プレシアが攫われた翌日、予定をいくつかキャンセルしてレジアスに事の次第を聞きに行った。
しかし、プレシアのことについては知らぬ存ぜぬを繰り返すばかりで要領を得ない。
恐らくは、完全に切れてない現状では発見されたくないという事が大きいのだろう。
俺にとっては歯がゆいばかりだが、とりあえず先行して演習場へ行くということで合意は得られた。
完全に引き離されたわけではないが、情報が不足している以上自力で探すしか手はないだろう。
それはそれとして、フェイトの事が心配ではあった。
フェイトの母親依存はこの2年で幾分ましになったが、
それでも三つ子の魂百までという言葉通り、酷く落ち込んでいるようだった。
アリシアはむしろ対照的で、俺に出来る事はないのかと聞きにくる。
元気というわけではない、しかし、11歳のわりに割り切りが良すぎるのも気にかかる。
まぁラピスという例もあるのだから一概にも言えないのだが。
兎に角、そういった面からも、急ぎプレシア捜索を始めねばならない。
リニスとリインフォースを引き連れ、レジアスのいた階からエレベーターで一階へと戻る。
おかしな気配を感じていた、これは……魔法? しかし、機械的な……。
演算装置はおおよその敵の正体を割り出していたが、簡単に侵攻されたというのは信じがたい話だな……。
「リニス、リインフォース。いけるか?」
「はい、マスター。それほど強い敵という感じはしません」
「主アキト、ユニゾンしますか?」
「いや、その必要はないだろう……」
「では、早急に殲滅し安全化を図ります」
そんな会話が終ると同時に、エレベーターの扉が開く。
そこでは、六本腕の蛇女と戦っている青年がいた。
金髪の青年はよくやっているようだがハンドガンを使って戦っているようだ。
魔法ゆえに普通のハンドガンと同じでもないのだろうが、いかんせんパワー不足は否めない。
追い詰められた青年は、奥の手を出そうと一瞬目を真剣にしたと思ったが……。
次の瞬間にはリニスとリインフォースが各自突撃し、あっという間に制圧してしまった。
まあ、二人ともオーバーSランクの魔導師と比肩できるのだから負けはないだろうが……。
青年は呆然とした眼で二人を見ている。
そのままにしてもよかったのだが、先ほどの奥の手を出そうとしていた目に少しだけ興味がわいた。
教えてくれるわけもないだろうが、まあ、話してみるのもいいだろう。
「怪我はないか?」
「あっ、はい、少将閣下」
言われて襟章を見る。
確かにつけっぱなしだったな、まあ、間違いではないが……。
「ああそうだったな。だが出来ればテンカワ大使と呼んでほしいところだな」
「!? 失礼しました。テンカワ・アキト大使!
自分は今回貴方の護衛任務を引き継ぎましたティーダ・ランスター二等空尉であります!」
「護衛……」
そういえば、護衛は本来つけられているべきだったな。
まあ、彼女らの後任人事が決まった事は聞いていたが。
雑多な要員は省かれがちなのも承知している。
単純にリニスやリインフォースが強すぎ、比肩できる護衛要員がいないということなのだろう。
前に下っ端が多数詰めていた事もあったが……うんざりするので断った記憶があるしな。
そう言う事を考えていると、ティーダと名乗った青年は頼りないと思われたと勘違いしたらしい。
少し卑屈になって聞いてきた……。
「あっ、大使やお付きの方がお強い事は重々承知しておりますが……」
「そうだな、よろしく頼む」
そもそも、護衛を断る理由もない。
とはいえ、捜索の邪魔なら少し眠ってもらう事もあるかもしれないが……。
あれから数日、第72管理世界へとやってきた俺とリニス、リインフォース、そしてフェイトとアルフの5人は捜査をはじめていた。
フェイトに関しては、自分が来たがっていたのと、あのままにしておくのは精神的に良くないだろうというリニスの言葉からだ。
