えっ、あれ? ここどこ? あたし今まで何してたんだっけ……?
うーん、今一はっきり思い出せない……。
ん?
そーだ、そうだよ。
確か、久々に幼馴染が集まったから皆20歳になったっていう事で飲み会やったんだった。
参加メンバーは石神君とてらちん、りのっちとまろ、そして私の5人。
石神君格好良くなってたなー。
って、そういう事じゃなくて!
えーっと、確か覚えてる限りでは飲み会で酔っぱらった後、もう一軒はしごするつもりで移動を始めたときに……。
そう、落とし穴! でっかい落とし穴が突然道路の真ん中に……それでみんな落っこちて……。
いや、そりゃもう夢でしょ! 道中にいきなり落とし穴なんて今どき小学生でも考えないネタだって、そうでしょ?
だから夢! 私は今も夢見てるに決まってるの!!
だって、だってさ今確か5月よね……なんで、なんで……。
「なんで雪積もってんのよーーーー!!!???」
そう、それがあたしがこの世界に来た時の第一声。
あたしは……気付いたら大雪原にいた……。
っと、自己紹介がまだだったわね、私の名は尼塚御白(あまづか・みしろ)友達からはみーちゃんと呼ばれている。
年齢はさっき言ったように二十歳、これでもテニス部にいた頃は部長を務めていたくらいには人望も運動神経もあるつもり。
身長は160くらい、体のほうも、夏はビキニを着れるくらいには自信がある。
今は思う所があって教育学部のある大学に進学中、来週から教育実習が決まっていた。
そんな事情もあってこの間まで茶髪にしてた髪も黒く染め直し、短めのショートボブにして清潔感をあげ、伊達メガネまで用意した。
これからは品行方正がんばっていこーってことだったんだけど……。
それがなぜ雪原?
いうやもう、意味不明すぎ……。
というか、だんだん体が凍えてきたんですけど……。
あうう、もしかして……このままだと凍死?(汗)
でもでも、夢なら死んでも大丈夫よね? 夢から覚めるだけだよね?
そう思い始めていた時、なんだか近くで足音らしき音がした。
私は思わずそちらを向く、出来れば家までの帰り道を聞きたかった。
夢の中なのに矛盾してるけど、はやく家に帰ってあったかい布団で寝たいと凄く思っていた。
その思いに押されてそちらのほうに近づこうとした時……。
雪の積もった茂みをかき分け、大きな体がヌッと現れる。
「くっ……くくくくっ、クマーッ!?」
私は一目散に逃げ出した。
ああ、これは夢だ。これだけ脈絡のない、行き成り雪原の中に放り出されて、次の瞬間にはクマに追われるなんて。
これが夢じゃなくて何が夢だってうのっ!?
でも不思議、夢にしては雪が重くて走りづらいし、冷たくて体は凍えるし。
ジーパン履いてきてよかったとふと思い、そう言えば飲んだ時のままの服装だと気づく、そして息苦しさに逃走の限界を感じてもいた。
妙にリアルな夢だ……おかしい、なんでこんなに苦しいんだろう?
そう思っていると、遠くのほうから人が走ってくるのが見えた。
人? 人……よね?
なんか縮尺というか、サイズがおかしいんですけど……。
段々近づいてきてわかったのはこの人、身長が3m越えてる……。
特別筋肉質にも見えないけど、腕の太さは私のお尻の太さを上回っている。
安産型なのでちょっと大きい事を気にしているのに……ッてこの場合関係ないか!?
ともあれ大きな人は、手に持った棍棒を振り上げながら私に迫ってくる。
もしかして、挟み撃ち!?
私に棍棒で叩きつぶされるか、クマの滋養になるか選べってこと!?
私はどっちもごめんなので、出来るだけ両方から離れられる方角に方向転換しようとした。
でも、方向転換することで私の速度は落ち、またクマも大きな人も微塵も私を逃すつもりがない事が分かる。
ああ、このままじゃ……そう考えた次の瞬間。
大きな人の棍棒が振り下ろされる。
私の人生ここまでなのね……それにしても、一体どんな死に方よ……。
とそう思って頭を抱え小さくなっていると、隣でグシャっと嫌な感じの音がした。
私は思わずそちらに視線をまわす。
すると、そこにあったのは大きな人が棍棒でクマを叩き殺している風景だった……。
私はその場で気絶した……。
(…む、そ…です………)
(こん……境にね………神……事……ら………てみたいもの……が……)
何やら枕元で話をしている気がする……やっぱりさっきのは夢だったのだ、その証拠に私は今布団の中にいるのだから。
でも不思議な事が何点かある、一つは布団がいつもり少しゴワゴワしてるという事、もっといい感触だったと思うんだけど。
もう一つは枕元でゴソゴソしゃべってる声、幽霊でも来てしまったのだろうか?
