ロロイ・カーバリオ、盗賊としてのスキルは一流と言っていい存在。
小柄ながら、スピードどころかパワーですら俺が及ぶとは思えない、魔族化しても微妙な所か。
何故なら、着ている装備が、魔力を帯びているのがわかる。
威圧感は本人からも出ているが、装備の凄みも大きい。
それもそのはず。
彼は、魔王討伐の勇者レイオス・リド・カルラーンのパーティで活躍していた事は有名であり、
パーティメンバーは六英雄という名を受けている事もある。
ほとんどレイオスとフィリナの英雄譚と抒情詩で占められるため、どうしても他のメンバーはおまけなのだが。
ただ、フィリナは最近異端者として死んだため、
英雄譚や抒情詩も色々なものが作られ中にはフィリナは魔王が送り込んだ刺客だったとする説まである。
おっと、ようはロロイは英雄としての知名度は同じパーティでもかなり劣るほうであるという事。
そして、それでも、恐らくは盗賊としてはかなりの知名度を誇る存在である事。
犯罪で有名になった盗賊は多いが、英雄として名を残した者は限りなく少ないのだから。
「前に会った時とは面構えが随分変わったな、シンヤ」
「ロロイさんもお久しぶりです」
「フィリナも、っとその姿の時はアルアだったか?」
「ええ、そうお願いします」
一発でフィリナの変装を見抜かれた、というか考えてみれば昔そういう依頼で使ったというなら、
変装道具を用意したのはロロイなのかもしれない。
そうなると、色々まずい事になる気が……。
「一体何があったんだ?」
「あーその、フィリナさんは濡れ衣を着せられてまして」
「今頃急に畏まらなくても、問題ありませんよマスター」
「ちょ!?」
「へぇ、こりゃまたマニアックなプレイを、レイオスが聞いたら泣くな」
ひぐぅ!?
なんでまた行き成りそんな下手するとバレそうな事を……。
良く見れば、フィリナは俺に向かって親指を突き出しながらドヤ顔をしていた。
ロロイは半目というか、生温かい視線を返してくる……。
勇者のパーティってこんなだったっけ?
最初の印象と違いすぎない……?
「冗談はさておき、ロロイ、貴方は既におおよその情報をキャッチしているのでしょう?
ここで待ちかまえていたのも、恐らくはその上で話しがあるから。違いますか?」
「流石、長い事同じパーティやってただけはあって良く分かってらっしゃる。
だがまあ、幾つかはっきりしない部分もあるがね」
「そういえば貴方は遺跡発掘が専門でしたね、探究心は魔法使い並みという事ですか」
「まあ、否定はしない。しかし、フィリナも随分言うようになったもんだ。ウブだった頃が懐かしいよ」
「変わらないとでも思っているのですか?」
「……」
フィリナとロロイの会話、かなりすれすれの話しをしている、表面上はそれなりに漫才っぽいが、
どちらも相手の考えを探りながらという感じを受ける、正直フィリナがここまで出来るとは思っていなかったが。
それは、ロロイも感じているのだろう最後のほうは黙り込んでしまった。
「俺の知っている情報は、フィリナ、お前が殺されそうになった事、その後はシンヤについて逃げている事。
レイオスが精霊の勇者を連れてこの町に来ている事、聖女を引き連れてアラバルト枢機卿が来ている事。
まあそんな所かね」
「レイオス! それにアラバルト様も……」
「恐らくレイオスなら、今回の事件もみ消しも出来るかもしれん、アラバルト枢機卿なら逆告発も可能だろう。
その上で、フィリナ、何故お前はここにいる?」
「それも知った上でここにいるのではないですか?」
「知っちゃあいない、恐らくという推測くらいはあるがな」
「……」
「……」
俺がやった事の結果なのに、俺は完全に置いてけぼりだった。
そのこと自体は悪い事でもないのだが……。
フィリナが沈黙した理由も、ロロイが沈黙した理由も痛いほどに分かる。
この沈黙は、互いの信頼を削り取る行為になるだろう。
だから、俺に出来る事はこれくらいしかないと思えた。
