我々は知っている。
この美麗天晴れな力を。
我々は知っている。
このお伽噺に残る、素晴らしき灰を。
-Flowering SAMURAI- cherry blossam blooms
全ては愛犬シロのお陰じゃった。
愛犬のお陰で儂は大判小判を掘り当て、臼から財宝を生み出し、灰を撒く事によって桜を咲かせられた。
全てはあの今は亡きシロに纏わり、シロが居なければ有り得ない話。
シロのお陰があり、儂らは殿様に気に入られ、城に住む事ができている。
元々シロは恩返しをしようと儂らに奉ったのだが、それでもシロは恩返し以上の事をしてくれたのじゃ。
だからシロに感謝しなければならない。
そう思い、シロとの思い出を忘れない為にも、儂らは仏壇の中にこの灰を入れ、毎日拝んでおった。
そんなある日、婆さんと一緒に茶を啜っている時の事じゃった。
「失礼する。花咲か爺さんに用事が有るという者を連れて参った」
「儂に用じゃと? 一体誰じゃ」
案内していた者が離れ、後に居た客人が部屋に入る。
「余は
間藤 静瞳丸。貴殿と話をする所存で此方に参った」
そう名乗った男の体は大きく、筋肉もあり、柔道でも極めているかのような、しっかりとした体格をしておった。
しかし儂はこのような男に会った事がなく、初めて対面した男でおる。
「貴方とは初めて会ったが、儂に何の用事じゃ?」
「何、貴殿の噂を聞きつけて話をしてみたくなっただけの事だ。貴殿の噂は今、民の間で持ちきりなのだぞ」
そう言われると照れてしまう。
今も儂の噂をされているとむず痒い気がした。
「確か、飼っていた犬が元になる話だったかな。大判小判を掘り当て、臼から財宝を生み出し、臼の灰を使って枯れ木に花を咲かせたという」
「そうじゃ。シロは儂ら二人には身に余る程の恩返しをしてくれたのじゃ」
「なるほど……。しかし、その話に隣の爺さんと婆さんが登場しなかったか? 犬や臼を借りていた二人だ」
「よく知っておるの、その通りじゃ」
儂らはまるで文句を言うかのようにその二人についての話を始めた。
「酷い二人じゃった。儂らのシロを貸してやったと言うのにシロを殺し、あまつさえ貸した臼を壊して返したのじゃ」
「そうじゃそうじゃ。それもあの二人は問答無用で借りていくのじゃ。儂らが拒否したとしても聞き入れずに無理矢理にな」
婆さんも儂に混じって悪口を吐く。
溜まりに溜まっていた鬱憤を晴らすかのように、あの老夫婦に対する憎しみをぶつけるように。
それを間藤はじっと聞いていたが、儂らの話がちょうど尽きた時、彼は話を始めた。
「それは大変であった。辛かったであろう……。ところで、余は言い忘れていた事があった」
「言い忘れていた事……?」
「実はこの間藤 静瞳丸。その老夫婦の孫なのだ」
瞬間、儂の隣に座っていた婆さんの胸から血が噴き出した。
血飛沫が儂の顔や床などを、まるで霧雨のように濡らす。
そして儂が事態に驚くよりも早く、儂の左胸に衝撃が走った。
見ると間藤が短刀を投擲し、儂の心臓に命中させていたのだ。
短刀は心臓を貫通していて背中から突き出ており、儂はその激痛に堪える事ができず、そのまま床に倒れ込む。
床に溢れ出た儂の血液に、婆さんの血の飛沫がびちゃびちゃと吹き掛かった。
儂はそれをじっと見つめていたが、間藤がその血溜まりを踏みつけ立っているのに気付き、儂は虫の息で糾弾した。
「どうしてじゃ……どうして儂らを殺す……」
「復讐。それしか答えはない」
間藤はそう言って何かを儂に振り掛けた。
白く、若干黒い色をした荒い粉。
「余の祖父が借りた臼の灰……"貴様"が桜に花を咲かせていた灰だ。その灰と共に、滅びよ」
間藤のその言葉はまるで死神の言葉のようじゃった。
黒い帳を下ろし、全てを終焉に導く者の言葉じゃった。
その言葉に、儂は意識を削がされ瞳を閉じる。
視界が段々と薄まり、眠りに落ちるように儂は死んでいった。
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気付くと儂は人に囲まれていた。
誰もが驚いた顔で儂を見つめており、儂は困惑しながら上体を起こした。
しかしなんじゃここは?
死後の世界は予想していたよりも騒々しく荒れている。
机は壊され、茶碗から茶が溢れ、床にも赤々と血が流れて……。
いや、この場所は儂が死んだ場所……間藤 静瞳丸に殺された場所じゃ!
どうして儂はまだ生きておるのじゃ?!
確かに儂は間藤の奴に心臓を貫かれたというのに!
そう驚いていると、儂は自分を不思議そうに見ている者の一人から、こんな質問を耳にした。
「お、おいあんた……どうして"若返っている"んだ……? "さっき見た時はまだ爺さんだったのに、どうして今は若者の姿をしている"んだ……?」
若返って……いるじゃと……?
そんな馬鹿な、確かに儂は腰が曲がった老人じゃ。
若かりし時代はとうの昔に過ぎており、若者の姿などしているはずがないのじゃ。
しかし確かに普段よりも体が軽く、自分の掌の肌を見てみてもシワ一つない珠のような肌をしておるのじゃ。
そして何より、頭部が普段より暖かいのじゃ。
ふさふさじゃ……以前にはつるつるしておった頭が今は頭髪が増えてふさふさなのじゃ……!
しかし儂は本当に若返ったというのか……?!