まさか……そんなファンタジーな事……ううん、まだ夢の続きなのかも……。
どうせ目がさめればすべて消えるはず。
そう考え私は目を開いた。
「おお、どうやら目が覚めたようだね」
目を開いた私の前にはメガネをかけた銀髪の壮年の男性が座っていた。
いえ、正確には私がベッドに寝ていてその隣の椅子に座っているようね。
そしてその向こうにいるのは……あっ、ええええええええーーー!!??
さっきの大きな人……近くで見るとより大きいのが分かる……。
しかもこの人、あんな大きいのに女性だ!!
「ああ、そちらの人は君を助けてくれた巨人族の女性でディロンという、私はこの町で医師をしているベイラー・レイモンドというものだ。
とはいえ、薬の配合とちょっとした回復魔法しかできないんだが」
「えっ、魔法?」
巨人族に魔法? こりゃまたまろが好きそうな……。
私も結構こういう趣味があったんだと思う、でも夢にしては長すぎない?
普通夢の中で死んだら起きられるものじゃ……っていうか、リアルすぎるんですけど……。
もしかして……もしかして、あの穴に落ちたら異世界に飛んじゃったとかいうどっかで聞いたことある話なんじゃ……。
あはは……まさか、嘘よね、そんなこと科学的にありえない!
「えらく混乱しているようだね。これじゃなぜ雪原にいたのかも聞けそうにないね……」
「あの……異世界から来たって言ったら信じます?」
「は……はっはっは! こりゃまた面白いお嬢さんだ!」
ああやっぱりね……さっきまでだって、痛かったり苦しかったりしたし、
もし夢なら私の言う事を信じてくれるはずだという私の賭けも崩れた。
もうこれは疑う訳にはいかない、私は夢を見ているんじゃなくてここにいるんだって言う事を。
ファンタジーな世界、本当にそうなのかはまだわからない、けど、確実に日本じゃないということくらいはわかる。
それなのに言葉が通じるという時点でもうおかしい。
ならば仕方ない、私が現時点で分かっている事を頭の中で整理し、順を追って解決していくしかない。
まず第一点、おそらくきっかけはあの落とし穴だろうという事。
第二点、そうなれば石神君やてらちん、りのっち、まろもこの世界に来ている可能性がある事。
第三点、元の世界に帰る情報を集める必要がある事、また当然この世界に来ている可能性がある人たちの消息も早めに調べておきたい。
第四点、どちらにしろこの世界である程度は生きていける生活基盤を作る必要がある事。
以下の4点が一番重要な事項だ。
私は数分でその事を頭に描くと行動を開始することにした。
「ちょっとその、先にいくつか質問させてほしいんですけど。いいですか?」
「ああ、私にこたえられる範囲ならね」
「まずそうですね、私の着ている服に見覚えあります?」
私の着ている服は、飲み会の時と同じだからほとんど男物みたいなものだけど。
シャツもジーンズも機械による縫製品、つまりはファンタジーならありえないもののはず。
ちょっとは知識を引き出すきっかけになるかもと思い聞いてみる事にする。
「うむ、確かにこの辺では見かけない服装ではあるね、南のほうの国だと西大陸からそういうものが入ってくる事があるらしいがね」
「はあ西大陸ですか……」
ふむー、西ねぇ、西と東の概念って所詮丸い星からすればあんまり意味がないから、どの当たりの参考にできないのよね。
でもまあ、大陸間の行き来があるくらいには文明的なんだ。
まあ、魔法はともかく、そこそこ医療の概念があるようだからそこは安心だけど。
「じゃあ、この国はなんていう名前なんです? それと大陸のどのあたりになるんです?」
「うーん、関所を通ったなら分かりそうなものだけど、そうだね、ここはザルトヴァール帝国でも北方に位置する北の町ローカッスル。
帝国も大陸では一番北に位置する国だからね、まあ簡単に言えば大陸でも有数の北の町だよ」
「そっ、そうなんですか……」
よく見ればこの部屋、暖炉があるんだけど、かなりの勢いで燃えている。
ちょっと汗が出そうなほど暖かいのは、北の国の人の習性だったように思う。
