俺とフィリナはカントールまでの道のりを走り続けた。
特別意味のある行動ではないが、体を鍛えるのを疎かにする事は出来ないと思っているからだ。
幸いにして、俺も今や並の冒険者くらいの強さは持っている、魔族の力を解放すればベテラン並までいくかもしれない。
しかし、まだまだ上にいる奴らがいる、数えるのも馬鹿らしいくらいに。
気を抜けばそういう輩に自分の足場を崩されてしまいかねない事はよく知っている。
例えばてらちん、あいつは強さにおいてもかなりのものだが、俺の立場を無くす事にかけては天才的だった。
おかげで恋愛恐怖症になってしまうほどに。
ティアミスとは良好な関係を維持していると思っているし、今のフィリナも何か言いたげに感じる。
しかし、それが何なのか知るのが怖いと思ってしまう。
知れば崩れさる気がするからだ。
「全く、とんだ臆病ものだな俺は……」
「はい、チキンですね」
「うわ!? 聞いていたのか」
「私がついて来れないとでも? これでも元はAランクの冒険者ですよ」
息を切らす事もなく追いかけて来ているフィリナ、
今は山岳部を走っているので変装の必要もないし、山を抜けるまではそのままでいるようだ。
そう、サファイアブルーと言えばいいのだろうか、無造作にたらしている深い青色の髪と青い瞳の取り合わせ。
フィリナの容姿はこの世界でもあまり見ないものだ。
俺の知る限りではもう一人、フィリナと比べればかなり薄い色ではあるが、
後輩冒険者のエリィ・ロンドが青系統の髪色をしている。
2人に共通項があるのかどうかはわからないが、どちらも何か気品のようなものがどこかに感じられるのが気になった。
それはともかく、フィリナは今とても口が悪い。
しかも、リンクしているわけでもないのに俺の内心を読むものだから性質が悪い。
恐らく、流出した俺の過去の記憶から俺の行動を予測しているのだろう。
最近はラドヴェイドが眠ったままで返事がないせいもあって、2人になるとフィリナの独壇場と化していた。
「いい加減、私の事くらいは信用してくれてもいいのではないですか?」
「信用?」
「ええ、元の人格に遠慮しているようですが、今の私は今の私だと割り切ってください」
「……今の人格は元の人格とは別人であると?」
「そうは言っていないのですが……、そう理解しているならばそれもいいです」
「……?」
「ともあれ、忠実なシモベである私を信頼できないというなら、この場で殺してもらってもかまいません」
「そんな事、出来るはずないだろ!!」
「ならば、居場所を下さるという事ですね?」
「居場所……そう、だな……」
俺自身の居場所すら不安定な今の状況で彼女にそれを言う事は嘘にならないだろうか。
また、本来のフィリナに対する裏切りにならないだろうか。
色々と渦巻く物はあった、しかし、確かに今いるフィリナは彼女であり、彼女は俺がいなければ……死ぬ。
せめて、元に戻る方法が分かるまでは俺は遠慮せずに彼女に接するようにしたほうがいいのかもしれない。
ただ、彼女の力に頼りっぱなしになってしまわないか心配だったが。
「因みにマスターが私の事を頼りっきりにするという事はありえません」
「何故そんな事が分かる?」
「それは、信頼されたい、役に立ちたい、そう考えている今の貴方の行動方針の間逆ですから」
「う”っ……」
やっぱりなんでも読まれてしまうのは苦手だ。
フィリナはいたずらが成功したという顔で俺を見ている。
元々の性格だったらどうだったのか、それは分からないが、
嬉しそうにしているフィリナを見るとこれはこれでいいのかもしれない。
そう思ってしまう俺に苦笑するしかなかった。
街道に出る前にフィリナは黒髪と三つ編み、やぼったい化粧を施しアルアの変装をする。
体型までは変えていないが、そんな事をしていざという時動けなくても困る。
体の線の見えにくい服を着てごまかすが、大きな胸だけは主張していて目のやり場に困るな……。
「しかし、着替えを覗く事もしないとは飛んだチキンもあったものです」
「いやいや、常識的に考えてそれはどうかと思うぞ!?」
「妄想は渦巻いているのに?」
「グハッ!?」
吐血しそうだよママン……、この使い魔の一体どこが絶対服従なんだよママン……。
絶対、どこかの性悪な(ピー)とか(ピー)が乗り移ってるに決まってるよ。
だからママン、もう、ゴールしてもいいよね……(泣)
「おフランセ語で嘆いても何も変わらないと思いますが」
「だから心を読むな!!」
「いえ、過去の行動からの分析です」
「へぇ、分析ってすごいんだねぇ……」
リアルタイムすぎるわ!!
