テンカワ・アキトがミッドチルダへ来て2年。
その間管理局側とのさまざまな攻防があったが、表面化するほどの事もなくそれなりに平和な日々が続いていた。
アキトがはやてから引き継いだリインフォースのお陰もあって聖王教会との関係が良好であるせいもあり、
それなりに余裕のある外交が出来たせいもあるだろう。
とはいえ吹けば飛ぶようなギリギリの状態であることには違いなかったが。
「キューちゃん、こっちやこっち」
「待ってください、マイスターはやて!」
「そんなこと言うてる暇あらへんよ。向こうでフェイトが待ってるんやから」
「特訓というのは分かるのですが……」
「せっかく足も動くようになったしな。これからは迷惑かけるんやなくて、みんなを守ってあげたいおもうてるんよ」
「そうですね! マイスターの前向きな姿勢はとてもいいと思います」
「なんや照れるなぁ、ディも急に大人っぽい事言わんといて」
「何を言っているんですか、私は大人です!」
そんな言葉を交わしながらはやてが小人のような飛行物体と話しながら駆けてきた。
この小人のような物体こそ、はやての新しいユニゾンデバイスである。
見た目は水色の髪に水色の目、水色の服を着ており、
キューちゃんと呼ばれるこの少女? の正式名称はキュールシュランク、涼やかな風の名を冠している。
まあ、ドイツ語においてはリインフォース同様意味不明だが。
リインフォースが祝福の風だったので、それにあやかってなのか。
それは兎も角、大使館裏の林にやってきたはやては先客がいるのに気づく。
先に来ている事がわかっていたフェイトと本日の教師であるリインフォースだ。
アキトはリニスを連れて他の世界の視察に出かけたのでリインフォースの魔力は0になっている。
しかしそれでも知識や感知能力まで失ったわけではない。
「主、来ましたね」
「あははは……ちょっと遅れてもうた。フェイトちゃんもごめんな」
「いえ、私も今来たところだし。ちょっとアルフが陶芸をはじめたいって朝はその事を二人で調べてたの」
「ええっ!? なんとゆーか、イメージにぁ……いやいや、アルフもいろいろやってみとんのやねきっと」
「えっ、うん。この前はヴィータと一緒にゲートボールしてたよ?」
「うわぁ……」
「二人とも大人しいのは似合わないと思うんですけどねぇ」
「こらキューちゃん! あかんよ、人の方向性は無限大なんやさかい」
「それを言うなら可能性じゃ……」
この時ヴィータがくしゃみをしたとかしないとか。
丁度海鳴市のゲートボール大会に参加しているヴィータだった。
「では、主、フェイト、始めましょう」
「ええよリイン、結界張るな」
「よろしくお願いします」
そういうとはやては首元の十字架を投げ上げる。
一瞬にしてはやての服は脱着し、
バリアジャケットと呼ばれる魔導師の防護服(見た目は白いベレー帽と白いコート、黒いミニスカというもの)に変わる。
そして、十字架は巨大化し、先端に十字架のついた杖になる。
どこからともなく取り出した西洋古書のような本を開くと杖をひと振りする。
すると大使館全体が結界で覆われた。
「ふう、こんなもんでどうやろ?」
「はい、ユニゾンなしでも十分コントロールできるみたいですね」
「流石マイスターはやて、覚えるのが早いですね!」
「戦闘はまだ難しいんやけどね」
「あまり戦闘にこだわる必要はないと思いますが……」
「そうは言うても、いろいろ気になってな……」
「はやて……」
「フェイトちゃんはどうなん? なんでまた勉強してるん? 十分強い思うけど」
「私は……義父さんを守れたらって……」
「ほう、それはそれは」
「主?」
「リインも鈍いなぁ、あれは恋する……」
「ちっ、違うよっ! 私は義父さんに子供でいいんだって、我がままでいいんだって教えてもらったから。
今はとっても幸せだよ? だから義父さんにも何か恩返ししたくって……でもなにも思いつかなくって……」
「あー……うん、それも一つの考え方やね……」
はやては何となくわかった、こいつは自覚してないと。
自覚していない人間に無理に自覚させる必要もない、何故なら競争率はかなり高そうだから。
ラピスの他にもすずかやリニスが既に意思表示を始めているし、人を助ける事を趣味のようにしている人間だ。
当然その手の人間からは好意をもたれているだろう。
かく言うはやても全く意識していないとは言えない状況だと感じてはいる。
だが、それらは恋と呼べるほどはっきりしたものではない。
あこがれの要素も強いからだ。
しかし、それも年齢が一定を超えてもそうだった場合は話が違ってくる。
はやてはこの先どうなるか、不安であるとともにおもしろくもあった。
「では、今回は模擬戦を行います。フェイト、準備してください」
