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コードギアス 共犯のアキト 第二十八話「せめて喜びと共に(中編)」
作者:ハマシオン   2013/02/11(月) 13:44公開   ID:c6IEJAelUnE
コードギアス 共犯のアキト
第二十八話「せめて喜びと共に(中編)」





 ――租界東部、メディア地区
 アキトとディートハルトが率いる攻略部隊は、マスコミ各社やネットワーク関連を扱う企業本社、通信施設が乱立するメディア地区を襲撃。
 通信施設が並び立つだけあってそこそこの戦力が配置されていたが、黒の騎士団もかなりの戦力を投入したため、あっという間に施設を制圧してしまった。

「八番隊の織田隊長より連絡。エナジーフィラー保管庫周囲の敵掃討を完了。以後は別命あるまで待機!」

「租界警備部隊の本庁は、現在九番隊が攻略中。後10分程頂ければ終わると――」

「バッタとジョロを追加で50機ずつ回す。5分で終わらせろと伝えろ」

「りょ、了解です!」

 現在アキトは、メディア地区の中央に位置するTV局本社の通信施設に拠点を構え、IFS機器を持ち込んで前線の無人兵器達のオペレートをこなしている。
 租界上空のユーチャリスにいるラピスに任せてもいいのだが、彼女は対空監視に全国の無人兵器達のオペレート。そしてもしもの際にはグラビティブラストを用いた砲撃の役割がある。
 租界に展開した無人兵器は人工知能を備え、独自のルーチンで動いているが、どうしても順応性に欠けるため、こうしてアキトがIFSで補助を行い、効率化を図っているのだ。
 現状、中央の攻略部隊はブリタニア軍の精鋭と拮抗しているものの、それ以外の部隊は順調そのもので、アキトがわざわざ前線に出るよりは、こうして無人兵器達のオペレートをする方が俄然効率はいい。
 ただ、先程ユーチャリスから中央の部隊がいる方へミサイルが発射され、やけにカラフルな爆発を起こしていたのがやけに気にかかるが……。

「戦況はどのような感じですか?」

「ディートハルトか……古巣の仲間達に会ってきたんじゃないのか?」

「挨拶ならもう済みましたよ。相変わらず権力者に媚びるだけの、報道に携わるプライドがないままでしたが」

 元はディートハルトも所属していたTV局ということもあり、黒の騎士団の代表として事情を説明しに行ってもらったのだが、彼にとって以前の職場には何の感慨も沸いていないらしく、心底どうでもいいという表情で答えていた。

「そうか……タイムスケジュールが予定より二十分程遅れてはいるが、戦況はこちらが優勢だ。強いていえば中央の藤堂達とカレンが敵の精鋭とぶつかっているそうだが、見る限りでは負けはしないだろう」

「見る限りとは……映像はどこから?」

「上空のバッタのカメラからさ。こういうのはIFS機器の利点だな」

「あぁ、なるほど……まぁ黒の騎士団は正規軍というわけではありませんから、その程度の遅れは許容範囲内でしょうね」

 ブリタニアの航空勢力は、ガヴェインのハドロン砲とバッタの尽力によってほぼ駆逐されているため、現在はバッタをあちこちの戦場に飛ばせて逐一戦況を知らせるようにしてある。
 中央の藤堂はグロースターで構成された精鋭部隊、カレンは式根島でやりあったサザーランドの改良型と戦闘を繰り広げている。
 しかしアキトの見る限り、情勢は周囲の援護もあるためかどちらもこちらが優勢のようだ。最悪、アキトも出撃して対処に当たろうかとも考えたがその心配は必要ないだろう。

「ところで、神楽耶様とはどういったご関係で?」

「……っ、なんだ、藪から棒に」

「いえね、私もジャーナリストの端くれですから、流れ者のあなたと皇家の姫がどのような繋がりがあるのかと気になりまして」

 白々しいディートハルトの言葉に内心で舌打ちをつき、オペレートに集中する振りをして話を切り上げようとするアキトだったが……。

「仕方ありませんね、後でゼロに聞いてみることにします。あぁ、ラピスさんに聞いてみるのもいいですね」

 アキトはそれを聞くと黙って降参の手を挙げた。
 ゼロはともかくとして、ラピスは神楽耶のことになると何故か機嫌が悪くなるのだ。かつて、まだ枢木の屋敷にアキト達が滞在していた頃、ラピスと神楽耶は度々衝突しており、アキトやルルーシュだけでなく、スザクも色々な騒動に巻き込まれたものだ。
 どうしてそこまで喧嘩ばかりするのかラピスに訪ねたが、「気に入らないから」とバッサリ言い切ったことをよく覚えている。そんな気に入らない神楽耶の事が耳に入ればラピスの機嫌が悪くなるのは火を見るより明らかだ。そしてそっぽ向いた猫の機嫌をとるのは並大抵のことではない。

「俺もよくわからないが、日本に来たばかりの頃やけに突っかかれた後、何故か妙に気に入られてな……度々彼女には振り回されたことはよく覚えている」

「ほほぅ……」

 意味ありげな笑みを浮かべるディートハルトだったが、これ以上喋る事はないと会話を切るアキト。仮にも今は戦闘中なのだからと言われ、ディートハルトもひとまずは満足した様子で話を切り上げた。

(苦手な理由はそれだけじゃないがな……)

 皇神楽耶と話していると、アキトはどうしても『彼女』の事を思い浮かべてしまう。
 年齢も、顔の造形も全く違うが、天真爛漫という言葉がそのまま当てはまる快活さはあまりにも『彼女』の幼少時代とそっくりだ。
 別の人間の面影を重ねるのは失礼だとは感じてはいるものの、どうしても神楽耶からかつての伴侶の姿を思い浮かべてしまうため、自然と距離を置くようになったのはいた仕方ないことだろう。
 アキトは頭を降って神楽耶のことを思考の外へと追い出し、戦場のソレへと意識をシフトさせる。
 中央はまだ拮抗しているようだが、西地区で戦闘を繰り広げているカレン達が徐々に中央へと切り込んでいる。アキトは展開している無人兵器達に援護の指示を送ると、未だ姿を現していない敵を探し始めた。

(気になるのはドロテアの存在だ。これまでの報告からも奴の存在は見あたらない。奴が戦場に出てこないとは考えにくい……一体どのタイミングで出てくるか)

 一騎当千と謳われるラウンズが相手では、現状対処できる戦力はアキトしかいない。それ以外にもイレギュラーが存在するのが戦場の常ということもあって待機しているアキトだったのだが、あれだけ己との決着に執着していたのに一向に姿を見せないドロテアに対し、アキトはいいようもない不気味な予感を感じていた。





