魔物使い、この世界においては魔物を懐かせる方法、そして魔物の求める物を理解し誘導する者の事を言う。
魔法で使役するのではないため、どちらかというと調教師というほうが正しい。
ただ、普通に獣を調教するのと違い、特殊な声や、ある種の香等を使い使役するため必ずしも食料を与える必要はない。
だから人食いの魔物でも使役する事が可能であるという、かなり高度な技術のようだった。
もっとも、それだけに使い手となる者は少なく、何より魔物相手に武器も持たずに挑む度胸のある人間は少ない。
魔物使いの条件の中には武器等を持たない事も含まれるらしい。
ティアミスやフィリナ(アルア)からそう言う事をさっと聞きながら、クラーケン(巨大イカ)を呼びだしたティスカを見る。
彼女は聞いた限りでは11歳、見た目も相応であり、服装こそ黒い三角帽子に黒いマント、黒いローブだが、
栗毛を三つ編みにした小学生が魔女のコスプレをしているようにしか見えない。
しかし、確かにクラーケンは彼女に従っているようだった。
これらの状況から考えるに、ティスカはかなり特殊な環境で育ったらしい。
そして、あのイカ達には心を許していたという事のようだ。
その友達を倒した”栄光の煌(きらめき)”のパーティは当然敵対認定。
俺達”日ノ本”のパーティもこの流れでは敵対という事になりそうだった。
「フラッド、イカ達は殺したのか?」
「ああ、全部ってわけじゃないけどね。目的の邪魔になるのは殺したよ」
「……」
「無抵抗のモンスターを殺したパーティとして語り継いであげましょう」
「いや、無抵抗って……そんなの分かる訳ないでしょ」
「レィディ達、もうそんな話をしている場合ではないようだ」
「おっと、これは退散するっきゃないかね」
「ちょっと待ちなさい!!」
「俺達は取りあえず取り戻した金を冒険者協会までもっていく事にするよー」
”栄光の煌”パーティはフラッドにつられるように引き上げていく。
ある程度予想はついていたものの、かなり汚いパーティのようだ。
いつかぎゃふんと言わせてやらねば、そう考えるものの後の祭り、俺達だけがクラーケンの前に残されることになる。
「……何と逃げ足の速い奴らじゃ」
「だから信用ならないといったのでーす。レィディ達後ろに下がってください」
「頼むわね、こちらは魔法でフォローするから」
「シンヤさん、一撃でももらえば終わりです。防ごうなんて思わないでください」
「了解」
しかし、でかい10m以上の高さがあるためこれが出口付近の広場でなければ動きも取れなかっただろう。
クラーケンの上に乗っかっているティスカは、軟体動物の上という事もあり多少足場が定まらない感じだ。
とはいえ、多少不安定でも乗っかっているあたり心得てはいるようだ。
魔物使いは、自分自身の戦闘力はない、武器を帯びる事が出来ないからだ。
まあ格闘家ならその辺或る程度何とかなるのかもしれないが……。
少なくともティスカはそんな能力はない様子。
となれば、自分が攻撃を受けない場所に行かねばならない。
俺達に勝ち目があるとすれば、ティスカを捕える事、それのみだろう。
2パーティいた時ですら正面からは勝てそうにないクラーケンだったが今は問題外。
更に戦闘をしていれば落盤で生き埋めになりかねない。
逃げるのも、なかなかに難しいだろう。
そしてそんな俺達としてはティスカを奪うしかないのだが……。
「さあ、やるのだ! あいつら全員敵なのだ!!」
「ギョーェェェ!!!」
クラーケンがイカとは思えない妙な鳴き声を出しながら迫る。
俺達はその繰り出される触手を回避するしかないのだが、一本一本が1m近くもある太い触手。
あんなのを叩きつけられたら一発でぺしゃんこだ。
とてもエロゲのように”らめー♪”が出来る触手ではない。
幸いにして、地上だからか、さほど素早くはないのだが、問題は足の数が多い事だ。
俺達は5人、触手は10本、一人頭2本は相手にしなければならない計算となる。
流石に後ろ側の触手は攻撃に回していないようだったが、3本ほど抜けても7本、1人1本は確実だ。
特に俺は前衛のため、特別に3本まわしてくれたらしく、
隣で騎士らしく盾ごと吹っ飛んでいるエイワスと共に四苦八苦するはめになった。
