宗司がその場所に辿り着いた時、既に決着が付いていた。
そこには既に士郎の姿はなく、凛とアーチャーだけだった。
話を聞いてみると、聖杯戦争の最中、士郎がセイバーも連れずに学園に来ていた。
その迂闊さと無自覚さに腹を立てたらしい。
殺してやろうと思ったが、何故か上手く行かず気がつけば痴話喧嘩に…。
戦いが終わり、士郎は結界を張った犯人を追って行ってしまったらしい。
「……そいつは、−ッ!?」
「どうしたのよ?」
「士郎が襲われている。何者だ?」
「何ですって!?」
「悪いが先に行くぞ」
宗司は凛の返事を待たずに駆け出す。
反応のある場所まで全速力で。
宗司は駆けながらも、自らの気配を周囲と同化するように務める。
嘗ての仲間から学んだ隠形の術だ。
『隠形・霧』
それは宗司の存在を完全に隠匿した。
廊下の窓が独りでに開き、風が流れる様に吹く。
その場にいた教師は、不可解な出来事に首を傾げるばかりだった。
現在、士郎は窮地に陥っていた。
サーヴァントらしき存在を感知してその後を追った。
聖杯戦争に巻き込まれ、犠牲になるであろう人を守りたいその一心で。
不気味な笑い声は校内裏の雑木林へと移動する。
逃がすものか!
士郎は必死で足を動かし、その存在を捉えた。
思わず息を呑む。
美しく怪しい紫の光が線を描くように流れた。
両眼を布で覆い隠した長髪の美女が蜘蛛の様に木の上から士郎を見下ろしていた。
身体を覆う衣服は露出も多く扇情的だ。
ゾクリ、そう感じた時には遅かった。
ジャラリと鎖が迫り鈍い光を放つ大釘が肩を抉る。
「ぐわっ!?」
痛みに歯を食いしばりながら士郎は思い知った。
追い詰めたのは自分ではない。自分は誘い込まれたのだと。
そして蜘蛛の糸に捉えられた獲物になってしまったと。
「……くっ」
士郎は抵抗むなしく鎖によって木に縛り付けられてしまっていた。
分かった事は三つ。
結界を張ったのは目の前の女。紛れも無くサーヴァント。
彼女の話から分かった事だが目の前の女性は英雄ではなく反英雄と呼ばれる真逆の悪しき存在であること。
そしてこのままでは自分は確実に殺されてしまうこと。
士郎は令呪を見つめる。
セイバーを呼べば助かる。
自分の無力を思い知った。
このままでは俺は正義の味方にはなれない。
「……、来い」
意を決してセイバーを召喚しようとしたその時、一陣の疾風が駆けた。
「……な、くっ!!?」
凄まじい突風と共に敵サーヴァントは吹き飛んだ。
何らかの武器で身体を横から振りぬかれたかの様に、その身をくの字に曲げて。
そしてその先の木をへし折り地に倒れた。
「…、宗司!?」
士郎はいつの間にか目の前に現れていた宗司の姿に目を丸くした。
「どうにか間に合ったみたいだな衛宮」
「あ、ああ…助かったよ」
士郎は腕に刺さっている大釘を引き抜き痛みを吐き出すように息をついた。
「何者ですか」
「この前のランサーにも言ったけど、そりゃこっちの台詞だろ。学園関係者じゃない不審者は、どう見てもお前だろ?」
「戯言を」
サーヴァントは短く笑うと跳躍、蜘蛛のような身のこなしで枝の上に飛び上がった。
そして、
「ちぃっ!?」
上空から強襲する。
鎖を蛇のように巧みに操り大釘を放ってくる。
宗司は素早く士郎の腕を掴むと横飛びで回避。
ドス、ドスと大釘が飛び退いた地点へと突き刺さっていく。
サーヴァントは更に凄まじい速さで突っ込んでくる。
そして蹴撃。宗司は士郎を突き飛ばすと同時に屈んで躱す。
背後に立つ木がまるで割り箸のようにへし折れ倒れる。
美しい脚線からは想像も出来ないほどの威力だ。
「あなた、本当に人間ですか?」
サーヴァントは宗司を追撃しながら疑問を投げかける。
サーヴァントとして自身の能力は優秀な部類に入る。
魔術師であろうと一般人であろうと、英霊の前には等しく無力だろう。
だのに目の前の人間を殺すことが出来ない。
宗司はその問いを無視して手を胸の前にかざす。
「……っ!?」
