紫のロングヘアをした白衣の男が地下にある特殊な坑道を歩いている。
万が一のための脱出口だ、あらゆる電波、量子波を遮断する特殊な合金でできている。
しかし念話だけは通じるようになっている。
とはいえ、念話は基本的に放射的に全体へ飛ばすか、回線をつないで話すことしか前提としないため、
探知するにはその念話を聞く必要がある。
つまりは、かなり安全度の高い道であると言える。
白衣の男が歩く横では同じように紫のロングヘアをした切れ長の瞳を持つ、
バランスのいい体格をした女性が秘書ぜんとして付き従っている。
その後ろを小柄な白髪の少女が付いてくる。
この3人が今ここにいる全員だった。
「博士、本当にあの男のいた世界へいくのですか?」
「ああ、その件かい? あてずっぽうだよ。自信があるわけじゃない。
でも今度行く世界はまだ管理局が見つけていない世界、そして科学文明が発達した世界ということで選んだ」
「はい、ですが……」
「僕はは時を越えるための技術を欲している、そして彼らの世界にはそれがある。
いや、我々の世界にもあるのだろうと思うんだがね、でも、研究はされていない。
発見して研究して結果を出す。一からやるといくら早くても100年はかかる。
そこまでの時間をかけるよりは、その世界へ行って研究をかすめ取り自分のものにすればいい。
そういうことだよ」
「では、先に残ったナンバーズに合流を指示しますか?」
「んー、いいや、向こうへ行くための戦力は十分だ、
それより彼女らには私が帰ってくるまでに例の計画を進めておくように言っておいてくれたまえ」
「了解しました」
実際、緊急避難を行っているにしては悠然としたものだった。
スカリエッティはどこか確信めいたものを感じているのだろう。
確かに、今アキトを調べることは可能だろう、
しかし、その代り魔法の知識しかない自分がいきなり異質な科学知識を吸収できるとも考えていない。
だからこそ、科学文明が発達し、更には時間を操るロストロギアと接触した可能性の高い異次元世界を探していた。
結果見つけたのは、次元根幹が第97管理外世界と酷似した、しかし別の根を持つと思しき異次元世界。
スカリエッティはこの世界をその世界の住人の言葉から借りにクリムゾンと呼んでいる。
火星と呼ばれる惑星にそれと思しきロストロギアの反応があり、そしてそこに既に人が住んでいるということ。
また、火星以外でも複数の同系統ロストロギア反応があった。
更にはそれを利用している組織もいくつか存在しているようだ。
だから、この世界の住人と接触しなんとか技術を手に入れ、時間を操る技術を探りだすのが目的だ。
最終的にはアルハザードに到達するためにも、また、研究の失敗を起こさないようにするためにも、いろいろ役に立ちそうだ。
「もっとも収穫が大きそうである分、彼も大人しくしていてくれはしないんだろうねぇ」
「その時は蹴散らすまでです」
「私なら吹っ飛ばします」
「ふふっ、頼もしいね。でも、向こうでは君達の力は異質だ、だから出来るだけ見せたくない」
「心得ております」
「わかりました」
二人の返事に気分を良くしながら、スカリエッティは目的地へと進む。
異世界への門、不安定であるために決まった日時でしか繋がらない……。
そんな、戻ってこれるかもわからない場所で、しかし、スカリエッティは笑いを絶やさない。
なぜならば、戻ってこれるかどうかなどは彼には重要ではないからだ。
元々、彼は欲望のタガを外されて生まれてきた、倫理感や常識、自分の危険、周囲の危機、
あらゆるものよりも欲望が優先されるように。
そして、更に生まれる前から彼の欲望は決められていた、<完全な生命>の創造。
つまりは、一人で完結する生命、神の創造に他ならない。
スカリエッティはこのテーマが何者かによってもたらされたことを感づいていた。
欲望のタガが外れていることも、その知識欲を満たすうちに知った。
それどころか、無限の欲望という開発コードで作られた人工生命にすぎないことも。
もちろん、無限の欲望などということはあり得ない。
無限に続くかもしれないが、本当に無限の欲望を持っていれば最初に無限の睡眠欲で眠ったまま死ぬだけだ。
もし優先順位が違っても、無限の食欲の場合、食べ続けて腹が裂けて死ぬし、
