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黒の異邦人は龍の保護者 # 21 “ Good-bye forever ―― 永久の別れ ―― ” 『死神の涙』編 S
作者:ハナズオウ   2013/01/25(金) 23:52公開   ID:ZQVYnnW.e1Y




    ◇

 後の世にネットや学校の至る所で語り継がれる都市伝説――『パンドラ事件』が生まれた夜。

 それは2つの勢力がたった1人の極東の少女を救う為に戦った、1時間に満たない出来事。

 シュテルンビルトを襲った20分の停電から事件は始まった。

 黒の死神はHERO達をすり抜けて製薬会社パンドラの中へと侵入した事より事件は本格的に動き出す。

 唯の製薬会社の中には大量の銃の所持と覚醒兵の存在がHERO TVによって世に知らされる。

 各HERO達がパンドラ内へと入り、契約者たちを撃破していく。

 ドラゴンキッドと折紙サイクロンにより契約者“鎮目弦馬”確保。

 事件も都市伝説もまだ終わりには至っていない。


    ◇

 1つは街を守る絶対的な正義“HERO TV”。

 1つは突如出現した正義を語る幻影のような組織“EVENING PRIM ROSE”。

 “HERO TV”の中継によって街へと事件の記録映像が流れ続ける。

 視聴率を求める“HERO TV”のプロデューサーが複数の映像からリアルタイムで見所を選択している。

 その選択に選ばれた数分間のタイマン映像は、とある男の意思によって音声を抜かれた状態で流された。

 その映像の主人公は2人。

 1人は『正義の壊し屋“ワイルドタイガー”』HERO歴10年のベテラン鏑木虎鉄である。

 白を基調にし、節々にクリアグリーンのパーツが配置されているヒーロースーツに身を包んでいる。。

 最新技術を惜しげもなく使用され、多様な犯罪者の攻撃にも対応できるようになっている。

 スーツと共に『5分間身体能力を100倍にする』能力を使い、相手を追いつめる。

 1人は『契約者“黒の死神”』HERO達に忘れ去られた男、ヘイ

 黒のロングコートに、右目に紫の雷模様をあしらった白の仮面を装着して正体を隠している。

 妹の存在と引き換えに手に入れた『電気を操る』能力と磨き上げた体術で必死に食らいつく。

 能力を保持している事で着るだけでコートは防弾性能を発揮し、銃撃戦において黒をサポートする。。

 2人は“たった1人の少女を助ける権利”を賭けて戦っているのだ。

 虎鉄は例え力を技術で反らされ、空振りを繰り返そうと、怯みはしない。

 黒も例え電撃が全て高性能なヒーロースーツによって全て地面へと逃がされてしまい、役には立たないとしても、怯む事はない。

 虎鉄は体力配分なんて言葉すら知らないかのように全てにおいて全力で連撃を投入する。

 黒は地獄を生き抜いた技術をつぎはぎしながら、全力で迫る虎鉄へと対抗する。


 速度と力で圧倒的に劣る黒が出来る事はそう多くない。

 頭は常に複数の事を処理しながら最高速に回す。

 避けるべきは“最悪”……HEROに捕まる事。

 だからこそ、聞きかじりの技術も未修得の技術も、殺してきた敵が使用していた技術も全力でトレースし動因する。

 ありとあらゆる技術を動因し、虎鉄との対決をなんとか対等に持ち込んでいる。

 見る者には珍妙に見える構え――首に右腕を、腹に左腕を巻き付けた構えは対峙している間に体を捻り、力を身体の内部に溜めている。

 黒が最も信頼をおく技術『超感覚』にて虎鉄の初動開始のタイミングをよみ切る。

 虎鉄のタイミングをよみ切り、通常では速過ぎる先駆けの行動を起こしてようやく対等、刹那のタイミングも遅らせるともう遅い。

 一瞬の遅れが致命傷になる戦いゆえ、黒は全ての動きを途切れる事無く連動させる。

 攻撃を避ける時は体を回転させて、その勢いを殺さずに次の攻撃に繋げている。

 『無拍子』と呼ばれる、攻撃においての振り被りを省略する技術である。

 だからこそ、能力全開の攻撃速度に喰らいついてくる黒に虎鉄は驚いていた。

 パンチだけを放っているわけではなく、蹴りや、隙を見て投げなどを織り交ぜている。

 多種多様な回避と攻撃に虎鉄は手を焼く。

 速度で圧倒しているはずが、攻撃は避けられ、隙を見ては投げ飛ばされる。

 既に1分は戦っているが掴めない。

 虎鉄が油断をして、大振りすると黒はワープしたように瞬間移動して背後に現れる。

「またかよ!」

 事前に聞いていた能力は『電撃を操作する』だったはずだ。

 それが瞬間移動をするのだ。

 もう事前に持っていた能力の情報が間違っているとしか思えないが、虎鉄は確実に黒から電撃を受けた事を忘れていない。

「なんなんだよ、こいつ!!」

 攻撃一辺倒の虎鉄の頭は混乱に陥り、攻撃は単調になってきている。

 右ストレートの次に左フック、右アッパーと黒は『超感覚』により先読みし虎鉄の攻撃を避ける事は容易となっている。

 黒は虎鉄の混乱が収まらない内を狙い、攻撃を仕掛ける。

 虎鉄の右ストレートに対し、半身に体勢を変えて右の掌を虎鉄の右拳に当てる。