「はい」
フェイトもバリアジャケットを纏う、フェイトのバリアジャケットは黒一色。
一部のベルトやマントの裏地が赤いだけで黒マント、黒いノースリーブのレオタード、黒いニーソという出で立ちだ。
ある意味体を出しても自信があるからやってるんだろうなと、体が小さい自覚があるはやては嘆息する。
「はじめ!」
リインフォースが言葉を終えると同時に二人は空中に飛び上がる。
間合いは近接、フェイトががぜん有利に思える。
事実、フェイトはバルディッシュをハーケンフォームへと変えて接近してきている。
しかし、はやてはユニゾンを既にしている状態だった。
「リフレクション・シェード!!」
はやての展開した巨大な盾は三角の形状をしており、
フェイトはハーケンを振り下ろした瞬間斥力が働いたかのように弾き飛ばされる。
このシールドは一般的なものとは違い衝撃の方向を逆転させるという魔法である。
アキトの戦法をリインフォースは研究しており、ベクトル変化がどれほど強力かを身にしみている。
そのためはやてやフェイトにはその事を踏まえた魔法をいくつか開発して伝授してある。
「やはり、かなり練りこんできてるね」
「随分やられたしな、今ならあたしもただの近接で勝てるほど甘くないつもりや」
『でも、ちょっと遅れ気味でしたね、バリアジャケットにほころびが出来てます』
「う、キューちゃん厳しいな」
「じゃあ、次いくよ?」
「そう簡単にいかせへん、次は私の番や!」
フェイトは空中に黄色い魔力球を1ダースほど生み出し、はやてを囲むように撃ちだす。
対してはやては全方位へ向けての魔法ディアボリックエミッションを放つ。
溜めの時間が少なかったため威力はほとんどなかったが、フェイトの魔力球の操作を乱すには十分だった。
しかしフェイトはバルディッシュをザンバーフォームへとシフトし突撃をかける。
大魔法の後の硬直は威力が小さくてもそれなりにあるため、フェイトに部があるように思えたが、
ザンバーははやての杖(シュベルトクロイツ)に防がれる。
これも通常では考えにくいことではあったが、リインフォースに近接戦闘用に仕込まれた戦法の一つだ。
杖の強度が通常のものとは全く違うものになっている、その分余計に力を消費するがはやてには負担にもならないものだ。
しかし、当然ながら勢いも力も違うのではやてはつばぜり合いの状態を維持できない。
互いに斥力を発生させて距離をとる。
「ここまでできるようになるなんて」
「はぁ、はぁ、よう言う……まだ本気やないんやろ?」
「ううん、攻撃は全部本気だよ。正直捌ききられるとは思ってなかった」
「そっか、じゃあ次は私の番やね……」
「うん、やってみせて」
はやては最大魔法の一つであるラグナロクの詠唱に入る。
対してフェイトは耳慣れない詠唱を始めた。
プラズマスマッシャーと同じ呪文も多く混じっているが、違和感がつきまとう。
はやては少し気になったがラグナロクを放つ。
対してフェイトもプラズマスマッシャーを放ってきた。
「力押しなら負けへん!」
「プラズママッシャー・ファランクスシフト」
放たれた雷撃の魔法が拡散せずまるで凹レンズを通したように収束する。
そしてその一点の密度は数倍のものとなっていた。
力場の形成が可能ならば収束も可能という理屈のもと、
フォトンランサー・ファランクスシフトと同じように収束する事を課題としたリニスの言を取り入れてのものだった。
もちろん、プラズマザンバーブレイカーのようにバルディッシュに頼った形なら同じような砲撃も可能だが、
この方法の要所となる所はレンズを置く場所や角度によっては砲撃を曲げられるところにある。
「ラグナロクのエネルギーの真ん中を抜けてくる!?」
「このまま押し切る!!」
「うぁああぁぁぁあ!!!」
『きょえぇぇぇぇ?!』
「はぁはぁ……まだ収束はあまり得意じゃないみたいだね」
「そうやな……どうしても自分でもパワーに振り回されてまうわ」
「あうぅぅ目が回りますぅ」
「キューちゃんも、ごめんな酷使して」
「いえ、マイスターはやてとの連携は完璧にしないとですし!」
「はは、ありがとうな」
「では今日はここまでですね、各自課題は自分で気が付いていると思います」
「うん、あたしはパワーに頼りがちになって収束がうまくいかないことやね」
「私は戦闘が直線的になりやすいことでしょうか」
「はい、主は基本的に受け身ですのでエネルギーを要所に集中して次の行動のために余裕を残しておく事も必要です。
砲撃の集中もですが、相手を束縛、または行動を制限するような、場そのものに対する魔法を使った方がいいですね。
フェイトは近接戦闘に頼りすぎるきらいがあります、また、離れたら砲撃では読まれますよ?
