ある日の夜、榊原志恵留(シエル)は学校の校舎に居た。
廊下をゆっくりと歩いて行く志恵留は不気味な感じがして窓から夜空を見上げた。
その夜空はなぜか星が全く輝いておらず月は真っ赤に輝いていた。
赤い月は見た事があると言う人はいたが志恵留は一度も見た事がなかった。
どういう意味で赤い月になるのかは分からないが血の色のような感じがした志恵留。
それでも志恵留の足は止まらず、ずっと廊下をコツコツと歩いていた。
誰もいない校舎をただ一人で歩いている志恵留はもう帰りたいと思った。
すると後ろから視線を感じてようやく志恵留の足が止まった。
後ろからの視線で背中が冷や冷やとして恐ろしいのを我慢してゆっくり振り返った。
そこには同い年くらいの夜見北の制服を着たセミロングの髪で眼鏡をかけた少女だった。
少女は傘の先端から血が流れているビニール傘を差して喉からは血が流れていた。
志恵留はその少女を見て恐ろしくなって後づ去りをしてしまった。
その後ろには四十代手前の血まみれの女性が立っていた。
志恵留は十三年前の五月の死者≠フ桜木ゆかりと母親の三枝子を思い出した。
桜木ゆかりは掠れたような声で志恵留に向かって呟いた。
「足りない……」
志恵留はその言葉を聞くと思わず走って逃げてしまった。
桜木と三枝子が追いかけてくる様子もなくただ一人で走っていた。
走っている途中に周りの景色が徐々に変わっているような気がした。
学校の校舎だったのに最後にはどこかの病院のような風景に変わっていった。
志恵留は小学生のころに車に引かれて病院に入院した事があった。
その時に入院した市立病院が今、志恵留が走っている場所だと分かった。
そこにはかなりサビついているエレベーターがあった。
志恵留が走ってくるとエレベーターのドアが開き志恵留はエレベーターに乗った。
エレベーターの中は外見と同じようにサビついていてドアが閉まると降りて行く感覚がした。
降りていると周りからは古いのか変なギシギシとした音がした。
壁にもたれ掛かって息を切らしている志恵留は足に何かがあたるような感じがした。
志恵留は足元に視線を落とすと、血まみれの看護師の格好をした若い女性が志恵留の足首を掴んでいた。
志恵留は逃げたかったがエレベーターは止まらず逃げる事が出来ない。
怯える志恵留に女性は血の涙が流れる目をギロリと向けた。
女性は志恵留の腰を持って志恵留にすがり付いてきた。
その時に女性が首にかけていた名札が見えそこには「水野沙苗」と書かれていた。
水野は志恵留に向かって桜木と同じように「足りない」と呟いた。
するとブチンと何かが切れる音がしてエレベーターは物凄い勢いで落ちて行った。
志恵留は悲鳴を上げて目をギュッと閉じるとガタガタと揺れる感覚がなくなった。
目をゆっくり開けると志恵留はどこかの教室の机に座っていた。
辺りをキョロキョロしていると教室のドアがガラガラと開く音がした。
志恵留はドアのほうを見ると入って来たのは首から血が流れている中年男性だった。
男性は車いすに乗った痩せ細った老婆を押していた。
老婆も肌が青白く志恵留は机から立ち上がると教室の隅に避難をした。
男性は血が噴き出している口をわずかに開いて志恵留を見た。
「足りない……一人足りない……」
志恵留は首を横に振って壁を伝うように後ろのドアから教室を抜け出した。
志恵留は教室から出る時に躓いて豪快に転んでしまった。
志恵留は床にうってしまった膝の痛みを拭うように膝をさすった。
志恵留は周りを見るとそこは廊下ではなく、誰かの部屋だと分かった。
部屋は散らかっていて志恵留は床に落ちていた置物に躓いてしまったのだ。
志恵留は正面を見ると目の前に誰かの足元が見えた。
まさかと思い見上げるとロープで首をつった若い男性がいた。
男の目は志恵留を見ていてまるで屍のようなそんな目をしていた。
志恵留は気が動転して蹲ったまま動けなくなってしまった。
首をつった男性は苦しそうな声で志恵留に言った。
「もう一人……足りない、探せ……」
そんな言葉を聞いて蹲っていた足がふら付いて後ろに倒れてしまった。
倒れてその部屋から抜け出して後ろを見ると異様な暑さを感じた。
辺りは火の海で燃えているのはどうやら何かの建物だった。
志恵留は熱くて顔が火照って額からは汗が流れ出した。
ここから早く出たいが後ろにあった部屋のドアがなくどうする事も出来ない。
煙が充満して志恵留はその煙を吸い込んでしまいむせてしまった。
志恵留は自分の口と鼻をふさいでいると、灰と化した建物の家具から数本の手が伸びた。
すると四人くらいの志恵留と同じくらいの夜見北の生徒らしき人物が起き上がった。
四人は全員全身が火傷をしていてゆっくりと志恵留の方に向かってきた。