しかし、無茶をするだろうことは目に見えていたので、アルフは当然として、俺から離れない事を条件とした。
フェイトはそれに対し真剣にうなずいていたのが印象的だった。
だが、元々知らない土地の事、その上頼みにすべき現地の管理局の局員もあてにできないとなれば当然のことながら、
捜索は思うように進まず、演習の前日まで成果を上げる事が出来ずにいた……。
「……まずいな、日がたちすぎている。彼女が人質として囚われた場合ならもう交渉の人員が来ているはず。
それが来ないということは、何かの情報を聞き出すために捕まえたか、利用するつもりか……」
「そうなると、向こうからの接触は期待できませんね……最悪、レジアス中将の言っていた事を利用するしか……」
「そうなるな……」
リニスの言うとおり、このままでは演習中に行うという、狩りに参加するしかなくなる。
確かにパワードスーツのテストも兼ねているし、目くらましにもなる。
しかし、相手にとっても目くらましになることは否定できない。
「仕方ない、とりあえず先にパワードスーツ班と合流しよう」
「そうですね、フェイト……貴方もそれでいい?」
「もう少し、山岳部はまだ細部まで調査してないよね。私もうちょっと詳しく見てみる」
「それは感心しませんフェイト、プレシアを攫った一団は複数犯でした、あなた一人では……」
「あたしも行くさ」
「アルフの戦力は大きいですが、フェイトとアルフ二人がかりで私一人分程度の戦力にしかなりません」
「まあ、そうなんだけどさ……」
「うん、だから手は出さない。見つけたらすぐに連絡するよ」
「ですが……」
「なら、私が一緒にいきます」
その言葉と共に空中から降下してきたのは、はやてだった。
本来なら管理世界へ来るには入国審査が必要になるはずなのだが、
カリムの手回しがいいのか、頻繁にこちらに顔を出すようになってきている。
確かにはやては足が治ってから驚異的な速度で強さを増していた。
今や戦力的にはオーバーSランクを認定してもいいくらいだろう、しかし、コントロールはあまり得意ではないようだが。
それはそれとして、無茶なフェイトを諌めるという意味では悪くない人選ではあるだろう。
しかし、問題となるのはアルフは実際には片手で数えられる年齢でしかなく、また、二人も11歳。
つまり、いざという時にこのメンバーで戦うようなことになれば、
冷静に判断できる人員や彼女らを怪我から救う者もいないということだった。
それでも、俺は判断するしかない。
「山岳部の調査は確かに完璧じゃない、しかし、山岳部は広い、念話を妨害する場所もあるようだしな。
それでも行くのなら、先ずは半時間ごとに連絡、そして、危険がある場合は逃げること。
相手が闘う意思があろうと、逃げ出そうと、交渉する気だろうとだ。
そして、俺達も受け取りを終了したらそちらに向かう、長くても3時間後には向かう予定だ」
「はい」
「心配せんでも逃げるのは得意なんや」
「?」
「フェイトと訓練してると近づかれたら終わりやからね」
「なるほど」
「そうです! マイスターはやては、魔法を煙幕代わりにして逃走する事に長けています!」
「キューちゃ〜ん?」
「はうぁ!? まままま、マイスターはやて……その、何か問題でも……」
「自分ではえんやけどね、人に言われると許せない事ってあると思わへん?」
「まあまあ、はやて。一緒に行ってくれるんでしょ?」
「フェイトちゃん……うん、そうやね」
「はう〜助かりました……」
最近、時々二人が訓練しているのを見かける。
俺としては、戦いの能力に特化していく二人を見て少し将来が不安になるのだが、
確かに、二人は確実に成長していた。
「では、くれぐれも気をつけて」
「心配症やなー、子煩悩なアキトさんのためにもフェイトちゃんは無事送り返すさかい」