 ヒットする瞬間、体を回転させて虎鉄の右ストレートの勢いを回転速度に上乗せする。

 その回転のまま黒は右肘を虎鉄の右肩にクリーンヒットさせる。

 虎鉄の勢いを上乗せした攻撃はこれまでの数分間の戦闘に置いて初めて虎鉄にダメージを与えた。

 よろけた虎鉄に黒は畳みかけるようにコンビネーション攻撃を放つ。

 渾身の力を込めつつ、無駄のない最小限の動きで放った右フックを虎鉄は左手で軽く掴まれる。

 拘束を解くため、黒は右腕を全力で斜め方向に床へ向けて降りぬくが、それ以上の力で横方向へと振りぬかれる。

 背中からコンクリートの壁へと激突した黒は肺から全ての酸素が吐き出される。

 疲労困憊の体は酸素を求め、黒の意思全てを無視して身体を硬直させて酸素を取り込もうと大きく息を吸う。

「ようやく捕まえたぜ!」

 黒の右腕を握ったまま、虎鉄はスーツに搭載された必殺モードを開放する。

『GOOD LUCK MODE』

 巨大化した右腕を虎鉄は全力で振り被り、渾身の力を持って黒の腹へと振りぬく。

 周辺の壁を震わせ、轟音を響かせる。

 コンクリートにめり込んだ黒は、意識まで削ぎ堕ちる。

 脱力し、だらんと落ちた腕と首に虎鉄は終わったと確信した。

「アニエス、こっちは終わった。黒の死神を確保できた」

 壁にめり込んだ事で倒れないだけでいつ崩れ落ちてもおかしくない状況。

 黒自身も終わってしまったと確信していた。

 力を入れようと必死で抗おうと、ピクリとも動かない。

「かぶら……ぎ…………こ、て…………つ

 すおう…………をた、………の………………」

『頼んじゃうの?』

 聞こえてきたのは懐かしい声。

 それはかつて守りたいと思った者の声。

 それはかつて殺してあげたいと思った者の声。

 声と共に、黒と虎鉄の周りに青い光が生まれ始める。

「イ……ン」

 そう、パートナーとして共に生き抜いてきた受動霊媒のドール“イン”の声だ。

 視界が混濁し、何も見えないが、確かに銀を感じる。

 火葬し、この世に何も残していないはずの銀を確かにこの肌に、この心に感じる。

『黒は蘇芳を助ける為に戦ってるけど

 ――黒は責任を取らないといけない。

 私をこの世界に連れてきてしまった事。

 私を火葬して私の中に内包していた世界を覆い尽くすほどのゲート粒子を開放してしまった事。

 だからゲート粒子に関わる全てを解決しなければならない』

 もう実態がないはずの銀の手が頬に触れた気がした。

 ぼやけた視界の中で銀を探すが、確認できるのは後姿の虎鉄と青い光の粒だけだ。

 死んだ銀の声よりもに意識がぼやけ眠りへと誘いが強く、黒の身体に力が戻らない。

『私も、まってるからね……アンバーと一緒に』

 銀の声、アンバーの存在の再確認に、黒は体に力が入らない中、心に希望を強く抱く。



 虎鉄の能力限界時間まであと3分。





―――――――





TIGER&BUNNY × Darker Than Black


黒の異邦人は龍の保護者


  # 21 “ Good-bye forever ―― 永久の別れ ―― ”


『死神の涙』編 S


作者;ハナズオウ







―――――――




「次を私達は右だ、カリーナ。

 牛車、この道を真っ直ぐ道なりに行けばホァンの目的地だ。

 しっかり守ってやってくれ」

 静かな廊下を歩くハヴォックとカリーナ、力尽きた黄 宝鈴ホァン パオリンを背負ったアントニオは何度目かの十字路に差し掛かる。

 ハヴォックは体中に巻いた包帯から滲み始めた血に構う事はない。

 ボロボロのワンピースの下に巻かれた包帯は、髪と同じく落ち着いた赤に染まっている。

 ハヴォックの支持を聞くアントニオとカリーナはそれぞれヒーローの姿になっている。

 ハヴォックは耳に着けた無線からの指示に従い、ヒーローであるカリーナとアントニオに指示をだす。

 黄を背負ったアントニオは十字路を真っ直ぐに進む。

 その廊下はパンドラの最深部へと続く。もちろん、その先には黒がいる。

 右に曲がったハヴォックとカリーナはパンドラの隔離スペースへと向かう。

「ねぇハヴォック。そろそろ目的を教えてよ」

「そうだな……この奥に1人助け出さないといけない人物がいるはずなんだ」

「誰なの?」

「私の娘だ。救いたい奴がいるっと言ってこのパンドラに侵入したきり連絡すらないんだ。

 私は娘を助け出したいし、娘が救いたいといった者も救いたい。

 私は失っていた力を取り戻したがそう連発できるものではないのでな。お前の力を貸してもらう」

「護衛って事よね。あなたも守るべき市民だしね。ちゃんとやるから」

「頼む」

 静かに答えたハヴォックの足取りに迷いはない。

 これまで失う事しかなかったハヴォックは“取り戻す”ための戦いに身を投じたのだ。

 ――生まれて初めて失ったものは“血縁”。
 ――それに伴い“普通の生活”を失った。
 ――契約者となり“人間らしさ”を失った。
 ――天国戦争の終結と共に契約者足らしめる“能力”を失った。
 ――黒の為に能力と天国戦争終結時の記憶を求めた結果……“命”を失った。
 ――この世界で目覚めたハヴォックが得た安らかな疑似家族も失った。