外が寒いから家の中は普通より温度が高いのだ、北海道のホテルとかに泊まるとわかるんだけど、寝苦しくなるほどあったかい。
気絶する前の事も合わせると、ここがかなりの北国立って言う事は間違いないと思う。
とはいえ正直だからどうしたってことになるけど、いや、帰える算段がついたわけでもないし。
となると後は……皆、そう皆も一緒に落ちたはず。
あの落とし穴がここへとつながっているなら、誰か知っている人がいてもおかしくない。
「それじゃあ、えっと、私みたいな服を着た人最近見かけませんでしたか?」
「いや、見かけないな」
「じゃあ、石神龍言(いしがみ・りゅうげん)、寺島英雄(てらしま・ひでお)、綾島梨乃(あやじま・りの)、四条芯也(しじょう・しんや)
これらの名前に聞き覚えは?」
「知らないが……そう言えばまだ君の名前も聞いてなかったね」
「あっ……すいません、私は尼塚御白(あまづか・みしろ)といいます」
「アマヅカ? 変わった名前だね」
「ああ、いえ。私達のところではファーストネームは後に来ます。ですのでみしろが名前です」
「へぇ、その辺の文化も違うのか西大陸は」
「あは……あははは……」
完全に私西大陸の人になっちゃってるんですけど……。
まあいいか、どっちにしろ皆を探すのが先決だしね。
とはいっても、こうも情報がないと何にも出来ないし、この世界がどんな文化を持ってるかもわからない。
日本国内でも風習の違う所は沢山あって、カルチャーギャップに苦しむ事がある。
それが外国どころか異世界なんていう事になったら、どれだけ文化が違うかわからない。
だいたい巨人族ってなによ(汗)
私の脳は既にオーバーヒート寸前だった。
「それで、君の質問が終わったのなら教えてくれないかい? どうして雪原にいたんだい?」
「あはははは……実は飛ばされちゃいまして」
もう、分かってもらえなくてもいいやくらいの簡単な気持ちで言う。
魔法とかあるのなら飛ぶことくらいあるでしょという本気のやけっぱちだった。
「飛ばされたというと?」
「だからその故郷からここまで」
「……本気で言ってるのかね?」
「信じてくれなくてもいいですよ。私にはそれ以外に言いようないですし」
「ふむ……」
私はその辺り正直どうしようもないと思っている。
ここで中途半端な事を言っても後々嘘だと分かっておかしなことになる事を考えると、迂闊な嘘はつけない。
でももちろん、今正直に言い過ぎて現地の法とかに触れたくもないけど。
ただまあ、この2人は私を助けてくれたのだ、なら、多少期待してもいいだろう。
「センセイ」
「んっ、ああ、ディロン君の言いたい事はわかるよ。多分彼女はうそをついていない。少なくとも自分ではその事を信じているようだ」
「ハイ」
「分かっていただけたんですか?」
「いや、正直その異世界とかは信じられないが、少なくとも君がかなり特殊な状況にある事はわかった」
「それだけ分かってもらえただけでもうれしいです」
信じた、信じないはともかく、私が特殊な状況にあるとわかっていきなり警察(?)に突き出されなかっただけでもありがたいと思う。
ただ、どちらにしろじっとしていてはこれ以上の進展もない。
やはり、みんななり、元の世界に帰る方法なりを探さねばならないわけだけど……。
「ところで……」
(グゥゥゥゥ)
「あっ……」
「そうですね、丸一日寝ていたんだから食事も必要でしょう」
「えっと……その、私お金ありませんよ?」
「その事についても後ほどまとめて話をしましょう。今は食事のほうを優先させることにしましょう」
そう言って部屋を出ていくベイラー先生を見送る。
私はディロンとかいう恩人の巨大な女性と二人きりになった。
しかし、この部屋の天井は高い、それに扉も大きい、3mを超える彼女が立って歩いても問題ない高さがある。
それはつまり、この町において巨人という種族がさほど珍しいものではないという事を示しているんじゃないかと思う。
「でも正直まいっちゃうなー……」
いきなり異世界とかってあり得ない。
確かに、そういう物語は時々耳にするけど、なら白馬の王子様でも助けに来てよ!
