「それで? どうするつもり?」
事情を聞いたティアミスの第一声はこれだった。
あの後、ロケットのように飛び出してなんとか脱出を成功させた俺達はどうにか街道まで逃げてきた。
実際、街道までは追ってこなかったようである意味一安心ではあるのだが……。
恐らくは、金色の魔物とやらは”釣り人”に奪取されてしまっただろう。
それを考えると、いろいろと不安が残る。
冒険者協会に報告するにしてもどうすればいいのか、考えあぐねているといっていい。
「あいつらは傭兵まで連れていた、口封じをしてくる可能性もあるかもしれないが……。
目的は達したようでもあるし、冒険者協会と正面切ってやり合いたい訳でもないと思う」
「なら、報告のほうだけね、当面の問題は」
「う”っ、そこで見られるのは辛いのだ」
ティアミスはティスカをにらみつける。
中学生くらいの見た目のハーフエルフと小学生くらいの少女がそうしていると姉妹の喧嘩にも見える。
ティアミスはエメラルドグリーンのポニーテールを揺らして指をつきつける。
「ティスカ、貴方は一度私達から逃げ出している。この意味わかるわよね」
「はいなのだ……」
「裁判にかけられれば恐らく貴方はかなり重い罪に問われるわ」
突きつけた指はそのまま、しかし、表情を厳しくしティアミスは言い放つ。
11歳の子供でもやはり特別扱いはしてもらえないという事か。
「釣り人の事を話せば多少は減刑されるはずだけど、盗みを働いたのは事実。
この点に関してだけはどうしようもないわ」
「うう……」
ティスカは黒い三角帽子をつまんで自分の顔を隠してしまう。
どうすればいいのか分からない、悔しいけれど反論が思いつかないという所か。
「でも一つだけ手段がないでもないわ」
「え?」
「既に反則をしている人もいるしね」
そう言ってティアミスは俺とフィリナ(アルア)を見る。
俺は苦笑するしかない、フィリナは特に表情も変えなかった。
そういえば、フィリナは黒髪のカツラをかぶったまま全力疾走してきた訳だが蒸れないのか。
全然関係ない心配をしてしまう俺だった。
「反則? 何の事なのだ?」
「まあいいわ、もうすぐニオラドとエイワスも戻ってくるでしょう」
そういえばニオラドはまだトロルとにらみ合っているのだろうか?
いや、恐らくは時間限定だろうし、単に街道に戻るのに時間がかかっているだけだろう。
その辺は年のせいだから仕方ないともいえる。
エイワスは……目標をロストしていたはずだ、その後どうなったのか……。
ティアミスが連絡手段の魔法を天に向かってぶっ放したものの、上を見ていないとやばいよな……。
そう考えていると、ティアミスが俺に向かって笑って見せた。
「大丈夫よ、ほら」
「あ」
ニオラドとエイワスは連れだってやってきた。
それほど遠くにはいっていなかったらしい、あれからかなりの時間が経っているが、恐らく追跡手段がなかったのだろう。
俺にした所で、自力で見つけられた訳でもないのだが。
「おお、レィディ達おそろいですか、そちらの小さなレディも何事もなくてよかった」
「ほっほっほ、年寄りには運動は疲れるわい」
思いのほか元気そうではあるが、もう日もとっぷり暮れている。
何をするにしろ、一度宿に戻ったほうがいいと全員の意見が一致した。
それから、”金色の稲穂亭”に戻って夕食を食べる。
何度も言うが、水の都であるアッディラーンには珍しい宿の名前である。
夕食を終えた後、俺達は男部屋と女部屋で2部屋取っていたので男部屋のほうに集合する。
ティスカの扱いに関する最終確認をするためだ。
「さて、ティスカ・フィレモ二ールの扱いだけど、2つ考えられるわ。