 もう心は折れていた。

 駒として使われるだけ使われて、死ぬことを望んだ。

 そんなハヴォックを前に歩ませたのは、黄の笑顔に他ならない。

 なんの恐れもない満面の笑みで接してくる。

 この世は全て幸せしかないと信じているような笑顔に、『世間知らず』や『現実を見てみろ』と言ってやろうとは不思議と思わなかった。

 黄の家で過ごした一週間で黒や黄と色々な話をした。

 黄には主に料理の話だったな……そういえば今回の騒動で忘れているが、黄は黒に初めての手料理を食べさせれていないな。

 と思い出し、苦笑を漏らす。

 突如として苦笑し始めたハヴォックに、カリーナは怪訝そうな表情を向ける。

「どうしたのよ、突然」

「なに、黄が楽しみにしていた日が過ぎてしまったんだなと思い出してな。

 無事だれ一人欠ける事無く終わりたいものだ。

 さてと、無駄話をしている内に見えてきたぞ」

 ハヴォックは少し立ち止まり廊下の先を見やる。

 鉄格子に閉じられた廊下に、自動照準の小銃が2丁睨んでいる。

 制御不能になった契約者や能力者などを閉じ込めるためであるのが入り口からよくわかる。

 許可なく出てくれば、撃ち殺すためのものだ。

「まずはあれを無力化してくれ。ついでにあの鉄格子もな」

 わかった。とカリーナは氷を発生させて小銃と鉄格子を突き刺して潰す。

 ハヴォックは警戒しながら鉄格子をくぐる。

 鉄格子をくぐるとすぐに、右への曲がり角がある。

 ハヴォックは確かにその曲がり角の奥に人の気配を感じつつ、廊下を進む。

 曲がるとそこには、戦闘スーツを着た柏木舞が無表情で立っている。

 ぴっちりとしたタイツスーツに身を包み、胸と肘、肩をサポーターで守っている。

 かつてのゲートのある世界にて組織が契約者達に与えたものとまったく同じものである。

 舞はかなり戦闘向きな能力を持っているとハヴォックが持つ情報より警戒を強め、手でカリーナの進行を停める。

「見張りか。すまないが通してもらおう」

「パーセルはいないけど、来た人は殺せって言われた。そうすればパパに会えるって」

「そうか、あいつはっ」

 言葉を吐き切る前に、舞は遠慮なく能力をハヴォックに向けて放つ。

 強烈な寒気に襲われたハヴォックはカリーナの方へ跳ぶ。

 舞の能力は強力な『発火』。

 過去にビルの工事現場を焼き尽くしたこともある。

 その発火が飛んだハヴォックの足に襲い掛かる。

 発火を始めた足を足掛かりに発火はハヴォックの体全体へと襲いくる。

「っく!」

 火が登ってくるのに対し、ハヴォックは自身に対して能力を発動させる。

 ハヴォックの能力は『任意の空間に真空を発生させる』。

 火に対して真空を発生させることで酸素の供給を断ったのだ。

 能力を解除したハヴォックの脚は真っ赤に焼けただれており、真空から生還した結果感覚や心肺機能が著しく低下している。

 カリーナはヤバいとハヴォックの足を能力で発生させた氷で包み込む。

 足を氷に包まれ、動かないハヴォックを抱えてカリーナはパニックに陥る。

 まるで全てを知っているかのようにここまで導いてきたハヴォックが突如として倒された。

 後ろを見るとだだ長い真っ直ぐな廊下が伸びている。

 隠れる所はない。とカリーナは冷や汗が流れる。

「ちょっとハヴォック! 起きてよ! ねぇ!」



  ◇


 ハヴォックに対して能力で攻撃した舞は、耳に着けた無線で連絡を取る。

 相手はエリック西島である。

「侵入者……」

『殺せましたか? 舞』

「逃げられた。でも焼いた」

『そうですか、では独房エリアを出ない範囲で迎撃してくださいね』

「わかった」

『この騒動が済めばあなたのパパが会いに来てくださいますよ。先程連絡がありました』

 舞は「うん」と言って、静かに歩き始める。

 舞の中の植えつけられた記憶はほぼ抜け落ちている。

 残っているのは、『エリック西島の言う事を訊けば父親が迎えに来てくれる』事のみ。

 それだけを頼りに、舞は戦っている。

