「どうにか……歩くだけなら補助を必要としなくなったようだな」
「ええ、一週間のリハビリを4日目で完了してしまうって凄いですが、筋力の回復大丈夫ですか?」
「まあ、実際のところよくはわからんのだがな……それに、走れるようになるまでにはどれくらいかかるか」
「そちらはもう少し歩きなれてからにしてくださいね。体を壊しますよ?」
リニスに手伝ってもらい歩行訓練をしていたのだが、どうやらさほど問題ないまでに回復したようだ。
実際、俺は焦っていた、俺の知らないところで事態は激しく動いているはずなのに、俺の周りでは何事もない。
考えてみれば、俺はいつもターゲットになる存在だった、しかし、今回は眼中にないのかもしれない。
だが、俺の周りには不幸が迫っていて、俺には何かする手段がない。
それに対抗するための根回しやパワードスーツまがいのものまで用意してはいるが、
相手の存在が知れなければ対応のしようもない。
俺はどうすればいいのか、焦りだけが募っていく……。
「リニス、襲われた時のこと何か覚えていないか?」
「それは……結界が張られてからの記憶を抹消されていて。
ただ、事例としては、私たちの記憶以外は記憶を奪われたものはないようですので、恐らく」
「俺達の知る範囲の人間の犯行ということか……」
確かに、ありうることではある……。
リンカーコアを奪うといっても回復しないわけではない事を考えると、恐らくは手加減しているのではないかと考えられる。
命を奪った事例も聞かない。
そこから推察されるのはやむにやまれぬ事情により仕方なくしているというもの。
交渉の余地が残されている可能性が導き出されるということだ。
「探りを入れてみてくれるか?」
「そう言うと思って既にすずか家やなのは家も含めそれとなく聞いていますが、はっきりとしたことは」
「そうか……」
「ただ、時空管理局のほうは難しいですね、それとはやてという子の周りにも魔力を持った人物が……」
「ぐっ!?」
「マスター!? どうかしましたか?」
俺の頭の中で火花が散る……俺にはというか、ナノマシン処理を施された人間にはナノマシン補助脳と呼ばれる記憶領域が存在する。
本来は、機械類の操作を覚えるためにナノマシンが作り出す補助領域だが、
火星出身者にはIFSを持たない者にも存在し、記憶のバックアップなどをつかさどる。
そう、記憶のバックアップだ、つまり今つながったのはそのバックアップとの記憶回線。
俺は戦闘時の事をすべて思い出した……。
「そうか、つまり……」
「どうしたのですか、マスター?」
「いや、なんでもない……」
リニスにはいずれ話すにしても、先に考えをまとめる必要がある。
シグナムといったか、彼女に襲われたこと、リニスが迎撃したこと、俺の胸から手が出現し魔力を奪った事。
彼女らがはやてを何よりも大切にしていること、はやての足は動かないこと。
今ある情報はその程度にすぎないため、まだ情報収集は必要になるだろう。
しかし、なりふり構わない様子からは何か焦りを感じる。
恐らくは、タイムリミットがある何かということなのだろう……。
「リニス、はやての主治医と連絡はつかないか?」
「はい、構いませんが……はやてちゃんの病状について知りたいなら直接は難しいのでは?」
「そうだな……こういう時に医師の知り合いでもいれば心強いのだが……」
「医師とは行きませんが、私も医療系の事は一通りこなせますが?」
「いや、そういう意味じゃなく」
「ああ、カルテを入手するということですか……でもそうなると、忍び込むくらいしか……」
「あっ、あの!」
「ん?」
「はい?」
「私にもお手伝いさせてください、はやてちゃんの足のことなんですよね?」
すずかが近くに来ている事は知っていた、しかし、声が聞こえているとは思っていなかった。