「ロロイさん……」
「マスター!!?」
「いいんだ、だめなら……俺を拘束でも、実験台にでもしてもらってもいい」
「それは……」
「ほう……」
「実は……」
俺は、流石にはばかられるラドヴェイドの事を抜かしてほぼすべてを語った。
即ち、フィリナの死と使い魔としての再生について。暗殺ギルドについて。
そして、俺の魔族化についても。
ロロイさんも或る程度は予想していたのだろう。
そうでもなければ、フィリナが俺とずっと行動を共にする理由がない。
「死んだ人間を蘇らせた、ね……一つ聞くが、それは同じ人間と言えるのか?」
「……それを確かめるすべは、完全な状態にした後、本人に聞く以外ないですね……」
「私は、私をフィリナであると定義していますが、生前と同じかと言われるとどうなのでしょうね」
「なるほどな。わかった、つまりはこう言う事だな。
レイオスに今知られるとまずいってことか」
「そうなります。今の私はシンヤと共にありますから」
「ふう……なら仕方ないな。おい、レイオス駄目だってよ」
「え?」
良く見ると、酒を飲んでいるチンピラどもに交じってフードで顔を隠した怪しい人物がいた。
もちろん、ここは怪しい人物のたまり場だし、彼がレイオスにしては覇気がないというか、ひどく普通に見える。
しかし、それも一瞬後、フードを取り払うまでだった。
取り払ったと同時に、覇気とでも言えばいいのか、それともオーラとでもいうか。
レイオスである事がはっきりとわかる、その気の解放が行われた。
「私にもわからなかったなんて、随分と隠行が上手くなったんですねレイオス」
「ああ、ここの所婚約者殿から逃げ出す事ばかりだったからな、そっちの修練ばかりしていたよ」
「な……」
「まあ、こう言う訳だ、すまんな」
「シンヤ……」
「はい……す……」
「ありがとう」
「え?」
俺は唖然とした、フィリナを使い魔にした事、当然ながらレイオスには殺されても文句は言えないと思っていた。
だが、心のどこかで俺を殺したらフィリナを完全に元に戻す術がなくなるから殺されはしないかも。
程度の打算はあったが……。
それにしても、礼を言われる事になるとは思わなかった。
何故なら、絶対服従などというおまけがついてくるのだから。
「フィリナが今、こうしていられるのはお前のお陰だ」
「それはそうですが……」
「ほう、フィリナにうしろめたい命令でもしたのか?
その分はきっちりカタにはめないとな」
「やめてください、マスターはチキンなのでそんな事出来ないですよ。
貴方のように、着替えを覘いたり、下着をくすねたりする度胸はありません」
「ウグァ!?」
「グハァ!?」
俺とレイオスは同時に悶絶した。
というか、レイオスが急に身近に思えてくるんだが……。
つーか覗きとか、下着をくすねるとかもう変態レベルじゃ……。
「ちょ、シンヤ君、違うんだよ。覗いたのは偶然だし、下着に関しても俺がとった訳じゃなくてね!」
「はー、つまりいわゆるラッキースケベという奴ですか」
「本人はそう主張していますが、下着は入手経路はともかく、所持していたのは事実です。
ハンカチのつもりで出して、皆に突っ込まれるなどというベタな事をやってましたから」
「ほー」
俺は半眼になって、レイオスを見る。
でも心は、どちらかというと生温かく見守っていた。
いやー、フィリナ本当に容赦ないなー。
レイオスの事好きな筈なんだけど、これだとむしろ可哀そうだ。
「いやいやいや、ちょっと待ってくれ! あれは、そのだな……一つの不可抗力であってだな」
「こういうのをシンヤの世界では、それどんなエロゲ? というらしいです」
「エロゲってなんだー!?」
「レイオス王子……、落ち着いてください。何だかわからないんですがフィリナは復活してからこうなんです」
「はぁはぁ……これは確かに、キツいね……」
運動もしていないのに肩で息をしながらレイオスは言う。
