分かっている、分かっているのだ……。
失ったものは戻って来ない、戻らないものに手を染めて無理をすれば世界からはじき出される。
俺のやった事は結果的にプラスになったのかマイナスでしかないのか、フィリナにそれを聞く事は出来ない。
何故なら、それは自分がやってきたことへの否定であると同時に、フィリナへの善意の押しつけになるからだ。
自分の苦しさのために、そんな後ろ向きな事をする訳にはいかない。
それに、ラドヴェイドの死は俺の中にあるものを浮き彫りにした。
結局甘えていたのだ、ラドヴェイドがいれば最終的になんとかなると。
その甘えが結果的に全てを失う原因になった。
ラドヴェイドも、カントールの人々との信用も、ティアミス達の信頼すらも裏切る事になった。
他人を信頼する事と甘えて寄りかかる事とは違う、他人を当てにするのは自分がやれる事を全てやってからでいいのだ。
今まで俺は、ピンチになればラドヴェイドが助けてくれるという甘えがどこかにあった。
その甘えはもう捨てる、ラドヴェイド達魔王の遺志を受け継ぐためにも……。
だから俺は笑っていよう、甘えない為に、自分を奮い立たせるために、何者にも負けないために。
ラドヴェイドには申し訳ないが、墓は作らない、線香もあげない。
歴代魔王達の願い、叶えられるかどうかは分からないけれど、
それをしなければ俺は帰れないんだから全力を尽くそう。
そして、全てが終わったらアンタの墓をたてて線香をあげてやるよ。
まあ仏教なんて、全然別の世界から来たアンタにとってはかかわりのない事だろうけど。
毛布を外し、俺は目を覚ます。
人のあまり住んでいない領域、魔王領、現在俺達がいるのは、
ラリア公国との国境から西に20km〜30kmくらいの所を見つからないようにしながら北上している。
もっとも、わざわざ軍を派遣する事はありえないので、警戒しなくてはならないのは高位の冒険者くらいだ。
まあ、高位の冒険者の数は少ないし、依頼を受けていない状態の高位冒険者となるともっと少ない。
だからそれほど心配はいらないはずだが……。
俺は身を起こし、近くの川に顔を洗うために移動する。
そういえば、フィリナは最近いつ寝ているのだろう?
寝ている所を見ていないような気がする、まさか睡眠が必要ないという事はないはずだが……。
移動して川のほうに行く途中の坂道を登り切る直前俺の中のフォースがささやいた。
”これ以上進んではいけない”と。
ああ、なんとなくわかる。
これこそが主人公的な人々と俺との違い。
「ここで見てしまうのが主人公ってやつなんだろうなー」
「何をぶつぶついっているんですか?」
「え?」
あれ? 川のほうに気配がしたのに、フィリナはここにいる。
というか、一体どこから現れたんだ!?