まぁ、現実ならそういう甘い話はないのかもだけど……。
はぁ……どうしてこうなっちゃったんだろう?
本当なら今頃石神君と……どうにかなってるわけないか。
私だってそれなりに恋人がいたこともあるし、石神君もそう、今さら告白なんて……。
っと、今こんなこと考えてる場合じゃなかった。
「口に会うかわかりませんが、どうぞ」
「ありがとうございます」
私が寝ていたベッドにベイラー先生が食事を持ってきてくれた。
見た感じシチューとパンのよう。
でも、日本でよく食べるパンと比べると少し黒ずんでいて固い。
仕方ないのでシチューにつけて食べる。
シチューも味が今一大味なような気がしたけど……うーん、もしかして調味料が少ないのかな?
魔法とかがあると言っても、輸送手段があるとは限らないし、ありうる話だった。
とはいえ、私は一日寝ていたと言う話だし、実際おなかは空いていたのできっちり全部頂きました。
「おお、言い食べっぷりだ」
「……」
「いやいや、基準が私だから何とも言えんが。まさかディロン君を基準にもできまい?」
「センセイヒドイ」
「いや、ディロン君が大食漢だなんて言ってないよ! 巨人族の中ではむしろ小食なほうだ!」
「デモ……」
「あははは! ベイラー先生、女性に食事や年齢の話は禁句ですよ」
「ああ、そうなのかね。それは申し訳ない……」
ベイラー先生は頭を掻いて私と隣で立っているディロンさんに頭を下げる。
少しだけ2人に打ち解けられたような気がした。
「それで、これから先の事だが」
「はい」
「君はどうしたいんだね?」
「私は……もし、帰る手段があるなら帰りたい。でもそれ以上に、もし一緒に来ている人がいたなら探したいと思っています」
「ふむ、それだと君は旅してまわらなければならない」
「はい……それは……」
「しかし、君のいた世界ではどうかわからないが、この世界において旅をするという事は徒歩で歩く事がほとんどだ。
そして街道から外れればモンスターも出てくる、そうでなくても君の身なりを見れば野宿等出来るとは思えないのだが?」
「う……」
否定する事が出来ない、私はこの世界の事を知らない。
この世界で旅をする難しさを知らない、何よりモンスターって何?
もしかして、TVゲームとかで出てくるアレ?
だとすれば、私に勝ち目はない。
だって武器はないし、武器があっても使い方なんてわからない。
相手が一人だけなら逃げれば逃げ切れるかもしれないけど、そんな保証はどこにもない。
私は……どうすればいいの?
「まあ聞きたまえ、情報を得るため少し町にとどまってみるといい。
それに結局旅立つにもお金は必要だ、ここで働いて稼いでみんかね?」
「えっ……いいんですか?」
「ああ、実際ここは炭鉱があるからねそこで働く人達がひっきりなしに来る。
まあ今は寒さもあって掘り進むのは止まってるが、もう少しあったかくなると猫の手も借りたくなるほど忙しくなる。
人出は多いほどいいからねぇ」
「あっ、はい、よろしくお願いします」
とりあえず私は偶然にも宿の確保と働き口を得たらしい。
最も何をすればいいのかわからないから、下手をすると即日首なんて事もありうるんだけど……。
それから一週間ほどたち、だいたい町の構造はわかってきた。
この町は基本的に炭鉱夫が集う街で、巨人族が多いのも彼らが炭鉱夫として優秀だから。
確かに、人間が掘るより数段早く掘り進む事が出来る。
それに、粉塵爆発等が起こっても死なない事も多く、人よりも使い勝手がいいとかいう事もあるとか。
なんというか危険な事をさらりとやっている人達に関心を通り越してあきれるけど。
他にもノームとかドワーフとかどこかで聞いたような亜人種が結構いるみたい。
とりあえず、そう言った事でこの町は割とにぎわっているようだ。
それから、現地の資料を集めるべく、図書館があったので行ってみた。
でも、結局書類に書かれている事が分からなくて断念、それでもおおよその地図は頭に入った。
大陸の地図だからこの周辺に何があるのかなんてわからないけどね。
とりあえずこの大陸には魔王領と呼ばれる東半分を除けば5つの国が存在しているようだ。
北にあるのはここ、ザルトヴァール帝国。
東にあるのはアルテリア王国
中央部で一番多く魔王領と接しているのがメセドナ共和国
アルテリア王国とメセドナ共和国の中間に位置する国としては少し小さい領土しかない国、神聖ヴァルテシス法国
南にあるのはラリア公国
この5つの国はいつでも仲がいいという訳じゃないけど、対魔王戦線というのを作るため同盟しているみたい。
