね?」
「俺の事はただ釣り人と呼んでくれればいいですよ」
「ふむ、それも抽象的で面白いかもしれないな」
釣り人はその答えを聞くと満足げに腕を組む。
椅子そのものも割とゆったりとしたものなので、少し余裕が感じられる仕草でもあった。
「でもねぇ、アンタはまだアレを手に入れていないだろう? 今回の仕事は派手にやりすぎたんんじゃないか?」
「ははキッスさんは流石に言う事が違うね、まあ誰にも知られないって意味ではアンタが最良だと思うよ」
「クッ、グリフィン……アンタみたいな愉快犯とは違うんだよ」
「落ち着きなさい、キッス、グリフィン。釣り人よそれでどうするのです?」
「目的のブツを得るための撒き餌が今回の事件、つまり本番はこれからってことですよ。
幸いにして活動資金もたんまり稼げましたし、後は……」
「なるほど、しかしどうするね?
我らの依頼主は犯罪を起こす事を望んでいるのではないのだよ?」
仮面の存在はある種のほのめかしを含めて言う。
そう、依頼、これは外部からの依頼でこなしている仕事の一環だ。
これだけの事をして、撒き餌であるといい、それもまた頼まれごとの一つについてのであるという。
どれだけの規模の話かそれだけでも理解できるのではないだろうか。
「難易度が高いですからね、そのための布石としては仕方ないでしょう?」
「否定はしないが、君がもし捕まってしまった場合、依頼の遂行に支障が出るのだが?」
「それはありません、ええ、ありませんよ絶対にね」
仮面の存在の忠告に対し、釣り人はニタリという笑いと共に絶対の自信を示す。
そう、確かに彼女の口から釣り人の容姿や行動経緯は知れるだろう。
しかし、彼自身が捕まる事はない。
なぜならば、事件現場に彼はもういないのだから。
「既に証拠の隠滅は済ませていますしね」
「なるほど、君がそう言うのならば信じよう」
仮面の存在の、信用なんていう言葉がまるで感じられないその声に釣り人は少しだけ背筋が寒くなった。
だが、最悪の場合でも自分の下まではやってこれないと釣り人は確信していた。
手がかりというのはない事だけが捜査を止めるとは限らない、その事を良く知っているのだ。
俺達は、一度街道に戻る事になった。
現状では、まだティスカが魔物を使う事は一般には知られていない。
パーティ”栄光の煌(きらめき)”に見つかるとまずいが、彼らはアッディラーンに戻ったはず。
いくら早く戻って来ても半日はかかるだろう。
まあ、魔女の三角帽にマント、ローブなんかを着ているからどっちみち目立つのは仕方ないが。
「街道には魔法を起動するための常時起動のためのスイッチがあると思うけど……」
「感じられませんね、もし感じられるようなら別のパーティが見つけているでしょう」
「そうよね……」
そう、その点が第一の問題だった。
もしそれが見つけられれば、俺達はティスカを見つけるより先に魔法陣の仕掛けに気付いていたはずだから。
先ほど、トイレに行くふりをしてその辺りをラドヴェイドに確認してみた所。
よほど高度な魔法使いか、特殊な魔道具があれば話は違うと言っていたが、場所の特定はラドヴェイドにも出来ないらしい。
魔力が低下すると色々と能力が下がるのだそうだ。
「魔力を分割してるとかはないのか?」
「そうだとしても、全く魔力を発していないなんて言う事は……」
その時、急に街道に霧が立ち込め始めた。
良く見ると、ティスカの懐からイカが出てくる……。
もしかして……。
「ごめんなのだ……うちは……」
何かを言いたそうにしていたが、顔をしかめると、そのままティスカは走り始める。
何を考えているのか、ただ一つ分かる事は俺達はどうやら騙されたらしいという事。
どこまでが嘘で、どこからが真実なのかは分からない。
しかし、ティスカは少なくともここで何かをする必要があるという事だろう。
「追うぞ」
「ええ」
「お二人も遅れないでくださいね」
「分かっていますともレィディ」
「無茶を言わんでくれ……」
ティスカはまだ視界にどうにか残っている。
というか、流石に山に住んでいたという野生児だけあって足が速い。
俺達が追いかけてくるのが分かると、一瞬だけ振り返ったもののまた鳴き声のような声を出す。
