カントールへと向かう途中には、大公直轄領⇔アーデベル伯爵領の関所がある。
カントールが北にあり、アッディラーンが南の海沿いになるので、直通であるこの関所を抜けなければかなり大周りになる。
それに、別の道には別の関所があるわけだが。
ティアミスのお陰でどうにか関所を抜けると、俺とフィリナ(アルア)は別行動をとる事になった。
フィリナは野暮ったい化粧と黒髪のカツラで胸以外はごまかせているが、
胸は大きいのでニオラドのじいさんも、エイワスも、まあ俺もなんだがついつい胸に視線がいきがちです。
まあ、胸の大きい人は沢山いるはずなのでフィリナだとばれる心配はないと思うが。
ティスカはなんだかんだで、俺達の行き先に興味津々だったが、ティアミスにたしなめられ先に行く事になった。
ティアミスが中学生にしか見えないのと相まって、11歳のティスカとは姉妹に見える。
まあ、ティアミスはエメラルドグリーンの髪のハーフエルフ、
ティスカは三角帽子と黒いローブのせいで魔女っ娘みたいだが、
栗毛の三つ編みなので、血がつながっているようには見えないが。
ともあれ、背の低いエイワスとじいさんのニオラドを含めても弱そうなパーティである事は間違いない。
俺達を含めてもけして強そうではないな。
まあ、それはともあれ、先にカントールに行ってもらい、俺たちが何をするかというと、
フィリナを暗殺した男であり、暗殺ギルドの幹部クラスでもあるルドランの家に向かうのだ。
フィリナには申し訳ないという思いはある、何故自分を暗殺した男の助けをするのかという事になるだろう。
しかし、俺としては彼の村は救ってあげたいと思う。
フィリナが全員を助けられるのかはわからない、しかし、村の人には罪はない。
出来れば何とかしてあげたいと思う、後になってフィリナから断罪を受けるとしても、俺はためらうつもりはなかった。
「フィリナ、君に今自由意思になる部分があるのかは分からない。
しかし、君が断りたいと考えるのであれば何がしかの意思を示してくれ」
「何をしてもそれは証明する事にはならないのではないでしょうか」
「……」
「ただ、信頼頂けるかどうかは分かりませんが、マスターの望みは私の望みです」
「……わかった」
返事を期待していた訳じゃないが、やはりこう言う受け答えをされると辛いものがある。
フィリナの俺への突っ込みや何やらが、表面上の事でしかないと思い知らされるからだ。
ならばあれは何なのかという事は気になるものの、最終的にはやはり……。
そんな事を考えているうちにもルドランのいる小屋というか庵にやってきていた。
一応、俺達は今もう暗殺ギルドとは関係がない事になっている、だからといって油断が出来るわけはないが。
「こんにちは」
「来たか……」
ルドランはいつものように、囲炉裏の前で食事の用意をしていた。
ふと思い出す、彼の剣を練習していた事を。
まだあの時は俺は人だった、今も人のつもりではあるが……。
やっぱり、肌が青くなるんじゃ胸を張って人だと言えないよな……。
何れは元に戻りたいと考えてはいるが、フィリナの事と同様でどうすればいいのか見当もつかない。
そう言う意味でもルドランの村はかなり重要なポイントではある。
「早速案内してもらえるか?」
「ああ、しかし、あれから俺以外誰も人が入っていない。道はかなりきついぞ」
「俺達もそれなりに分けありだからな」
「そうなんだろうな……」
一瞬顔をしかめるルドラン、それはそうだろう村人を石化したのも魔族なのだから。
その復活を魔族の力を借りて成すというのもやはり忸怩たるものがあるのかもしれない。
しかし、背に腹は代えられない筈だ。
俺達を受け入れるしかない、そう俺は確信している。
ただ、助けた後そのまま信頼を受けられるかはまだ未知数ではあるが。