正直、王子様ってやつにもう少し幻想を持っていたんだが……ナイスツッコミというべきか。
ともあれ、呼吸を整え直したレイオスは表情を引き締める。
「事情は大体わかったよ、前の時に俺がもっと本気で頑張っていれば助けられたかもしれない。
正直そう思う、でも、今はその事を考えても仕方ない。
ただ、シンヤ君、聞きたいのだが……、ここでは少しはばかられるね」
「ええ、ここからは移動したほうがいいようです」
「お前らにも分かったか……、ったく、変なのに付きまとわれてるなお前ら。
俺の方は話しはわかった、或る程度の協力はしてやる事にするよ、前に言った事も含めてな。
お前らは取りあえず町から一度出とけ」
そう言って、ロロイさんが指し示すのは店の厨房、そして、理解したレイオスは厨房の下に通じる隠し戸を軽く開ける。
この店も、厨房の下に倉庫が存在しており、倉庫のほうから外に脱出する事が出来る仕様になっているようだ。
レイオスが急ぎ、俺達も続く、戸を閉めた後ドカドカ入ってくる足音が聞こえたが振り向かずに走り出す事にする。
「まいったな、この国は相当に腐っていると見える」
「どういう……」
「あれは公国の軍ですマスター」
「軍ッ!?」
「まあ、表立って活動している訳じゃなさそうだが、どうやってか知ったんだろうね」
「何を……」
「あれは、魔族討伐用の部隊です。即ち」
「目的は……俺……」
「心配する必要はない、魔王退治の勇者達が揃っているんだ、あんな小手先の軍には負けないよ」
「え?」
「マスターが死ねば使い魔も死ぬんだろ?
俺がフィリナを殺そうとする相手に手加減をする必要はないよな」
この時のレイオスの表情はなんというか、楽しそうというか……。
もしかしたら、レイオスはもう会えないかもしれないと思っていたのかも知れなくて……。
復活させる事が出来てよかったと思う事が出来た。
しかし、軍だって……一体誰がそんな事を……。
暗殺ギルドから漏れた可能性は……、あの首の出来次第か。
だが、依頼を出したのがソール教団だったのなら、軍を動かす事は出来ないだろう。
そもそも、使えないからこそ暗殺ギルドなんかに頼ったのだろうから。
軍隊を使う事が出来るのは、大公、領主、騎士団長くらいか、後は独断専行の線があるが……。
軍人が命をなげうってまで俺のような存在を追うというのも考えにくい。
俺が魔族化した事を知っているのは、俺、ラドヴェイド、フィリナ、ティアミス、ルドラン……。
待てよ、魔族化してすぐ、俺は目撃されていたはず……中には一般市民もいた。
夜明け前だし、後ろ姿だけのはずだが、軍に通報されていてもおかしくない。
だが、目撃証言もあいまいな筈のそれで軍が動くとも考えにくいが……、
他のタイミングといえば、せいぜいルドラン達暗殺ギルドとのとの戦いで使っただけだ。
「いったいどうして……」
「それを考えるのはいつでも出来ます。それよりも、今は急いで逃げてください。
少なくとも人目がない場所までいけば、対処のしようもあります」
「そうそう、戦力的には負ける事はないはずだからね、シンヤ君、巻き添えを出したくないだろう?」
「ああ……」
レイオスはどこまでも明るい表情を崩さない、何故あんな風にいられるのだろう。
俺は魔族で、フィリナは使い魔になっている、恨んでもおかしくないのに……。
それとも、フィリナが生きているだけで満足なのか?
分からない……、でも、俺も確かにこんな所で止まっていられないのも事実。
「おおおお!!」
「そうだ、その意気!」
「というか、レイオスも無駄にテンション高いですね」
「いやだからテンションって何?」
「単細胞だと言っているんですよ」
「元々俺は単細胞さ、そんな事最初からわかっていただろ?」
「そう、その通りでしたね」
レイオスがフィリナに話しかけ、フィリナもまんざらでもない様に応じている。
レイオスは変わってしまったとか、そんな事気にしないのだろうか?
