ウエイン・トリューナー、彼の出身地はカントール、但し街で生まれたのではない。
アーデベル伯爵家の三男、即ちウエイン・ト・リューナー・アーデベルが本名である。
建国理由から元商家の貴族が多いラリア公国にあって、
元々アルテリア貴族であったアーデベル家がラリアについているのは少し異端ではあった。
もっともアーデベル家はラリアの建国理念に賛同したという訳ではなく、
アルテリアからの離脱を望んでいたというのが正しい。
アルテリアの精霊信仰はかなり重くなっており、
元々ソール神を信仰していたアーデベル家と領民にとっては辛くなってきていたのだ。
派閥を作って対抗すれば国を割ってしまう可能性が高かった事もあり、
アーデベル家は領地ごとラリアに鞍替えしたというのが本当の所だった。
よって、アーデベル家はラリアの他の領主たちと比べかなり質の違う貴族である事は間違いない。
アーデベル家は元々武門の出であるため、傭兵等は殆ど雇わず、領地内から兵士、騎士を取りたて兵役を課している。
領主もまたその血族も必ず一通りの武術を習得させ、兵役に出すなり冒険者として鍛えさせるなりしている。
つまり、ウエインのしている事は半ばアーデベル家の教育の範囲内であるともいえる。
彼の家は、武門である事を重んじているため、甘えは許されず長兄、次兄共に筋骨隆々な騎士として活躍している。
ウエインが冒険者の道に進んだのは、二人の兄と比べられたくない心理もあったのかもしれない。
それだけに、ウエインは冒険者としての繋がりを重んじていた。
パーティ”銀狼”入りをしてからは特にそれは顕著となった。
尊敬するリーダー、セイン・ドレル・マクナリアや、
相談に乗ってくれる副リーダーのヴィンス等のように人生の先達として、またシンヤはよきライバルとして。
彼は順調に冒険者として成長し、このままいけば後々は勇者と呼ばれるようになっていても不思議ではなかった。
しかし、その思いは唐突に破られる事になる。
シンヤが魔族となってラリアから逃げ出したという信じられない事実として。
「久々だなあ、お前と練習するのも」
「そうだね、僕達はずっと飛びまわっていてカントールに戻っても直ぐ次の依頼で出立した。
冒険をして、休養して、また冒険するという冒険者の基本スタイルからは考えられないやり方だ」
「セインのやり方か、魔族に恨みを持っているらしいから分からなくもないがな」
「そう、セインさんのやり方は基本、魔族の殲滅、だからこそ僕達はここに来た」
「確かに、な……」
互いに構えを取る、ウエインの闘志がみなぎっているのが分かる。
それだけじゃない、以前より隙がむしろ大きくなっておりしかし、それを補うくらいの技量がうかがえた。
隙はわざとなのか、それともその隙を産む程度はどうとでもなるくらいの必殺の一撃なのか。
「随分とあからさまな隙だな」
「警戒されるとはね、シンヤも随分成長したんだ」
「その言い回しは泣けてくるな、前の俺はそんなにカンが悪かったか?」
「かなりね、フェイト出しても気付かずにそのまま突進してくる事もあったし。
あれはあれで結構戦いにくかったんだけどね」
「実力で相手が出来てたわけじゃないと思うと泣けてくるよ!」
俺は、ウエインの隙のない場所にわざと打ち込んでいく事を決めた、もちろんその攻撃は的確に対処される。
剣で受けて流され、俺の体制が泳ぐ、そこにウエインの追撃が上段から打ちすえられる。
最も俺もその動きは読んでいる、対処その物は難しくない、離れるならばだが。
あえて俺はその剣の下を掻い潜りウエインの懐まで接近する。
ウエインの剣は”銀狼”の気質に影響されてか以前より大きな剣となっている。
少なくともバスタードソード、もしかしたらグレートソードに届くかもしれない。
そんな武器を軽々振り回せるのは凄いが、当然懐に入られれば剣は使えなくなる。
そう思って突っ込んでいった所に、ウエインの膝が飛んできた。