500mほど離れた場所で猫たちとじゃれていたからだ、俺達は歩行訓練をしていたわけだが、
猫と戯れるすずかが気がつくほど大声は出していない。
最初から猫と戯れるフリをしていたのかもしれないが、それでも普通の人間なら難しい距離ではあった。
だが、走ってきて話に参加しようとしたところを見るとやはり普通では聞こえない声が聞こえていたということか。
「確かにそれもあるが……今回の事件に関係しているかもしれないということだぞ?」
「はい、はやてちゃんが関係しているというのは信じられないですけど、
でも、はやてちゃんの足を治すためにその人たちが何かをしているということですよね?」
「しかし、すずか……何か方法でもあるのか?」
「はい、はやてちゃんの通院している病院を特定できれば医療機器の入荷なんかで接触している人も多いですから。
もしかしたら、何かに記録されてるかも……」
「となると、先ずはそこからですね……」
もちろん、特定そのものは難しいものではないはずだ。
しかし、探偵を雇ったり、病院関係を片っぱしから漁るわけにもいかない、時間的にも、隠密性でも。
恐らくシグナム達は警戒しているはずだから、俺がまた遊びに行って警戒させるわけにはいかない。
だから、はやての家から通院記録を持ってくることはできない。
となれば……小学生の年齢で車椅子の少女は目立つ、それにシグナムもシャマルも同様に目立つ。
恐らく、ああいった車椅子で行ける病院のはずだから、近くの総合病院とみるべきだろう。
そうすれば、絞り込みはたやすい、ここから半径20km圏内にある総合病院の周囲で聞き込みをすればいい。
「すずか、聞き込みを頼めるか?
半径20km内の総合病院で車椅子の小学生と白人という組み合わせでやってくる病人がいるかと」
「なるほど、すずかちゃん、半径20km内で総合病院はいくつあります?」
「えーっと二つあります……一つは海鳴総合病院、公共のお金で立てた県立病院という位置づけですね。
もう一つが海鳴大学病院、その名の通り大学の研究チームなどを要する病院ですね。
じゃあ、アリサちゃんにも手伝ってもらっていいですか?」
「どういう意味だ?」
「あの、私も今回の事で初めて魔法とかフェイトちゃん達の事を知りました。
でも、アリサちゃんはまだ何も知らないし……なのはちゃんとアリサちゃんと私の間で秘密を作りたくないから」
「なるほど……しかし、危険だぞ? せめて護衛は連れて行かないとな」
「では、私はファリンを連れて行きます。アリサちゃんの護衛はお願いしていいですか?」
「ああ、分かった。しかし、突然で大丈夫か?」
「大丈夫ですよ、細かい事は兎も角、話すことは伝えてありましたから。そろそろ来るはずです」
すずかが言い終わらないうちにアリサ・バニングスが門前でチャイムを鳴らしているのが見えた。
すずかも策士だなと考える、まあ、3人の少女達はある種の天才といっていい子ばかりだ。
アリサ・バニングスは学校のあらゆる教科で飛び級出来るほどの得点をたたき出し、
それに親が電機屋を中心とした世界規模のチェーン店を運営していることもあって帝王学を学んでいるとか。
すずかは、血筋のせいか見た目に反して運動能力がずば抜けており、姉の影響で機械工学をこなす。
なのはは、古流剣術を伝承している家系のせいか、戦闘における心構えがなっており、意志を貫くことに関しては他に類を見ない。
魔法が使えるようになったことである意味飛びぬけた存在となった、料理に関しても、大人顔負けの腕を持っている。
ラピスやフェイトのような特殊な存在と比べても遜色ないというか普通に育ててこんな子が育つわけはないという子ばかりである。
「あっ、アキトにリニスさんこんにちは」
「こんにちは」
俺は軽く手を挙げて応じるが、アリサ……なぜ俺が呼び捨てでリニスはさんづけなんだ……。