「まともな街道は繋がっていない、切り開きながらになるがいいな?」
「ああ」
「元々は獣道くらいはあったんだがな、もうかなりになるからな……」
そうして、3日ほどかかってようやくたどり着いたのは、本当に山の中の村という感じの場所だった。
暗殺ギルドの修行場よりずっと奥だというのだから、その険しさがうかがわれる。
それでも100軒ほどある事から、それなりに人が住んでいた事が分かる。
村は確かにゴーストタウンで、人っ子一人いる様子はなかった、それに建物のくたびれ具合も人がいない事を示している。
だが、村では洗濯物が干されていた跡があった、もっともほとんどは地面に落ちたり飛んでいったりしているが。
「何年になるんだ?」
「もう15年になるな……」
それは家もあれるな、仕方ない事ではあるが、やはりわびしい気持ちになる。
15年間、ルドランは一人でもがいていたのだろう、それが報われるかどうかはフィリナ次第。
それは、俺に借りを作ることにもなる、ルドランとしては魔族に借りを作るのはかなり嫌なものだろう。
本当なら俺も殺したいのだろうから。
だから、皆を回復する事が出来たとき、
感謝してもらうどころか、もう用はないと殺される可能性にも気をつけないといけない。
俺は出来るだけ警戒心を持続できるように心を沈めた。
「ここだ……、家の中で石になったものもいるが、
ほとんどは魔族やコカトリスを撃退するため、もしくは逃げ出すためにここに向かった」
ここは、村の中央にある広場だ、元々山のふもととつながっている南側はともかく、
それ以外の方角に住んでいる人間は皆ここを通らなければ逃げるのが難しい。
北側の出口は絶壁に近いような場所にしか出られないようだった。
「ここに集まっている人たちは15年風雨にさらされた。
動かしたくても、地面ごと石化しているから出来ないんだ。
だから、こうして……」
「なるほどな……」
中央広場にはテントの出来そこないのようなものが出来ていた。
ルドランが風雨よけのためにつけたものだろう。
実際問題、魔法で石化しているとはいえ、
風雨に長時間さらされると、欠けたり、隙間から植物の種が入り込んで芽吹いたり。
水のせいでひび割れたりというちょっと考えたくない事態が起こる可能性もある。
石化が解けても、そうなった所が戻るとは考えにくい。
となると、石化が解けた瞬間死ぬ可能性も低くない。
ましてや15年だ、外に出したままでは確実にまずい事になっていただろう。
そして、外に石化した人間が一人もいないのもルドランが動かしたり、テントを張ったからなのだろう。
「フィリナ、一日あたり何回くらい石化を解呪出来る?」
「今の私の魔力は人だった頃よりもかなり大きくなっています。
それを放出すれば一日70人程度は可能でしょう」
「倒れられても困る、翌日には回復する程度の魔力消費が前提で何人だ?」
「そうですね、20人づつなら」
「なら、そのペースで頼む」
なにせ、最終的には200人近い数をこなさなければいけないのだから。
疲れて倒れましたでは、あまり意味がない。
しかし、パワーUPしているフィリナが一日20人というくらいなのだから、
石化の解呪というのはかなり消耗が激しいのだろう。
「普通は、儀式場を造って数人がかりらしいが、一人で大丈夫なのか?」
「儀式場というのは、基本陣さえしっかりしていれば問題ないのです。
後の形式はその人の集中力を高めるためにあります」
「そうなのか」
「ま、フィリナの実力は折り紙つきなんだから、ゆったり見ているしかないな」
「……そうだな」
ルドランも自分が何もできない事は知っているのだろう下唇を少しかんだものの、見ている事にした。
フィリナにはあまり無茶をしてほしくはないが、後々のためにもここはこの村に恩を売っておきたいのも事実だ。