だが俺は、やはり元の鞘に戻すのが一番なのだなと確信し、しかし、チクリと胸が痛むのを感じていた。
理由は分かっている、こんな美人で、なんでも出来て、優しい(?)人なんだ俺だって別れたくはない。
だが、彼女のいるべき場所は俺の下じゃない、そんな事は分かっているのだ、だから俺は考えない事にした。
「もうすぐ町の外だ! あいつらは隠密だから門兵と連携していないはず。急げば間に合うぞ!」
「了解!」
「行きます!」
俺達は西側の通用門から外に出る事にした。
そもそも、田畑は門の外にあるので、行き来する人は多い。
基本チェックするのは武装している相手だけだ。
俺達は呼びとめられたが、冒険者証ともなるイレズミを腕をまくって見せればあっさりと許可された。
やはり、手配は回っていないらしい。
「あの森がいい、逃げ込むぞ」
「ああ!」
「はい」
俺達は冒険者になりたての頃、ティアミスと出会うきっかけになったあの森にやってきていた。
あの時は見捨てられたり、洞窟に入ったらオークが潜んでいたりといろいろ大変だったが……。
考えてみれば今も大変なんだから変わらないか。
「ここら辺りは、オークが出現する事が多いから気をつけてください」
「へえ、でもちょうどいい。冒険者でもないとそうそう入ってこれないだろうしね」
「結界を張ります。もう少し道から外れますよ」
「了解」
「わかった」
というわけで、獣道のように踏み固めてあった道から外れ、
茂みの多い所を少し移動してから木の間隔が広い場所に結界を張り俺達はそこに座りこんだ。
まだレイオスとの話し合いが終わった訳でもないからだ。
「さて、俺が聞きたい事は今後の方針だよ。君は何がしたいんだい?」
「俺は、貴方達に助けられた恩義を返すためにもフィリナの絶対服従を解く方法を探したいと考えています。
それに、俺自身の魔族化や、俺と故郷を同じくする人達の捜索、元の世界へ返る方法探し等やる事は山積みですが」
「なるほどね、一つだけ答えられるのは、君の同郷の人物、多分心当たりがあるよ」
「え?」
「精霊の勇者の名前、知っているかい?」
「いえ……」
「ヒデオ・テラジマって言うんだよ」
「ッ!!」
てらちん……そうか、前に確かにレイオスと闘っていたのを覚えている。
知り合いだというなら話が早い。
ただ、周りの女たち俺の事をてらちんから遠ざけようとしていたのが気になったが……。
しかし、そうなるとてらちんとのうかつな接触は出来なくなる。
俺はなんといっても魔族だからな……。
むしろレイオスのほうが特殊何だって事くらい良くわかる、例えてらちんが俺の事を理解してくれても周りが許さないだろう。
「それは何と言うか……厄介ですね……」
「そうだね、下手な事をすると君が殺される可能性がある、だから会いに行く事はやめた方がいいよ」
「一番会いたくない人物なのでどちらにしろ会わないほうが吉かと」
「……フィリナはどうしてそんな事を知っているんだい?」
「はい、私はマスターの記憶をざっと見ていますので」
「シンヤ君の記憶をかい……それはなんというか……」
「マスターのオ○ニー経歴もばっちりです!」
「ぐはぁ!?」
「それは流石にやめてあげてくれッ!!」
レイオスも流石にこのフィリナの変化には戸惑う事が多いらしい。
つーか、こんな事堂々と公表するような人、神官とかやってられる訳ないじゃん!!