すずかも少し苦笑している。
「それで、何を教えてくれるって?」
「うん、私の口から話していいかな?」
「ああ、構わない」
「意味深ねぇ、まあ、おおよその予想はついてるけどさ」
すずかがアリサに事情を話す、魔法の事、なのはの現状、事件のあらましなど。
アリサは既になのはやすずかがなんらかの事件に巻き込まれていて、
その原因の一端が俺を含む居候達にあることは予想していたようだが、魔法や時空管理局のくだりになると驚いてもいた。
「それじゃあさ、その敵のせいでなのは達が時空管理局とかいうところに匿われてるっていうの?」
「うん、だけどなのはちゃんやフェイトちゃんの性格を考えると、事件が起こってじっとしていられるのかわからないから」
「……そうよね、あのなのはだもん……何か出来る事はないかって走り回るんでしょうね……」
「そして、管理局という組織が敵を倒す事を第一にしている以上、いずれはぶつかる」
「それまでに何とかしたいっていうわけね。
おっけー、アンタみたいなのが仕切ってるのはちょっと気に食わないけど乗ってあげる」
アリサは意外に軽く同意した、その眼にはどこか怒りが渦巻いているようにも見えた。
それは、今まで誰にもその事を話してもらえなかった、親友として一番頼りにされていないという思いから来るものに思えた。
アリサは意気込んでいるようにも見えたが、ある意味地味な仕事だけに少し不満かもしれない。
実際、その後の聞き込みは小学生二人をメインに、俺達は近くから見守るようにするだけだった。
俺達のような人間が聞き込みをすればそれだけで病院に警戒され、果てははやて達の耳にも入りかねないからだ。
「どうやらこっちみたいね、海鳴大学病院に来たのを見たことがある人が何人かいたわ」
「そうか……なら、次の段階だな」
「ハッキングでもするわけ?」
「それでもいいし、場合によってはリニスに魔法で侵入してもらうのも手だな」
「荒っぽいわね、見つかってもいいの?」
「事を荒立てたくはないが……」
「なら、私に任せてよ。これでもそっち方面には明るいんだから」
「ほう」
俺は少し意外だった、アリサはどう見ても行動的というかアウトドア派だ、なのにハッキングをこなせるというのだろうか?
まあ、天才の名に恥じないように、ほぼ全ての教科を数学年上までこなしているらしいが。
ハッキングはまた違った才能を必要とするのも事実だ。
「あっ、ハッキングが出来るとか思った? そうじゃなくてね、ピッポッパっと」
「ん?」
「はい、いつもどうもです。アレのパテントはそっちに回すことにしました。
でも、その代りといってはなんですが、ちょっとお願い聞いてくれますか?
ええ、患者の状態なんですけどね、ここ数年の推移も含めてお教え願えませんか?
できない? そうですか、それは残念です。ではこちらの方としても……。
だめです。今すぐでなければ権利を移動させてもらうことにします。
もちろん、それを悪用するような真似はしませんよ。
はい、はい、お願いします」
「……強請ったのか?」
「人聞きが悪いわね、取引きをしただけよ。もともとこの病院ウチと取引があったし。
ちょうどいろいろあって、あたしが薬の開発の手伝いしたのよ。
その薬がたまたまアタリでね、今はパテントの半分もってるから、あの大学病院はのどから手が出るほど欲しいってわけ」
「なるほど」
それにしたところで、薬剤師でもないのに薬を作ってしまうというのは天才ゆえかそれとも異才というべきか。
どちらにしろ、これでかなりやりやすくなりそうではあった。
すずかの家に戻ってくるころにはメールで病状と推移が書かれたものがきていた。
「どうでしたか?」
「やはりな……ここ数年で徐々にだが悪化している、更にここ半年は加速するように悪化が酷くなっている」
「はやてちゃん……」