「はやてもだ、怪我なんかするんじゃないぞ」
「もう……そんな事言うから……あんまり人を勘違いさせたらあかんよ?」
「何の勘違いだ?」
「とっとにかく、はやて、行こう」
「あっ、そうやね。じゃあ行ってきますわ」
「頼んだ」
アルフは終始無言というか、俺を睨みつけていたが、スルーしておいた。
理由は分からなくもないが……俺はロリコンではないんでな……。
世間からは勘違いされがちだが……。
元々はお姉さん系が好きだったんだって……。
今はどうかって言われると自信がないが……。
フェイトとはやて、アルフの3人を送り出し、俺達はアリシア達を迎えに、一度管理局の門まで向かうことになっていた。
自力での転送や飛行は禁止されているため、一度気絶させていたティーダを起こしてヘリをよこさせることにした。
ヘリから、駐留軍本部、転送で宇宙ステーションと一気に進む。
「うぅ、ひどいですよ……」
「そう言うな、俺達も今緊急事態なんだ」
「何を言っているんですか、貴方達を危険にさらさないのが僕の役目なんですよ?」
「それよりも、レジアスがお前に見せたかったろうものを見せてやる」
「え?」
「恐らく奴はお前に自分の派閥に鞍替えしてほしいんだろう。かなり危険な賭けをしてきてるようだぞ」
「危険な……まさか」
「そのまさか、だ。自分の目で確かめてみることだな」
もちろん、ティーダが何かを言ってきた場合それを封殺する手も考えてはいるのだろうが、それでも危険なことには違いない。
パワードスーツを自らの派閥以外の派閥の者に、それも採用前に見せるのだから。
俺たちは、急ぎ目的地へと向かおうとするが……。
門を開いている宇宙ステーションが、もうすぐ到着するためこの場で待ってほしいと通達を出してきた。
この場で待つというのは……。
「あれって……」
「ん?」
「ええ? 管理局以外の……?」
「ナデシコ……」
俺は思わずつぶやく。
恐らくは、ラピスがナノマシン補助脳に圧縮記憶させておいた、ユーチャリスの設計図から起した物なのだろうが。
それは、どちらかというと、あの懐かしいナデシコAに見えた。
良く見れば真ん中に穴が開いていないためグラビティブラストも打てない、
ミサイルポッドらしきものはつけているが、グラビティブレードも付けていないように見えるため相転移エンジンも一基のみだろう。
ディストーションフィールドは張れるのかもしれないが、
相転移エンジンが前に作ったアレをそのまま使っていた場合、艦の形状そのものを圧迫しているはず、
後ろがずんぐりして見えるのはそのためだろう。
現状作っているあの船はそもそも戦闘に耐えられるものではなく、飛ぶ事がやっとなハリボテのはずだ。
見れた事は純粋にうれしいが……。
「なんというか、不細工なデザインですね……」
「なっ、何を言っているんですか! 形なんてオマケですよ。飛べばいいんです!飛べば!」
「リニス……フォローしきれていませんよ」
「いいんだ……まあ、最初はそんなもんだろう」
「最初って、あれ、貴方の世界で作られたものなんですか?」
「……そうだな、地球産の宇宙船である事には違いないだろう」
「まだ交流を始めて間もないというのに、技術の伝達は早いですね」
ティーダは恐らく管理世界の技術以外で宇宙船が作られたという話を聞いたことがないのだろう。
それは、それほど間違ってはいない。
しかし、俺の元いた世界では宇宙艦隊がいくつも存在していたくらいだから、管理局が知らないだけと考えるべきだろう。
もっともその事を教えて事態の複雑化を招くつもりはない。
俺はあえて口を閉ざすことにした。
暫くして、ステーションに横づけされたナデシコっぽい宇宙船からアリシアとすずかが飛び出してくる。
グレアムが上手く入国を仕込んでくれたんだろうが……。
また俺は小さな娘たちを戦いに巻き込まなくてはいけないというのか?
