「やっとできた……」
「ラピス……凄いわね、言われた時はまさかと思ってたけど。本当に作っちゃうなんて」
「忍が環境を提供してくれたおかげ」
海鳴市地下
ラピスの前には巨大なコンピューター施設が鎮座していた。
システム名はオモイカネYシステムver2.26。
オモイカネの演算能力を持った人工知能に魔法を演算するシステムを組み込んだものである。
もっとも、まだ試行錯誤を繰り返している段階ではあるが、
今まで使われたのを確認できる魔法に関するデータはほぼそろっていた。
「でもまだ、人工知能未発達。だからシステムの拡張とともに安定させていく予定」
「デバイスの人格システムとは随分違うわね」
「当然、魔法で人格を作っているわけじゃないし、限定的な思考でもない」
「人間の思考パターンに近いものということ?」
「近いともいえるし遠いともいえる、思考は対話によって安定するようになってるから、相手がいないと駄目だけどね」
「本当に感心するわね……今はアキトともほとんど会っていないんでしょ?」
「朝の挨拶はしてるし、時々布団にもぐりこんで一緒に寝てる。アリシアが先客してることもあるけど」
「ぶっ!? あああ……まあいいわ、後でアキトはとっちめておくとして」
「うん、起動実験に入る」
そう言って、切り離していたシステムを次々繋げていくラピス。
オモイカネのメインシステムはラピスが把握していたのでプログラムはエステバリスの理論と同時期に開発を始めていた。
しかし、魔法に対抗するための理論はリニスから学ばねばならず難航していた。
半年間かかって現在のシステムの形となった。
それは単純に言うとデバイスのプログラムをベースとしてオモイカネの人工知能を走らせるというものだ。
そのため、ラピスにも見慣れない文字が起動時に複雑にからまり、調整は難航していた。
だが、今回は特に不具合もなく起動までのシーケンスを完了したようだった。
「うん、問題ない……システム出力が高いからデバイスへの侵入も可能ではあるよ。
限定的ではあるけど空間処理で直接つながっていないものへのアクセスもできるよ」
「……凄いわね」
「ただ、これ自体が大きすぎるから海鳴市内より外は範囲外になるけど」
「今後の課題はそれか……了解、そっちは私の仕事よね。いずれ満足いくものを仕上げて見せるわ」
「お願い……私は疲れたから寝る……」
しかし、その時緊急を告げる警告音が鳴る、一瞬ラピスはオモイカネに異常でも起こったのかと端末を見るが、
起こっていたのは外、海鳴市の一角だった……。
「はやてっ! 大丈夫か!!?」
「主はやて!!」
「はやてちゃん!!」
駆け込んできたのは守護騎士達のうち3人、
ザフィーラは狼の姿では病院に入れず、人の姿では面識がないため仕方なく外で待っている。
とはいえ念話で逐一様子をうかがっていたが。
そんな状況で石田医師にいろいろ確認を取っている間、ヴィータははやての部屋に駆け込んだ。
無事を確認せねば気が済まなかったのだろう、とはいえはやては先ほど回復したばかり。
少しまだ息が荒かった……ヴィータは駆け込んだ勢いのままはやてに詰め寄る。
「はやて! 大丈夫か!? あの医者はちゃんと治してくれたか!?」
「ヴィータちゃん……はやてちゃんが困ってるでしょ……」
「あはは……心配させてしもたみたいやね。でももう大丈夫やよ」
「主はやて……とりあえず寝ていてください。お体に触ります」
「今りんご剥きますね。料理はまだ上手くできませんがこれくらいなら……」
「なんや、みんな大袈裟やなー。こんなん大したことあらへん。
大体みんな大袈裟なんや、ちょっと痛そうにしとるからって、そんな気にすること無いよ」
「だから寝てろって、無理ばっかしてると本当に体を壊すぞ!」
「ありがとうな……みんな」
はやてはどこか悟ったような顔で話している。
彼女の精神構造は少しというかかなり変わっている。
まず大前提として欲望が薄い、
グレアムからもらっている養育費としての金は、
彼女が多少悪い遊びを覚えたり、ブランド物を買いあさったり、旅行三昧していたとしても大丈夫な程度である。
だから守護騎士を養っても特に問題がなかったわけだが。
その割には、彼女はいつも自分でスーパーで買い物し、料理し、自分の生活を自分で律している。
