俺がこの世界にきて二週間になる。
おおよそ、体の感覚はつながってきたのだが足はなかなか完全にならない。
リハビリのようなこともしているが、
演算ユニットの計算がいつも頭に流れ込むせいで逆に取り戻した感覚も持って行かれそうになったことも何度もあった。
ただ、翠屋のバイトとして少しは慣れたらしく、最初のころのように運んだり料理をする人の邪魔になる回数も減った。
動き回るとすぐ邪魔になるのでもっぱら生地を練るのが俺の仕事だが……。
仕事の帰りに何度かフェイトを見かけたので、作った菓子の評価を頼んでみることにした。
「あっ、このクッキーおいしいです。ケーキは甘さ控え目なんですね」
「そうかい? アタシは物足りないよ、もうちょっと甘くしてもいいんじゃないかい?」
「うん、こっちもおいしいです」
「そうか、甘さの調整はどうしてもその日の調子に左右されがちだから気をつけることにしよう」
しかし、フェイトという少女の周りには何か温かなものが付いているように見える。
彼女を取り巻いている光の粒子に交じって何かが明滅している。
俺はふと、それを手で触れてみた。
「っ!?」
触れた先から演算ユニットが過剰に反応する、そもそも物質なのかすらわからない光にこれほど反応するとは。
「あの、何かあったんですか?」
「いや、特に何かあったわけじゃない」
「……ふーん、いくらフェイトが可愛いからって、おさわりは厳禁だよ」
「ちょっ!? アルフ!?」
してやったりの顔で俺にいやみを言うアルフと顔まで真っ赤なフェイト。
こんなふうにいつでも話せればいいとは思うのだが、心配事があるのだろう、すぐにまた表情をもどす。
それを知ってか、目線で訴えるアルフに俺はひそかに頷きながらおどけて話す。
「それはそれは、訴えられたら大変だな。今日はこの辺で退散することにするよ」
「えっ、あの……あぅ……。また、来てくださいね」
「次はもっと完成度の高いお菓子をもってくるよ」
「菓子もいいけど肉とか持ってきてくれよ!」
「ちょっ、アルフ!?」
すっかり動揺したフェイトを前に俺とアルフはひとしきり笑って、それから俺は家路についた。
夜の帳はとうに降り、夕食の時間だろう、遅れて帰ってきたことに文句を言われるだろうなとは考えていた。
しかし、返ってきた俺は別の意味で驚くことになる。
「遅い! 終了時間は同じだったのにどこをほっつき歩いてたの!?」
「すまない、少し寄り道をな」
「まったく、今日ははじめての……おっとそれは後のお楽しみよね。ノエル、どんな感じ?」
「はい、あともう少しで出来ると思われますので、手を洗ってお待ちください」
「いったい……」
「遅れてきた人には内緒♪」
ノエルに言われた通り手を洗いに行って戻ってくるとちょっとほっぺを汚したり、指に絆創膏をつけている二人の少女がいる。
それで、だいたいの事はわかってしまった。
今日は忍の他にも恭也も来ているようだ、遅れてなのはも入ってきた。
「こんばんは! お兄ちゃんが面白いから来いって言ってたので来ました」
「こら、俺はそんな事は言ってないだろう?」
「いらっしゃい、なのはちゃん。へーそんな事言ったんだ」
「ちょっと待て、俺はな……」
「はいはい、ともかく今は彼女たちがメインでしょ?」
「そうだったな」
ドギマギしていた恭也をほったらかしにして、俺達は席に着く。
ノエルが料理をカートに乗せて運んできた。
予想どうりというか、料理は少しいびつで、まだ改良の余地を残していた。
料理は肉じゃが、味噌汁、サラダにごはんという微妙に和洋折衷だが、まあ、料理しやすいものではあった。
すずかとラピスが食い入るように見ている。
恐らくだが、ラピスは完全に料理は初めてのはず、料理の分担は……サラダと味噌汁だろうとは思うのだが。
俺はいつの間にか全員の視線が集中しているのを感じていた、恐らくおよばれの二人も最初に食べる勇気はないということか。
まずアサリが開いていない味噌汁を口に含む、これは……塩の入れすぎ……口が辛くなる。
あわてて、ご飯でごまかすが、ご飯は水分が足りなかったのだろう、十分に膨らんでいなかったらしくガリッと歯ごたえがなる。
とりあえずご飯は置いておいて肉じゃがを食べてみることに……。
皮が残っているのはまあいいとして、芽が残っているのは毒物ではないのだろうか……。
