『久しぶりだな、使途ボイド』
「フンッ、生きておったとはな……やはり精霊女王派閥の勇者など信用できんという事か」
『お前の放った刺客は数百屠ったと思うが?』
「そうやもしれぬな、しかし、うぬのその姿、よほど魔力が枯渇していると見える」
『担い手が熱心ではなくてな』
我は、一瞬シンヤに目を向ける、シンヤは目を伏せその事を嫌味と感じたようである。
だが同時に、走り始める、我は久しぶりにシンヤから離れた事になるのやもしれぬ。
魔王としての力は今、倒される前の1000分の1程度。
肉体が透けているのも、大きさが2m前後にしかならないのも当然といえば当然だ。
だが、我は周囲に渦巻く魔力を吸収し始めている。
ボイドはその事に気づいたようだ、すぐさま攻撃に移ろうとしてくる。
「ならばそのまま消えよ!!」
『そう言う訳にはいかぬな』
とっさに、集めた魔力を使い体を中心に多重の結界を構築。
雷撃は肉体までは届かず霧散した。
正直、今の我の肉体は空気とさほど変わらぬ、もしも攻撃呪文が直撃すれば吹き散らされて消える可能性すらあった。
我の力は周囲の魔力を吸収しどうにか維持出来ているという状態だ。
周辺の木々、人々、何より囲んでいる聖堂騎士団から漏れてくるものが多い。
精霊の勇者や聖女からも流れ込んできている、現状ならば1割近い力を取り戻せているだろう。
かなり無茶な取り込み方をしているのは理解している、我と正反対の力を使うボイドは抜くとしても、
聖堂騎士団にしろ、聖女にしろ、精霊の勇者にしろ、我とは逆側の魔力であることには変わりない。
ただ、蓄えておくだけでも体がきしむ。
「ならば連撃!」
『フンッ』
雷に、1m以上ある大型のつぶて、光の槍、圧力操作など、細かい芸を使って連続攻撃してくるボイド。
幸い、シンヤ達は離れたようだ、まあ、ボイドからすれば我に一番消えてほしいのだろうから当然だろうが。
『反撃といくかね』
「こしゃくな!」
こちらは、暗黒球、地面から跳ね上がってくる闇の錐、爆発の呪文等を使って迎撃する。
傍目には詠唱の無い魔法の撃ち合いは奇異に映ったかもしれない。
しかし、互いに一々唱えていては相手の隙に間に合わない以上どうしても無詠唱になる。
ほんの数秒で我らの周囲は完全にガレキと化していた。
最初はここまでする気はなかったのだが。
ボイド相手ではまだ手ぬるい。
「なっ、なんだ……体が……」
「力が抜けて行く……」
「やりおったな、魔王ラドヴェイドよ!」
『下手に戦力等連れてくるからそうなる』
そう、恐らく聖堂騎士の手配をしたのもこのボイドだろう。
本来の力を持っていれば、ボイド如きに遅れを取る我ではない。
ボイドもその辺り警戒していたのだろうが、裏目に出たと言う訳だ。
彼らを衰弱死させようと言う訳ではないが、力を集めさせてもらう。
「貴様!!」
『フンッ』
魔法の撃ち合いのような状況が続く。
周辺被害もバカにならないものになってきた、別に人がどうなろうとさほど気になるわけではないが……。
先代からの契約もある、人を出来る限り撒きこまないと言う形はとっている。
それもあってか、我とボイドの撃ち合いは拮抗していたものの、無限に魔力が続くわけではない。
元々我は間に合わせの魔力を使っていた、聖なる魔力に近いものを無理やり体内に蓄えて自らの魔力に変換して使っている。
当然ながらその代償は大きく、手足の所々が爆ぜて魔力を漏らし始めた。体の限界が近いらしい。
だが、時間も十分稼げただろう。
『ボイドよ』
「……なんだ」
『戯れに聞いてみたい、どうやって千年紀を知った?』
「ふんっ、貴様に言われるまでもない、ソール様のご加護よ」
シンヤの召喚に重ねて色々な召喚が行われたのは明らかにその事を知られていたと見るべきだろう。
しかし、どうやって……それに関しては思いつく事はない。
アレは、歴代魔王のみの知る……いや、そう言う事か……。
『……まあいい、次で決めるぞ』
「出来るものならやって見るがよい」
我とボイドは互いに力をためる、もう、周辺には人の影はない。
精霊の勇者も、聖女も、聖堂騎士団も、かなりの距離を置き遠巻きに見ているだけだ。
近づけばどうなるか、おおよそわかっているのだろう。
この中に割り込める人間がいるとしたら、あの勇者くらいのものだ。
だが、それでも我の時のように弱体化していないボイドの相手は無理だろう。
