襲撃の後は何事もなく隊商はカントールの町に戻ってきた。
周りの皆は俺を不気味がっていた、それはそうだろう、突然10人以上を倒してしまったのだから。
箱庭の支配者の奴らも、アレ以後絡んでこなくなった、というよりはバズ・ドースンは俺の事を化け物を見る目で見ていた。
他の二人は元々俺にはさほど絡んでこなかった事もあり良くはわからないが、アレ以後近づいても来なかった。
隊商の人たちや、傭兵達は俺が近づくと理由をつけて逃げ出すありさまだった。
チャンドラーさんも、警戒心をこめてみていた気がする、ティアミス達は驚いてはいたがその後の俺も見ていたのだろう一応は何も聞かなかった。
報酬は、潰れた馬車や襲撃で駄目になった商品の分減らされ半分程度になってしまったと、ティアミスがぼやいていた気がする。
まあ半分でも俺の手元には金貨2枚と銀貨50枚、25万円分もの金が転がり込んでいた。
暫くは食べるのに困る事はないだろう。
アレから一週間、今の俺は何もする気になれないでいる。
肉体的にはスタミナ補正のおかげか異様に治りが早く、逆に回復が早い事に気づかれないようにするのに苦労した。
だが、精神的には回復の兆しもない……いや、単なる俺の我儘に過ぎない事はわかっている。
そうはいっても、気力が働かない……いや、正確には筋トレだけはしている。
しかし、剣術の訓練等はもう駄目だ。
ましてや人に会う気には到底なれなかった。
言葉の裏に自分の事を蔑む言葉がないか、それとも、今は知られていなくても知れば嫌悪されるんじゃないか。
そんな不安だけが増し、時にはそれで体調を崩す事もあった。
正直もう、誰とも会わずに寝て過ごしたかった、いや実際そうしていた。
だが、毎日のようにパーティメンバーの誰かが訪ねてきた。
ウアガは相撲取りのような大柄に似あわずもじもじと、何か言いたそうにしていたが、結局何も言わなかった。
ニオラドの爺さんは迂遠にこのまま終わるつもりかと説いたが、俺は沈黙しか返す事が出来なかった。
ティアミスは励まそうとしたり、怒鳴りつけようとしたりしたが、俺の無反応に捨て台詞を残して去って行った。
「あんた、何のために生きてんの。か……」
それは昔から考えていた事だ、俺は何のために生まれてきて何のために生きているんだろう。
中学生、高校生の時期に陥るはしかのようなもの、実際社会のシステム等を見ていればわかる。
意味などないのだ、社会が大きなカラクリの類だとすれば、誰かが死んでも代わりの歯車となる人はいる。
死んだ以上に生まれている俺の世界においては、人であふれかえっていたのだから。
その理屈はこの世界でも同じこと、俺がいなくなっても立ち行く事は間違いない。
てらちんを見ていればわかる、本当に必要とされるという事はああいう事なのだ。
どこに行こうともたちどころに周囲を引きつけ、代わりの効かない存在として認知される、そんな人生なら俺も悩まなかったかもしれない。
俺には生きる意味なんて見いだせない、流されて生きて行くことしかできなかった俺が急に変わる事なんてできない。
それに、今の俺は死んだ盗賊達が目の前にいるような気がしてならない。
そう、亡霊が見えるような気がするのだ。
俺を恨んで、体を損壊させながらそれでも俺を呪うために……。
あれから夢を見てうなされる事も増えた。
殺す事の意味が実感となって襲ってくるようになったという事だろう。
(存外肝は小さいのだな)
「そうさ、俺は元々小心者なんだ……人を殺すなんて……」
(お前の意思で殺したのだ、それはわかっているだろう?)
