あれから、不思議と機嫌を損ねているように感じるフィリナを連れて、ヴィリから得た情報を元に捜索を始める事にした。
今までの経緯からするとフィリナはヴィリの事を苦手としているようだ。
天真爛漫というか、天衣無縫というか、奔放な性格をしているヴィリはフィリナの思考の範囲を逸脱した行動に出る。
俺に言わせればフィリナも大概ではあるのだが、彼女なりにやってよい事と悪い事があるらしい。
まあ、もっとはっきり言えば、フィリナは口だけ、ヴィリは行動派と言う事になるだろうか。
そっち方面に関してはという事になるが……。
現地は幸い特別自治区内にあるようで、俺達も問題なく行くことができそうだった。
秘境とか新聞に出ていたが、やはりというかそれほど奥地にあると言う訳でもないらしい。
ただ、最初に見かけたという話があって以来、目撃例はほんの数例にすぎない。
冒険者達も踏み入って来るようになってからは全く目撃されていないという事のようだ。
「それにしても、冒険者たちが俺達を見ても何もしてこないっていう事は。
ここまでは、指名手配が来ていないと言う事なのか?」
「そう……とも言い切れないですが、白銀の魔物の賞金額もかなりのものですから」
「へぇ、因みにどれくらい?」
「金貨で2000枚です」
「凄いねそれは……」
この世界の金貨は一枚おおよそ10万円の価値がある。
年間の収入でも20〜30枚くらいというのはざらだ。
つまり、2000枚=2億と言う事になる。
冒険者が目の色を変える訳だ。
因みに、フィリナに確認した限り、冒険者協会が俺達にかけた額は俺は金貨2枚、フィリナは金貨5枚らしい。
だいたい、一般的なサラリーマンの給料の1カ月分とかそのレベル、割に合わない事夥しい……。
それに、似顔絵のほうも似ても似つかない。
もっとも、なんとなく意図は伝わってくる。
冒険者協会も本来は面子にかけて俺達を捕まえる必要がある。
しかし、表沙汰にしたくはない。
今の所その事を知っているのは教会と精霊女王の一部の人々のみであり、彼らもあまり広めたくない事情がある。
俺が聖女や精霊の勇者の知人であるという点だ、だから、下手に俺達に捕まってもらっても困るのだ。
この辺りの理由があるため、それに、俺達が協会を出奔した事を口外するメリットが無いと見たためでもある。
口外すれば、追われていますよというようなものだからだ。
もしかしたら、カントールの人達が気を効かせてくれた可能性もあるにはあるのだが。
その辺りは所詮憶測になってしまう、都合のいい事を考えるのはよそう。
「今まで俺達が現場である、このアトラス山の中腹まで来るまでに冒険者10組位とすれ違ったよな?」
「はい、正確には12組ですが」
「当然だが、全体ではその十倍くらいの数が来ているはずだ。
賞金の額が額だからな、分からなくもないが……。
それだけの冒険者がいて、探しても見つからないと言うのはよほどの事だ」
「そうですね……目視による捜索は難しいと言わざるをえません」
「魔力探査もだろう、冒険者には魔法使いや僧侶も多くいる」
「確かにそうなりますね」
問題は、それを前提としてどうするのかという事だ。
恐らくは釣り人かその組織の人間もこの地に来ているはず。
彼らはどうしてか、魔力の源としての魔物を欲しているようだった。
魔王の知識が正しければ、普通の人間に魔物から魔力を摂取する方法はない。
そんなものを取りこめば、本人が魔族化してしまうし、適応しきれなければ死ぬ。
適応率もせいぜい1割がいい所のようだ。
フィリナのように儀式で使い魔となった場合や、
俺のように魔族が最初から適応力をつけていた場合を除けば、自殺するようなものなのだ。
それでも強行すれば出来なくはないが、金色の魔物クラスの魔力は強力過ぎる。
一般の魔物から摂取した魔力ですら生き残りにくいというのに、そんなのを使えば確率はゼロに等しい。
それに、同じ魔力を身につけるなら魔法使いになった方がはるかに効率的なはずだ。
つまり、彼らの組織は魔王の知識にすらない何かを使うと言う事になる。
「厄介だ……」
「ですが、手をこまねいているわけにもいきません」