志恵留は暑さと苦しさで逃げようと言う気にはなれなかった。
「足りない……一人足りない……」
「一人だけ、いない……探して……」
「アイツ=c…アイツだけいないんだ……」
「探して……見つけられないと、俺ら転生できない……」
志恵留は四人の口からそう聞くと恐ろしさで悲鳴とあげてしまった。
志恵留は自分の悲鳴で目が覚めた。
起き上がって息を切らしていると全身から汗を大量にかいていた。
志恵留は辺りを見渡すと間違いなくここは自分の部屋だと分かった。
学習机と薄ピンクのタンス、タンスと同色のカーテンの隙間からは朝日の光が差し込んでいた。
寝ていたベッドのシーツは汗で濡れてしまっていた。
ベッドの脇にある棚の上の目覚まし時計は朝の六時となっていた。
枕とかけ布団は寝像が悪かったのかかなり乱れてしまった。
志恵留はもう一度寝ようとは思わず、立ち上がって制服に着替えると部屋を出た。
廊下を歩いていると両親の寝室の前に来てドアを少し開くとベッドに寝ていたのは母親の志乃一人だった。
志恵留の父の陽平はいつも朝の五時半になると出勤してしまうので志恵留はなかなか陽平に会えない。
志恵留はキッチンに向かうとトースターに食パンを入れ、愛用のカップに冷蔵庫から取り出した牛乳を注いだ。
志恵留はフライパンを取り出して卵を割り、ガスコンロに乗せると火をつけた。
火を付けた瞬間、先ほどの夢を思い出してしまった。
モヤモヤしながら菜箸で卵を焼きながら混ぜていた。
そして皿にスクランブルエッグとなった卵を乗せ、トースターから焼けたトーストを取り出しリビングへ向かった。
一人でトーストとスクランブルエッグを食べていると寝巻を着たままの志乃がリビングに入って来た。
志乃はあくびをして志恵留を見ると目を丸くさせた。
「あら志恵留、早起きなんて珍しいわね」
「うん、ちょっと目が覚めちゃって……」
「そう、お母さん、今日も遅くなるから一人で夕飯食べておいて」
志乃はキッチンへと向かっていった。
志恵留は一つため息をつくと朝食を食べ終えて食器を片づけようと立ち上がった。
立ちあがった時に目に入ったのは今日の朝刊の新聞だった。
新聞は開かれていてどうやら陽平が読んだまま片付けずにそのままほったらかしにしたようだ。
志恵留は新聞を畳むと食器をキッチンへと持って行った。
そこでまた志乃と会い、志乃は冷蔵庫に入っていたお茶をコップに注いで飲んでいた。
志恵留は自分で食器を洗っていると志乃が突然こんな事を言いだした。
「ねぇ志恵留って三組だよね?」
「えーうん、そうだけど」
「そ、そう……あのさぁ何て言うか……何かクラスで変な事があったりしない?」
「ん?……別に、まぁ先生なら変わった人だけど」
三組の呪いの事は家族に言ってはならないので志恵留はそれについては伏せていた。
志乃はそう聞くと「そう」と軽く呟いた。
志恵留はチラッと志乃の方を見ると少し青ざめた顔をしていた。
変には思ったが特に気にはせずに食器を洗っていた。
「先生って……確か見崎鳴って言ったよね?」
「うん、そうだよ」
「じ、実はね、お母さんの亡くなった弟の三年のクラスメイトにそんな子がいたのよ……妹はそんな子はいない≠チて言ってたんだけどね」
「そうなんだ……」
志恵留は洗い終わった食器を布巾で拭くと食器棚に入れた。
志乃はそんな志恵留の姿を見て自分の左腕を右手で握った。
キッチンから出ようとする志恵留を引きとめてこんな事を言いだした。
「お母さんね、夜見北出身で三年生の時二組だったの……」
「えっ」
「その時、三組のクラスの子や家族が毎月亡くなって……それなのに八月から何も無くて……」
「それって何年前?」
「えっお母さんが中三の時だから、そう……二十八年前よ」
志恵留は二十八年前の三年三組は八月以降から死者が出ていないと千曳から聞いていた。
だが、志乃は二組で災厄≠フ事は知らなさそうだったので詳しい事は聞けない。
志乃は俯いて頭をかいて「三組の呪いって噂もあったし」と呟いた。
志恵留は違うクラスでもそんな噂があったのかと思った。
志乃は突然思い出したように「マツ」と言いだした。
「そうそう、何かねお母さんと同じ部活だった男子のマツ……松永克巳が三組で八月に合宿があってそれで……」
「合宿?そんなのあるの?」
「いいえ、それは三組だけのクラス合宿で、マツったら合宿から帰ってきてから変だったからちょっと気になってたんだけどね」
「合宿……恒一兄ちゃん何か知ってるかな?」
「怜子ちゃんも何かマツがおかしい事には気づいてたみたいだし……」
志恵留は志乃に「ありがとう」と言うとリビングに戻ろうとした。
すると志乃が「気を付けて」と志恵留に向かって呟いた。
志恵留は志乃に向かって微笑むとリビングに向かった。