まあそりゃ相手は大陸の半分だしそうなるのもわかる。
最もこの辺は地図をもとにベイラー先生にいろいろ質問した結果だけどね。
「それにしても覚えが早くて助かるよ。文字についてはまだ時間がかかるだろうが。それでも十分役に立ってくれてる」
「いえいえ、教えられた事をそのままやっているだけですので」
「それが十分凄い事なんだけどね」
ベイラー先生はにこりと笑って私に言う、私がやっている事は雑用ばかりだけど、看護婦のまねごともしている。
もっぱらベイラー先生のサポートで、私はこの世界の医療というものに触れている。
この世界においては、私達の世界と比べていろいろ医療に使うものの効果が高いみたい。
例えば薬草、煎じて飲めば風邪などのウィルス性のはずの病気ですらかなりの効果を上げる、その証拠にその薬をもらった人はもう次は来ない。
せいぜいがお礼に何か食べ物などを持ってきてくれる程度で、通院にはならないよう。
骨折や擦過傷には回復魔法とかいうのが非常によく効く。
何より凄いのは免疫力に効果を与えているのか傷口からはいった雑菌や、体内に入り込んでいる物も或る程度までなら飛び出してくる仕組みみたい。
あまり連続で使うと副作用が出るので危険らしいんだけど、それでも手術とかなしでこれだけ回復するものなんだと思う。
「でも回復魔法ってすごいですね」
「んっ、なんなら君も覚えてみるかい?」
「そんなに簡単に覚えられるものなんですか?」
「まあ、私の回復魔法は土の精霊と契約して使っているものだからね。君も契約が出来れば使えると思うよ」
「土の精霊ですか……」
精霊っていうと、半透明な女の子がキャッキャウフフ言ってるイメージがる。
割と可愛いかもしれないとかちょっと甘く思う、とはいえもっと実用的な意味で旅に出るならそういうのはあって困る事はない。
でも土の精霊ってどんなのだろう?
ちょっとその辺りが心配だけど……。
「やってみたいです」
「そうか、私としても魔法が使える助手がいれば頼もしいと思っていたところだ」
そう言って、にっこりほほ笑むベイラー先生。
本当に人がいい印象しか受けない。
そして、翌日の早朝、また雪原に立っている私がいた。
私は頭の中が?でいっぱいになる。
「あの、なんでここなんでしょう?」
「ああ、すまんがここのところ雪がよく積もってね。儀式場として使う地面がないんだよ。
家の中なんかですませられればいいんだが、土が露出していて日の光が差し込む事が大前提だから」
「でも、ここ地面露出してませんけど?」
「だからね、ほら♪」
そういって私にスコップを渡すベイラーさん。
ああ、地面を自力で露出させろってことね……。
私はうんざりとした顔になっていたと思う、すると背後に大きな影が差した。
「あっ、ディロンさん」
「ミシロ、ワタシモテツダウ」
「ありがとう! 助かるわ♪」
「あー、一応私もやるんだがね」
「ベイラー先生もありがとう!」
というわけで、私達3人は黙々と雪かきをし、だいたい10m四方の地面を露出させた。
結構重労働だ……。
ベイラー先生はそこに儀式に使うのだろう、燭台やお香らしきもの、お供えなのだろう、リンゴなどの果物を配置する。
そして、私にその儀式場の中央に立つように言った。
「じゃあ、私について唱和してくれるかい?」
「はい、お願いします」
「大地に息づく精霊よ、大いなる地母神の子らよ」
「大地に息づく精霊よ、大いなる地母神の子らよ」
「我は大地を共にする者にして、土と水の恩恵を受けしもの」
「我は大地を共にする者にして、土と水の恩恵を受けしもの」
「同胞(はらから)よ、わが声に応え姿を現したまえ」
「はらからよ、わが声に応え姿を現したまえ」
すると、半透明のちっちゃい子供が現れた。
私は話しかけようとするけど、差し出された果物をひっつかむとちっちゃい子供は消えてしまった。
「ええっと……これって失敗ですか?」
「いいや、これで成功さ」
「これで!?」
「彼は君の貢物を受け取っただろ?」
「ああ、そういう事になるんですか……」
「まあ実際魔法を使うようになるためにはいろいろ訓練や、精霊ともっと仲良くなる必要があるけど、契約は今のでおしまい」
「はあ……」
なんか拍子抜けした……。
もっとこう、魔法が使いたければ命を差し出せ的な怖いものを想像しちゃってた。
とはいえ、精霊の反応があれだと魔法が使えるようになるまでにはかなり時間がかかりそうだけど……。
よくわからないけど、一歩前進と考えていいのかな?