無限の色欲の場合野獣のようにというか、それ以上にひたすら犯し続けて捕縛され、飢餓感で死ぬ。
三大欲求のどれが発動しても生きてはいけない。
それ以外の欲求は所詮代替品であるので、知識欲とて本来二次的なものだ。
つまりは、欲望の追求のために生まれたのではなく、完全な生命を作り出すために生み出されたのが自分だとよく知っていた。
だが、それでもスカリエッティは悪くないと思っている。
完璧な生命、その価値は自分が見出すものじゃない。
ただひたすらに求め続けることの楽しさこそ、自分が求めるものだと。
そう、スカリエッティにとって、何もかもはどうでもいい、ただ、その欲求を満たしていく過程を楽しみたいだけなのだ。
それはある意味とても無邪気ともいえる、だが同時に何も守るものがないという、凄まじく危険な思想だった。
「さてさて、帰ったらこの世界がどうなってるか楽しみだねぇ」
「博士のお望みのままに……」
ウーノとチンクを引き連れたジェイル・スカリエッティはまだ見ぬ、ある意味約束された世界へと飛んだ……。
ゼスト隊は先ほどとは違い重苦しい雰囲気のまま足を進めていた。
10体の量産型戦闘機人を破壊し、確かに少しは疲弊していたものの、そう言う理由で重苦しいのではない。
そうして時間をかけている間に、エレベーターが爆破され瓦礫と化した。
すなわちそれは、増援の見込みのない地下で孤立したことを意味する。
「愉快な罠も敵も、我々を閉じ込めるためのものだった、ということだな……」
「それじゃあ、今日の強制捜査がばれてたってことですか?」
「恐らくは……地上本部に、それも我々に近しい所に情報網を持っているということだろう」
「それって……」
裏切り者がいる……それも、もしかしたらこの中にいるのかもしれないという事になる。
しかし、ゼストは視線でそれ以上の詮索を封じる。
実際、現時点でそんな事を気にしても疑心暗鬼になるだけでメリットは一つもない。
何故なら証明する方法がほとんどないからだ。
もちろん、徹底的に持ち物や念話の通信記録等を洗っていけばいるかいないかおおよそ判別できる可能性もある。
しかし、そうなると無防備で攻撃を受けるばかりか、全員の人間関係にしこりを残すことになる。
それに、いればいいというものでもない、一人とは限らないのだ。
何よりも、調べようとして抵抗されれば内部分裂を起こす。
それが一番怖いのだ、隊が隊として機能しなくなればもう、チームで来た意味すら失われてしまう。
更には敵が各個撃破をする隙を与えることになる。
それに、もしスパイがいたとしても全員で行動しているうちは大きな動きは出来ない。
なにより下手に襲撃をされればスパイ本人も殺されかねない、当然慎重になるだろう。
それらを判断した結果、ゼストはそのまま進むことを決めた。
「正直、この先どうなっているのかは分からんが、壁抜けが出来るのは確認されている限り一人だけだ。
レアスキルの特殊性から考えてそう多いとは思えない、脱出用通路の一つくらい幹部用に用意しているだろう。
となれば、進む以外の道はないと思うがどうか?」
「それは……そうなりますね。今は兎に角、敵の出方を探りながら脱出経路の確保を優先すべきだと思います」
「みんな、危ないから固まっていきましょう!」
ゼストの言葉をメガーヌやクイントが補足する。
正直、この状態では危なくない状況などない。
しかし、少しでもそれを軽減するために、隊の面々はゼストの指示の下一丸となって進むことにした。
暫く進むと、えんえんと螺旋階段が続く縦掘りになった吹き抜けに出た。
上からの明かりはない、脱出に使えるかもと思った面々がため息をついた。
だが、ゼスト達は緊張したまま下方を見る。
明らかに魔力が異常に高い空間が存在しているのがわかる。
「一体これは……」
『あらあら、ここまでたどり着いたんですね〜?』
「何者だ!?」
『うふふふっ、問われて答えるなんて思っていますの?』
「……」
『ごめんなさい、へそを曲げてしまいましたのね。
何者かという問い、別に答えても構わないのですけど。
その前に質問させてくださいます?』
「……結構だ」
『あら、欲のない。
