アタシは半ば後悔していた……。
情報を集めるためにアラバルト枢機卿に同行したっていうのに、籠の中の鳥状態から抜け出す事も出来ない。
周りの人間は、特に聖堂騎士団はアタシの周りを常に護衛の名目で監視している。
自由時間なんて、宿の中で、しかも侍女をしてくれているメロアとアトレアのいる中でくらいしかない。
彼女らは少しくらいはアタシの窮屈さを分かってくれる。
でも、根本的にはあの使途とかいうじじいの監視から逃れない事にはここを抜けだす事も出来ない。
もっとも、出来たとして知らない世界で生きていけるのかという問題も残るけど。
「ふう……駄目ね……このアタシとした事が、後ろ向きになんてなっちゃ」
そう、アタシはこれでもシンガーソングライターとして、今までやってきた。
アイドルという事になってはいるけど、元々事務所が小さかったから作詞家や作曲家がいた訳じゃない。
ほとんどは独力、マネージャーにも多少手伝わせたけど、事務所はほとんどアタシで持っているようなものだった。
事務所を引っ張ってきたのがアタシ、それくらいの自負はある。
「アタシは凄い、アタシは負けない、アタシは最強!」
よし、マインドセット完了!
こんな時に弱気になっても仕方ないからね。
なら、行動を起こさないとね。
私は控えの間に向かって声をかける。
「メロア、アトレア、今いい?」
「「お呼びでしょうか、聖女様」」
「いや、聖女はいいって、アタシは綾島梨乃(あやじま・りの)、リノってだけ呼んでくれればいいから。
ってもう、10回入ったと思うけど?」
「ですが……」
「何回も言ったでしょ、アタシだって固有名詞があるの、
貴方達だって人間ってひとくくりにされて呼ばれても困るでしょ?」
「はっ、はあ……」
「申し訳ありません、ですが……」
「これでももう一年近い付き合いじゃない? そろそろ気を許してくれてもいいんじゃない?」
「う……、そう言われましても」
「私達は、助司祭にすぎませんし、法王様ならばともかく、我々ではとても」
「あのね、アタシにとっては、アンタ達も法王も同じなの、一対一で付き合いたいと思ってるのに。
階級のほうがアタシより大事なの?」
「それは……」
「申し訳ありませんでした、リノ様」
「メロア?」
「聖女……いえリノ様の言うとおりよ、私達の教義は人が作ったものだもの。
リノ様の言う事の方が優先されるのは当然じゃない?」
「それは……うん、そうですが……」
どうにかメロアもアトレアも納得してくれたみたい。
その程度で安心できるものじゃないけど。
取りあえずは教義よりアタシを選んでくれたという事でよしとしておこう。
「それでね、ちょっとお忍びで出かけたいんだけどいいかな?」
「それは……できません」
「リノ様の安全が最優先なんです」
メロアは時々青っぽくも見える黒髪を揺らしながら否定する。
アトレアは元気のよさそうな褐色の顔に困ったような表情を作る。
まあ、この辺りは予定通り、どっちにしろ彼女らが私を外に出したがる事なんてないとは思っている。
でも……。
「アタシを害する事が出来る者なんてそうはいないわよ。
だけどそうね、貴方達の失態になるのも悪いし、ちょっと耳を貸して」
「はっはあ……」
「なんでしょう?」
アタシは計画を話す。
この2人を仲間に引き込まない事にはアタシの計画は成立しない。
流石に一人での脱出となれば、正面突破くらいしか方法がなくなるから。
何せこの部屋、いいえ、この宿屋は聖堂騎士で囲まれている。
100人の聖堂騎士が全てこの宿屋で寝起きして、アタシを護衛というか監禁しているのだ、
これじゃあ、旅に出た意味が全くない。
だから……。
結論から言えば、計画は上手くいった。