声が終って暫くすると、俺達の目の前にトロルが現れた。
トロルは俺達がこれ以上前に進むのを止めようとするが、積極的に攻撃はしてこない。
イカやゴブリン達が反撃せずにやられたのも、
彼女の命令以外で危害を加えてはならないというような命令を受けていたのだろう。
となると、このトロルは彼女が元々いた山から応援に来たという事か。
こんな所でもティスカの人となりがうかがえる。
クラーケンの時はそれだけキレていたという事だろう。
そして、これはある種の信頼の証でもある、俺達がこのトロルを殺さないだろうという。
正直辛い話でもあった。
「奴は俺達を攻撃しない筈だ! だからバラバラになってティスカを追う!」
「……本当に攻撃しない?」
「100%なんてものはこの世にはない、しかし、彼女が本気ならトロルは既に俺達を攻撃しているはずだ」
「ボウィは無謀な事を言いますね」
「じゃが、否定する要素もないわい」
「私はシンヤを支持します」
「ふう、分かったわよ。でも、もし攻撃してきたらアンタが責任をとって何とかしなさいよ!」
「う”っ、できうる限りは……」
まあ、いざとなれば皆頑張ってくれるとは思うが、矢面に立たされる事だけは間違いない。
ともあれ、トロルは全員を捕える事は出来ないだろうが、誰かを止めるだろう。
そして、ニオラドがそうなる公算が一番高い。
まあ、元々走って追いかけるのは苦手だ、彼なら心得てくれているだろう。
とはいえ、街道の近くにいつまでもトロルを放置しておくわけにもいかない。
別のパーティが来て倒してしまう可能性が高いから。
「じゃあ、散開!」
ティアミスの言葉と共に、皆てんでバラバラに走り出す。
ニオラドを除いて。
ニオラドは走る事の無駄を良く承知しているのか、その場から一歩も動かなかった。
トロルはどう行動していいのか分からなくなりオロオロしている。
俺はティスカの言った方向とは反対側に走り出した。
まあ、大周りすれば追いかける事は出来る……と信じたい。
「とはいえ、俺はティスカがどこに行ったのか分からないんだが……」
(ならば、教えてやろうか?)
「ラドヴェイド……」
(何、最近は魔力が足りないので大した事も出来ず暇なのだ)
「……あー」
ラドヴェイドの嫌味に俺は対処できない。
確かに、魔力が貯まったら放出、貯まったら放出の繰り返しで復活に対し全然貢献しているとは言えない。
それどころか、使ってしまう分足を引っ張っているといえなくもなかった。
これで、ラドヴェイドが熱心に復活を望んでいるならとうに見捨てられていただろう。
「その件につきましては前向きに善処いたしたく……」
「どこの政治家だお前は」
「いや……実際怒られても仕方ないなと」
(遅い事には少し焦りを感じなくもないが、まあ魔力に関しては仕方ない部分もある。
別の意味では前進している部分もあるしな……)
「別の意味?」
(それはいずれ分かるだろう……。それよりも、ティスカとかいう娘の事だな)
「ああ……何かわかるのか?」
(あ奴は魔物使いだろう?)
「そうだが……」
(我もお主も魔物の一種には違いない)
「それは……」
確かに、魔物と魔族はある種、サルと人間という程度には近い存在だ。
これもラドヴェイドに聞いたのだが、一応魔族というのは魔物も含め、彼らの神がそれぞれに目的を与えて作り出したらしい。
人は同じ種族の中で色々と役割分担を決めるが、魔族と魔物は生まれで役割が決まっている。
貴族以上の魔族は確かに強力だが、ある意味においてそういう役割を持って生まれてくるだけであるという。
魔物使いとは、その生まれから来る役割を彼らに直接命じる事が出来るという事らしい。
だから、ゴブリンやイカのような小回りのきく魔物なら物を取って来させたり、警戒のために偵察をさせたり。
トロルなら戦闘の壁役をさせたり、力仕事をさせたり。
そういう意味では恐ろしい存在である、何せ生まれた意味として刷り込まれている事なので生存欲求すら上回る。
イカやゴブリンが自衛しなかったのはそういう意味もあるのだろう。
(魔物使いが武装をしない理由がわかるか?)