「くっ……だから……俺は……」
そんな自分も怖いのだ、殺された人の恨みも怖い、家族から復讐されるのも怖い、しかし同時に自分も怖い。
俺は筋金入りの弱虫だ、だが、この世界に来てから人に頼られる喜びを覚え、少しだけ成長できたと思っていた。
だが……。
だが、実際は成長なんて出来ていやしなかった。
ラドヴェイドの使わせてくれる能力に酔っていただけだったんだ。
スタミナ補正と、殺気を読む能力。
確かにこの2つがあれば一流とはいかないまでも、弱くはない剣士でいられた。
盗賊の一人や二人、物の数じゃないと思っていた。
実際二人までは倒したわけだしな。
そして、幹部の女にボロボロにやられた……。
殺気を読む能力がアテにならなくなったというそれだけの理由で。
今までほんの4カ月とはいえ、欠かさず訓練を続けてきた事が否定されたような気になった。
実際、俺は与えられた力を使いこなせてもいない唯の素人だったという事なのだろう。
俺は自分の足場がガラガラと崩れるのが分かった、最近どうにかついてきた自信が全て砕け散るのが……。
あとはただ、恐怖と、生きていたいという悪あがきのような感情だけだったように思う。
そして、魔王の力と心の一部を借りた俺は……邪魔なもの全てゴミとして葬った。
そう、罪悪感や理性のくびきから放たれた俺は結局そう言う奴だったという事だ。
人殺しを何とも思わず、他人の心を慮らず、自分のためだけに何かをなす。
なるほど、ひきこもり気味に生きてきた俺らしい本性だ。
だから、アレが魔王のせいで起こったというなすりつけが出来ない。
情けない話、自分でやったのだという事は実感していたから……。
(ならば恥じる事はない)
「恥じる事はない?」
(そうだ、恥じる事は侮りであり、他者に対して失礼にあたる)
「どういう意味だ!」
「キャァ!?」
そう口に出し叫んだとき、目の前にしゃがみ込む小さな娘の姿が見えた。
あれ……ここは俺の部屋のはずだよな?
なんで……。
少女は涙目になりながらも俺のほうを向く。
少し赤みがかった茶髪、純真そうに俺を見つめる目、その目には信頼が確かにあった。
マーナ、俺と一緒に魔王の襲撃から逃げ出した5歳ほどの少女。
彼女もそう言えばこの町に住んでいるんだったな。
「どうかしたのか?」
「おにいちゃん……お返事してくれないんだもん!」
「ああ……すまない」
俺はいつの間にやらラドヴェイドとの会話に没頭するあまり周りが見えなくなっていたらしい。
マーナはその小さな体で不満ですという分かりやすい感情を表す行動を行っていた。
ぷッくりと膨れた頬が笑いを誘う。
「おにいちゃん! 人の話はちゃんと聞かないといけないんだよ!」
「あっ、うん……そうだな」
とはいえマーナは真剣だし、俺だって今はそういう気分でもない。
マーナは何をしに来たのだろう?
ふと疑問に思い俺は周囲を見回す。
いつも通りの俺の部屋、ここ4ヵ月俺の匂いのしみついた待ち桜亭の屋根裏部屋だ。
バイトは暫くお休み状態だったわけだが、部屋代は払っていたわけだからさほど問題はないはず。
特別変わった情報はこの部屋にはない。
マーナが一人でこの部屋に入ってきたのだろうか?