メロアとアタシは体格が割と似ていたので、
風邪を引いたフリをしてマスクをしながらうつむき加減に歩いていれば殆どとがめられなかった。
メイド服を着ているせいか、その辺あんまり気にしてみないようだ。
というか、アタシは聖堂騎士が侍女の事などまともに見ていない事はここ一年で学習していた。
そして、カツラも一年前から考え用意を進めていた。
だからメロアの髪型のものとアタシの髪型のものの両方を所持している。
当然、髪型は取り替えていた。
だから、アトレアを伴い宿屋を出る事にさほどの苦労はなかった。
もっとも、この方法で外出できる時間はせいぜい長くて3時間。
それ以上は夕食の準備等の問題で見つかってしまう可能性が高まる。
下手な事をすればメロアの首が飛ぶのだ。
だから長時間の外出は諦めるしかない。
それにどの道、遠く離れようとすれば使途のじじいのかけた呪いのせいで戻ってくるしかなくなる。
けれど……、せめてその間だけでも情報を集めないと。
「そういえば、アイツが言ってたわね、ファンタジーの情報収集なら酒場だって」
「ファン……なんですか、えっと……」
「酒場よ、アトレア、情報の集まりそうな所知らない?」
「情報が集まる所、ですか? なら冒険者協会なんてどうでしょう?」
「冒険者協会?」
「ああ、御存じなかったでしょうか……そのなんでも屋です」
「なんでも屋、胡散臭い話ね」
「はい、ですが依頼料さえ払えば大抵の仕事はやってくれるらしいですよ」
「へぇ……」
冒険者協会か……、ちょっと胡散臭いけど、ならもしかしたらあいつらを探すのにいいかもしれない。
そう思って、そちらに向かう事にする。
どうやら町の中央部に位置しているらしく、アタシ達の宿からはさほど遠くはなかった。
でも、中に入ってみてちょっと後悔したかもしれない。
やはり中にいる人間は、目つきが尋常じゃないのが多いみたい。
時々ねっとりとした視線も感じて怖い。
でも、だからって止まれない、だってアタシは皆と一緒に元の世界に帰りたいんだから。
そのためだったら、多少犯罪臭がしようと、絶対あきらめるつもりはない。
依頼書と書かれた紙がクリップボードに並ぶ、アタシもこの一年でどうにか読み書きが出来るようになった文字だ。
複雑な組み合わせはまだ読めないけど、依頼書、金貨〜枚と殆どの紙に書いてある。
依頼内容は多岐に及んでいるようで、かなりの隙間産業何じゃないかなと思う。
中には魔物の討伐とかファンタジーなものもあるけど……。
「御依頼ですか?」
「へっ?」
アタシが依頼書を見ていると、受付の人が声をかけてきた、背格好はアタシより少し大きいけど地味目の顔立ちだ。
三つ編みにそばかすなんて、最近はあまりお目にかからないタイプかもしれない。
黒髪な事も考えると日系にも思える。
まあ、この世界に来てから人種なんて気にするのが馬鹿らしく思えるのも事実だけどね。
なにせ、地球にはいないような人種がゾロゾロいるのだ、異世界というのも直ぐに信じるしかなくなったし。
ハリー○ッターだったっけ、あれに出てくる人種が全部白人だったりするのはご都合主義なんだなと思い知らされる。
とはいえ、この世界だって十分ご都合主義だけど、なにせ言葉が通じる、万国共通語があるって地球より進んでるわよ。
何せ、日本国内だって、方言を読み解くのはそれなりに難しいんだから……。
「あの……」
「依頼……そうだ、依頼したい事があるんです」
「はい、どのような御依頼でしょうか?」
「4人ほど、探してほしいんです。世界のどこにいるのかも分からない、名前と容姿くらいしかわからないですけど」
「えっと……、時間がかかると思いますよそれは。
それに世界中ともなると広範囲過ぎて、冒険者を雇うにも賞金制にする必要がありますから、