「いや、猛獣使いと同じタイプなら鞭くらいは持っていてもいい気もするが……」
(我ら魔族くらいになると早々かかりはしないが、魔物使いはある種の魅了を使っている)
「魔法という意味か?」
(そうであるともいえるし、そうでないともいえる。
魔物使いの持つ特殊な香料、それを奴らは体に振りかけて魔物に対し無害である事を示している。
しかし、武装をしていればどうなる?)
「無害であると思わせる事が出来ない?」
(そう言う事だ、香料の匂いは人には嗅ぎわける事が出来ない程度のものだが……)
「魔物には効力が強いのか」
(お前も魔族化の時は気をつけろ、魔族くらいになるとそう効かないが、現状の魔力はほとんどないからな)
「わかった、それで……」
(ああ、その匂いを追えばいい、我の指示通り動けよ)
「了解」
ラドヴェイドがティスカの使う魔物を従わせる匂いが漂ってくる方向を教え、俺がその方向に向かって進む。
実際、あの子は何を考えていたのか、少し気になる。
俺達に対するわだかまりは先ほどの事で少し薄れたように見えた、しかし、完全になくなってはいないだろう。
それは仕方ないものの、少なくとも敵対する意思はないように思えた。
となると、何か知られたくない事があるという事になるだろう。
一番考えられるのは魔物使いの秘密、もしくは釣り人に関して語っていない事がある場合。
どちらにしろ、厄介な事になる可能性を秘めている。
ただでさえティスカはこのままいけば投獄される可能性が高い。
情状酌量というのは最近の人権意識の下生まれた考え方だという事もある程度は知っているつもりだ。
つまり、ティスカの行動はこのままでは牢屋生活を長引かせる結果になりかねない。
「助けてやりたいと思うのはワガママかな……」
「いいえ、そういう我儘をやろうとしなければ私は生きていません」
「っ!?」
「驚かせてしまったようですね、申し訳ありません」
いつの間にか、フィリア(アリア)がカツラをしたまま全力疾走で追いかけて来ていた。
怖いのは息を乱していない事だ……。
正直、Aランクの冒険者っていうのは体力もお化けみたいなものなのだろうな……。
っと、驚いている間に関係ない事を考えていたようだ。
しかし、フィリナは使い魔となってから俺を驚かせるのを趣味にしている気がしてならない。
「絶対服従とかって嘘じゃないか……?」
「いいえ、そんな事はありません。この場でパンツを下ろせと言われれば即座にズリ下ろす覚悟です」
「って、俺のズボンに手をかけてるんじゃねえ!!」
「あっ、すいません。それでは自分のものを」
「そっちもやめてー!!?」
「ではどうすればいいのですか?」
「今はそれどころじゃないだろ!! さっさとティスカを追うぞ」
「分かりました、パンツはティスカの前で下ろすのですね」
「んなわけあるかッ!!」
いやもう、絶対フィリナの本来の人格とは違うはずなんだが……じゃあこれはなんなの?
そう考えさせられる事がたびたびある。
この使い魔の人格は一体どういうふうになっているのだろう?
(おっと、匂いが濃くなってきたな、あちらのほうだ)
「わかった、フィリナ!」
「了解しました」
なんとなく走っていた方角から15度ほど角度を変え、北に近い方角へ。
そっちにあるのは山だな……、まさかとは思うが……。
「ティスカって確か、山育ちだったよな……」
「そう言っていましたね、先ほどは」
(ならあの結界そのものが、彼女の祖父に関係しているという考え方もできるな)
「もしもそうなら……」
「釣り人に関する証拠はなくなりますね」
そう、それが問題だ。
もし、あの仕掛けが釣り人に関係ないのだとすれば、真犯人を追うのがかなり難しくなってしまう。
最悪、裁判においてはいない事にされて全て彼女の責任にされる可能性すら……。
それはまずい。
あんな小さな子に全ての責任を押し付けるなんていう事は出来ればしたくない。
「……最近こう言うのばっかりだな俺は」
「いいではないですか、女の子ばかりなんですし」
(うむ、最近フラグを上手く立てているのではないか?)