俺は咄嗟に体を横ひねりで転がして避けるが、おかげで体勢が完全に崩れ大きく離れるしかなくなった。
追撃はなかったようでほっとする。
「武器の隙をつくなんてやるようになったね」
「お前も以前のお座敷剣術じゃなくなってるんだな、あそこで膝が出るとは思わなかったぜ」
「これでも、ずっと魔族や魔獣を狩って来たんだまともな剣だと思わないほうがいいよ」
互いにニヤリと口元を緩める、フィリナ達との距離は十分に開いたな。
俺もできうる限り全力で相手をしてやりたいが、優先される事項がある。
あまりここで時間をかけている訳にもいかない。
そういう表情が出ていたのだろう。
ウエインは表情を逆に氷のように冷たくし、
「全力でやりませんか?」
「全力ね……俺は全力のつもりだけど?」
「人としての全力でしょうそれは、それじゃ僕には敵いません。見せましょうか?」
「……来てみな」
「一撃で死なないでくださいね」
能面のように表情を殺したウエインは、グレートソードを掲げる。
グレートソードに何か光が集まってくるのが見える。
あれは……お約束なら道具を出す合図。
ウエインはグレートソードを振りかぶり、斬劇を放つ、もちろんそれが俺に届く事はないが、
光の刃が発生して俺に向かってくる、俺は大きく身をかわしどうにか避けるが、続けて既に3つほど放たれている。
必死に回避するが、完全に回避するには大きすぎ、体のあちこちに小さな傷を作るはめになった。
「避けてくれましたか、ですが次は倍で行きます」
「何!?」
「真空・光明閃・八門!」
言った通り、凄まじい勢いでの斬激で光の刃を8つ生み出すウエイン。
全てが俺に向かっている、その大きさは一つ一つが1mを超えるサイズとなっている。
俺は限界までその軌道を見極め、せめて出来る限り最小限のダメージになる避け方を模索した。
どうにか大きなダメージにならない場所を見つけたが、それは甘かった。
ウエインは斬劇を放ち終わったと同時に飛び込んできていたのだ。
「まさかそれをそのままで避けるなんてね! だけど、これはどうだ!!」
「くそっ!!」
咄嗟に自分の剣を振り上げて受けようとする俺。
流すには場所が悪い、光の刃を俺はまだ回避しきっていない。
仕方なく正面から受けるが、グレートソードと俺の剣ではサイズが違いすぎ、一気に押し込まれる。
確かにこのままではまずい。
「さあ! このままでは終わりです!」
「それはどうかな?」
俺は、グレートソードを受けた姿勢のまま自分から倒れこむ。
剣というものは、基本的に地面を切るようにはできていない。
俺が倒れた事に寄り微妙にバランスを崩すウエインを感じつつ俺は側転気味に体勢を整え直しにかかる。
もっとも、ウエインだっていつまでも待ってはくれない。
俺が完全に体勢が整うより前に、姿勢を戻したウエインは追撃の切り上げを放つ。
グレートソードなだけに初速は遅いが、体格には全く見あわないほどに力強い動きだ。
回避し終えた時には距離を3m近く放してしまった。
「まさか、そのままでこれを抜けられるとは」
「お前の成長が著しいのはよく分かっているからな。
別に出し惜しみしているつもりもない、ただ……お前は何の得があるんだ?」
「得ですか……、僕は貴方という人がわからない。
貴方だって有望な冒険者だったはずだ、それを棒に振ってまで魔族になった意図。
それに、以前の貴方とは既に別人なのか、それが知りたい……」
「変わってしまっていたとしたら?」
「その時は、僕が貴方を討ちます」
「ふっ……」
俺は、躊躇することなく魔力を解放する。
前回の解放時にはさほど大きく力を使っていなかった事もあり、回復は少しは進んでいた。
まあ、作られた魔力の大半はフィリナのほうに行ってしまうので、殆ど変わらないが。
100GBはあるだろうか。
増幅具合は1.3に足りないくらいだろう。
肌の色も微妙に青白くなる。