っと、愚痴ってばかりいても始まらない。
もう諦めの境地に達していた俺は、
その日は街道で野宿し、2日ほどでカントールの街までやってくる事ができた。
ティアミス達と別れてもう二週間以上経っている、パーティ”日ノ本”が既に次の依頼をしていてもおかしくない。
しかし、アコリスさんにソレガンへの融資依頼の件も伝えないと。
色々とやる事が多いので、俺は緊張していた。
「おかしいですね?」
「何か……、ああ、なんだこの人だかりは」
そう、そのせいで町の中に入るまで気がつかなかったが、凄い数の人がやってきていた。
明らかにカントールの町の人口を上回っている、周辺の村やもしかしたら伯爵領の外からも来ているのかもしれない。
集まっている人の種類も雑多で、農民、冒険者、商人、旅芸人、貴族らしき姿もあった。
そして、その人たちと押し合いへしあいしながら列の整理をしているのは……。
「プレートメイルがやけに綺麗だな、もしかして……どこかの国の騎士か?」
「あれは……聖堂騎士団」
「聖堂騎士団……もしかしてソール教団の戦力か?」
「はい、ソール教団は神聖ヴァルテシス法国という国を有していますから。その国の騎士団でもあります」
「でもある?」
「同時に、ソール教団の直轄でもありますので、紛争以外にも宗教的に使われる事も多いのです」
「なるほど」
まあ、宗教国家ならそう言う事もあるだろう。
普通の国だって、騎士は基本的に他の国に対する俺達はこういう兵隊を持っているから強いぞ、
という示威行為の意味合いもあったのだから。
しかし、それはともかく、そんな騎士団が護衛する人というのは少し興味がある。
とはいえ、こんな状況じゃ分からないな、一つ”桜待ち亭”までいって、アコリスさんにでも聞いてみるか。
アコリスさんはかなりの情報通だからな。
そうして、”桜待ち亭”までやってきた俺達だったが、そこにも違和感があった……。
こちらも、昼時でも、夕食時でもないのに、かなりの賑わいになっているし、どうにも立ち見客が多い。
誰か有名人でも来ているという事なのだろうか?
外で突っ立っていても始まらないので、隣の奴に聞いてみる。
「おっちゃん、何の騒ぎだ?」
「おっ、アルバイトじゃねーか、最近見かけなかったがどうした」
「少し遠征をね、そろそろベテランを目指したいと思って」
「そっか、何も出来なかったお前がねぇ……っと、この野次馬か?