「思考がダダ漏れていますね、私は食事の準備をするために薪を拾い集めていたのですが」
「えっ、あっ、すまない……」
「いえ、思考がダダ漏れになっているのは、聞いている分には面白いですよ。
物語の主人公になれない自分ですか、面白い思考法ですね。
まあ比較対象があの精霊の勇者だから仕方ないでしょうが」
「どこまで読んでるんだ!! ってああ、そうか、思考のブロックは……」
寝ぼけて気が緩んでいたようだ……。
前のようにラドヴェイドが遮断してくれている訳じゃないんだから自力できちんと思考を遮断しないと。
いろいろ問題点が噴出してるなー。
まあ、日常で一番の問題はトイレの後、尻拭き用の紙の代わりに何をするかって事なんだけども。
一応冒険者協会ではトイレ用の紙も売買していたから。
ちょっと高いけど、無理してでも今までは買っていた、葉っぱとか、木のヘラで尻を拭くのはちょっと嫌なもんだし。
葉っぱだと、拭いてる時に破ける事があるし、ヘラで拭くときは近くに水場がないと拭いた後のヘラをどうしようもない。
どっちも、非常に困るものだという事は確実だ。
いや、汚い話ではあるけど、現実問題として尻拭き紙は死活問題だから……。
町に立ち寄れるアテがあればいいけど、そうでない以上現地調達しかないわけで……。
まあ、葉っぱで拭いている次第だけっども……あれって、尻に葉の汁とかが染みてかぶれたりするからね……。
いやまー、決意の後にこんな事を考えるのはどうかと思うけどもね。
今は嘆いても仕方ない、無理やり明るい顔を作り話を戻す。
「フィリナが川にいないなら……川のほうの気配は誰のものだ?」
「確かに、向こうのほうで人の気配というか、水しぶきを上げる音もしますね。
洗濯でもしているのでしょうか?」
「確認……しておかないとな」
「近づかずにそのまま行くのも手ですよ?」
「確かにそうか……」
どちらがよいとは一概には言えない。
もし、国境越えの出来る一流冒険者だったりしたらいきなり戦闘なんてい事もありうる。
しかし、放置しておくより、確認して警戒するほうがいい場合もある。
どちらにしろ、ここからではどうしようもない。
逃げるか、確認するか、早めに決めないといけない、先に見つけられる可能性もあるのだから。
「フィリナ、偵察は得意か?」
「あまり得意とは言えないかもしれません、私は回復と防衛が担当でしたので」
「うーん、じゃあ俺がやってみるか……」
「行くんですか?」
「ああ」
フィリナは首のあたりでまとめたの髪をひと房いじりながら。
誰が見てもはっとするだろうその顔に不安げな表情を纏わせていた。
こう、表情をころころ変えるのは最近なかった事だから、ドキッとする。
なんというか、凄い罪悪感が沸いてくるのを感じる。。
しかし、フィリナは割と計算づくでこれをやっている。
大きな胸が俺の視界に上手くはいるようにポーズも計算しているように思える。
「あのう、フィリナさん?」
「言ったじゃないですか、危険な任務は私に任せてくださいって」
「いや、得意じゃないってさっき言ったじゃないか……」
「否定はしませんが、そもそもマスターは偵察なんてやった事があるんですか?」
「うっ……」
「もしかして、川にいる人が裸の女性じゃないかとか期待してませんよね?」
「いやほら、俺そんな体質じゃないから。そう言うの当たらないって」
「本当に期待していないんですね?」
「ごめん……、実はちょっと期待している」
「まったくもう、ムッツリスケベなんですから」
「グボッ!?」
結局確認はフィリナに任せる事にした。
どうせ俺にはそんなおいしいイベント転がっていませんよ……。
ちょっと拗ねたふりをしつつ、しかし、安堵もしていた。
実際問題として、いる可能性が高いのは魔族か魔獣、フィリナのほうが対処はなれているだろう。
しかし、坂道の上で姿勢を低くしながらフィリナは動かなかった。
何かあるのだろうか?