依頼料もかなり高額になると思いますし」
「アトレア、例の物持ってきてるわよね?」
「はい、持ってきておりますが。寄進物なんですが……いいのですか?」
「アタシが使うために持ってきてくれたんだもの、それを司祭達に渡すというのもおかしくない?」
「それは、はい、そうですね」
「なら問題ないじゃない」
「はい、それでは」
そうして取り出したのは、ここの領主がアタシに寄進した大粒ダイヤをあしらったネックレス。
魔法が施してあるらしく、金貨で3000枚分くらいの価値があるらしい。
金貨一枚10万円くらいの価値って聞いてるから、3億円……背筋がゾゾってくる金額よね。
でも、伯爵っていうのが、地方の統治者とすれば毎年何十億もの上がりを持っているんでしょうから、
公共事業につぎ込む金を差し引いても、それほど痛くはないのかもしれない。
「なるほど、のちほど鑑定させて頂きますが、魔法の品ですね、金貨数千枚の価値になるでしょう。
これを報酬として出すという事でよろしいのですね?」
「ええ、それよりも。捜索を頼みたいのは……」
「なるほど、分かりました。ですが、それだと一人目は捜索する必要がありませんね。
ああ、2人目も問題ないのかな……どちらも特徴が合致していますし」
「え?」
「先ず、精霊の勇者が最近滞在していますが、その名前はヒデオ・テラジマ、特徴も合致します」
「弟が!?」
「弟さんなのですか?」
「いえ、弟のようなものという意味ですが、御近所でしたので」
「はぁ……」
でも早速当たりなんて、言ってみるものね、なら後で尋ねてみる事にしましょうか。
まあ、弟の事だからどこかでしぶとく……というか、またハーレムでも作ってるんだろうとは思っていたけど。
そう考えると、会いに行くのもちょっと憂鬱ね、また恋人だとか勘違いされて周りの女に攻撃されるのはまっぴらだし。
だけど、安否が確認できた事は素直にうれしいと感じている。
「それと、冒険者として登録されている、シンヤ・シジョウ。
彼もそろそろ町に戻って来ているはずなんですが……」
「えっ、まろもここにいるの?」
「まろ……ってなんです?」
「ああ、ニックネームよ。愛称のほうがいいかな。兎に角、まろも無事だったんだ……」
ここ一年で2人の安否が確認できた事が一番の朗報ね。
でもどうしよう、居場所とかわからないかな……。
「現在地とか、分かりますか?」
「そこまで詳しくはわかりません、ですが、お二人とも宿は”桜待ち亭”を利用しているでしょうから。
そこに行けば何か手掛かりがあると思います」
「ありがとうございます!」
「ちょっと待って!」
「え?」
アタシは急いで桜待ち亭に行こうと思った、表通りで見かけた看板でどこにあるのかは知っていたから。
でも、行こうとしたアタシを受付は呼びとめた。
それも、かなり真剣な表情で。
「貴方は、恐らくですが聖女様ですね?」
「それは……」
「いえ、違います!」
「アトレア?」
「別に名乗らなくてもかまいません、ただ、忠告を」
「忠告?」
「はい、精霊の勇者とは、精霊女王を中心とした精霊を崇める民の代表のようなものです。
そして、聖女とはソール教団の代表、この意味がわかりますか?」
「下手な接触をすればまずい事になると?」
「はい、直接は敵対していないものの、信者の獲得合戦のようなことはしていますので、あまり仲がいいとはいえませんので」
「……分かりました、聖女様に伝えておきます」
「よろしくお願いします」
アタシ達はそのまま冒険者協会を出た、考えてみれば確かにあんな高価なものを差し出せば只者じゃないと思うか。
でも、聖女と勇者ね、普通は手を取り合うものじゃなかったっけ?