なんでもアルテリアから精霊の勇者一行が来てるらしいぜ。
法国の聖女様も町にいるらしいし、今は町全体が騒ぎになってんだろ」
「なるほど、あっちは聖女様だったわけか」
俺とフィリナ(アルア)は目配せを交わす。
悲しいながら聖女様と正面から向き合える状態に今の俺はない。
だから、あまり聖女様に近づくのはやめておいたほうがいいという事だ。
同じ理由で精霊の勇者もあまりお近づきになりたくはなかった。
どちらにしろ、俺が魔族だとバレれば殺されてしまうかもしれない。
更には、神聖ヴァルテシス法国の重鎮ともなればフィリナの事に気付かれる可能性もあった。
フィリナと顔合わせした事も多いはずなので、
俺の知らないフィリナだけが持つ特徴を把握している可能性も否定できない。
「触らぬ神にたたりなしというし、冒険者協会のほうにいくか」
「ティアミス達というよりティスカの事が心配なのですね」
「まあ、この分じゃアコリスさんに会うのは夜になってからにしたほうがよさそうだ」
「魔族化の隠蔽が100%確実かはわかりませんからね」
「そう言う事だ」
ラドヴェイドに言わせれば完璧なんだそうだが……。
勇者にあれだけやられているんだから、どこか抜けている情報がないとは限らない。
係らないのが吉だな。
そうやって、”桜待ち亭”をやり過ごし、冒険者協会へと向かう。
幸いにして”聖女”人気で殆どの人がそちらに詰めており、一部のミーハーは精霊の勇者に向かったらしい。
この人気の差は精霊女王とソール神の信者の量の差が如実に表れているともいえるらしい。
それに、”聖女”は歌で奇跡を起こすとか、どうしても皆そういった何かに期待するものだし、
精霊の勇者は基本的に戦いが専門分野だ、そうなると人気がどちらに傾くかは信者云々を度返ししても変わらないだろう。
「まあ、俺には縁のない話だがな」
「そうですね、縁があっても逆に困りそうですが」
「否定はしないがね」
そうしている間に、冒険者協会にたどり着く、町の中央部にそびえる塔と言ってもいい威容、この町のシンボルに近い。
実際、俺が召喚され、町が壊滅的打撃を受けたあのラドナが以前は最前線という感じだったが、
復興中の今はラリア王国内の対魔王領の最前線、まああくまで冒険者達の最前線がこのカントールなのだ。
だから、人も多いし、冒険者も多い、以前から多かったらしいが、今やラドナの冒険者協会と合併している。
魔族の貴族を狩った事があるという”銀狼”も元はラドナに登録していたパーティらしい。
場合によっては”銀狼”こそが魔王を倒して勇者のパーティとなっていた可能性もあるとか。
まあ、強さは比較しようもないので分からないが。
「レミットさんはいるかな……?」
「そういえば、ここの受付け嬢では彼女としか会った事がないのですが……」
「それは聞いてはいけないお約束らしいよ……」
「なぁに話してるのかなー?」
「うおっ!? レミットさんお久しぶりです」
背後からいきなり出現、よく見ればフィリナ(アルア)は知らんぷりをしている。
示し合わせたのだろう……本当に何を考えているんだか。
「お久しぶりね、ようやくお帰りなのね。
ティアミス達だったら、今あの娘の引き取り手を探していろいろやってるみたいよ」
「なるほど、それでティスカは……」
「私が冒険者の心得を伝授している最中よ、感謝しなさいよ。ロハ(無料)でやってあげてるんだから」
「それはもう、海よりも深く感謝していますって」
実際そうなんだが、ちょっとおどけたせいだろう胡散臭げな目で見られてしまった。
レミットさんはちょっと浮いたそばかすがチャームポイントな黒髪三つ編みの女性。
髪型だけならフィリナ(アルア)のカツラとさほど変わらないが、ころころ変わる表情と明るさには助けられている。
ティスカを預ける話しはティアミスから出たものだが、俺も安心していいと思っている。
「それで、ティスカはどうです?」