 租界中央区と西区を繋ぐ幹線道路。
 平時では多くの車と人で賑わう大通りは、政庁の非常事態宣言によって現在全ての店舗がシャッターを降ろしているため閑散としていた。
 代わりに道路を闊歩しているのは命を持たない無人兵器達。彼らは当初の命令により、主要道路の封鎖を行っている。軍車両や兵士達を食い止めるだけならわざわざ人員を配置しなくても、武装した無人兵器を配置するだけで事足りるため、占拠した地区には無人兵器が優先的に配置される。
 黒の騎士団と武装していない市民以外は撃ってよし、という非常に簡素な命令しか下されていない彼らは、道路だけでなくビルの壁面に張りつきながら無機質な瞳でじっと道路を見つめている。
 ――と、その時彼らの電子頭脳に一つの命令が加わり、その指令に従って道路に鎮座していた無人兵器達はせかせかと端により、また一部は壁へと登り始めた。
 そして一分も経たぬ内に、その命令の元となった一団が、轟音と破砕音、そして施設の破片を盛大にまき散らしながら現れた。

「いい加減私に潰されろ、赤騎士いぃっっ!!」

「お断りだっていってるでしょうがっ!!」


 幹線に繋がる脇道からまず姿を現したのは、既存のナイトメアとはかけ離れた体躯を持ち、二メートル近くある鉄槌を振り回す巨大な騎兵――サザーランド・ゴルディアスだ。
 そして続いて現れたのは、砕けたビルの破片や破壊された店舗の残骸等を被り元の目映い赤色が若干煤けた紅蓮弐式。
 鉄槌の直撃こそ受けていないものの、振り回されるソレは周囲の建物を容赦なく破壊し、その破壊の残照――忌々しいことにゴミすらも含んだソレ――を紅蓮はモロに被っている。

「鬱陶しいんだよ、オマエッ!!」

 狭い路地に入り組んだ街道でさんざん鉄槌を振り回し思うように動き回ることができなかったが、狭い脇道から飛び出しようやく広い場所へと出ることができたカレンは、これまでの鬱憤を晴らすように紅蓮の駆動輪を唸らせる。
 紅蓮はゴルディアスが大地を割らんと振り下ろされたミダースを横に回避すると、噴進器による爆発的な加速力でゴルディアスの懐に飛び込むと巨大な胴体に輻射波動を叩き込んだ。

「おのれ小癪なっ!」

 ジャックは機体を捻って紅蓮の爪を弾き飛ばしミダースを横に凪ぎ払うが、紅蓮は即座にその距離から離脱する。
 直後、ゴルディアスから先程輻射波動を受けた部位の装甲が剥がれ、鈍い音を立てて地に落ちるのを確認し、ジャックはその様子に舌打ちした。
 対紅蓮弐式を意識して作られた機体であるゴルディアスは、通常のナイトメアより厚い装甲を備えているだけでなく、輻射波動を受けた場合に備えブロック状に僅かに隙間を開けて装着されている。これのおかげで一度だけなら輻射波動を受けても耐えきることができるのだ。
 だが所詮は気休めの思い付きによる対策である。
 同じ部位を立て続けに掴まれれば為す術は無く、厚い装甲が剥がれることで機体バランスにも影響が出てしまう。
 ぶ厚い装甲に双発のユグドラシルドライブ、人工筋肉にミダースとインパクトには事欠かない機体であるが、ゴルディアスの機体ベースはあくまで量産機のサザーランドでしかない。
 無茶な改造を施したおかげで、ゴルディアスは傍目からは想像できないほど繊細な操縦を要求されるため、僅かでも重心バランスが崩れてしまうと、その影響はモロに操縦にも出てしまうのだ。

「遅いんだよっ!!」

 ぎこちない動きのゴルディアスの隙を見逃さず、再度アタックを仕掛ける紅蓮弐式。
 ジャックは左腕を紅蓮に向けガトリングガンの弾幕で迎撃するが、照準が追いつかず弾は空を切り、紅蓮の影を捕らえることすらできない。
 先程から紅蓮からいいように翻弄され、ジャックは知らず吠える。

「おのれっ、何故捕らえられんのだっ!!」

「式根島の時とは違うんだよっ!」

 紅蓮弐式とゴルディアスの最初の戦闘は、障害物が多く鬱蒼とした森林と隆起に富んだ砂浜というナイトメアのポテンシャルを発揮しにくいフィールドであった。
 強力な馬力を持つゴルディアスはともかく、機動戦を主とする紅蓮弐式にとっては甚だ不利な条件と言わざるを得なかったが、今のこの戦場は違う。整地され広く整備された道路はナイトメアのランドスピナーの性能を遺憾なく発揮させ、第七世代並の機体性能と速さを持つ紅蓮弐式はそのスペックを以てゴルディアスを手玉に取っている。

「よくもあたしの紅蓮に煤やらゴミやらぶちまけてくれたねっ! コイツはそのお返しだよ!!」

 カレンは紅蓮の左腕を持ち上げると、装着したグレネードランチャーを立て続けに発射。弾頭は吸い込まれるようにゴルディアスに命中し、道路の中央で盛大な爆炎を上げた。

「ぬおおぉぉっっ!?」

 爆発の衝撃で揺れるコックピットの中で、ジャックは必死に耐える。しかし蓄積された機体ダメージは到底無視できるものではなく、その巨体がついに膝を突いた。
 並のナイトメアならとっくにスクラップになってもおかしくない程のダメージだが、流石は重装ナイトメアといったところか。
 カレンはグレネードランチャーの銃口をそらさず狙い続け、音もなく展開した無人兵器達がガトリングガンやミサイルを地に手を突いたゴルディアスに対しロックする。

「言い残すことはあるかい?」

「まだだっ! まだ私はっ……!」

「いいや、終わりだよ。いくらアンタでも足をやられちゃどうにもできないだろ」

「くっ……」

 先程の集中砲火でゴルディアスは左脚部のホイールを損傷していた。
 脚そのものはまだ無事とはいえ、超重量を支え機動戦を行うのに重要なホイールを失ってしまえば、敵に囲まれたこの現状で最早為す術はないに等しい。
 だがジャックはギリ、と歯を噛みしめるとモニターに映る紅蓮を仮面越しに睨み付ける。