この世界に来て思ったのは、情報の正確さというのはかなり重要だという事だ。
冒険者協会からの依頼書も俺達が受けた依頼の三分の一くらいは何がしかハプニングが起こっている。
これは、情報の正確さが低い事を意味する。
もちろん、協会員が情報を収集して精度を上げるように努めているが、依頼直後にまでそう言う事は出来ない。
冒険者協会の依頼はそもそも最初に行く冒険者がいて初めて正確な難易度が分かるというものも多いのだ。
だから、失敗したパーティから得られた情報も後から書き記される。
そう言う事なのだ、日本にいた頃のように、起こった事がかなりの確率で分かるなどという事はない。
ネットで情報収集すると嘘や誇大広告もあったものの、幾つかの情報を統合すれば先ずそこそこの情報精度があった。
しかし、今は情報収集の基礎である現場で確認、素早く情報を共有という理屈は使えない。
現場で確認しても早くて数日、遅ければ何週間もかかってようやく共有される。
遠隔地ともなれば何年も、もしくは一生情報が回って来ない事もありうる。
そんな現状を考えればここの仕事がどれくらい俺にとって必要な事なのかという事が分かる。
ともあれ、石化の解除はフィリナに任せっぱなしなので、俺とルドランは食事を作って待つ事にした。
30分ほどして、一人目の石化解除が成功したようだった。
「最初ですから、時間がかかってしまいましたが呪いの逆算はほぼ終わりましたので次からはさほどかからない筈です」
「ありがとうございます! 何とお礼を言ってよいやら……」
最初に石化を解除されたのは、体格のいいおばちゃんだった。
なんとなく、一番近くだったので選んだという。
まあ、特になんの義理もないのだから法則性なんてそんなもんでいいと思うが。
「ウッディノおばちゃん!」
「え……あんた……誰だい?」
「あ……すいま」
「もしかして……ルドラン……なのかい?」
「ああ、もう15年経ったからね……」
「そんなに……」
ルドランはウッディノとかいうおばちゃんと話を始めた。
どうやら上手くいったようだとホッとする。
フィリナに俺は目配せをし、フィリナも少しだけ口元がほころんでいる。
だが、フィリナはそのまま次の人の石化を解呪し始める。
日が暮れる頃には20人の石化を解呪し終えた。
ただ、だいたいの人達はルドランや俺の説明で納得してくれたのだが、
何人かは直ぐに自分の知り合いや家族の石化を治せとか、生活物資をよこせとか、いろいろ問題が出始めていた。
だが、ルドランも或る程度は予測していたらしく、
俺達を村長の家らしき場所に送ると、出入りをさせないように見張りに立ってくれたりした。
そうやって、数日20人づつのペースで石化を解呪して行った結果、村は100人以上の人が戻って来ていた。
「この調子なら後3日ほどで全員の解呪が終わりそうだな、フィリナ大丈夫か?」
「はい、特別辛くないペースですし、生前とは魔力総量が違います。流石に昔では数人が限度だったと思いますが」
「ならいいんだが……」
次第に明るくなっていく村人たちやルドラン、俺や恐らくはフィリナもその事を喜んではいたが……。
思ったよりも、村の備蓄が少ないようだった。
全員解放してしまうと、一カ月分持たない、それもそのはずで15年前の食糧は当然使い物にならないし、
畑も荒れ放題、木の実や狩りでとれた動物やモンスターを含めても周辺の実りには限界があった。
元々生活が苦しいから間諜のような仕事をさせられていたのだ、備蓄が全滅、畑も最初からとなると……。
とりあえずルドランが狩りに精を出しているからもう数カ月はもつという話だったが。
頭の痛い問題だった。
「やはり、村が完全に治ったら、直ぐに何らかの仕事をしてもらう必要があるな……」
「とはいえ、需要があるでしょうか?