「物覚えはいいわよ。
あの年齢だし、言った事はすぐに吸収するわ、ただ基本的な常識が欠けてるから少し時間がかかりそうね」
「そうですか、よろしくお願いします」
「うーん、それはいいけど、寝泊まりのほうは早く探してあげてね。
いつまでも、私の家でッて言う訳にもいかないしね」
「……はい、頑張ります」
仕方ない話だが、こちらのほうにもタイムリミットありという事になりそうだな。
人助けをしたいというのは嘘じゃない、この世界に来てからの俺は充実しているといっていい。
英雄になりたいとか、上に立ちたいとか言う考えがないでもないが、
それよりもやはりこの世界の素朴な人々に辛い思いを味あわせたくはない。
まあ、全ての人が素朴というわけでもない、例えばフィリナを殺す依頼を出したソール教団上層部は許せないし、
ティスカの常識のなさを利用した釣り人も許せない。
暗殺ギルドも出来れば解体してやりたい。
だから、もっと力が必要だ、一人一人の力が強くなくたっていい。
最終的に守りたいものを守り通す事が出来れば……っと、脇道にそれてしまったな。
そんな思考をしている間に、ティスカが階段を下って来ているのを見つけた」
「おーシンヤなのだ! アルアもいるのだ!」
「ティスカ久しぶり」
「お久しぶりです」
「久しぶりなのだ! みんな忙しくてあんまり会いに来てくれないからさびしかったのだ」
「そっか、まあそれは仕方ないだろうが。もう少ししたらまた会いに来れるようになるさ」
「そうなのだ? だったら今日はうちと遊ぶのだ!」
そう言って、ティスカに腕を掴まれ引っ張られていく俺。
こうして嬉しそうなティスカを見ていると、あの時助けたのは無駄ではなかったと思える。
自己満足と笑われても、やはりやりたい事はこう言う事なのだと思えた。
元の世界に帰っても、こういう俺であれればいいと思う。
「こっちなのだ、今妹分達が来ているのだ!」
「妹分?」
「そうなのだ!」
嬉しそうに走っていくティスカについて俺も行く。
時々走らないと追いつけなかったりする辺りかなり早いのかもしれない。
そして、ティスカが向かった先は、冒険者協会の裏に当たる部分だった。
そこには庭園のようなものがあり、一般開放されていた。
いわゆる中央公園ということになるのだろうか。
そこでは、見知った子供が数人の友達と遊んでいる。
「あー、てぃすかちゃんだー」
「なにー、あのえらそうなやつかー!?」
「お兄ちゃんもいる!」
「おにいちゃんってあのたいしたことなさそうなのか?」
「おにいちゃんをわるく言わないで!」
「皆ちゃんと待ってたのだ?」
「うん!」
「へっ、おまえのためじゃねーよ!」
ツンデレ君がいる、やるなティスカ……。
ってネタはともかく、子供達が集まっているのは砂場のようだった。
なるほど、城を作ったりするのはどこの世界でも共通なんだな。
そして、その中には……マーナもいるようだった。
なんというか、随分久しぶりな気がするな。
最初に魔王に飛ばされてきた時、俺が助けた少女。
母親と共にこの町に移り住んできた、栗毛のちょっとおませな子だった。
会ってからもう一年になろうとしているから7歳になっただろうか。
ティスカも直ぐに知り合いになるとは……、流石というか。
「お兄ちゃん、一緒にあそぼ!」
「シンヤはティスカと遊んでるのだ!」
「ならみんなであそぼ」
「それがいいのだ!」
そうして、夕方あたりまで引っ張りまわされてしまった。
しかし実際、ティスカ達は物を良く見ている、俺が知らなかった抜け道や、知らない場所なんかにも入って行っていた。
考えてみれば冒険者協会の建物を詳しく知らなかった俺はかなり感心させられる羽目になった。
「ふう、力いっぱい遊んだな」
「私も一緒にひっぱりまわされたのをお忘れなく」
「ははは、でもまんざらでもなかったろ?」
「否定はしませんが……」