出来れば大人しくしておいて欲しいのだが……。
「ただいまー♪」
「おかえりなさい、アリシア」
リニスに飛びつくアリシアを俺はどこか微笑ましく見つつ、目の前のすずかに向き直る。
さて、いったいどう声をかけたものか。
「えへへ、きちゃいました」
「……ふぅ、その行動力には驚かされるよ」
「そうですか? 私の周りの子はみんな凄い行動派ばかりなので、私なんてまだまだですよ」
「まあ……そうかもしれないな」
ふと、すずかの周りの少女達のことを思い浮かべる、アリサ、アリシア、ラピス、なのは、フェイト、はやて。
誰一人として普通の子はいない……すずかが一番癒される人物なのは事実だ。
とはいえ、やはりこう言う事をしたりする以上、行動的と言わざるを得ないが……。
「ラピスちゃんも中で待ってますよ。プレシアさんの事を話すにも中に入った方がいいと思います」
「それもそうだな……」
すずかの言葉に従い、ラピスの待つ宇宙船の内部へと進んだ。
予想通りというか、ラピスはブリッジに詰めており、IFSを作動させて船を運用していた。
本来はワンマンオペレーションなどはできないのだろうが、
相転移炉とオモイカネYを使った、疑似魔法炉システムで特殊運用されているようだった。
「ラピス、もう完成させていてくれたのか」
「船はハリボテもいいところだけど、相転移炉を移動させるための荷車としては悪くない。その程度の作り」
「いや、ありがとう。おかげでハッタリが効く。一応少将の階級にも使い道が出るしな」
「今回は、プレシアの事を探るという目的、戦闘の長期化の際バッテリーでは心もとないという理由から持ち込んだ」
「確かに、俺達はいま力を必要としている。だからこう言ったものも必要になる」
そして俺は、ふと思った。そろそろフェイトらから念話が来なければいけないころだ。
しかし、耳を澄ませてみるが、特に何かは伝わってこない。
念話というのは頭に直接響くものだ、それが来ないというのはかなりまずいことになったとみるべきだろうか?
そう考え始めていた時、はやてから念話が届いた。
切羽詰まった感じを受ける、何かあったのか?
(もしもし! 聞こえます?)
「ああ、どうかしたのか?」
(フェイトが洞窟の入り口を見つけて調査に入ったんやけど……なんや落とし穴があったみたいで……。
空飛べるさかい、すぐ出てくる思たのに……アルフが助けに降りてったんやけど……アルフの返事もないし……。
念話も通じれへん……! 私、せめていく前に連絡入れなと思て……)
「なっ……!? 待て、はやて。その場で待っていてくれ。俺達もすぐに行く」
(でも……)
「俺にはボソンジャンプがある」
(うん、そやね、うちも動転してるみたいで……すぐに来て!)
俺自身少し動転気味である事は否めない、あれだけ注意したとはいえ、フェイトがそうなる可能性は元から高かったのだから。
兎も角、俺は同じ手も使えないと思い、先ずティーダに話しかける。
「緊急事態が発生した、危険度が高い場所に行くことになる、今なら帰っても文句を言われないように取り計らうが?」
「ちょ、何を言ってるんですか! 何のために僕が付いてきてると思っているんです!!
危険があるなら行かせるわけにはいかないし! 行くにしても僕を連れて行ってもらいます!」
「行くことに変更はない、それに、お前を振り切る自信は十分にあるが」
リニスとリインフォースが一歩進み出る。
彼女らは明らかにティーダよりも強い。
なにより、二人とも余計な時間をかけたくないのだろう、間合いを詰め始めた。
「わかってます。止めませんよ。ですが、連れて行ってもらいます。
そうでなければ、貴方達の行動を証明することもできないはずですよ?」
「……わかった」
ミッドチルダの魔導師は大抵B級ジャンパーの資質を持つ。
ナノマシンを使われているわけではないはずだが……理屈はいまだに分からないが、
連れていけというのならつれていけばいいだろう。