しかも学校に行かない分の勉強は図書館に通いつめて自分で自習している。
多少知識にムラがあるのはやはり興味のあるもの中心になるせいだろう。
そう、彼女は自分を律し、自ら学び、自分で生活していたのだ。
9歳になるまでもずっと。
もちろん最初からそうだったわけではあるまい、最初はグレアムも家政婦などを雇って彼女の世話をさせていたはずだ。
しかし、8歳の時点で既に自活していたのも間違いのないところである。
彼女が料理上手なのは、かなりの期間自分で料理をしていた証拠でもある。
そんな、他人に頼ることを知らない、自分で自分を律し続けた子供が、温もりを得た。
彼女はそれを手放さないために、守護騎士には何も求めないという方法を取ったのだ。
それは、普通の人間ではありえないこと、普通一緒に生活すれば役割分担をすることになる。
しかし、はやてはそれをして守護騎士達がはやての元を離れるのが怖かった。
一緒に居続けるために、はやては彼女らを自分が庇護することにしたと言っても過言ではない。
だから、はやてが守護騎士に求めるものとは、彼女の近くに居続けてくれること。
心配も、苦痛も、あらゆる苦しみよりも、はやてが怖かったのは寂しさなのだ。
その心理は今も彼女の中にある、だから心配させまいと考える、自分と一緒にいることは苦痛ではないと思っていてほしいのだ。
そういう気遣いが、親しい者にとっては逆に苦しいのだという事をずっと孤独だったはやては知らない。
しかし、いや、だからこそ、とても言いづらいその一言をシグナムはどうにか絞り出す。
「……主はやて。このような場で貴方を苦しめる発言をすることをお許し下さい」
「……え?」
「貴方の足のしびれや差し込みなどといった全身に対する麻痺は全て我らが原因なのです」
「一体どういう……ことなん?」
「守護騎士システムを含む闇の書の防衛プログラムの暴走、それにより闇の書には多くの不具合が発生しているのです」
「防衛プログラム?」
「はい、闇の書は魔法の蒐集のために作られました。
ある種の文化遺産を残していくというような考えで生まれたものです……」
シグナムは書の歴史、本当の名は夜天の書である事、何故暴走を始めたのか、そして……。
何故はやてが足を悪くし、今差し込みを訴えるほどに全身に麻痺が広がっているのか。
それらについて事細かに説明した。
そこには、どこか自虐的な意図もあったのかもしれない。
しかし、それを聞いたはやてはただにっこりとほほ笑み。
「なんや、そうやったんか……気にせんでええのに」
「それは……どういう意味なのですか?」
「私な、一人で生きるのが辛かってん……だって、この世界にはたくさん人がいるのに誰も話しかけてくれへんのよ?
シグナム達が来るまでは、石田の先生以外誰も私の誕生日祝ってくれへんかった。
やからな……足が動かへんでも、早死にするとしても、一人でいるより皆でいたいんよ。
それって、我儘かなぁ……」
「それは……」
辛い……はやての望みはとてもはかなく小さくて、
そしてそれすらきちんとしてあげられない自分たちの不甲斐なさに守護騎士達は涙をためた。
自分たちの行いは褒められたものではない、今までしてきたことも、今している事も。
守護騎士といいつつ実際にマスターを守ることが出来たことなど一度もないのだ。
それどころか、書は望みをかなえることすらできない、小さな小さな願いすら。
シグナムは思わず黙り込んでしまう……。
しかし、はやては逆に安心したのか言葉を続ける。
「でも、そのリンカーコアっていうのを蒐集させてもろた人たちには謝らないかんよ。
私もできればついていきたいけど……この体やし……」
「あの、その事についてなのですが……」
「うん、なんやシャマル」
「このままでも、書は数日で蒐集を終了します。我ら守護騎士はもう集めてはいませんが……。
それでも、書を完成させようとする者たちがリンカーコアをささげ続けているのです」
「それって……どうなるん?」
「蒐集が終わり何もできなければそのまま暴走し、この星を巻き込んで融合し魔力が枯渇するまで暴れるか。
管理局のアルカンシェルという無差別破壊兵器で半径百数十キロごと消滅させられるかどちらかでしょう」
「……それって、まずいんと違うの?」
「はい、どちらにしろ死傷者は万単位では効かないかと思われます」