特に複数攻撃は大変で、回避をした直後更に転がって避けるなんて事をしないと回避しきれなかった。
「くそっ、このままじゃジリ貧だ!」
「といっても、水や風の精霊魔法は決定打にならないし、
とてもじゃないけど、正面からはどうしようもないわ」
「ううむ……そうじゃのう……少し、時間を稼いでくれんか?」
「ニオラド! 何か手があるのね?」
「まあの、上手くいくとは限らんがやってみるだけやってみよう」
「お願いするわ!」
ニオラドは何やら調合を始めたようだ。
どんな手かは知らないが、早くやってくれ……そうじゃないと、その内支え切れなくなる。
俺は、イカの足に切りつける、切れる事は切れるが、さほど時間もかからずに修復されてしまった。
再生能力……イカの細胞が簡単だからなんだろうが、かすり傷程度では治るまで1分とかからないようだった。
この分だと、足を切り落としても生えてきそうだな……。
そんな事をふと頭によぎらせた瞬間、太い触手の一本が足元から迫っていた。
上からたたきつけに来る触手を回避するのに手いっぱいだった俺は、
足元を薙ぎ払うようにふるわれる触手に対応できなかった。
「ガァッ!?」
良くわからない声を出しながら、足元をすくわれ、そのまま倒れる俺。
今ので明らかに足の骨がずれた、立ちあがる事は無理そうだ。
そうして動きの止まった俺に止めを刺すべく、3本目の足による叩きつけが迫っていた。
それは無慈悲ながら、どうしようもなく、魔族化してどうにかなる感じでもない。
それに今は魔族化をするための時間すらない。
出来たとしてもそれはそれでまずいのだが……。
「ッ!!」
もう駄目だ、そう思った瞬間、目の前に水でできた大きな玉が出現した。
そして同時に滑り込むようにフィリナ(アルア)が俺の前に出る。
玉は確かに或る程度触手のスピードを鈍らせる効果があったようだが、鈍った所でその重量がなくなる訳じゃない。
それに対し、フィリナは正面から受け止めようと……。
したその時、更に前にエイワスが出てきた。
体格的にはフィリナとそう変わらないエイワスだ、いくら盾を構えていても喰らえばただでは済まない。
「レィディがあまり無茶をしてはいけませんよ!」
「エイワス?」
そして、エイワスは触手を正面から受け止めた。
もちろん、受け止めきれるはずもなく、盾ごと吹き飛ばされる、それでも確かに威力は少し殺せたのだろう。
そしてその後ろで身構えていたフィリナは更に触手を受け止めるべく手をクロスしてガードの姿勢を取る。
まずい、確かにフィリナは絶対服従、俺が死ねば死に、俺が死ななければ死なない事になっているらしい。
しかし、俺は別に彼女に庇ってほしくて復活させたわけじゃない。
そんな事を考えた次の瞬間、風の刃が触手を大きく傷つけその軌道がずれて俺達から外れていた。
「ふう、どうにか間に合ったみたいね」
ティアミスが使った風の精霊魔法のようだった、恐らく衝撃派と共に真空を叩きつけて切る魔法だろう。
軌道がそれたのは切れたからというよりも風にそらされた感じだった。
しかし、クラーケンが侮れないのか、ティスカが凄いのか、こんな連携をしてくるようでは俺達は長く持たない。
ニオラドの秘策頼みというのは、パターンのようでなんだか痛いものがあるが仕方ないだろう。
それに長い間暴れると洞窟その物に響きかねない。
とりあえず俺は一度下がり、フィリナ(アルア)に回復魔法をかけてもらう。
骨は折れていたわけではないらしく、割と簡単にくっついた。
痛みも殆ど引いた、ただし、完全に治った訳ではないとフィリナに釘を刺されたが。
「やるしか……ないか?」
人間、切り札を持つと最後にはどうしても頼ってしまう、今の俺がそうかもしれない。
どうしても、魔族化というか魔力を解放して闘えばもう少しは有利になるのではと考えてしまう。
しかし、その場合パーティ全員に魔族化している事がばれる。
ニオラドは半年以上の付き合いだ、それに年齢から来る落ち着きもある。
もしかしたらわかってくれる可能性もあるが……。
エイワスは全くの未知数だ、もしもばれる事になったら俺は人里を離れて山野に逃げ込むしかなくなる。