でも不思議ですわねーあなたほどの優秀な捜査官なら、そちらにいる私の部下にも注意させているはずですのに……』
「ッ!?」
ゼスト達全員に衝撃が走る、精神的な揺さぶりだとは分かっていても、そう言われると互いが信用しづらくなる。
相手の方は一言で戦力を削れるのだから安いものだ。
ゼストは相手を見くびっていたのかもしれないと今更にして思った。
「……」
「……」
「心理戦がお望みか、お前たちの主は随分と臆病者と見える」
『……へぇ、ただの愚直な捜査官というわけでもないんですね』
ゼストが彼女らが主ではない事を見抜き、心理戦を仕掛けられたことを指摘する事で、陸士達に揺さぶりをかけられたことを示す。
その事によって、周りで動揺していた者たちも冷静さを取り戻す。
もちろん、疑惑が消えたわけでもないが、だからと言って取り乱すことはなくなった。
しかし、その隙は大きすぎたと言える。
地面からと天井から、奇襲されることとなった。
「恨みはないっすけど、容赦もできないっす!」
「……」
瞬く間に後衛を務めていた4人が倒れる。
一人は地面から出てきた少女に窒息させられ、
残る三人は上空の階段から飛び出してきた体格のいい女の腕や足の近くから生えた光の刃で切り裂かれた。
ゼストはとっさに、後方のサポートに回ろうとしたが、前方から飛んできた魔法弾と、
部屋内になだれ込んできた量産型達に足を止められてしまい、動きが遅れた。
「ゼスト隊長、前方は私たちがやります!」
「幸い前方はザコばかりですし」
「……頼む」
さっきから声だけしか送ってこないもう一人が気になったものの今は直接的な危機を何とかしなければならない。
ゼストは後方へ飛びこみ、槍を振るう、なんとか敵2人の足止めをしたかったのだが、
体格のいい女はかなりの強さを持っているし、もう一人は地面に潜る。
2人同時に相手をするのはかなりきつい状況だった。
「くそっ……」
「へっへー、近接戦闘にかけてトーレ姉様を倒すのは至難の業っすよ! それにアタシだっているっすしね」
「ハァッ!!」
「セイッ!」
魔法を発動させるような時間を与えてくれる相手でもなく、トーレとゼストは一見五分五分の戦いになっていた。
しかし、その間にも、もう一人の少女は地面を潜り時々奇襲をかける戦法でゼストの部隊を混乱させていった。
このままでは、ゼストの率いる隊そのものが全滅しかねない。
その上脱出路まで抑えられていれば勝ち目など無きに等しかった。
「くそっ! このままでは……」
『チェックメイト〜ってね!』
階段上から更に量産型が10体ほど降りてくる。
彼らの命数は決まった、とこの場の誰もが思った……。
フェイト達は現れた敵を撃破、あるいは突破しながら、
ひたすら通路を進んでいく、しかし、どんどん地下深くへと進んでいく現状に苛立ちを覚え始めていた。
なぜなら、このまま地下深くへ行ってしまうと、迂闊に戻る事もできなくなるからだ。
特に、深さが1kmを超えればアキトが起きてもボソンジャンプで外に出られず、
ウィザードリィのように壁や地面の中へと出現し、圧死や原子核がぶつかって核融合などという事態もおこりうる。
フェイトやはやてはそこまで考えていなかったものの、地下深くへ行けばいくほど不利なのは間違いないだろう。
「どうしよう……」
「うーん、でも追手を振り切るためにも休むわけにいかへんしね」
『アキトさんの回復待ちですかね〜』
「主アキトの回復にはもう少し時間がかかると思われます」
「アキトのこともだけど、この廊下ちょっとね……本当に大丈夫かい?」
「後は、向こう側に出口がある事を祈るしかないわね」
基本的に、6人ともあまり迂遠な考え方はしないタイプではあるので意見は一致している。
リニスとリインフォースは研究者として、また戦闘者としての気質はあるものの、全体を見渡す戦略眼は持っていなかったし。
フェイトは考え方の素直さが災いしてあまり卑怯な手段は思いつかない。
そして、アルフはあまり自分から進んで考え事をするタイプではない。
はやても、成長と共に少し考え方を持ち始めてはいたものの、まだ、それほど考え方に差はなかった。
ティーダにいたっては、詰め込み教育の後、そのまま士官として実践ばかりこなしていたため、
小範囲ならともかく広義においての応用はきかない。
