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コードギアス 共犯のアキト 第二十二話「王と騎士の選択」
作者:ハマシオン   2011/03/27(日) 17:50公開   ID:OCozLcSOeMU
コードギアス 共犯のアキト
第二十二話「王と騎士の選択」





 人や生物の息吹を全く感じさせることのない廃墟群。
 僅かな月明かりがゲットーと思わしき街並みを照らし、その光源の下で幾多のナイトメアが疾駆している。
 そのナイトメアのフォルムはグラスゴーや無頼のような角張ったものではなく、流線を多用に用いたものだ。

「三番機と四番機は左! 五番から七番までは正面から撃ちこんで相手を引きつけろ!」

『『了解!』』

 左腕の速射砲で牽制しつつ指示を出すのは紅い異形のナイトメア『紅蓮弐式』を駆る紅月カレン。そして彼女に率いられるのはこれまでのコピーナイトメアの無頼ではなく、紅蓮弐式をモデルに量産化された新型ナイトメア『月下』だ。
 月下は左腕上腕部に紅蓮弐式と同じ速射砲を備え、ある機体は廻転刀を、もしくは衝角盾を装備して戦っている。その動きは無頼と比べて遙かに機敏で、よく訓練された動きだ。
 だがその新型の力を持ってしても、彼らの表情に余裕は全く無い。

「一番と二番は私に付いてこい!」

『応!』

「……? 二番、玉城は!?」

『アイツならさっき流れ弾でやられたよ!』

「ちいっ!!」

 既に落とされた仲間に舌打ちをつくと、カレンは残りの月下を連れて崩落したビルへと進入し、瓦礫で入り組んだ中を巧みな動きで登っていく。続く月下も流石に紅蓮並とはいかないまでも、それに続いていく。
 そして紅蓮がビルの屋上に躍り出て下をのぞき込み、複数の敵が眼下で撃ち合っているのを確認すると、速射砲とハーケンの狙いをつける。

「一番機! 準備はいい!?」

『射撃準備良し!』

「よし、撃……っ!?」

 その時、突如首筋に悪寒が走り、カレンは本能に従うまま機体を後ろに下げる。
 直後、元いた空間を暴力的ともいえる銃弾の嵐が通り過ぎ、隣にいた月下を瞬く間に飲み込んだ。

「しまった! 誘導された!?」

 落とされた僚機を気遣う余裕など無く、銃撃のされた方向を振り向けば、直ぐ目の前に巨大なブレードの刃が迫っていた。

「このおっ!」

 迫りくる凶刃を特斬刀で挟み込むように受け止め、巨大な右腕を伸ばして敵の腕を掴もうとするが、それは空しく空を切った。

「えっ!?」

 なんと敵は挟まれたブレードを手放し距離を取ったのだ。輻射波動から逃れるためとはいえ、主武装であるブレードを手放した事にカレンは一瞬虚を突かれた。
 だが次にくる攻撃を予測し、慌てて輻射波動を前方に展開させる。そして襲いかかってきたのは先程と同じ銃弾の嵐。
 輻射波動によってその殆どを防ぐことに成功するがそれも一瞬のことで、横から放たれたブレードの斬撃によって紅蓮の右腕は斬り飛ばされてしまう。
 そして右腕を失い輻射波動の防壁も失ったカレンの視界に映ったのは、巨大な二門の銃口。

「え、嘘、ちょっと待……!」

『駄目だ』

 バリトンの利いたその声を最後に、カレンの紅蓮弐式は銃弾の嵐に飲み込まれた。






『YOU LOSE!』

「あぁ〜〜っ! また負けたぁっ!!」

 ディスプレイにデカデカと映った文字に、カレンは苛立たしげに頭を抱えた。そして大きな溜息を一つつくと、コックピットを模した筐体の扉を開けて外に出る。
 周りには同じような筐体が鎮座しているが、ほとんどは扉が開きっ放しになっており、団員達のほとんどは部屋の中央に設置されたスクリーンに目を向けていた。
 しかしそれも僅かのことで、巨大スクリーンに『黒軍勝利!』という文字が映し出されると、団員達が思い思いに喋り始めた。

「あー、やっぱ無理だったかぁ」

「中盤まではいいとこまで行くと思ったんだけどなぁ」

 そう好き勝手に放す面々の中にいた玉城がカレンに目を留め、いきりたったように大股で近寄ってくる。

「なにやってんだよカレン! お前がやられちまったせいでまた俺達が負けたじゃねえか!」

「大した戦果もあげすに流れ弾でさっさと死んだアンタが言うな!!」

 カレンの言葉に、うっと詰まる玉城にそれに対してどっと沸く団員達。
 彼らが先程行っていたのは、つい最近になって設置されたナイトメアの戦闘シミュレーションだ。
 計20機ある筐体を利用して行われるのは、ブリタニアで使われるソレとは比べほどにならない精巧さとリアルさを持っており、ナイトメアの訓練としては最上のものだ。
 さらにはシミュレーションで選べる機体も無頼に始まり、紅蓮弐式や新月といったエース用の機体も操縦でき、さらにはサザーランドやグロースターといったブリタニア側の機体も用意されていた。流石に白騎士や青騎士といった敵側のエース級の機体こそないものの、仮想敵としてシミュレーション中に突如現れることもあるため、良い訓練となっている。団員達の中には昔あったゲームセンターの風景を懐かしみ、入り浸る者も少なくなかった。
 そんな団員達の好感触に、シミュレータのプログラムを組み上げたラピスが陰でVサインを決めたことはわりとどうでもいいことであるが。
 そんな彼らに割り込むように、先程カレンを落としたのと同じ声が彼らにかけられる。

「その通りだ玉城。いくら慣れない新型だからといって、なんだあの様は」

「げっ……黒騎士」

 玉城は汗一つかいていない様子の黒騎士を見ると、ばつが悪そうな表情をする。玉城自身もそれは分かっていたが、思うような結果にならないことについつい愚痴をこぼしてしまう。

「んなこと言ったってよぉ、お前の新型相手じゃかないっこないぜ!」

「シミュレーションでそんな事を言ってると、現実でも満足な結果を出すことはできないぞ」

「そうよ玉城。それにこっちは私の紅蓮に新型の月下12機、それに対して黒騎士は新月に無頼6機という圧倒的にこちらが有利な条件だったのよ。そんな言い訳は通用しないわ」

「それは迂闊に前線に飛び出た君にも非はあるぞ、カレン」

 黒騎士の忠告に、カレンは返す言葉もなかった。
 搬入された日本産新型ナイトメア、月下の慣熟訓練のために様々なシチュエーションで行われる戦闘シミュレーション。
 同時に部隊指揮の訓練として、カレンにもシミュレーションに参加させて月下部隊の指揮を取らせているが、彼女自身の突撃癖もあってか有利な条件にも関わらず黒騎士にあっさり落とされることがしばしばあった。
 ちなみに、黒騎士が藤堂を相手にする場合においては、流石に同数の機体でなければチームが負けてしまうことが度々ある事を加えておく。