「おにいちゃん、どっかいたいの?」
「いや……、ちょっと辛い事があったから引きこもってるんだよ」
「つらい? おべんきょうするのが嫌なの?」
「あー……まあそんな感じかな」
「だめだよ、マーナだって学校にいくようにっておかあさんにいろいろ教えてもらってるもん」
「マーナはえらいな」
「うん、マーナいいこだよ!」
マーナは満面の笑みで俺に答える。
ここまで屈託がないと毒気を抜かれてしまう。
マーナはもちろん真剣に俺の事を心配している。
いや、ティアミス達パーティメンバーやアコリスさんだってそうだ。
だが、踏ん切りがつかないのは自分の事が怖い、そして嫌われるのが怖いという心理の表れ。
「それでマーナは何をしに来たのかな?」
「うん、マーナのお母さんここで働くことになったの。
それでお祝いしよって。お兄ちゃんも呼んできなさいってアコリスおねーちゃんが」
「そうなのか……」
アコリスさんとマーナの母親がいつの間にか知り合いになっていたのは驚いた。
この母子も生活はあまり大丈夫そうでもなかったので一安心ではある。
しかし、マーナが俺を呼びに来たという事は、アコリスさんは大体の事情を察したのだという事になる。
それだけじゃない、マーナの言う事を俺が断れない事もおおよそ察している。
アコリスさんの計算高さには舌を巻く。
「分かった。後で行くからって言っておいて。顔洗ったり着替えたりしないとね」
「ダメ! 今すぐじゃなきゃ」
「え?」
「おかお洗うのも、おきがえも手伝う。だからすぐ来て」
「あっ、そのな……男女7歳にして席を同うせずって諺があってな」
「マーナまだ5さいだもん」
頬を膨らませてそんな抗議をされても困る。
父親を知らずに育ったなら俺が初めて男の裸を見せることになる。
それはまずい。色々な意味でまずい。
何とか追い出さねば、俺の明日からの呼び名はロリペドフィンに決定だ……。
俺はマーナに媚びたりなだめすかし、買い物に連れて行って何か奢るという事で手を打ってもらった。
「はぁ……どっと疲れた……」
(この程度で疲れるとは情けない)
「うるさい、子供の夢を壊さないようにするのも大人の仕事なんだよ!」
(そんなところはお前も子供だな)
「あー言えばこう言いやがって、妖怪手の目のくせに」
(なっ!? 我はそのようなものではない、魔力が足りない故にだな……)
「あーはいはい、さっさと顔洗って着替えよ」
(こら、待たんか!)
何も解決したわけじゃないが、少しだけ気分が良くなっているのを感じた。
マーナは多分意図してやったわけじゃないだろう、アコリスさんに何か吹き込まれた可能性は否定できないが。
ともあれ、一週間近く部屋にこもって食事とその買い込み、後はトイレくらいしか外に出ていなかった。
そのトイレも、精神的に参っている時はあまりしたくならないものらしく、2〜3度行ったきりだったと思う。
いや、下ネタはよろしくないのだけれど。
ともあれ、顔を洗って体も濡らしたタオルで拭き取っておく、手桶シャワーはまあ、夜意外使いづらい事もあるし、今はこのくらいで。
服装はあまり格式ばってもいないだろうから普段着にしているTシャツやジャケットやGパンのように見える何かを着る。
素材が違うので肌触りが少しよろしくないが、見た目は大体同じというある意味優れものだった。
「さて、行くかね」
(引きこもりを外に出すにはやはり女を使うのが一番という事かの)
「お前、俺の記憶に毒されすぎてないか?」
(グッ)
「クククッ」
ラドヴェイドを云い負かし少し気分の良くなった俺は、一階へと向かう階段をおり始めた。
しかし……階段を下りる半ば、一階と二階の狭間で俺は動きを止めてしまう。
理由は分かり切っていた、それは下から聞こえてくる喧騒。
もちろん、まだ客が入る時間じゃない、歓迎会の喧騒なのだろう。
しかし、分かっていても人の中に入って行くのが怖い。
自分の汚さ、卑怯さ、薄情さ、そして殺し……それらが他人に伝わってしまうのではないかと。
俺は怖くなっていた、人と会うという事は、最悪殺し殺される、そうでなくても人殺しを見る目は冷たいものだ。
俺はその視線に耐えられる自信がない……。
「おにーちゃん、どうしたの?」
マーナはそんな俺を目ざとく見つけると、駆け寄ってくる。
彼女の中では、今も俺は彼女を助けた英雄のような存在なのかもしれない。
しかし、本当の事を知れば……。