いや、既に気配はあるのだからいるのはいるんだろうが……。
こちらがうまく気配を殺せているのかという点もあるが、
相手と違い物音を控えながら近づいたのだ風上というわけでもないし問題はないはず。
仕方なく俺は少しフィリナに近づいてみる事にする。
「どうかしたのか?」
小声で話しかけるがフィリナは微動だにしない。
どうしているのかと思えば、明らかに固まっていた。
攻撃でも受けたのかと一瞬思い近づいて確認をしてみようとしたが……。
川の中からの歌声に眉をひそめた……。
そこにいるのは……化け物……だった。
「フフフンッ、フフンッ、ふふふのふ♪」
そう、まさに化け物としか表現のしようもない。
3m近い巨体で凄まじいまでのムキムキマッチョ、
しかし、ロングヘアーに女ものじゃあるまいかと思われなくもない服装に身を包んでいる。
だが、局部のもっ……いやまあ、男である事は間違いない。
オカマというか、ハードゲイというか……、どちらにしろお近づきになりたくない筆頭株だ。
「フィリナ……逃げるぞ」
「(コクコク)」
俺とフィリナは見つからないように声をひそめ足音をひそめ遠ざかろうとする。
しかし、相手もさるもの。
なんと30m以上は離れたこの場所で、それも物陰から半分顔を出しただけの状態から気配をさっしていたらしい。
「あらん、もう観賞しないのかしらん? アタシのうつくしいカ・ラ・ダ♪」
「ギャー!?!?」
「イヤー!?」
俺とフィリナは一目散に逃げ出す。
あんなのとの係り合いはごめんだ。
敵とか味方とかそんな次元の話じゃあない、近づくだけで何かに汚染されそうだ。
全力疾走で一時間以上走り続けるという人間では無理な動きで俺達は逃げ続けた。
そして、木陰で一休みするかと木によりかかる。
「はぁ、はぁ、流石に……あの筋肉もここまでは……」
「それを……言ってはいけません……そう言う時は……先回り……されているのがお約束……」
「その通りよーん♪」
筋肉だるま……のくせに、ビキニの水着を着て股間をピーさせながら迫ってくる。
明らかに魔物というより変態の怪物……3m近いのが巨人族という奴ではないかと思わせはするが……。
どちらにしろ、ピンチだ、命というよりも何か別の物が……。
「くそっ……俺達をどうするつもりだ!?」
「そこの女には興味ないわん、興味あるのはア・ナ・タだけ♪」
「ゲフゥ!?!?」
思わず吐血する俺、いや病気持ちじゃないけどね。
しかし、あー、やっぱり、ゲイな人ですか……。
てーか、人間サイズでは巨人サイズの相手をする事はできませんよ!?
明らかに違いますからね、馬並みよりもでけぇ!!
つーか、きもいから近寄ってくるな!!
「マスターの尊い犠牲は無駄にはしません……」
「何を遠い目をしてるんだ!!」
フィリナは既に諦めたというか観戦モードというか。
自分に被害が及ばない事を分かったとたん俺を投げ出しやがった。
普段言ってる事と全然逆じゃね!?
確か、気にせずこき使えとか言ってたんじゃね!?
「この件に関して私の戦闘力はゼロです。あの男より先にマスターの貞操を奪う事くらいしかできないかと」
「そんな話してねー!!!」
「でもそういう危機じゃないのですか?」
「う”……」
「あらん、童貞ちゃんだったのね。通りで青い果実のカ・ホ・リがすると思ったのよん♪」
「ギャー!!!」
俺は何かキレた音を聞いた、その後の記憶はあいまいだ。
俺は多分魔族化し、魔力を全開放して戦いを挑んだ……はず。
しかし倒れていたのは俺で、マッチョオカマの巨人は相変わらず俺の前に立っている。
全力を出して挑んで全くかなわなかったという事のようだ。
ああ……俺の腸は風前のともしびなんだな……あんなのはいる訳ないじゃん……。
「ごめんなさいねぇ、まさかそんなに怯えてるなんて思わなくて」
「全くです。貴方は先代魔王ラドヴェイドの使い魔の一人ですね?」
「そうよぉ、流石に使い魔同士分かりあえるものねぇ♪」
「分かりあいたくもありませんが、ラドヴェイドが死んだのにもかかわらず何故生きているのです?」
「って、え!?」
俺は思わずガバリと身を起こす。
考えてみれば確かに、ラドヴェイドにも使い魔はいて当然だ、しかし、オカマの巨人を使い魔にしているとは……。
それも、ラドヴェイドが死んでも生きている?