 視線は曲がり角から離さず、思考は敵が出てくるのかどうかだけに集中している。

 なんの慎重性もなく、舞は普通に歩いて曲がり角を迎える。

 視線を曲がり角の先にむけると、そこには誰もおらず、静寂が包み込んでいた。

「……いない」

 舞はだだ長い廊下を注意深く見るも、雫が床に広がっている。

 引きずったように雫は線を作っているが、数m程で跡形もなく消えている。

 冷静に見ながら可能性を考えていると、独房エリアの最深部からガタンと大きな物音が響く。

「パー、セル?」

 舞は静かに独房の最深部へと歩き始める。





―――――――




 蒼い光が立ち昇る廊下にて、壁にめり込む黒とそれを見ている虎鉄。

「俺のGOOD KUCK MODEこれ喰らって立ってるのはお前が初めてだよ……だけど、もう終わりだな」

「…………」

 壁にめり込み、立っているというよりも飾られているといった方が近い状態の黒を見ながら虎鉄は言う。

 めり込んでいるから倒れないだけの黒に、虎鉄なりに賞賛を送っているのだ。

 黒は仮面で声が通りにくい中、小さく掠れつつも言葉を紡ぐ。

「すま……ないな、鏑木……虎鉄。

 俺はまだ終われないらしい」

 ゆっくりともがきながら黒は壁から抜け出す。

 力が入らないはずの脚は不思議と崩れる事はない。

 地に足をつけ、黒は虎鉄と対峙している。

 息も絶え絶え、力は入らず動く事すらままならない絶望的な中、黒は立つ。

「もう戦えないだろ……蘇芳は俺が助ける」

「……すまないが、俺も譲るつもりはない」

 絶望的な状況でも、黒は不思議と絶望していない。

 黒の周りに立ち昇る蒼い光が黒を精神的に支えている。

 少しずつ、体の中に散った力が黒の体に浮かび上がる。

 不思議と口元が緩んだ黒は言葉を投げる。

「どうやら俺には果たさないといけない約束が多く残っているらしい」

 黒の中には『なぜ倒れないのか』という自問が自然と浮かび上がり、答えが零れ落ちてくる。


 こんなに力が入らないなんて戦いを始めた時以来か。

 ――妹を守るために全てを捨てて得た獲た戦闘技術ちからが――

 ――妹が存在と引き換えに残してくれた契約能力ちからが――

 ――アンバーが無限の旅に耐えて紡ぎ、残してくれた身体ちからが――

 ――銀が思い出させてくれた人間らしいちからが――

 ――蘇芳を救わなければという目的ちからが――

 ――黄と共に生きれると思える希望ちからが――


 全てが俺に目的を果たすための力を残してくれる。

 体中をかき集めた力を感じ、黒は残りカスに近い力で拳を握る。

『まだ終わらないよね、黒』

『勝手な約束だけど待ってるよ、黒』

『お兄ちゃん、もうちょっとだよ』

 銀の、アンバーの、妹のシンの声が聞こえた気がした。

 1人で戦っているつもりで生きてきたが、やはり違ったようだ。

 シンを守る事を目的に生き、アンバーに知らず知らず助けられ、銀を心の拠り所にしてきた。

 蘇芳を3人に重ね合わせていた。

 1人では1歩も踏み出せないような弱い心を隠していたらしい。

 危機的状況にも自身を冷静に分析した自身にクスリと苦笑し、黒は構えを取る。

「諦めが悪いというか」

「分の悪い賭けをするのが性分らしいんだ」

 そう、黒は自分の思いを通すために分の悪い賭けばかりに身を投じていた事を思い出しつつ、黒は右自然体にて虎鉄を見やる。

 余計な事への思考をほぼカットして『超感覚』を最大限発揮するために集中する。

 体だけでなく、思考力にも限界が近い事を無意識に黒は感じていたのかもしれない。

 事実として黒の動きは明らかに悪く、判断は若干遅れ、初動は遅れている。

 虎鉄の左フックに、黒は体を落として避けようとするも遅れ、黒の体は床に何度もバウンドするぐらい吹き飛ぶ。

 バウンドしながら黒はナイフをワイヤに取り付けて、天井に投げてワイヤーを巻き取る勢いで立ち上がる。

 その隙を見逃さず、虎鉄は再び『GOOD LUCK MODE』を起動させて黒目掛けて渾身の右ストレートを距離をつぶして放つ。