「……ダッタライイデスネ」
ラドヴェイドめ、俺の知識を覘いているからって俗に染まりすぎじゃないか……(汗
確かに、この世界に来てから女性を助ける立場になる事は多い。
但し、男を助けていない訳でもないんだが……。
問題は男を助けようとして上手く助けられた事がない事だ。
レイオス王子しかり、ソレガンしかり、嫌なジンクスにならなければいいが……。
レイオス王子は正直、あのてらちんが仲間を連れて浚いに来るというハプニングに対し俺が出来る事なんて知れていた。
ソレガンの依頼に関しては達成したはずなんだが、なぜかあの後謹慎処分になったらしい。
申し訳ないが、理由が分からないのでは助けようもない。
せめてルドランの村はきちんと助けてやりたいものだ。
っと、思考が脇道にそれてしまった。
ともあれ、俺はこの世界に来てから色々な人と関わり認められた。
元の世界に帰っても、もう一度人間関係を構築する事が出来る気がして来ている。
出来れば恩返しがしたい、そう考えるようになっている今の自分がいる。
だからこそ、困っている者がいれば助けてやりたい。
全てなんておこがましい事は言わないが、せめてこの手の届く範囲だけでも。
もっとも、手の届く範囲でも俺には手の出せない相手は山ほどいる。
今回も、そうなる可能性が出て来てしまった。
何とかするには裏技でもやって見せるしかないのかもしれない。
フィリナに対してやったように……。
(あの谷だな)
「なるほど、ティスカの話にあった故郷というわけか」
あれから、いいところ半日もたっていない。
とはいえ、これだけ走り回る体力がついたのはサポート中の無茶な訓練と魔族化による底上げの結果だろう。
街道からひと山越えた向こう側、ティスカがいるのはその辺りになる。
確かに渓谷と行っていい場所があり、他とは隔絶した場所になっている。
それはつまり、普通に入る事が出来ないという事だろう。
だが……。
「飛行系の魔物でも従えれば簡単に出入りできるか」
「ですね、しかし彼女はここに何をしに戻ったのでしょう?」
「このタイミングだ、釣り人に関係がないとは思えないが……」
ともあれ、他に人もいないので、フィリナに落下軽減の魔法をかけてもらい、坂道を滑り降りる。
坂道といっても、崖そのものだし、人や動物が歩けるようなものじゃない。
しかし、落下軽減によって落下速度が落ちている俺達なら、ちょっとした足場で十分速度を殺せる。
登りはまあ、その時考えよう……。
「今何か言いましたか?」
「いや……」
フィリナも無駄に鋭いな……。
まあ、この際彼女の人格について考えるのはまた別の時にしよう。
それよりも今はティスカの事が気になる。
一体何をする気なんだ?
「あそこにっ!」
「なっ!?」
ティスカはいた、小屋を通り抜けた先にある墓前に……だがお参りをしているようにも見えない。
墓、ここで墓が用意されている人物は一人、彼女のおじいさんだろう。
聞いた話では彼女は拾われ子でおじいさんに血縁はいないらしい。
しかし、おじいさんのお参りをこんなタイミングでするとは思えない。
そう考えながら近づいていこうとすると、フィリナに小屋の裏側に引きこまれた。
「どうした?」
「どうやら話し相手がいるようです。発見されるのはまずいかと」
「なるほど……」
言われて俺は家の影からそっとティスカを覗き込む。
そこには、墓前にたたずむティスカと、ここまで彼女を連れてきたのだろうハーピィのようなモンスター。
そして、そこから30mほど離れた場所に男が一人たたずんでいる。
その背には釣り竿、そして、リュックサックを背負っている。
そして帽子を目深にかぶって、濡れてもいいようにだろう長靴のようなものをはいている。
その姿は一見して釣り人と言っていいものだった。
「あいつが釣り人……」
「どうしますか?」
フィリナは無表情に俺に聞いてくる、そんな所を見るとやはり使い魔なのだと分かる。
しかし、あの釣り人何かがおかしい気がする。
ただの釣り人ではない事は明白だが、そう言う意味ではない。
まるでそう……。
「どうしたのだ!? 何か答えたらどうなのだ!?」
「……そうだね、答えてあげるべきか」
「うちを盗みのために利用したのだ?」