フィリナも口元がどこかほころんでいるように見える。
やはり、子供にひっぱりまわされるのは疲れるが、だがそれはそれで楽しいものだった。
皆感情がまっすぐで、何も隠さない。
それが俺達にはまぶしいと感じてしまう部分かもしれない。
そうして、日が暮れた頃”桜待ち亭”のほうに戻る事になった俺はまだ人が引いていない事をいぶかしく思う。
夕食時の人達とは別に、野次馬が残っているのだ。
精霊の勇者とやらも、金を持っているならもっと高級な所に泊まればいいだろうにと思ってしまう。
それだけ、あそこが人気という事なのだから悪い事ではないのだが……。
「なんなんだか……仕方ないな」
いつもなら、表から堂々と返る所だが、精霊の勇者に見つかって、下手な詮索をされたくはない。
俺は魔族だし、フィリナは使い魔、下手をすると問答無用で殲滅なんて事になりかねない。
それに俺は、別段人と敵対したい訳でもないのだし。
そう言う訳で、バイトとして色々している頃よく使っていた裏口のほうに回る事にする。
「あっ、久しぶりじゃないかシンヤ」
「おばちゃんもお久しぶりです」
「御無沙汰しております」
「おや、この前の娘っ子かい、アンタも磨けば光りそうなのにね。その野暮ったい化粧は辞めたほうがいいよ」
「御忠告痛み入ります」
俺への挨拶もそこそこにバイトに来ている近所のおばちゃんがフィリナ(アルア)に忠告する。
まあ、普通に考えれば損をしているだろうな、元が凄いだけによくわかる。
しかし、そのお陰で判別される事はまずない訳だが。
黒髪に青い目なんていうのもこの世界じゃそれほど珍しくはない。
フィリナは上手い化け方をしていると言っていいだろう。
「そういえばね、ここ一週間ほど精霊の勇者様御一行が滞在していてね、何か探してるみたいなんだよ」
「何か……とは?」
「私らも聞かれたけどね、ほら、邪教だかに手を出してたとか言う元司教様についてさ」
「へー、そんな事を聞いてどうしようっていうんでしょうね?」
「御一行が言うにはハメられたらしいよ、アッディラーンの上層部はかなり腐っているって話しだからね。
生臭坊主どもには新しい司教のやり方が合わなかったらしいのさ」
「……それって、彼らは告発でもしに来たってことですか?」
「それは分からないね、それにもう一つ、聖女様御一行もいるだろ」
「はい」
「あれも同じ理由でアッディラーンへ視察に行く途中らしいよ」
「そうなんですか」
なるほど、確かに俺達の世界と比べれば情報伝達が遅いのだ、
いくら早くといった所でそういうのが動き出すまでそこそこ時間がかかるのは仕方ないだろうな。
でも、ここで調査されれば俺達の事がバレる可能性がある、それに、バレなくてもフィリナは死亡扱い決定になるだろう。
彼女を王子の下に返すという事はかなり難しい事になっている気がする……。
だがおかしいな、情報収集とはいえアッディラーンに向かう途中の精霊の勇者一行が何故一週間もここで滞在しているんだ?
神聖ヴァルテシス法国の聖女と、アルテリア王国の精霊の勇者、どちらも力を持つ宗教の顔と言っていい。
それがワザワザ待ち合わせをするだろうか?
もしかして、俺達の事を何か知られている?
そうでなかったとしても、何らかの裏があるはずだ。
「随分ややこしい話になりそうですね」
「ああ……出来ればうまくやり過ごしたいものだ」
おばちゃんが店内に戻って行ったのを確認してから、ぼそりとフィリナと話し合う。
取りあえず宿は今回遠慮しておいたほうがいいかもしれない。
金がない訳じゃない、どこか別の宿に泊まるとするか。
「少しばかりアレではあるが、”ほの暗き集い亭”にでも行くか」
「あからさまに怪しい名前ですね、その宿」
「実際裏通りのゴロツキやのん兵衛が中心の客層というあまり女性にはお勧めしたくない宿だよ」
「それはつまり、私は女性ではないと」
「そうは言っていないが、俺よりも強いだろ?