実のところ組織なんかを作ろうと思ったのも、隠れ蓑に出来るかもしれないという部分もあったりする。
そんな風に考えながらも立ち上がり、構えをとってクラーケンを警戒する。
相手は10本の足があるクラーケン。
後方に回っていて使いづらい触手何本かがあるにしても、6本か7本くらいは攻撃にまわせる。
先ほど切られた触手はまだ回復するのに時間がかかる、かすり傷というには大きいだろうから。
しかし、5本の触手が俺達に向けてまた動きだした。
ニオラドはまだ準備を始めてさほど過っていない、ジリ貧もいいところだ。
「全く……、これじゃ……」
「ボゥィ、悔しいが俊敏さでは君のほうが上だろう」
「エイワスどうした?」
「少しの間なら私が巨大イカを引きつける、その間にあの娘を巨大イカから引き離してくれないか」
「……わかった」
「仕方ないわね、ニオラドの準備にも時間かかりそうだし、私達もサポートに回るわ」
「補助と回復はお任せください」
ティアミスとフィリア(アルア)も賛同し、計画を実行に移す事になった。
俺は思い武器や鎧を取り外し身軽になる。
そもそも、鎧なんて大質量による打撃に対してはさほど意味がない。
皮鎧なので少しは効果があるかもしれないが……動きが鈍るので今回は諦める。
ぱぱっと武装を解除し、ただの私服になった後、俺はクラーケンめがけ突っ込んでいく。
ティアミスとフィリナによる魔法支援が飛ぶ。
ティアミスはサポート系の魔法、アクセラレートを使って俺の敏捷性を一時的にあげてくれる。
フィリナは水の結界で俺の周りに水の薄い膜を張ってくれた。
もっとも、水の結界は炎に対してはそれなりに強いものの、打撃の速度が少し鈍る程度の効果しかない。
それでも十分、加速と減速、2つの加護を受けたことで俺は一時的にだが魔族化した時とほぼ同じ強さを手に入れた。
「なッ何をする気なのだ!?」
「少しばかりお仕置きをしないとな!」
俺はクラーケンの上を駆けあがる、触手やぬるぬるの体はなかなかに動きづらいものがあったが、
敏捷性が上がっている俺は足を取られそうになるたび体勢が崩れる前に次の動きに移る。
周囲の触手が攻撃を仕掛けてくるが、一本二本なら回避はたやすい。
「なっ、何なのだ!?」
「魔法によるサポートっていうのは凄いものなんだよ!」
「ならば全部の触手で迎撃するのだ!!」
その言葉が終ると同時に、クラーケンはその10本の触手の全てを俺に向ける。
流石にその攻撃密度は半端ではなく、俺はティスカに近付けなくなってしまう。
徐々に下がりながら、それでも今のところは触手の攻撃を避けていたが、10本による攻撃の密度は半端じゃなかった。
「くそっ、これじゃ近づけねぇ……」
「何をもたもたしているボゥィ!」
「エイワス!?」
そう、いつの間にかエイワスが近くまで来ていた。
考えてみれば当たり前で、俺が全部の触手を引きつけている以上、エイワスもフィリナもティアミスも手が空いているはずだ。
ならば、最初に来たエイワスの目的は一応ながら俺の安全確保だろうか。
その間にティアミスとフィリナによる連携攻撃が始まる。
「大気にたゆたう精霊よ、その穿つ爪を現出せしめよ。ウィンド・ブリッド!」
「古き盟約の使者よ、海原に始まりし牢獄の看守よ。縛鎖を示し咎人を繋ぎとめよ。アクア・プリズン!!」
先ず、ティアミスの放った見えない風の弾丸が複数触手に向かって飛んでいく。
触手に接触した弾丸は、一瞬嫌な音を響かせたかと思うと触手に切り傷を作る。
傷そのものは大きなものではなかったが、同時に複数の足を傷つけられた事でクラーケンは動きが一瞬止まる。
その間に、成立したフィリナ(アルア)の魔法が出現した。
フィリナの魔法は恐らく地下にあった海水を噴出させたのだろう。
クラーケンの周りに水柱が複数発生していた。
そして水柱は触手にからみつき、その動きを阻害する。
半分以上の触手が水の柱にからめとられ、クラーケンは動きを止めた。
水系の攻撃魔法なら、クラーケンには殆ど効果はなかっただろう、しかし拘束なら別だ。
少なくとも質量がそのまま動きを阻害するので、その効果が低下する恐れはない。
俺は、3人が作ってくれた隙を逃さないため、全力でクラーケンを駆け上がる。