「うぅ……だってそうでもしないと黒騎士さんと戦えないから……」

「これは君の部隊指揮の訓練でもあるのだがな……」

 あきれたと言わんばかりにアキトは溜息を一つつく。元より前線での戦うことが多いカレンだが、今では黒の騎士団のエースであり、立派な”部隊長”であるのだ。
 人を率いることを覚えてもらわなければ示しがつかない。アキトは心を鬼にすると涙目のカレンに対し、厳しい口調で叱り飛ばすのだった。





「それでカレンはあの状態か」

「まぁ俺の言った事を理解して、それを実践できるよう訓練しているんだ。今はまだ未熟だが、鍛えればいい指揮官になる」

「スマン黒騎士。本来なら俺が言うべき事なんだろうが……」

 先程行われたシミュレーションの総評を行っている中、部隊長のカレンが机に突っ伏しているの理由を尋ねたゼロにアキトがその理由を言うと、扇が申し訳なさそうに謝った。

「構わんさ扇。お前は団の全体に目を向けてくれればいい……寧ろ真っ直ぐすぎるカレンが問題だからな」

 アキトは扇に対して謝る必要はないと笑って受け流す。この程度の挫折でいちいち落ち込んでもらっては困るが、カレンならすぐに立ち直って指摘した事を真摯に受け止めて訓練に励むだろうと確信している。
 その一方で部屋の半分を占める巨大な端末を前に、ラピスとラクシャータが顔を付き合い、シミュレーションでの機体情報を映して何やら話し合っていた。

「うーん、速射砲の集弾率がよくないわねぇ。伝導性は悪くないし、パーツの精度が悪いのかしら?」

「多分反動のせいだと思う。モノは普通の速射砲でも、それを二門並べれば流石に反動が凄いことになる」

「設計上ではもっと抑えることができるはずなんだけどね……流石にコッチの技術じゃアンタ達の設計思想を再現するには無理があるかぁ」

「何の話をしているんだ、ラクシャータ」

「ん? あぁ、ちょっと新月のことで少しね」

 怪訝に思ったゼロが二人に尋ねると、ラクシャータが今し方気付いたように反応しそう宣った。

「何か問題でも?」

「問題ってほどじゃないわよ。ただ思った通りの性能が出ないって話だけ」

「あれでまだ性能が十分じゃないというのか?」

 新月の性能をスペック上だけでなく、実際に動かして対峙――無論シミュレータでのことだが――したこともある藤堂が驚いたようにそう尋ねる。
 ラクシャータはそれに軽く頷くとキセルを振りながら説明を始めた。

「機体性能だけなら今でも紅蓮並よ。でもね、本来なら新月は第七世代以上の性能を叩き出してもおかしくないほどのスペックを持ってるの」

「何が原因なんだ?」

「色々あるけど、端的に言えばハードがソフトについてこれないことかしら」

 扇の問いに対してラクシャータはそう答えたが、扇自身はそれを聞いても理解できなかったようで首を傾げた。

「新月はエステバリスとナイトメアの良い所取りを目指したモノなんだけどね、エステバリスのフレーム構造が思った以上に難物で、新月のフレームはこちらが要求する数値をクリアできなかったの」

 アキト達の技術を手にしてラクシャータが目指したものは、エステバリスとナイトメアの両者を越える新しい二足歩行兵器の開発だ。
 ナイトメアについても独自の理論を持つラクシャータはエステバリスという未知の兵器に触れてその特異性を即座に把握し、一技術者としてそれを越えるものを造りたいという欲求に駆られた。
 だがエステバリスの構造を理解し、それを再現しようとして一つの巨大な壁にぶつかる。それはエステバリスのフレームや装甲を構成する合成樹脂や特殊金属についてである。
 深海のみならず、宇宙空間でもディストーションフィールドなしに活動可能なエステバリスは、当然ながらそれを構成する材質もただものではない。機体の気密性のみならず、装甲やフレームの耐圧性・耐熱性はナイトメアの比ではなく柔軟性も桁違いだ。
 ナイトメアでは行動不可能な環境下でも、エステバリスは難なく活動することができる事から、アキト達の技術とコチラの技術では100年単位の格差があるとラクシャータは肌で感じたのだ。

「そこまで違うものなのか……?」

「なら分かりやすい数値で教えてあげましょうか。ナイトメアの全高が約4mに対し重量はおよそ7t。それに対してエステバリスは全高が約6mに対して重量はたったの2tしかないのよ?」

 そのあまりのスペックに尋ねた扇だけでなく、藤堂すらも目を剥いた。ラクシャータの言う通りだとすると、エステバリスはナイトメアより巨体にも関わらずその重量は半分以下ということになる。

「……信じられんな」

「そんで新機軸の機体開発は早々に見切りをつけて、造ったのが新月ってわけ。図体はエステバリス並だから、大容量・高出力のユグドラシル・ドライブを搭載して黒騎士好みの速さに特化した機体に仕上げたのよ。そんで新月を開発した経験を生かして作ったのが、紅蓮と月下ってわけ」

 その言葉を聞いて、会議室の面々は窓の下の格納庫を覗きこんだ。倉庫を改造して造られたアジトは二階にあたる会議室から、一階のナイトメアの格納庫の様子を見ることができるのだ。
 他のナイトメアよりも一回り大きい新月だが、ラクシャータの話を聞いた後に改めて見てみると、確かにそこかしこにエステバリスの面影か見て取れる。
 紅蓮や月下は全体的にスラッとしていて線が細い印象を受けるが、新月は腕や脚部周りが膨らんでいてガッシリとした力強い印象を受けるのだ。
 だが胸のハーケンや脚部のスピナーの意匠は紅蓮と同じものであることから、やはりこれはナイトメアなのだと扇は心の中で納得し、思わず呟いた。

「じゃあ新月は日本産ナイトメアの祖になるわけか」

「んー……新月の設計思想はエステバリスを汲んでるものだけど、まぁ間違いではないわねぇ」

「フム、ということは紅蓮や月下は新月の子供という事になるのか」

「いや、そこは兄弟機っていう所だろ、常識的に考えて」

 ラクシャータの答えにゼロがどこか的外れな感想を言い、扇は思わずツッコミを入れた。

「新月……黒騎士が、お父さん……」

 そして机に突っ伏していたカレンがゼロの言葉を聞いて、満更でもなさそうに笑顔を浮かべ、次いで顔を赤くして身悶えていた。





「結あの男の背後関係は不明のままか」

「はい。こちらで押さえた押収品やマオの遺体には、身分を証明するものは何一つ出てきませんでした」

「唯一の手掛かりである奴の携帯端末も徹底的に洗い出してみましたが、成果は芳しくありません」

 政庁の執務室で総督であるコーネリアの前でギルフォードとダールトンがそう告げる。
 マオが純血派を率いてゼロとクロヴィスの身柄確保に向かったのがちょうど三日前。ラウンズのドロテアと枢木准尉の報告により、純血派が壊滅したことが知られると、前々からマオに注意を払っていたコーネリアは直ちにマオの背後関係を探るよう命令を下した。
 しかし結果はダールトン達が報告した通りで、手掛かりとなるモノは一切出てきていない。