1つは彼女を使って事の真相を冒険者協会に報告する事、少しは減刑出もできると思う。
ただ、それでも数年は確実に牢屋入りだと思うわ。
もう1つは死んだ事にする事。
事件に直接関与していないから彼女の事を知っている人も少ないだろうし、
私達が死んだと言い張って”栄光の煌”のメンバーから隠せば、
彼女が犯人だと知っているのは例の釣り人とその傭兵くらいだけど、
言いふらせば自分たちの事も言わないと行けないから先ず言ってこないでしょう」
なるほど、反則というのはそう言う事か。
確かに、フィリナも死んでいる、それと比べれば名前だけ死んだ事にするのだからさほど難しくない筈なんだが……。
問題は、ニオラドとエイワスがどう思うかだろう。
「リスクという面ではそれほど高いという訳ではないけど、
”栄光の煌”の事を考えると死んだ事にするのはあまりお勧めはできないわよ」
「ふうむ、そうじゃのう。可愛い娘さんなのじゃし、出来れば助けてやりたいとも思うが……。
実際罪がない訳でもないしの……、わしはそこまでの面倒をみる必要は感じないがのう」
「私はレィディに関してはできうる限り助けてあげるべきと考えまーす」
「そう……私もパーティにはあまり責任をかぶせたくはないけれど……」
「俺は悪いがティスカを助けてやりたいと思う」
「私も助力すべきと感じます」
「多数決では助けるべきという意見が多いのは事実ね」
ティアミスは反対に回ったものの、実際問題俺とフィリナで2票あるため他全員が反対しない限り意見は通りやすい。
それを分かった上でティアミスはこういう場を設けたのだとすれば納得させるためという意味あいが強いだろう。
正直悪い事をしたなと思う、パーティにはあまりこちらの事情で振りまわしたくはないのだが……。
そんな事を考えていると、小さな影が話し合いの場に飛び込んできた。
「ちょっと待つのだ!」
ティスカ・フィレモ二ール。
彼女は魔女の格好(もっともマントは逃げる際に捨ててきたのでローブと帽子だけだが)のまま部屋に入り込んできた。
知らせないために女性用の部屋で待っていてもらう事になっていたはずだが……。
まあ、縛り付けているわけでもない以上そう言う事もありうる話ではあった。
「どうかしたのかしら?」
「その話、うちの事なのだ?」
「そうなるわね」
ティアミスは歯に絹を着せない、そのまま事実を伝えるようだった。
それに対しティスカは口元をきゅっと結び、警戒を示す。
俺達はまだ信用されたとは言えない、その事を実感させる表情だった。
「うちは悪い事をしたのだ? 牢屋入りなのだ?」
「ええ、そのままではね」
「死んだ事にすれば助かるのだ?」
「ええ、貴方は今までラリア公国でもほとんど知られていない人間だから、私達が証言すればそう言う事になるわ」
ティスカはそれを聞き、難しい顔をして考える。
俺達に借りを作りたくないと考えているのだろうか?
それとも何か、問題があるのだろうか?
「うちは、じっちゃに教えられた事があるのだ」
「ええ」
「死ぬのは死ぬほど痛いって」
「……え?」
「うちは生きているのだ、死んだ事にするくらいなら臭いメシを食うのだ!」
「ええっと、本人がこう言っているとなると……」
「それは仕方ないですね、リトルレィディにとってはその事が大事なようです」
ティアミスは本人の勘違いを正す事を放棄したようだった、元よりエイワスは女性の意見を曲げるような事はしない。
しかし、みすみす11歳の子供の未来を奪ってもいいものだろうか?
というか、臭い飯って、もしやティスカのお爺さんは牢屋のお世話になった事があるのだろうか?