まろの持ってるゲームのうちアタシがプレイした事のあるものでは大抵そうだった気がするけど。
所詮ゲームはゲームッて言う事なのかな、それよりも。
今のアタシは変装しているけど、割と簡単に見破られる事もある。
桜待ち亭までいきたいけど、問題も残るか……。
結局アトレアに頼むしかないのかな。
「アトレア、お願いがあるの」
「はい」
「桜待ち亭にいって、シンヤかヒデオを連れだしてきてくれない?」
「ですが……」
「普通にしてれば見つからないわよ」
「しかし……」
「なんなら、アタシが直接行ってもいいけど?」
「おやめください! それでは口実を与えてしまう事になりかねません!」
「それなら、ね?」
「……わかりました、ここから動かないでくださいね?」
「うん、分かってる」
走っていくアトレアに手を振り公園で待つ。
ここは、冒険者協会の裏手にある大き目の公園、なんだかこう言う所に来ると昔を思い出す。
子供の頃、弟はアタシや石神の後ろについてくるだけの、まさにヘタレだった。
あたしや石神はちょっとそう言う部分が好きになれなくて、特訓と称しては色々させていた気がする。
みーちゃんはそんなヒデオを庇ったりしていた気もするなー。
目の前の砂場で展開されている子供同士の仁義なき闘争を見つつ、思い出に少し噴き出す。
その頃、石神とまろは既に友人関係だったらしいけど、アタシは知らなかった。
石神にとっては、不思議なほど普通の友人、秀でている所なんて見当たらない。
それが、あたしのまろに対する第一印象だった。
でも、石神は随分まろの事を気にしていたのを思い出す。
そういえば、穴に落ちる前も石神、まろに仕事紹介してたわね、それもどうやら自分の作った企業の。
時々見せる何かが気にかかってはいるけど、まろって石神にとってそんなに気になる人物なんだろうか?
未だに少し疑問だったりする。
でも、別の意味ではアタシもまろの事を気に行っている、弟と違ってすがって来ない。
大したことない生活、ううん、底辺に近い気もするけど、そんな生活でも他人に頼ろうとしなかった。
孤高というか、内にこもっているだけか、どっちにしろ、あまりズカズカ踏み込んでこられないのはいい。
まあ、対比の対象があの弟だからそうなるだけだけどね。
「ふう、それにしても……なんだそれ?」
「おねーちゃん?」
「なってない、なってない!」
「えー」
「ちょっ、何をするのだ!?」
アタシは思わず砂場に入り込み、仁義なき抗争を繰り広げ作成中ボロボロになる作品達を見て思った。
一度くらい完成させろと!
「いい? そのまま盛り上げても一応形にはなるけどね。
水を加えることでより固くなる、だから型崩れしにくくなるのよ」
「へー」
「そうなのだ?」
「それから、大きなものを作る時は、まず土台をしっかり作らないと直ぐ崩れてくるからね」
「おお! 凄いのだ!」
「格好いい!」
アタシが泥だらけになって連中に馴染むのにほとんど時間は必要なかった。
傍目から見れば子供と一緒になって砂場で遊んでいる大人は少しばかり奇異に映ったかもしれない。
でも、アタシは久しぶりに解放感を得ていた。
実際問題、今までが息が詰まりすぎていたと思う。
やはりリラックスをすればいろいろと考えもまとまってくるとか考えているアタシがいた。
俺達は、その日を森の中で野宿して過ごし、翌日になった。
俺はフィリナとレイオスが話をしやすいように、出来る限り見張りをするなどして、2人から距離を開けた。
やはりそうすることで何度か話しをしているようだったが、
レイオス表情からはあまり芳しい話は聞けていないようだった。
「はぁ……」
世の中あまりうまくはいかない、という事だろうか。
それでも、レイオスはあまり長い間落ち込んでいても仕方ないと思ったのだろう。
さっと表情を切り替えて、提案をしてきた。
「さて、これからの事なんだが」
「はい」
「話しを聞いていて思ったんだが。フィリナの事も重要だが、シンヤ君、君はかなりまずい立場にいる」
「それは……はい、そうです」
「ラリアの国内に長い間いるのはまずいだろう」
「……」
「このままでは、恐らく魔族狩りが今後も襲撃し続ける事になる」
「そうですね……」
「だからだ、どこか別の国に移る必要が出てくる」
「しかし俺は、国境を越えるための通行許可書をもらう事が出来ません。
ラリアの国民として登録されていないし、冒険者として出ていくにはBランク以上にならないと……」
「そうだな、しかし、ここにSランクがいる事を忘れてないかい?」
「……なるほど」
確かに、そう言う意味では悪くない提案なのかもしれない。