「私の配下に鼠が紛れ込んでるとは……気に食わんな」

 マオの正体については、別の皇族の息がかかった人間あたりだろうとコーネリアは予想していた。またマオだけでなく、他にも大勢の間諜が潜り込んでいるだろうことも。
 このエリア11で、総督という最高位の身分を持つ己を疎む人間はエリア11だけでなく、本国にもいくらでもいる。
 人望だけでなく兵からの信頼も厚く、皇位継承権の位から考えても次期皇帝の椅子を狙えるだけの実力があるコーネリアであるが、それだけに他の皇族からも狙われやすいことを十分すぎるほどに自覚している。

「調査は引き続き続行させろ。ゼロの身柄やクロヴィスを押さえようとしていたとはいえ、私の命に沿わない兵をいつまでも放っておくつもりは無い」

「Yes,your haighness!」

 ギルフォードとダールトンは威勢よく答えると、今度は手元に持った書類から一束抜き出し、それをコーネリアに差し出した。

「姫様、次にユーフェミア様の警護部隊についてですが……」

「あぁ、そういえば純血派が壊滅していたんだったな」

 その書類には様々な兵士達の写真が載せてあり、横には簡単な経歴が書かれている。見ればいずれも立派な家柄でこれまでの戦歴も華々しいものだ。

「フム、選任騎士か……」

「ハイ、既に純血派は部隊として機能しておりません。ユーフェミア様の御身を守るのためにも、信頼できる騎士は必要かと」

 前任者の不祥事により扱いに困っていた純血派だったが、彼らはこちらが思っていた以上に護衛部隊としての役割を果たしていた。
 しかし過ぎた欲によって純血派はナリタでほぼ全滅。さらに今回の事件によって派閥を纏める人間がいなくなったため、純血派は完全に瓦解してしまった。
 近い内に黒の騎士団とぶつかることを考えると、信頼できる騎士を持ち、ユーフェミアの身を守ってもらう必要性はよく分かるのだが……。

(ユフィの事だ。自分の騎士は自分で決めてしまうのかもしれんな)

 そう考えるとコーネリアはふと、純血派と行動を共にしていたイレブンの男の姿を何故か脳裏に浮かんでいた。





 動力を落とされ、光の灯らない眼で無機質な床を見下ろす白騎士ランスロット。しかし彼の中には、目を瞑り静かに座るスザクの姿がある。
 パイロットスーツを着込み通信機を身につけ、両手はしっかりと操縦幹を握りしめているが、なにも出撃を待っているわけではない。

「スザクくん、大丈夫でしょうか……」

「大丈夫もなにも、ただランスロットのコックピットにお篭もりしてるだけでしょ〜? 心配する必要なんて欠片もないじゃない」

 静かに佇むランスロットから僅かに離れた端末の傍で、セシルが心配そうな面持ちでコックピットを見つめそう呟く。しかしそれを聞いたロイドはいつも通りの飄々とした様子で軽口を叩いている。
 だがセシルはそんなロイドの態度にカチンとする。

「そういうことを言ってるんじゃありません! スザク君、前の作戦以降ずっとふさぎ込んでいたようですし、下手に考え込んで取り返しのつかない事にならなければいいんですけど……」

「あのさ、前にも言ったと思うけどあまり彼に入れ込みすぎるのはよくないと思うよ」

「ですが……」

「ロイド博士の言う通りだ。奴とて立派な軍人の一人。過分な気遣いは寧ろ毒になると言ってもいい」

「エ、エルンスト卿!?」

 いつの間にそこにいたのか、ラウンズの制服を肩に羽織ったドロテアがランスロットを見上げていた。だがいつも厳しい表情でスザクを睨みつけていたその眼は、鋭く厳しいものではなく、優しく見守るような、それでいてどこか遠いところを見ているようなそんな眼をしている。

「枢木はどれくらいコックピットの中に?」

「ん〜、実験が終わってからだからもう一時間くらいになるかなぁ」

「フム……」

 そんな会話がされていることは露知らず、スザクはコックピットの中で一人静かに瞑想していた。
 今スザクの脳裏を描いているのは、あのマオという男と彼が己に向けて言い放った言葉、そしてナナリーを抱えるゼロの姿だ。
 だがそれだけではない。再会したばかりの親友ルルーシュに言われた言葉や、ドロテアが自分に叩きつけるようにぶつけた怒りの感情。そして自分がこれまで会った人々が己に突きつけた言葉と現実、そして自身が犯した罪すらも思い返し、今一度スザクは自分が目指すナニカを見つめ直していた。

(僕が為すべき事……やらなければならない事……それはなんだ?)

 これまではナンバーズの軍人として社会に定められたルールの中で、日本人の地位を確立しブリタニアに認めさせることが一番だと信じていた。

(だけど僕は……本当にそう思っているのだろうか?)

 ルルーシュの指摘した矛盾とマオから突きつけられた己の弱さを顧みることで、スザクは自分のこれまでの行動の根元を探ろうとしていた。
 何故自分はブリタニアを軍人となったのか――ブリタニアを中から変えるため?
 何故ブリタニアを中から変えようと思ったのか――日本の独立を認めさせるため?
 何故日本を変えようと思ったのか、何故日本の中から変えようとはしなかったのか。何故、なぜ、ナゼ――?
 そうしてランスロットのコックピットに篭もったまま延々と思考の海に潜り――そして唐突にスザクはその『答え』を捜し当てた。

(――あぁ、そうか。僕は)

 その『答え』を見つけ、スザクはゆっくりと瞼を開き薄暗いコックピットを見つめはじめた。
 その瞳からは後悔や嫌悪の感情が見え隠れするものの、そして同時に決意を感じさせる力強さを持っている。
 暫し暗闇の中を見つめていたスザクだが、ランスロットのコックピットを解放させると機体から降りてくる。
 そして降りた先で、ドロテアが腕を組んで待っていた事に気づき、スザクは目を丸くする。

「もういいのか? 枢木」

「エルンスト卿……ハイ、もう十分です」

 言葉こそ少ないものの、その態度から彼女が自分を気にかけてくれたことをなんとなく悟ったスザクは、自然とドロテアに礼の言葉を述べる。
 そして、同様に心配して駆け寄ってきたセシルに対し心配をかけたことを詫びると、スザクは今後のことについて尋ねた。

「セシルさん、今日はもう実験は無いですよね?」

「え? ええ、この後の予定は特にないけど……」

「じゃあ、スイマセンけど今日は早めに上がらせてもらいます」

「どこか行ってくるのか?」

 探るような声でそう訪ねるドロテアに対し、スザクはいつも以上に真面目な顔で答えた。

「ハイ――ちょっと、友達に会いに行ってきます」





「ええーーいっ!!」

 愛らしくもあるが覇気のあるかけ声が響き、同時に畳に叩きつけられる音が響くと、ぐえっとカエルが踏みつぶされたような情けない声が漏れた。
 綺麗に相手――リヴァルを地に叩き伏せた白い胴着を着たナナリーは、畳に這い蹲り無様な醜態を晒すリヴァルに向けて再度の組手を申し込む。