脱線したな、考えをまとめなおそう。
ティスカは罪を認める気でいる。
理由はお爺さんの言い付けもあるかも知れないが俺達に借りを作りたくないという事もあるだろう。
そもそも俺達とて、彼女にとってみれば釣り人と同程度の知り合いでしかない。
警戒が先に立ってもおかしくはないだろう。
「言っておきますが、裁判を受けて罪を認めるという事は、その後数年の牢獄生活もですが、その後の就職にも響きます。
つまり、今後一生に響く選択であるという事を考えて言っているのですか?」
「わっ、分かっているのだ……でも……」
やはり重たい選択なのだろう、十代の数年というのは二十代以後の数年と違う、常識や仲間や学問を学ぶ段階だ。
ここで牢獄暮らしをすれば、常識のないまま大人になってしまうという事……。
罪に目をつぶるのもよろしくはないが……どうするのが一番いいのか。
ティスカを育てた老人は彼女にきちんとした常識を与える前に倒れてしまった。
今回の事は、老人の不手際ではあるだろう、しかし、それを責める事も出来ない。
もっと前に遡れば、親が捨てるのが悪いのだし、更に言えば、親をそう言う状況に追い込んだものが悪い。
もうそこまで行くと誰の事なのかすら調べられないが。
「一つ聞いてみてもいいか?」
「どうしたのだ?」
「君はこの先どう生きていきたいという事が分かっているのか?」
「えっ、どう生きていくって……ただ生きていくのだ」
「目的も何もないという事でいいのか?」
「おい、レィディに対して失礼だろう!」
「いいのだ……何も考えていないのは事実なのだ」
ティスカは沈んだ顔で答える。
それは仕方ない事だろう、実際11歳で生きる目的を決めている者は少ない。
しかも、お爺さんが死んだ直後、その後で行った事が罪であると言われ混乱しているだろう。
しかし、混乱したまま決めた事がそのまま未来を決めてしまうという事を良しとしていいものだろうか?
出来れば、俺は選択する時間をあげたい。
そのためにも、裁判を受けさせるのは出来れば避けたい。
「何もないと言うのが悪いなんて言っていない。
目的がないのはむしろ当たり前なんだ、親を継ぐと言う事以外にそれくらいの年齢で答えが出るほうがまれだ」
「確かに、長男は親を継ぐのが普通だものね。でも次男、三男とか女性は違ってくるわ」
「そうなのだ?」
「ああ、そして今お前が捕まって刑罰を受けると言う事はそれらを考える事が出来なくなることを意味する」
「うう……難しいのだ、一体何が言いたいのだ!?」
「決まっている、ティスカ、君は世間をもっと知るべきだ。
常識を身につけ、自分が犯した罪の意味を受け止められるようになるように。
そして、その償いと自分の幸せを探していけるように」
「……知る……?」
「ああ、これから沢山、な」
不思議と俺とティスカの会話に割り込もうとするメンバーはいなかった。
俺の真剣さが伝わったのだろうか、まあ俺の場合、この世界に来るまで正に生きる目的がなかったのだ。
それが逆にこの世界で生きる目的を強く意識するきっかけになっている。
「本当に……それでいいのだ?」
「俺はな、皆にも聞いてみな」
「皆はどう……」
「こんな話されてツッコミ返せるほど人情が無いわけじゃないわよ」
「全く、ボーイは独走しすぎです」
「ほっほっほ、それもまた味じゃがの」
「ただ、一人で突っ走りすぎるのは悪い癖ですね。後になって承諾を取られても困ります」
4者4様ながら皆認めてくれたようだ、ティスカを事件の影響から除外するという件に関しては。
しかしそれは別の意味で少し辛い選択ではあったが。
「そうなると問題は釣り人に関する報告をどうするかという事」
「うむ、それならさほど難しい事でもないぞい」
「ニオラド、考えがあるの?」
「そうじゃの、考えというほどでもないが。実際ティスカは彼と彼の傭兵達に殺されそうになったはずじゃの」
「ああ」
「そうなのだ」
「大変でした」
「ならば、ティスカは釣り人とその傭兵達に殺された事にすればよい」
「なるほど」