そうなると、進んで敵を撃破しつつその先の出口を探るしかないのだが、道は下へと続いている。
先に不安を感じるのは仕方のないことだった。
「それにしても、だんだん熱くなってない?」
「それは、私も感じてる……」
「この感じ……もしや……」
「どうかしたの?」
リニスは熱気の正体をおおよそ分かっている、リインフォースもだろう。
1kmも地下に来ていないのだから、そう言う事態はめったにないはずではあるが、
それでも、この熱気はそれ以外考えられない。
「となると、まずいですね……」
「まずいって?」
「この熱気はマグマだまりが近いせいかもしれません」
「じゃあ、この道って……」
「量産型戦闘機人用生産プラントのエネルギー源として利用されていた可能性が高いでしょう」
「じゃあ、この先にあるのはプラントってこと?」
「そう言う事になると思います」
「なら、引き返しましょう。奴らが何か仕掛けていった可能性があるし」
「それもそうなんですが……」
リインフォースが目を閉じ、リニスは指を濡らして掲げる。
二人は一つ頷くと、フェイト達に向き直った。
「風の流れがあります。恐らくは外へとつながる何かがある公算は高いと思われます」
「戻っても、我々では脱出は出来ないですし、呼んでもらった大隊もあそこで足止めされることになるでしょう。
50m以上のロープでも持ってきていればいいのですが……」
「ああ、それは頼んでおくんだった……」
ティーダは嘆く、自分が無謀な連中に付き合わされているという事がひしひしと伝わってきたからだ。
量産型のプラントには確かに空気用のダクトくらいあるのだろう、
しかし、そこには出来立てほやほやの戦闘機人が大量に詰めている事は疑うべくもなかった。
だが、地鳴りと共に爆発音が通り過ぎるに至ってティーダにとっては最悪な事に、彼女らの読みは正しいという事が分かる。
『でも、本当に大丈夫なんでしょうか?』
「保証はできんと思うけど、他に手がないからね……」
「だけどこれで、大隊の突入はなくなったわね……」
「正直ここまでおかしな奴らやとはおもわへんだわ……」
「そうかい? 十分おかしな奴らだと思ったけどね」
「もう、このアジトが不要になったと判断したのでしょう」
「ありそうやね……」
「なら、プラントにも仕掛けをしてある可能性が……」
「当然あるやろね……」
全員が気を重くしてため息をつきそうになったとき、何かがぴくりと動いた。
それは、テンカワ・アキトの指先。
肉体は今だ傷ついたままだが、意識が戻ろうとしているのだろうか……。
フェイト達は背負っていたティーダの元に集まる。
ティーダ自身も、その事に気が付き足を止めている。
「アキトさん? 起きたんですか?」
「義父さん?」
「いえ、主アキトはまだ夢の中にいます。今のは夢の中の行動が現実に影響を及ぼしたのでしょう」
「そうですね。でも、これで一安心というところですね。プラントにつくころには目覚めるかもしれません」
希望的観測も入っているのだろうが、口々にアキトの事を話し始める女性陣を見て、
ティーダは、これは愛されているなーと思い、しかし、絶対妹には紹介しないでおこうと固く誓った。
事実、こういったカリスマ性の高い人物というのは女性がほおっておかないが、同時に女性を幸せに出来ない。
人生が波瀾万丈すぎるのだ、普通の感覚ではついていくことすらままならない。
付いていってしまったら逆に普通の生活に戻れない。
つまりはそういうことなのだ。
「ティーダさん、何を考えていますか?」
「えっっと、あはははは……」
「ははーん、アキトさんに女の子を近づけないようにという事やね」
「うっ……」
「義父さん……確かにちょっと周りに女の子多すぎかも……」
「マスターからそれを取ったらキャラクターが薄くなっちゃいますよ」
「それはそうかも……」
『他というと、年上なのに年下属性とかでしょうか?』
「というか、いじられキャラやしねぇ」
「それはあるかも」
「ははははは……」
いつの間にか、アキトの性格談義と化している。
まぁ、ティーダから言わせれば特異な戦闘能力や野生のカンに近い相手のスキを見つける能力。
これら以外にはぶっきらぼうという印象しかないのだが。