かなり追い込まれてしまい、トラウマが出来そうですよ私は……。
もっとも、過去のラッキースケベをさらされたレイオスのほうもかなりダメージを受けてるようだけども。
「まったく、落ち着きのない人達ですね」
「いやいや、それはお前のせいだからね!」
「あははは……それよりも、今は何故魔物狩りに追われているのかを考えるべきですか……。
偽物の首がばれた可能性はどうかな」
「あれがばれたとすれば、軍を動かすような事はしないでしょう。
あの首を差し出されたのはガルネイフ元司教のはずですから」
「となると、軍を動かせる人物の誰かと繋がっている人間という事になるね」
「大公か、領主か、騎士団長辺りという事ですよね、それは」
「いいや、他にも何人かいる、何せあの軍は特殊部隊でね、騎士団に表向きは属しているが管轄は騎士団じゃない」
「それは……」
足音や草をかき分ける音が響いてくる、どうやらもう近くまで来ているようだ。
結界のせいでこちらには気が付いていないようではあるが、流石に見える範囲までくれば意味がない。
結界で消せるのは気配と音だけだからだ。
それでも十分意味合いは大きいのだが。
「全く、空気の読めない連中だよ……なっ!」
レイオスは手首のスナップを利かせ、背後に向けて小石を投擲した。
すると草むらにしか見えなかった場所が崩れ、中から人が現れる。
かなりの穏行だ、レイオスが見破る事が出来たのは自分も使うからか。
どちらにしろ、既に位置は知られたようだ。
「もう少し話をしていたかったが、先に片付ける仕事ができたようだな」
「先に片付けるという以上は、レイオス一人に任せておいて十分ですね?」
「いや、無理じゃないかもしれないけど責めて手伝う意思くらいみせてくれよ!」
「大丈夫、レイオスなら出来ます!」
「なんだろう、そこはかとなくやる気が低下した気がする……」
「あーえっと、俺でよければ、出来る範囲で手伝いをさせてください」
「シンヤ君……、君っていい奴だなぁ……でも、フィリナの言った事は間違いじゃないよ。
ただそうだな、念のため、フィリナ、頼めるか?」
「はい、偉大なる加護よ、大いなる御手よ、礼餐を経て唯人を守りし戦士に宿り称えたまえ。”ブレス”」
フィリナのその呪文により、レイオスの体がうっすらとした光に包まれる。
これは補助呪文の類だな、恐らく僧侶系である事を考えると防御力を上げたり抵抗力を上げたりする類の。
その後の、敵に対するレイオスの動きは筆舌に尽くしがたいものだった。
先ず、背後に現れたその敵の懐にフィリナの呪文をもらった直後につっこみ。
剣の柄をぶち当ててそのままふっ飛ばしながら、更に背後にいた数人を確認。
先ほどの敵といい、出てきた数人といい、皆黒い皮鎧を着込んでいる。
隠密性を考えた部隊なのかもしれない。
魔物狩りといっても、冒険者と違い出向いて殺すような事はしない。
領地内に侵入してきた魔物に対するカウンターとして作られた部隊らしい。
つまり、俺達はうかつに撃退してしまう事も出来ない。
下手な事をすれば、事が表ざたになって俺はこの国にいられなくなる。
だがしかし、一体誰だというのだ……こんな陰険なまねをするのは。
「先ずは四人」
レイオスはあっという間に、残る3人も倒してしまう。
現状彼らを殺していないのは、ラリア公国に対して敵対したくないという事もあるが、情報源という意味もあるだろう。
もちろん、殺しなんて勇者にしてほしい仕事ではないが。
俺自身もやりたい訳でもないし……。
「少なくとも”今”はレイオスに任せておきましょう」
「……え?」
それはつまり、将来的にはレイオスとも敵対する可能性があるという事なのか?