確かに、その方が話を曲げる部分が少なくて済むうえ釣り人も傭兵も無理なく報告できる。
嘘をつく時は本当の割合が高いほうが成功しやすいという。
後は誰が報告をするかだが、普通はリーダーのティアミスとなる。
「ティアミスはそれでいいのか?」
「ええ、おおよその流れは把握しているから。さっき詳しい報告も請けたし。
ちょうどいいわ、ちょっと行って来る、
”栄光の煌”が手柄を残してくれてるかはわからないけど、
独自に調べた事を報告すればある程度は報酬も出るでしょう」
そうして、その日はそのままティスカを宿に泊める事になった。
幸いにして女部屋のほうはティアミスとフィリナの2人だけなのでもう一人くらいなんとかなる。
ただ、考えてみればティアミスとフィリナが同室というのはいつバレてもおかしくない配置だった事を今にして気付く。
ビンボー策におぼれると言う感じだろうか、まあ、既にばれてるからもういいが。
それでも、ティスカの今後を考えると早めにアッディラーンからは去った方がいいと感じていた……。
アルテリア王国⇔ラリア公国国境線にあるドラゴンズバレーと呼ばれる山岳地帯。
実際に竜が多く生息する危険地帯である。
普段人が来ることなどあり得ないほどに高低差の激しい山脈であり、
竜にとっては逆にそういう場所だからこそ巣を作りやすい、そういう場所。
そこに一人の冒険者風の男が立っていた。
「待っていたぜ」
その男は下から駆けあがってくる複数の足音に対し、むしろ喜ばしいかのように口元を緩めている。
男の年齢は20歳そこそこ、引き締まった筋肉と、すらりとした日焼けした、それでも白い肌、
優しげで、しかしどこか自信を漂わせているその表情は駆けあがってくる者たちに向けられている。
「レイオス王子、貴方は……一度ならず二度までも抜け出すとは……」
「何度でも抜け出すさ。目的もあるしな」
「ベルリンドが悲しんでるのニャ!」
「それは確かに申し訳なく思う、だが、俺はどうしても行かなきゃならない」
「なぜなんです……。確かにフィリナ・アースティア司教とは一時期噂にもなったと聞いています。
しかし、彼女はラリアに赴任してきている、貴方を置いて」
「ああ、俺も振られたんだと思ってたよ。
だから前回は自信もなかったし、国際問題になりたくなかったから傭兵に化けてたわけだがね」
「今回は自信があるのかニャ?」
追いかけてきていたのは4人、一人は
まるで女性のような線の細い顔立ち、鍛えているのにまるで筋肉が付いていないような細く長い手足。
その割には身長は低く164cm程度だろうか。
優柔不断そうにも見える甘いマスク。
異世界からやってきた精霊の勇者こと寺島英雄(てらしま・ひでお)その人である。
その回りにいるのは女性ばかり3人。
一人はピンク色の髪と獣耳、虎縞ビキニという凄い格好な獣人の少女。
体にはかなりの筋肉がついているようだが、スタイルが驚くほどいい。
幼げな顔と、無邪気な表情とは裏腹に、肉体はどこか蠱惑的とすら言えた。
武器は肉球のようなグローブから飛び出した爪のようだ。
「ファルセット……話の腰を折ってはいけませんよ」
「ソルディノは相変わらず年寄りくさいのニャー」
「としっ!?」
獣人の少女の名はファルセット・アポリという。
猫獣人の中では最強と呼ばれた事があるほどの腕だが、戦闘狂が災いして一族から放り出されたと言う曰くつきの少女だ。
同族殺しすら何度もしているらしいのだが、ヒデオと共にある様になってからはそれはなりを潜めている。
むしろ、ヒデオとスキンシップを取ることが今のマイブームらしく、よく周りから文句を言われている。
そして、ファルセットを注意したエルフの女性はソルディノ・ロセルティス。
ハイエルフの一人で、森の守護者を名乗っていたのだが、ヒデオの運命を見極めたいという言葉と共に彼に付いてきている。
精霊魔法は上級魔法まで納めており、特に風の系統を得意としているようだ。
「全く、そんな事だからハーレム要員とか言われるのよ」
「ハーレムは歓迎だニャ」