「……規模大きすぎて判別できへんのやけど」
「アルカンシェルに限って言えば周りの県まで巻き込んで日本に大穴があくことになると思います」
「ははは……ようわかった。つまり私らは今大迷惑ものやっていうこと?」
「……はい」
カラ元気でも出ただけマシである、今はやてに突きつけられた現実は果てしなく重い。
つまり、このまま重病人でいればいいというわけではなく、
死んでも、死ななくても、存在そのものが迷惑至極であるということ。
もっとも、シグナムはこれでも被害をぼかしている。
星ごと融合して暴走する場合他の次元まで巻き込むということや、
アルカンシェルを打ち込まれれば、マントル下層部の柔らかい部分まで貫くだろう。
そうなれば複数のプレートが割れ日本が沈没、更には津波で太平洋側の都市は軒並み壊滅だろうということ。
アルカンシェルでも数憶、場合によっては他の次元も含め数百憶の死人が出るだろうことを。
「なんとか……その、被害をなくす方法はないんかなぁ」
「ない、こともないのです。可能性は低いのですが……」
「えっ、あるん?」
「はい、ただしその為には主はやてに辛い思いを強いることになります」
「そんなんかまへんよ。私は大抵の辛い事はがまんできる。そうやって生きてきたつもりやし」
「だから余計押し付けたくねぇんだ……」
「ヴィータは優しいね。でも、言うて。私そんな大迷惑ものとして終わりたないし」
「それは……」
シグナムは管制人格のことについて話し始めた、
その事を話すことが出来ること自体が管制人格が許可したことなのだから警戒する必要もないのだろうが、
それでも、どこか引っかかりを覚えてもいた。
「そうか……その子ここにおるん?」
「書と共に」
『はじめまして、マスター。私が書の管制人格です。
先ほど聞き及んだかと思いますが、私は貴方に安楽な夢の中で居続けてもらった方がいいと考えます』
「へぇ、またどうして?」
『失礼ですがマスターは今まであまり良い生活をしてこなかったのではないですか?
マスターの寂しさや悲しみは書を通して私にも流れ込んできます。
それに、完成した書の暴走は多少プログラムを上書きした程度で止まるようなものではありません。
マスターが逆にプログラムに飲み込まれる可能性の方が高いのです。
そのリスクについては、守護騎士達にはわからないことですので。
正直私はお勧めしたくないのです』
「それって、私の事を心配してくれてるん?」
『それは……むしろ当然のことです……』
「なら大丈夫や、そんなええ子の事をマスターが信じへんでどうするんよ?」
『え……』
「うーん、でも私そうは言っても子供やし。なんかええ案ないかな……」
『本気で防衛プログラムを排除するつもりですか?』
「それしかないんやろ? そんな沢山の人を巻き込む大迷惑ものになりたないなら」
『それは……そうですが……』
「ならばやはり、テンカワ・アキトと連絡をつけるのがよろしいかと」
「えっ?」
「私は何度か彼に会い、そして書の暴走を抑え込み、そしてマスターを助けることについて話す機会がありました」
「えーっと、それって……」
「はやてよりよっぽど詳しいってことだよ」
「あはは……なんか仲間外れやな私……」
「はやてちゃん……」
ちょっと拗ねて見せるはやて。
実際緊張と責任の重さにいつ押しつぶされてもおかしくない。
しかし、確かにアキトのような存在は今とても欲しているのも事実なのだ。
なんだかんだ言っても、はやて自身は魔法も暴走についてもさっぱりわからない。
管制人格が言うには書が完成すれば知識は自動的に受け継がれるそうなのでそれほど気にしなくてもいいのかも知れないが。
逆にいえばそんな知識があっても今までもマスターは防衛プログラムを阻止できなかったということでもある。
つまり、闇の書に関わる者以外の知識は重要だということになってくる。
守護騎士でも書そのものでもなく、利害が一致する存在が必要なのだ。
そう言う意味ではアキトとは面識もあり、はやてとしても願ったりかなったりだった。
そうやって少しだけ落ち着いてみるとはやては少し気になる事が出てきた。
「そういえば、完成人格って名前ないの?」
『管制人格です。名前は……書に付随するものですので夜天の書なり闇の書なりとお呼びいただければ』