下手をすると暗殺ギルドに人員が吸い込まれてしまう可能性も……」
「需要……需要ね」
俺は正確な情報がほしい、それは間違いない、しかし、元手がない。
元手がないなら、借りるというのも一つの手段かもしれない、幸いにして俺には金持ちの知り合いが一人いる。
問題は彼と上手く結びつけるのかという点だ、売り込みという線では問題ない。
ソレガンは金持ちだが、父親が商売をしていても自分が独立している訳ではない。
だが跡継ぎで、それなりに人望もあるようだ、ならば独自の情報網がほしいと考えていないとは思えない。
もうすでにある場合はどうしようもないが、そうでなければ売り込む価値は十分にある。
「方向性は他にはないだろうな……」
問題は、この村が公国に見捨てられた土地であるという事だ、
ルドランによるとこの辺りは大公直轄領でもアーデベル伯爵領でもないらしい。
しかし、関所も存在していない。
そもそも、こんな山ばかりの場所だから人の行き来がほとんどない。
村人が活動しなくなってからは、ルドランが行き来していただけだという。
畑にし辛い土地である事も災いしていたそうだ。
「まあ何にしても、俺に出来る事は食事を作ったり、村人を元気づけるくらいだが」
「そうですね、それはよろしくお願いします。では、私は解呪の続きをしてまいります」
「ああ、ほどほどに頑張って来てくれ」
石化の解除に範囲型のものはないらしく、ひたすら個人個人の石化を解呪し続けるフィリナ。
正直少し心配だったが、数日経ち、何事もなく最後の一人まで終わらせる事が出来た。
村人は子供から老人まで全てがフィリナに感謝し、ルドランもまた称えられた。
俺は何もしていないので、その他として酒盛りには付き合ったものの、名前を覚えてくれたのかも怪しい……。
だが、お別れの日は皆一様に寂しがってくれた。
もっとも、俺の仕事はこれからな訳だが、村長には話をつける事が出来た。
村長も村の今後は当然気にしていたので、俺の話は渡りに船だったようだ。
ただ、成功する可能性がまだ微妙な所なので、村を捨てる準備も進めるようにお願いしたが。
「責任重大だな……」
「はい、出来るだけ急いでカントールに向かったほうがいいでしょう」
「うん、そうだな。アコリスさんから伝えてもらうのが一番だろうしな」
「はい」
村を出た俺達は、また山道を進みながらも、カントールへと急ぐ事と相成った……。
先にカントールへとたどり着いたティアミス達”日ノ本”メンバーは、先ず冒険者協会に顔を出す事にした。
冒険者協会は、しかし、たどり着いてみると凄い喧騒に見舞われていた。
普段は依頼を見に少しだけ顔を出すようなタイプの冒険者や、依頼を長く受けずに半ば辞めているようなのまでいる。
特に女性の冒険者が比率敵に多いのが更におかしさを増していた。
ティアミスは眉を寄せると、人ごみをかき分け、中に入り込んで行った。
元々彼女らは一度報告をしておきたかったし、ティスカの冒険者登録が可能かを聞かねばならなかった。
「本当に邪魔ね……、ティスカ、ついてきてる?」
「なんとか……むぎゅ、ついてきてるのだー!」
「私がリトルレィディを守る以上、潰される事等ありませーン!」
「もうつぶれ取るがの」
「むぎゅー」
「おお、リトルレィディ大丈夫ですか?」
「ダイジョウブなのだ!」
ともあれ、そんな喧騒の中、それでも果敢にアタックを試みたティアミス達はどうにかカウンター前まで来る事が出来た。
しかし、カウンター前には既に別のパーティが居座っており、そのパーティこそがこの混雑の原因のようだった。
ティアミスは半目でそのパーティをにらみつける。
どんなに有名なパーティかは知らないが、この状況は冒険者協会に対する営業妨害に近い、