「だが……だがそれでも私はあきらめんっ! 貴様を倒して汚名を濯ぐだけではない、ブリタニアの尊き血を守るためにも、私はまだ死ねんのだっ!!」

「……アンタ、元純血派かい」

 ジャックの台詞にカレンの瞳がより一層細くなると、その瞳に静かな怒りの炎が灯される。

「だったら尚更逃がすわけにはいかないね。アンタ達に殺された仲間の仇、ここでとらせてもらうよ!」

 元より強敵を放置しておくつもりはなかったが、相手が元純血派というならば慈悲をくれてやる必要はない。純血派の軍人には、最愛の兄やかけがえのない仲間達、そして多くの罪のない日本人を殺されているのだ。
 もうこれ以上仲間の命を散らせないために、カレンは右腕をゆっくりと振りかぶり、輻射波動を叩き込まんと巨大な爪を伸ばそうとしたその時――

「あなた様の言葉、今私の胸を貫きましたっ!!」

 突如一面に突風が吹き荒れ、紅蓮の視界を覆う。
 通信から聞こえた声から、すわ敵の援軍かと油断無く構え、風が収まり視界がクリアになるのを待つがカレンだが、目にした敵の正体に目を丸くする。

「な、なによアレ?! オレンジの化け物っ!?」

 ナイトメアよりもはるかに大きいオレンジ色の球体のボディは、まさしくオレンジを連想させるが、その球体に取り付けられているのは可愛らしい緑の葉っぱなどではなく、六本の鋭く延びた緑色の巨大な角だ。しかもそれが宙に浮きこちらを見下ろしている。
 一見しただけではそれがどのような兵器なのか全く判断が付かず、カレンが動揺する傍らで、一方のジャックはその声に、かつての上官であり同志でもある男の姿を思い浮かべた。

「その声は……まさかジェレミアかっ!?」

「おぉ……いと懐かしき我が友よ! 貴様の心の叫び、しかとこの耳で聞き届けております!」

 抑揚の利いたはっきりとした声で、しかしどこか文法のおかしい言葉ではあるが、それはまさしくジェレミア・ゴッドバルトの言葉だった。
 それを知覚すると、ジャックの口元に自然と笑みが浮かぶ。
 自分だけではなかった。
 地位も名誉も、そしてかつての同志は全て消えたと思っていた。ナリタで生き残ったヴィレッタや他の同志達は将軍の名を借りた異国の徒によって命を散らしたと聞いた。そして最早純血派という組織は完全に瓦解し、その悪名のみが残るだけとなってしまった。
 生き恥を晒し家の名を辱めては本国に戻ることも出来ず燻っていた自分に出来ることは、修羅として、復讐の鬼として戦場で散るしかない。恥を忍びかつてのツテを使って機体を調達した後は、あの赤いナイトメアへの怒りを原動に戦に明け暮れ、そして再び奴と対峙し負けた。
 だがこれは神の導きか悪魔の契約か?
 死んだはずの同志が蘇り、異形となり果てさらに異形の機体と共に己の危機に現れたのだ。だがジャックは――キューエルは最早小難しいことはどうでもよかった。

 ――かつての同志と、また戦場を共に出来る――

 自分一人ではない。同じ目的を共有した友がいる。
 それを知るだけで、ジャックの四肢に力が張るのを感じた。

「フッ、何故生きているのか、その機体はなんだとか、喋り方がおかしいとか色々と聞きたいこともあるが……」

「そう! 正に今は皇族の危機のその最中!!」

「ならば今我らが立たねば、誰が立たぬっ!」


 ジャックは操縦管を引きゴルディアスを立ち上がらせると、ミダースを大きく横に振ると、四つ目の頭を紅蓮弐式へと向ける。
 同時に空に浮くオレンジの球体――ジークフリートがその傍らへと寄り、異形の二機が並び立った。

「往くぞ同志よっ!」

 そう言うとジャックはゴルディアスの手をジークフリートの巨大なハーケンに掴ませると、それを支点に勢いを乗せて機体を飛び上がらせた。ジークフリートもハーケンを稼働させてゴルディアスがバランスをとりやすい位置へ調整し、ジークフリートの頭頂部にゴルディアスが跨る格好となる。

「な、何をする気!?」

 異形の二機がさらに異様な行動をとり始めたので、思わず攻撃を後退りながらも身構えるカレンと黒の騎士団。

「さぁ! 我が敬愛する皇族の皆様のために、いざ!」

「今こそがまさに、駆け抜ける時ぃぃっっ!!」


 ジャックとジェレミアのツープラトンの咆哮が無人の市街地に木霊すると同時に、ジークフリートは勢いよく回転を開始。
 そしてそれに跨るゴルディアスがジークフリートに跨りながらもミダースを背負い振りかぶる。

「「おおおおぉぉぉぉっっ!!」」

 巨大な質量と回転の勢いを乗せたまま、二機はそのまま黒の騎士団へと突貫。道路のアスファルトを砕きながら辺りに破壊の嵐を巻き起こした。
 異質かつ異常ともいえる二機の攻撃に恐怖し、黒の騎士団の無頼が銃撃を加えるが、悉く弾き返しながらその集団に突っ込んだ。

「う、うわああぁぁっ!」

「こ、紅月隊長――っ!!」


 奮戦空しく、無頼達はボロ屑のように切り裂き吹き飛ばされる。紅蓮も巻き込まれそうになったものの、直前にその場から後退し被害は免れた。だが後に残ったのは、先の攻撃から遠い所に位置した三機の無頼だけであった。
 ジークフリートとゴルディアスの二機は勢いそのままに、租界の上空まで飛び上がると残った紅蓮達を見下ろした。

「同士よ! 残りはあの四機だけだ!」

「いいえ、我が友よ。最優先の為すべき事は皇族の守る所に駆けつける事で候!」

 ジークフリードはその場で急旋回を行うと、租界中央上空に浮遊するユーチャリスを無機質な瞳に納めた。だがその瞳から読みとれる感情の炎は、『憎悪』と呼ばれるものに他ならない。

「あの船より溢れる電波より、虫共は操られている事でしょう。ならば! 忌々しきあの船を落とすことは、即ち皇族への忠義!!」

「……そうだな、怒りに身を任せて純血派の本懐を忘れるところであった。ならば行くぞ、我が同士よ!!」

「承りました!」

 ジェレミアはそう言うと目標のユーチャリスを見定め、ゴルディアスを乗せたまま租界中央部を浮遊するユーチャリスへと飛翔する。
 その様子を見ていた地上の生き残りの部隊とカレンはそれを呆然として見送るしかなかった。

「な、なんなのよあのデタラメな奴らは……」

「た、隊長……司令達に報告した方がいいのでは?」

「分かっている! 報告は私から入れておく! お前達は生存者の確認と負傷者の救助をしろ!!」

「りょ、了解!」

 大型ナイトメア一機程度ならともかく、あれだけの機動力と防御力を持ち、かつ高速で空を飛び回るような敵が相手では生半可な戦力では太刀打ちできない。
 それこそ同じあの機体と同じく空戦が可能なゼロのガヴェインか、新月でしか倒すことはできないだろう。だがゼロは部隊全体の指揮のためにそう簡単に動くことはできない。つまりあの機体の相手をするのは、アキトの新月の役目となる。
 だがあれはナイトメアとは全く異なるコンセプトで作られた機体だ。その潜在能力は間近で見たカレンでも計り知ることができない。例えアキトといえども苦戦は免れない、とカレンは感じていた。

(アキトさん、気を付けてください!)