肉は生焼け、まだピンクの部分が残っていた、恐らく入れる順番を間違ったのだろう。
俺はサラダに視線を移す、サラダはちぎって入れるだけだがマヨネーズが山をつくっていた。
……ううむ、甲乙つけがたいというかどっちがどっちの料理だかわからん。
「どっ、どうですか?」
「アキト……」
「まあ、昔の知り合い達の料理と比べれば天国みたいなものではあるが……練習あるのみだな」
「あう……」
「サラダは大丈夫」
「否定はしないが……マヨネーズ一本丸々使ってないかこれ……」
「うん、マヨネーズおいしい」
なるほど、ラピスはマヨラーになってしまったようだ。
しかし、マヨネーズは太りやすいことを教えるべきなのかは微妙だ……。
「で……他の人たちはたべなないのかな?」
「あっ、私ちょっと今日は食欲ないなーなんて」
「忍、好き嫌いは良くないぞ。ましてやお前の妹の手作りじゃないか」
「うっ……」
「ごめんなさい……」
「はじめてだもん、仕方ないよ」
「本当になのはちゃんはすごいな……」
「あははは……」
どうやらすずかのほうもはじめてだったようだ。
考えてみれば専属メイドなんかがいるくらいだ、料理をする機会などそうなかただろう。
調理実習なんかは高学年からの小学校が多いだろうしな、すずかは来年からだろう。
ちなみになのはは父親が入院している間家事手伝いは一通りこなしてきたらしい。
苦労の差がにじみ出ている結果のようだ。
そうそう、父親は今パティシエの資格を取るために出ているとかで、
時々しか家に帰らないので店長代理として妻の桃子さんが切り盛りしているらしい。
最終的に夕食は全員があれを食べた。
忍は少し抵抗したが妹のことを思うと強く断れなかったのも事実のようだ。
その日も俺は夢を見た……。
前回との違いは、ピックアップされた時間だろう。
娘のコピーを作った母親は、コピーの教育のために死んだ山猫を使い魔にしたてあげた。
使い魔は母親の強大な力を引き継ぎ、山猫の母性と厳格な意思を持って再度生まれなおした。
母親は自分の娘に似ていないコピーを疎み、しかし利用するため自分の手を使わず教育させようとしたのだ。
自分の娘とそれ以外を天秤にかけるとそれ以外が軽く弾き飛ばされるほど既に心のバランスが崩れている母親。
娘のコピーはそれでも母親を愛そうとする、植えつけられた娘の記憶に追い立てられるように。
狭間で揺れ動きながらも、使い魔は母親の指示をこなし娘のコピーを魔導師へと鍛え上げていった。
なぜなら、使い魔は元母子のペットであった山猫だからだ、母親とは同じ悲しみを背負っている。
しかし、同時に娘のコピーのことも愛おしく思う。
それは育て上げるという役目を終えるまで続いた……。
どちらが正しいのか、結論を出すわけでもなく、ただ使い魔としての使命に準ずるそういう終わり方。
それでも、不満はなかった役目は果たされたのだから……。
夢は歌う、悲しみを終わらせる方法はないのかと、夢は笑う、悲しみの鎖はどこまでもつながっていると。
俺は、それに対し叫び声をあげた。
俺は……。
俺はッ!!
「ッ!!!」
「アキト!?」
ラピスの顔が近い……。
そうか、俺はうなされていたのか……。
ラピスの心配そうな表情に対し、俺はほほに手を触れることで答える。
「ちょっとおかしな夢を見ただけだ、心配ない」
「昔のこと……?」
「いや、なんというか……変な夢だったな、まるで知らない人間の記憶のような……」
「そう……でもうなされてたよ?」
「確かにな、しかし、別に俺は何も心配ない。むしろ今は幸せすぎて怖いくらいだな」
「幸せ?」
「ああ、今のところ俺の周りでは大きな戦いもないし、俺達のことを狙ってくる存在もいない。
食べるのには不自由していないし、また料理関係の仕事もしている、ラピスもまえよりずっと人間らしくなった。
おおよそ望みうる最高の状態だといっていい」
「私が人間らしい?」
「ああ、以前より自分で何かしようというふうに考えるようになっただろう?
昨日の料理、まだまだ改良の余地があるがそれを始めようと思った事はとてもいいことだ」
「あっ……うん、わかった。これからもがんばる」
ラピスは神妙な顔で(心配そうなとか神妙なというが外見上の変化はわずかである)うなずく。
ラピスは隣の部屋のはずだが、俺のうなされている感じがわかったという。
リンクがまだ生きているのだろうか?