それから一カ月、私はバイトをしながら魔法の練習をし、ようやく初めての魔法をものにした。
魔法の名はアースロッド。
効果は、1分間の間、地面から棒を生やす事が出来る。
使い道、なし
まあその場で杖の代わりにする事は出来るけど、動かすと土に戻っちゃうから、それ以外の使い道はちょっと思いつかない。
ベイラー先生がいうには、最初に覚える魔法としては珍しいらしい。
とはいえ、意味がないという意味でなんだろうなーと思う。
「ううっ、私って才能ないのかな……」
「そんな事はないさ、精霊と契約して数年たっても魔法が使えないなんて人も時々いるくらいなんだ。
君はむしろ早いほうさ、それに意味がないと思うなら新しい魔法を覚えるために頑張ればいい」
「はい……」
「ダイジョウブ、マホウニハカナラズツカイミチガアル」
「そうかなぁ……」
でもちょっとだけ元気が出た。
まだ一カ月しか練習してないものね、今まで何年、何十年と練習してきた人だっているんだから。
とはいっても、私には時間がない、いろんな意味であまりゆっくりもしていられないのだから。
ここでの生活は不便も多いけどおおむね慣れてきた。
そのうち違和感も感じなくなるのかもしれない。
でも……そうなったらもう終わりだ、ここの住人として骨をうずめるしかなくなる。
私は……私はまだやりたい事があるんだから……。
それから、2週間ほどたち、私は一つの決意をする。
このままでは、この町から一生出られないと思ったから……。
まだまだお金も心もとないし、魔法だって満足に使えない。
モンスターが出たら逃げるしかないんだけど。
それでも……。
「私……旅に出たいと思うんです」
今度は根拠が全くないわけじゃない。
噂の段階だけど、いくつか友人が関わっているかも知れない事件を聞きかじった。
だから私は、ここにいてはいけない。
「分かっていて言っているんですか? 貴方は関所を越えるための札も、国境を越えるための許可証も持っていないんですよ?」
「それでも……もう、私はここにいるわけにはいかないんです。このままこの世界の住人になってしまう訳には」
「そうですか……」
ベイラー先生は迷っているようだった、でも、ふうとため息をつくと私に微笑みかける。
「負けましたよ、いいでしょう。貴方に巡回医師の免状を差し上げます。これがあれば関所は抜ける事が出来ます。
国境は流石に難しいでしょうが……」
「ありがとうございます!」
「それから、巡回医師には護衛がつくんです。ディロン、やってくれますね?」
「ハイ・センセイ」
「え? 護衛ですか?」
「そう、外はモンスターが出るかもしれない危険な場所ですから。
彼女の事は信頼しているでしょう?」
「はい!」
ディロンさんはいろいろとこの町にいる間にも世話をかける事が多かった。
最初に助けてもらった事もあるし、頼もしい助っ人ナノは間違いなさそう。
でも……。
「その、この町を離れてもいいんですか?」
「ダイジョウブ、ワタシニマカセテ」
「うん、ディロンさんありがとう!」
こうして、私とディロンさんは旅に出ることになった。
私が家路へと急ぐ旅、同行者であるディロンさんには何か悪い気がしたけど……。