折角速度があるのですから、かく乱戦法を中心にした方が被害は少ないでしょう」
「「はい」」
事実として異質な魔法であるミッド式とベルカ式、
そしてアキトが今まで使って見せたような戦法をとり混ぜて彼女らはメキメキと力をつけていた。
現状ではポジションに合わせた戦法をメインとしているが、時期を見てオールラウンドな戦い方も教える予定だ。
魔法=戦闘であることを嘆くアキトにとってはあまり嬉しくない事だが二人は確実に魔導師として育っていた。
ここは海鳴市の地下、月村重工の巨大地下施設。
そこでは一つのプロジェクトが立ち上がっていた。
あくまで最悪の事態を見越してという名目ではあるものの、
管理局に対抗できるだけの力を早急につけたい国連上層部が、指示した形である。
2800倍と言われる戦力差、単純兵力もそうだが、何と言っても宇宙船がないことが大きい。
そのため、世界各地で極秘裏にその計画は進められている。
まだたった一隻のテストタイプの開発段階にすぎないが、
それでも2年でここまでもってこれたのは大きいのかもしれない。
「へぇ、そうなるわけね」
「うん、理論値と期待値が違ってくるから。結果を出すにはまだかなり必要」
「でも凄いねラピスちゃん。もうここまで出来てるなんて」
「そうでもない、忍やすずかの協力が得られたことが大きい。私では設計は出来ても作ることはできない」
ラピスの行っているのはナノマシン補助脳に記録されているユーチャリスの全体図の引き出しと、
現在ある材料でどこまでの精度で作り上げる事が出来るかという強度計算やもろもろの稼働実験の結果の集計だ。
まだそれぞれのパーツの精度は平均60%を超えたところにすぎず、
相転移炉からグラビティブラストまでの伝達経路や砲塔関連の強度は精度にして30%にしかならない。
ディストーションフィールドの出力もこの状態では40%を維持するのがやっとと出ている。
でも早急にという国連上層部の要請もある、飛ばすだけならこれでも可能だろうとラピスはあたりをつけた。
「とりあえずこれでも宇宙までは飛べる、DFも張れるからすぐに落ちることもないはず」
「うーん、でもそれって……」
「手抜き工事みたいなもの、でも国連上層部の要求は満たしている」
「宇宙が飛べて戦えるということ?」
「出来る、ただ、武器は通常兵器しかない」
「それで管理局の戦艦に対抗できるの?」
「多分持ちこたえられてもダメージは与えられない」
「……」
事実として国連は月村重工に対し目に見える成果を要求している。
宇宙船などはその最たるもので、年々せっつきは激しくなるばかりだ。
とはいえ、魔法技術は月村重工が独自に隠匿し開発しているという噂が立っているのも仕方ないことで、
事実としてラピスとオモイカネYの協力がなければ魔法技術をまともに使えるようになるまで10年はかかるだろう。
そして、そのどちらも月村家に協力しているような形となっている。
とはいえ、魔法に関する開発はそれほど進んでおらず、宇宙船はラピスの知る技術をメインとしたものだ。
今できる魔法に関する技術はデバイス技術だけなので、せいぜいが攻撃用の魔法を撃てるようになる程度のものだった。
もちろん凄いことだが、宇宙船からの砲撃が出来るような魔法使いはいない。
「まあ、ハリボテでもないよりはマシか……」
「きちんとした宇宙船を作るにはあと5年はかかる」
「そりゃそうよね……まだ大気圏突入が安全にできるレベルじゃないもんね……」
「そのためのDFでもある」
「うん、ラピスちゃんのおかげで宇宙開発とかできるようになりそうだね!」
「あっ、やってるねー」
「アリシアちゃん」
「運用テストどうだった?」
「うん、以前より断然軽くなってるのに、耐久は変わらないみたい。
バリアジャケットの技術流用でかなり強化されたみたいだね」
「そりゃあね、今や250cmクラスまで小型化したもの。魔法を併用しないと危なっかしいでしょ?」