 カレンは心中でそう祈りつつ、通信を司令部へ繋がるチャンネルへと繋げるのだった。





 ――同時刻、アッシュフォード学園クラブハウス
 ブリタニア軍と黒の騎士団の戦闘がついに開始され、間もなく二時間が経とうとしていた。当初は租界の堅固な防衛戦力に阻まれ、ここまで侵攻されることはないだろうと高を括っていた生徒会面々だったが、今では租界の中央に位置するこのクラブハウスの窓からも確認できる戦火を目にすると、流石に動揺を隠しきれなかった。

「ねぇ、隣の病院地区から火が上がってるのが見えるんだけど」

「ネットでも中央通りの商業区はほとんど黒の騎士団に占拠されてるってあるよ……」

「な、なぁ……これやばいんじゃないか?」

 目に見える火の手とネット上から拾えるブリタニア軍に不利な情勢に、思わずリヴァルも冷や汗を垂らす。
 戦闘が始まる前はブリタニア軍の勝利を微塵も疑わなかった彼らだが、開戦直後の黒の騎士団の進撃速度を見れば焦るのも無理はなかった。
 わざわざ学園施設に入り込むような真似をするとは思えないが、学校の建物というのは丈夫に作られる傾向があるため、接収のために学園の敷地に入り込むことも考えられなくはない。
 ミレイはそう考えると、立ち上がって生徒会の面々を見渡した。

「ここは最悪のことを想定して動きましょう。幸いこのクラブハウスには新設したばかりのシェルターがあるわ。今から全員でそこに避難するわよ」

 その言葉に生徒会の面々はいちもにもなく賛成すると、資料や荷物を片づけ始める。

「ねぇ、確かここって非常時用の食料とか水の入ったリュックがあったよね?」

「私、隣の倉庫に救急箱とかと一緒に見たことがある……」

「お、俺ちょっくら行って取ってくる!」

 いつまで戦闘が続くかは分からない状況なので、水と食料は優先的に確保するべきだろう。
 シャーリーとニーナの言葉を聞いてリヴァルはドタドタと足音を響かせながら部屋を取びだしていくと、ものの三分で大きなリュックと救急箱を持って戻ってきた。

「お待たせ! ついでに毛布も何枚か持ってきたぜ!」

「グッジョブよリヴァル。それじゃキリキリ動きましょうか。咲世子さんはナナリーをお願いね」

「かしこまりました」

 ミレイを先頭に生徒会の面々はクラブハウスの地下に設置されたシェルターへと移動を開始。咲世子はナナリーの手を優しく握りながら、ゆっくりとそれに付いていった。
 足早に、しかしナナリー達を気にかけながらシェルターへと向かうが、玄関ホールまで到達したところでナナリーが小さく声を上げた。

「皆さん申し訳ありません。先にシェルターへ行ってください」

「どうしたの、ナナちゃん?」

「いえ、お兄さまやラピス姉さんとの連絡に使う通信機を忘れてしまって……」

「俺が取ってこようか?」

「通信機は私の部屋にありますから。大丈夫です、咲世子さんも一緒ですし」

 咲世子も小さく頷いたのを見てそれならばとリヴァル達も納得するが、唯一人ミレイだけが僅かな違和感をナナリーから感じていた。
 まだ周囲に危険は感じられないとはいえ、非常時にナナリーがこんなことを言うとは考えにくかった。
 だが、結局違和感を感じつつもそれを追求するだけの理由もないため、ミレイはその違和感を敢えて無視した。

「……分かったわ、私達はシェルターで待ってる。気を付けてね」

「大丈夫です。すぐに終わりますから」

 釈然としないものを感じつつも、やはり後ろ髪を引かれる思いがあるのか振り返りこそしたものの、ミレイ達は地下のシェルターへと向かった。
 ミレイ達の姿が見えなくなると、ナナリーは小さくポツリと呟いた。

「ごめんなさい、咲世子さん。巻き込んでしまうことになって」

「お気になさらないでください。寧ろ主人を守ることこそメイドの本懐でございますので」

 全く表情を変えずにそう返答する咲世子に苦笑するナナリー。
 最近になって気付いたことだが、彼女は世間一般のメイドとはどこかズレているらしい。どこの世界に館を包囲する兵士達を事前に察知するメイドがいるだろうか。しかもそれに対して臨戦態勢をとっているのは、どう考えてもメイドの業務の範疇を越えているだろうに。だが今この時は、彼女の存在は非常に心強い。
 クラブハウスの扉を蹴破り、屋根からもロープを垂らし窓から侵入するという不作法な兵士達を相手にするには、彼女の助力を借りなければ不可能だろう。
 現れた兵達は全部で10人。全員が夜の闇に紛れるコンバットスーツを身に纏い、顔には赤い鳥を模した文様をあしらった仮面を被っている。一言も声を発さず、布擦れの音すら発さない集団はナイフや拳銃、あるいはサブマシンガンを構えてナナリーと咲世子を見下ろしている。
 そしてそんな不気味な集団の中から一人の男の子が前に進み出た。床に着くほどの長い金髪と感情の見えない大きな瞳が特徴的な男の子だ。
 その男の子――V.V.はナナリーを見つけると、口元にだけ笑みを浮かべ、幼い声色そのままにまるで道を尋ねるかのような気軽さで声をかける。

「やぁ、ナナリー。悪いけど君の身柄を預からせてもらうよ」

 何の感情も籠もらない瞳でこちらを見据えつつ、V.V.は腕を振ってナナリー確保の合図を下した。





「通信状態はまだ回復しないのか!」

「政庁の通信状態は回復に向かいつつあります。どうやらメインシステムに取り付いていた虫型兵器によって通信を妨害されていたらしく、目下駆除に全力を挙げて取り組んでおります!」