『我が力無限に広がり、無限に食らう、荒れ狂え、真なる暗黒。ジェットブラックッ!!』
「神の前に敵はなく、我が前に敵はなし、ただ燃え尽き、崩れ落ちよ、ゴッドサンダーー!!」
魔王剣がない以上、我の最大の攻撃は魔法、それ故、正面から大魔法を撃ちあう形になってしまった。
我の巨大暗黒球とボイドの集約した大雷撃、相性は悪くない、雷撃も伝播する物が無ければ通る事はない。
こちらの暗黒球は無を形にしたもの、内部には微粒子に至るまで全く何もなく、それ故存在を続けることが出来ない。
後は単純な力勝負にしかならないのだが……。
向こうは神の力とやらを借りることが出来るが、こちらは周囲の魔力などもう殆ど残っていない。
一気に決着をつけねば競り負けるのはこちらの方だ。
『重ねて狂え! ダークファナティック!!』
我の唱えた2つ目の魔法、1つ目の魔法を維持したまま、もう一つの魔法を重ねる。
今度の魔法は、浸食する闇の魔法、魔力を食らってそのまま巨大化していく魔力塊を放出するだけの魔法。
我の肉体を介さずそのまま食らうため、正反対の魔力だろうが関係ない。
その代わり、コントロールが難しく、下手をすればただ爆発になったり、逆にこちらに向かってくる可能性もある。
だが、一つ目の無の魔法との相性は抜群だ、無を食らう事は出来ないため、この魔法だけはその中を突き進む事が出来る。
2つの魔法の相乗効果でひときわ太くなる闇の浸食域。
今の魔力で出来る限界の力を引き出す。
後の事など考える必要もない。
もうこの公園は形をなしていないようだったが、これだけの力の奔流でこの被害ならまだましなほうだ。
力の均衡は崩れ、じりじりと押しこまれるボイド。
しかし、その顔には笑いの表情が張り付いていた。
「クククッ、待っておった。待っておったぞ! 貴様をワシの手にて葬れるこの瞬間を!」
『ッ!?』
「錐よ、襲え!!」
その言葉が終わるか終らないかのうちに、地中より出現した錐状になった光が我が肉体を貫く。
たしかに……。
奴を倒すために全ての力を出す必要があった……、逃げる事等出来はしないのだから。
そして、防御に向ける魔力も全て攻撃に回した結果……それを突かれた、というう事のようだ……。
光の錐は防御の魔法を残していれば防ぐ事が出来る程度のものに過ぎなかったが……。
今の我の体は……ちょっとした攻撃にすら耐える事が出来ない事を見越しての……。
正面の魔力の渦もこちらの魔法維持が途切れたことで全てこちらに向かって来る……。
『シンヤ……すまぬな……』
我の肉体は霞の如く消え、魔力の奔流の中、我の意識もまた……。
俺達は、山間部に身を隠した後、この後どうするべきか考える事にした。
全力で走って距離を放したはずなので、聖堂騎士団はそもそも聖女からそう遠くまでは行かないだろう。
しかし、ラリアの部隊はいつ動き出してもおかしくない。
それに、カントールの、いや、アーデベル伯爵領の兵士達が動き出すのもそう遠くはない。
山狩りにでもなれば、かなりの不利を覚悟する必要がある。
「マスター、こうなってしまった以上、取れる手段はそう多くありません」
「ああ……」
「現状、私が考えうる限り取れる手段は4つ」
「4つ? 意外に多いな」
「そうでもありません、リスクの面を考えるならどれも、難しいのは事実ですから」
「そうなのか……言ってみてくれるか?」
「はい、まず一つ目、ルドランの山村に匿ってもらう」
「確かにリスクが高いな、ルドラン達にまで手が及ぶ可能性がある。
何よりまだ国内にいるという事は、いつでも動員をかけられる可能性があるという事だ」
「ですね、二つ目、ルドランの山村に戻るか、どこか別の村でもいいですが、軍を起こして一国の長になる」
「夢物語の類だな……」
「それはそうですが、恐らく一番問題を解決しやすかったのですが……。
では三番目、魔王領に逃げる、国境の見張りに関しては山間部を抜ければ何とかなる可能性も高いです。
元々、入ってくるものには警戒していても出て行く馬鹿には対応していませんから」
「……確かに、追手からは逃げられそうだが……」
「はい、魔物達の懐に行く事になりますね。私達も一応魔族ですが、はいそうですかと行くかどうか……」
「それで、最後は?」
「この国の北、つまり大陸中央部にある大国。メセドナ共和国に逃げ込む」
「そこでは追っ手がかかりにくいのか?」