「ん〜……あたしはそのはやてっていう娘と会ったこと無いけどどういう子なの?」
「いい子だよ、足は動かないけど、明るくて、それにアキトさんとラピスちゃんが料理御呼ばれしたことがあるけど、
とっても上手だったって言ってたし、一緒にいると元気になる子かな?」
「ふーん、すずかが言うならそういう子なんでしょう。でも、そんな子が事件に関わってるってどうして言えるの?」
「まだ確証があるわけじゃない、ただ、彼女らに対するカードはこれ以上は望めないだろうな」
「答えになってないわよ。それとも話せないこと?」
「確証が持てないうちに話すと偏見を持たれそうだからな」
「あたしそういう言い回し、あんまり好きじゃない。結局隠し事じゃない」
「否定はしない……まあ、会ってみればおおよそわかる」
「ついていってもいいんでしょうね?」
「駄目だ、今回は戦闘する可能性も高い、できれば俺とリニスだけで行きたいところだが」
アリサは俺に対してまだ不信感のようなものを持っているようだ。
当然俺の言うことを100%信用しているというわけでもないのかもしれない。
しかし、同時に真実を確かめたいという思いも強いようで、睨みつけるように見られている。
「駄目だよ、アリサちゃん。私たちだってまだ許可はもらってないもの。
でも、お姉ちゃんが言うには……」
「おっ、帰ってきてた? すずか、ちょうどよかったわ。アレ、一応完成したわよ。
それから、リニスに預けられてた媒体からおおよそデバイスの理屈もわかったし。
今ならデバイスを作ることもできると思うわ」
「俺用の刀も用意してくれたか?」
「全く、変な注文してくれたから困ってるわよ。今はまだ無理ね。
変わりといっちゃなんだけど、これでも持って行きなさい」
手渡されたのはただの黒い棒。
150cmほどのそれは手になじむ大きさではあるが、刃もなく、ただまっすぐなだけである。
「その棒はパワードスーツにも使ってる素材なんだけど、魔力を拡散させる効果と魔法に対する耐久性があるわ。
とはいえ、ある程度に過ぎない、突き詰めるところまではいってないから、刀匠に頼める段階でもないの。
それでも他の武器よりは役に立つはずよ」
「ほう……」
「お姉ちゃん、じゃあ……」
「そうね、実戦データが欲しいところだし、準備はしておくわ。
でも、できるだけあんた達でなんとかしなさいよ、まだパワードスーツは魔法を受けて大丈夫という確信はないんだから」
「わかった」
「えーっ、せっかく出られると思ったのに」
すずかはうなずくものの、忍に続いてやってきたアリシアは不満そうだ。
アリサはなんとなく事情を察したのか少し考えている様子。
ラピスやノエル、ファリンらはまだ向こうに籠っているのだろう。
開発にはいろいろと手がかかるのは事実だ。
むしろここまでよくやったというべきだろうな。
「足手まといになるのも嫌だし、あたしは今回待ってることにする、でも報告はしなさいよ」
「うん、ありがとうアリサちゃん。パワードスーツも使わないで済めばいいんだけどね……」
因みに、今用意されているパワードスーツは3m級の大きさを持っている。
これ以上大きくするとバランサーに手間がかかり、これ以下では装甲が気になる。
DFそのものの安定性がまだ得られない点もあり、結局のところ子供でなければ使えないという仕様らしい。
俺が使うことが出来ないというのは比喩でもなんでもなく、現時点でのスペック限界ということだ。
だが、すずかやアリシアのような少女を矢面に立たせるようなことはしたくない。
そのためなら、俺は何でもするつもりでいた。
「リニス、時空転移の反応を感知できるか?」
「マスターのサポートがあれば1km圏内での感知は可能です」
「ならば張り込みを行う、はやての家から少し離れたところに拠点を構えて待つことにする。