ティアミスの心理としても邪魔で仕方ないのも事実、文句の一つも言ってやろうかと思った。
「ああごめん、占有する気はないんだ、お先にどうぞ」
「ええ……どうも」
どうやら5人パーティのようだ、一人はフードをかぶっていて誰かは分からないが、リーダー風の男はやたら愛想がいい。
だが分かる、全員かなりの高レベルだろう事が。
しかし、それよりも気になる事があった、それはリーダー風の男から漂う背筋の寒くなるような感じ。
それはティアミスにとっては懐かしく、そして思い出したくないものだった。
そう、姉と同じ天才というよりも運命に選ばれるもの独特のオーラとでも言えばいいだろうか。
これだけの人が集まった理由もなんとなくわかる、ティアミスの姉は確かにそう言う部分があった。
放っておいても人が集まってくる、彼女の周りは彼女の信奉者ばかりになる、そう、好意が当たり前なのだ。
それは、ティアミスにとって薄ら寒いと言っていい感覚がった。
「……遠慮なく、先に使わせてもらうわ」
「うん」
じっとりと汗が出る、その男の近くに行きたいような、そんな感覚も存在する。
しかし、それ以上にトラウマがその男に対し恐怖をもたらしていた、だから顔面が蒼白になっていたのだろう。
男は何気なくティアミスの額に手を伸ばしてきた。
「触らないでッ!!」
「あっ、ごめん……なんだか顔色が悪いようだからさ」
「ええ、貴方が近くにいると胸が悪くなる、さっさと離れて」
「なんニャ! ヒデオが何をしたって!!」
「……ごめん」
「ヒデオ?」
「行こう、確かにお邪魔みたいだ」
相手が去ったのを見てようやく一息つく。
しかし、当然ながら周りからは白い目で見られていた。
「どうしたのだ? さっきの人格好良かったのだ! 何か問題があるのだ?」
「ええ……アタシは天才が嫌いなの……」
まだ腕が震えていた、汗が止まらなかった、
ティアミスにとって衝撃だったのは、彼が姉に匹敵するかもしれないという恐怖だった。
姉のような存在が二人といるわけがないと思っていたティアミスだったが、もしかするとそれ以上かもしれない。
あの男はそう思わせる片鱗すら漂わせていた。
そう、気を張っていないとあの男に充てられてまるで彼を中心とした劇の中に入り込んでしまうような。
人は自分の世界の主役という、しかし、彼や姉は他人の世界で主役になってしまう。
そう、自分の世界の主役を乗っ取られてしまうのだ。
それは、恐ろしい話だった、ティアミスは胸をかき抱きようやく落ち着くとカウンターに向かう。
もう、人はいないようだった、あの男を追いかけて去って行ったのだろう。
「よほど嫌いなのね、天才が」
「レミット……」
「お久しぶり、っていうほどでもないかな?
ラリアを回ってくるっていってたけど、依頼とかは受けなかったの?」
「途中でこの子を保護したのよ。それでどうしようかなーってね」
まだ顔は少し蒼かったが、ティアミスは受付嬢のティス・レミットに微笑み返す。
レミットも少し当てられていたようにも見えたが、百戦錬磨と噂されるだけあって、既に平常を取り戻しているようだ。
もっとも、ティアミスが嫌いなのは単なる天才の事ではない、いわゆる劇場型とでも言えばいいのだろうか、
その人がいるだけで舞台が出来上がってしまう、天命とでも言えばいいのだろうか、それを持つ者だった。
三つ編みとちょっと浮いたそばかすがチャームポイントの友人と言っていい受付嬢には流石にその事を伝えてはいたが、
やはり慣れないとティアミスは思う。
「でも、誰なの? あの男が幾ら惹きつける存在だとしても、あの集まり方は異常よね?」
「ええ、そうね。でもパーティそのものが有名なら別でしょ?