宗司の手に神秘を内包した光が集まる。
サーヴァントはその様子に強く警戒し後ろに跳躍した。
「バカな……人間が宝具を!?」
宗司の手の中に現れたのは狂戦士との戦いにおいて使用した槍。
ゼムリア大陸に存在するアーティファクトの一つ、『竜槍スマウグ』だった。
師であるアリアンロードが自らの槍を召喚したように、宗司もまた同じ事をやってのけたのだ。
「出来ると思ったけど、まさか上手くいくとはね」
師匠と同じ事が出来た喜びに笑みを浮かべる宗司。
この世界に帰還して、更に成長している自身に歓喜する。
士郎が木の影から叫ぶ。
「青木!結界を張った犯人はコイツだ!コイツさえ倒せば!」
「結界は消えるか?」
宗司はエニグマUを駆動する。
サーヴァントは通常の物理攻撃は通じない。
己の武器を導力付与しなければならない。
「これは……魔力?バカな…」
サーヴァントが驚愕に硬直した隙を逃さずに導力魔法を発動させる。
火の力で武器を強化する導力魔法。
−フォルテ−
「今度はこっちから行くぞ!」
「――、速いっ!!?」
宗司は焔の導力を纏ったスマウグの切っ先を向けて突っ込む。
闘気と導力を纏ったチャージから流れるような動作でエイミングを放つ。
敵サーヴァントも負けじと己の刃を操り反撃に移る。
ギィン!ギギィンッ!!!ギインッ!!
竜槍と大釘が交差する。
そして二人は睨み合いながら鍔迫り合う。
「クソッ!なんて馬鹿力だよ!その細腕のどこにっ!?」
サーヴァントの力はまさに怪力。
それ以外の表現など存在しない程の膂力で宗司はジリジリと後退していく。
「青木っ!!」
「大丈夫だ!衛宮はそれ以上来るな!」
「けど!」
「オレなら大丈夫だ!この程度の戦いなら何度も経験してる」
「この程度とは言ってくれますね」
「ああ、力だけじゃ俺には……勝てんっ!!!」
次の瞬間、宗司の身体が膨張した。
いや膨張したように見えた。
その身体から凄まじいまでの闘気が膨れ上がり大気を焦がす。
「これは…魔力放出……バカな!?なぜ人間が…」
無論、『魔力放出』などではない。
ゼムリア大陸の武術における戦闘技術、戦技(クラフト)と呼ばれるものだ。
戦技『ブレイブオーラ』、自身の闘気を燃やして身体能力を高める技だ。
宗司は遂に鍔迫り合いに打ち勝ちサーヴァントを吹き飛ばす。
そして流れるような流麗な動きで槍を振るう。
斬り、突き、払い。その動作には一切の無駄が無く素人目から見ても美しい動きだった。
布で覆われた女の眼が宗司の眼光と交差する。
ゾクリ、サーヴァントは己の死を予感する。
−狂い咲くは仙華、戦場に降り立つは軍神…、散りゆく者への山茶花を手向けよう−
「受けろ!理に至りし武の境地を!!!」
これは不味い。
サーヴァントは、今まさに迫り来る死から逃れようと全力で後ろに飛んだ。
形振り構う場合ではない。躱せなければ確実に死ぬ。
「−奥義……」
サーヴァントに迫るのは銀の閃光。
『無双三段ッ!!!!』
その正体は何の事はない。斬り、突き、払いの三段攻撃。
しかし女は我が目を疑った。
三段攻撃には違いない。違いないのだが…。
「……躱せない、バカな…唯の技を宝具の域にっ!?」
凄まじい速さでほぼ同時に三つの攻撃を繰り出すならば理解できる。
サーヴァントという人の域を超えた能力なら不可能ではない。
しかし三つの攻撃を全くの同時に、一人の人間が同じ時間軸から三つの攻撃を放ったのだ。
なんというデタラメ。
時既に遅し、女の腕が切り落とされる。腹が貫かれる。身体が両断され、
「……消えた?」
そこで女の姿が光と共に消える。
宗司は腑に落ちない表情で掌を見る。
そこには確実な手応えが残っている。
「殺ったのか?」
「多分、既の所で逃げられたわね」
「遠坂っ!?」
「落ち着きなさい衛宮くん、もう戦う気はないわ」
遠坂凛がアーチャーを伴って現れた。
アーチャーは険しい表情で凛の背後に控えている。
「逃げた……あのタイミングで?」
「恐らく令呪を使ったんでしょう」