すずかとアリサはメンテナンストレーラーにて待機、目立つのではやての家から2km圏内に入らないようにしてくれ」
「了解!」
「はい、がんばります!」
実際2km圏内なら7分で到着可能ではあるので、サポートとしては十分だ。
俺達は配置につくことにする、戦闘が目的というわけではないが、かなりの確率で戦闘せねばならないだろう。
後は俺の交渉次第といえなくもないが、正直切り口には自信がなかった。
なぜなら、今回はまだ交渉に必要なパーツが足りていないからだ。
彼女らの目的、彼女らがなぜ魔力を集めるのか、おそらくははやての足を直すことと関係があるだろうという程度にしかわからない。
魔法でなんとかなるなら、彼女ら自身の手で直しているだろう。
それを考えるなら根が深いと考えねばならない。
だがもし、彼女らがはやてに対してしてきたことが演技であるなら、完全に敵対しなければいけないかもしれない。
もっとも、以前リニスが戦ったときの様子を思えばそんな事はないと思えるのも事実だが。
俺ははやての家から300mほど離れた空家に間借りする格好でしばらく待機することになった。
とりあえずリニスには失った記憶について話しておいたが、シグナムに負けたと聞かされて落ち込んでいた。
バイトは休む事になったので心苦しいが、このままではいろいろとまずいのも事実だ。
彼女らが何を考えているのか、それを知らなければ止める事も出来ないし、正しいのか間違っているのかもわからない。
そして、リニスが転移の魔法を感知するころには深夜になっていた、すずかやアリシアにはもう寝るように伝えた。
実質今回もリニスと俺の二人きりだろう……勝てるのかと言われれば難しい。
しかし、そのままにするつもりもなかった。
「転移反応あり、数は2、場所は320m南の公園です」
「よし、急ぐぞ」
俺は走ろうとするが、その腰ごとつかんでリニスが飛んでいく。
不安定な状態で抱えられながらではあるが、自分でふらふら走るよりも早いのは事実だ。
黙って抱えられながら目的地に向かう。
そこには予想通りはやての家で居候をしている二人、いや、一人と一匹か、がいた。
「久しぶりだな、ヴィータとザフィーラだったか?」
「ぐっ、なんでお前らがここにいる」
「話を聞いてもらおうと思ってな」
「こっちは、話なんぞねぇ! さっさと帰れ!」
「そうか、ならばはやてに直接話した方がいいかな?」
「なっ!?」
「やはり、お前たちの行動ははやてに関連するものか」
「……てめぇ、何を知ってやがる!?」
ヴィータと大型犬なのか狼なのかはわからないがザフィーラが警戒したのがわかる。
やはり、ほぼ間違いなさそうだな……。
「それほど難しいことを考えたわけじゃない、お前たちがはやての前に現れたのは彼女が9歳の誕生日を迎えたころらしいな」
「……」
「それ以後、特に変わった事は起こしていないようだった。例えば半年前の事件お前達は不干渉を貫いていた」
「だから……?」
「しかし、状況に変化が起こった、つまりはやての病状が悪化した。
その時期に重なるようにお前たちがリンカーコアを奪い始める、関連性を疑わない方がどうかしているな」
「けっ……おめぇなんかに何がわかる! 外野はすっこんでろ! はやてはあたし達が助けるんだ!」
こうもあっさりと答えてくれると助かる、まあおおよそはカマかけでわれていたにしろだがな。
つまり、はやてのあの状態を直すことがヴィータの目的、全員がそうとは言い切れないがおそらく表向きは同じ。
ピースはかなり揃ってきていた、しかし、まだ分からない事がいくつかある。
なぜはやてなのか、そしてなぜ足の回復に魔力を必要とするのか。
シグナムにしろ、ヴィータにしろ、ザフィーラにしろ、かなり強力な魔法使いに思える。
はやての足が悪いという程度なら魔法でどうにか出来そうに見えるのだ、だがそれをしない、それとも他に理由が?