「ファルセット! ラプリク、貴方も不用意な事を言わないでください」
「でも事実よ」
「ははは……(汗」
皮肉げに口をはさむのは背の低いローブの少女、大きな杖が彼女を覆い隠してしまっている。
名をラプリク・アル・ファスロクといい、アルテリア貴族の家系に連なるものではあるが、
魔法に傾倒しすぎた結果、天才児と呼ばれた彼女はいつの間にか変人扱いとなり学会から放逐されてしまっていた。
そんな彼女は、ヒデオの優しさに触れたためなのか、今はヒデオを研究対象だと言って追いかけている。
つまりは3人ともヒデオを中心とした集まりであり、彼の動向を窺う存在だと言う点で一致していた。
ハーレムと言われても仕方ない、更にはアルテリア王都にいけば、ヒデオのハーレム要員はまだまだいる始末。
レイオスも皮肉の一つも言いたくなるのは仕方ない所だろう。
「君は凄いね、勇者だなんだと言われても、俺も君ほどだった事はないよ」
「そんな事はありません、勇者レイオスと言えば世界中にファンがいます。僕なんてそれと比べれば全然」
これだから天然は……そう、レイオスが思うのも無理からぬことだろう。
実際、前にフィリナの所に行こうとした時にベルリンドを任せると言ったのも嘘や冗談ではない。
ベルリンドはレイオスの事を一番愛しているのは事実かもしれないが、二番目にはヒデオの事を気にかけている。
もちろん、その理由の中には実の所彼女がヒデオを呼び出した精霊女王の血をひく存在である事もあるだろうが。
恐らくレイオスが本当にいなくなればベルリンドはヒデオに傾倒する可能性があるとレイオス自身が考えていた。
ヒデオを示す二つ名は女性のつけたものと男性のつけたもので大いに異なる。。
背が少し低いゆえの線の細い美貌と優しさ、そして相反する強さに心奪われた女性達のつけた、
”精霊の勇者”や”銀閃の貴公子”、”月光の御子”等というもの。
意中の女性の心を奪われ嫉妬する男達のつけた”ヒモ勇者”や”チビ勇者”、”ひょろ男”など。
意図はまるで違うものの、ヒデオを意識せずにはいられないという意味では一致していた。
ともかく、ヒデオはそれくらいに影響力が強い存在なのだ。
「で、確認するが、お前達はそのまま帰る気はないんだな?」
「はい、僕たちは貴方を止めます」
「ベルリンドもヒデオを好きになったら困るのニャ!」
獣人の少女も辟易(えきへき)するほどの天然ジゴロぶり、ヒデオとはそういう男だった。
戦闘要員こそこの3人だけだが、ハーレム要員は既に十人単位で存在しているので、
あまり増えると自分の番が回って来ないかもしれないとファルセットは危機感を持ち始めていたのだ。
ハーレムを作る事には反対していない、何故なら多くの女性を引き付けるのは強い雄の証拠だからだ。
強い雄からでないと強い子は生まれない、そういう思想が彼女の一族にはあった。
「そっ、それはともかくですね。なぜ貴方は自分を振った人にそんなにこだわるんですか?」
「俺を好きな人より俺が好きな人とでも言うかな。まあ、そう言う理由だったよ前回は」
「前回という事は今回は違うんですか?」
「ああ、あれから少し調べてみたんだ、友人のつてを使ってね。
考えてみれば赴任するにしてもその前に王家に一度も挨拶がないのはおかしい。
そうしてみると、色々と疑ってかかれる所は多かったよ」
「疑ってかかれる所とは、どういう事なのですか王子」
「例えば、ソール教団に新しい聖女が現れた事、それによって枢機会の世襲枢機卿はフィリナを聖女から落とそうとした事。
フィリナのラリア公国赴任は枢機会の差し金立ったって言う事だ」
レイオスはどこか皮肉げにその言葉を吐き出す。
もっとも、これだけで終わるはずもない、ヒデオでも知っている事だアルテリア王国はソール教団の力はさほど強くない。
その代わりに、精霊女王を中心とした
「それはしかし……アルテリア国内においては例えソール教団といえど勝手に……」
「そう、手続きもあるし、精霊女王の許可も得なくてはいけない。だとしたらどうなる?