「リヴァルさん! もう一本お願いします!!」

「ちょ、ちょっと待ってくれナナリーちゃん! 流石にこれ以上はキツイ!」

 しかしリヴァルは荒い息を吐きながら勘弁してくれと、それを断った。だがナナリーはまだ物足りないらしく、頬を僅かに膨らませるとリヴァルの腕を掴み引っ張り起こそうとするが……。

「ナ、ナナリーちゃん、無理はいけないよ」

「そうだよ、それにもう一時間も稽古してるんだから、いい加減休憩もとらないとダメ!」

 生徒会の他のメンバーからまおダメ出しを出され、不満そうに稽古を切り上げた。
 リヴァルはほっと一息をつくと、のろのろと道場の横にある休憩スペースに向かい、水分を取りはじめる。
 ナナリーも休憩スペースにいたラピスから冷えたお茶の入った水筒を渡され、ごくごくとそれを飲み干す。どうやら彼女が思ってた以上に疲労が溜まってたようで、失った水分を取り戻せとばかりにお茶を飲んでいる。
 ミレイはそんなナナリーに心配そうな視線を向けながら、諭すように言った。

「ねぇ、ナナリー。あんな事件があった後だから気にするななんて言えないけどさ、無理して体壊したら、またルルーシュが心配するわよ」

「……ハイ」

 ほんの数日前にナナリーが暴漢に誘拐――勿論それはルルーシュが用意したカバーストーリーで、暴漢も逮捕されナナリーも傷一つ無く保護されたと聞いている――された事は生徒会の周知の事実で、日頃体を鍛えているナナリーが非常時に何もできなかったことを悔しがっていることは皆が理解していた。
 なのでこうして生徒会役員の皆でナナリーの気晴らしのために稽古に付き合っているのだが、あまりの発奮ぶりに皆が驚いていた。

「ったく、こういうのはルルーシュの役目でしょう。なんで俺が……」

「ハイハイ、ぼやかないのリヴァル。ルルがいないんだから仕方ないでしょ?」

「はぁ〜、せめてアキトさんが居てくれたらなぁ」

 いつもはキツイ稽古の後にはアキトが煎れるお茶や菓子、そしてたまに振る舞ってくれる料理が、疲れた身を癒してくれるのだが今日に限って二人とも不在であった。
 しかしそれでもこの道場には飲み物やお菓子が常備されているため、それで口元を紛らわすことができるため、誰からも文句はでなかった。
 そして一方で、当事者のナナリーはと言えば、水分を補給して火照った体を冷ましてようやく落ち着くことができた。
 その後考えるのはあの夜の出来事なのだが、ナナリーには屋敷から連れ出された以降の事はほとんど記憶に残っていなかった。
 クラブハウスの警備装置が反応し、ラピスや咲世子に連れられて逃げ出したものの直ぐに電気は落とされ、暗闇の中から伸びた手が口を塞ぎ体を拘束されそうになった時、恐怖で身が竦むと同時にこれまで鍛えた経験によって相手を投げ飛ばすことができた。
 見た目はか弱い少女のその行動に相手は驚いたが、直ぐに気絶させられ目覚めた時には全て終わっていた。
 そして気づいた時に最初に耳にしたのは、心配そうな兄の声。
 その声を聞いてナナリーの心にを占めたのは恐怖から解放された安堵、そして何も出来ずにまた兄に心配をかけさせてしまったという無力感だった。

(私は昔から守られてばかりだった、だからこうして体を鍛えて自分の身くらいは自分で守れるようにしてきたつもりだった)

 だがそれも、より大勢の数の暴力の前ではなんと無力なものか。
 兄のためになりたいと、アキトに教えを請い今や武術では兄以上の腕前があると自負しているつもりであったが、そんな自信はあの夜に木端微塵に打ち砕かれてしまった。

(私はお兄さまやアキトさん達に助けてもらってばかり……)

 恐らく自分は兄やアキトに助けられてもらったのだろう、とナナリーは考える。そして犯人に関しては兄が言うには既に逮捕されているということも聞いている。
 だがあそこまで組織的に、そして大胆にクラブハウスを襲撃したのが単なる誘拐犯だとはナナリーは考えていないしそこまで愚鈍でもない。
 兄やアキトが不在の時を狙い、姉の電子警戒網を力付くで破ってまで自分を浚う集団で自分が考えられるのは――やはりブリタニアしか考えられなかった。
 だとすると自分を狙った理由は簡単だ。兄を牽制できるほどの人質の価値を持ち、目も見えない小娘一人など格好の獲物に違いない。
 そこまでナナリーは考えると、くしゃと表情を崩しうなだれた。

(私は結局籠の中の鳥でしかないの? お兄さま達の助けになることもできない、足手まといでしかないの?)

 自分だけが傷つくのはまだいい。だけどそれによってよくしてくれる兄や他の人達が苦しみ悲しむのは耐えられない。
 今更ながらに己の無力さに、ナナリーは涙がこぼれそうになる。

(私に……もっと力があれば)

 悔しさと情けなさで手に持ったカップを握りしめ、心の中で慟哭するナナリー。
 そんなナナリーの様子をラピスは静かに見つめていたが、ナナリーはそれに気づくことはなかった。





「久しぶりだなスザク、まさかお前から茶の誘いが来るとは思わなかったぞ」

「何かあれば電話を寄越せと言ったのは君の方だろ?」

 租界のストリート沿いにあるとある喫茶店。以前にスザクとルルーシュが再会を果たし、言葉を交わしたあの店だ。
 既に陽も沈み、時刻は8時を回ろうかという時間に珈琲や紅茶を飲もうとする客もそういないためか、店の中は閑散としており客はスザクとルルーシュの二人しか見あたらない。

(さて、何を考えているスザク)

 ティースプーンをカップの中でくるくると回しながら思案するルルーシュ。
 スザクから携帯電話で呼び出されたのはほんの数時間前。こちらの正体に感づいたと思われる相手からの呼び出しに、ルルーシュは即座に応えた。勿論軍や警察の類が動いていないかは、ラピスやディートハルトによてチェック済であるし、身辺警護として黒騎士が裏で待機している。この店については買収も考えたが余り足のつくような真似は避けたかったため、騎士団の人間を周囲に張り付かせて店に入らないようにしている。

「それで、俺に話ってなんだ?」

「その前に……まずは君に礼と謝罪をしなくちゃならない」

「謝る? 何をだ?」

 そう言ってスプーンを置き、優雅に紅茶のカップを傾けるルルーシュ。だがその一方で、スザクの言葉を一字一句も聞き漏らすまいと耳を傾けている。

「礼はあの時――誘拐容疑の騒ぎで僕を助けてくれたこと。謝罪については知らなかったとはいえ、君に刃を向けたこと……そしてナナリーをあんな目に遭わせたことについてだ」

