「そうか……来たのか……」
そこは、メセドナ共和国の4分の1を占める特別自治区の中心都市ムハーマディラ。
ムハーマディラは唯一表だって魔王領との交易を行っている都市だ。
メセドナ共和国に税金を納めてはいるが、基本、特別自治区内の政治は自治政府が行っている。
メセドナのどこでも魔族が大手を振って入れる訳ではないのだ。
それでも、共和国内において、魔族に対する警戒心は他国よりは薄い。
魔獣が生息する地点は過酷な砂漠等が多く、魔獣も他国に比べ少ない。
魔王領のベルンフォード伯が共和国内の魔獣を引き上げさせたお陰だと言われている。
共和国はその平和を享受しているため、割合い冒険者を必要としていない。
ただ、冒険者達はこの国に多く残る遺跡を発掘しようと躍起になっており問題が多発している点もある。
盗賊の被害も馬鹿にならないため、イメージを良くするためハンターズギルドが作られたりもしている。
つまり、メセドナにおいて魔族と冒険者はどっちもどっちな存在でしかない。
そのため、魔王領から来た男が、ムハーマディラの実権を握っていると言っても、
そんなものかという程度の意識がある程度で戦ってでも取り返そう等という気概のある一般人はいない。
メセドナ政府はもちろん、特別自治区の政庁もやっきになって彼を引きずり降ろそうとしたが、
政治のセンスが違いすぎ、逆にムハーマディラにおいての実権を確かなものにしてしまった。
彼は今、白い背広を着て執務室の机で色々な書類を捌きながら対面に立つ男に話しかける。
「はい、劇団と接触し撃退したとの事です」
「ほう……、まろの奴……かなり出来るようになっているな」
彼は眼鏡の下の目を少し細めて言う、感慨深いものがあるとでも言うようだ。
彼……石神は、何度かまろに就職の世話や、もろもろ便宜を図った事がある。
ある時、心に傷を負ってから、まろは軒並み人との関りを避けるようになった。
それは、他の幼馴染達のせいであり石神自身のせいでもあると理解している。
それゆえ、会うたび色々世話を焼いてしまうのだが、まろは心を開く事はなかった。
それが今、話を聞く限りかなり自立しているように見える。
何より、賞金首等になっても自暴自棄になっている訳ではないようでもあるし、
この世界に来てからまろは何か変わったのかもしれない。
「まろ……ですか?」
「なんでもない、それより現在地はどうなっている?」
「はあ、アラドス山脈の半ばにある渓谷のようです」
「何ッ!? それは北部国境付近になるぞ!! 前回の報告では山脈の入口付近だったはずだが?」
「えっ、ハイその通りですが……」
目の前に立つ男は、ムハーマディラにおいては、そこそこ使える男ではあるが、
カンはあまりいい方ではないようだ。
石神の緊張感が伝わっていない様子だ。
「バカ者!! 今あの辺りには帝国軍が演習に来ているんだぞ!!」
「ですが、国境を越えてはいませんし……そもそも、あ奴らは我々とは関係ないのでは……」
「元々、ザルトヴァール帝国は魔族と付き合いのあるメセドナを良く思っていないんだ!