「んーそれもなんや味気ないな……うん、完成までに名前考えておくことにする。絶対気にいるの考えるさかいな♪」
『そんな……』
はやてはそうして自分を鼓舞しているのだが、そこまでは管制人格にはわからなかった。
それを見ていた守護騎士も少しだけ救われた気がした。
しかし……ちょうどその時、強力な結界が張り巡らされた。
「結界!?」
「なんだこれ……病院を中心に展開してやがる」
「これは……ミッド式。それも管理局がよく使うタイプです」
「管理局……とうとうここを嗅ぎつけてきたか」
守護騎士達は怒りを感じていた、これから、丁度これからだというのに……。
一体どうしてこのタイミングなのだと。
その怒りから瞬間的に病院の屋上まで転移した4人はその眼を疑う。
「お早い到着だな」
「お人形とは思えませんね……」
「おっ……お前たち……?」
その場にいたのは、テンカワ・アキトとリニスの2人。
ただし、空中に浮いていた……。
シグナムは次の瞬間自分の犯した愚を悟る。
自分たちの中央にはやてが召喚されてきたからだ。
「あっ……アキトさんにリニスさんも……なんで空に浮いてるん?」
「お前らいったい何しに来やがった……。返答によっちゃ容赦しねぇぞ」
「はやて、俺の後ろに隠れていてほしい」
「ザフィーラ、もしかして表で待っとってくれたんか」
「問題ない。それよりも今は……」
「ああ、不自然な登場したあいつらに、聞いてみたい事が出来たな」
「管理局とつながっていたということでしょうか?」
「……どうだろうな……しかし、不自然なのはそれだけではあるまい。飛龍一閃!」
「ふっ、どうしたんだ? 俺達は仲間じゃないのか?」
「その冷笑、見下している者への侮蔑から来るものだ。テンカワ・アキトはそう言うことはしない」
「ほう、もうそこまで情を通じていたとは、計算外だったな」
口ではそう言う空を飛ぶアキト。
しかし、自身に満ち溢れているそれはいったいどういう事なのか。
「貴様らは、仮面の男、いや女だろう……覚えているぞ」
「へぇ、あいつらなのか。だったら、あたしも礼を言ってやろうと思ってたところだぜ。
いけるな? ヴラーファイゼン? ラーケンハンマー!!」
「どちらにしろ、同じことですね。さあ……」
「はやてよ、お前にはもう絶望しかない」
その言葉をアキトとリニスが紡ぎ終わると同時に。
その指先にはカードが出現していた。
カードは彼らの指の動きに合わせ分裂し、迎撃しようと動き出した守護騎士達の周囲に出現。
直後には青白い光の紐と化し、4人を一斉にしばりあげる。
「まったくベルカ式は扱いやすいな」
「ですね……でははじめましょうか」
「まって……あんたら……何するつもり!?」
「闇の書の蒐集を手伝ってやるんだよ。守護騎士というのは闇の書のエネルギーで動いているんだ。
中に戻せばエネルギーになるのは当然だろう?」
「……まさか」
「まずは一人」
「ガハァ!?」
アキトはシグナムの胸に拳を突きいれリンカーコアを露出させる。
書はそれを待っていたかのように、コアを吸い込んでいく。
はやては管制人格にやめてと念話を送ってみるが、それは無視された。
「やめて! なんでそんなことを!?」
「お前がマスターにならないことには闇の書を封印できないからな」
「さあ、次はこっちの筋肉ダルマにしますか」
「ザフィーラ!?」
今度はリニスがザフィーラのリンカーコアを掴み出す。
すると闇の書は貪欲にそれをのみこみ闇をまとい始める。
「さあ、ここまで来ればもうお前自身がやれ」
闇の書はアキトの命令に従うがごとく、残る二人のリンカーコアを露出させ、吸収した。
4人の体はその瞬間霞のごとく消滅してしまった。
はやては、涙目になるばかりで現実を理解しようとしなかった。
しかし、それが出来たのはほんの数秒のこと。
闇の書がはやての前で黒くいびつな光を放つのを見て、瞬間確信した。
4人は本当にいなくなってしまったのだという事を。
「すっきりしたな。これでおまえはまた一人だ」
「いぃぃぃぃぃぃ、やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!???」
自分の存在意義の崩壊するのを感じながら、はやてはただ絶叫した。
真っ白に、あらゆるものが真白に染まる、視界はモノトーンとなり、全ての意味が失われる。
