今日も太陽の日が大地を照らし、街は人々で賑わう。
そんな中、洛陽の宮殿で溜息を吐く者達がいた。
「………はぁ。」
この男、董承。達観したような冷たく、無表情な顔をしている。
西涼出身の男。過去に西涼で反乱を起こしたものの、失敗し多くの経緯を得て、今は漢の将軍職に就くという前代未聞の大出世を遂げた武官であり、文官でもある。
もっとも、反乱の首謀者である事を知る者は故郷の西涼の者以外、殆どいないが。
性格は誠実で任務に忠実。温厚だが容赦無く切り捨てる冷徹な部分もあると言われ、役人からは尊敬と畏怖の印象を受けていた。
さらには西涼出身者特有の馬術と類まれな観察眼、人物眼を持ち多くの優れた者を発掘しては私軍に加えている。
その数、なんと1万。過剰過ぎる戦力だが、洛陽を守る警備隊、さらには賊軍討伐の即時戦力としてに重宝されている為、誰も反論を唱えられないのが現状である。
かの政治を牛耳る十常侍ですらも手が出せないというまさしく衰退している漢の希望の一つであった。
手が出せないのは董承の出世にも関係しているのだがそれはまた別の話で説明しよう。
そんな強大な権力を持つ董承だが、彼でもどうしようのない事がある。
十常侍の横暴と漢の腐敗である。
十常侍は先ほども言った通り、政治を牛耳る宦官の中で最高位に立つ強欲な者達だ。
彼らは現皇帝、霊帝を上手く操り、権力を思うがままにしていた。
先日霊帝を諫めた文官が十常侍に暗殺され、霊帝は諫めた文官よりも十常侍の言葉をそっくり信じる程に信頼しきっていた。
董承はそれなりの権力を持つとはいえ、たかが一人の将軍。位では十常侍が勝っているし、信頼でも負けている。
あまり弁を立てると暗殺された文官の二の舞になる事は、董承もよく知っていた。
故に動けない。ただ今日も書類を片付ける。そんな日々が続いた。
そんな作業に近い事を繰り返す董承の背後から、声を掛けてくる者がいた。
「よっ、義范。今日もその山を崩してるのか?大変だな。」
「…そう思うなら手伝ってくれ水炎。憐れみだけもらってもこれが片づく訳ではない。」
声を掛けてきたのは女だ。しっかりした肉体がついていて、殆ど無駄の無く、女性だけにある一部の膨らみも悲しい程に無く、真っ平らなスマートな体付きをしていた。顔は陽気そうで、いつもの様ににこやかにしていた。
そんな彼女の名は王子服。董承と同じく将軍であり、親友であった。
武勇に優れるが、文官仕事が出来ない訳ではないので忙しい時は狩り出される。
剛毅で、さばさばした性格だ。主に董承の副官として戦場に出る事が多い。
ちなみに二人の仲は宮内でも噂になる程で、実は付き合っているんじゃないか、いやもう既に出来てるだろ常識的に考えて、もげろ、などというのが専らである。
本人達はその事を知るよしも無いが。
なお、董承の真名は義范。王子服の真名は水炎である。
「…あいつは?今日は見ないけど。」
「十常侍に暗殺された。」
「…そっか。」
水炎はその事を聞いて顔を曇らせ、悲しい表情をする。
「俺とて止めた。だけど話を聞かずさっさと行ってしまった。あの行動こそ十常侍の思う壺だと言うのに…惜しい者を亡くした。」
「…でも気持ちは分かるだろ?それに、随分冷静なんだな。」
「………。」
義范は表情を変えず、黙ったが水炎は義范の気持ちは理解していた。
義范とて苦しいのだと。動けない自分をただもどかしく思っているのだと。
「…いや、ごめん。お前だって耐えてるのにな…。私が悪かった。」
「いい。………俺はこのまま仕事をしているが、お前はどうする?」
「あ!これから訓練に出ないといけなかったな。んじゃ行ってくるな。」
そうして水炎は駆け足で走っていった。
それをただ見つめる義范だが、水炎が見えなくなると書類に目を戻す。
隣のまだまだ小さい14、15歳くらいの女の子はフォローするかのように話しかける。
「あ、あの…私も頑張りますから、早く終わらせちゃいましょう!はい!」
「…すまんな。」
「いいえ、むしろこうして世の中の役に立てる事に感謝しています。ですから気にしないでください!」
そう義范を元気付けようとする彼女の名は田豫。真名を初春という。
頭に花飾りを付け、花のような純粋な笑顔を見せる年相応の体付きをした少女である。
彼女は元々はただの民であったが義范にその才能を見抜かれ、勧誘されて義范直属の文官として活躍している。
武将としての武は殆ど無いが、政治知略に優れ、統率力も中々ある意外と万能な子であった。
まだ見習いとして義范に政治のいろはを教えてもらっているが、義范は2年もすれば自分を超えるだろうと予測している。
そんな健気な応援を受けていた義范だが一方である考えを巡らしていた。
(…最近賊が増えているという話が出ているが、これは近い内に大きな反乱が起こるやもしれんな…あいつには情報を集めてもらっているがまだ帰ってきていない…こりゃ相当な出来事が起こるやもしれん。)
これは義范の直感であった。
その年は何も無く過ぎた。
しかし、乱世への幕開けは徐々に迫って来ていた。
誰もその知らぬ内に…。