 黒は体を捻り身体を軸にズラシ、右掌にて虎鉄の拳の端を受け止める。

 黒は虎鉄の拳の勢いを体の回転に変え、高速回転させて右肘を虎鉄の右肘へとぶつける。

 伸びきった所への打撃に激痛が走り、バランスを崩す。

 絶交のチャンスにも、黒は打撃の反動を受け止め体制を整える為に時間を要していた。

 腹部に受けたダメージが消えたわけではなく、ギリギリと黒の動きを要所要所遅らせる。

 即座に攻撃に移れなかった黒は一歩後退し、虎鉄との距離を少し開ける。

 バランスを取り戻した虎鉄は即座に黒の側頭部へと右回し蹴りを放つ。

 黒は思考するよりも早く身体が反応する。

 左足を残し、右足を後退させて、上体を少し傾けて虎鉄の蹴りをやり過ごす。

 続く虎鉄の連撃を黒は、先程までの戦闘よりも確実に初動を早く起こしている。

「死にかけの癖に、くそっ!!」

 形勢有利に運んでいたはずの虎鉄からは、死に掛けの黒が避け続ける目の前の現実が焦りを生じさせる。

 避け続ける黒は言葉を発さず、黙々と攻撃を避けている。

 その思考の中は虎鉄以上に混乱していた。

 ――身体が思考を置き去りにしているのだ。

 黒が多用している『超感覚』は、相手の重心や呼吸、視線の先など些細な情報を即座に読み取り先の先を取る技術である。

 そこには必ず情報を『処理するための思考』が必要になってくる。

 黒は本名を捨ててから軽く10年を超えている。

 ほぼ毎日が殺し合い、大半は能力を持っていない時に相対した能力者との戦闘経験である。

 それら全ての黒に蓄積された経験は、黒の『超感覚』の錬度を上げつつ、体の中にその選択が染みついているのだ。

 そして、虎鉄の攻撃を思考よりも早く体を動かして避けるという現象は、黒が追い込まれギリギリの状態になったから出てきたモノである。

 身体的にも精神的にもギリギリのところまで追い込まれる事により、普段は無意識に抑えている反射での戦闘が顔を出したのだ。

 思考を通さずに発現する反射による『超感覚』。

 それは何もメリットばかりではない。

 思考を通してないがゆえに、“避ける”ばかりで“攻撃”に移れない。

 『超感覚』で行っているのは、情報を読み取り、それへの対処を起こす。

 そこから攻撃に移るためには確実に思考が必要になる。

 それが今の黒にはできないでいる。

 意識がないわけではない、攻撃に移る前に虎鉄が次の一撃を放っている現状では避ける一方である。

 思考に余裕が出来た黒は虎鉄を更に観察していた。

 ――感情を露わに戦う虎鉄。
 ――感情を殺して戦っていた黒。

 ――能力を主体に戦う虎鉄。
 ――体術を主体に戦っている黒。

 虎鉄の母“安寿”から聞いた情報を思い出しながら黒は更に虎鉄を観察する。

「やはり、俺達は“正反対”らしい」

「ぁあ!? 当たり前じゃねぇか! 俺はHERO、お前は犯罪者!」

「そうだな……安寿から聞いた。お前に能力が発言した歳と俺が戦い始めた歳は同じらしい」

「だからなんなんだよ! そうだったな、お前は母ちゃんと娘を人質にとった卑怯者だったな!」

「お前は『力なんてほしくなかった』そうだな」

「ああ! それをMr.レジェンドに会って変わった! この力を皆を守るために使いたいと思えたんだ!」

 黒の言葉に、虎鉄の攻撃は更に激しさを増す。

 黒はギリギリになりながらも、虎鉄の攻撃を避けていく。

「俺は望んだ……『力がほしい』と」

「人殺しっ! のだろ!!」

「それでしか守れなかった」

「そういう奴の変わりとして守るのもHEROなんだよ!!」

 虎鉄は激しい怒りと共にGOOD LUCK MODEを起動させて、黒へと渾身の右ストレートを放つ。

 黒はバックステップと共に腕を丸めて虎鉄の右を受ける。

 黒へのダメージはほぼなく、黒は勢い良く後方へと跳ぶ。

「“守りたい”……始まりは同じだったのに、なぜ俺達は正反対なんだろうな……」

 黒は虎鉄には届かない小さな声で呟く。

 落胆と失意と、悲しみを零した黒の意識は軽やかな足音を遠い背後に聞いた気がした。

「御託はもう充分だろ! いくぜ……!

