僕はこの一年間いろいろと頑張ってきたつもりだ。
精霊女王に召喚されて、元の世界に帰るための取引をおこなった。
理不尽だとは思ったけど、この世界に皆がいる事は同じ水たまり、いや影かな、というか穴といったほうがいいか。
あれに落ちたのは幼馴染5人全員だったはず。
全員無事だといいけど、そうは思っていても周りに翻弄されるばかりで僕は捜索をする時間を取る事もできなかった。
元の世界に戻る条件は、世界の調和を崩す魔族を倒す事。
とはいっても、それは魔族全てを駆逐するという意味ではない。
調和を崩す魔族というのは、単体の魔族らしい。
それさえ倒す事が出来れば僕は返る事が出来る、出来るならそれまでに全員を見つけて、元の世界に帰りたいと思っている。
とはいっても、調和を崩すというくらいだから、そんじゃそこらの魔族じゃないんだろうけど……。
精霊女王の話をうのみにしていいのかは何度か迷った。
勝手に呼び付けるくらいだから、その後の事まで考えていない可能性はなくもない。
だけど、その後の何度かの接触で僕は疑うのをやめた。
凄まじくお芝居が上手いのでなければ、僕に対する態度は、いつも済まないという気持ちに満ちていたし。
いろいろと、便宜を図ってくれたのも確かだ。
それに、実は少しだけワクワクもしていた、使う意味を失って久しい古流剣術を思う存分振るえる機会として。
とはいえ、その魔族の捜索は難航しているらしく、
僕は便宜を図ってくれている貴族の館でお世話になりつつ、色々な冒険に挑む事となった。
結果論で言えば、これは精霊女王や精霊派の貴族達の派閥を助けるというような意味合いがあったようだ。
途中、お世話になっている貴族の娘であるベルリンドと勇者にして王子様のレイオスの婚約があったりした。
ベルリンドはすごく喜んでいたが、レイオス王子は失恋の直後だったらしくあまり浮いた顔ではなかった。
そうしている間も、僕は依頼をこなしていって、途中、猫獣人のファルセット・アポリと出会った。
彼女は自分より強い人の妻になる、そう決めていたらしく強いという噂のある人に挑んでは打倒していた。
そして、レイオス王子に挑みかかろうとした所にたまたま居合わせた僕が撃退したという顛末。
本来はレイオス王子に惚れるはずだったんだろうけど……結構僕は間が悪いらしい。
惚れてくれた事は結構嬉しいけど、元の世界に帰る事を考えるとあまり仲良くも出来ない。
それに、本当の意味での愛じゃないしね。
とはいえ、虎縞ビキニの破壊力は凄い、あの姿で甘えられると目のやり場に困る。
続いて知り合ったのはベルリンドの従妹に当たる魔法使いラプリク・アル・ファスロク。
彼女は優れた魔法使いであると同時に研究者としても天才と呼ばれたほど一流なんだけど、
研究テーマが過激で、現在の魔法理論を真っ向から否定しかねない論文を幾つも発表したらしい。
結果的に魔法使いの学会でつまはじきにされてしまい、半ば引きこもりになってたんだ。
僕は、その時の依頼の関係で彼女の力が必要だった事もあり、説得を行った。
でも、そんなに簡単にいく訳もなく、依頼は失敗に終わるという時、父親が彼女を説得したらしい。
ギリギリで依頼をこなす事が出来た。
後になって聞いた所、彼女の父親は僕が別の依頼で助けた事があった人だった。
それ以来、彼女は僕に協力してくれるようになった。
三人目はハイエルフの精霊使い、ソルディノ・ロセルティス。
彼女は、森の守護者と名乗るとおり、アルテリア北部に広がる大森林を守護する存在だった。
既に2000年を生きるという彼女は、それでも森から外に出ることなく文明とはあまりかかわって来なかったらしい。
僕が森の調査をする依頼を受けて大森林に来た時、警告を発してきたのが彼女だった。
最初は戦闘になったりと色々とあったけど、
僕が精霊の勇者という立場である事、精霊女王の信任を得ている事を分かってもらってからは協力を受ける事が出来た。
彼女はそのまま大森林に残るつもりだったんだけど、その後、精霊女王の話を聞いて僕に協力して旅をする事にした。
大森林には新しい守護者がついているッて言う話だけど、誰なんだろう?