流石にすずかやアリシアはジャンプできるか分からないため連れていけないが……。
それに、ラピスは戦力としては問題外だ、そもそも彼女らを巻き込みたくないのだからその辺りとしては都合がいいともいえる。
そんな事を考えても仕方ないが、とりあえず、俺は先ず地上までは転送を使い、
その後は連続したボソンジャンプで一気に山岳地帯までやってきた。
時折念話を使って位置確認を続けたので、5分とかからずはやてに追いつく。
「待たせたな」
「ううん……でも、この穴、底が見えへん上に、魔法が阻害されるみたいや……」
「それで念話も通じないのか……」
「うん、多分……」
「マイスターはやては何度も呼びかけたんですが、フェイトさんに届くまでに阻害されている感じです」
「なるほどな」
はやては光の魔法を落とし穴に近づけてみせる。
すると、落とし穴のあたりでふっとかき消えた。
つまり、この落とし穴に落ちれば魔法使いかそうでないかは関係なく、落下を止めることも、戻ることもできないということか。
しかし、俺はこの落とし穴の状況を演算ユニットによりおおよそ割り出している。
最初の10mほどは立穴だが、途中からスロープになっており、滑り台と同じような構造だ、30mも下れば下につく。
罠というよりは、通路風だな、それも、魔法を使えなくすることで魔法使いを足止めすると同時に、
魔法使いが乗り込んできた時の対処もできるということだろう。
それに、スロープの出口には大きな吹き抜けの空間があり、その空間を通らなければ奥にある人工建造物のある空間に入れない。
迎撃を良く計算した入口である事は間違いないな。
「あの、ここに何かあるんですか?」
「ここにフェイトちゃんが……」
「フェイトさんって確か……大使の娘さんじゃないですか!!」
「そうだ、俺は当然助けに行く」
「そんな……ちょっと待ってください! ここは管理局の演習場なんです! ちょっと呼べば一個大隊を動員することだって」
「あまり時間はかけていられないからな、動員の件は任せる」
「ちょ!」
俺はそのまま落とし穴に身を躍らせる。
そもそも俺は魔法使いとしては三流だ、あまり関係はない。
だが、リニスもリインフォースもはやても続いて飛び込んだことには少し焦った。
「お前たち!?」
「お忘れですか? 私達はマスターがいないと生きていけない体なんです」
「あっはっは、文字通りっていうのが凄いわ」
「主……そう言う事はあまり……」
「マイスターはやてはそういう事は目ざといですから♪」
「キューエルシュランク、貴方……本当に私と同じプログラムなのですか……」
少しだけ元気を取り戻したのか、はやては下ネタくさい話に反応している。
キューエルシュランクも一役買っているが、リインフォースはついていけないようだ。
しかしはやて……なんというか、図書館に通いづめだっただけあって、耳年増のようだ……。
滑って行ったあと巨大な空洞に出る。
やはり吹き抜けの空間になっているのだろう。
それだけではない、ライトアップもされている。
そして、正面に見える人の手が加わったと思しき空間から人の声が聞こえてきた。
『おやおや、今日は千客万来だねぇ……』
「……やはりか」
『んっ? 君はテンカワ大使じゃないか』
「ふざけていられるのも今のうちだけだぞ」
『どうするつもりだい?』
「こうだ」
俺は、会話をしながら相手の位置をさぐり、タイムラグなしでヤマサキの前に出現する。
予想通り紫色の髪の毛を伸ばしてゆるい笑いを張りつけている、しかし、その目はすべてを研究対象としてしか見ていない。
そういう温度差はヤマサキそのものだ。
俺は出現後1秒待たずにヤマサキを殴り飛ばす。
「ぐばぁ!?」
「ふんっ……貴様自体が強いわけじゃない」
そして、殴り飛ばした勢いのままベッドに寝かされているフェイトを抱きあげ、
鎖につながれているアルフを、鎖から1mほどジャンプさせる。