どちらにしろもう朝のようだ、ちょうどいいので起きることにしよう。
「じゃあそろそろ起きて支度するか、ラピスも学校があるだろう?」
「でも、学校の授業は知っていることばかり」
「まあ、ネットワークから取得した情報でほとんど知っているかもしれないが、
手で字を書いたり、楽器の使い方を学んだり、体の動かし方を知ったり、友人としゃべったり、来年からは料理も習うはずだ。
いろいろやることはあるだろう?」
「……うん」
「だったら準備をして行ってくることだ」
「でも、今日アキトお休みでしょ?」
「まあな、交代制だからちょうど今日が休みではあるが」
暗にどこかに連れて行けと言っているようだな。
とはいえ、学校から帰ってくれば4時前だから公園がいいところだろう。
その辺で我慢してもらうしかないな。
「俺は図書館に行ってくるよ、帰ったら一緒に公園でもいくか?」
「……わかった」
ラピスはしぶしぶ納得して準備を始めたようだ。
俺も、顔を洗って朝食の場に出る。
「あら、休日の割に早いわね」
「目が覚めてしまってな」
「まあ、私は今日もバイトだから、一日ノエルにお世話してもらいなさい」
「かしこまりました」
「いや、かしこまられてもな。俺は図書館に行くつもりだが」
「へぇ、最初のうちだけかと思ってたけどね。情報収集でしょ?」
「まあな、まだ分からないことも多い。特にこの世界独特の人以外の存在や魔法なんかについてな」
「魔法……ねぇ、人以外っていうなら私もそうだけど、あんまり魔法は聞かないわね」
「おねえちゃん、堂々と言うのはどうかと思う」
「あら、すずかは恥ずかしがりやね。でも、ここにはそれを不思議に思うような神経の細いのはいないわよ」
「そうかもだけど……」
すずかは戸惑ったように声を返す。
確かに忍の言うとおり、ここは人外と異世界人しかいない。
おかしな風情ではある。
俺もこの世界にこなければ人外などは信じていなかったが……いる以上どうしようもないしな。
その日俺は図書館に行ってまた歴史資料や文献を見たり、菓子の作り方の本などを見てすごしていた。
同じようによく来ているはやてとシャマルのコンビとは料理に関する話題でもりあがった。
なんでもシャマルはまともな料理が作れないらしい。
結局家族全員分の料理をはやて一人でまかなっているそうだ、
自分を含めて5人前を3食作るのは10歳前後の彼女にはきついだろうと思ったが、
それを含めて幸せそうな彼女に何もいえなくなった。
そして、いずれ俺の料理も振舞うという約束をして分かれた。
途中で立ち寄った店で食事を済ませ、寄り道をする……。
海鳴臨海公園、その名の通り海を臨む位置にあり、森林公園としての体もある、美しく計算された公園だ。
同じ公園でもそこらへんにあるものではない、いわゆる憩いの場でありデートスポットでもあるらしい。
それにしてもこの都市には公園が多い。
人口の多さやビルの乱立具合も見る限りかなりの大都市ではある。
地方都市としてはだが……。
「確かにデートスポットではあるのかな? そこの少年、どう思う?」
「!?」
森の影から、少年が現れた。
気配を読むということは昔から一応できたが、
最近は演算ユニットによる周囲の演算によりおおよそ回りの動きがわかるようになっている。
今の俺の背後をとるのはかなり難しいだろう。
少年は驚きの顔をするが、その後表情を変えて警戒しながら近寄ってくる。
「貴方は何者ですか?」
「俺か? 見ての通りの足の不自由な人だ」
「ふざけないでください! 貴方はこの前結界の中にいたボク達を視認していました」
「……どうしてそう思う?」
「そうでなければ視線が合う事なんてないし、小石を使って確認なんてしません」
「ほう、あの場に君もいたのか」
「……」
少年は少ししまったという顔をするが、首を振り俺に詰め寄る。
「そんなことを問題にしているんじゃありません。貴方も魔法が使えるんですね?」
「なるほど、あれはやはり魔法だったのか」
「え?」
「何、最近不思議なことが多いのでな、魔法ということもあるだろうと思ってはいたが」
少年はさらに驚き、もしかして自爆したのではと言うような後悔の表情をする。
「だったら、本当に魔法は関係ないんですね?」
「ああ、少なくとも俺自身は使えない。所で君の名は?」
「ユってまた乗せる気ですね、貴方は!」
「いや、自滅してるだけだろう」
「くーーーー!!!」
真面目で善良そうな少年ではあるのだが、駆け引きはとことん苦手なようだった。
あの場でいたのは少女が3人とフェレットが一体だったな。
そして、獣耳の少女は犬に変身していた……つまり。
「君の名はユーノということでいいかな?」
「なっなんで!?」
「なのはがフェレットにユーノ君って呼んでいたからな」
「ああ!? もしかしてまた!!」
「そうひっかけだ」
「どこまで馬鹿にするんですか!!」