その後も沢山の依頼をこなし、沢山の人を助け、また助けてもらってそれなりに自信がついた頃。
レイオス王子が出奔したという話を聞いた。
ベルリンドは泣きはらしたような目をして気丈にふるまっていたけど、見ていられなかった。
僕はベルリンドに必ず連れ戻してくる事を約束し、レイオス王子を負った。
運が良かったのだろう、レイオス王子の行く先もわかり、接触時も本気で抵抗はされなかった。
だから連れ帰ることに成功した。
ただ、レイオス王子はフィリナ・アースティア司教の事を諦めきれていない事が気がかりだった。
その後、王党派の精霊女王派追い落とし工作を潰したり、入り込んでいた魔族の狩りだしをしたり。
隣国との戦を起こそうとする一団の殲滅作戦があったり、死霊使いが町を占拠してしまい、その殲滅をしたり。
良くわからないけど、女の子を誑かしたという事で僕が追いかけられた事もあった。
そんなこんなで、あっという間に、一年近い時間が過ぎて行った。
そして、その間に僕とファル(ファルセット・アポリ)、ラーファ(ラプリク・アル・ファスロク)、
ソディ(ソルディノ・ロセルティス)の3人はパーティとしての結びつきが強くなっていた。
だから、僕が動く時は3人がいつも一緒に動いてくれる。
心強い仲間だ。
そして、10日前、またレイオス王子が姿を消した。
僕達は追いかけ……その後は、あれよあれよという感じでラリア公国に侵入するはめになってしまった。
この世界の国境線は険しい山岳地帯には存在していない。
まあ理屈の上ではあるんだろうけど、実際に見張りがいるわけでもない。
ただ、普通の人が行き来するには命がけになるというだけの事。
というか、国境付近に竜の住処がある以上、一流以上の冒険者でもないと難し所じゃないかな。
僕らはそれでも追いかけたけど、待ち伏せされてパーティ全滅という憂き目にあうはめに。
流石に魔王退治の勇者だけはあるっていう事かな。
結局彼について行くはめになった。
レイオス王子の目的は、フィリナ・アースティア元司教の安否を確かめ、可能ならば助ける事。
僕としても、濡れ衣ならば何とかしてあげたいと思う。
だけど、僕達はカントールの街で情報を集めるうち、違和感を感じた。
冒険者パーティの一つ”日ノ本”リーダーだというティアミス嬢にはどうも嫌われたみたいだけど、
出来ればメンバーの名前を聞きたいと思っていた。
明らかに狙ってのパーティ名だと思えるので、幼馴染の誰かである可能性は高いと思う。
「はい、先輩の方なんですが、シンヤさんというんです」
「それにパーティの名前が”日ノ本”ね、確かに、まろが考えそうな事だ」
「まろですか?」
「シンヤの愛称だよ、もっとも僕らの中でしか使われていないけど」
なるほど、まろか……、まろが冒険者をしてるなんてちょっと不思議な感じだな。
確かに好きそうだけど、お世辞にもアウトドア派とは言えない奴だったのに。
まあ、テレビもゲームもないんだし、一年もたてばやっぱり変わるか。
そんな事を考えてその日は寝る事にした。
僕達が泊まっている”桜待ち亭”はシンヤの宿でもあったっていう事がわかったんだ。
それなら、無駄に動きまわる必要もない、ここで寝てればその内会える。
レイオス王子は仕切りに動きまわっているけど、そちらは監視しないほうがいいと思う。
戦力的に不利だし、思い人の捜索なんだからいい結果にしろ、悪い結果にしろ僕達に干渉する権利はない。
翌日、僕達が朝食を済ませて、日課の訓練をしていると、一人の女性が走ってきた。
女性にしては少し体格がよく、よく日に焼けて健康的な肌の色をしている。
服から見ると神官系、恐らくソール教団の人だろう。
「あっ、あの……。こちらに、ヒデオ・テラジマ様か、シンヤ・シジョウ様はいらっしゃらないでしょうか?」
「ヒデオ・テラジマなら僕だけど?」
「はうっ!? 精霊の勇者様ですか!?」
「まあ、そう呼ばれてるね」
「実は……貴方にお会いしたいという方がいらっしゃるのですが」
「僕に?」
「はい、ヒデオ様にはこのように言付かっております。”疑うくらいなら確かめに来いダメ弟”と」
「ぶっ!?」
これはっ!