今ある全力というならこれがそうだという事になるな。
「さあ、やろうか」
「ええ」
俺は、機先を制するために、地面に剣を突き刺す。
実際こうやれば多少は戸惑いを見せるものだが、ウエインは気にする事もなく突っ込んできた。
俺はそれに対し唇をゆがめながら、
「魔装・地返し!!」
いわゆる魔法剣とでも言えばいいか、剣に魔力を蓄え、地面をえぐりながら切り上げる。
そして、魔力で地面を弾き上げ弾幕のようにする。
威力はたいして期待できないが、牽制効果は高い。
「おおー!!」
それでもお構いなく突っ込んでくるウエイン、多少の傷には目をつぶる事にしたようだ。
しかし、切っ先が俺の首に届く距離に来た頃に視界が晴れて分かった事は、その場には既に俺がいないという事だ。
そう、俺は既にジャンプで高く舞い上がっていた、そして、空中で一回転しながらウエインの頭に向けて全力で振り下ろす。
「くっ!?」
転がりながら回避するウエイン、しかし、俺は立ち上がるまで待ってやるほど紳士じゃない。
腰からナイフを引き抜きざま放つ、そして追撃する姿勢で突撃した。
ナイフは逆手で構えたグレートソードにはじかれる。
しかし、その頃には俺の剣がウエインに迫っていた。
「くそっ!」
ウエインは寝転がったかと思うと、俺に向けて逆立ちからのドロップキックのような攻撃を仕掛ける。
本当に、あのお坊ちゃんだったウエインか?
と思えるほど柔軟性に富んだ動きだ。
だが、俺は気配を読み、動きを加速している、地を這うように走りながら上を飛んでいくウエインに切り上げを放つ。
体勢がよくなかったためか完全には入らなかったものの、腹部を傷つける事になった。
「こんなに動きが速くなるなんてね……それが魔族の力……」
「正確には、魔力による身体強化が起こっているだけだけどな」
俺の中には歴代魔王の知識が入っている。
戦闘に関する知識も或る程度掴んでいる俺としては、それでもウエインと大きな差がない事にびっくりではあるが。
ウエインの成長率には舌を巻く限りだ。
「だけど、まだ僕だって全てを出し切った訳じゃない、
今からの僕は、今までと同じとは思わない事だ……」
「ほう……」
「鬼神法!」
その言葉と共に、ウエインは両手を顔の前で打ち合わせる。
そして、たったそれだけの儀式は終わり、ウエインの肉体が何やら大きく変質する。
見た目は大きな違いはないものの、巨大な何かの力を引き出したのはわかる。
「行くぞ!」
「来い!」
ウエインは俺に向かって、剣を振り下ろしてきた。
しかし、俺は最小の捌きで回避する、しかし、グレートソードの衝撃は地面をわずかながら陥没させた。
一瞬俺の動きが止まる、ウエインはそれを見越していたように、片手でグレートソードを横凪ぎに振り抜く。
「くそっ!」
これじゃあ、こっちの魔族化よりも強いかもしれん。
だが当然、それなりのリスクもあるらしい、使ってからの息の上がり方が異常だ。
長くは続けられない筈。
「血流のスピードを無理やり上げてきたか。下手をしたら死ぬぞ」
「身体能力で……魔族に勝つ方法は多く……ないので……」
「全く、なら……次で決めよう」
「ええ……」
持久戦に持ち込めば恐らく勝つのは簡単だろう、あれでは数分もすれば動けなくなるか、心臓が破裂する。
ウエインは確かに強くはなったが、”銀狼”の影響で破滅的な技を覚えてしまったんだろうな。
復讐が目的のセインが起こしたパーティだ、そう言う方向になるのは仕方ないのだろう。
しかし、ウエインはもっと正道で強くなる事が出来ると思うんんだが……既に遅いか。
俺は剣を腰だめに構える。
居合い等の構えによく似ているが、鞘に戻していないし、そもそも西洋型の剣は横凪ぎに向かない。
だがあえて、俺はこの構えを選択した。
当然、ウエインも疑問があるという目で見ていた、
しかし、彼はグレートソードの威力を最大限に生かすため大上段に構えている。
「おおお!!!」