気になる情報でもあった。
「あらん、気がついた?」
「えっ、ああ……お前はラドヴェイドの使い魔なのか?」
「ええ、アタシはヴァリアント、巨人の中では小柄でね、3m以下なんてほとんどいないのよ?」
「そう……なのか……」
「そう、それで死にかけていた所を魔王様に救ってもらった訳」
「だが、ラドヴェイドの使い魔なら何故消えていないんだ?」
「使い魔は根本的に魔力の供給さえ安定していれば生きていられるわん。
アタシはあらかじめ別の魔力供給源を持っているのよん♪」
「そっ、そうか……」
なるほど、魔力の供給源ね……ならフィリナもそれさえあれば俺から遠く離れても生きていけるという事か。
一つヒントを貰う事が出来た、近づきたくはないがヴァリアントだったか借りが出来てしまったな。
「それで、俺達を追いかけてきた理由はあるのか?」
「そうねー、これだけ逃げられたらちょっと教えたくないかもねぇ?」
「……ならどうすればいい?」
「私とキッスしたら機嫌を直してア・ゲ・ル♪」
俺は思わずその顔面に蹴りを叩き込んでいた。
さっき借りが出来たと考えていたばかりだが、俺にも我慢の限界がある。
やはり、マッチョオカマとは相いれない存在らしい。
「もう、ウブなんだからぁ♪」
「心底どうでもいいのですが……話が進まないのでそろそろお願いできませんか?」
「はいはい、巨人使いが荒いわねぇ……。
魔王様が消滅した事を感知したから、次世代の魔王様の事を確認しに来たのよん」
「つまり最初から俺達を探していたという事か?」
「その通りねぇん、先ずアタシが認めてもいいかどうかを判断して、よければある物を渡すように言われているわん」
「あるもの?」
「それは、アタシと闘って……と考えてたけどもういいわん、持って行きなさい」
「え?」
オカマの巨人が俺に渡した物は。
いわゆる、マント。
表は漆黒、裏は深紅で染め上げられたシンプルなものだが。
俺にぴったりとくるようになっているのか、首に巻くと丁度足元までを覆うように出来ていた。
「これは?」
「魔王様のマントよ。魔力を貯蓄したり供給したりする事が出来るわん♪」
「……魔力を供給……待て! それはつまり」
「ええ、アタシはこれで役目を終えたという事よん、頑張ってね新しい魔王様♪」
そう言うと同時に、あれだけ存在感の強かったオカマの巨人は段々と薄れて消えていく。
それは、ラドヴェイドの消えていく時の感覚に似ていた。
「待て! これは返す! だから消えるな!!」
突き返したマントを巨人は受け取らない。
何故いきなりそんな事を……理由が分からない。
俺達は彼(彼女?)に何もしていない、俺達に思い入れがある訳でもないだろう。
なのに……。
「それは、この先必要になるわん、魔王を絶やさないために、目的を遂げるためにがんばってねん♪
アタシはもう十分生きたから……だって、アタシもう800歳なんですもの……」
「それは長生きですね」
フィリナは少しつっけんどんな反応をみせている。
一体何が言いたいのだろうか。
「あらん……心配しなくても……貴方もその姿のまま……魔王様の下でずっといられるわよん……」
「さっさと消えてください……」
半眼になっているあたり、本気でうっとおしがっているようにもみえるが。
同時に目が少しうるんでもいる。
使い魔の先輩と後輩と言うのもおかしい気がするが、そう言う事なのかもしれない。
「継承者になるとは言ったが……くそっ……」
「今度の……魔王様は随分……優しいのねん……でも優しいだけじゃ……魔王様になれないわよん」
会ってほんの一時間程度しかたっていないのだが。
もう……消えてしまった。
「マスターの貞操が無事でよかったですね?」
「いや、なんというか……不憫なきがしなくもないかな……」
「それはつまり……」
「引くな引くな!! しかし、使い魔っていうのは歳をとらないのか。
フィリナも早めに解放しないと、レイオスが爺さんになってるかもしれないな……」