悪くないかもしれないが、問題は残る、ルドランの村の事、せめてアコリスさんに言っておかなければならない。
それに、ティスカの事もある。ティアミスやパーティの皆に対する信義の問題も。
このままラリアを離れるのは明らかに無責任だ。
「もう少し、時間をもらえませんか。まだやっておかないといけない事があるので」
「それはいいが、今カントールに戻るのはやめた方がいい」
「ですが、どうしてもやらないといけない事があるんです」
「……わかった」
俺は中途半端で投げ出す事が多かった、しかし、この町は俺に期待してくれる人がたくさんいた。
その分かれくらいは、跡を濁さずに行きたい。
それが今の俺の心境だった。
てらちんとの事は諦めるしかない、せめて魔族化を解決してからでなければどうしようもない。
だから、俺がやる事はアコリスさんへの伝言と、ティアミス達に謝りに行く事。
町の人達には申し訳ないが、巻き込まないためにも何も言わずに出るしかない。
そうした事を考えると、自分がひどく惨めに思えてきた……。
レイオスは正体を隠してついてくる事にしたらしい、確かに俺が下手を打てばフィリナにまで被害が及ぶ。
もちろん、俺はそんなつもりはないが、予定外の事態が起こりうる事はよく知っていた。
「レイオス、お願いがあるのですが」
「フィリナ?」
「私達が今”桜待ち亭”に近づくのはかなり危険ですから……」
「誰か読んでくればいいのかい?」
「ええ、アコリスというウエイトレスを呼んできてもらえませんか?」
「わかった」
俺達は”桜待ち亭”の裏手の出口の近くに目立たない場所を見つけて潜んでいた。
実際、この距離でもてらちんの周りの女たちに見つからずに済むかどうかは微妙だ。
しかし、恐らくだが彼女らは俺がてらちんに接触する事を嫌うはず。
だから近づかない限りは報告しないだろうと判断した。
そうして暫く時間が経ち、レイオスがアコリスさんを連れて出てきた。
「こっちです」
「えっ、ああシンヤかい。そっちはアルアだっけ……どうしたんだい?」
「まあ、ちょっとわけありでして。精霊の勇者や聖女様の前には立てない身なんです」
「……へえ、気のいい兄ちゃんだと思ったけどね。まあ、世の中色々あるんだろうし。
分かった、黙っていてやるよ。
それで、何かあたしに用があるんじゃないのかい?」
「ええ、申し訳ないんですが。ソレガンに伝言をお願いしたくて」
「ソレガンに? へぇまた一体どうしたんだい?」
「実はちょっとわけありの村を助けまして……」
その後、俺はアコリスさんに村の事を色々と話した。
石化した人々の事、その仕事の内容、そして、村の周辺ではまともな農作物が育たない事。
本当は俺が上手く立ち回って、情報収集の拠点にしようという考えがあったのだが……。
結局俺には組織の長は荷が重かったという事かもしれない。
「なるほどね、分かったわ。ソレガンに伝えておく、あたしに出来るのは伝言くらいだけど。
その村助かるといいわね」
「ええ……、それじゃあ俺行きます」
「行ってらっしゃい、頑張りなさいよ」
「はい!」
アコリスさんは何か察したのかもしれない、俺自身後ろ髪引かれる思いだったが、それでも迷惑はかけられない。
次に向かうのはティアミス達の家にすべきだが、あまり動きまわるのはよくない。
だから、冒険者協会へ行き伝言を頼もう、そう思って動き出した。
「正直、君には驚かされるよ」
「どうしたんですか?」
「君は、一年前は唯の一般市民、下手をするとそれ以下でしかなかったはずだ」
「それは……否定できないですね」
「なのに今は、ハンデは背負ったものの、フィリナを助け、その他にも何人も助けてきた冒険者だ。
一年でここまで変わるなんて、なかなかできない事だよね?」
「それは違いますよレイオス、マスターは魔王との戦いのとき、結局結界からは出ていないんです」
「え?」
「たまたま子供を見つけ、その子を庇うために脱出する事を断念して庇いつづけていました。
マスターは最初から何も変わってなんていません」
「そう……なのか、これはまいったな。俺なんかよりも君のほうが勇者にふさわしいんじゃないか?」
レイオスは俺のした事に驚いてくれた、しかし、本当は彼がやった事と比べればちっぽけな事に過ぎないし、
俺は魔王を復活させようとたくらむ悪人でしかない。
そう、彼に褒めてもらうような事なんてありはしない。
「俺は……、ただ、一人でいるのがもう嫌だった、それだけなんです」
「確かに、それは俺も実感しているよ」
レイオスもどこか疲れたようにほほ笑んだ、それはフィリナの事に関する事なのだろうと容易に察せられ、
黙り込むしか俺に出来る事はなかった。
「辛気臭いですね、男二人で慰め合いですか?