「冒険者とは違うアプローチをまず探さないとな」
もちろん、ハンターズギルドからの情報も受けてはいる。
しかし、所詮金で買える情報に過ぎない、冒険者全員が知っている事だろう。
ヴィリが集めてくれた情報の中には幾つかギルド以外からのものもあった。
そちらの線から行ってみるのがいいだろう。
「確か、目撃例があった場所は、この近辺と、麓のあたりの大きな木の上、そして、山頂付近でしたね」
「見事にバラバラだな、それに意図を感じなくもない」
「意図……ですか?」
「ああ、普通魔物とはいっても魔獣は獣と同じで縄張り意識が強い。
そんな広範囲を移動すれば他の魔物とかち合うことになるだろう」
「ここは魔獣が少ないとか……」
「そう思うか? 俺達が魔獣を倒したのは確か2回ほどだよな、
冒険者があれだけいて2回とは言えまだ残っているという事実を考えれば、少ないとは考えにくい」
「むしろ多いでしょうね……」
そう、魔獣はいる、なのに縄張り意識が働いていない。
その理由は何か、考えられる事は3つ、
一つ目、他の魔獣が問題にならないくらい白銀の魔物が強い。
二つ目、白銀の魔物は他の魔物の縄張り意識を刺激せず、また自分も縄張り意識を持たない。
三つ目、白銀の魔物は地下を移動できる、地下である故、見えず、また臭い等も漏れないため互いに接触する事はない。
どれも、俺が咄嗟に考えついたものに過ぎないため、裏付けはない。
1つめと3つめを証明する方法はある。
1つめ、ならばむしろ、強者として君臨しているのだ、遠吠えの一つもしてこちらを威嚇しているだろう。
縄張り内にやってきた無粋な人間達を見過ごすとは思えないのだ。
少なくとも今までそれをされた事例は聞いていない。
つまり、1はないと言う事だ。
2については、他の事例が全て否定された時に初めて採用される案といっていいだろう。
少しばかり特異な例過ぎる。
3は、証明するためには穴というより、魔物の大きさからすれば洞窟を見つければいい。
聞いた限りでは3m以上にもなるらしいし、そんな大物が通った穴が人間に通れないはずもない。
「もっとも、穴を掘って移動したなんてバカな事はともかく。
洞窟があれば冒険者なら潜って見るだろうから、見つかるかどうかは怪しいな……」
「何か考えがまとまったのですか?」
「まあ一応はね」
正解かどうかはわからないが……。
俺は、周辺に洞窟がないか、この地域の地図を見て調べた。
だが、そこまで詳しく調べた物がないらしく、おおざっぱな位置関係しかわからない。
となると、やはり地道に調べていくしかない訳だが。
そうやって、調べて半日近く、もう日が傾き始めた頃に突然背後から声がかかった。
「おっ、やっておるかの?」
「ヴィリ、貴方どこにいっていたんです?」
「ふふー、そもそも君達、まともな方法で探そうとするのは間違いじゃからの」
「え?」
「シンヤ、君たちは関わっているのじゃろ? 黄金の魔物を強奪した犯人たちに」
「それは……」
流石というべきか、俺達の会話を聞いていたらしい。
その場にはいなかったはずだが、抜け目がない事だ。
釣り人達の事はうかつに話すべき事じゃなかったようだな。
とはいえ、今はどんなヒントでも欲しい所ではある。
「そこで、ヴィリちゃんの最新情報なのじゃ!」
指をピンと立てるエルフの幼女、なんというか……。
100歳とは思えない無邪気ップリにもみえる。
呪われた島にお住まいの某ハイエルフことディー○リットをそのまま小さくしたような。
だが、騙されてはいけない、彼女は事実として色々な情報を俺達にもたらしてくれた。
つまりは、見た目通りの性格はしていないという事でもある。
「はあ、どうぞ」
「むぅ、ノリがわるいの、そんなでは教えてやらんぞ?」
「お教えくださいヴィリ閣下!」
「うむ、苦しゅうない!」
「閣下の覚えめでたく、この四条軍曹光栄の極み!」
「ならばホレ、分かっておるであろ?」
「山吹色のお菓子でございますかな?」
「ほうこれがかの有名な、銘菓山吹色のお菓子か!」
というか、自分から振っておいてなんだが。
軍曹とか山吹色のお菓子とか日本のネタなんだがなぜわかる!?