「はい、あの国は信仰を否定する国家ですから。
いえ、正確には信仰をしたい者はすればいいというスタンスですが、魔法が発達しているため宗教の地位は低いのです」
フィリナが少し口ごもったのが気にかかる。
聞いた限りでは、日本に近い宗教観というイメージを受けるが……。
ともあれ、今重要なのはそこじゃない。
恐らく、ソール教団の追っ手がかかりにくいという事だ。
「魔族に関しては?」
「魔族側の貴族との取引があるらしく、特別自治区なる場所が存在するようです」
「特別自治区ね……つまりそこでなら大手を振って魔族が歩き回れるわけだ?」
「大手を振ってとはいきませんが、或る程度の法を順守する限りは。
もっとも、そんな場所ですので、流石に一般人はいません。
一癖も二癖もある人間か、奇特な魔族、後は利益に群がる……」
「それは……、住みやすそうだね……」
先が思いやられる話しではある。
だがまあ、魔物の群れの中で暮らすよりは幾分ましだろうか。
後考えられるのは、船でも用意して見知らぬ場所へ行くという程度だろうか。
そんな事をすれば、元の世界に帰る事は出来ないだろうし、幼馴染達を見捨てるという事になるが……。
「なっ!?」
「魔王の魔力が……消えた?」
俺は瞬間的に分かった、ラドヴェイドが消えつつある事を……。
今まで肉体を共有していたせいか、それとも、何か繋がりが出来ていたのか。
どちらにしろ、その喪失感は予想以上で……俺は思わず凍えたようにうずくまり……。
意識を……失った……。
……。
…………。
………………。
……………………。
俺は、なにもない空間を漂っている……。
そう自覚する、とはいえ、それはぼんやりとしたものでどうにもはっきりとしたイメージがない。
暗いとも明るいともいえる、赤や青や黒や白、緑や黄色等、色々な色彩が入り混じったそこは、
結局のところ見慣れたもののようにも思え、驚く事も出来ない。
漂う自分に不快さもないし、何か考えたいという事もない。
しかし、なんとなく、視線をまわしてみれば、なにもないと思っていたそこには大きな人影があった。
姿を見て直ぐにわかる、そう、耳元から突き出たバッファローのような2つの角、そしてたなびくマント。
その巨大さからも、恐らくはラドヴェイドだろうと辺りをつける。
「ラドヴェイド……そこにいたのか」
(ふむ、ようやく気付いたか)
「そうか……良かった……てっきり死んだのかと」
(いや……我は死んだ、いや消滅したというべきかな……)
「死んだって……!? そこにいるんだろう?」
(ああ……、だが我は単なる残留思念に過ぎぬ。その証拠に、我は影だけしかあるまい?)
そう、言われてみれば影の根元、本来足がある場所には何もなかった。
しかし、ここが夢なら……そんな事は関係ないはず……。
(夢ではない、元々我が消えるときに作動するようになっていた魔法が起動したに過ぎぬ)
「魔法……?」
(そう、我はもう消滅した……故に、魔王後継者たるシンヤ・シジョウに全ての知識を託す)
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!!」
俺が戸惑いの声で抗議を上げても、もう影が返事を返す事はなかった。
影はすぐさま形を失い、俺を津波のように飲み込んでしまった。
そこからは、ただ、映画のように幾つもの光景がフラッシュバックし、知識が流入してくる。
その情報は膨大で、過去数千年の歴史を全て目で見て来ている事が分かった。
そして終わった頃、魔王は、引き継がれるものである事がわかった……。
「そうかつまり……死んでも復活するはずの魔王が代替わりしていたのは……」
(そう、魔王は代替わりしていく……。おおよそ1000年の周期を持って)
「ならば、魔王っていうのは……」
(歴代魔王の歴史を継承した者の事を言うのだ……)
「じゃあ俺は、最初から魔王になるために呼ばれたのか!!」
(そうだ、そして、周期が来た時我の後継者は自動的に呼び出される事となっている)
「ならば……他の4人はどうして!?」
(利用されたようだの、我の継承のための召喚に、自らの召喚を重ねることで異世界からの確保を狙ったとしか思えぬ)
「そんな……」
結局俺は魔王となるべく呼び出された、もう帰還等望めないピエロで、他の4人は全て俺のせいで……。
だとすれば、俺が今までしていた事は……全く無駄だったというのか!?