この言い回しは、姉さん!?
姉さんがここに来ているのか!?
まさか……ソール教団の聖女……。
「分かりました、案内を頼みます」
「はい」
僕は急いで支度をすると、姉さんの使いに向かってお願いし、出発しようとする。
しかし、そうしようとした僕の前にファル、ラーファ、ソディの3人が立ちふさがる。
僕と使いの人の会話を聞いていたようで、僕はばつの悪い顔になる。
でも、今は他の事を後回しにしても、姉さんに会いに行きたい。
一年、姉さんに会えない時間がそんなにも長いものになったのは初めでの事。
だから、いろいろな心配が渦巻いていた、姉さんはこの一年大丈夫だったのだろうか?
「ちょっと待って」
ラーファは、小さな体に大きな眼鏡という特徴的な容姿を僕に向け、視線で威圧してくる。
それは、行くなという意味なのは言われなくても分かる、この世界の事は彼女に何度も聞いた。
だけど、姉さんに会うのを辞めるなんて考えられない。
「僕は行くよ……それで、精霊の勇者の称号がはく奪されたって構わない」
「ちょっ!?」
「無茶苦茶ニャ!?」
「落ち着きなさい、二人とも。
精霊の勇者の称号なんて、ヒデオにとっては大した価値の物ではない事はよく知っているでしょ?」
「それは……そうだけど……」
「称号そのものじゃないニャ、うちらを捨てるつもりなのニャ!?」
「捨てる……って」
僕は思わず一歩引いた、姉さんに会う事が彼女らを捨てるという事にどうして直結しているのかわからない。
それとも、彼女らは僕の精霊の勇者の称号についてきていたという事なのだろうか?
ここ一年近く、身近にいて信頼していただけにそれは少し傷つく。
「だって、精霊の勇者を捨てるっていう事は、聖女様について行くっていう事ニャ。
そうしたら、うちらはもう近付かせてもらえないのニャ!!」
「そう、私達もそれが心配なの」
「それに、精霊の勇者として呼ばれた貴方はそうなると元の世界に帰る手段を失うわ」
「……ああ、だから別に姉さんについて行ったりはしないよ。
元の世界に戻るためには目的を果たさないといけないし、それに、探さないといけない人は他にもいるしね」
僕は、微笑みながらそう返す。
そんな心配をしていた事がむしろ、びっくりだった。
でも、元の世界に戻る事になったらどっちにしろ別れる事になるのに、そちらは彼女ら気にしていないような……。
なんでだろう?
まあ、深く考えても仕方ないな今はともかく姉さんの所に案内してもらおう。
そうして、僕らは歩き出した……。
りのっちの影から出てきた白髪、で白い長髭の爺さんは突然木の陰に潜んでいる俺の事を言い当てた。
それも、魔王の眷属と来たもんだ。
言われてみれば、言いえて妙というかピンポイントで俺の事を言い当てている。
はっきり言うまでもなく、普通の人間じゃないだろう。
そして、あのりのっちのうろたえ様からするにりのっちの意図というわけでもない。
前髪だけ色素の薄い茶髪で残りは艶やかな黒髪という、りのっちの髪も、彼女を覆う特殊な光で照らされてとてもきれいだ。
さっきまでのカツラが吹っ飛んでいるのが微妙に笑いを誘うが、爺さんの放つプレッシャーの前に俺は動けなかった。
「……ッ、馬鹿使途……アンタ何をするつもりよ!!」
「フンッ、目の前に魔族がおるのじゃ、する事など決まっておろうが!!」
使途と呼ばれたじいさんは実体がないかのように空中を移動しながら何か唱えている。
これは……まずい!
(避けろ!!)