はやての念話が落下後すぐのものならまだ10分も経っていないはずだ。
傷だらけのアルフを見る限りまだ何かを仕込むほど時間があったとは思えない。
俺はそのまま、ジャンプで一度外の空間へと引き上げる。
「ふぅ……ふぅっ……」
「大丈夫ですか、マスター!?」
「ああ、とりあえずフェイトとアルフは取り戻した」
「流石やな……アキトさん、一瞬で……」
「では、主アキト。後は我々にお任せを」
「しかし、魔法が使えないんじゃないのか?」
「心配しなくていいですよ。この魔法封じはジャマーフィールドのようですから」
「ジャマーフィールド?」
「ミッドではAMFという言い方をすることもありますが、かなり強力な魔法拡散効果を持つ魔法です。
個人で使う場合、自分の魔力を魔力拡散の魔力に消費するので、効率が悪く使う魔導師はほとんどいません。
しかし、強力なのは事実ですね」
「それは結局魔法が使えないという事にならないか?」
「いいえ、拡散するよりも多くの魔法力で発動すればほとんど影響ありません」
「それは……」
「もともと手加減する気はありませんしね」
「主アキト、私の魔力は知っているはずだ」
「そして私も同じオーバーSランクってことやね、心配なのは洞窟の崩壊くらいや」
「はい、マイスターはやては大雑把ですから♪」
「キューちゃ〜ん?」
「はうぁ!?」
嘘偽りなくその通りだと思える、管理世界有数の魔導師、それが彼女らである事は疑うべくもない。
それに、確かに今の俺は連続でボソンジャンプを使い、
更には見えない場所へのジャンプなど演算ユニットの力を酷使してユニット掌握率を低下させている。
しかし、このままで大丈夫なのか不安ではある……。
『お見事というしかないね、痛い一発をもらってしまったよ。
だが消耗も激しいようじゃないか。
ちょうどいい。
今度はこちらから行かせてもらうよ』
「負けへんで、こんな所で止まってたらプレシアさんの救出もままならん」
「そうですね、それに……」
「主、どうやらこの連中が攫ったと考えて間違いなさそうだ」
そう、この空間に表れたのはそれぞれ体の一部または大部分を改造した戦闘機人。
そして、それを指揮しているそ思しき小さい女は、プレシアをさらった二人のうちの一人。
『とりあえず、その量産型をなんとかしてみなよ。
そしたらもっと面白いものを見せてあげるからさぁ』
「なめるんやないで!」
「そうです! この程度の敵に時間をかけるほど弱くはないですよ!」
「大規模破壊はお手の物だ」
それぞれがそう言って飛び出して行った。
実際オーバーSの魔導師なのだ、戦闘力は圧倒的である。
本当に洞窟の方が心配になってくる強力な砲撃魔法が連発される。
リニスやリインフォースは上手くフォローをしてはやての砲撃で洞窟が崩れないようにしているようだ。
「機械を体にくっつけただけで勝てるほど甘くはない!」
「あたしは細かい調整は苦手やけど、敵に囲まれてるなら撃ち放題や!」
「フォローはお任せください!」
3人は十数体の戦闘機人を戦闘不能に追い込む。
魔法には非殺傷設定という便利なものがあり、デバイスのほうで勝手に出力調整してしまう事が出来る。
まあ、3人がその気になれば範囲系で洞窟ごと埋めてしまう事も出来るのだから、それなりの手加減は元からしているのだ。
かなり激しい戦闘になってきたからだろう、衝撃と音でアルフとフェイトが目を覚ます。
アルフはフェイトの無事を喜び、フェイトは自分の不注意を詫びた。
俺としてはこんな無茶をしないようにと怒ることしかできなかった。
「わかったか?」
「うん……そんな事をしたら義父さんが危険になるんだね……もうしない」
「? ちょっと待て、その理屈は」
「あっ、そうだよね。はい、気をつけます」
どこかずれた回答に俺が注意を促そうとすると、真っ赤になって首を振り素直に頷いた。
正直、俺の事まで心配してくれるのは嬉しいが、順序は逆だ。
俺は何かまた間違ったのだろうか?