だが、マーナはぐいぐい俺を引っ張って、会場となっている店内へと案内する。
そこにいるのは、マーナの母親やアコリスさん、フランコさん、近所のおばちゃんたち。
そして、前回の事でおばちゃんたちと親しくなったウアガの弟妹達。
更に、パーティメンバー達もやってきていた。
「やっと降りてきたのねシンヤ」
「ティアミス……」
「年上なんだからさんをつけなさいって言ってるでしょ」
「ティアミスさん」
「気のない返事ね、まあいいけど。今日は楽しみましょ」
「あっ、ああ……」
ティアミスは俺に何かを望む事はしなかった。
まるで当然のように受け入れると、そのままパーティの輪の中に戻ってしまう。
拍子抜けするほど、その後の他の人々の対応も同じようなものだった。
特に変わらない、俺に対する態度を変えない。
俺が人殺しになった事は、ティアミスらパーティはもちろん、アコリスさんにも知らせていた。
それでも、気にせずパーティに誘ってくれる、それだけで涙が出る思いだった。
だが、まだ怖いのは仕方ない。
俺はマーナの母親に一応の挨拶をすると、隅のほうで久々のまともな食事にありついた。
今までは怖くて、この店内にすら入らず外側の非常口から出入りして日持ちする食材を買って引きこもっていた。
そのため、まともな食事をするのも久しぶりな気がする。
食べていると腹が減っていた事に気づく。
俺はかなりの勢いで食事を続けていた。
「腹は満ちたかの?」
「ニオラド……」
「お主、人を殺した事がそれだけ応えたのか?」
「ああ……どうしても、人を殺せた自分も、周りの視線も怖い」
「そうか……お主には少し申し訳ない話をせねばならんな」
「何だ?」
「この世界、確かに一般人にとってはその通り、人殺しは悪じゃ」
「ああ」
「しかし、冒険者にとっては違う。冒険者が戦う中で人を殺さず大成する事は出来ん。
Fランクなら10人に1人程度じゃろうが、これが上のランクに行けばいくほど殺人者の比率は増える。
Aランク等もう100人中98人までが殺人者じゃ、そうでなければ冒険者は務まらんという事になる」
「後の2人は?」
「回復専門で上がるものもごくまれにおるからの、回復役だから殺してないとは限らんが、たまにそういうのもおる。
例えばフィリナ・アースティア司教のようにの」
「なるほど……」
一般論ではあるが、確かに冒険者はそういう職業なのかもしれない。
今までのところ、冒険者を嫌がる場所等には行っていないが、場合によっては忌み嫌われていても不思議ではない。
ニオラドが言いたい事はつまり、俺のやったことなど冒険者にとっては普通の事だということなのだろう。
ただ、俺も理屈では一応わかっていた、しかし、まだ納得できていない自分がいるのも事実なのだ。
俺はどこまでもイジイジとした駄目野郎なのかもしれない……。
「ともあれ、冒険者の鉄則とはその場その場で楽しむ時は楽しみ、悩む時は悩み、後へと引きずらない事じゃ。
その日暮らしの職業じゃからの、例え大金が入ってもあぶく銭と割り切ってしまったほうがよい事もある。
根なし草の悲哀かの、ともあれ、悩むなら今の内に悩んでおけ、それが解決すればお主はまた一皮むけるだろうよ」
ニオラドは含蓄があるんだかないんだかわからないような事を言って去って行く。
まあ確かに、今すぐ答えを出す必要はないのかもしれないが……後を引きずらないというのは難しい話だな……。
しかし、ニオラドの言う事も一理あるんだろう。
冒険者なんていろいろ気にしながらやっていられないものなのかもな。
仕事を選べる代わりに、その日暮らしを選んだ人々であるとも言えるんだから。
俺は、少しだけ気分が晴れたのを感じ、外に出てみる。
なんとなく星空を見上げたくなったのだ、理由? そんなものはあったのかどうか……そういう気分だったとしか言えない。
そして、エールのジョッキを傾けつつ、玄関近くの石に座る。
いつもならお咎めが来てもおかしくはない、玄関近くの石は意図的に配置されたもので、装飾品のようなものだからだ。
だが今日はみんな楽しんでいる、俺の歓迎会を開いてくれた時もそうだった気がする。
もしかしたら、ウアガの弟妹達も受けたのかもしれない。
明るくあたたかい場所、こんな場所だから俺もどうにか暮らしてこれたのだろう。
俺はどうすればいいのか、人を殺す事を割り切ってしまっていいのか?