 スザクがそう言い終わった後、暫くの間辺りには沈黙が降りる。
 店の中にかかっている落ち着いたBGMが空しく響き、店のマスターが作業する音がやけに耳についた。
 そしてルルーシュは紅茶を飲み干し、カップをテーブルに置いてようやく周囲の時間が動き始めたようにルルーシュは口にする。

「……何を言ってるのか分からないな、スザク」

「そしてこれから話すことは一人の友人としての質問だ」

 しかしスザクはまるで畳みかけるようにルルーシュへと言葉という刃を向ける。
 まるで戦場で相対したようなスザクの気迫に、ルルーシュは平静を装った表情の裏で流れ出る汗を止めることができない。


「ルルーシュ……君がゼロなんだね?」


 スザクがそれを口にした途端、ルルーシュは周囲で慌ただしく動くいくつもの気配を感じた。
 周囲に騎士団の人間を配置しているとはいえ、ゼロの正体を秘匿するためこの会話を聞いているのはアキトのみ。つまりはアキトがスザクを捕まえるために動いた可能性が高い。

(だがまだだ、まだ出てくるんじゃないぞ、アキト)

 スザクの言葉はこの時点ではまだブラフの可能性が高い。
 下手に動いてこちらの正体を確信させるよりも、なんとか誤魔化してこの場を切り抜けた方がよい。ルルーシュは軽く驚いた表情を作るとスザクに尋ねた。

「スザク、お前は何を根拠に俺があのゼロだと言うんだ」

「ほんの少し前まで確信はなかった。確信が持てたのはアッシュフォード学園の誘拐騒ぎについての情報が、こちらの情報と食い違っていたことさ」

「……ふむ」

「学園の理事長の発表では犯人は数人の暴漢で、犯人については既に逮捕済みで浚われた生徒も無事とある。捕まった犯人には前科もあるし、事情を聞いた警察官からの証言にも特におかしな所は無かった」

 クラブハウスが破壊され、ナナリーにも危害が及びそうになったことで事件の隠蔽はほぼ不可能となった。幸い今回の誘拐騒ぎにおける目撃者は、相手が本職の軍人を使っただけあってルルーシュ達以外には一人もいなかった。
 そのおかげで身代わりを立てる事は容易に済んだ。前もって目星をつけていた前科持ちにギアスをかけ、誘拐騒ぎを演出。逮捕に動いた警察官や現場検証に訪れた職員にも同様にギアスをかけて完全なカバーストーリーを仕立て上げたのだ。

「だけど、残念なことに僕はその犯人を知っている。本来ならその犯人は既に死亡しているから、つまりは捕まえたという警察官の証言も嘘と言うことになる」

 そう、本来の誘拐犯……つまりはマオやブリタニア軍がこの事件について調べていれば簡単にそれは嘘だとばれてしまう。
 ルルーシュは今回の事件に関わった軍人が目の前のスザクとラウンズのドロテア以外は全て死んでいる、もしくは行方不明になっている事は既に知っていたが、一学園の誘拐騒ぎについてそこまで念入りに調査するとは思っていなかったのだ。
 だがスザクはルルーシュ達がアッシュフォード学園に通っていることは以前の会話で既に知っていた上、今回の誘拐騒ぎに深く関わっている。
 つまりは、それらを考慮せずに嘘の事件を仕立てたルルーシュがスザクの指摘を裏付けたという事になる。

「フッ……なるほど、周囲の目を欺くためのカバーストーリーが、逆に目をつけられる結果となったわけか」

 そこまで調べているのなら最早隠す必要はないと、ルルーシュはそう言って暗に自分がゼロであることを認めた。
 なのにスザクは声を大きく荒立てることもなく、静かな声でルルーシュに尋ねる。

「何故……こんな事をしているのか聞いてもいいかい」

「昔言っただろうスザク。俺はブリタニアを許さない、ブリタニアをぶっ壊すとな」

「そう……そうだったね」

 終戦直後、まだ幼い頃にルルーシュはそう言っていた。
 破壊された街と無数に転がる日本人の屍をその目に焼き付け、激しい怒りを感じさせる声で宣言していた。

「俺の方こそ改めて聞くぞスザク。何故日本最後の首相の息子であるお前は、敵のブリタニアの下へとついた。その理由はブリタニアを中から変えるという荒唐無稽な理想のためか!?」

 ルルーシュは以前にも聞いた問いを再び繰り返す。
 スザクが何を思ってこの場所に呼び出したのかは未だ分からない。だがアキトからの連絡が無いことを考えると、少なくともブリタニアに己を売り渡しに来たのではないと分かった。
 恐らくスザクは迷っているのだろう。コイツは強情な上に他の人間を見捨てることができない人間だ。だがブリタニアの汚さを改めて見せつけられ、それを信じれなくなった。だから友の自分を呼んだのだ。
 ルルーシュはそう判断し、今度こそ逃がさないとばかりに声をかける。

「俺と友に来いスザク。お前と俺が力を合わせれば、やれないことなどないだろう!」

 これまでに類を見ない程に熱心にスザクを誘うルルーシュ。
 だがスザクから返ってきた言葉は承諾でも拒否でもなく、質問だった。

「……ルルーシュ、仮面を被って人の前に立つというのはどんな気分かな」

「……なに?」

「君が素顔や素性を隠す理由は分かる。だけど本来信を置くべき仲間にさえそれを打ち明けることも出来ず、仲間の命を預かるなんてことは許されることじゃないと思わないかい?」

 唐突な問いかけにルルーシュは困惑するが、おざなりな回答を示せばスザクはこちらの誘いに答えないと思い、真面目に答えた。

「そうだな。俺も最初は仲間としてではなく、契約という形で相手と協力した。だが今ではほとんどの人間は俺を信頼し、付いてきてくれている。今やゼロという記号は、日本解放を目指す象徴となっている」

「じゃあ、その仮面が剥がれた時、一体どんな事が起こるかな?」

 その言葉と同時に、再度周囲に緊張が走る。
 ルルーシュは自然と目を鋭くし、スザクを睨みつけた。だがスザクはそんなルルーシュの様子に苦笑した。

「安心して。なにも僕は君の正体を晒すとかそんなつもりはないんだ」

「では何が言いたい」

「僕がブリタニア軍に入ったのも似たような理由なんだよ」

「……何?」

 どういうことだ、と視線で問いかけるルルーシュ。

「僕が日本に対してできることは一体何なのか……君と別れた後、随分考えたものだよ」

 戦争直後にルルーシュと分かれた後、一人日本を放浪した。
 尤も子供の足ではそう大した場所まで行くことは叶わなかったが、それでも十分すぎるほどの土地を見て回り、たくさん悲劇をこの目で見たと言う。

「無慈悲な暴力に対する怒り、何も出来なかった無力感……何故こんな事になったのか、どうしてこんな酷い事が起こったのか」

「それはブリタニアが――」

「違う、それは違うんだよルルーシュ」

 ルルーシュの答えを即座に否定するスザク。
 そして次に彼が口にしたのは――

「あの戦争が起こった原因は……僕が父を殺したからなんだ」

 心を読まれたあのマオ以外、決して誰にも語らなかった枢木ゲンブの死の真実だった。





(なるほど、アイツがどことなく危うい気配を持っていたのはそれが原因か)

 ルルーシュやスザクがいる喫茶店を見下ろすことのできる廃ビルの一角で、コートを深くかぶった人物が二人の会話を傍受していた。
 その人物の周りには黒の騎士団の制服を着た兵士数人が倒れており、銃すらも手にしていないことを見るとあっと言う間に、倒されたことが分かる。
 その人物――ドロテア・エルンストは持ち込んだ集音マイクを喫茶店に向けつつ、この後どうするかを思案する。

(さて、これだけでもゼロを引っ張り出す証拠になりそうだが……!)