そんな事を考えているうちにも戦いは進み、空間内の半数は無力化したと思われたころ。
少し息が上がっている3人と、後から参加したフェイトにアルフ、あまり役に立っていないが一応俺も参加していた。
そこに上からの穴からティーダが滑り込んでくる。
「はぁはぁ! やっと増援と連絡が付きました。
とりあえず大使達は強いですからね、持ってくれると信じてましたよ!」
「ああ、うまくいったようでなによりだ」
だが気になる事があった、戦闘機人は沢山いるが、特殊能力(レアスキル)持ちの切り札が一人しかいない。
それも、雑魚に隠れて戦闘に参加してもいなかった。
少なくとも、腕を組んでみている眼帯幼女以外にも、それぞれ格闘、砲撃、物質透過の能力を持つ特殊タイプを知っている。
しかし、それらは出てくる様子がない、まるで俺達の戦力を測っているようだった。
「そろそろいいだろう、ノヴァンタ!」
「りょーかい!」
突然フェイトとアルフの眼前に女性が出現した。
少し露出度の高いボンテージ風の服とマントをつけた黒い髪と白い肌を持つ16か17程度の……。
しかし、その姿と威圧感、そして纏う強大な魔力はある人物を想像させた。
「さよなら」
その言葉と共に強烈な雷撃が放たれる。
プラズマスマッシャーの更に数倍というほどの強大な雷撃は、しかし、無詠唱だった。
「フェイト!!」
「えっ!?」
「がっ!? アァァァァァアアアァァッァガガア!?」
アルフがフェイトを突き飛ばし、その雷撃をバリアで防ごうとするが簡単に貫通し雷撃をもろに浴びる。
雷撃が収まった所にいたのは息も絶え絶えなアルフの姿だった。
「アルフ、アルフ!?」
「そんな子のことより、自分の心配したら?」
「ヒッ!? もっ……もしかして……母さん?」
「なによそれ……私がそんなに年を取って見えるっていうの?」
「そう言うわけじゃ……でも、だって、母さんと同じ髪、顔、魔法の力……」
「そんなわけないでしょ!! 私は作り出されたばかりよ! ぴちぴちなのよ!
それとも、私が……私が おば……!! くあぁぁあぁあ!! 消し炭にしてやるぁ!!」
確かにプレシアによく似ていて、雷撃の魔法をだれも真似の出来ないような強さで放てる。
若返りかクローンでもなければ説明がつかない。
恐らくヤマサキが何かしたのだろう……。
しかし、本人はその事に気付いているようでもなく、ただ年増と思われた怒りで魔法を放とうとしている。
まずいな……今の俺は演算ユニットを扱いきれない……。
あの雷撃をジャンプさせる計算は間に合わない、フェイトを呼び寄せるのも同じ、それに間に合っても方向を変えられる。
このほんの1秒前後で出来ること……。
「ギャァァァァアアアアアア!!!」
「とっ、義父さん!?」
そう、俺が選んだのは自分の体を盾にすること、普通の人間と比べれば演算ユニットの分耐久力が高いだろうというそれだけ。
リニスやリインフォースには済まないが、死ぬつもりはない……とはいえ……これはかなりまずいようだ。
意識がもうろうとし始めている……。
「義父さん! 義父さん!!」
「だっ……だい……大丈ぶっ……」
「待っててください! 今すぐ病院に連れて行きます!」
フェイトは泣いていた、アルフも血を流しているが、俺の方が酷いのだろう。
これはアルフに申し訳ないなと少し思う。
しかし、泣きじゃくるフェイトを見ていられなくて、涙をぬぐうように指を動かした。
「この……程度で、死にはしない……」
「うん! うん!」
フェイトのために精一杯強がっていたが、朦朧とする意識はそろそろ限界が近いようだった。
しかし、気絶すればこの後どうなるのか……。
なんとしてでも俺は……。
「お涙ちょうだいなんて今時古いんだよ!」
そこへプレシアとよく似た女から更なる雷撃が襲いかかる。
しかし、それは俺に届く前に霧散した。
フェイトが片手で受け止め、そして握りつぶしたのだ……。
「私……本当はわかってた。
きっと母さんには愛されてないんだって。
それに、
義父さんの愛は本物だって……。
でも、でも……記憶の中に逃げ込んでた。
あの日の母さんは嘘じゃないって思いたかった、
それが姉さんだけへのものだったとしても。
だけど……。
そうだね、取りちがえちゃいけないよね。
私は、もう迷わない……」
そして、すっくと立ち上がるとフェイトは一瞬でバリアジャケットを再展開した。
バルディッシュは何も言わないままでもザンバーフォームへと変形し、雷の刃を生み出す。
そして、その刃をプレシアとよく似たその女へと向ける。
「貴方が母さんだろうとそうでなかろうと、もう私の大切な人達を傷つけさせはしない。
私の……本当に大切なものがわかったから!」
フェイトの悲壮なまでの決意に一瞬場が静まり返る。
しかし、俺はそこまで思いつめる必要はないのだと言ってやりたかった、
だが口を開こうとしたはずの俺の意識は、闇の底へと引きずり込まれていくのみだった……。