ティーダにはさっぱりわからないが、女性の琴線に触れやすい何かを持っているのだろう。
「さて、じゃあ急いでいこか!」
「主のおおせのままに」
「フェイト、行きましょう」
「はい、アルフ、貴方は大丈夫?」
「ああ、殆ど傷口もふさがったよ。それより無理はしてないかい?」
「うん、私は大丈夫だよ」
そうやって、最深部にある戦闘機人プラントへと向かうフェイト達。
1時間ほどの歩みのうちに、とうとうそれと思しき場所までやってきた。
途中何度か量産型戦闘機人の襲撃を受けたが散発的なもので、何かの指揮の元というよりはたまたま見つけたからという感じだ。
つまり、相手の主力はもうこの地下施設にはいないということだろう。
「ここが、戦闘機人プラント……確かに上には換気用のダクトもあるようだけど……」
「とりあえず、中を見てみましょう。あれくらいのザコなら20〜30体我々の敵じゃないはずです」
「まったく、人使いが荒いねぇ」
「リインフォースお願いしてもいいですか?」
「リインは断ったりせえへんよ、な?」
「はい、少し離れていてください」
リインフォースはしばらく扉をサーチ系の魔法にかけていたが、特に問題はないと判断すると、
扉の周りを出現させた闇の剣で切りはらった。
流石はシグナムの生みの親というか、よどみのない動きで扉は内側へと沈みこんだ。
倒れた扉の先には確かに多数の水槽がしつらえてあり、量産型の戦闘機人が浮かんでいる。
しかし、その一番奥の部分にはひときわ巨大な水槽が存在しており、その大きさは50mに達するのではないかと思わせた。
「なっ……」
「これ……もしかして、オリジナル?」
「ひでぇ……、こんなことをされて生きているなんて……」
「思考能力のようなものはあまり残っていないだろう……しかし……」
そう、中に浮かんでいたのは蛇の下半身、六本の腕、を持った女だ。
しかし、その大きさは30mを軽く超えている。
比率のおかしさのせいだろう、まるで風船のように膨らんで見える箇所も多い。
それだけの大きさがあるにもかかわらず、顔は人間大しかない。
腹は子供なのだろう、いっぱいに膨らんでおり、時々蛇の鱗に覆われた卵管と思しき部分から卵を吐きだす。
卵はチューブで運ばれて別の水槽に落ち、そこで孵化、育成される。
ここは正に、そのためのプラントという言葉が正しいと思われた……。
「こんなこと……こんな! こんな!!!」
フェイトは自分もF計画と呼ばれる同じような施設で生まれたのかと思うと、吐き気がおさまらなかった……。
もちろん、プレシアの行った事はかなり違うものではあったのだろう。
しかし、本質的に同じと考えただけでフェイトにとっては見るに堪えないのも事実だった。
リニスはフェイトを抱きしめ、落ち着けようとしているが、フェイトの震えは止まらない……。
アルフは思わず、戦闘機人のマザーらしきそれを破壊しようと飛び込んでいった……。
ゼストの隊は粘ってはいたが、螺旋階段を縫って落下してくる戦闘機人を前にどうすることもできなかった。
ほんの数分でゼストとメガーヌ、クイントの3人を残し、隊は壊滅状態に陥っていた。
これだけの数の戦闘機人をどうやって量産していたのか、それはわからないが、あきらかに読み違えた。
ゼストは冷や汗と共に、せめてメガーヌとクイントだけでも逃がさねばと密集隊形を指示して敵陣を切り抜けるべく突っ込んだ。
しかし、下の階へと続く階段、それ自体が一種の罠でもあった。
戦闘空間が限定されているせいで、余計に戦闘機人達が有利に戦えるようだ。
幸いだったのはゼストもクイントも近接戦闘特化型だったことだろうか。
しかし、前後上下から襲いかかる全ての戦闘機人相手ではとてもさばききれそうになかった。
特に、ブルーのボディスーツを纏った2人の特殊型は強く、突破もままならなかった。
中でも無機物に潜る能力を持つセインと呼ばれる少女の奇襲は、備えるのが難しく、ゼスト達は傷ついていった。
そして、とどめとばかり背後の地面から現れたセインがゼストの体にナイフを突き立てる。
ナイフは爆発し、ゼストを傷つけるがゼストは大量の血を流しながらもセインの腕をつかみとる。
「そんな……チンク姉のランブルデトネイターを付加してもらったナイフが……」