志乃は一人取り残されたキッチンで疲れたような表情で頭をかいていた。
「何で死んじゃったの……二、三年はずっと調子良かったのに……」
泣き崩れるように呟く志乃は涙をこぼしながらズルズルと壁にもたれ掛かってしゃがみ込んでしまった。
一方、志恵留は自分の携帯電話でいとこの榊原恒一にメールをしていた。
三組のクラス合宿についてもしかしたら知っているかもしれないと思った。
「恒一兄ちゃん、さっきお母さんから聞いたんだけど二十六年前のクラス合宿って知ってる?」
そうメールを打ち終わると恒一の携帯に送信をした。
これで何か手掛かりになるんじゃないのかと思って祈りながら返信を待った。
恒一はメールを出すと大抵は五分くらいたてば返信が来る。
志恵留はリビングでテレビの朝の情報番組を見ていた。
いつも良く見ている番組でお馴染みの司会者がアナウンサーといろいろな情報を教えていた。
数日前に起きた殺人事件や芸能人の熱愛発覚などの情報が流れていた。
数分ボーッと見ていると志恵留の携帯に着信がきた。
メールの差出人は恒一で先ほどのメールの返信だった。
「たぶん知ってると思う、今度見崎先生もつれて一緒に話そう。土曜日なら空いているけどその時にどこかファミレスで会おう」
文章を読み終えると返信に「分かった」と言う一言だけで返信を送った。
恒一はクラス合宿の事を知っているのだろうか。
そして二十八年前の合宿で何が起こったのか。
そして、恒一が三組だった年の十三年前にどうやってもう一人≠突き止めたのか。
志恵留はこの間千曳が言っていた「もう一人≠死に還せば災厄≠ヘ止まる」という言葉は真実なのか。
全てを今週の土曜日で話そうと心に誓った。
『二〇十一年四月二十五日』
学校の教室で授業を受けていた志恵留。
この時間は国語で志恵留は窓際の一番後ろの席だったので窓から外を眺めていた。
志恵留はいないもの≠ネので授業中にあてられることはない。
外は車が走ったり自転車で主婦らしき女性が食品が入った買い物袋をかごに入れていた。
もう四月の末なので日差しがポカポカと温かい。
このまま五月に入れば今月の死者は出ずに志恵留の役割を全うできたと言う事になる。
気が付くと授業の終わりを告げるチャイムが鳴っていた。
この後は掃除で志恵留は授業が終わると真っ先に自分の机と椅子を下げた。
志恵留は一応中庭の掃除で掃除をしてもしなくても同じだった。
どうせ暇なので一応は掃除をしていた。
中庭の掃除には沼田郁夫と重盛良汰と篠原南と志恵留が担当だった。
沼田はあまり動けないので他の三人が頑張なくてはならないが志恵留はあんまりやる事は出来ない。
掃き掃除をしてもゴミを集めるのは志恵留本人である。
中庭は掃き掃除ばかりで四人でほうきを持って掃除をしていた。
志恵留は掃除中ずっと気になっていたのが中庭の校舎の壁に立て掛けてある志恵留よりも大きいガラスだった。
かなり雑に置かれていていつ倒れるか分からない状態だった。
ちょっと不安な感じはしたが志恵留は気にしないように掃き掃除をしていた。
重盛は掃除中にそのガラスの前に立った。
志恵留はさすがに危ないのではないかと思って小さく重盛に呟いた。
「し、重盛君……そこ、危ない……」
志恵留が呟いた瞬間、物凄い突風が来た。
志恵留は目を閉じて頭を抱えた。
篠原は志恵留と同じように頭をか開けて「きゃあ」と声を上げた。
集めていた葉っぱや砂が風で飛ばされてしまった。
その時、立て掛けてあったガラスが風でガタガタと揺れ始めた。
そしてガラスがバランスを崩して重盛がいる前へと倒れてきた。
風が止んだ時に重盛は閉じていた目を開いた。
重盛の目に飛び込んできたのは自分に向かって倒れてくるガラスだった。
そしてガシャンとガラスが割れる音がして他の三人が重盛の方を見た。
そこには飛び散ったガラスの破片が体に突き刺さっている重盛の姿だった。
しかも運悪く一番大きい破片が重盛の左胸に刺さっていた。
重盛はピクリとも動かずに志恵留は「死んだ?」と心の中で呟いていた。
すると沼田は重盛の無残な姿を見てその場に膝をつき自分の左胸を苦しそうに押さえていた。
篠原は呆然と立ち尽くして持っていたほうきを地面に倒してしまった。
すると担任の見崎鳴が様子を見に中庭に来た。
志恵留は鳴に気づくと「先生、重盛君が」と震える指を倒れている重盛を指差した。
鳴は驚いた様子で重盛に駆け寄ると志恵留達にこう言った。
「職員室に行って先生達にこの事を知らせて、沼田君は保健室に行ってなさい!」
「え……は、はいっ」
志恵留はすぐにB号館の職員室に向かった。
篠原は苦しそうな沼田を保健室へと連れて行った。
その一時間後、重盛の死亡が確認された―――……。