「何を言っているんですかマスター、いつまでも若いのは女性にとってはあこがれですよ?」
「それでいいのかお前……」
「それでいいんです」
フィリナはそう言うとふっとほほ笑む。
それには特に憂い等は含まれていないようで。
時間に取り残される可能性をあまり恐れていない事が分かった。
俺もそれを見て少し安心する。
因みに巨人族というのは本来人間よりも寿命が短い事が多いらしい。
40年〜50年で寿命を迎えてしまう。
病死や、事故死等を含まずである。
平均年齢は30代だとか……。
それが800年生きるという事がどういう事か俺にはわからなかったが……。
こんなに軽く命を捨てられるほど、長いという事だろう。
「早くしないとな……」
俺もそんなに長く生きたら心が擦り切れてしまうかもしれない。
いや、そうでなくても何事にも興味がなくなってしまうかもしれない。
それでは遅いのだ、恐らくは……。
「マスター、所でこのマントどうされますか?」
「あー、フィリナが持っていてくれ」
「汚い物は押し付けようというという魂胆ですね?」
「いや、そう言う訳じゃなくてだな……」
「私は嫌です! こんなの持っていたくはありません、きっと股間にしまってあったんですよ!!」
「いや、いくらなんでも……ってそういえばあいつ、ビキニだったな……」
「ほら!」
「というか、それなら余計マスターにそれを押し付ける使い魔ってどうかと思うけど!?」
「乙女に汚れはあってはいけないのです。それとも、マスターは私を……?」
フィリナは一歩下がりまるでレイプ魔を見るような眼で俺を見た。
なんというか、フィリナのイメージは確実に壊れている。
俺はとりあえず場を収めるために声を上げる。
「だから引くな!! つーか、どうしてそういう方向になるんだ!
ったく……、それがあれば俺から離れても活動できるんだろ?」
「ああ、そう言う事ですか……それは無理なんです」
「え?」
「先代魔王が貯めていた魔力はもうすぐ底をつきます。
これを再び使用可能にするためには、マスターが魔力を注ぎ込み続ける必要があります」
「注ぎ込み続ける?」
「肌身離さず身につけて1年頑張れば2カ月〜3カ月離れても大丈夫なくらいは貯まると思いますけど……」
「燃費……悪いんだね……」
「そうでもないのですが、余剰魔力を上手く使っていると思いますよ。
単にマスターの魔力が低いだけの事です」
「ぐはッ!?」
とりあえず、この得体のしれないマントは俺が暫く身につけていないと役に立たないらしい。
これが決め手になるとか考えたのはかなり甘かったようだ。
まあそうでなくても、これは魔王の装備品、継承争いに参加する資格を得たとは言えるんだが……。
さっさと魔力を上げていかないと、役立たずのままかもしれないな……。
そうなると結局魔獣狩りをするか、もっと効率のいい魔力の集め方を考えないといけない。
魔獣もいきものなのだし、無駄に殺したくはない。
だが、魔力を集める方法ね……。
「周囲から魔力を少しづつ集める方法でもあればな……」
「元気玉ですか?」
「よく知ってるな……」
「マスターのアニメ遍歴もばっちりです!」
「……ははは」
あーもう、話がそれまくって先に進まない(汗
フィリナも恐らく、場を明るくしようとしてくれているのだろう……とは思うのだが……。
フィリナは俺の事を知りすぎている、だからこそ俺の古傷を確実にえぐってくる。
中二病の頃の黒歴史まで知られてしまっている可能性もある。
正直その辺りの事になるとビクビクものでもあったが。
「さて、そう言う方法もない事はないはずですが……」
「おお、唐突に戻ってきたな」
「はい、流石に時間がもったいないようですので」
「最初からしてくれていると楽なんだがね……」
「それは私に死ねという事ですか」
「……好きにしてくれ」
「はい、好きにしています」
フィリナは満足そうに一息ついた後、目的地である北ではなく、西の方角を指差した。
何かがいるのか?