その時、一時的にしろはやては狂っていたのかもしれない。
願いとも呼べない情動に支配されただただ絶叫し続けていた。
闇の書はその張り裂けんばかりの怒りと悲しみを受けて、はやてを闇で包み込む。
アキトとリニスは、それを見届けるとその場から消え去った。
アキトとリニスは先ほどの病院からかなり離れたビルの上に出現する。
そして、二人の姿は仮面の男の姿へと戻り、その状態でカードをまた取り出す。
しかし、その瞬間。
この空間に仕掛けてあったのだろう、バインドのトラップが発動した。
「ストラグルバインド、相手を縛り強化魔法を無効化する。
あまり使いどころのない魔法だけどこんな時には役に立つ……」
「ぐはぁ!」
「うぅぅ!?」
「変身魔法を強制的に解除するからね」
「「ううぁぁぁぁぁ!?」」
二人の絶叫と共にかぶっていた仮面がポトリと落ちる。
変身の力を失った二人はその真の姿へと戻る。
その姿は、クロノがよく知る使い魔の姿。
リーゼロッテとリーゼアリアの姿だった。
しかし、捕まったにも拘らず二人は悔しそうにこそしているが、罪の意識をみせてはいないようだった。
「クロノっこのぉ!!」
「こんな魔法教えてなかったよね……」
「一人でも精進しろと教えたのは君たちだろう……」
クロノ自身、捕まえたことに全く嬉しそうにしていない。
身内から犯罪者が出たことの怒りと、同時に理由が想像できる故の悲しみ。
クロノの中にあったのはそれだけだった……。
「フェイトちゃん……」
「うん……」
フェイトとなのは、アルフとユーノの4人は病院の近くまで来ていた。
理由は異常な魔力反応の調査ではあったが、既におおよそ見当はついている。
闇の書が発動したのだ、はやてとは面識のないなのはとフェイトだが、少女が飲み込まれる瞬間を目撃することになった。
その闇は、銀髪、赤眼、抜けるような白い肌をし、耳元に一対、背中に二対の漆黒の翼と漆黒の装束を纏った人の姿を取る。
闇の書の管理人格の基本形態にして、本来マスターを包むバリアジャケットの基本形。
その魔力は666ページに収集された全てである、
魔力おおよそ6660万という桁違いの魔力を有するその書に正面から対抗するのは不可能に近い。
だが、同時に管制人格が操れる魔力には限界があった。
当然操れなくなった時点で暴走がはじまりすべてをのみこむ。
なのはとフェイトもそのプレッシャーにあてられたのだ。
例え全力を出せないにしてもその力は彼女らの優に数倍。
魔力供給はまず途切れることはないので、砲撃戦闘をずっとすれば息切れを起こすのはなのは達のほう。
しかし、実質的な違いはそれだけではなかった……。
「また……全てが終わってしまった……。幾度こんな悲しみを繰り返せばいい……」
「あの子泣いてる?」
「我は闇の書、わが力のすべてを……主の主の願い、そのままに……」
闇の書を名乗った管制人格はその凶悪なほどの膨大な魔力を空へと伸ばした掌の上に発生させる。
機械的なまでに無表情なその姿とは裏腹に、その女性は涙を流している。
まるで、こうなってほしくはなかったと思っているかのように。
しかし、彼女は躊躇うような素振りもみせず、発生した巨大な黒い魔力球の力を開放する。
「ディアボリックエミッション……闇に染まれ……」
そのキーとなる言葉と共に発生した衝撃波は半径数キロに及ぶ広範囲へと向けて無差別に走る。
無機物をすり抜けて有機物だけを破壊していく様は異様と言ってもよかった。
広域攻撃魔法、射撃、砲撃、意外のもう一つの遠距離魔法である。
普通広範囲を攻撃するには魔力の無駄が多すぎあまり使いたがらない。
Sランクの魔導師ですらそれは同じだ。
しかし、魔力の上限が桁違いになっている闇の書にとってみればそんな事は些細なことにしかすぎない。
だが、それだけに受けるなのは達は正面にラウンドシールドを展開しつつも押し切られる形でふっ飛ばされるほどの力を受ける。
とりあえずビルの陰に隠れてやり過ごしたものの、厄介さはまずまともなレベルではない。
「ふう、カートリッジシステムをつけてなければ危なかったね」
「うん……でもあれじゃ回避には意味がないかな……」
「そうだね、遠距離砲撃で足を止めるしかないかな」
「でも、魔力が暴走を始めたらこのままじゃ駄目だよね……」