軍事演習で国境付近まで来るのは示威行動だと何故分からん!!」
「は……」
「それに、あれでも一応あいつらは賞金首なんだ、
このままでは、奴らが国境侵犯する理由を与えてしまうぞ!!」
「そっ、そんな……」
特に、相手側は特別自治区をよろしく思っていない。
魔族との戦争が最も多いのはザルトヴァール帝国なのだ、北部には好戦的な魔族が多く出没すると。
何より、魔王領の北部域を治めているのは、魔界軍師ゾーグ・ガルジット・ダルナーク。
紫禿げことゾーグは魔王領でもかなり過激な戦争推進派だ。
石神自身においても恨みはあるが、今の所一番の命題は戦争を回避する事。
「くそっ! 後手に回ってしまったな。
取りあえずハンターズギルドに向かい、あの男に今と同じ事を話せ」
「はっ!」
「それから、途中であいつを呼んで来い」
「……あいつですか?」
「分からないか?」
「い……いえ、分かりました!」
石神はまた書類との格闘に戻りながら、頭の中で素早く計算を巡らした。
帝国軍の現有兵力は12万と言われている。
もっとも全て合わせての数字ではあるが、実際には、アルテリアや神聖ヴァルテシス法国、
そして魔王領へ向けての防備を薄くする訳には行くまい。
そんな訳で、実数として動かせるのは3万もいれば多いほうだろう。
演習で使われる予定だったのは1万、普通に考えればそれだけしか動かない筈だ。
それに、山岳部を抜けてくることになる以上、足は遅いし、脱落者も多く出るだろう。
その上、こちらが周辺の町や村から兵を集めるのには十分な時間を与えてしまう。
ただ、元々狙っていたなら伏兵がいてもおかしくはない、とはいえそれくらいではメセドナ全土に侵攻はできない。
だが、メセドナは落ちないが、このムハーマディラなら落ちる。
何故なら、この北部国境には砦がない、帝国との協定でこの都市を作るためには砦を作らないのが前提だったからだ。
ムハーマディラの守備兵もせいぜい1000程度、近隣の兵を集めても4000まで行けば多いほうだろう、
城郭都市ならともかく、急激に膨らんだ人口のため横に張り出しているムハーマディラを防衛するのは困難だ。
実際攻められれば簡単に落ちてもおかしくはない。
そして、ここが落ちればメセドナも迂闊に手だし出来なくなる。
地理関係として、メセドナの首都よりも、帝国側に近い位置にこのムハーマディラがあるためだ。
「全く、厄介事を引き連れて来てくれたな……」
劇団の連中の狙いはこうしてムハーマディラを壊滅させる事かもしれない。
劇団のしている事の方向性を考えるならありうる話だ。
石神は彼らの雇い主の事をある程度調べは付けているのだ。
その時、ノックもせずに扉を開いてくる男がいた。
石神はしかし、平然と相手に向き直る。
「来たか、貴方の力を借りたいんだがいいか?」
「もちろんでさあ、石神様の言う事ならどんな事でも!」
「……まあいい、ちょっとラリア、特にカントール近辺の情報を集めてほしい。
出来る限り極秘裏にだ、いけるか?」
「はい、ハンターズギルドの事感謝しております。
ロロイの奴は毛嫌いしてますがね、アンタがいなきゃ成立しなかっただろう」
「それはありがたい、ギルド副首領メイスン殿」
メイスンと呼ばれた、やや大柄な中年の男は、口元をニヤリと歪ませる。
本当の所、メイスンにとって石神は金払いのいい顧客程度の認識だ。
しかし、ロロイと比べれば十分好意的であった。
ロロイは石神を見て一目でどういうタイプの男かを看破し、付き合う事を禁じた。
利用しているつもりで利用されているようになるとわかっていたからだ。
だが、メイスンにはそこまでは分からない。
それが今、この場に彼がいる理由である、もちろんメイスンもロロイの事を嫌っているわけでもないし、
派閥が軋轢を起こしかねない状況になる前に引き上げるつもりではいたが。
ロロイはその程度見通しているという事をメイスンは理解していない。
また、石神もそういう事情を知った上で使っているという事をメイスンは理解していない。