突然目を覚ましたラドヴェイドに引っ張られるように、俺は木の後ろから転がり出る。
すると次の瞬間、木に落雷が起こり一瞬で燃え上がった。
あわてて、フィリナやレイオスも別の木の後ろから出現する。
そして、フィリナは俺の前に出て両手を広げる。
「使途……、ソール神に仕える7使途の一人、雷撃を使う貴方はボイドですか」
「使い魔風情が語りおるわ、いかにも、ソール神が第3使途ボイド。
まあ、あの程度の雷など使途ならば誰手も使えるがな」
「クッ……」
確かに、この程度といえばこの程度なのだろう。
使途といえば天使の総称だ、つまりは、ソール神の使わした力の担い手。
少なく見積もっても、魔族における貴族と同等かそれ以上の力を持っているはず。
だから、本気でないと言われても納得せざるを得ないものもある。
しかし、同時に、俺なら今ので十分死んでいた。
つまり、挨拶代わりの攻撃で十分だという事。
その強さは当然、少なく見積もってもレイオスと同等クラスはあるとみていい。
しかも、こう言う状況でレイオスを期待する訳にもいかない、敵対される可能性すらあるからだ。
フィリナの事があるから、真正面から敵対もしないだろうとは思うが……。
「まろ!? もしかして、まろなのか!?」
「てらちん、前にも一度会ってたんだがな。その時は気付いてくれなかったみたいだが」
「そうだったか、ああ、隊商に襲撃をかけたときどこかにいたのか?」
「そう言う事だ、なあそっちの獣娘さん」
「うるさいニャ!!」
ちょっと緊張感のない会話が続く。
しかし、俺達はじりじりと後退しているし、じじい事ボイドは次の魔法の詠唱に入っているようにみえた。
りのっちは何か言葉を失っているように見える。
ボイドのじいさんに何かされているのか?
「何にしろ、とっとと退散したほうがよさそうだ」
「それが出来ればいいのですが……」
「どうした?」
「どうやら、聖堂騎士団のほうにバレたようだな。
冒険者協会周辺に展開している、少しづつ輪を縮めてきているようだ」
周囲にも気を配っていた、レイオスとフィリナが俺に警告する。
とはいっても、確か昼見た限り100人くらいいるんじゃなかったっけ?
しかも、騎士なんて普通の兵士より訓練が行き届いていて強いに決まっている。
前門の使途、後門の聖堂騎士団、どちらに向かっても死亡フラグ満載じゃないか!?
「どうすりゃいいんだ!?」
「俺に考えがあるんだが……」
「レイオスさん!? なんですか?」
「いや、あそこに精霊の勇者もいるだろう?」
「ええ、いますが……」
「まだ、状況判断が追いついていないだろうが、精霊の勇者本人はともかく、残りの3人はいずれ襲ってくる。
それまでに、聖堂騎士団のどこかを突破するしかないな」
「やっぱりそうですか……」
「危ない!!」
フィリナはそう言うと、俺の前に飛び出し結界を展開、正面から浴びせられる雷撃を受ける。
いつの間にか、ボイドの爺さんの攻撃体勢が整っていたようだ。
フィリナは必死に結界を維持するものの、雷撃の圧力に押されじりじり下がっている。
いつの間にか、結界にヒビが入り、指先が血をふく……。
「無理をするなフィリナ!!」
「いいえ、大丈夫です。今までは正体を隠す事を優先していましたので……。
今からは本気でいかせてもらいます」
そう言うと同時に、フィリナはカツラを脱ぎ捨て澄んだ海のようなサファイヤブルーの髪を見せる。
それだけではない、両肩からは黒い翼……いや、5枚だけ白い羽根がある特殊な翼を伸ばす。
魔力の層が厚くなり、結界の強度が飛躍的に増す。
フィリナのフルパワーはゴブリン換算で1000GB、魔族における貴族クラスだ。
しかし、それでもボイドのじいさんには及ばないらしく、じりじりとズリ下がり始める。
「なっ、長くは持ちません……。マスター……お逃げください……」
「ばかな! そんな事出来る訳ないだろ!」
「……くっ……なら俺が!」
(困るな)
「何!?」
「ラドヴェイド!?」
だんだん、結界の維持が難しくなってきたフィリナの代わりにレイオスがと出して周りを牽制しようとした時。
ラドヴェイドが皆にも聞こえるような声をあげる。
レイオスがいるのに、どうするつもりなんだ!?
(まったく、好き勝手やってくれおって。我はせめて後2年、シンヤの成長を待とうと思うておったのにな)
「何を……」
(勇者よ、この世界の不条理、少しは理解できたのではないか?)
「貴様に言われるまでもない!!」
(フッ、まあよい。お主はまた敵となるであろう。だが殺す事はシンヤが望まぬ、消えよ)
「ッ!?」
その言葉が終らぬうちに、レイオスはドラ○エにおけるバシルーラでも喰らったかのように、吹っ飛んで行く。
星になって消えたように見えるのは気のせい……だよな?