 一方、政庁ではコーネリアが司令部へと戻ってブリタニア軍全体の通信障害を復旧すべく奔走しており、ようやくその成果が現れはじめていた。
 通信システムのソフト・ハード両面を総ざらいにチェックして回り、メインシステムに取り付いたヤドカリを発見、排除した後一部の通信が復旧したのだ。
 これを見てコーネリアは直ちにヤドカリの駆除に乗りだし、三十分も経った頃には政庁のほとんどのヤドカリを駆除し終えていた。

「よし、通信が回復した後、生き残った全部隊に政庁に撤収するよう通達しろ。残らず全てだ」

「Yes,your highness!」

「本土の援軍が来るまで72時間……小田原の援軍が来るまで20分程だったな。それまでには撤収を完了させろ!」

「Yes,your highness!」

「問題は中央にいるあの戦艦か……」

 日本全国のブリタニア基地も同様に虫型兵器に通信を乗っ取られているとすれば、こちらと同様に暫くすればその原因に気付き対処するだろう。ブリタニア正規軍はそこまで愚鈍ではない。
 地方の暴動への対処は各基地に任せればなんとかなる。だがあの戦艦だけは話が別だ。
 通信が回復したとしても依然虫型兵器は進軍を続け、航空兵器は黄色い虫型兵器――バッタとガヴェインのハドロン砲に瞬く間に潰されてしまう。恐らくあの空中戦艦が虫型兵器を操っているのだろう。加えて地上部隊も航空攻撃とハッキングに怯え、瓦礫の陰に身を隠しながら戦っているのだ。
 それにあの空中戦艦がほとんど攻勢に参加していないのも気がかりだ。あれだけ大きな船なのだから主砲の一つや二つを備えていてもおかしくはない。
 今は黒の騎士団が優勢なため、その力を温存しているだけかもしれないし、無闇に租界の街を破壊するのを躊躇っているかもしれない。だが形勢が不利になり追いつめられたりすれば、その力を解き放つ可能性は十分にある。そしてその矛先が自分達だけでなく、今ここに向かっている援軍の艦隊に向けられれば、その被害は計り知れないものとなる。

(なんとかしてあの戦艦を無力化せねば我が軍に勝ち目はない……)

 一計を案じ思案に耽るコーネリアだが、突如配下の一人から慌てたような声が掛けられた。

「コ、コーネリア総督! 所属不明機が一機、あの戦艦に向かっていきます!!」

「何だと? スクリーンに写せ!」

「ハッ、映像出します!」

 各地の戦況を示していた地図が次の瞬間写り変わり、スクリーンにはオレンジの機動兵器がユーチャリスへと向かう様子が映っていた。





(政庁のヤドカリの反応が80%消失……思ってたより気付くのが早かった)

 ユーチャリスの艦橋に位置する薄暗い一室の中、ナノマシンの光と幾多ものウインドウに囲まれたラピスは、政庁の通信システムに侵入したヤドカリが次々に反応を消えていることに気付いていたが、大勢に影響はないと判断していた。

(他の基地のヤドカリの反応はほとんど消えていないし、無人兵器の損害も許容範囲内……このままいけば夜が明ける前には詰み、かな)

 政庁の通信システムが復旧したとしても、他の基地が復旧していなければ即座に連絡は付かない上に、租界の戦力差は無人兵器によって既に絶望的なまでに開いてしまっている。
 ブリタニア本国からの増援はどんなに早くても三日はかかるが、それだけの時間があれば政庁は抑えられるだろう。しかし時間は限りあるものなので、迎撃体制を整えるならば早ければ早いほどいい。
 ラピスは租界全体の勢力図を僅かに眺めると、最も効率よく敵の戦力を削れるよう無人兵器達に次々と指令を下していく。

(戦力が中央に集結している。だったら少しでも数を減らして――)

『注意! 所属不明の飛行物体接近中!』

「!?」

 オモイカネが警報と同時に特大のウインドウを出して注意を促し、ラピスは即座に迎撃の体制を整える。
 目標を映したウインドウにはオレンジ色の奇妙な物体の上に、改造が施されたサザーランドが騎乗している様子が映っている。オレンジの機体についてはよく分からないが、対空戦闘のできる機体があるとは思っていなかった。
 だがこの世界の戦闘機程度ではユーチャリスのディストーション・フィールドは突き破れない。展開しているバッタを迎撃に向かわせればすぐに終わるだろうとラピスは感情の籠もらない瞳で敵の様子を観察する。
 だが迎撃に向かった空戦用バッタの機銃をオレンジの機体――ジークフリートは戦闘機では考えられないような機動で回避し、あまつさえすれ違いざまに緑色の巨大なハーケンや騎乗しているゴルディアスの鉄槌で破壊されてしまう。
 でたらめな動きと馬鹿馬鹿しい戦い方で次々とバッタを落とされ、ラピスの片眉が僅かに歪む。

「なんなの、コイツ等……」

 ラピスはIFSを通して護衛にまわしていたオリジナルバッタを迎撃に向かわせる。
 エナジー機器を多用したこの世界でのバッタではなく、元の世界の技術によって作られたバッタだ。今となっては再生産すら難しい貴重な戦力だが、あのおかしな敵を倒すには生半可な戦力では難しい。
 ユーチャリスの周りを遊泳していた20機余りのオリジナルバッタは四つの赤い瞳を瞬かせ、ジークフリートへと殺到していった。





 空に飛び上がった途端全、包囲からバッタの攻撃に晒されたジェレミアとジャックだが、その悉くを排除し一時的に租界中央部の制空権の奪取に成功した。そしてその隙に中央部で黒の騎士団を迎撃していたブリタニア軍はその隙を突いてさらに後退。政庁の援護を受けられるポイントまで下がることに成功したのだが、勢いのまま飛び出した彼等は知る由もない。
 彼等が考えるのは敵を殲滅し、皇族の敵として立ちふさがる白い船を只落とすのみ。そのためには、まず先程から飛び回る小うるさい虫達を落とさなければと、八面六臂の大活躍――もとい大暴走。
 しかしそれを許さんとばかりに、オリジナル・バッタがジークフリートへと襲いかかる

「ジェレミア、また来たぞ。だが注意しろ、今度の奴は動きが違う!」

「合点承知仕りました!」

 総数二十機のバッタはジークフリートをロックオンすると、背中のハッチを展開し一斉に発射。総数百を優に越すミサイルがジークフリートへと襲いかかる。
 たった一機……いや、二機に対して過剰までの火力が襲いかかるが、ジェレミアの瞳はただまっすぐユーチャリスへと向けられており、躊躇や恐怖は欠片も感じられない。
 僅かに知性を感じさせる人工的な瞳が凝縮しミサイルの軌跡を予測。同時に背中から伸びる神経電位コードが光を発し、ジェレミアの思考を読み取ると、その意志に従いオレンジ色の巨体を嵐の中へと飛び込ませる。