「では語ろうかの。実は劇団の一人が街で目撃されたという情報が入っておる」
「劇団とは?」
「釣り人じゃったかの? そ奴らの組織の事を一部ではそう呼んでおる」
「流石ですマスター! 雰囲気だけでヴィリを載せきってしまいました!」
「んむ、よきに計らうのじゃ!」
劇団……ねぇ、確かにあの釣り人は芝居っけのある奴だった気もするが。
そもそも、人ではどうにもできない魔物の魔力なんぞ、単にコレクターなだけか?
それとも……一部のそういう魔力を利用できる高位の魔族が関わっているという事か?
「なるほど、そいつを追って行けば目的地に向かえると」
「一概にはいえんがの、そもそも、見つけているならとっとと回収しておるじゃろうしの」
「それもそうか……だけどどうやって、そいつらの後をつける?
街にいたのが数刻ほど前だとして今もいるとは限らないが」
「それなら問題ないのじゃ、そろそろ来るじゃろうからの」
「え?」
ヴィリがその子供にしか見えない顔に邪気がいっぱい浮かんだニヤリという顔を浮かべる。
この辺りやはり100歳なのだというべきだろうか。
ともあれ、彼女が言った場所に移動して数分、殆どどんぴしゃりという感じで妙な一団が現れた。
「さあさあ、楽しいショーが始まるよ!
どんどんついてくるといい! これからショーが始まるよ!」
「何だあれは?」
明らかにおかしい、こんな場所でピエロが踊っているなんて。
だがそれよりも尚おかしいのは、それに付き従う人々。
明らかに自我を失っている、目が中空をさまよっていて、ピエロの声に導かれるようにゾロゾロと歩き回る。
催眠術かなにかなのか?
だがたった一人で20人くらいいるだろう一団を操っているというのか。
それはただの催眠術ではありえない、催眠術というのは相手を本当にリラックスさせないとかからないと聞く。
つまり、あんな集団を作り出すには一気にリラックスさせる術があるか、魔法を交えた何かという事だ。
「面白いじゃろ?
ヴィリちゃんがアレを止めるのは簡単じゃが、今までの情報料としてお主の実力、見せてくれるのじゃろ?」
「出来れば止めたい所ですが、どうします? マスター」
「俺としても止めたいが、人質にされたり、逃げ出されて別の所で同じ事をされたくない。
せめて、何をするのか知ってからがいいだろうな」
「だが、ブツが見つかれば戦闘にもなるじゃろ、
ヴィリちゃんも付いて行ってやるが、助けてくれる等と思わないようにな」
「余計なお世話です。マスターは私が守りますから」
「さっきからなんじゃそれは?」
「何がですか?」
フィリナとヴィリはなんだかもめ始めている、とはいえ今は通り過ぎるのを待つ意味で少し離れてもらっている。
俺はすこし近づいて岩陰から観察し、俺は一番近づいてきた男に向けて、小石を投げてぶつけた。
男は一瞬何かを探すような感じで首をめぐらすものの、直ぐにどうでもいいと思ったのか、また歩き出した。
それからまた息を殺して距離を取りなんだか喧嘩になりつつある2人をなだめようと……。
「それ、そのマスターというのじゃよ、割と素で呼んでおるし、魔力の糸も感じる。
フィリナ、お主はいつの間に使い魔などになったのじゃ?」
「……」
「ヴィリさん、今は聞かないでくれますか。作戦が終ってから言うので」
やはり踏み込んできたか、むしろ昨日の内に聞かれていなかった事が不思議なくらいだしな。
だが、むしろ昨日の内に聞いておいてくれた方が楽だったかもしれない。
今日は別の事に集中しないといけない訳だしな。
とはいえ、なんだかんだで新しい魔王の誕生に手を貸す可能性がある事を考えると、彼女が見限ってくる可能性は高いが。
「ふむ、まあいいじゃろ。
ただし、ヴィリちゃんの事はヴィリと呼び捨てにするか、ヴィリちゃんと呼ぶがいい!」
「ヴィリ……ちゃん……」
「うむうむ、初々しいの、最近はフィリナも賢しくなってしまって……」
「いい加減にしてくれませんか?」
「いやいや、ってぬお!?」
フィリナは笑顔のまま、絶対零度の視線でヴィリを睨みつけている。
普段のそれが慈母の如き頬笑みである事、またその美貌が更に凄身を増す原因となっている。
俺は思わず視線が胸のほうに行かないようにする事に神経を使う羽目になった。
いや、怖いし胸の誘惑が……ね?