思った以上に平坦な目をしてレイオスを見つめているフィリナ。
再会した時は、嬉しそうにしていたようにも見えたのに。
フィリナ……一体何を考えて……。
「私が考える事は、いつもマスターを生かす道です」
「だったら、レイオスと仲良くしておく事は悪い事では……」
「”精霊の勇者”いえ、むしろ”精霊の女王”を母体とした一種の宗教とでも言えばいいでしょうか。
アルテリアの国民は総じて精霊信仰を持っています。
そして、精霊女王は魔族と敵対しています。調和を乱す敵として。
レイオスはそんな国是を持ったアルテリアの王子、それも王太子なのです。
彼自身がどう思っていようと、何れは敵対する可能性は高い、ですからあまり信用しないほうがいいと考えます」
「そんな……」
そんな悲しい事を言わないでほしい、そう言う言葉を飲み込んだ。
彼女はただ、俺にとって最善である事を考えてくれているだけだ。
なら俺は、彼女が元に戻るための最善を考えるだけ、後ろを向いてしまいたくなる後悔は多い。
しかし、生き返らせたこと自体を後悔したくはないから。
俺は、決意を新たにした。
そう考えているうちにレイオスは敵をおおよそ掃討してしまっていた。
相手の人数は20人くらいはいるはずだが、俺達の下へは誰も寄せ付けなかった。
しかも一人一人の強さもDクラスくらいの冒険者と同等くらいに見えたがレイオスにとっては敵ではないようだった。
ブレスはせいぜい、かすり傷を負わずに済む程度、攻撃の増幅だって武器が曇りにくくなる程度なんだが、
レイオスにとってはそれでも十分すぎるものだったらしく、かすり傷一つ負っていない。
はっきり言ってスピードが違いすぎた。
魔法を使って加速しているふうでもない、ノーマルの状況でその速度……。
恐らく、俺が魔力解放状態でもスピードは負けてしまうだろう。
ラドヴェイドの魔力を借りなければとてもじゃないが追いつけない。
流石に魔力を200GB(ゴブリン200匹分)も溜めていれば容易に勝てるだろうが……。
スピードで勝てば勝てると言うものでもないだろう。
それに、あれが全力とも思えない……。
いつの間にか、俺はレイオスの強さを推しはかろうとしている事に気付き、苦笑するしかなかった……。
”精霊の勇者ヒデオ”、彼がこの町に来てからエリィはほとんど毎日のように”桜待ち亭”に顔を出している。
エリィは小柄ながら元はどこかの令嬢だったのではないかという気品を持っているが、ヒデオの前ではよく笑顔となる。
最近パーティ”先駆者”のリーダーとしてメンバーの暴走を出来るだけ押しとどめるため頭を痛めていたのだが……。
ヒデオの言う事は、参考になることが多く、彼への興味を別にしても確かに役に立つ話が多かった。
その分、赤毛の盗賊カーツの機嫌は日に日に悪くなり、
ヒデオに突っかかってはピンク色の髪の猫獣人に吹っ飛ばされている。
もっとも猫獣人ことファルセット・アポリもエリィの事はよく思っていない様子ではあるが……。
だが問題は、むしろ今の会話のほうだったかもしれない。
「へぇ、そうなんだ」
「はい、先輩の方なんですが、シンヤさんというんです」
「それにパーティの名前が”日ノ本”ね、確かに、まろが考えそうな事だ」
「まろですか?」
「シンヤの愛称だよ、もっとも僕らの中でしか使われていないけど」
ヒデオはエリィの話を聞き、うれしそうに話す。
ヒデオの目的の一つである仲間探しだ、いやそれは幼馴染全員にいえる事ではあるが。
ただ問題は、それぞれにこの一年で立場が出来てしまっていた事だろう。
ヒデオはまだそこまで考えていなかった。
彼のパーティである、猫獣人ファルセット・アポリ、ハイエルフのソルディノ・ロセルティス、
アルテリア貴族でもあるラプリク・アル・ファスロク、彼女らがどう考えて彼に付いてきているのか考えていなかったのだ。
何より精霊の勇者について深く考える暇が無かったことが大きいかもしれない。
そう、精霊の勇者の使命とは、”世界の均衡のために魔族を滅ぼす事”それはつまり……、
ヒデオとシンヤが同じ方を向く事が出来ないという意味なのだと言う事を……。