 突如背中に突き刺さる殺気を感じ、転がるようにその場から飛び離れるドロテア。
 遅れるように空気の抜けるような音が辺りに響き、コンクリートの柱に穴を空けた。
 ドロテアは入り口の方へと視線を移し攻撃者を見ると、そこにいたのは闇に溶けるようなマントとバイザーを身につけた男の姿だった。

「貴様か、黒騎士」

「その声……ドロテア・エルンストか」

 アキトは油断なく銃を構え、逃がすまいと徐々に間合いを詰める。

「よくここが分かったな。枢木には一切知らせていなかったのだが」

「配置した団員から連絡が途絶えれば、誰だって気になるに決まっているだろう」

 周囲に配置した団員達には定時連絡を欠かさないよう徹底していただけでなく、不埒者が現れれば直ぐに分かるようカメラやセンサーなどの電子的包囲網を設置していた。
 だがそれを容易に突破し、こうまで手こずらせた事から純粋にドロテアの技量の高さが伺える。
 アキトは銃だけでなく、懐のナイフにも手を添え直ぐにでも飛びかかれるよう構え、その様子を見たドロテアは愉快そうに口を歪めた。

「ふっ、生身の貴様と剣を交えるのも一興だな」

「……」

 ドロテアの声には答えず、アキトはナイフを抜いてドロテアを捕らえんと襲いかかった。





 そんな裏で行われている事は露知らず、二人は重苦しい雰囲気の中で会話を続けていた。

「そんな……枢木ゲンブは徹底抗戦を唱える軍部を諫めるために自決したはずでは――」

「キョウト六家の桐原さんが取りなしてくれて、その事実は隠蔽されたんだ。後は君も知っている通りだよ」

(……なるほど、命を懸けるほどの他人優先になったのはそれが原因か)

 ルルーシュの知るスザクは義理堅い男であったことは確かだが、あのシンジュクゲットーの時のように無謀ではなかった。
 おそらく実の父親を殺し、少なくとも直接的ではないにしろ、開戦の原因を自分が作ってしまったという自責の念がそうさせているのだろう。
 しかしこちらの誘いを断る理由がそれだけでは分からない。寧ろその責任を果たすために日本解放のために動く方が説得力はある。

「それで、その話が最初とどう繋がる」

「……少なくとも僕の軽率な行動で、多くの人が死ぬ事態が起こった。これは事実だ」

 ルルーシュはそれに反論したい気持ちに駆られたが、少なくとも今はそれを問うべきではないため、小さく頷いた。

「戦争が終わった後、僕は考えたんだ。どうすればこの罪を償えるのか。死んでしまったみんなに顔向けできるようにするには何を為せばいいのか……」

「……それがブリタニアの下について戦うということか」

 その問いにスザクは答えない。
 ただ黙って視線を下ろし、カップの中の冷めきった紅茶に目を向けるだけだ。そしてルルーシュはその沈黙を肯定として捉えた。

「だとすれば……やはりそれは間違っている! 罪を償う? 死んだ皆に顔向けできるかだと!? 同じ日本人に銃を突きつけてできるはずがないだろう!! 今からでも遅くない! 俺達と共に来いスザク!」

 最早ルルーシュの声は怒声に近いレベルとなっていた。
 なんとしてもコイツを連れていきたい。連れていって、お前一人が苦しむ必要はないと分からせてやりたい。
 ルルーシュもかつては一人でやろうとしていた。たった一人でもブリタニアを倒そうと思っていた。
 だがアキトや騎士団の皆と行動を共にし、一人でやることには限界があるとようやく知った。そして志を同じくする者の力を改めて知った。
 今のスザクにはそれがない。
 例え彼にどれだけ力があっても、どれだけ志があったとしても、たった一人ブリタニアという敵地で為せるはずがない。
 このままではスザクは死んでしまう……ルルーシュはたった一人の親友をみすみす見殺しにすることはできず、形振り構わず声を荒げてスザクを誘った。
 しかし……しかしそれでもスザクの首は縦には振られない。

「ゴメン、ルルーシュ。やはりそれはできない」

 相変わらず平静なスザクの声に、とうとうルルーシュはこらえきれなくなり、詰め寄ってスザクの襟を掴み上げた。

「このっ……分からず屋がっっ!!」

 だがそれでもスザクの表情は変わらない。
 ……いや、今まで変わらなかった表情がまるで決心したかのように、より厳しいものとなる。

「違う! 聞いてくれルルーシュ! 僕が日本人として戦えない本当の理由は――」

 一拍間を置いて彼は吐き出した……今までひた隠しに、己すら気づかなかった本当の理由を。





「日本人みんなの期待が……怖かったからなんだっ!!」





 暫し沈黙が舞い降り、ルルーシュは力が抜けたようにスザクの襟から手を離した。

「……どういうことだ、スザク」

「もし僕が日本人として先頭に立って戦えば誰もが称えてくれるだろう。僕にはそれだけの価値があると理解している」

「……日本最後の首相の息子。そしてお前には類を見ない才能があるからな」

「だけど同時に僕は日本を占領の憂き目に遭わせた張本人だ! 多くの人達を……罪もない人達を死なせてしまった元凶だ!!」

 まるでこれまでの罪を絞り出し、吐き出すような苦しい顔でそう告白するスザク。
 今まで見たこともないスザクの表情にルルーシュは困惑するしかなかった。

「君なら知ってるはずだルルーシュ。人の心は移ろいやすい。例えそれが救国に立ち向かう人間だとしても、自分の身を不幸にした人間だと知れば、声高に非難の声を浴びせるだろうね」

「……ああ、そうだな」

 言われるまでもなくそんな事は知っている。
 ゼロの仮面は、自身が生きていることをブリタニア本国の皇族に知られるのを防ぐためであるが、それは同時に日本人にも言えることだ。
 ゼロの正体がブリタニアの皇族であると知れれば、多くの日本人が恨みを抱くことだろう。
 ルルーシュは八年前、まだ戦争も起こっていない頃にブリタニア出身の子供というだけで多くの日本人から疎まれた。それを省みれば民衆の心のなんと移ろいやすいことか。