だがそれでも、確かに金払いはいいし、組織に口を出していないのは事実なのでロロイはあえて何も言わなかった。
もしも、それを口にすれば出来て間もないハンターズギルドが割れてしまうと知っていたからだ。
メイスンが出て行ったのを確認してから石神はぽつりとつぶやく。
「ハンターズギルド全体をこちらに引き込むのは無理だな、だが不干渉でいてくれれば計画に支障はない」
「僕に命じてくれれば政庁もハンターズギルドもメセドナの政府だって狩り殺してあげるのに」
「私がお前に一度でも暗殺を命じた事があったか?」
「いいえ、お優しい石神さんはそんな事をした事はありませんとも」
石神の影がいつの間にか実体を持って存在していた。
しかし、石神は振り向きもせず驚きもしない。
何者かを知っているからだ。
人ではない者との付き合いもそろそろ1年になる、彼にとってはこう言う事は茶飯事になりつつあった。
だが、背後の影は一応ではあるが人であった。
「ふん、殺す等という事は手段としても下の下だ、俺の目的を考えれば分かるだろう?」
「でもそう言う事にも尊い犠牲っていうのはつきものじゃないですか」
「最初からそんな考えでは結果等出るはずもない」
「ふぅん、でも僕達暗殺ギルドメセドナ支部は全面的に石神さんを支持すると決めたのは事実だよ」
「確かにやってもらいたい事は多々あるな」
「彼らと同じで諜報もこなせるからね、石神さんは情報を多く欲しているようだし。
僕らの恩返しにはとても向いている」
「しかし、この街にあれだけの規模の暗殺者集団があるとはな……」
「うん、だけど暗殺は石神さん嫌いみたいだし、依頼は石神さんからしか受けないようにしているよ今の所」
「……分かっている」
メセドナ支部だけとはいえ暗殺ギルドには数百名のギルド員がいる、それの暗殺を辞めろというのは無茶な話だ。
少なくとも、彼ら全員の当面の生活費をねん出せねばならないし、仕事も斡旋しなければならない。
それだけではない、彼らの中には暗殺を快楽としているものもいるため、更生可能な限り彼らもどうにかしなければならない。
魔族に潰されそうだった支部を石神は利用可能だと判断して引き取ったのだが、
問題は、彼らの質の高さにあった、彼らの暗殺能力は高すぎる。
魔族に対してはあまり強いとは言えないが、人を殺す技術はまさに息をするように殺せるレベルなのだ。
今回の作戦において、メセドナ首相の挿げ替えにはもってこいの人材ではあるものの、
石神は殺しについては全面的に禁止していた。
勘違いしてはいけないのは、石神は人殺し全てを否定している訳ではない。
殺さなければどうしようもない相手もいる事は理解している。
だが暗殺は依頼者はある程度の金持ちでなければ難しいし、その理由もあまり表立って言えないような事が多い。
不正をして、証拠を消すために暗殺される等という事が最も多い。
正義の執行にも重すぎると思っている、石神にとっては暗殺は最も腹立たしい事だ。
「何にしても、ギルドで5本の指に入るというお前の暗殺能力に関しては、俺は必要としていない」
「わかったよ、でも待ってるね。僕に仕事をくれる事を」
「ああ……」
気配が消えたのを察しながら、それでも石神は警戒心を解く事が出来なかった。
自分を暗殺する気はないと言ってはいるが、彼らの恩義は契約よりも下だ。
契約が行われれば裏切られる可能性もある。
今の所そう言う物を受けたりしないと向こう側は約束してくれてはいるが。
いつまで暗殺に手を出さずにいてくれるか、甚だ怪しい所だ。
何れは敵対する可能性のある相手、石神はそう判断している。
「やれやれ、頭の痛い問題ばかりだな……その辺りは地球と変わらんか……。
後は、まろ……お前の動き次第で俺の対応も変えていかねばならん……。
上手くやってくれればいいが……」
ふう、とため息をつき、石神は恐らく起こるであろう帝国の国境侵犯に対しての書状を作成にかかるのだった……。
「これは……」
「軍勢か……?」
俺達は落雷のような轟音に対し、なす総べなく近くの茂みに隠れるしかなかった。