「かわす、よける、ひねる、まわる、かわしかわしちゅうがえり!!」

「おおぉぉうぉおををぉぉっっ!!?」


 次々と降りかかるミサイルの嵐を紙一重で回避し、文字通り変態的な機動でミサイルの嵐を抜けていくジークフリート。
 ジークフリートの頭頂部に捕まるゴルディアスは腕一本と片足、そしてミダースを支えにバランスを取っているが、激しい機動とGによってコックピット内はさながらミキサーのようになっている。
 だがジャックは奇声ともいえる声を上げながらも必死に機体を支えつつ、モニターに映るユーチャリスからは目を離さない。来るべきその瞬間のためにミサイルの嵐が過ぎるのをじっと耐えている。

「まわってひねってまっすぐまがって――!? 上です友よ!!」

 ミサイルの嵐を抜けた直後、直上からフィールドを纏ったバッタが突撃を仕掛けるが、直前にジェレミアが気付くと頭頂部に陣取るゴルディアスに迎撃を任せる。

「つぇりゃぁ――っ!!」

 加速と回転力とおまけに烈火の熱意を込めてミダースを振るい、襲い来るバッタの横っ面に叩きつける。勢いのつけたミダースの槌撃にディストーションフィールドは耐えきれず、ボールを蹴飛ばしたように弾き飛ばされると、同じバッタの集団に突っ込むと、まるでピンボールよろしく四方八方へとバッタが散らされてしまった。
 そしてあろうことか、ユーチャリスへ向かう空間がぽっかりと空いてしまう。

「なにそれ!」

 ラピスもそのでたらめな結果に思わず叫んでしまうほどだ。
 そしてジェレミア達はその隙を逃さず、全速でその空間へと飛び込み、バッタの包囲網を突破。ついにユーチャリスを射程圏内に捉えた。

「忌まわしき我が記憶の中の白戦艦! お命頂戴!!」

「覚悟――ーっ!!」


 ジークフリートは四方に付いた巨大なハーケンを射出し、ゴルディアスが左腕のガトリングガンを斉射する。しかしナイトメアフレームや並の戦艦ならばともかく、相手は二百年先のテクノロジーにより作られた宇宙戦艦だ。ハーケンもガトリングの銃弾も強固なディストーション・フィールドによって難なく阻まれてしまい、ユーチャリスには傷一つついていない。

「無駄、あなた達なんかにフィールドは抜けられない」

 バッタの包囲網を抜けられた時は一瞬どうなることかと思ったが、流石に戦艦のフィールドには手が出ないようだ。
 だがラピスは表情こそ変えないものの、内心ではここまでやるとは思わず驚いていたのも事実。相手の驚異度を改めて認識すると、周囲のバッタを呼び寄せて物量で押し潰そうとする。

「ぬうっ、まずいぞジェレミア! このままではっ!」

「ならばっ! 往くのですっ! 死中は活にありいいぃぃっっ!!」

 奇声を上げてジークフリートはユーチャリスに突貫。
 艦全体をフィールドで覆ってるのならばと、それを切り裂かんとフィールドの表面にハーケンの切っ先を刺し、なぞるようにしてユーチャリスの周囲を飛び回り始めた。同時にゴルディアスもミダースをフィールドに突き立てて抉っていく。
 奇しくもそれはアキト達の世界において、ディストーション・フィールドを纏った戦艦への有効な戦術と一致したものだった。しかもジェレミアらはそれを知っていたからではなく、本能に従うように決行したのである。

「くっ、鬱陶しい!」

 思わぬ攻撃にユーチャリスのディストーション・フィールドがみるみる弱体化されていき、ラピスにも焦りの表情が覗き始める。
 バッタにジークフリートを攻撃させようにも、ユーチャリスに近付きすぎているため、迂闊に攻撃をすると更にフィールドを弱めさせかねない。フィールドを失ってしまえばこの世界の対空火器でも致命傷は避けられないため、なんとかしてジークフリートを振りほどこうとするも、二機はそれを許さず果敢にユーチャリスを攻め立てる。

「さぁ! 我が怨敵よ! 懺悔は今!!」

「落ちよ白舟! そして我等の反撃の狼煙となるがいい!!」


 ジークフリートとゴルディアスの攻撃は更に苛烈さを増してフィールドの歪みも益々大きくなり、いよいよフィールドが破かれんとしたその時だった。
 ユーチャリスの下方から弾丸の如く突っ込んできた一筋の黒い矢が、ユーチャリスの装甲にハーケンを突き刺そうとしたジークフリートをかち上げるように吹き飛ばすと、その衝撃にゴルディアスも思わずバランスを崩してあわや落下しかけた。

「な、何事!?」

「ぉ……ぉぉ、ぉぉおおおおっっ!!」

 だが予期せぬ攻撃に驚くジャックを余所に、ジェレミアは眼前に現れた黒い機体を食い入るように見つめ戦慄いている。
 ジェレミアはその黒い機体を初めて見るはずなのに、それに誰が乗っているかを本能的に理解していた。
 嫉妬、憤怒、憎悪、絶望――ありとあらゆる負の感情をその男に抱き、人の身すら捨ててようやく会うことができた。ジェレミアはようやく訪れた幸運に涙すら流して神に感謝を捧げ、そして喉が破けんばかりの大声でその男の名を呼んだ。

「あなた様ではありませんかっ!! テンカワ・アキトォォッッ!!」

 八年という長い刻を経て、ついにジェレミアは怨敵との再逢を果たしたのだった。

「ついにここまで来たというのか、ジェレミア……」

 一方でカレンの連絡を受け、さらに奇襲を受けたユーチャリスを見てそれを守るために新月で飛び出し、ユーチャリスのフィールドを突き破ろうとしていたオレンジの機動兵器――ジークフリートを襲撃したアキト。
 かつてあのアリエスの離宮で、散々目の敵にされたジェレミアの声を外部スピーカーが拾い、仄かに過去の記憶が蘇る。マリアンヌの傍付きになった自分を認めないと何度も突っかかっては勝負を挑まれ、その度にコテンパンにのしたものだ。
 だがジェレミアはどれだけ敗北を重ねようとも、めげずに何度も何度も勝負を申し込んできた。他の貴族が周囲で陰口や嫌がらせに腐心する中、真っ直ぐな心意気で勝負を挑むジェレミアに対し、アキトは好感を抱いたものだ。
 だが今の彼の声から感じる感情には、まっさらな憎悪しか感じられない。敬愛するマリアンヌの命を奪うという大罪を犯したと信じてしまったジェレミアは、八年という時間と肉体の改造によって復讐鬼と化してしまっている。