ラドヴェイドに頼り切りな現状はどうなんだ……?
こんな状態で桜待ち亭のみんなに迷惑をかけないでいられるのか?
考えることは山ほどある。
そして、殺された盗賊達の怨恨の問題もある。
俺は……。
「アンタまだうじうじしてたの?」
「ティアミス……」
「何度言ったらわかるのかしら?」
「ティアミスさん」
「よろしい、ッてそう言う事が言いたいんじゃなくてね。
人殺しをしたっていう事で悩んでるなら、私も同じよ」
「え?」
「アンタだけじゃない、あの戦いに出ていた冒険者の大半は殺すか殺された。
私も生き残った以上人を殺している、あんないけすかない盗賊だったとしても、殺したのは殺したわ。
それに私は、過去にもそういう事態に会った事がある、いわば人殺しの先輩ね」
「だが……」
ティアミスは表情に変化がなかった、動揺を隠しているふうでもない。
確かに殺し、その事を認めているという表情を俺に見せていた。
その事に驚愕する俺に、ティアミスは諭すように言う。
「私だって何も思ってないわけじゃない、ううん、人殺しなんてしたくないし、した自分も嫌いになる。
だけど、だけどね……。
しなかった自分と比べてどうなのかと思うのよ。見て見ぬふりをした自分は、人殺しをした自分より上等なのかとね」
「それは……」
「わかってるわ、そういう状況に飛び込んだのも自分だってね。でも、選択したのも自分、後悔しないための選択だったのも事実」
「……」
「だから、殺人を恐れるのは当然、罪は背負うしかないわ、でも後悔はしないで、そうじゃないと死んだ相手も報われないでしょ?」
それは励ましとしては、かなりひどい言葉だった。
結局殺人者にすぎず、罪も変わらない事を認めているようなものだ、だが、それでも言いたい事は伝わってきた。
つまり、凹んでも何もならない、どうあがこうと前に進まないものは誰にも相手にされず一人でいるしかないのだ。
だから、痛かろうが、蔑まれようが、進むしかない、そういう意味の事を言っているのだろうと察した。
「それなら俺は、今までのままでいていいのか?」
「それを決められるのはアンタ自身だけでしょ。許してやりなさい自分の事を」
「それは……」
「人に許してもらおうなんて甘えよ。そういう事を人にゆだねるから宗教だの、国家だのの歯車にされちゃうのよ」
それは、俺にとって地震にも似た衝撃だった。
他人に許してもらうという考え自体、他人に思考を委ねている。
それどころか俺の考えていた事のほとんどは、他人に許してもらえないとか、本当の事を知られたら嫌われるとか。
全て他人の評価を気にしての事ばかりなのだ。
もちろん、命の危機、嫌われることによる不快、孤独、そしてそれらの末の死等を考えれば当然それらは心配すべき事ではあるが。
しかし、所詮この世界に来て4カ月程度しかたっていない俺がそんな事を気にするというのはおこがましいのかもしれない。
まだまだ、周りの人の事など何も知らないに等しいというのに。
「はっ、はははははは!!! 確かに、確かにそうだな!」
「何がおかしいのよ!」
「いや、そんな事はないさ。あまりにも正しい事だったんでついね」
「そうよ! 自分の事も自分で決められなくてどうすんの!」
その言葉に俺はどこか気持ちが軽くなるのを感じた。
俺はまだ道を見失ってはいないのかもしれない、はっきりしたものではないがこの先をつづけていける。
そんな思いが湧いてきていた。
次の日、俺は”待ち桜亭”の人たちに今までの事を謝り、また感謝の言葉を述べた。