渓谷からの帰り、収穫がなかった事を知った俺達は少し落ち込みながらも、
渓谷を上がるためにフィリナに魔法をかけてもらい一時的に体重を軽くしてもらい、スキップ的な感じで飛び上がっていた。
しかし、渓谷を上がり切るかという所で、先ほどの轟音に遮られる事となった。
「軍隊が……動いている?」
「あれは帝国の軍勢ですね、国境侵犯してまで何をしに……」
「ふむ、恐らくヴィリちゃん達じゃろうの」
「何!?」
「国境近辺で示威行為を兼ねた演習をするという話はしていたからの、
そこにあ奴らが我らの情報を漏らしたらどうなる?」
「国際指名手配された犯罪者の捕縛をするために国境を侵犯したという事か」
「もちろん、メセドナ共和国は抗議するじゃろうが、
町中に立てこもられたと言い張り、ムハーマディラを占領する。
その後、国際指名手配犯を庇ったとメセドナを告発し、
ムハーマディラを橋頭保に、各国の協力を取り付け包囲網を敷きつつメセドナ攻略といったところか」
「そんな簡単にいくのか?」
「普通は行かぬ、しかし、メセドナは大国ではあるものの、
周りの国と違い、信仰の風習が薄く魔族との関係も悪くない、しかし、それは他の国の方針とは合わないものだ。
軋轢は元々多かったじゃろうな」
「そう言う事か、つまり、原因さえあればいつでも侵攻できる状態にあったという訳なのか」
「そうなるの」
つまり、国境まではまだ少し距離があると考えていた俺達が甘かったという事なのか。
ザルトヴァール帝国の演習部隊は、国境付近で何事か起らないか手ぐすね引いて待っていた訳だ。
当然、占領するために動かした兵力ならば俺達を捕まえるためなんて甘い数ではないだろう。
魔力は多少消費したものの、今の俺は以前ほど使ったら終わりというような魔力ではない。
一番の理由は、ラドヴェイドに魔力を渡していない事、そのせいで基礎となる魔力は消費しても回復する。
もちろん200GPまで回復するには自然回復で一週間くらいかかるにしろ、一応回復する。
今までのようにただ使ったら回復が効かないというわけではない。
もっと魔力が上がって、基礎的な魔力が循環すれば回復スピードもあがるだろう。
とはいえ、流石に今は半分以下に落ち込んでいるが……。
「兵力とか分かるか?」
「恐らく……1万は下らないでしょう、ただそれ全てが戦闘員という訳ではなく、
輸送用の物資を運ぶための部隊を多めにしているのではないでしょうか、
何せ、この辺りは山岳部ですから、兵糧の輸送はかなり難易度が高いはずです。
戦闘可能な部隊は7割、場合によっては半分くらいになっている可能性もあります」
「なら、特別自治区いやメセドナの軍勢はどれくらい集まるんだ?」
「ヴィリちゃんの予想だと、ムハーマディラに1000、都市一つには多いけどねとても持ちこたえられないよ。
周辺の都市や村の兵をかき集めればどうにか4000くらいは集まるかにゃ?」
「急に猫語を使わないでください、しかし、籠城すればムハーマディラの南にあるマデーヌ砦の1万が動くはずでは?」
「それもそうだけどねぇ、帝国側もその辺は考えているだろうしね。初めて攻める訳でもないんだから」
俺達は、このまま隠れてやり過ごす事も出来る、しかし、当然ながらそうなれば戦争が起こる。
恐らくはメセドナ共和国が消えてしまうほどに大きな戦争が。
俺は魔王になろうとしている、その理由は何か。
ラドヴェイドに言われた歴代魔王の悲願、それはもちろんだが、それだけではない。
少しだけにしろ、俺を前向きに変えてくれたこの世界に、恩返しとして少しでも平和の役に立ちたい。
もう一度カントールへ戻って皆に謝罪したい。
そう言う思いがあるのは事実だった。
この場で戦争が起こるのをただ指をくわえて見ている、それもきっかけはこの国に俺達が来たから。
最悪に近い結果と、罪の意識が沸き起こる。
「俺が……戦争を止めるために俺が出来る事はないだろうか……」
「マスター!?」
「バカだねフィリナ、分かっていた事だろう?