気にしなくても金払いのいい客にはそれなりの対応をしてくれるよ」
「泥棒宿という訳ではないのですか?」
「いいや、その心配はない。一応警備隊の巡回地域でもあるしね」
「そのあたりカントールという町はしっかりしていますね」
「俺も詳しくは知らないが、やり手らしいよここの領主は」
「そうなのですか……、アッディラーンがアレなだけに信じられませんね」
「ははは……確かに」
実際否定のしようもない話なので、うなずくしかない。
カントールとアッディラーンの状況があまりにも違っているので、俺自身不思議に思っているくらいだ。
アッディラーンがあれだけ袖の下や、不正が横行する金の亡者達の街と化しているのに、カントールはさほどでもない。
冒険者が中心となって活気こそあるものの、政治は滞りなく行われていて、住みやすいと感じる。
領主であるアーデベル伯爵がよほどのやり手であるという事になるのだが、表立っては領主を見た事もない。
謎が多い町だった。
ともあれ、それでも裏通りに出ればやはり人相が悪いのがごろごろいるのは仕方ない。
冒険者だってチンピラと変わらないようなのもそこそこいる。
あまりに問題が多いものは除名処分にされるものの、上手くやるなら傭兵団だって組織できるのだ。
そんな状況なので恐らくこの界隈のゴロツキの何割かは冒険者なんだろう。
そう感じさせる動きをしている者もいる。
「へっへっへっ、兄ちゃん、羽ぶりよさそうだなあ。俺にもッへぶし!?」
「こういう感じにすればいいのですか?」
「いや、それはやりすぎだろう……騒ぎになる前に逃げるぞ」
俺から財布を奪い取ろうとばかりに、背負い袋に延ばされた手を引きこみ交差法気味にエルボーを叩きこむフィリナ(アルア)。
俺は慌てて彼女の手を取り宿に向かって走り出す。
チンピラくさいやつは追って来る様子はなかった。
恐らく、戸惑っている間に逃げたのが正解だろう。
「財布を守ってくれた事は礼を言います」
「当然です。私の生命線でもありますから」
「また身も蓋もない……。しかし、アコリスさんに話が出来ないのはまいたな。
まあ、そのうち精霊の勇者も出て行ってくれるとは思うが」
「そうですね、その間だけでもこの町から避難した方がいいかもしれません」
「そんなにまずいのか?」
「精霊の勇者は兎も角、聖女一行は私の事を調べに来たのでしょうから」
「同じソール教団、それも司教、いや勇者のパーティいたと言う意味でも知名度がたかいもんな」
「はい、それに私は彼女が来るまでは聖女と呼ばれてもいましたので」
「え?」
「彼女自身は多分私の事をどうこう思っていないと思いますが、彼女の周囲はそうはいかないはずです」
フィリナは無表情ながらも真剣に話をしていることが分かった。
つまり、聖女一行に見つかればフィリナの立場は更に悪化する可能性もあると言う事。
いや、そればかりかその場で俺を含めて浄化(殺)される可能性すらあった。
「そうか、うかつに町を動き回るのも難しい事になってきたな」
「はい、その犯罪者の巣窟にとりあえずは泊るとしても、あまり長居はしないほうがいいかと」
「犯罪者の巣窟って……」
だが実際、長居出来ないとなれば明日にでも旅支度を整えてここを立った方がいいかもしれない。
聖女と精霊の勇者が手を組んでフィリナの捜索を始めでもしたら、正直考えたくもない事になりかねない。
俺の正体がばれ、殺されればフィリナも消滅する、そうでなくてもフィリナは俺から離れるのは難しい。
最低限この条件をクリアできないと、フィリナをレイオス王子の元へ返すのは不可能だ。
つまり、八方ふさがりと言う事になる。
「じゃあ、明日は買い物をしてそのまま出発という事でいいか?」
「はい」
そうやって、逃げる算段を整えた俺達は”ほの暗き集い亭”に向かう事となった。
しかし、チンピラ共の喧騒に包まれているはずのその宿は何か独特の熱気というか威圧感に支配されていた。
それは、バーのカウンターに座っている男から放たれている気のせいだ。
気というか圧倒されるような空気、殺気ではないが、いつでもお前たちを殺せるというほどに強力な威圧感をはなっていた。
「ったく、碌な奴らがいないな……こんなんじゃ……ん?」
「え?」
「!?」
カウンターから振り返り、俺に視線を向けたのは……。
ロロイ・カーバリオ、元勇者のパーティメンバーであり、桜待ち亭を俺に紹介してくれた盗賊だった……。