俺の思いは一体どこに行けばいいんだ!?
(勘違いするなよ、お前は魔王の後継者ではあるが、魔王ではない。
それに、お前がもし歴代魔王の悲願を叶えるのならば、元の世界に帰るのは難しいことではないだろう)
「歴代魔王の悲願?」
(既にお前の中にもそれはあるはずだ……)
その事について、少し考えるだけで思い至った。
確かに、歴代魔王の歴史、いや記憶というべきか、それは引き継がれているらしい。
「ったく、嘘つきめ」
(我は魔王だぞ、魔王が嘘をつくくらいおかしなことでもあるまい?)
「フンッ、いいさ、天国でも地獄でも好きな所に行っちまえ。
後の事は俺が勝手にやっておく、結果がどうなっても知らないからな。
死んだお前が悪いんだ……」
(ああ……た……の……む……)
影はまるで最初からなかったかのように消えて行った。
元々、俺の必要な情報を与えるためにあっただけの、一種のプログラムだったのだろう。
妖怪手の目がいなくなって清々する、サポートを受けられなくなるのは少しさびしいが、今の俺は魔族の力がある。
もっとも、まだまだ下級もいい所なんだろうが……。
「ん……」
俺のほほを水が伝って落ちた、それはどう考えてもここで必要なものじゃない。
魔王は受け継がれ、あいつは俺を騙していた大悪人だ。
今さら、あいつの事なんて……。
「くそっ!!」
所詮夢の中なんだ、どうだって構わない。
だが、俺は色々な事に対するムカつきが限界を超えていたのかもしれない。
両目から伝う水をそのままに、しかし、ムカつきは大きくなるばかり。
「クソッ!! くそっ!! くそっ!! ラドヴェイドのばかやろーーーーー!!!!」
泣きながら、俺は夢の中だと言う事も忘れて、ただただ叫んでいた。
…………………。
……………。
……。
シンヤとの戦いで太ももを傷つけたティアミスは、冒険者協会で治療を受けるため、応急処置のまま向かう事にした。
彼女とて、出来ればシンヤとの戦いは避けたかった。
彼女にとっても、シンヤは気の置けない友人でもあるし、命の恩人でもある。
出来ればこんな別れ方はしたくなかった。
しかし、魔族をパーティに残しておく事も、魔族と知って味方でいる事もできはしなかった。
それでも、過去魔族がいた事があるパーティである事が分かれば、敬遠されるだろう。
仕事から干される可能性すらあった。
「全く持ってジリ貧よね……。あの馬鹿……あれほどバレるような動きはするなって言っておいたのに……」
シンヤの落ち度かどうかなど、ティアミスの知った事ではない。
ただ、これから賞金すらかけられると言われているのだから。
ティアミスにとっては苦渋としか言えない選択となる。
「パーティ日ノ本は解散するしかないのかしら……」
そんな事を考えながらティアミスが冒険者協会にたどり着いた時、そこに見たものは彼女をして予想の出来ないものだった。
冒険者協会は半ばから崩れ落ち、裏にあった公園はクレーターだらけだ。
確かに、ティアミスが自らの足の応急手当をしている間に、凄まじい怒号と、爆音が鳴っていた事は知っている。
しかしまさか、冒険者協会が半壊、いや、中に入れる場所などないから全壊に近い被害だろう。
一体どんな状況ならばこうなるのか、魔王と勇者達の戦いと同等の力をぶつけあったような感じだ。
「ティスカ! レミット! いないの!?