「その辺はリンディ提督ならなんとかしてくれるさ。いざとなればアルカンシェルもあるし」
「そういえばユーノ君、アルカンシェルってどんな砲撃なの?」
「接触点から半径百数十キロの次元をゆがませて消滅させる管理局の切り札の一つだよ」
「……それって、海鳴市消えちゃわない?」
「それじゃすまないよたぶん……でも最悪の事態に陥ればこの星が闇の書に飲み込まれてしまう」
「結局どうすればいいの?」
『なのはさん、とりあえず足止めをお願い。今クロノが犯人を捕まえたわ。
背後関係の洗い出しが終わり次第そちらに向かわせるから』
「でもクロノ君一人じゃ……」
『いいえ、それだけじゃないわ。アキトさんが今面白いことをしてくれてるみたいよ』
「えっ、義父さんが?」
『上手くすれば闘わなくても良くなるし、悪くても動きが止まるそうよ』
フェイトはびっくりして声を上げる、そのせいで闇の書に見つかってしまったらしく、砲撃魔法でビルに穴をあけられてしまった。
もっとも、結界は少し前から張り巡らされていたので現実世界には被害はないと思うのだが、
それでもその威力は彼女の最大威力を上回るものだった。
フェイトは緊張しながらも、リンディに言葉を返す。
「私も頑張るので、義父さんにも頑張ってって伝えてください!」
『ええ、伝えておくわ』
フェイトはなのはに向かって、とにかく時間を稼ぐように言う。
アキトのことを伝えながら、なのははそれを聞き、頷くと砲撃呪文をセットアップする。
フェイトは頷き返し、自分も身構えた。
「ただいま……かな?」
「アキト!」
「アキトさん!」
「いつもながら幼女ハーレムねぇ」
「そりゃ仕方無いんじゃない、義父さんはそう言う星の下に生まれてるんだよ」
「どういう星の下だ!」
「何で俺までここに……」
「まあまあ焼かない焼かない、恭也には私がいるでしょ?」
「誰が焼くかっ! というかお前はいいのか? 妹もぞっこんのようだが?」
「いいのよ、初恋は蜜の味ってね?」
「お姉ちゃん……」
先ほどの地下施設にアキトがやってきたことで、一気ににぎやかになる。
それをほほえましく見ているリニスも子供に好かれるアキトをうらやましく思うとともに一緒にいられることを喜んでもいた。
因みにこの施設こそ相転移炉を設置した地下施設であり、最高硬度を誇る外壁に守られた月村家の城塞ともいえるものだ。
当然、炉に闇の書が融合してしまえば相転移炉の力を逆用されてしまう可能性がある。
最重要で守らなければならない場所でもあった。
「先に作戦の概要は伝えてあると思うが。
お前たちにやってもらいたい事は施設の防衛だ。
何事もなければそれでいい、しかし、場合によっては闇の書の暴走に巻き込まれる可能性がある。
もし、その時炉を破られれば海鳴市くらい吹っ飛ぶかもしれん」
「まったく、得体のしれないものの相手をさせる気か?
人相手ならともかく、サイズの圧倒的に違うようなのの相手まで引き受けるのは……」
「問題ありません」
「ん?」
「ええ、私達はそのためのメイドですから」
そこでずずっと進み出てきたのはノイエとファリン。
ロボットメイドという奴だ、もっともそれを明かしているのはごく一部の人間に対してのみ。
だが、ここにいるメンバーは皆知っていた。
「それに、私たちもパワードスーツがあるしね」
「うん、アリアもオラトリオも整備は万全だよ」
「そして、私もサポート致します」
「リニスがついていてくれれば安心だね」
「ほらほら、後はあんただけよ」
「くっ、いいだろう……これは貸しだからなテンカワ」
「感謝する」
アキトはそのまま歩をすすめ、奥の部屋へと向かう。
そこには、巨大なコンピュータシステムが鎮座していた。
きちんとした形状の安定化を図っていないため、少し雑然とした印象のあるその部屋に、
一つ鎮座しているのは球形のコックピットのようなもの。
隣に座っているラピスはIFSを起動してシステムを立ち上げていく。
「アキト、準備整ったよ」
「待たせた」
「はやてを助けてあげて、彼女にはまだ料理を教わってない」
「そうだな……サポート頼むぞ」
「うん」
そしてアキトは球形のコックピットへと入りこんだ……。
部屋のシステムが緊急レベルで稼働し、ひときわ明るくなる。
その時、海鳴市はたった数秒だが停電になっていた……。