ここまで行くといっそすがすがしいが、ようは頭に血が上っているからだ。
普段からここまでバカなことはしないと信じてあげたい……それくらいおいしい奴だった。
「とっ、ともかく。もうすぐここに結界を張ります。関係ないなら手を出さないでくださいね」
「了解、できるだけ善処しよう」
「ユーノくーん」
「あ、じゃあボクはいきます!」
忙しい奴だ、もっとも今から起こる事は俺にとってはどうでもいいことのはずだった。
しかし、今日の俺には妙に気になった、まるで誰かに導かれて動かされているようなそういう気すらする。
臨海公園の木が一本巨大化して動き出す。
恐らくその反応を知ってやってきていたのだろう、早速光の幕は周辺を覆う。
変身したなのはが出てくるのとほぼ同時に戦闘用だろう露出の高い服を着たフェイトも表れる。
木のお化けはすぐに倒され、そこから青い宝石のようなものが出現した。
なのはやフェイトと同じように光が漏れていることからすると魔法と関係のあるものなのだろう。
それを見るなり、二人は行動を起こした、やっている事は良くわからないが、恐らく取り合いをしているのだろう。
つまり、あの宝石の奪い合いこそが彼女らを戦わせている原因ということになる。
「まさか着飾りたいからと言うことは考えられないが、あんなエネルギーを必要とするわけが彼女らにあるとも思えないな」
しかし、理由がわからないなりにも二人の戦い自体はよくわかった。
だが、そこに突然第三者が介入してきた……。
「ストップだ!
ここでの戦闘は危険すぎる。
時空管理局執務官クロノ・ハラオウンだ。
詳しい事情を聞かせてもらおうか……」
黒いローブにつつまれた少年は随分と偉そうな名乗りを上げた。
たいして年齢の違いがあるとは思えないが、少女達よりは何か人に命令を出すことに慣れている感じは受けた。
しかし、どうみてもこの場合フェイトが不利だろう、
アルフと呼ばれている使い魔の子はなんとかフェイトを救い出そうという考えでいるようだが、
既に話し合いを選択肢に入れている様子のなのはと違い、フェイトは脱出か交戦しか考えていない様子だ。
これは後ろ暗い思いがある証拠でもある。
逃げ出そうとするフェイトにクロノとなのはが追いかけようとする。
クロノはアルフが立ちふさがったのを見て戦う構えをとる。
だが、なのはは止まらずフェイトを追いかける。
俺は小学生にしか見えない者ばかりであることを考えると頭が痛くなった、そして、自分にできることをすることにする。
フェイトとアルフの座標値を固定、それぞれの固体誤差を測り観測ミスのないように何重にも計算する。
二つの存在を同時に引き寄せた。
ボソンジャンプ、もっとも俺はこの他者を寄せたり離したりする事にかけては元の演算ユニットよりも計算能力が高い。
なぜなら宇宙の全てを計算していた演算ユニットをごく一部に向けて使用するからだ。
タイムラグも、ナノマシン処理をしていないことによる不具合も関係なく半径1km内の物体を移動させることができる。
ただし、以前も言った様に1kmを越えると、とたんに精度が怪しくなる。
元の世界に返るために何度もテストした結果であった。
俺は二人を連れて自分も一度飛んでビル街に身を隠す。
「おい、大丈夫か?」
「えっ……アキトさん?」
「ああ、とりあえず逃げたそうにしていたからな。助けた」
「そっ、そんな……アキトさんにも危険が……」
「大丈夫、あいつらは俺の事は判らないはずだ」
「そうなんですか?」
「あっつ、あ……フェイト無事かい?」
「ええ、アキトさんが助けてくれたんです」
「なんだって!? やっぱり只者じゃなかったんだね……」
「まあ、そういうことになるな」
アルフはフェイトをかばうように立ち俺を警戒している。
俺自身なぜ助けたのか今でも少し疑問なのだ、あのクロノとかいう少年はそれほどひどい人間にも見えなかった。
つかまれば、もしかしたら解決したかもしれない何かを解決させ損ねた気もする。
しかし、不思議と何かが安心している感じを受ける。
「それで、一体何が目的なんだい?」
「俺の目的か……多分言っても信じないだろうな」
「助けてくれたことには礼を言うよ、でも、それだけで信用できるほどアタシはめでたくないつもりだ」
「アルフ……」
「そうだな、お前の言うとおりだ。俺自身も感謝を期待してやったわけじゃない。タダの気まぐれだ。
いくなら早く行け。俺の気が変わるかもしれないぞ?」
「フンッ、いけ好かない奴だよ……」
「あの、ごめんなさい。でも私はどうしてもジュエルシードを集めないといけないんです」
「俺からは何も言えない。関わりのあることじゃないからな。ただ、あまり無茶はするなよ」
「……はい」
俺がそう言って去ろうと車椅子を回転させる時少しだけ笑顔が見えた気がした。
そのまま帰ってきた俺だが、妙に肩が重い……。
それに、猫が俺を見たとたん逃げ出した……。
俺、何か悪いことでもしたか?