(気にするな、シンヤよ。勇者はあの程度では死なぬ……。それよりも脱出の準備をしておけ)
「どういうつもりだよ……」
(人間の世界は気ぜわしい、そろそろお前も……いや、そうであったな……)
「えっ……」
(我が時間を稼ごう)
ラドヴェイドの言葉にはどこか寂しさが漂っているように見えた。
まさか……、そんな事は……。
だが、戸惑っている間にラドヴェイドはその姿を、そう、姿を現した。
俺は思わず右手を見る、掌にあった目はきれいさっぱりなくなっている。
たったあれだけの魔力で復活できるものなのか?
しかし、以前とは違う、10m近くあった体は2mに届くか届かないかという程。
大きいといえば大きいが、人間の範疇に過ぎない。
それに何より、姿がどこか透けていた。
これはつまり、魔力があまりにも少ないので顕現しきれないという事だろうか?
それでもラドヴェイドは余裕の表情をしながらボイドを指差す。
『久しぶりだな、使途ボイド』
「フンッ、生きておったとはな……やはり精霊女王派閥の勇者など信用できんという事か」
『お前の放った刺客は数百屠ったと思うが?』
「そうやもしれぬな、しかし、うぬのその姿、よほど魔力が枯渇していると見える」
『担い手が熱心ではなくてな』
うう……それって俺の事か、やっぱ。
だけど、俺としても魔王を復活させていいものかどうかはまだわからない。
それが引き金になって何が起こるかわからないから。
「ならばそのまま消えよ!!」
『そう言う訳にはいかぬな』
詠唱をしているようには見えないが、互いによくわからない魔法をぶつけあっているようだった。
その証拠に、周囲では爆発が起こったり、閃光がひらめいたり、地面が陥没したりと被害が大きくなる。
フィリナは自分で結界を張っているのでさほどの問題はないし、りのっちはてらちんらに守られているようだ。
しかし、周囲で近づいてきていた聖堂騎士団はかなりの被害を出していた。
だけど、ラドヴェイド……こんな事が出来る魔力あったんだな……。
ちょっとびっくりしていると、ラドヴェイドが俺に視線を投げかけていた、前から後ろに流すような視線。
恐らくは、今の内に撤退しろという事か。
確かに、長々といるとまずそうだな……。
「フィリナ、行くぞ」
「はい!」
俺とフィリナは包囲が崩れた所を見計らい急いで脱出を行う。
気付いた聖堂騎士たちが俺達に向かってこようとするが、使途と魔王の戦いの激しさのせいで近づけないでいる。
普段は口うるさい事が多いラドヴェイドだが、サポートはかなりしっかりしてくれているようだ。
俺達は隙を縫って駆け出す。
包囲突破そのものにはさほど苦労はしなかった。
しかし、聖堂騎士団も軽装が殆どだし、馬に乗っているものもそこそこいた。
だから、最初は門に向かっていたのだが……。
既に通達が出ているらしい、門が閉じられようとしていた。
ここからだと全力で走っても間に合わないと感じた俺達は、途中の路地に入り込む。
「裏道を使う!」
「はい!」
カントールの町の中はここ半年でおおよそ覚えている、裏道や地下を流れる水道もそこそこに。
フィリナも俺の記憶からある程度はわかるかもしれないし、そうでなくても俺が先導している。
対して、聖堂騎士団は普段裏道なんて通る事すらないはずだ。
その差が徐々に広がっていく。
そして、ほぼ完全にまいた頃には半時間近くたっていた。
脱出ルートを確保するため、俺達は廃屋の多いスラム地区に向かおうとした。
だが……、そんな俺達の前に、エメラルドグリーンの髪をポニーテールにした少女。
いや、ハーフエルフだから少女とも言えないのだが……。
門が閉じられた事で、俺達がどこに向かうかわかっていたのだろう。
ティアミスがスラムの廃屋の前に立ちふさがっていた。
「……聖堂騎士団に追われているの?」
「ああ……」
「それは、魔族である事がばれたから?」
「そうだ」
「そう……」
沈黙が満ちる……。
分かっていた事だった、俺の存在がパーティのお荷物になるならどうするか、
バレた時からその事は互いに決めていたといっていい。
俺は、パーティを去る、最もそれだけで済むはずもない。
ならばどうするか。
もちろん、”日ノ本”の者の手で俺を倒すしかない。