「僕にはできなかった……罵りを受けてまで日本の人達の前で戦い、ブリタニアと戦おうという気概を僕は持てなかった!!」


「あの時は分からなかったけど今なら分かる。僕は心の奥底でそれに気付き、耳障りのいい言葉で飾ってそれを誤魔化して生きてきたんだって」


「あの男が言った通り、僕は本当に卑怯者だ……」



 今ルルーシュの目の前にいる人間は、自分が正しいと信じ自らの道を邁進していた親友スザクではない。
 ただただ自分の心に溜めた膿のような泥を吐きだす、懺悔室の前の子羊でしかなかった。





 一方で喫茶店を見下ろす廃ビルでの戦いも終わりが見えようとしていた。
 アキトの銃は既に弾切れになっており、手持ちの得物はナイフ1本。対するドロテアも銃を持ってはいたが、アキトと同じように弾切れとなり、既に床に放り投げられておりその手には軍用のナイフが握られている。
 だが彼らは動かない。
 互いに決め手が欠けているからという事もあるがそれだけではない。

(なるほど、持ち上げられて失望されるくらいなら最初から嫌われようという事か)

(そうか……彼も苦しんだんだな)

 二人は店での二人の会話を聞いていたのだ。
 立場こそ違えど枢木スザクを心配していたのは二人とも同じ。スザクの心情を盗み聞きした罪悪感から二人は妙に攻め気を欠いてしまっていた。





 スザクの心の吐露を聞き、ルルーシュの胸を占めたのは感動だった。
 例え親友といえど自分の醜い心をさらけ出すのは生半可な覚悟ではない。家族、恋人にすらも秘密を持つのが人間だ。だがスザクは自らそれを打ち明けてくれた。
 この男を逃がしてはならない。ルルーシュは改めてそれを認識した。

「……だったら今からやり直せばいい。間違いに気付き、悔い改めたならそれを直せばいいじゃないか!」

 これだけの男をブリタニアで飼い殺す事なんて自分が許さない。そんな思いを込めてスザクを誘うルルーシュ。
 だがそれでもその声はスザクには届かない。

「さっきも言ったようにそれはダメなんだよルルーシュ」

「どうして!?」

「例え間違った思いだったとしても、僕はブリタニアを中から変えるために行動した。ここでブリタニアを裏切れば、僕は本当に自分で自分を許せなくなる……それにそんなことをすれば、より一層ナンバーズの立場は悪くなってしまう」

 その言葉にルルーシュは今度こそ何も言えなくなる。
 一度組織を裏切った人間が再度組織を裏切れば、そこには最早信頼というモノは生まれなくなるだろう。
 ルルーシュもスザクに親友というフィルターがかかっていなければ、二度裏切った男を自分の懐に招き入れようとは考えなかっただろう。

「じゃあ一体お前はどうすると言うんだ!」

「僕は――本当の意味でブリタニアを中から変えてみせる」

「……どういう事だ?」

「君には言っていなかったけど、僕はある皇族の下にいる。その方はナンバーズに好意的でコーネリア殿下程ではないにしろ、皇位継承権も高い。そして何より、弱者を守るために自ら立ち向かう強い精神を持つ素晴らしいお方だ」

 その言葉でルルーシュの脳裏に浮かんだのは、ウェーブのかかった桃色の髪を持つ花のような笑顔を見せる少女だった。

「まさか、ユフィの事か!?」

「ユーフェミア皇女殿下を知っているの?」

「ああ、幼少の頃はかなり深い親交があった。そうか、お前がユフィのな……」

 そしてルルーシュは気が付いた。
 スザクがやろうとしている事を……

「まさか、お前が言うブリタニアを中から変えるというのは……」

「ああ、僕はユーフェミア皇女殿下を次期ブリタニア皇帝にしてみせる!」

 スザクの答えにルルーシュは目を丸くした。
 100人以上の皇位継承者の中から選ばれる次期皇帝の継承権。その継承権をかけたレースは文字通り血で血を洗う血みどろのレースだ。
 知略謀略、そして毒や銃弾すら飛び交う皇宮においては生き残ることすら難しいだろう。
 だがそれを乗り越えユーフェミアが皇帝となり、慈愛に満ちた治世を行えば、確かにそれはブリタニアの変革と言える。

「……容易な道ではないぞ」

「それを言うのなら、世界の三分の二を支配する帝国を相手にする君も同じ事だろ?」

「フッ……それもそうだな」

 ルルーシュが皮肉下に笑い、スザクはそれを見て苦笑する。それはこの店に入って、二人がようやく見せた笑みだった。

「お前は昔から頑固だからな……こうと決めたらテコでも動かんだろうな」

「君に言われたくないよ」

 全てを告白したからかスザクの表情からは陰りが消えている。以前会った時にはせっぱ詰まって折れてしまいそうなほど痛々しかったそれに比べて、なんと明るいことか。
 恐らく自身の道標が明確になったことが起因しているのだろう。具体的な目標もなく、ただブリタニアの下で戦い続けることよりもずっといいとは分かっているのだが、その目標に自分の助力の入る隙が無いことにルルーシュは一抹の寂しさを感じたが、それを面に出すことはなかった。
 今はただ友の新しい船出を祝うべきだ。ルルーシュはポットを手に取り自分とスザクのカップに新しい紅茶を注ぎ、カップを手に取った。
 スザクもルルーシュの意図に気付き、自分のカップを手に取り目の前に差し出す。

「俺は外から世界を変えるために」

「僕は中から変革を促すために」

 乾杯、とカップをぶつけて紅茶を飲むルルーシュとスザク。
 しかし熱い紅茶を一気に飲んだためか、慣れていないスザクが紅茶を噴出してむせてしまった。
 それを見てルルーシュはおかしそうに声を上げて笑う。そしてつられてスザクも笑みを浮かべた。
 夜の喫茶店で二人の暖かな笑い声が静かに木霊していた。





 通信機から聞こえてくる笑い声につられるように、ドロテアも小さな笑みを浮かべていた。そして彼女は何を思ったのか、手を挙げてアキトの前へと歩み寄る。

「どうした、もう終わりか?」

「ああ、興が削がれた」

 そう言ってナイフを放り出し抗戦の意志が無いことを示すドロテア。
 だがアキトはそんな態度の相手に対しても警戒を怠ることはなく。油断無くナイフを構えている。

「お前にやる気がなくともこっちはお前を逃がすわけにはいかない。ルルーシュのため、スザク君のためにも今ここでお前は殺しておく」

「……なるほど。先程の会話を貴様も聞いていたようだな」

 その言葉でアキトもドロテアも喫茶店での二人の会話を聞いていたのだと互いに理解した。そしてアキトは同時にますますこの女を逃がすわけにはいかないと、バイザーに隠された目を鋭くする。
 アキトの殺気が膨れ上がるのが分かり、それでもドロテアは笑みを崩さない。

「確かにこの事を報告すれば、私には更なる勲章が手に入り。ナイトオブ・ワンの称号にも手が届くかもしれん」

「分かっているのなら……」

「だがそれではつまらん」

 バキッ!