赴任があんなに急に行われた理由はなんだ? そんな事は簡単だろう?」
「貴方は……精霊女王様を疑っているのですか?」
「事実として、俺とフィリナが結婚すれば、次代の王家精霊女王血族の貴族との橋渡しはできなくなる。
精霊女王の権力が低下する恐れはあるからな、否定はさせない」
「あのお方はそんな事を考えては……」
「ヒデオ、話の続きを聞きましょう」
「ラプリク?」
ラプリクも貴族、それも精霊女王の血族の生まれだ、その事に対し思う所があるのだろう。
アルテリアにおいて精霊女王の権力は王族に匹敵する。
彼女の娘達(実際に子をなしたのではなく、精霊の子として作り出された)
の血を入れる事によってアルテリアは発展してきた。
もう500年以上も前の事なので、貴族どころか、王族、一般人、外国の人間とていく分血を受け継いでいる。
しかし、特別に濃い血を残してきた貴族達は精霊女王の血族として宗教めいた結束を見せている。
そして、精霊の血がだんだん薄くなってきた王族に新たに嫁がせたのがベルリンド、かなり濃い血を持つと言われている。
本人達の意思はともかく、女王はそういう意図のもとにベルリンドを嫁がせていると考えて間違いない。
「その事は今は深く追求するつもりはない、問題はその後だ」
「フィリナ・アースティアが異端として出奔し、異端同士の争いに巻き込まれて死亡したというものですね」
「……ああ、俺はフィリナの死に目にあえなかったのかもしれない」
「それは……」
「だが、冒険者なんてしているとな。死んだって噂が流れるのは珍しい事じゃない。
だから自分の目で確かめたいんだ、そして、彼女の口からなぜラリアに赴任したのかを聞きたい」
「生きていると信じているんですね」
「まあ、これでも付き合いは長いからね」
ヒデオはレイオスの行動にどこかで納得しかけているようだった。
しかし、それは彼自身の立場を危うくしかねないものであり、
精霊女王に不利な行動をとる事がどういう事かといえば、精霊の勇者の立場を失うばかりか、敵として追われかねない。
ヒデオ一人ならばそれもいい、しかし、ヒデオを支持する人々の立場も危うくする。
だから、けじめが必要になる。
「それでも……」
「ああ、精霊の勇者としてはやらない訳にはいかないだろう。
だから、言い訳できるようにきちんと叩きのめすさ」
「全力で行きます」
「「アクセラレータ!!」」
互いにほぼ同時、唱えたのはアルテリア王国でもごく一部の人間にしか使えない倍速の呪文。
詠唱はいらず、発動にタイムラグもないという使い勝手のいい呪文ではあるが、
鍛えられた肉体がなければ耐えられず。集中力を持続させなければ切れてしまう。
普通の人間が唱えても集中力を持続しながら動くという器用なまねはできないため発動した途端に切れる。
その代わり倍速の言葉通り物理法則すら曲げて2倍の速度で動く事が出来る。
瞬間、他の3人の女性を残し2人は消えたように見えた。
「わずか一年足らずで倍速の呪文をマスターするとはな」
「元々僕の実家が使っていた剣術の理念に近いものでしたから」
凄まじい速度で、上段、下段、突き、袈裟がけ、切り返しというふうに走り回りながら剣を打ちつけ合う2人。
到底普通の人間が入り込める速度ではない。
しかし、ヒデオのパーティメンバー3人はけして普通の人間等ではなかった。
「そこニャ!」
「おっと!」
感といっていい、感覚で相手を捕える猫獣人の攻撃を避けるレイオス、その隙は僅かなもので、