「そうだ、と答えたらどうするつもりかな?」
「決まっているのだ、裏切りには相応に報いるのが魔物使いの掟なのだ!!」
「わざわざ出てきてあげたのに、その程度の事しか言えないなんてね……」
釣り人は呆れたように両手を広げる。
その前に、ドシンと現れたのは森の住人たるトロル、もう一体いたようだった。
それもただのトロルとは違う、一回り大きい6mクラスの大物だった。
5mと6mなんてさして違いが無いと思えるかもしれないが、実際は1.7倍くらい重量が違う。
5の三乗(縦×横×高さ)は125なのに対し、6の三乗は216となる。
こんなに単純ではないが、比率的にはさほど差はないはずだ。
つまり、パワーと、叩きつける時の威力は比較にならないと言う事だ。
そして、ティスカはトロルに命じる。
「棍棒を叩きつけるのだー!!」
「ウォォォォォォォオオオ!!!」
トロルは棍棒を釣り人に叩きつける。
釣り人のいた場所は凄まじい衝撃と共に陥没し、棍棒を引き上げた後には穴が残るのみであった。
しかし……。
「なん……なのだ……それは……」
「なに、そんなに難しい事はしていないさ」
釣り人はそこにいるように見えた、しかし、陥没した部分に足がついていない。
陥没する前の位置、つまり空中に立っていた。
それだけではない、一部がガレキに貫通している……。
つまりこれは、幻影のたぐい……。
「なんなのだ……お前はじっちゃの……」
「おおっと、それ以上は不味いかな、そっちで聞いてる人達がいるからさ」
「えっ」
ティスカが俺達の方に振り向く、釣り人……見える位置にはいないはず……いや、そうか……。
ここにいるのが幻影なら、どこか別の場所から見ていると言う事だな。
「どこにいる!?」
「さあね、それを教えると思うかい? 僕は弱いんだよ、君達と違って鍛えていないからね」
「しかし、幻を作るのは随分上手いようじゃないか」
「霧の結界かい? あれは彼女がやったんじゃないの?」
「彼女にそんな知恵が無い事は明白です」
「そっ、それも酷いのだ……」
ティスカが意外にへこんでいる、11歳の子供なんだからそんな事を気にする必要はない気もするが。
それはともかく、フィリナは毒舌をよく吐くな……。
っと、考えがそれた。
「ティスカ、あの釣り人はおじいさんの知り合いなのか?」
「わからないのだ、でも……昔話してくれた釣りをする怪人の事を思い出したのだ」
「怪人は酷いな、さっきも言ったけど僕は弱いんだよ?」
「その場にいないなら、倒される事もない。ある意味最強じゃないのか?」
「高みの見物を決め込んでいる人間がそう言う事を言うのは単なるイヤミです」
「イヤミはひどいな、本当の事なんだけどね」
それは否定しないが、だからこそ隠れる場所はかなり選定しているのだろう。
どこにも違和感を感じる事が出来ない。
「私も、魔力の流れは殆ど感じません。ぼんやりと周辺の魔力が濃くなっているのは感じるのですが」
「そうそう、無駄なことはやめなって」
「無駄……そう無駄だな」
「?」
「なぜ出てきた?」
「理由なんて必要かい?」
「ああ、お前は既に勝っていたんだ、今さら出てくる理由なんてないはずだ」
「へえ、そう言う考え方なんだね、でもさ遊び心っていうの? わからないかな?」
釣り人は顔がおぼろげにしかわからない。
釣りのキャップをかぶっているせいもあるが、わざと見えないようにぼかしているようだ。
これだけ用心深い人間が、そんな遊び心で自らを危険にさらすだろうか?
答えはノー、俺の頭の中ではほぼ決定事項となった。
だが同時に、確かに釣り人の行動は不審な点が多い、お金が必要なら、街道なんて中途半端な場所で襲う必要はない。
彼くらいの幻術の使い手なら、裕福な商家に入り込んで主人になり済まし、かっさらう事も出来るだろう。
それに……あ……。
「なるほど、そう言う事か」
「どうしたのだ?」
「あんたの目的、本当は金じゃないんだろう?」
「……へえ、楽しい事を考えるね」
余裕を持っているように見せているが、どうやら図星のようだな。
答えるまでに少し間があった。
だが、それがわかった所で今は何もできない。
せめて……もう少し手掛かりがあれば……。