「いやそんな事より、儂にはもっと気付くべきものがあった。婆さんじゃ、婆さんはいったいどうなったのじゃ?!」
儂は髪を振り乱しながら婆さんの姿を探したが、それはすぐに見つける事ができた。
婆さんは血溜まりの中、驚いている表情のまま死んでいた。
ピクリとも動く事なく、目を開けたまま横に倒れている。
「そんな……婆さん、婆さん……」
儂は目の前で起きている現実を受け入れ難かったが、拳を握り締め、泣く泣く死別を受け入れた。
震える手で、婆さんの開いたままの瞳を閉じる。
そして血溜まりの中から婆さんを起こし、抱えながら婆さんの死を嘆いた。
まるで子供のように泣き叫び、婆さんと血溜まりに涙を流した。
「憎き間藤、貴様だけは許さぬ。どんなに謝って後悔したとしても、貴様だけは許さぬ!」
儂……否、俺は婆さんを抱えながら憤怒してそう言った。
悲しみが一斉にして間藤への怒りに変わる。
床に溜まった血溜まりのようにドス黒い怒りと憎しみが俺の体をたぎらせた。
そしてそれらの感情と悲しみが俺の体を支配する。
最早どうしれ俺が若返ったかのかという疑問などどうでもいい。
俺は婆さんの体をゆっくりと床に寝かせ、立ち上がり、俺を同情して見ていた御家人に向かって声を掛けた。
「刀を貸してくれ」
「えっ?」
「刀を貸してくれと言っている! 俺は今から婆さんの敵を取りに行くのだ!」
御家人から刀を借り、腰に差して帯刀した。
そして俺は……なんと窓から飛び出した。
例えや誇張表現ではない、全くそのままの意味である。
俺は本当に窓から飛び出し……いや、壁を巻き込み破壊する勢いで城の外に飛び出した。
外に飛び出して下を見ると、想像以上に高く、身がすくむような光景が待っていたが俺には無事着地する自信があった。
根拠は我が半生感じた事のない力である。
力と表現するよりか、元気と表現した方がわかりやすいだろうか。
とにかく俺はみなぎった力で着地できると思い、城の外へと飛び出したのだ。
そしてそのまま無事着地し、城下町を常人では出せない速さで走り抜けた。
間藤はすぐに見つける事ができた。
城下町を走ってしらみ潰しに探し、町を抜けて1里にも満たない場所で間藤を見つけた。
この川沿いに沿っていて、雑草に囲まれた人通りの少ない道。
ここが貴様の墓場となる!
「見つけたぞ間藤」
「誰だ貴様は」
間藤はいきなり背後から現れた俺に驚いていた。
無理もない、常人には出せない速さで人が現れたのだから。
「貴様が殺し損ねた者と言えばわかるだろう」
「なん……だと……?」
「何故若返ったか知らぬが、そんな事はどうでもいい。俺の目的は婆さんの敵を取る事、それだけだ」
俺はそう言いながら抜刀した。
日本刀を構え、間藤を睨みながら言う。
「刀を抜け間藤。貴様に引導を渡してやる」
「減らず口を……」
間藤も刀を抜き、俺と間藤は対峙する。
川原に不穏な風が吹き、俺達の間を抜けて行った。
そして風が止んだ時、俺は走って間藤との間合いを詰めた。
間藤も同時に走り出す。
距離はすぐに近くなり、俺達は刀を振り上げた。
その刀を相手の刀にぶつける。
鍔迫り合いになり、俺達は全力を刀に込めた。
刀はギリギリと悲鳴を上げ、力がぶつかり合ってしなる。
間藤のこめかみに冷や汗が流れた。
この鍔迫り合いは俺が圧しており、間藤の体勢は傾いている。
それを由々しと捉え、間藤はそのつばぜり合いから下りて俺から距離を取る。
離れながら間藤は短刀を二本、素早く投擲してきた。
俺はそれを刀で弾き、そのまま間藤を追う。
刀を横に凪ぎ、縦に斬り下ろし、間藤に隙を与えずに激しく攻めていった。
その斬撃に防戦一方の間藤に対し、俺は察する。
弱い、と。
これ以上の戦闘も嘆かわしいと思い、俺は次の攻撃で決着を付ける事にした。
俺は振るう刀を止め、間藤に少しの間合いを与えた。
俺との距離ができて、荒れた息を整える間藤。
その間藤に向かって、俺は刀を横にする構えを取った。
一見何を企てているか予想も付かない構えだ。
そして俺はその構えから横凪ぎを繰り出し、なんとどこからともなく大量の桜の花弁を生み出した。
激しい花吹雪で間藤の視界を防ぎ、それによってできた隙を使って間藤との間合いを詰める。
間藤の知らぬ内に接近する事ができた。
「枯れ木に花を咲かせましょう」
そしてそのまま刀を横に凪ぎ、間藤の腹部を切り裂く。
間藤の体は上半身と下半身は二つに切り離され、上半身は大量の血液を撒き散らしながら、竹とんぼのように空に舞った。
地面や草木だけでなく、桜の花弁もその血飛沫を浴び、紅に染まった桜が川原に散る。
「全く、汚ない花だ」
桜は死体を喰って花を咲かすという噂を聞いた事があるが、その噂は本当だったようだ。
桜の花弁は間藤の血液に貼り付き、怪我の部分を群がるように付着していたのだ。
俺はその花を、色を失った瞳で見ていた。
婆さんを亡くし、その復讐も果たし、その末に残った感情は何もなかった。
空虚、実に空虚だったのだ。
俺はしばらくその死んだ瞳で間藤を眺めていた。
桜が間藤の亡骸を喰らうのを見つめていた。
end-