「大人用はまだ3mほどあるけどね……」
「それはまあ……やっぱりかわいい子供を傷つけるわけにはいかないじゃない」
ちょっと焦っている忍を見てアリシアは思った。
おそらく新技術の試作ばかりに力を入れて量産型の開発にはあまりタッチしていないのだろう。
忍らしいが、会社のしわ寄せは結構大きいに違いない。
その証拠に、量産型にはバリアジャケットの応用システムである対魔法装甲はついていない。
その上に、軍事利用を考えていないように見せるためもあるだろうが、武装はない。
オプションパーツのこともあるが、ワイヤードフィストくらいつけてもいいのではないだろうか。
アリシアはそんな事を考えたが、口には出さなかった。
彼女のメカフェチぶりからすれば、量産型など一般に任せておけばいいということになってしまう。
その手の話を聞かされるのはうんざりだった……。
レジアス・ゲイズは予算委員会を終えて苦い顔のまま高級車両と思しき車両に乗り込む。
隣には金髪の女性秘書官、運転は専門の運転手がしている。
彼はどうしても許すことが出来ない事がある、”うみ”と”おか”の確執に対する決着。
こう言えばまるでただの利権争いのようだが、その実もっと切実な問題だった。
ミッドチルダには人口が集中しその分犯罪や災害による被害が多く、”おか”の主力はミッドに常駐しなければならない。
しかし、その実犯罪者は大抵ミッド以外に本拠地を置いており、また災害はミッド以外の方が激しい。
戦力不足の”おか”は突入する際”うみ”から戦力を借りなければいけない。
それだけならまだしも、緊急時は対処もできず全滅させられることすらままある。
”うみ”といくら連携が取れていようと彼らは彼らの任務があるのだから。
つまり、その時点でミッド以外の戦力は破綻しているといっていい。
その現状を何とかするためレジアスは奔走していた。
しかし、今回予算配分はかんばしいものではなく、また、新人の確保も大部分が”うみ”にかっさらわれる格好となった。
「今期予算配分内での配置と兵装の強化はこのレベルまでとなるでしょう」
「うむ……」
ノートパソコン型のデバイスを操っていた秘書はおおよその試算から資金の割り振り表を作ってみせる。
それを見たレジアスは苦い顔になるしかなかった、
新規兵装が行きわたらないどころか、所によっては以前破損したデバイスの修繕すらままならない所が出る。
「破損デバイスの修繕にL型新規デバイス購入費用の一部を当てろ、足りない分は私の管理職手当てで補ってもいい」
「ですが……」
「まあ、焼け石に水だとは思うがな……」
「分かりました、新規デバイスの一部を見送り破損デバイスの修繕費にあてます」
「頼む」
L型デバイスとはストレージデバイスに半自律プログラムを流すことにより簡易インテリジェントデバイスとして使うというもの。
インテリジェントデバイスほどの汎用性はないが、扱いやすく、それなりに安価で作れるのが魅力である。
もちろん、レジアスは一部の高位魔導師には特別なデバイスを用意していたが、局員全体の質を向上したいと考えていた。
それが表のやり方で出来る精一杯だというのが正直なところではあったが。
兎も角、最高評議会は”うみ”を優先する傾向にある。
確かに戦争規模になれば”うみ”の方が有用なのは事実だ、しかし、個人単位の犯罪や災害救助は”おか”の仕事。
常時必要とされるのは”うみ”ではなく”おか”なのだ。
それが今や、”うみ”に犯罪者捜索までもっていかれそうになっている事実にレジアスは頭痛すら覚えている。
「このまま、終わるわけにはいかぬ。計画の進行具合はどうか?」
「はい、法整備も処理も可能となっています。しかし……」
「わかっている、もしもの時は、全て私が責任をかぶる。
とはいえ、あの大使を使う場合は責任をかぶせることもできるわけだが。
進捗状況はどうなっている?」