お二人の趣味に口を出すつもりはありませんが。
3m以上離れて歩いてくださいね?」
「いやいや! そっちの趣味はないから!!」
「それは俺も同じだ!!」
フィリナめ……黙り込んでいると思ったらネタを考えていただけかい!!
一緒に沈黙しているのかと思った俺がバカだった。
そんなこんなで、冒険者協会の裏手にある公園の前まで来た。
公園では、いつものごとく、ティスカやマーナといった子供達が遊んでいるようだ。
声が聞こえてくる、楽しげで……ん?
聞いたことがある声が交っているような……。
「いい? そのまま盛り上げても一応形にはなるけどね。
水を加えることでより固くなる、だから型崩れしにくくなるのよ」
「へー」
「そうなのだ?」
「それから、大きなものを作る時は、まず土台をしっかり作らないと直ぐ崩れてくるからね」
「おお! 凄いのだ!」
「格好いい!」
俺は思わず駆け出していた、つまりは俺とてらちん以外の3人目。
その人物はつまり、俺の幼馴染の一人……。
賑やかな声、子供達に混ざるのは……。
「りのっち!」
俺は砂場に駆け込んでいこうとし、急停止するはめになる。
俺が出るよりほんの少し前に、てらちんが冒険者協会のほうから出てくるのが見えた。
つまりは、今の俺にとってはかなりのピンチとなる。
てらちんとりのっちだけに会う事が出来ればいいのだが……。
当然のように、てらちんは女たちを引き連れていた。
「こんな時に……間の悪い」
いや、てらちんにとっては間がいいという事になる。
本人は意識していないだろうが、このタイミングでは俺も隠れようがない。
せいぜい、公園の森に隠れて視覚的に逃げるくらいだ。
しかし……それが出来るほど、てらちんは甘くないだろう……。
「姉さん!」
「弟……?」
「うん! 姉さん無事だったんだね?」
「ええ、うんまあね……そうなんだけど」
「僕もかなり探したんだよ、でも、姉さんが聖女様なんてね……」
「しー!! それは内緒にしておいて」
「あっ、うんそうだね……」
何、今聞き捨てならない事が……りのっちが聖女だって……?
聖女といったら、魔王とは当然立場的にも正反対、つまりは下手をすると殺されるってことか?
しかし、あのりのっちが……そんな事をするとは信じられない。
多分幼馴染達の中でも、石神とりのっちはいつも俺の事を心配してくれていた。
石神はだからこそ、俺に仕事を紹介したり、安いマンションの手配何かをしてくれた事もある。
りのっちはまあ、単に遊びに来ていただけだが、それでも一人になって籠りがちな俺を心配してくれた結果だろう。
前はうっとおしかっただけだが、この世界に来てみて初めてそう思う。
うざったいと思っていた事が実は俺にとって重要な事だったんだと。
しかし、そんな事を思い一歩踏み出そうとしたその時。
『隠れているな、魔王の眷属め!!』
「!?」
「なっ!?」
「使途ッ!?」
突然、りのっちの背後からにじみ出るように、白いローブを身にまとった白髪の老人が現れた。
そして、俺の隠れている木を指差し、魔王の眷属と呼び捨てた。
これはつまり……。
魔族化していない今の状態だろうと関係なく、俺が魔族である事を知る存在がいると言う事なのか!?
だとすれば……それは、俺にとっては致命的な事実となる……。