「所でマスター、このままでは引き離されてしまいますが?」
「ああ、そっちは大丈夫。操られてる人の一人に俺の魔力をちょっとつけておいたから、
数時間は行く先を追える、それに俺の追跡能力じゃ気付かれるしね」
「それは珍しく冴えていますね!」
「……いや、珍しくはいらないから……」
毎度毎度毒舌をくださるフィリナ。
しかし、それは一応機嫌が直ったと言う事だろう。
まあ、色々あったので機嫌を直してくれるのは非常にうれしい限り。
ただ、やはりグサリとくるのは痛いです。はい(汗)
「あいつらが向かっているのは隣山いや、渓谷のほうか。
そういえば金色の魔物も……何か関連でもあるのか?」
「水場、それも人がおいそれと近づけない、そう言う場所という事でしょうか?」
「感覚的に殆ど動物だな、しかし、それなら確かにうなずけなくはないが」
そんな話をしながら、あの奇妙なピエロと、そのピエロに操られた人々についていく。
もちろん、助けるつもりはある。
だが、あのまま助けに入った所で、ピエロが逃げ出した場合、また同じ事をされる可能性がある。
それに、人質代わりに使われる危険も大きかった、更にピエロの能力も未知数だ。
1kmは距離を取っているので、早々発見はされないだろうが……。
「しかし、ただついて行くのもつまらないな、フィリナ先回りは可能か?」
「今までの動きに特に変わりがないのならば、渓谷の北入口の方へ向かうでしょう」
「ピエロがあいつらを連れている以上さほど速度は出ないだろう、大きく迂回して急いでみるか」
「わかりました」
相手の動きを警戒しつつ、俺達は急いで渓谷の入り口付近まで回り込む。
やはりこういう時、魔力をペイントする能力は有益だな。
まあ、一度は何らかの手段で接触なりそれに近い事をする必要はあるが。
因みに、あの時小石に魔力を少し込めてぶつけた、
操られた男についた魔力以外は回収したので操られた男一人が気付かれておとりにでもされていない限り大丈夫だ。
「さて、この辺りでいいか?」
「そうですね、相手がこのルートを通るならば、恐らくこの近くを通過するはずです」
「うーヴィリちゃん待つの苦手ー」
俺とフィリナが小声でささやく中、ヴィリはぶーたれている。
このエルフは……じじむさいしゃべり方をしたり、子供っぽい喋り方をしたり忙しい……。
ともあれ、相手は接近してきている、もう1kmを切るほどだ。
俺達が待つ事20分ほど、時速3キロほどか。
そりゃまあ、普通の人間を率いているのではない以上そうなるだろうが。
「でも、あんな状態で引きずりまわされた人達は後で筋肉痛や引っかき傷、ねんざ等、ひどい事になりそうですね」
「確かに、ちょっと無理してでも助けておくべきだったか……」
「大丈夫、大丈夫!