「そちらの方も交渉は進んでいます。後は中将と大使の合意さえ得られれば……」
「それがうまくいった場合、そちらに手を出す必要はなくなる……その場合の処分はどうする?」
「訓練時に集まる部隊のうち一個大隊(600人)を動かす手はずが整っています」
「任せる」
「了解しました」
「所でオーリスよ」
「はい……」
「私は正しいと言えるだろうか……」
「世の中にあるのは相対的正義だけです。より正義に近い行動を求めるなら、時に道を踏み外すこともあると考えます」
「ふっ、賢しい言い訳だな。しかし、私はそれしかできん……」
「はい、ですから迷わないでください。貴方が迷えば”おか”全体が迷うことになります」
「わかっている……」
レジアスの中にも迷いはあった、やっている事のリスクと結果が見合うのかという点だ。
例の計画も、アキトに依頼しているパワードスーツの件も、同じように危険が付きまとう。
特に危険なのがそれを犯罪者が手に入れる可能性だ、例の計画を進めているのは最高評議会の関係者らしいが、どうにも胡散臭い。
実験のために事件を起こしている様子すら見られる、正直怒り心頭ではあったが、結果が出ている以上今は置いておくしかない。
アキトは自ら犯罪に踏み込むタイプではないが、
パワードスーツのほうは更に問題として訓練すれば誰でも使えるというポイントがある。
しかし、どちらにしろAAAランク以上の魔導師に対抗できるコマは絶対に必要だった。
実際次元犯罪者に名を連ねるものの何割かはAAAランクを超えている。
Sランクを超える犯罪者すら確認されているのだ、そんな相手と正面切って相対した場合。
相手が正面から挑んでくればまだいい、中隊規模(200名)で対すればなんとかSランクとでも戦えるだろう。
しかし、相手だって馬鹿じゃない、
もし何らかの軍隊を作っていたり、罠を張っていたり、自分に有利なフィールドに逃げ込んだりした場合、
中隊などは簡単に全滅する。
AAAランクの相手でも、相手が悪知恵が働く場合、中隊規模では勝てないこともある。
中隊が大隊になっても結果が変わらないのは自明の理だ、
同じ場所に一度に攻撃をかけることが出来る人数はよほど開けた場所で待ち構えない限り100人を超えることはない。
そういった事態に対して対処が必要なのだ。
個としての強さは全体のバランスを崩すが、大部隊よりも少数精鋭が必要な時には必ず役に立つ。
「どちらにしても明日の交渉次第か……」
誰にともなくつぶやき、レジアスは少し瞳を閉じた……。
管理局地上本部の一角、コートに身を包んだ大男が体を横たえている……。
その体はところどころ傷つき、汚れている。
しかし、本人はそれをあまり気にした風ではなく、寝そべっているようにも見える。
「隊長!」
「ああ……」
クイントが蒼いロングヘアーを揺らして駆けつける。
彼女の目から見てもその男はかなりの重傷に見えたが、不思議とだんだん血が引いていくように見える。
クイントは一息ついて、その状態に安心したかのように表情を緩める。
「いつも傷だらけで帰ってきて……もしかしてまた一人で行ったんですか?」
「ああ、まあな……この所戦闘機人による被害がバカにならないほど出ている。
出来る限り迅速に対応せねばな」
「そのたびに傷だらけになってちゃ笑えないですよ。それでも地上本部最強のS+魔導師なんですか?」
「それを言われると痛いな、まあ俺の場合レアスキルが戦闘向きだったからゲタを履かされてるだけだと思うが」
そう言っている間に、今まで重傷のように見えた男はむっくりと起き上がる。
ところどこ破けて血が出ていた場所は既にかさぶたが出来ている。
治癒速度が尋常ではなかった。
「レアスキルってその能力ですよね? 戦闘継続能力とかいうの」
「そうだな、肉体の復元も体力の回復も自動的に行われるというわけだ。
後は一応古代ベルカ式魔法の伝承者ってのもあるぞ」