精霊の勇者として最近売り出し中のヒデオ・テラシマ・リシューヌとそのパーティらしいわよ」
「リシューヌ!?」
「そう言う事よ、精霊女王の刻印を受けたものだけが名乗れるっていう精霊の加護を持つ家名」
精霊女王と呼ばれる存在、それは地火水風の4属性の精霊王達を従える、精霊の頂点。
肉体はないが、かりそめの姿を人の前に現す事はあるとされる。
そのかりそめの姿は若い女性であることから精霊女王と呼ばれる。
その力は、魔王に匹敵するとされ、入植した人や妖精たちの領土の実質的な守護者といっていい。
ソール神だけをあがめるソール教団とは、折り合いが悪いものの、
それでもアルテリアを中心として精霊の血族と呼ばれる力あるものを生み出し世界に干渉している。
中でも、リシューヌの家名を与えられたものは精霊女王本人の加護を得られるという噂があった。
「とんでもないわね……」
「ええ、こちらに何をしに来たのかは知らないけど、厄介事が無いわけはないわね」
そして、ティアミスだけではなく、ヒデオに当てられていないものならば分かる。
そんな大物が何の理由もなく来るはずもないと、かなりの厄介事がこの後起こるだろうと。
「出来れば一生関わりたくないわね」
「ええそうね」
「喜んでたくせに」
「それとこれとは別よ。可愛い顔してるじゃない、彼」
「ミーハーねぇ……」
ティアミスははぁとため息をつくとパーティメンバーを振り返る。
ティスカは少し影響を受けたかもしれないが、長時間いなかったのでさほどでもないようだ。
ティアミスはあの手の人間に影響された人の心理状態をよく知っている。
姉の近くに常にいたのだ、姉に恋して村の外からやってきた男共がどういう反応だったかはよく知っている。
そう、あの男の周りにいた女は殆どがそうだった、特にパーティにいる3人の女の目はおぞ気が走るほど。
そういう影響は一瞬で起こるものでははいので、さほど心配してはいなかったがやはり確認して見ると安心する。
ともあれ、当初の目的を果たさなくてはと考えレミットに目配せし、ティスカを促して受付けへと向かわせる。
「それで、この娘どういう子なの? 攫ってきたわけでもないんでしょ?」
「ええ、ちょっとややこしい事情があってね」
「うちは魔物使いなのだー!」
「えっ……」
「うん、まあそう言う事なの……」
冒険者の職業として、魔物使いがいた事は確かにある。
しかし、世界を見ても今魔物使いとして登録されている冒険者はいない。
はっきり言って使える人間がいないのだ。
魔物は倒して金を稼ぐというのが冒険者の基本スタンスであるためという事もあるが、
凄まじくセンスが必要になるため、技術の継承が協会に受け継がれていないと言う事なのだ。
そのため、冒険者協会としても扱いに困る業種でもある。
「本当なの?」
「ええ、彼女が何度か魔物を使役したのを確認しているわ。
なんでも、魔物使いのおじいさんから教わったそうなんだけど、もうそのおじいさんは……」
「縁者とかはいないの?」
「そのおじいさんも彼女をその……、引き取ったのよ」
「……そう言う事、おじいさん本人も世捨て人同然ってことね?」
「ええ、だから彼女もまだ常識は殆どないわ」
ぽややんとしているティスカをティアミスとレミットはため息をつきたくなる気持ちで見ている。
自分の事という自覚があまりないのだろう、仕方ない話だが身の上等、彼女自信は普通だと思っている。
「それで、その娘をどうしたいの?」
「パーティで引き取ろうかとも思ったんだけど、私達家にいない事のほうが多いでしょ」
「そうね……、私にできる事は預かるだけよ、それも長くて一カ月くらい。
それ以上は流石に難しいと思うわ」
「それだけでも十分よ! 持つべきものは友達ね♪」
「友達って……貴方ねぇ……」
レミットは呆れ気味にティアミスを見るが、ティアミスは拝み倒すばかりだ。
何年か前は同じパーティにいた関係上、レミットもどうしても甘くなる。
それをついているある意味卑怯な作戦だった。
しかし、ティスカのためにはこれが一番いい方法ではないかとティアミスは考える。
レミットなら前の依頼との関連性もおおよそ察しているはずだからだ。
今さらアッディラーンの司法に引き渡されても困るのだ。
色々問題はあるが、シンヤとの信頼関係の問題でもある。
出来ればしっかりした引き受け手を探したいところだ。
「じゃあティスカちゃん、今日からよろしくね?」
「ティアミス……うちは……。もっとみんなといたいのだ……」
「そのためには先ず常識を勉強しないと。
貴方の魔物使いとしての力は凄いけどこの先前のような事があってはいけないわ」
「……でも……」
「駄目よティアミス、そんな言い方しても。ティスカちゃん、実は私ケーキ作ってあるの」
「え?」
「私と一緒にお勉強してくれたらあげるんだけどなー」
「うっぐぅ……」
「ほーら、美味しそうでしょー♪」
「ほっほんのちょっとだけなら……」
「お勉強が全部終わる頃にはティアミス達もまた連れて行ってくれるからがんばろーね?」
「うっうむ……わかったのだ……」
結局食べ物につられてしまうティスカだった……。