そしてティスカをひっつかまえ、飛び降りた。
そこに、
「出来たぞ、皆離れるのじゃ!」
ニオラドの言葉で俺達はクラーケンの周りから散る。
ニオラドはどろっとした液体をクラーケンに向けて投げつけた。
一瞬何が起こったのかわからなかったようだったが、クラーケンは次の瞬間凄まじい暴れっぷりを発揮した。
狂乱というのが正しいだろう、明らかに興奮で我を忘れている。
「ニオラド一体何したんだ!?」
「くーちゃんをいじめるな、なのだ!!」
「ちゃん?」
「メスだからちゃんなのだ!」
「なのか……」
「そんなことより洞窟が崩れかねないわよ!」
「気にする事はない、もうすぐじゃろうからの」
「どういう事ですか!?」
俺達が混乱する中、ニオラドはさほど興奮もせずクラーケンを見ている。
確かに、クラーケンは最初こそ暴れていたが、何かしなければという目的が出来て来ているように見える。
そして、その何かが分かったのだろう、一瞬動きを止めると、自らが出現した穴の中に潜って行った。
その動きは迅速で、ティスカの事など全く目に入っていないようだった。
「いったい何をしたのだ!?」
「ほっほっほ、あれはの。非常に染みる薬液じゃ、そしてある種の匂いを発する。
それは陸上動物には殆ど効かないようなのじゃがの。
海の生き物にはあの通り、刺激臭のような刺激を受けるのじゃろうな。
もっとも鼻でそれを感じているというよりは肌で直接感じているのじゃろうが」
「くーちゃんはどうなるのだ!?」
「水の中なら一時間もすれば臭いも落ちる、それが分かっていたからあのイカも水の中へ逃げたんじゃろう」
「そーなのか……でもくーちゃんがいなくなったのなら、うちに何をする気なのだ!?」
ティスカは警戒心をむき出しにして訪ねてくる。
黒い三角帽子が地面に落ちたせいで、栗毛の三つ編みが揺れているのがわかる。
11歳の彼女には色々な事が理解できないのだろう、日本なら彼女は騙されて利用された上少年少女なので庇護対象。
かなりの減刑、もしくは無罪になっても不思議ではない。
しかし、この世界ではどうだろう?
主犯と従犯の差や、騙されていた事、子供だから、一般常識を知らなかった、等の理由が通用するのか。
まだこの国においての裁判の事例を知らない俺には何も言えない。
「貴方は知らない事ばかりだろうけど、貴方のその魔物を使役する力はとても珍しいものなの」
「……それがどうかしたのだ?」
「魔物は一般の人たちに危害を加えることが多い、だから冒険者は街道や町に出てきた魔物は問答無用で狩るわ」
「でも、ここは街道ではないのだ! 海辺のあまり人が来ない洞窟なのだ!」
「そう、でも貴方はイカの魔物に街道で金貨や銀貨を取ってくるように言ったわね」
「うっ、うむ……街道にはきらきらしたボタンが落ちてるから取って来てくれって釣り人の人が言ったのだ」
「それは人から取ったものなの、つまり泥棒なのよ」
「泥棒!? なんでなのだ!? ぴかぴかするボタンは落ちてるものじゃないのだ?」
「えらく基本的な事から知らんようじゃのう」
ニオラドがため息をつく、恐らくはまともな教育を受けた事がないという事だろう。
罪の認識を出来なければ反省もない、当然俺達の事情も理解しない。
今の彼女にとって俺達は理解の外なのだ。
そして、その事に皆困惑していた。
この世界に児童保護法がないのなら、そのまま牢獄行きの可能性も否定できない。
俺はできうる限り彼女に何かしてやりたいとそう考えた。
「ティスカちゃんと言ったね。幾つか質問したい事があるんだけど」
「どうしたのだ?」
俺は真剣な目で視線を合わせ、ティスカに向き合う。
彼女と理解を共有するには、まず彼女の立場を理解する必要がある。
何故そうしたのか、何がしたいのか、何に怒ったのか、これらは当然の事として必要な知識だ。
「最初に、君はおじいさんが死んだから街道に出てきたといったね?」
「うん……、そう言ったのだ。じっちゃは……もういないのだ……」
「おじいさんが君に言っていた事の中に、人に会うときはどうしなさいっていう事はなかった?」
「あったのだ!」
「言ってみて」
「人前で魔物を使役してはいけないのだ!