「強力ですけど、地味ですね……」
「だから”おか”に回されたんだろうさ」
「あはは……もーなんと言っていいやら……」
古代ベルカ式魔法伝承者は解明されていない特殊なものも多いため、レアスキル認定を受ける。
また、古代ベルカ式魔法は基本、近代ベルカ式魔法より強力であるとされる。
その理由は、近代ベルカ式はミッドチルダ式魔法の使い手が、
近接魔法特化型を目指す際、古代ベルカ式の魔法をミッドチルダ式と互換性のある魔法として取り込み作ったものであるためだ。
ただし、当然土台がミッドチルダ式である以上、近代ベルカ式はミッドチルダ式と互換性が高く、併用する者も多い。
古代ベルカ式を使うものは基本それだけしか使えないので、特化せざるを得ず、どうしても偏った戦い方になる。
だから究極的に見れば差はほとんどなく、使い手の特性と合っているか、また使い手そのものの強さを判断基準にするしかない。
また、最近はミッドチルダ式にもかかわらず、ベルカ式のカードリッジを取り込んだ魔導師も少数ながら確認されている。
「隊長!? ゼスト隊長!!」
「メガーヌか……どうかしたか?」
「どうかしたじゃないです。また戦闘機人を捕縛しようとして自爆されたらしいですね」
「あー、まあな。気絶させたと思ったんだが、やはり機械部分は気絶しないらしい」
「そうじゃなくて! ゼスト隊長はレジアス中将から直々に戦闘機人に関する捜査関連の仕事を外されたはずですよ?」
「目の前にいたんだから仕方ないだろう」
「嘘つかないでください、また単独捜査してたんですね?」
「……」
ゼストは苦笑しつつも何も言わない、これは肯定の意思表示だった。
ゼストは階級的には捜査本部などで座っていればいいのだが、何でも自分でしようとする悪癖がある。
しかし、確かに彼のやることには危険が多いのだが、それにも理由がある。
そう、”おか”の人材不足だ。
彼がふんぞり返るには少しばかり地上本局の高ランク魔導師の数はお寒かった。
彼のもとにいる、クイントとメガーヌこそ、数少ないAAランク魔導師。
彼の部下の中では最も優秀な魔導師達だった。
だが、今犯罪を起こしている戦闘機人はみなAランク以上の戦闘力をもつ。
一人ならいい、複数出てくる場合、クイントとメガーヌですら勝てない公算が出てくる。
そうなった場合、二人の夫や子供達になんと言っていいのかゼストにはわからない。
「それで何か進展があったんですか?」
「ん……ああそうだな……特にはない」
「……そうですか、それならあえて問いませんが」
メガーヌはどことなく察したようだが、ゼストは嘘をついた。
それは、爆発した戦闘機人の部品に今度一般魔導師用に納品されたL型デバイスのコアと同じものが使われていたことだ。
そこから推察できるのは、レジアスがL型デバイスを依頼したデバイス開発の会社と同じ会社で戦闘機人が作られている可能性。
そして、レジアスが戦闘機人の事を知っている可能性だった。
以前からレジアスは戦闘機人事件にゼスト関わるのを嫌がるような素振りがあった事も引っかかっている。
主犯とは言わないまでも、関わっている可能性を否定できない。
「次からは私たちも行きますよ」
「それは……」
「でないと、レジアス中将に言いつけますよ。
……クイントが」
「何故に私!?」
「あらいいじゃない、貴方も隊長の事心配なんでしょ?」
「否定はしないけどね……そう言うのは自分で主張しなさいよまったく……」
「主張はしてるじゃない、責任を押し付けてるだけよ私は」
「余計にタチが悪いわ!!」
二人はじゃれあっているようだったが、ゼストを心配する気持ちは同じのようだった。
ゼストもそれが分かるだけに心苦しくもある、レジアスとは友人であり、彼を疑いたくないからこその単独行動であったからだ。
しかし、情報は出そろっていた、次は恐らくアジトの一つをつぶすことになる。
戦力は確かに必要だった……。