「人の執念……自分でわかっていたはずなのにな」

 今のジェレミアは、元の世界の過去において、己が辿った道そのものだ。例えそれが濡れ衣であろうとも、ジェレミアにとって今のアキトの存在はかつての北辰と全く同じ、復讐の対象でしかない。
 だが、だとしても自分の命を差し出すつもりはアキトには毛頭無い。噴進器で宙に浮いた状態で、新月に構えを取らせる。

「俺も黙って倒されるわけにはいかない!」

「テンカワ・アキト! お願いです! 死んで下さい!!」


 新月が構えを取ったのを見て、ジェレミアはジークフリートの巨体を突っ込ませる。
 黒とオレンジの機体がぶつかり合い、闇夜の空に一際大きな火花が瞬いた。






 突如現れたオレンジ色の飛行兵器によって、一時的に制空権を失った黒の騎士団。そしてその隙をつかれてブリタニア軍の一部の政庁への撤退を許してしまう。
 だが租界東西地区は既に制圧済みのため、ルルーシュはその間に散らばった戦力を中央に集結させる事で一気に中央区を制圧する方針に切り替える。

『政庁を除く主要施設は全て押さえた! 各部隊は前進! 一気に中央区を制圧せよ!!』

 各地区には最低限の防衛戦力と無人兵器を残し、残りを政庁へと続く街道へ進軍させると一気に中央区へとなだれ込ませた。
 殿として残ったサザーランドの部隊も数の暴力に蹂躙され、次々と虫達の餌食となっていく。
 それでも流石はブリタニア正規軍というべきか未だに組織だった抵抗を続けており、侵攻部隊にも少なくない被害がでている。
 ルルーシュは頑なに抵抗を続ける敵部隊の一機に目を付けると、上空からハッキングを仕掛けて機体の制御を掌握。敵もガヴェインからのハッキングを警戒しているようで、瓦礫や倒壊したビルを盾として戦っていたが、長時間の戦闘で集中力が切れたのか、瓦礫の陰から飛び出してくる機体がポツポツと出始めている。
 制御を奪ったサザーランドを操り、抵抗していた部隊へ向かってライフルを一斉射させる。突然の味方からの攻撃に部隊が混乱した隙を突いて、四聖剣をはじめとした隊長機が突撃し次々とサザーランドの躯体を斬り捨てていく。
 似たような光景がそこかしこに展開され、中央区に展開するブリタニア軍はじりじりと後退させられていく。だがルルーシュは予想以上に頑迷な抵抗に整った眉をしかめていた。

(あのデカブツをアキトが引きつけている間に中央区を突破せねばならんが、予想以上に抵抗が激しいな)

 制空権はほぼこちらが握ってはいるものの、バッタに地上攻撃用の兵装はそこまで充実していないので、取りこぼした対空ミサイルやビル内部に隠した機銃が火を噴き、部隊が幾度も足止めさせられている。
 あまり長く時間をかけると政庁の防衛体制が整ってしまう。そうなる前になんとしても早急に中央区を制圧したいがこのままでは埒が明かないため、ルルーシュはガヴェインを前線へと向かわせる。

「藤堂、20秒後にハドロン砲で支援砲撃を行う。前線部隊を一旦下がらせろ」

『承知した』

 藤堂も同様に考えていたのだろう。部隊下の無頼を直ちに後退させ、己も巻き添えを食らわない位置までに下がっていく。
 味方機が全て後退したのを確認すると、眼下の敵が潜んでいそうな箇所と地上の味方から送られてきた敵位置を座標に叩き込み、照準を合わせる。

「ハドロン砲、発射」

 肩の発射口が開き重粒子の閃光が、地上を舐めるように薙ぎ払った。
 崩落したビルの瓦礫を盾に潜んでいたサザーランドのとある機体は閃光に纏めて吹き飛ばされ、またある機は崩落した瓦礫に潰された。
 ハドロン砲が照射された地点に残ったのは、新たに生み出された瓦礫と僅かに残ったサザーランドの残骸だけだった。
 だが直後に、照射地点とは別の場所から対空機銃が現れ、ガヴェインめがけて銃弾が放たれる。さらに敵陣奥深くからも散発的な攻撃がガヴェインへと襲いかかった。

「ちっ、面倒だな……」

「どうする? この程度なら地上部隊に任せても問題なかろう」

「いや、潜んでいるのがこれだけとは限らん。もう一度ハドロン砲で一掃する」

 ガヴェインの高度を更に上昇させ、攻撃地点を有視界内に納めようとする。すると敵もこちらのハッキングを恐れているのか、慌てて身を瓦礫に隠し攻撃がピタリと止むが、ハドロン砲で照射すればそんなものは何の意味もない。
 目標を定めトリガーを引こうとするルルーシュだが、おもむろにガヴェインを急降下させる。
 C.C.が突然の挙動に文句を言おうとしたその直後――元いた空間を青白い閃光が突き抜け、遅れて壮絶な轟音が辺りに鳴り響いた。

「これはっ……レールガンの狙撃!?」

「フン、やはり私を前線に誘き出す算段だったか。狙いは悪くないが、二度も同じ手にかかるわけにはいかん」

 普通ならば圧倒的な情勢下、しかも物量も加えて押している最中に、敵の狙撃手から狙われていることには中々考えが及ばないだろう。だが、かつてのナリタ連山で航空優勢を保ってる際の隙を突かれ、モノケロスのレールガンで撃ち落とされた経験があるルルーシュだからこそ気付いたといえる。……あまり誇れる経験ではないが。
 狙撃地点はすぐに割れた。撤退するブリタニア軍が散々攻撃してきた場所から西側に逸れた高層ビルの中腹に、開発されたばかりのレールガンを構えたグロースターとそれを護衛、あるいはスポッターの役割をするのだろうか、ファクトスフィアを展開するグロースターの二機がいる。発見されたことに気付いたのか、慌てて離脱しようとするがもう遅い。
 肩の発射口から放たれたハドロン砲の閃光がビルを貫き、離脱しようとしたグロースター達を融解、爆発させ、中腹が崩壊したために上層部を支えきれず、租界でも一際高いビルディングが轟音を響かせながら倒壊していく。

「おのれっゼロめ!」

 起死回生の策が見破られ、あっという間にこちらの狙撃手を潰された様子を見ていたグランストンナイツのデヴィッドだが、歯ぎしりを立てつつ怒りの表情を見せるもその瞳に諦観の様子はない。
 ほとんどの部隊は政庁へと撤収したが、せめて指揮官機を落とせれば有利に進められると、狙撃が得意なデヴィッドだけが殿軍として残り策を弄したのだが、あっさりと見破られてしまった。
 だが、今ならまだこちらに気付いていないはずだと、自らもレールガンを構えてガヴェインに狙いを付けるが――