ニオラド! ウアガ! エイワス!」
探しても見つからない知人達に、向かい大声で呼びかけるティアミス。
しかし、返事はない。
こんな場所にいつまでもいたとは思えない。
ならばどこかに避難している可能性もあるとティアミスは動き出そうとしたその時。
「あー、ティアミス、こっちよ」
「こっちって……」
「そうそう、地下よ」
ティアミスが目をかざして良く見れば、
クレーターになった場所から横穴があいていて、そこからレミットが顔を出しているのがわかる。
本来は出入り口ではないのだろう、明らかに部屋の中と思しき場所だが、
露出したその入り口の溶解面がその凄まじさを物語っている。
「その足の治療も必要でしょ?」
「ええまあ……」
レミットに促され、中に入るティアミス、しかし、入った所でむわっとする熱気にやられる。
理由は簡単、人が多すぎるのだ、そこにはカントール所属の冒険者の大部分がいた。
地下は割と広い空間になっており、いざという時のために普段は一部を除き人の出入りが禁止されている。
そこが、今は本部となっていて、現状の把握と、依頼等の状態を調査するために皆が集まっていた。
「あー、暑苦しいのはごめんね。でもまー、ベッドはどうにかまだ空いてるから」
「ええ……よろしく」
皆がたむろしている部屋を抜け、医務室のほうに向かうレミットとティアミス。
そこもまた、忙しく働く医者やサポートをする回復担当の冒険者達の戦場だった。
今回のそれは、一般市民にも一部被害が出ており、死者がいない事だけが行幸といえた。
聖堂騎士団が集まるに至り、ソール教団から退去勧告が出ていたのだ。
とはいえ、元々公園内部にいた人に対しては、緊急であった事もあり、また感付かれない為にそれをしなかった。
その結果、公園内にいた人々は、魔力を吸われたり感電したりして、数十人規模の怪我人病人となっていた。
「いったいどうやって、こんな事に……」
「第三使途ボイド様と魔王がやりあった結果……らしいわよ」
「ボイド……ソール神の7使途の一人ね……雷を使うんだっけ」
「ええ」
それを聞いて、ティアミスにはおおよその構図がわかった。
魔王を宿らせていたシンヤにとっては、天敵としか言えない存在だろう。
使途の前にはカモフラージュ等通用しない。
ティアミスは唇をかむしか出来る事はなかった。
「所でみんなは……?」
「あんた達のパーティは今ティスカちゃんの引き受け手探して出てる子が殆どでしょ?」
「それもそうね……、じゃあティスカは?」
「ちょっと魔力を吸われちゃったみたいで暫く寝てたけどそろそろ起きる頃じゃない?」
「……よかった」
ほっとしたティアミスに回復魔法と、包帯の変えを巻いていたレミットが言葉を紡ぐ。
「それで……、こちらも聞きたい事があるんだけど……」
「……シンヤの事ね……」
「ええ、彼が魔族で、しかも、フィリナ元司教を連れているという話だけど。
このままじゃ彼、世界中の冒険者協会で指名手配なんていう事になっちゃうわね」
「そうなるわね……」
「あら……、庇わないの? 少なくとも私は彼が魔族なんて信じられないんだけど」
レミットもまた、ここ一年ずっとシンヤの成長を見守って来ていたのだ、シンヤの事はよく知っている。
しかし、ティアミスの答えはそっけないものだった。
「彼は魔族だったわ、私はその事に気付かなかっただけ」
「へぇ、とんだボンクラってわけね」
「そうなるかしらね……」
ティアミスの顔は浮かない、悔しがるわけでもなく、どちらかと言えば何かを諦めた時のような疲れた顔。
レミットはそれを見て、おおよその事情は察した。
知っていると言えばパーティにまで被害が及ぶ可能性が高い、恐らくティアミスはだから口をつぐむことにしたのだ。
しかし、それをレミットから言いだす訳にはいかない、
なぜならばそれはティアミスが彼が魔族であった理由を知っているということだから。
それを聞けば、レミットは否応なくそれを指名手配書に書かなければならず、
そして、ティアミスの罪状は重くなる。
レミットも分かっているのだ、シンヤが魔族になったから何か悪事を働いた訳ではない事は。
しかし、魔族である事は悪である。
つまりは、それはどうしようもない事。
二人の間に気まずい沈黙が落ちる……。
そんな時だった。
「二人ともどうしたのだ?」
「ティスカ……」
「もう大丈夫なの?」
「うん、ちょっと気分が悪くなっただけなのだ! もう問題ないのだ!」