そうしなければ、パーティのイメージは地の底に落ちてしまう。
ティアミスは弓をつがえ、俺に向かって構える。
それは意思表示、俺達と決別するという意味の……。
元々、魔族である事を隠していられる事が前提の契約。
破ったのは俺、ティアミス達はこれから魔族がいたパーティという事でいろいろと白眼視される事になるだろう。
ティアミスには色々申し訳ないと思う、しかし、俺には……。
「私は……、魔族である貴方を狩らねばならない」
「……そうだな、済まない。姉の捜索は手伝えそうにない」
「だから……」
「そうだな」
互いに言葉はいらなかった、俺はティアミスに殺されるわけにはいかない。
普通に死ぬのは嫌という事もあるが、フィリナの事、結局責任を取れていない。
ルドランの村の事も出来れば最後まで面倒をみたいという事もある。
ティスカにはこれから近づけないかもしれないが……。
しかし、一目だけだが、あいつらにも会う事が出来た。
だから、まだ俺は絶望してはいない。
だから、ティアミスの事も……いずれは分かってくれるかもしれない、そう思っている。
だから、今だけは……。
「おおぉ!!」
「わぁぁぁ!!!」
俺とティアミスは交錯する、ティアミスは矢を放ち、俺の右肩を貫通する。
俺はティアミスにショートソードで切りつけ、太ももを大きく傷つける。
互いに大きな傷を負う、しかし、俺はそのまま走りだした。
魔族となった俺は傷の回復が早いという事もあるが、顕現していない今の状態ではあまり関係ない。
しかし、今は痛みよりも早くこの場を去る必要があった。
交錯する一瞬、ティアミスは泣きそうな顔をしていた、そんなふうに見えた……。
俺は、本当は認められたかっただけなのかもしれない。
しかし、もう後戻りをする事は出来なくなっている……自業自得だな……。
駆け抜けて暫くすると傷の痛みが引いて行く。
どうやら、フィリナが追いついてきて治癒の魔法をかけてくれたようだ。
それから、俺達はティアミスのいた場所から遠くないスラムの外れにある、寂れた廃屋に身を潜めている。
理由は簡単、恐らく町の中でもアンダーグラウンドの知識を持つ者なら知っている、そういう脱出路があるからだ。
「は……、ははは……これで本格的にお尋ね者だな……」
「そうですね……、まず最初の問題はどうやってカントールから脱出するか、でしょうか?」
「そうだな……」
今まではなんだかんだですれすれだった。
どうにか天秤が犯罪者や魔族という者としての一面を表に出さない方向に振れていただけ。
それが今、とうとう限界を迎えたという事なのだろう。
「脱出経路は、やはり地下水道しかないだろう」
「しかし、張られているのでは?」
「あまり長い時間かければそうかもしれないが、今すぐならまだ捜索を始めてからそう経っていないだろうしな」
「そうですね、わかりました」
「じゃあ行くか」
俺は廃屋の中にある木箱をどかし、そこにある穴を降りる。
カントールの地下水道は、宿屋等の地下貯蔵庫と繋がっている。
俺は”桜待ち亭”の手伝いをするうちに、ここを使う事もよくあった。
そのお陰で、かなりの出入り口の位置関係を知っている。
「しかし……ラドヴェイドは大丈夫だろうか……?」
「魔力の枯渇した魔王がどの程度の事が出来るのかはわかりません……。
ただ、それでも私達よりも魔力の扱いには長けています」
「それは一体?」
「魔王はあの場に渦巻いている魔力を取り込んで自らの魔力に変え顕現しました。
少なくとも私よりは強いでしょう」
「そうか……」
それは少しだけ朗報だ、枯渇寸前の魔力では時間もかからずやられてしまう可能性が高い。
それに、相手の魔力も取り込むことが出来るなら、ある意味無敵でもある。
「ですが、正反対の波長である使途の魔力は取り込むことが出来ないでしょう」
「え……」
「つまり、あまり長くは持たないという事です」
地下水道を抜け、どうにか町の外に出て街道を外れる。
少なくともここまでは追ってこないだろうと、山一つ越えたあたりでようやく一息をついた。
だが、この時はまだラドヴェイドの事をさほど心配していなかった。
俺達のために命を投げ出す意味がない事は分かり切っているはずだからだ。
しかし……。
結局その日、ラドヴェイドが合流することはなかった……。