「あああ!!!」
ウエインは3m以上離れた間合いを一足で詰め、俺に向かって剣を振り下ろす。
グレートソードがうなりを上げ、俺を真っ二つにするべく振り下ろされる。
対して俺は、剣を腰だめにしたまま、更に間合いをつめる。
腰だめにすることで俺が足を止めて迎撃するつもりだと思っていたウエインは半瞬表情に動揺が走る。
今さらグレートソードを戻す事は出来ない。
そして、互いのスピードのせいで詰まりすぎた距離は俺を容易に懐まで跳び込ませてくれた。
グレートソードの根元が俺の肩をざっくりと切り裂く。
しかし、俺は剣を腰だめに構え、ウエインのよこを走り抜けた。
もちろん、それだけで終わりではない、走りながら腰から上を旋回させ、
ウエインの脇を抜けたと同時に体をひねりながら剣を振り抜いた。
「くそっ!!」
「へぇ、よく止めたなあれを」
「”銀狼”に入っていると団体に捕まる事が多いですから、背後はカバーしています」
「だが!」
俺はグレートソードを地面に突き立てて、
自分ごと隠れるように飛び離れようとするウエインに向かい振り抜いたので逆になった横凪ぎを放つ。
ウエインは回避は余裕だと思っていたのだろう、しかし、驚愕の表情は走る。
俺はその横凪ぎの剣からウエインと同じ魔力を込めた刃を放っていたのだ。
見た目は赤黒くて、向こうのとはにつかないが。
「くっ! こんな奥の手が……」
「魔力の刃を作ったのは魔族のほうが先らしいぞ」
ウエインは腰から引き抜いた小太刀クラスのショートソードを使って無理やり受けるが、
武器にひびが入ってようやく止まった。
そして、鬼神法の限界時間も近いらしい、息の上がり方がおかしいレベルに達しつつある。
「勝負あったな、俺は帝国にいかせてもらう」
「くっ……僕は……、僕は!! 次は必ず貴方を捕まえて見せます」
「やってみるといいさ」
そうして、俺達はどうにか無事国境を抜ける事が出来た。
ウエインもある程度見越していたのだろう、、俺の行動パターンというものを。
お人よしである事は否定しないが……。
「れでよかったのか?」
ウエインが鬼神法のリバウンドでへたり込み、荒い息を上げ暫く動けないでいると、
いつの間にかその背後に一人の女性が立っていた。
その姿は銀髪、浅黒いほどに日焼けした肌、鍛えられた筋肉、
それでいて女性らしい曲線が失われていない、セイン、そう呼ばれているウエイン達”銀狼”パーティのリーダー。
「ええ、踏ん切りがつきました。そして、逃してしまいすみません」
「いや、構わんさ。あの魔族とはいずれまた戦う事になるだろう。
その時に借りを返せばいい、個人的に人間族同士の戦争は見たくないしな」
そう言って少しだけ口元を緩めるセイン、
彼女のハイレグビキニなアーマーのせいでえらく蠱惑的に見えるその姿からウエインは目をそむける。
まだまだ17歳の彼は、ネット等のない世界で育ったため、性欲に関してあまり知識はなかった。
「そう言えば、あの男……一体どうして魔族共の動きを掴んだんだ?」
「仮面をつけた男ですか……」
「ああ、あいつも魔族と同じくらい胡散臭い匂いがした」
セインは三つ編みにしてある長い後ろ髪を弄びながら、ぼそりとつぶやいた。
匂い、セインは時々そう口にする、それはいわゆる鼻から感じる嗅覚的な意味ではなく、
感覚的、つまり野生動物等が自信を察知して逃げ出す時のような直感的な何かが彼女の中にあるのだろう。
”銀狼”はセインの感じた臭いには必ず注意を払う事にしている。
大抵、重要なヒントが隠されているからだ。
「恐らくは、今回の演習にあわせて、違反になりうる事を用意する様に言われていたのでしょう。
シンヤはたまたま上手く引っかかったと言う所でしょうか」
「なら、彼らが帝国で見つかったとしても別のでっち上げを持ってくるわね……」
「恐らく……、ですが、共和国も特別自治領も外交手腕はなかなかのものと聞いています。