「お前たちの魔法でどうにかならないのか?」
「そんな事でどうにかなるなら、あたしがどうにかしてる!」
「ならば……」
「待ってもらおう、テンカワ・アキト……」
「ッ!」
「ヴィータは誘いに乗りやすい、しかし、我らとて話してよいことと悪い事がある。
これ以上の詮索をするならば……」
「今一度私が相手をすることになる」
「シグナムか」
はやての家から歩いてやってきたのは感じていた。
どうやら、遠距離で会話が成立する何かをしているようだ、以前の俺とラピスのように。
「テンカワ・アキト……まさか記憶を取り戻しているとはな」
「俺も普通とは違うからな……」
「ならば今一度叩き伏せてでも……」
その言葉が終らないうちに結界が発生し周囲数キロを包み込む。
これは戦闘準備が整ったということの証ともとれる。
「その前に一言言わせてくれ、俺達は恐らくお前たちよりはやてを直す方法に通じている。
本当に直したいのであれば、俺達と組んだ方がいい」
「それが出来るならば、我々は普通の医者にはやての身をゆだねている、あれは医療技術も魔法治療も役に立たない。
書を完成させることでのみ回避できる……。
一度だけ問う、今見たこと聞いたこと全て忘れよ。そうすれば見逃そう……。
できないのであれば……切り捨てる」
「書の完成……そのために魔力が必要なのか……」
「その言葉を否定と取らせてもらおう、先ずはお前だな!」
シグナムは俺に向かって飛び込むように間合いに入り込んで来た、そして剣を抜刀しながら横に薙ぐ。
俺はその軌道を予測しつつ半歩身を引いて回避した。
自己暗示による肉体強化、というか脳内リミッターの解除による超反応だ。
木連式においては(<纏>まとい)と呼ばれる中伝技、
月臣が握力で北辰衆の頭骸骨を陥没させ、片腕の突き伸ばしだけで投げ飛ばしたというような芸当を可能にするものである。
(劇場版参照)
「なっ……?」
「驚くほどの事でもない、俺の足はここ半年ほどの車椅子生活で弱っているが、自己暗示というのは案外強力でね」
「だからといって何が出来る!」
シグナムが剣を切り返して俺の胴を薙ぎに来たのに合わせ、背中に差していた黒い棒を構える。
棒の手前3割を斜めに構えて剣を受け流してやると、シグナムは一瞬態勢を崩す。
俺は隙を逃さず半回転しながら片方の柄で足を狙う、
小さく飛び上がりながら下がるシグナムに棒を片手に持ちかえて突きを打ち込む。
しかし、シグナムはその攻撃をはじきあげ俺の腕が上がったのを見越して飛び込んできた。
勢いのまま掬いあげるような切り上げを飛びあがりながら反動で棒を振り下ろすという動作で逆激する。
シグナムは走り抜けた状態のまま腰を回転させて上に向かって切りかかる。
お互いがお互いをはじきあって5mほど飛び離れた。
「魔法使いというよりは、剣士だな……」
「ふっ、そう言うお前もいついこの間までは車椅子生活をしていたとは思えないな」
「こっちは時間制限付きなんだがね……」
「ならば、楽しませてくれた礼に……ん?」
「ああ、寝てるように言ったんだがな……」
『ちょっと、いつの間にかもう戦闘になってるじゃない!』
『報告とかこなかったから分からなかったんですよ。アキトさんきちんと報告お願いします!』
「はぁ……」
「ほう、これはまた物々しいな……」
「一応これでも時空管理局とはもめててな」
「へっ、どっちにしろてめぇらはあたしらを力で押さえつける気だろ? だったらやってやる」
「どうにも物騒な話だな……だが、それ以外にないならば」
タイミングがまずいな、パワードスーツのせいで向こうの考えが硬化してしまった。
一度引くべきかとも思ったが、向こうも引かせてくれるつもりはないだろう……。
この場をまとめる方法は……。
泥沼と化しつつある結界内で、俺は頭を悩ませつつ乱戦を恐れて本気になれないシグナムの相手をするしかなかった……。