 ――ワイルドに吠えるぜ!」

 全身からたぎる力を溜め、虎鉄は体を沈め、一直線に黒を睨む。

 カメラ越しに見ている観客達もゴクリと唾を飲む。

 虎鉄が飛び立とうとする一瞬前、廊下の奥から銃声が鳴り響く。





―――――――




 廊下に放たれた銃弾は、見事に黒の脇腹へと突き刺さる。

 防弾コートにより、肉体が撃ち抜かれる事は防いだが、疲労困憊の黒には無視できない程の衝撃が体中を駆け巡る。

「す……おう」

「そうだよ、予定とは違うけどちょうどいいじゃん。

 さすがはヒーローってところだよね、ボクの復讐を手伝ってくれるんだから」

 口元を緩めた蘇芳の銃口はブレる事無く黒を捉えている。

 蘇芳は感情が削ぎ堕ちた瞳で黒を見つめ、無情にも引き金を引く。

 襲いくる銃弾を黒は防弾コートにくるまる事で迎え撃つ。

 腕、肩、胸、脇腹、太もも、脹脛に突き刺さる衝撃に黒は耐え続ける。

 身体の芯にまで響いた衝撃に耐え続け、黒はゆっくりと蘇芳に向けて一歩踏み出す。

 後ろで呆けてしまっている虎鉄をおいてけぼりにし、状況は走り始めた。

「これで殺せない事くらいはわかってたよ。でも……次はどうかな?」

 小銃を脇へと投げ捨てると、蘇芳は瞳を閉じる。

 ランセルノプト放射光の蒼く光り始めた蘇芳の光は、胸元のひび割れた“流星核”に収束する。

 光は収束から膨張し、物体化を始める。

 光は無骨な金属物へと変化し、蘇芳の手に収まる。

 ズシリと蘇芳の手に収まったのは、対戦車ライフル。

 蘇芳がかつての世界にて愛用していたライフルである。

 スカートのポケットには予備の銃弾が5つ収まっている。

「そのコート、これも防げるか……やってみようよ」

 ライフルのトリガーに指を掛ける蘇芳に、ゆっくりと歩を進める黒は見つめ合う。

 蘇芳は殺す為に、黒は『超感覚』を用いて銃弾を避けるために……。

 置いてかれた虎鉄もようやく状況を理解し始めたのか、身体を起こす。

「おい、ちょっとまてよ。それに蘇芳、なんで銃を持ってんだよっ!」

「決まってるだろ……パパの仇を取るためだよ」

 そう言い放ち、蘇芳は静かにトリガーを引き絞る。

 『超感覚』を用いて初動を呼び込んだ黒は横へと転がり銃弾を避ける。

 銃弾は先程まで黒の頭があった位置を見事に射抜いて飛翔する。

 銃弾は虎鉄のマスクに直撃し、虎鉄を吹き飛ばす。

 さすがのヒーロースーツも表面を削られ、特徴的なモヒカン部分が折れる。

 虎鉄も軽い脳震盪に襲われ、意識が定まらず寝転んだままである。

「もう動けないと思ったんだけどね……」

 少し落胆した蘇芳は、冷静に次弾を装填する。

 再び照準を黒へと向けて、トリガーへと指をかける。

 黒は懐にしまっていた二股のナイフを、蘇芳がトリガーを引く瞬間を狙って銃口へと差し込むようにナイフの柄を先頭にして投げ込む。

 蘇芳が放った銃弾は銃身を出る事無く爆発し、ライフルを破壊する。

 「ッキャ!」と蘇芳はライフルを手放し、地面へと吹き飛ぶ。

 絞りかすのようにスッカラカンな体力を振り絞り、黒は蘇芳の元へと走り出す。

 フラフラと危なげな足取りで、黒は蘇芳の元へと辿り着く。

 蘇芳は体中の痛みに耐え、背中に忍ばせたナイフを手に持ちつつ立ち上がる。

 銃で殺せなければナイフで! とばかりに飛び上がった蘇芳の手を黒は握り占める。