だってお前のマスターじゃないかお人好しを絵にかいたような、ね。
今さら冷酷ぶったってバレバレじゃ」
「それは……しかし」
「フィリナからは言えないようじゃから、ヴィリちゃんから教えてやろう。
この戦争を回避する方法があるとすれば、原因のお前がここにいない事を証明するしかない」
「しかし、どうやってそんな事を?」
「なあに、ここは北部国境に近い、このまま帝国までいって捕捉されればいいんじゃよ。そうすればメセドナは救われる」
確かに、ザルトヴァール帝国内で発見されれば帝国はメセドナに対する介入の名目を失う。
しかし、当然ながらラリアから逃げてきた俺達はザルトヴァールでもお尋ね者。
メセドナにいた時のように、ゆっくり出来る時間等ない。
俺は一瞬フィリナを見る、フィリナは仕方ないというような頬笑みで返してくれた。
「分かった、帝国に入る事にしよう。ヴィリ、色々すまなかったな俺達は行くよ」
「うむ、折角じゃから同行するとしようかの」
「ヴィリ!? まさか貴方……」
「うむ、シンヤはなかなか面白い奴のようじゃからの。暫くは協力してやるのじゃ!」
「ありがとう、頼りにしていいか?」
「うむ、パルティアがあれば大抵の敵はザクザク狩れるぞ?」
「あーそう言う事じゃなくてね……」
「夜のほうは……悪いがお相手出来ぬ、体がまだこんななのでの、中に異物を入れられるほど育っておらんのじゃ」
「いやいや! そっちを頼む事はあり得ないから!!」
「では、私に……!?」
「お前らはどうしても俺を性犯罪者にしたいのか!!」
「いや、だってのう?」
「童貞って、暴走すると怖いって言うじゃないですか……」
「しみじみ言うんじゃねー!!」
「こら、声を上げるな!」
「あっ、すまない……つーか、下ネタはやめてくれ」
「まだまだお子ちゃまじゃのう」
「はい、皮かむりです」
「……もういい」
本当は凄くツッコミたかったが、見たのかよ! と。
さっき言った通り、軍勢が近くを通過しているのだ、声をあげて見つかればまさに戦争の引き金になってしまう。
俺達は、渓谷に引き返し、別のルートから国境に迫る事にした。
メセドナ公国内や、国境近辺で見つかれば、問答無用で戦争の引き金にされる。
それを回避するには、よほど険しい地帯を抜けるしかない。
それも、軍勢が山岳部を抜けるまでの間に。
「恐らくは、あの軍が山岳部を抜けるには3日か4日かかるじゃろう。
明日中に国境を抜け、ある程度国境を離れた地点で捕捉されれば奴らの大義名分は瓦解する。
故に、疲れておるじゃろうがあまり休んでいる時間はないぞ」
「ああ、分かっている」
俺達は、敵軍絡みを隠しつつ、より険しい山岳地帯に向かう事になる。
フィリナ達が言うには、この北部国境に軍が置かれていないのは、特別自治区の事もだが、
山岳部であるためあまり兵力を一度に進められないという点が大きい。
1万という数字は山岳部を通る事を目的とした場合、むしろ多すぎるくらいだ。
恐らくは、抜ける頃にはかなりの脱落者を出しているだろう。
もっとも、それを最小限に抑えるために一般兵の比率を下げているのではあるが。
そして、時間を稼ぐ意味でも山岳部を抜けてくれているのはありがたい。
「それで、俺達のルートはこっちでいいのか?」
「はい、ここから国境に向かうのが一番安全だと思います」
「まあ、普通の人じゃ抜けられないしねー」
そう、今の俺達は時々軽量化の魔法を使い、殆ど崖のような道を進んでいる。
魔王領に出る時もそうだったが、人が通る事を前提としている道ではないので、時々崩れて怖い。
とはいえ、そんな場所でも通らないと見つかる危険が高い。
戦争なんぞされても困るので、俺達は出来る限り急いで国境を抜けようと、獣道を走った。
しかし、ヴィリには驚いた、魔族としてそれなりに身体強化されているの俺やフィリナに負けない動きで追ってくる。
それどころか、俺達のほうが先に息が上がってしまう始末だった。
「ヴィリちゃんの体重は羽根のように軽いからのう♪」
「いや、俺達も軽量化の魔法でかなり軽いんですが……」
「ヴィリに常識をあてはめてはいけません、彼女のスペックは論外ですから」
「ヴィリちゃんは凄いが、別に論外という訳ではないぞ、疲れもするし性欲もある!」
「いや、この場で言う事じゃないから、それ!」
「ヴィリは基本下品なのです」
「フィリナだって興味津々の癖にヴィリちゃんだけ仲間はずれにするなんていい度胸じゃぞ!」
「そんなだから故郷から追い出されるのです」
「ぐっ!? あれはじゃな……故郷は肌に合わなかっただけじゃ!」
「ヴィリの故郷っていうと別の大陸っていう?」
「まあ……そうなのじゃ……」
ヴィリはこの話題になってから急にしおらしくなっている。
何か触れられたくない過去でもあるのだろうか、しかし、フィリナがそんな事を口外するとも思えない。
一体何なんだろう?