それと、驚かれるから魔物を連れて行ってもいけないのだ!」
「君はその約束を守れたかい?」
「……守れなかったのだ」
ショボンとするティスカ、しかし、やはりだ。
思った通り、彼女のおじいさんは常識があったんだ。
ただ、彼女への教育を失敗していただけ……というと可哀そうだが、教育しきるより前に死んでしまったのだろう。
ならば、おじいさんの言葉をつなぎ合わせれば彼女に理解を促す事が出来るはず。
「良く聞いてほしい、なぜ魔物を連れて行ってはいけないのか。
それはね、魔物というのが元々は人を傷つける存在だからなんだよ」
「魔物が人を……?」
「ティスカちゃんは魔物と仲良くなれる方法を知る前は魔物に脅かされたり怪我をさせられたりした事はない?」
「……あるのだ」
「普通の人は、ずっとそうなんだよ。仲よくなれる方法をしらないからね」
「そうなのか……じゃあ、じゃあ! ティスカが教えるのだ!」
「教えてくれるのは嬉しいけど、街道の人達全員に教えるのかい?」
「え……っと何人いるのだ?」
「そうだね、この洞窟の中が一杯になっても入りきれないくらいかな」
「そんなに教えられないのだ……」
そう、教えきれない。
それに多分、全ての魔物を大人しくさせる事も出来ないだろうし、彼女自身感覚で覚えている可能性が高い。
そうなると、教えると言っても表面的な事ばかりになって本質的な部分を見落とすかもしれない。
だいたい、彼女が教えられるだけの常識を身につけていないのが問題だった。
「兎に角、普通の人にとっては魔物は怖いものだし、街道に出てきたら皆逃げ出すしかないんだ。
だから、冒険者を雇って魔物を倒してもらう、そうしないと怖いからね」
「……怖いから殺すのか?」
「その通り、殺すなんて物騒な事大抵の人は進んでしたいなんて思っていないけど……。
自分達に被害があるなら話は違ってくる」
「じゃあ……じゃあ……子分やイカたちが死んだのはうちのせい……」
「君が全て悪いって言う訳じゃないと思う。でも、おじいさんの言う事を守っていれば防げたはずの事なんだよ」
「うちは……、うち……うぅぅぅ、ぅぇぇぇぇええええんッ!!!」
ティスカは耐えられなくなったのだろう。
泣き始める、それは罪の意識だろうか? それとも外界の怖さを知ったからだろうか?