「はぁ……はぁ……。メガーヌ……クイント……俺が足止めしている間に下へ急げ」
「何を言ってるんですか! まだ助かります! その間私が持たせますから。メガーヌ、治療、急いで!」
「……」
「メガーヌ?」
「この女、メガーヌというのか? まだ死んではいないが時間の問題だな」
「……なっ……お前……お前が……やったのか!!?」
「だったらどうする?」
「うわぁ!!!!」
逆上したクイントがトーレに襲いかかる、だがトーレは最小限の動きでさばいて見せた。
クイントは魔法を発動、左右のリボルバーナックルが回転し破砕能力が付加される。
対してトーレはインパルスブレード(エネルギー翼)で応戦、互いの攻撃が一撃必殺のため武器同士で攻撃と防御をすることになる。
2人は凄まじい速度で互いに連撃をたたき込んでいった。
だが、トーレにはまだ隠し玉があった、<高速機動>ライドインパルス、これを発動すれば、
フェイトのソニックフォームすら凌駕する速度をたたき出すことが出来る。
しかし、このまま長引くよりはと、トーレがその能力を発動しようとしたその時、上部の螺旋階段が崩れる音がした。
その轟音の中、二人は闘っていたが、足場が悪くなり跳躍を繰り返すことになる。
そんな時、上空から炎の尾を引いて凄まじい勢いで接近してくる何か、
それは階段そのものを破壊しながらトーレに向かってきていた。
「紫電一閃っ!!」
「なっ!?」
とっさに身を引いて回避したトーレだったが、右腕を損傷していた。
それは凄まじいまでの魔法エネルギーの解放。
同時に斬撃でもあるという凶悪な代物。
着地したその女はピンク色の髪の毛をポニーテールにまとめ、すっくと立ち上がる。
その姿は、騎士というよりは侍を連想させる独特の気高さを持つ。
「貴様らがやったのか、この惨状は……」
「……」
「返答によってはこの場で切り捨てる」
「トーレ姉! とりあえず必要なものは確保しましたっす!」
「わかった、私も引く」
「逃がすと思うか!?」
ゼストとメガーヌを抱えて沈んで行くセインをあえて無視し、
目の前で逃走を図ろうとしているトーレを確保すべくシグナムはレヴァンティンに手をかける。
シグナムとしては出来るだけ早く片を付けて、このさらに下にいるらしい、はやて達を助けに行きたいのが本音だ。
この後、突入するべき人員としてはすずかのアリアと、アリシアのオラトリオが控えている。
どちらも、改造によって強化がなされており大きさもかなり縮小しているうえに飛行ユニットを装備することが出来る。
しかし、流石にらせん階段を飛んでくることもできないため、支柱ごと破壊しながらシグナムが先に落ちてきたのだ。
「ふっ、次に会う時はお前の本気を見せてほしいものだな」
「なめるな!」
「ライドインパルス!!」
次の瞬間、トーレはかすむように消えていた。
シグナムの抜刀術は掠ったようにも見えたが、その実手ごたえは薄かった。
ライドインパルスにより加速したトーレの動きはシグナムには完全に見えなくなったというほどではなかったが、
追いかけるのが難しい速度である事も事実なのでとりあえず一人でも助けられたことをよしとして、
次に進むための足がかりを用意しようとし、ふと助けた女性を見た。
「大丈夫か?」
「えっ……ええ……どうにか生きてはいるようね……」
そは言っても、激戦続きだったせいもあり、クイントもかなり傷を負っていた。
なにより、先ほどのトーレとの戦闘による負傷は深手もいくつかあり、すぐになんとかせねばならない。
こういう時に役に立つのはシャマルなのだが、流石に部署が違うため呼んでいない。
しかし、出来るだけ早く治療をしてやりたいところだが……。
そう考えていると、地鳴りが起こり、更には地震のような揺れが起こり、だんだん激しくなっていく。
はっとして、下を見ると陥没して、崩れていく床が見える。
「まさか……」
「えっ!?」
そう、このらせん階段のあるフロアーごと沈んでいく、つまり、このアジトは地震に飲み込まれかけているのだ。
シグナムはとっさにすずかとアリシアにここから離れるように念話を飛ばすと、
崩れ始める壁や螺旋階段などを切りはらいながら、クイントを抱え下へと突っ込んでいった……。