「ぬおっ!?」

 直後、黄金色の爪――ガヴェインのスラッシュハーケンにレールガンの銃身を貫かれると爆発し、両腕が使いものにならなくなってしまう。
 文字通り両腕をもがれたグロースターを悠然と眺めつつ、ゼロはそれでも油断せずにハーケンをピタリと構えている。

「無駄だ。奇襲ならともかく、自らの場所を露呈してしまっては狙撃は意味を為さない」

「ぐううっっ!」

 圧倒的な劣勢にあって苦悶のうめき声を上げつつも、デヴィッドはガヴェインを睨み付ける。その眼差しは、貴様にだけは屈しないと言わんばかりだ。
 そして通信で敵の怨嗟の声を聞きつつ、やはりブリタニアは油断ならないとと改めてルルーシュは感じていた。圧倒的劣勢化でありながら、最後まであきらめを見せず、隙あらば即首を獲ろうとする油断の無さは、正規軍であっても中々持てるものではない。
 ルルーシュは確実に仕留めるためにハーケンではなくハドロン砲を構え、デヴィッドのグロースターをロックする。それを阻止しようと撤退中のブリタニア軍がガヴェインに攻撃を加えようとするが、追撃してきた藤堂達によって阻止されてしまう。

「さっきの爆発で脱出機構もイカレたか。申し訳ありません姫様、養父上……後は頼みます」

「さようならだ」

 せめてもの敬意として、一瞬で葬ってやろうと最大出力で充填を開始。そして今度こそルルーシュがトリガーを引いたその直前。今度はC.C.がガヴェインを急降下させた。

「ヌヲッ!?」

 予想外の動きに当然ハドロン砲の狙いは外れ、目標の遙か手前に着弾して大きな爆発と共に噴煙を巻き上げた。

「くっ、何事だC.C.!」

「貴様に倣って周囲を警戒していただけだ。ホラ来たぞ、八時の方向からだ」

 ルルーシュがモニターをチェックすれば、確かに急接近する反応が一つだけある。しかしそれは並のナイトメアでは考えられない速さだ。
 考えられる相手は二つ。第七世代ナイトメアフレームである、スザクのランスロットか、ドロテアのモノケロス。その二機の中で正確な遠距離攻撃ができる機体と言えば……。

『ちっ、以前のようにはいかないか!』

「ナイトオブラウンズ! ここで出てくるかっ!!」

 速度を保ったまま路地から飛び出したのは、一本角が特徴的なナイトメア、モノケロス。背中から伸びるレールガンの銃口からは僅かに白煙が上がっている様子から、先程の狙撃はやはりモノケロスからのものだったのだろう。

「エ、エルンスト卿!? 今まで何処に――」

『今はそんな事を論じている場合ではないだろう。ここは私に任せ、貴公は引け。そんな機体では足手まといだ』

「っっ!……了解しました。ですが貴女も気を付けて下さい。ゼロは一筋縄ではいきません」

『そんなことは百も承知だ』

 デヴィッドとドロテアの二人が会話している隙を突いて、ガヴェインからハドロン砲が発射される。だがそれをモノケロスは左手に掲げる四角睡の盾で難なく防ぎ、右手のライフルで応戦する。
 おもむろに射撃戦が始まり、辺りに閃光と銃弾が飛び交い始め、再び慌ただしい戦場へと変貌した。

『残存機体はこちらに集まれ! ゼロは私に任せて貴様等は政庁への道を切り開け!!』

 ナイトオブラウンズの加入によりにわかに生気を取り戻し、加えて政庁からの援護射撃も加わりよりブリタニア軍の抵抗が激しくなる。
 だが一方で、その先陣に立つドロテアの表情には苦々しい感情が浮かんでいた。

(ちっ、V.V.の奴め……口では一丁前の事を言いながら使えない奴だ)

 本来彼女はこんな所で出てくる予定ではなかった。
 ようやく薬の痛みが引き、アキトとの決着をつけるために身体を休めていたのだが、密かに行っていたV.V.の策が失敗に終わり、黒の騎士団を混乱させる事が出来なかったため、侵攻を僅かにでも遅らせるためこうして出張ってきたのだ。
 本来なら意のそぐわない任務など御免被る上、他人の尻拭いなど冗談ではなかったが、V.V.からは既に前払いの報酬を受け取っている。
 モノケロスはハドロン砲を難なく防ぐまで防御性能を向上させた盾に加え人工筋肉を追加し、反応速度も格段にアップするまでに改造が施されていた。皇帝陛下以外に他人に使われるのは気に入らないが、ウォーミングアップとして考えればそう悪いものではない。
 絶え間なく動き続けると同時に、ライフル・レールガン・ミサイルをばら撒くモノケロスにガヴェインもたまらず後退し、黒の騎士団の侵攻が僅かに鈍る。
 その様子に思わず口元を歪めるドロテア。

(まぁいい。どうせ私のやることは変わらん。その時が来るまで、貴様等にはせいぜい私の練習台になってもらおうか)

 そう内心で呟きつつ、浮かべる彼女の笑みには隠しようもない狂気が覗いていた。

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■作者からのメッセージ
あけましておめでとうございます。
そして投稿がここまで遅れた事、誠に申し訳ありませんでした。
色々と言いたい事はありますが、何を言っても言い訳にしかならないので、次回の最終話でそれは語りたいと思います。

でわ感想返しです。
>>ふぇんりるさん
 寧ろ彼等は原作でも染まるだけの素養があったと思いますw

>>きつねさん
 何の間違いも無い、見事なヒーロショーでしたよね!まぁギャグはこれっきりですがw

>>龍牙さん
 寧ろ作者もやりすぎた感はあるので仕方ないかと(その他の感想が無い)w

>>とんとるさん
 ハイ、神楽耶は意識してそういう風に書きました。なんか彼女見てると、ユリカの影がチラッチラッと覗くんですよねぇ。

>>青菜さん
 色々と台無しにするようなシーンばかりで申し訳ありませんw
 今回は他のキャラに絞って出演させましたが、最終回はどうなるか…

>>鏡さん
 啓蒙活動…うん間違っていない。ラピスはニャル子…あながち間違っていないから困るw

 さて、次のお話でいよいよ決着です。このナデギアを書き始めてラストまでは決まっておりましたが、実際にここまで書くのにエライ時間がかかりました。
 せめて悔いのないように精一杯書くので、最後までよろしくお願いします。
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