隙をついても決め切れなかったが少しだけヒデオの有利に傾く。
そこに、植物のツタが地面から生え始める。
「ほっ!」
飛びずさって避けるレイオス、ツタはそのまま足場の形となりヒデオはそれを踏み台に飛ぶ。
拘束用ではなく、サポート用、警戒する相手にはよく効く攻撃といえた。
「雷よ、瞬間のきらめきを示し、主の敵を焼き払え。アストリスク!」
「オオッー!!」
「エンチャントか!?」
そう、魔法使いは雷撃の魔力付与をヒデオの攻撃に上乗せする気だった。
これならギリギリの回避等をしていれば雷撃による攻撃がヒットする。
達人に対しては厳しいやり方といえた。
しかし、次の瞬間。
全ては裏返っていた。
「なっ!?」
ヒデオはいつの間にかサポートをしていた3人が倒れている事を知る。
ヒデオ自身、攻撃をしている最中にいきなりレイオスが消えたと認識しただけだった。
次の瞬間には3人の悶絶するような悲鳴とも言えない声を聞き振り返っただけだ。
そして、そこには無傷のレイオスが立っていた。
「なぜ……?」
「ダブルアクセル、4倍の速度で動く事が出来る。俺の作ったオリジナル魔法だよ」
「そんな……」
次の瞬間には、ヒデオの近くまで来ていたレイオスに剣を跳ねあげられる。
ヒデオの目は気力を取り戻していたが既に遅い。
武器もなくなり、全力を出す事が出来る勇者の相手が出来るほど流石のヒデオも無茶ではなかった。
「これで勝負ありだ。負けたと報告しても問題ないだろう?」
「……はい、しかし、それは……」
「ああ、体の負担を無視した無茶な魔法だよ。作った直後は全身筋肉痛になったりよくした」
「ならばなぜ?」
「俺達は魔王に挑むために冒険をしていたんだ。
魔王っていうのは、多少の無茶じゃ届かない、これくらい動けても全然勝ち目がない。
魔族において貴族以上のクラスを持つ奴らは魔力で身体能力を強化しているんだ。
攻撃は効かない、相手は無茶苦茶な怪力で魔法撃ち放題、そしてありえないほどの速度で動く。
特に魔王は悪夢としか思えない存在だったよ、魔法陣で魔力を散らしてかなり弱体化させたはずなんだが、
それでも家よりも大きな体がダブルアクセル以上の速度で動き回るんだ。
だから、こんなのは序の口。体の負担という意味でもだ。
魔王を倒すために鍛えた技はまだいくつかあるが、一番使い勝手がいいんだよ」
確かに、そんな魔王と比べればヒデオはまだまだとしか言えなかった。
実際、前回これをくらっていればあっさり決着がついていただろう。
レイオスが前にこれを使わなかったのは国際事情。
アクセラレータを使えるのはアルテリアでもごく一部であるため素姓がバレやすい。
睡眠の大規模魔法のような大魔法を仕掛けた時に目端の効く人間なら注目している可能性がある。
距離が離れていても、ある程度事情を把握する魔法は存在している。
ましてや街道なのだ、隊商に目撃者がいないからといって安心はできない。
そして、もう一つアクセラレータ等の技を使う事をためらった理由は、
フィリナが自分から出て行ったのだと思わされていた事が大きい。
「さて、俺はこれからラリアに行くけど、ヒデオ達はどうする?」
「僕は……」
「何ならついてくるか?」
「えっ?」
「俺が何をやったか報告する事にすれば言い訳くらいにはなるかもしれない」
「……」
ヒデオはレイオスを見て、やはり勇者なのだなと考えた。
自信を持っている時の彼はヒデオにしてそれだけ眩しいものだった。