「令呪…確か三度きりの絶対命令権だったか…あんなことも出来るんだな」
「だからこそ切り札と呼べるんでしょう」
それよりも、凛は宗司をキッと睨みつけた。
「な、何だよ」
「青木くん、今朝言ったわよね?これは魔術師の戦いだって」
立ちふさがるなら容赦はしない。
こうして関わってきた以上、覚悟は出来ているのかと凛の眼は物語っていた。
「いや、けど学園事態に結界が張られている以上、人事じゃないだろ」
「それについては私が何とかするわ。少しばかり腕が立つから調子に乗っているようだけど青木くん、このままじゃ本当に死ぬわよ」
「もしかして遠坂」
「何よ?」
「さっきの士郎とのやり取りと言い、もしかして心配してるのか?」
「…っ、な、なななっ!?何言ってんのよ!!」
図星を刺されたのか。凛は途端に狼狽する。
微笑ましい、宗司と士郎の心が一致した瞬間だった。
遠坂凛という人間は、なんというか……、凄く良いヤツなんだろう。
オホンと凛は誤魔化すように咳き込むと、姿勢を正して士郎に向き直った。
「衛宮くん、君には分かるのよね?結界の基点が…」
「あ、ああ…何というか上手く言えないけど、甘ったるい様な、そんな感じが…」
「士郎っ!!」
その時だった。
弾かれたように宗司が叫んだ。
アーチャーが正に士郎を背後から斬りつけようとしていたのだ。
宗司は士郎を庇うように間に割り込むと、アーチャーの剣を受け止めた。
「何の真似だ!?」
「何の真似だと?お前はマスターから聞いたはずだ。今更その質問をする意味もなかろう」
アーチャーは淡々と言葉を発し、そして更に士郎を殺そうと殺気を放つ。
「アーチャー!?何やってんのよ!」
「凛、敵のマスターがサーヴァントも連れずに背中を晒したのだ。これはもう殺されても文句は言えまい」
この好機を逃す手は無いだろう。
アーチャーはそう言いながら太極図を思わせる白と黒の双剣を構え士郎に狙いを定める。
「邪魔をするな、青木宗司。これは我ら魔術師と英霊の戦場だ。貴様の出る幕はない」
「ていうか、遠坂の指示には見えんぞ。さっきも戦う気はないって」
「どのみち我らは聖杯を巡る敵同士、こうして戦うのに理由は必要ないはずだ」
「まぁ、確かに…けど、士郎みたいな格下相手に背後からの奇襲とか英雄の行動にしちゃえげつないぜ!」
「ふん、そのような愚図に騎士道など不要っ!引かぬというなら押し通るのみっ!!」
アーチャーはあくまでも士郎を標的としている。
恐らく隙あらば宗司の横をすり抜けて士郎を殺すだろう。
しかし宗司は甘くない。
アーチャーと士郎の間に入り、その行動を阻害しながら弓兵の猛攻を捌く。
宗司は思う。アーチャーの剣技は無骨で飾りがない。
無駄を一切合切省き、長い年月を掛けて只々愚直に鍛錬して辿り着いた成果。
そこに才能は感じられず、それでも美しさが際立つ。
弓兵の剣技がこれならば射撃なら…。
「お前、そこまでの剣技を持ちながら…」
「ふん、そういう貴様は私とは正反対、凄まじいほどの才能、いや鬼才と言っても良いか。何故あのような小僧に肩入れする?理解できん」
二人は激しく撃ちあいながら雑木林を駆け抜ける。
その時、宗司の槍に掛かっていた導力魔法の付与効果が消えた。
アーチャーはチャンスとばかりに宗司の槍を身体で受け止める。
「……しまった!?」
アーチャーはすさまじい襲撃を放ち宗司を蹴り飛ばした。
既の所で槍を滑りこませて防いだが、流石は英霊の脚力。
宗司はそのまま数メートルほど吹っ飛んだ。
「待ちなさい!アーチャー!!」
その時、凛の静止の声が木々を揺らした。
「これから私は衛宮君と正式に同盟を組むわ!だから二人共剣を引きなさい!」
「凛?どういうつもりだ?」
「それはつまり、バーサーカー戦だけじゃなくて遠坂と衛宮が最後の二組になるまでの同盟って事か?」
「そうよ!」
凛は残念な胸を張って肯定した。
「……え?」
事態に付いて行けない士郎のマヌケな声が漏れた。
続く?