アコリスさんはゲンコツ一発で許してくれた、とはいえ結構効いたんだが。
フランコさんも同じようにしたさそうだったが遠慮しておいた。
いや、フランコさんのゲンコツくらったら吹っ飛ぶって……。
それから、冒険者協会に顔を出し、こちらでも謝り倒した。
そして、ティアミス達パーティの面々やチャンドラーさん達からはどうにか許しをもらう事が出来た。
もっとも、チャンドラーさんのパーティは2名が盗賊達にやられてしまったそうで、俺達も葬儀に出席することになった。
その分の費用は、ソレガンの父親、アルバン・ヴェン・サンダーソンが持ってくれるらしい。
報酬を減らされたチャンドラーさんの抗議が通った形になるそうだ。
”箱庭の支配者”の面々にも挨拶をしたが、バズ・ドースンは怯えたように俺に近づこうとせず、
アンリンボウ・ホウネンは鷹揚にうなずいて面白そうに見ていたし、
ヴェスペリーヌ・アンドエアは相変わらず敏底のメガネで何を考えてるのかわからない視線を向けていた。
正直長々と関わりたい相手でもなかったのでさっさと切り上げると、受付嬢のレミットさんに呼びとめられた。
「どうやら少しは回復したみたいね」
「はい、おかげさまで」
「毎年いるのよ、良心の呵責に耐えきれなくなって冒険者をやめる人がね」
「そうなんですか……」
「うん、悪い事をしているわけじゃないけど。武装して、護衛とか、犯罪者の追跡とかもやってるからね。
どうしても人を殺すっていう事も起こりうる、だからって気にしなくなってもらっちゃ困るんだけど、
しないわけにはいかない、冒険者の矛盾ってやつね……」
「詳しいんですね」
「私もね……同じ理由で冒険者辞めたから……。親近感わいちゃって」
「え!?」
「これでも数年前は凄腕の冒険者だったのよ?」
「そうだったんですか!?」
意外な事実に驚愕する俺、数年前ってわざとぼかして言っているあたり年齢の事気にしてるんだろうなとか別の事も驚愕していたが。
兎に角、そう言う事は俺だけの事ではないらしい、むしろ問題になるのはアレだろうか……。
バズが俺を恐れる理由……パーティの皆は俺の事を心配してか聞いてこないが。
俺が一人で10人切り殺した事実は変わらないのだから……。
「私は耐え切れなかったけど、シンヤ君にはいい仲間がいるんだから、頑張りなさいよ♪」
「はい!」
レミットさんは笑顔で俺を送り出す。
とはいっても目的地も近くなんだが……ティアミス達はロビーの長椅子に腰かけて待っていた。
「一通り挨拶は終わった?」
「ああ」
「じゃあ次の仕事を決めたいんだけど。どっちがいいと思う?」
テーブルの上には2枚の依頼書、
内容は、一つは農村部の手伝い、一つは手配モンスターを狩る事。
依頼料は倍以上の差があり、期間は農村部のほうが一か月なのに対し、モンスターは行き来だけなら一週間もかからない。
これは、俺に対して投げかけられた疑問なのだと、ふと分かった。
つまり、俺がこれからどういう冒険者になるのかというそういう問いかけ。
ならば俺の答えは決まっていた、この先も前に進んでいくために。
「農村部のて……」
「そこ、ボケはいらないから」
「う……もちろん、モンスター討伐です」
「よろしい♪」
なんだか半ば強制されたような気がしないでもないが、俺は冒険者を続けて行くことに決めた。
それは恐らく険しい道のりとなるだろう、危険もあるし、どろどろした部分も大きい。
だが、まだ俺は立ち止まれるような状況になかった。
それは良い事なのか悪い事なのか、まだわからないが、どこかで楽しんでいる事も否定の出来ない事実だった……。