「かれこれ50年ほど前らしいのですが、ヴィリはおね(むぐ!)」
「やめんか! ヴィリちゃんの華麗なる歴史に泥を塗るつもりか!」
「どの辺が華麗でしたっけ?」
「むぅ、全く、そんな事を言っておると、お主の恥ずかしい過去も暴露するぞ」
「ッ!? そっ、そんなものはありませんの事よ……?」
「何を謎の中国人してごまかしておるか!」
「その前に中国が何故分かる!」
「ああ、言い忘れておったがいろいろお主の世界の情報をもらっておるぞ。フィリナから」
「え?」
「ああ、最近こう言う事をされていなかったので忘れていました。
ヴィリ、貴方、私の記憶を覘きましたね?」
「ブロックしておらんほうが悪い」
「そもそも、記憶を覘くなんてマネが普通にできるのは貴方くらいのものです」
「まあ、ハイエルフでも最も能力が高いと噂じゃったからのうヴィリちゃんは♪」
「……ええっと、それってヴィリは今ほとんど知っているという事?」
「フィリナの記憶の全てという訳ではないが、フィリナが何故死んでどうやって蘇り、
またお主がどこから来て童貞歴=年齢じゃという事は……」
「ちょっと待てい! ちょっと覘いただけでそれが分かるのか!!」
「んむ、フィリナの記憶で一番見やすかったのはお主の童貞歴についてじゃった」
「フィリナ……」
「はい、乙女のたしなみです」
「それ乙女のたしなみ違うから!! 単に俺をイビるネタだからね!!」
「そうなのですか? てっきり最重要な話題かと」
「そんな訳ないでしょ!!」
「ヴィリちゃんも重要な話題だと思うぞ」
「なんでッ!?」
「この先何年童貞なのか賭けをするために」
「私は100年ほど先と見ましたが」
「うむ、ヴィリちゃんは200年先にしておこうかの」
「ちょっと待って! それ普通に死んでるから! 寿命だから!」
「そうかの? 魔族なら長生きできるかも知れんぞ、具体的には199年くらい」
「それって童貞を卒業する直前に死ねってこと!?」
「大丈夫です、私の中の年表では既に童貞卒業して死んでますから!」
「……orz」
確かに人けはないけど、山彦が響きそうだったので、突っ込むのは諦める事にした。
彼女ら別世界の住人とは話しが通じないようなので。
羞恥心に悶えるのが段々馬鹿らしくなってきた……。
それからしばらく半泣きになりながら走り続け……。
「ようやく、国境付近か……」
「はい、巡回経路は分かりませんが現状では周囲に人は……!?」
「いるようだな……一人きり、なるほど」
気配がする、この崖のような獣道の終点で、誰かが待っている。
しかし、それはたった一人、たった一人の気配しかしない。
周囲に誰か伏せているのかと警戒していたがそういうふうでもない。
では一体誰が……、いや、俺はこの気配を知っている?
「まさか……お前がここにいるとはな、ウエイン」
「元々ここしばらくはザルトヴァール帝国で活動していたんですよ」
「この間の魔王領での狩りもサルトヴァールの依頼か」
「はい」
獣道から出た直後にあるそれなりの広さのある岩場。
そこに、一見なよっとした少年がいた。
栗毛に細い体、不釣り合いなほどに無骨な剣。
ウエイン・トリューナー俺と同期で冒険者となった少年だ。
「そして、今回の僕達”銀狼”の受けた依頼は貴方達をザルトヴァールに引き渡す事」
「そのための待ち伏せか」
「はい、他のメンバーは軍の通らない他のルートを張っています。
そして、報告のための札も渡されています」
「それを投げると連絡になるってわけか」
「はい」
ウエインは手の内を全てさらすように俺に言う。
そのくせ、報告のための札とやらを使おうともしない。
理由は恐らく話しでもしたいのか……。
「シンヤ久しぶりに一対一でやりませんか?」
「へぇ、それがお前の答えなのか」
「はい、貴方が何者であったも、僕に出来る事はただ一つ。
そのためならば他のメンバーを倒してでもシンヤを引きずりだす」
「……いいだろう、わかった」
それは、ウエイン・トリューナーという同期の冒険者からの情けであり、同時に決意でもあるのだろう。
大人しく捕まる気がないなら一騎打ちをしろと、まあそう言う訳だ。
それに対する、俺の返礼等決まっていた。
「手加減しないぞ!!」
「こちらのセリフです!!」
目配せでフィリナとヴィリに先に行くように示してから、俺は、ウエインとの一騎打ちに応える事を決めた……。