時間を与えれば何とかするんじゃないで巣かねしょうか?」
「確かに、奇襲の利はあくまで数日、最初に大義名分が失われていると動きも鈍るわね」
そう、結局の所電撃作戦が狙いなのだから、シンヤのやり方が上手くいけばその利は失われる。
ただし、兵士達の耳にも届くくらいの派手な発見で無ければならない。
そうでなければ、帝国はあえてその事実を伏せて、シンヤを殺してでも自治領に持っていくだろう。
「一体どうする気なんでしょうね……」
「お前に分からない事が、私に分かるわけないだろ?」
「そんな事は……」
「何せ私は魔物狩りに全てを捧げた女だ、それ以外はからっきしな事は自覚しているよ」
「はっ、はあ……」
そう、セインは徹底している、自己評価も先ほどの通りであり、実際一般常識に少し疎い。
そういう会話のカンも鈍く、時々会話についていけなかったり、全然違う解釈をしていたりする。
ただし、サバイバル技術と、戦闘能力は折り紙つきで、彼女自身その事に関してだけは負けないと言っている。
ウエインにとって理想の上司と言える存在なのかどうかは疑問だが、
居心地の良さを感じる程度にはセインと打ち解けていた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、大きな傷は無い。向こうもそれなりに本気ではあったが、
あくまで一対一に拘っていた時点でその度合いは知れてるな」
「確かに、ハメようと思えばハメられたのじゃからの」
「とはいっても、自分からドツボにはまりに行くマスターですから」
「ははは! 確かにの」
フィリナ、相変わらずきついな……。
一騎打ちを交して上手く追いついたまではいいんだが、どうにもフィリナは不機嫌なようだ。
いつもは、俺をこき下ろすときも笑顔なんだが、今は厳しい顔をしている。
理由は言うまでも無いか……。
「これで、山岳部とはいえ国境を抜ける事になります。
ここからはザルトヴァール帝国領、大陸北部最大の国家であり、常に魔族との戦争を繰り返す戦の国です」
「戦の国ね……」
「ヴィリちゃんもここはあまり行った事が無いからのー、
ここらはまだよいが北部になると雪に閉ざされてまともに外出も出来んようなところもある。
ザルトヴァールは、国土の割りに土地が痩せておるでの、領土拡大政策を取るしかなかったわけじゃ。
魔族との戦争は、人間同士で国の取り合いをするよりはマシというような理由もあったわけじゃの」
「なるほど、軍隊を強化しているのは、肥沃な土地を手に入れたいという帝国の考えがあってこそということか」
戦争を繰り返す国というのは、どこも似たような事情になるんだなと思う。
第二次世界大戦時の日本やドイツのように貧困や飢饉が引き金になる事は多い。
飢饉の後、日本が衆愚政治を良しとしない軍部にのっとられたように、
第一次世界大戦の敗戦でどん底を味わっていたドイツがヒトラーにすがりついたように。
民族紛争は微妙に違うが、それも貧困や格差が引き金になることは多い。
「だが、最近は魔族との戦争に不毛さを覚える貴族も少なくないと聞く、
何せ魔族と和平する方法はないからの……」
「……なるほど」
俺達が進もうとしている先は破滅かもしれないと言う事か。
俺は元々、元の世界に返りたいだけだった。
しかし、この世界で人のつながりを知り、今は恩返ししたいと思っている。
それは、しかし、魔族となってしまった今なんと難しいことか。
流されて大陸の南から北までやってきてしまったほどだ。
「マスター、聞いていいでしょうか?」
「ああ……」
「もう、いいのではないですか、
歴代魔王と違い力を受け継いでいるわけでもなく、強大な後ろ盾があるわけでもない。
そんな貴方が命を張り続ければ、死ぬ事になる可能性が高いです」
「それは……、確かにそうだね」
「貴方は、私の命も背負っている事を忘れていませんか?」
「忘れてはいないさ」
「なら、なぜそれほどまでに……」