 おもむろにドロテアは耳に付けていた通信機を地面に叩きつけ、集音マイクごとそれを踏みつぶして破壊してしまう。
 アキトはその様子に内心驚きながらも、静かな声でドロテアに聞く。

「……どういうつもりだ?」

「帝国の騎士とはいえ、私も元はナンバーズの一人。奴の無謀な目標を見届けるのも面白い」

「それを信用しろと言うのか」

「安心しろ。手持ちの通信機はこれだけだし、告げ口などという真似は絶対にやらん」

「……それでも貴様を見逃す理由にはならない」

 ドロテアの意図は理解したが、万全を期すためにはやはりこの場でドロテアを始末した方がよいとアキトは判断する。みすみすラウンズの首を見逃すことはルルーシュ達にとっても害にしかならない。
 ナイフを握りしめる手に力を込めるアキト。だがそんなアキトの様子を見てもドロテアの表情からは余裕が消えることはない。

「フフフ、落ち着け黒騎士。イイ雄というのはそうがっつくものではないぞ?」

「誰がっ!」

 その言葉が合図となったのか、矢の如き勢いでドロテアに向かうアキト。だがそれよりも早く、ドロテアの手から小さな筒が転げ落ちる。
 それは床を跳ねるとたちまち煙を噴きだし辺りを一瞬の内にして白い世界に変えてしまった。

(煙幕とは小癪!)

 煙で視界が塞がれる直前にナイフを投擲するも手応えは感じなかった。しかしここで逃がすわけにはいかないと気配を探ろうとする直後――

「ではな黒騎士。今度は戦場で会おう」

 まるで恋人が情事の後に囁くような甘美な声で、ドロテアの声が耳元で響いた。
 アキトは一瞬呆気にとられるも、直ぐに気を取り戻して拳を振るうもやはり手応えはない。そうこうする内に煙が晴れ、辺りには戦闘の名残と倒れ伏した黒の騎士団の団員しか残っていなかった。

「逃げられたか……」

 今更追撃をかけても無駄だろうとアキトは考え、他の団員達に撤収の命令を伝える。
 ドロテアの事は気にかかるが、あの様子ではゼロの正体がばれることはないだろう。彼女の言葉を信じるわけではないが、今はそう考えるしかない。
 気絶した団員達を起こす傍らで、アキトは眼下にある喫茶店を見下ろした。周囲で明かりがついているのは最早その喫茶店のみで、周囲はほとんどが闇に潰されていた。人の手による光も星の光すら差さず、頭上を照らすはずの月も、今夜は新月だ。
 だがこれは二人の行く末を暗示しているのかもしれない。
 例え周囲が闇に潰されようとも、彼等という強い光は絶えず民衆に希望をもたらし、いつか夜明けという朝が来るのだ。
 自分が出来ることは、今夜の新月のように影ながら二人を見守り、応援するだけだ。

(願わくば、二人の道がいつか交わるものであるように……)

 アキトは最後に、内心で二人の少年達の行く末をそう祈り、廃ビルを後にするのだった。





※オリジナル兵器説明


『新月』

 新たに黒の騎士団に加わったラクシャータが、独自のナイトメア理論とアキト達の世界の機動兵器の技術を組み合わせて開発した、アキト専用のハイブリッドナイトメア。
 機体性能はランスロットや紅蓮と同じ第七世代相当だが、ラクシャータ曰く『ハードが完璧なら更に二世代は上にいく』らしい。
 通常のナイトメアよりも高出力のユグドラシル・ドライブを装備しており、稼動時間も運動性能も桁違いに高い。
 特徴的なのは背中に装着した『可動式噴進機構(追加ブースター)』で、流体サクラダイトを用いて爆発的な加速力を得ることができ、一時的ながら飛行する事も可能。
 また脚部は駆動輪を挟み込むようにローラーダッシュ機構を備え、両腕下部に飛燕爪牙を搭載しており、エステバリスの名残を見る事が出来る。
 奇しくも、この新月が以後出てくる大型ナイトメアの始まりと言われる機体とな
った。

武装――双門速射砲×2
    大型ブレード×2
    飛燕爪牙×2
    ※特殊兵装『可動式噴進機構』



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■作者からのメッセージ
 まずはじめに、3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震で被害を受けたすべての人に、心からお見舞いを申し上げます。
 作者の住いは関西のため、被害は全くと言っていいほどありませんでしたが、地震のほんの一週間前に仙台に出張に行っていた事もあって、TVで詳細を見た時は背筋が寒くなる思いでした。
 まだまだ予断を許さない状況下にありますが、皆様のご自愛のほどお祈り申し上げます。

 さて、今回のお話はアキトの新機体『新月』についてと、スザクの内面変化についてです。
 新月はお話と機体紹介で説明されているので省くとして、スザクの心情については是非とも書いておきたかった場面ですので、かなり力を入れました。
 二次創作ではその軸のブレさ加減でなにかとアンチされやすいスザクですが、そもそも原作でも『何故ブリタニアについたのか?』が明言されてません。なので作者はその辺りに突っ込んで説得性を持たせ、彼に明確な目標を立ててもらいました。
 この作品のスザクの考えはあくまで作者がこうじゃないのか? と考えたものですので色々と意見はあるかと思いますが、何卒ご理解願います。

 では感想返しです。

>>ふぇんりるさん
 残念ながらナナナ設定は今の所、機体設定だけしか応用していません。
 ですが、今後も考えると更に使う事もあるかも…!?

>>青菜さん
 やはりその突っ込みが入りましたかw>トレーズさん
 今回はスザクに焦点を当てたお話で、青菜さんの疑問に答えるような形に奇しくもなりましたが、楽しんでいただければ幸いです。

>>トマスさん
 マオは原作でもあからさまな「中ボス」扱いでしたからねぇ…。
 ただ、他のSSでは結構マオの救済ルートはあったりするものですから、探してみては如何でしょうか?

>>カガミさん
 ようやくC.C.も活躍させる事が出来ましたが、このお話ではまた空気に…
 次回はラピスの黒さが活躍するかも!?

>>見習い一号さん
 原作の裏切りについて、作者は『製作者側の都合』として割り切ってます。
 だってそうでも考えないと、騎士団の皆がお馬鹿すぎてもう…orz

>>まさるさん
 今回のお話でスザクはルルの共犯者にはなれなかったけど、理解者として描きました。ですが今後スザクはスザク自身の共犯者を増やしてくれるでしょうね。

>>とおりさん
 作者もまさかドロテアさんがここまで活躍されるとは思ってもみませんでしたw
 原作の描写が全くない分、逆に動かしやすいんですよねぇ。

>>ゆうさん
 いつも楽しみにしてくださり、ありがとうございます!
 そしていつも遅くなって申し訳ないでございます…orz


 さて、次回のお話は……多分戦闘回になるのかな?(ぉ
 まだ詳細は決まってないのでどのようになるか分かりませんがお楽しみに〜。

※尚、この小説を書き終わった後、ヴィレッタさんの事をすっかり書き忘れていた事を思い出したのは、ここだけの秘密である。
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