 ナイフの刃を掴み、横回転させる事で黒は簡単に蘇芳からナイフを取り上げる。

 取り上げたナイフを横に投げ捨て、壁に突き刺さる。

「離せ! お前は! ボクのパパの仇!」

 蘇芳は自由な手を全力で黒の脇腹へと突き刺す。

 一瞬フラッとよろけながらも黒は蘇芳を力いっぱいに抱きしめる。

「離せ! 離せよ! ボクはアンタを殺す!」

「待たせたな……蘇芳・パブリチェンコ」

「うるさい! パパを殺したアンタはボクが殺す! 離せよ! 離せ!!」

 黒の腕の中でもがく蘇芳の胸元の“流星核”にもう1筋のヒビが入る。

 ポワッと小さな光が浮かび、静かに消滅する。

 光が消えると共に、蘇芳の抵抗は静かになる。

「離して! はなし……て。はな…………」

「――やっと見つけた。迎えに来たよ、蘇芳」

 黒の口から出たのは、心の底に眠らせた優しさの声。

 黒は“流星核”からこぼれた光を感じ、蘇芳の変化を確信した。

 “流星核”によって固定されていた『パンドラによって作られた記憶』が抜け落ちたのだと。

 幾重にも入ったヒビが“流星核”の機能を停止させたのだと。

「へ……イ」

「ああ。ごめんな、遅くなって」

「うう……ん。もう、ずっと……一緒だよね? 次は、どこに……行くの?」

「――旅は終わりだ。もう、どこにも行かないよ」

「ハハ……嘘つき」

「嘘じゃない」

「ボク、知ってる。……黒は嘘つきだって」

「嘘じゃないさ……」

 黒は持てる気力全て注ぎ込み、能力を全開放する。

 黒の能力開放に釣られるように蒼い光は強い光となって輝く。

 『電気を自在に操る能力』の根幹、本来妹が持っていた能力『電子の完全支配能力』を蘇芳に向けて放つ。

 強い光は虎鉄、蘇芳、黒を包み込む。


   ◇


 強い光の中は何もない広い空間が広がっていた。

 黒は蘇芳の中のゲート粒子を構成する電子と黒の中の電子とを入れ替えを始める。

 黒は蘇芳の中に存在する全てのゲート粒子と黒の中にある無害な電子とを交換するように操作する。

 蘇芳の中から取り出した蘇芳のゲート粒子は蘇芳の姿形を象る。

『相変わらず黒は面倒事を抱え込むね。でもありがとう』

「ああ……ゆっくりお休み」

 ありがとう……。安らかな声を発しながら、蘇芳は光となって空間から消え去る。

 黒の手にはヒビだらけの流星核が握られている。

 空間に取り残された黒と虎鉄。

 黒は蘇芳のゲート粒子を自身の中へと受け入れた事による飽和感に襲われている。

 胸焼け、胃もたれなど内臓系の不調が同時に襲ってきているかのような不快感を腹の底で受け止める。

 虎鉄は不機嫌そうに背中を向ける黒を睨む。

「あんな女の子を殺したのかよ」

「ああ……」

 ッケ! っと黒に聞こえるように不快感を表す虎鉄に黒は苦笑を漏らす。

 感情表現でもこうも反対か……と。

「契約者の蘇芳を殺した。もう“NEXTになれる薬”を打たれようとあの子が契約者に戻る事はない」

「は?」


 ――そう、蘇芳は契約者にならずに近い将来“NEXT”に覚醒するはずだ。

 この世界と俺がいた世界の違いは『ゲートの有無』だ。

 ならば俺の世界で契約者だった者と同一人物ならば、同じく能力者になるはずだ。

 ……そうだよな、アンバー


 黒の思考の問いかけに答えるように一瞬、空間全体の光が輝く。