フィリナの不機嫌の理由、なるほど……。
確かに俺は、自分の命を的にしすぎているかもしれないな。
「もう、いいじゃないですか。無理に戦争を止めなくても。
きっと、貴方の幼馴染なら何とかするはずです」
「そうかもしれないな……」
「だったら、いっそのこと人の来ない所で平穏に暮らしませんか?」
「それは……」
フィリナの表情はもう不機嫌と言うようなものではない。
ただ、悲しいと言う事が強く伝わってくる憂いの瞳、そしていつもとは違う引き結ばれた唇。
美しい女性の憂いの顔は絵になるとは言うが、そのマリンブルーの髪が余計透き通って見える。
息を呑むほどに美しいが、同時に長く見ていたくは無かった。
思わず抱きしめたくなってしまいそうだから……。
だが俺は……。
「それは出来ない」
「……」
「流されているだけに見えるかもしれない、命をかける意味が無いかもしれない。
だけど、この世界にきてからの俺を否定したくは無いから……」
それは、今まで俺が口にしてきた事。
だが、あえて全てを語らなかった事。
ただの引き篭り気味のフリーターが、世界に本気でかかわりたいと思ったその理由。
「俺は、この世界に来て初めて必要とされる人間になったんだ。
人と関わることができるようになったんだ、
幼馴染達が悪いわけじゃない、だけど俺は、勝手に絶望していた。
絶望してまるで死んだような人生を生きていた」
そう、強烈な個性を持つ幼馴染達。
彼らは意図などしていなかったろう、しかし、俺は彼らという星を見上げる事しか出来なかった。
自分で努力しても敵わない事を知ってしまったから。
だから、早々に諦めてただ日々をすごす事しか考えなくなっていた。
「でもさ、そんな人生ってつまらないんだよ。
だって、驚くような事も無ければ、危険も無いけど、その代わり喜びも、達成感も、愛もないだろう?
生きていても死んでいるような人生よりは、危険でも充実感のある生をいきたい。
それが決められたレールの上だとしても、もう悔いは無いさ」
これはそう、手前勝手な話、フィリナを巻き込んでいい話じゃないことは知っている。
だが、フィリナは俺がこうする以上、ついてくるしかないのだろう。
本当に自分勝手だと思った。
自嘲の笑いが漏れる、どうしようもない、本当に……。
「そうなんですか、そこまで決意を固めているんですね」
「ああ……バカな事をやっている自覚はあるさ」
「本当にバカです。分かっているんですか?
帝国でただ見つかるだけでは握りつぶされる可能性があるんですよ?
誰の目にもはっきり、賞金首がこの国にいる事をアピールする必要があるんです」
「はは……、大変そうだな」
「ええ、本当に命がけになります。正直言って、軍隊と正面衝突するくらいに」
「あー、うん……」
「ですが行くんですよね?」
「ああ……、俺に出来る事をするために」
ようやく、フィリナは表情を緩めた。
諦めるしかないと気づいてくれたのだろう。
俺は、こんな男だが、やり遂げたい事はいろいろとある。
死んでやるつもりはないし、フィリナにも期待している。
本当はこんな事の片棒を担がせるべきじゃないんだろうが……。
後々のことを考えると頭が痛くなる。
しかし、それでも……止まる気にはなれなかった。
「ふう、バカなマスターを持つと苦労します」
「そういいつつ、フィリナまんざらじゃなさそうじゃの」
「ひゃ!? ヴィリ!? いつからいたんです!?」
「いや、ヴィリちゃん最初からいたじゃろ、健忘症にでもなったか?」
「あう……話に夢中でヴィリの事が頭から消えてました」
「ひどいのう(汗)」
とはいえ、こんな事をいつまでも続けられるわけじゃない。
そもそも魔王の継承を済ませ、彼らの願いを果たすためには問題が山積だ。
本当はこんな事をしている暇はないのかもしれない。
しかし、俺にはこれ以上の方法は思いつかない。
そして、後悔するつもりもなかった。