そのためにフィリナがいるんじゃ。回復魔法でなんとかなろう?」
「ヴィリ……回復魔法は万能じゃないんですから」
「とはいえ、今は目的地を見定める事が大事ではないかの?」
「否定はしませんが……、でも確かに、最悪の場合を想定するなら見捨てる事も考えておかないといけませんね。
ヴィリ……タイミングよく現れた貴方の事も」
「フィリナ……」
一応は心配するが、フィリナは俺の事に基準が及んだ時急に冷徹になる。
そんな姿は見たくはなかったが……。
「フィリナ、お主の口からそう言う言葉を聞く事になるとは思わなかったぞ」
「少し基準に変化があったという事です。むしろ、人間なら普通そういう思いはあるものでしょう?」
「……そうじゃな、お主は以前より人間的になった。
以前はどこか胡散臭いほどに全てを救おうとしておったが……」
「今の私はかなり利己的ですよ。貴方を疑う事、切り捨てる事も簡単にできるでしょう」
「まあ、そうやって宣誓しているうちは、まだまだ青いがの」
その通りではある、フィリナがきつい事を言うのは己に言い聞かせている所もあるのだろう。
実行できないかと言われれば、恐らくは出来る。
しかし、ああやって警告を与えているうちは躊躇いがある事を宣誓しているようなものだ。
まだ人間味を失っていないという証拠でもある。
それは安心していいのか、それとも……。
ただ言える事は、このまま摩耗してしまうのは俺も、彼女の仲間や知り合い達も望んではいない。
「そろそろでですね」
「ああ、後100mほどで坂道の頂点に出る、先頭はそろそろ見えて来てもいい頃だな」
俺達の隠れる岩陰からみて、位置関係としてはこちらの方が高いが、坂道の頂点。
つまり、渓谷に入るための道で俺達が一番監視しやすい場所だ。
そもそも、ここの渓谷あんなよっぱらいレベルの動きしかできない人間が通れるほど甘くはない。
人が通れる道が一応あるとはいえ、獣道と変わらないし、一歩踏み外せば死にかねない。
状況によっては、俺はピエロを倒して運ばれた人々を助けるつもりでいる。
「さあさあ、ビックリショーの始まりだ! 楽しいショーが始まるよ!」
やってきたのはやはりピエロ、そしてその後に一般の人々がゾンビよろしくつき従っている。
ここまで来るのに冒険者達と鉢合わせしなかったのだろうか?
いや、違う!
後ろの人数が増えている、冒険者達まで混ざっているじゃないか……。
このピエロは恐らく後ろの人々を助けるために挑んできた冒険者を何らかの方法で操ったのだ。
総勢30人近くまで増えたゾンビのような人々の群れ、その異様さを増しながらピエロはやってくる。
「奴の攻撃、少なくとも一般の冒険者では太刀打ちできないという事か?」
「あ奴のあの繰り、恐らくは意識に糸を這わせるタイプじゃろうな」
「意識に糸……」
魔王の知識でその辺りの事を調べようとしたが、芳しいものはあまりなかった。
意識に糸を這わせるというタイプの術は人間が作り出した技術体系で、基本人にしか効果がない。
そのため歴代の魔王にとっては取るに足らない技術とされていたようだ。
当然それを破る方法も考えた者はいなかったようで、全くわからない。
しかし、オタクとしての俺は恐らくこうだろうという推論をいくつか用意できる。
実際に糸を使って操るタイプなら見えなかろうがそれを断ちきればいい。
もし、エネルギー(霊だったり、魔法だったり)の糸なら繰り主が倒れれば大抵なんとかなる。
たまに、持ち主が死んでもエネルギーが残留したりして厄介なものもあるが、
そういう場合は事前に本人がそう言って脅してくるだろう。
というか、それにかけるしかない。
ともあれ、奴らがどうやってここの道を行くつもりなのか、
もしも、崖の道をこのままいくようなら、流石に止めるしかない。
「はぁい! 皆すとっぷー! ショーの第一の出し物! 虹の橋の登場だ!