おじいさんと魔物意外にまともに対話したものがいないという彼女の境遇を思えばそれも仕方ない事だろう。
俺はその小さな背中を手でさすってやりながら、泣きやむまでゆっくり待つ。
俺が怒っている訳ではない事、しかし、やってはいけない事をしたのだという事を彼女が理解するまで。
ほんの数分、ひとしきり泣いたティスカはまた顔をあげて俺を見る。
「うちは……、うちはどうしたらいいのだ……」
「そうだね、魔物たちが悪い事をしていないのなら、お墓を立ててあげないと」
「うん」
「それから、お金は持ち主に返してあげる事」
「うん……でも……」
「ごはんと交換しちゃったんだよね」
「うち……お腹がすいてたのだ……」
「うん、だからその件はそそのかした人が悪いと思う。恐らく君にこうしろって指示したのもその人だよね?」
「……うん」
「その人にお願いしに行こう、返してくれるようにね」
「えっ、でももう食べたものは返せないのだ」
「だけど、本来君が食べたものはこの金貨一枚あればちょっと高いものでも20回〜30回食べられるんだよ」
「えっ!? もしかして……騙されたのだ?」
「そうなるね」
ティスカはがっくりと肩を落とす。
釣り人とやらは彼女にとって外の世界の最初の友人なのだろう。
それに、最初は親切にしていたようでもある。
ならばなぜ途中から急に方向転換して詐欺を働いたのか。
その辺りが気になるのは事実だった。
その辺りも含め、接触してみなければわからない事が多い。
恐らく、そいつはこの洞窟を監視するなりしているはず。
そうでなければ、今の状況を作り出すのは難しい。
仕事のやる気はティスカの飢えとイコールなのだ。
それにアッディラーンに入られれば逃がしてしまう。
彼にとっては監視は絶対必要だったろう。
しかし……。
「ティアミス、アルア、この洞窟内に魔法か何かが仕掛けられた痕跡はあるか?」
「それについてはもう調べたわ、痕跡はある……でも、破棄されてるわ」
「それも数日前ですね、前回彼女が食事をもらった時に破棄されたのではないかと」
「なるほど……痕跡を追うのは……」
「無理ね……今もつながってるなら方法もない訳じゃなかったけど……」
「魔法の痕跡から発動者を追うのは超一流の魔導師でも難しいかと」
そりゃあそうだよな。
ティアミスは額にしわを寄せて考え込んでいる。
このままでは、恐らく実行犯としてティスカが捕まる。
11歳の少女が盗んだ量としては恐らく凄まじい大金という事になる。
俺達が引き受けた事情から……うん?
おかしいな……まさか……。
「ティアミス、この事件の依頼、一体いつから張り出されていたんだ?」
「2週間は前だと思うわ」
「ティスカ、君がここにやってきたのは1週間前だったはずだよな?」
「そうなのだ」
「ならおかしな事がある」
「そうね……ティスカが来るよりも前からこの事件は起こっていたという事になるわ」
「それに考えてみてほしい、霧の結界の事、釣り人の勧めた犯行現場、一致している気がしないか?」
「つまり、霧の結界と釣り人には関係があるっていう事?」
「その可能性があるという事だ」
そう、おかしな点はそこなのだ、釣り人は最初ティスカをどうこうするつもりがあったとは思えない。
ならばなぜ、こんな人けのない岩場に、それも釣れないから人が来ない場所に来ていたのか。
最初は親切にしたのに、後になって犯罪の片棒を担がせたのはなぜか。
理由は簡単だったのだ。
「彼は最初自分で泥棒をしていたのではないだろうか?
そして、アジトに近づいてきたティスカを返そうとした」
「しかし、帰らずアジトに来た彼女が魔物使いと知って……」
「そう、犯行の片棒を担がせることを思いついた。
だいたい、見た事のある人がいてそれが白装束といっていたのに俺達が見たのはイカだったんだ。
白い姿という意味では似ているとはいえ、その事を失念していた俺も迂闊だな……」
「いえ、私達も気付かなかったわ……」
もっとも、こんな推理何の意味もない。
分かった所で証拠もない、これだけでは何の手掛かりにもならない。
ただ一つわかっているのは、犯人が霧の結界を何らかの手段で作り出した事。
それは今イカが結界内に侵入する事で自動的に発動するようになっているだろう事だ。
何故なら、ここに対する魔法は切れているのに、霧の結界は発動したからだ。
そして、もし犯人の手で発動させるようなリンクが残っていれば逆をたどられる可能性も考えているに違いない。
ここでは、魔法をわざわざ消して行っているのだから。
「どちらにしろ、一度街道に戻って霧の結界について探ってみるしかないわね」
「ああ」
「お任せします」
「ほーほっほ。なかなかめんどくさい話になっとるのう」
「レィディティアミスの推理、流石で〜す!」
パーティのみんなは勢いに乗って答える。
そしてもう一人、躊躇うように声をかけてくる少女がいた。
「うち……、うちも……連れて行って欲しい」
それは、おじいさんと、釣り人意外での初めての信頼となるのかもしれない。
それとも単にもうここにいるのが嫌になっただけだろうか?
ティスカは目に半ば涙をたたえ、しかし、はっきりと言い切ったのだった。