「あっ、アキトお帰えっ?」
「アキトさっ!?」
「一体どうしたの……っ!?」
俺が帰るとすずか、ラピス、忍が出迎えてくれたが皆顔が引きつっている。
俺の顔に何かついているのだろうか?
「あっあの、アキトさん何かあったんですか?」
「いや、たいした事はなかったはずだが……」
「そんなわけないでしょ!」
忍につっこまれる、何か知っているのか!?
だとすれば少しまずいな。
「アキト……あの」
「しーって、んーそうよね聞かないと始まらないか」
何か俺に伝えるべきか迷っているようだ。
そんなに目立つものはつけていないはずだが……。
いつの間にか顔に落書きでもされていたとかいうのでは?
魔法だからありえそうだ……。
「ところでさ、アキト、あんたの背後の幽霊みたいなの何?」
「?」
「朝起きた時はいなかった」
「でもいますね、美人さんみたいですけど誰でしょう?」
「半透明な物体は私も初めてみます」
「何を言って……?」
俺は思わず背後を振り返る。
そこには、白い帽子と白い特殊な形状のコートと黒いパンツを着て薄茶色の髪の毛をセミロングにまとめた女性がいた。
いや、いたというのは正確ではない、半透明のその体は揺らめいている。
幽霊のようにも見えるが……朝から見えるものだろうか?
「お前は……誰だ?」
「ああ、やっと気付いてもらえましたね。このまま認識されずに消滅するかと思いました」
「認識? 消滅?」
「はい、演算ユニット内で蓄積されたデータをもとに自己修復と過去データとの差分調整を行い自我確立したので」
「……」
目の前の女性が言っている事は今一つ認識できないが、おおよその見当は付く。
つまり演算ユニット=俺の中で演算され続けることによって存在している何かということだろう。
「ならお前は演算ユニットのメインシステムか?」
「いえ、現在のシステムのメインはテンカワ・アキト。貴方です。私はそこに住みついた外部データの塊に過ぎません」
「外部データ?」
「貴方は今、接触した存在から無意識にデータを取得しています。その一つが私のデーターであったということです」
「なら、お前は俺の知る誰かの知人か何かのデータだと?」
「はい、もっとも普通ならデータはそのまま保存されるだけですが、私は魂にあたる部分が吸収されてしまったので」
「……本物ということか?」
「こういう状態でも自我が認められるのであれば」
すずかの家の面々もラピスも、同時に唖然としている。
それはそうだろう……つまり、俺は幽霊を体内に取り込んでしまったということになるのだ……。
「そこで一つ提案が……」
「なんだ?」
「私を使い魔として契約しませんか?」
「俺が使い魔とやらを使うと?」
「そうすれば、私は肉体を取り戻すことができるので」
俺はこの女性を見て考えがつかめなくなった、そもそも、俺は魔法使いではない、なのに使い魔だと?
それに、俺個人ならともかく、ここにいる人たちに迷惑をかけたくはない。
「信用ならないなら消しても構いません。ログを少しいじるだけで可能でしょう」
「……お前、どこまで知っている?」
「中にいるのでおおよそは」
食えないな……だが、演算ユニットのことを知るにはいい機会でもある。
同時に他のメンツからの痛い視線もある、さっさと話を進めたほうがいいだろう。
「……それはいいが、お前、名前は?」
「リニスといいます」
その名は俺には面識の無いものだった。
しかし、大きな意味を持つ名であることを知るのは、ほんの数日後となる……。