「まぁいいや、俺の能力限界まであと1分と少々。

 ――続きやろうぜ」

「いや、もう俺達に戦う理由がない」

「俺にはあるぜ、犯罪者のお前を捕まえる!」

「そうか……」

 黒は静かに能力の開放を停止させる。

 能力開放が終わると同時に空間も崩壊を始める。

 空を、地を、空間を構成した光が消滅していく。

 崩壊する空間を見ながら、黒は誰にも聞こえない呟きを零す。

「ありがとう、HERO」

 黒は苦笑を零しながら仮面が落ちないように手を添える。



    ◇



 空間は壊れ、2人は再び先程まで戦っていた廊下へと帰ってくる。

 黒の腕の中には安らかに寝息を立てる蘇芳が身を任せている。

 蘇芳を支えながら振り向いた黒は、仮面越しに虎鉄を見つめながら、虎鉄の方にゆっくりと歩き始める。

 一歩一歩着実に地に足を踏みしめながら歩く黒は、蘇芳を大事そうに抱えている。

 数十秒を要した黒の歩行が終わりを告げたのは、虎鉄の目の前の地点へとやってきた時だ。

 無言で腕に抱えた蘇芳を虎鉄へと差し出す。

 虎鉄は首を傾げながら蘇芳を受け取る

 蘇芳を手放した黒は体を揺らしながら後退し、虎鉄から離れていく。

「どこ行くんだよ、黒の死神」

「まだ俺を待っている奴がいる……鏑木虎鉄、蘇芳を……頼む」

「俺が蘇芳を置いてお前を捕まえようとしたらどうする? まだ能力は1分余ってるぜ」

「元より唯の頼みだ」

 敵である虎鉄を信じ切った言動に

 そんな男気見せられたら捕まえに行けねぇじゃねぇかよ……。

 っけ! っと言いつつ、虎鉄は蘇芳を抱き抱えたまま壁にもたれて座る。

 虎鉄の視界から黒が消えるまで、虎鉄は睨み続けた。

 視界から消えると同時に、虎鉄はアニエスへと通信を繋ぐ。

「すまんアニエス。黒の死神を逃がした。

 けど、保護対象の蘇芳を確保した。バニーちゃん呼んでよ。能力切れたからちょっと心許ないんだよ」

『残念ね、バーナビーもとっくに能力切れてるわよ。

 バーナビーも神隠しに会った天文学者を保護したわ。あなたも早く戻ってらっしゃい』

「はいはい」

 虎鉄は立ち上がると抱えた蘇芳をお姫様抱っこしながら、黒とは正反対の方向へと歩き始める。





―――――――




......TO BE CONTINUED






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■作者からのメッセージ
遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。

遅くなりましたが『黒の異邦人は龍の保護者』21話を投稿します。
ついに虎鉄と黒の勝負にも終止符が打たれました。
若干横やりが入ってなぁなぁになった感は否めませんが……

最終決戦にて動き始めたハヴォックの戦い。
次回はそれがメインになるかと思いますが、楽しみにしておいてくれると嬉しいです。
リアルが中々ごたついていますがなるだけ早く出したいと思っています。

皆様、軽い一言でも結構ですので感想くださいますと、やる気ゲージがマックスになります!
気軽にじゃんじゃん書いてくださいね!

それでは『死神の涙』編残り2話をお楽しみください
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