みんな拍手!!」
パチパチパチと中途半端な音が響く。
行動と同様、拍手も気合いの入らないものしかできないようだ。
まあ、あまり簡単に操られているようだと、逆に操りを切り離すのが難しい気がするし、そう言う意味では悪くない。
「さあ、来たれ虹の橋! そぉれ!!」
すると、谷の下に向かって確かに虹の光プリズム光が走って行った。
そして、ピエロがパントマイムよろしく橋の強度を確かめるとそのまま歩いて行く。
ぞろぞろとゾンビのような人々も続いて行く。
安全なのかどうかは確信は持てないが、どうやらこの場で殺すようなつもりはないという事だけはわかる。
虹の橋の幅はそれなりに広く、酔っ払いのような千鳥足でも落ちる者はいないようだ。
「これなら追跡を続行出来るな」
「そうですね、目立たないよう、しかし、一気にかけ下りましょう」
「難しい注文だな……」
「軽量化の魔法がありますから、大丈夫ですよ」
「そういえばそうだったな」
っと、俺達が勢いよくかけ下り始めると、隣に小さな影が並ぶ。
ヴィリだ、なんだかんだ言いつつしっかりついてきているあたり、フィリナの事を気にしているのだろう。
俺に興味があるような事を言っていたが、そちらの方はオマケってところかな。
どちらにしろ、俺達としては、白銀の魔物を捜索する事と、一般の人々を助けるという事を同時にこなしたい。
とはいえ、優先順位をつけるなら白銀の魔物のほうが落ちる。
俺はやはりもと人間だしな……。
魔物の自覚もあまりないが(汗)
虹の行く先を追いかけていると、そのうち開けた場所に行きついた。
どことなく、金色の魔物が現れた場所に似ている。
何か共通の理由でもあるのだろうか?
魔王の記憶においては、純粋な魔力の結晶化したものとだけあるが……。
ピエロと距離をとりつつ、その行動を観察する。
もし生贄か何かにするつもりなら、行動を起こすタイミングかもしれない。
俺は、少し近づくべきだと判断した。
「いいか、魔力も声ももらすなよ」
「分かっています。ヴィリ……くれぐれも邪魔はしないように」
「ないない、ヴィリちゃん邪魔なんてしないよにゅふふ」
「その邪悪な笑みをやめなさい」
「声をひそめて」
「はっ、すいません……」
「やーい怒られた」
「……ッ!」
どうにも、この2人の場合いじられるのはフィリナの側になるようだ。
まあ、ほほえましくはあるが今はそれどころじゃない。
俺はジェスチャーで向こうに行く事を告げると草むらを抜けて岩陰を進んだ。
「ふふふ、さあ! ショーの本番はこれからだ!
このグリフィンの魔物召喚ショー! 説くとご覧あれー!!」
また、散発的な拍手が響く。
どうにも、合いの手としては厳しいが、グリフィンと名乗ったピエロは御満悦そうではあった。
そして、今までとは少しトーンの違う声に変わり。
「お前達の生命の力で白銀の魔物を目覚めさせるといい!
イッツショータイムだ! ハッハッハッハ!!」
「なっ、なんだここは!?」
「あのピエロ!?」
「お前は何者だ!!」
「一体どうしてこんな所に!?」
「くそっ、俺達もまどわされたのか!?」
「ピエロ、許さん!!」
一気に繰り糸の状態から離れ、皆が混乱、そして、中にはピエロに向かっていく冒険者もいる。
俺は一瞬飛び出そうとするが、それをフィリナが止める。
「待ってください、彼らの繰り糸はまだ断ち切れていません」
「何?」
俺はピエロに向き直ると、その愉悦に歪んだ表情に吐き気がした。
冒険者達の攻撃は彼の周囲2m前後の所まで来ると自動的に動きを止める。
これは、彼らの肉体が、まだピエロの制御下にある事を示していた。
「一つ言わせてください」
「何をだ?」
「彼らへの同情は捨ててください」
「……何を言っている?」
「彼らはピエロに攻撃を加えれば糸に繰られて襲ってきます。
その時、貴方が迷えばピエロに利するばかり」
「……」
「幸い、あの呪法はここにいる3人には誰ひとりとして効きません。
魔物2人とエルフ1人、どちらも人ではないですから。
ですから、切り捨てる覚悟をお持ちください」
それは、フィリナの口から出たのだと考えるには冷たすぎ。
そして、それを言わざるを得ない状況に追い込んだ俺の不甲斐なさに絶望する。
俺はどうしてこうだめなのだろう、そう考えると視界が水でけぶるように歪み、水滴が頬を流れ落ちた……。