最近新しい帽子を手に入れたティスカは、栗色の癖っ毛を海賊のような帽子で隠している。
黒いローブやマントにその帽子はコーディネイトとしてどうかと言う気がするが、その元気は健在だった。
ティアミスとレミットはその笑顔をみて、真剣な表情を崩し笑い返す。
「全く、子供にはかなわないわね」
「自分だってティスカよりちょっと上くらいにしか見えない癖に」
「あら残念ね、私は貴方より年上よ。それも10歳くらい」
「シンヤ的にはロリババアと言う奴らしいのだ!」
「……あの野郎、今度会ったらブッ飛ばす!」
ティアミスはそのティスカの言に対し、その尖った耳をプルプル震わせながら別の意味の復讐を誓うのだった。
「しかし……、結局メセドナ共和国に行くにも魔王領を通過するしかない訳か……」
「はい、普通に北の国境を抜けるには警備が厳しすぎます。
例え抜けても追撃部隊がやってくる可能性もありますし、何よりソール教団の目を誤魔化すのが難しいですね」
あの後、気絶した(ラドヴェイドの残留思念によって強制的に眠らされた)俺をフィリナが運んでくれたらしい。
その場所は、何というか、もう、魔王領とラリア公国の国境付近(但し山岳部なので見回りの兵士は少ない)で。
起きた場所は既にバランス感覚が必要なくらい斜面の上だった。
フィリナも使い魔になった関係で筋力やら何やら底上げされているらしい。
というか、元々一流の冒険者だったわけだから、それなりに筋力も体力もあるのだろう。
「確かに、魔王領を抜けるのが一番ソール教団の目をごまかしやすいか……。
しかし……凄いな……」
魔王領とラリア公国領の境界線は別に線引きしている訳でも、砦があるわけでもない。
もちろん、通りやすい道や、山岳でも比較的なだらかな場所、平地等はその限りではないが、
ここのような僻地の山の天辺近くとなれば話は違う、普通に人も魔物も空でも飛べない限り行き来は命がけになる。
先ず道はないし、崖ばっかりの上、高低差が激しいためロッククライミングを繰り返すしかない。
しかも困った話、空中では禿鷹かそれ系の魔物が常に舞っており、下手に怪我でもすれば集まってくる。
こんな所を好んで抜ける存在がいるはずもなかった。
「ともあれ、ここまで来れば追手のほうも敬遠するでしょうから時間はあります」
「まあそうだな、無理して急ぐ事もない」
何より目的が定まっていない、今さらルドランの所に顔を出すわけにもいかない。
思い出せば思い出すほど、色々な事を放り出してきたのだと痛感させられる。
ティアミスとの姉を見つけて復讐に手を貸す約束も、
ニオラドのじいさんと一緒に幻の薬草だかを探しに行く約束も守る事が出来なかった。
ウアガの家族の事は今でも気にはしているし、エイワスはある意味存在自体が心配ではある。
ティスカやマーナの成長も見守りたかったし、アコリスさんとソレガンの恋の行方も気になる所ではある。
まあアコリスさんはどうにもロロイさんの事が好きなように思えるのだが……。
師匠であるボーディックさんを越える剣士になってウエインとの決着をつけるという目標もまだ果たされないままだ。
後輩の”先駆者”面々の事も気になる、他にも冒険者協会やカントールの町の皆に対して俺は何も返せていない。
沢山の物を……、本当に沢山の物を置いて行く事になるのだと気がついた。
いつの間にか、たったの一年でカントールは俺にとって第二の故郷のようになっていたらしい。
「マスター、色々なものとの別離に混乱している事と思いますが、
魔王が消滅し後継者となられた以上、私の事ももう黙っておく事はできません」
「何を……」
「貴方が引き継いだ記憶の中にもあるはずです。魔王の使い魔とは……。
本来の人格の上に服従人格を上書きするのではなく、本来の人格に服従する心を植え付ける。
即ち、もう既に私は……」
「待て、それは……」
「私は本来のフィリナ・アースティアの人格を持っているという事です」
それは、俺にとって予想しえない事実であると同時に、何故か納得できる話しでもあった。
つまり、フィリナはわざと今まで別人格の様なフリをしていたという事なのだろう。
俺の心理的負担を軽くするために……。
それは、その事実は同時に……、彼女自身の考えでレイオスを遠ざけようとしていたという事でもある。
その事実はつまり……、俺が彼女にレイオスの敵となる事を強制しているのと変わらないという事でもあった……。