そう思ったが、どうやらそう言う意味ではないらしい。
「より強力な力があちらの方角に封じられているようです。
あそこならば、魔力は漏れ出し続けているでしょうから、ほっておいても直ぐ貯まるはずです」
「へぇ……」
「しかしながら、あちらは魔族の居城が存在しており、迂闊に近づく事はできません」
「そもそも、魔王領でそんなにのんびりもしていられないだろうしな」
色々考えたが、結局俺のマントとして暫く使い、魔力を貯蓄するしかないという結論に至った。
まあ、オカマ巨人がいったいどこに入れていたのかは出来れば知りたくもないが、
そのせいで変な事になる事はない、そう信じたい、あいつがラドヴェイドの使い魔であるのならば。
「さて、今日中にラリアの北部国境より北までいってしまいたいな」
「当初の予定では問題なかったのですが、先ほどのやり取りで少し時間を取られました。
曇ってきたみたいですし、急いだ方がいいですね……」
「わかった、今の内に出来るだけ距離を稼ぐ事にしよう」
「わかりました」
俺とフィリナは、空が曇り始めたのを見て少し眉を動かす。
雨が降れば色々な面で不利になる。
移動力の低下、体調の悪化、そして、服装も使い物にならなくなる。
複数枚持ってはいるが、雨の中着替える事に意味はないだろう。
雨合羽を使用するしかない訳だが……。
「しかし、困ったな。天気の移り変わりが早い。たった半時間ほど前は天気だったのに……」
「それも、魔王領の特徴なんですよ」
「つまり、天候変化が激しいのは普通だという事なのか?」
「はい、あちらの方に洞窟があるようです。街道がそもそもありませんので……」
「確かに、丁度いいと言えるな」
俺達は洞窟の入り口あたりで、雨をやり過ごすことにした。
幸い降り始めたばかりだったので、さほど濡れてはいない、タオルで拭うだけでほぼ問題なかった。
現在地は魔王領の内部ではあるが北緯はラリア公国の北部国境線辺りである事は間違いない。
つまり、ここからはラリアからの追手を気にする必要はほとんどなくなる。
問題は、冒険者協会の指名手配、ソール教団の指名手配、この二つがどの程度の規模で行われたかだ。
本格的に行われたのなら、どこにいても見つかる可能性がある。
これから、力をつけて魔王継承に参加しようというような暇ができるのかどうか……。
「そういえば、魔王継承とはどう行うのですか?」
「魔王の継承者はそれぞれ魔王がかつて持っていた武具を持っている。
全てサイズが自由になる優れものだ、20mだった魔王も、俺達のような2m弱の人間でも同じように装備できる」
「他の武具は何があるのです?」
「他の武具は全部で5つ、手甲、脚甲、胸甲、王冠、そして剣だ」
「マントと比べて実用的な物が多そうですね」
「否定できない……」
まあ、事実その通り。
魔王の武具はそれぞれ強力な力を秘めている。
魔王剣等は俺がこの世界に来てすぐ見たが、剣を一振りすれば山を崩してしまう。
それくらい強大な力を秘めている、マントも何がしかの力を秘めているのかもしれないが、戦闘向きとは思えないな……。
「相変わらずマスターはアウェーな戦いになりそうですね」
「それがいつもの事というのは泣けてくるな……」
恐らく5つの武具のうち4つまでは魔将が持っていると考えるべきか。
魔王になるには、そいつらを従えて見せないといけないということになる。
これでも、魔獣を狩っている今は、以前よりは強くなったと思うが、それでも恐らく焼け石に水だろう。
なにせ、魔力が何千GBというレベルの貴族達と比べて俺はせいぜいが100GBになるかならないかの魔力しかない。
これで勝てたら奇跡を通り越して、お笑いになるかもしれないな……。
だから、正面からの戦闘で勝とうなんて甘い事は考えない。
策略を練るにも情報が不足している、ならば……最初にする必要があるのは情報収集だろう。
そして、今一番情報収集がしやすいのは、恐らく魔族と人族の交流があるというその特別自治区。
だから俺は、出来る限り急いで向かわないといけないのだ……。